感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2011年08月  

大きな懐

2011 - 08/31 [Wed] - 03:13

 今日、道場にいた時に横浜の新極真会の支部長先生からお電話がありました。
この師範、稀に見る人望のある方で、とても穏やかで大きな身体に似合わない丁寧な言葉遣いと腰の低さがあり、私が尊敬している方のお一人です。

 仕事の出来る人、空手の強い人、優しい人は幾らでもいますが、全てにバランスが取れた人は稀です。
特に空手家と云うのは空手ばかりやっていて世間を知らない方も多く、人物的に偏った方も見受けられます。
また、空手が強いのと道場主である事は、全く違う道です。
道場主であると云う事は、経営、そして指導、組織の構築等々、所謂ビジネスの部分です。
強いだけでは人はついて来ません。
指導が厳しいだけでも人はついて来ません。
経営ばかり気にしていては、もっと人はついて来ません。
大きな懐と、厳しい側面、細かい所まで行き届いた気遣い、理想を追求し続けている姿、色々なものがバランス良く並立していなければいけません。

 経営者、指導者、組織の長、そして空手家、また人であり男であり、色々なものを兼ね備えて、大きく懐の深い、そんな人物になりたいですね。
こう云う方にお会い出来、縁が出来たのは、本当に有り難い事です。

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宿題は終らせて

2011 - 08/30 [Tue] - 03:01

 もうすぐ8月が終ってしまいますね。
昼間はまだ暑いですが、夜になると確実に秋を感じます。
蝉の声も段々と減って来て、虫の声がし始めていますね。

 8月が終ると、学生は学校が始まります。
昔、いつもこの時期に慌てて宿題をやっていた覚えが・・・(苦笑)
少しずつ休みの間にやっておけば良いのに、最後になっていつも追い込み。
どうもお尻に火がつくか、追い込まれないと真剣にならないのは、今も同じかと全く成長していないと嘆いていますが(苦笑)

 夏休みの宿題、大人になってもある様な気がします。
やり残した事はないか、気持ち良く秋を迎える事が出来るか、なんて考えていて今日も色々とやっていました。
残した宿題は、やり過ごしたと思っていても、いつか必ず返って来ます。
その時には、今よりも面倒な事になっていたりする事も・・・。
ですから、やるべき宿題は逃げないで、ちゃんと向き合っておかないといけないですね。
向き合って、それで出来ないとなったら、その時は出来る様になる迄、棚上げ。
忘れるのではなく、やり過ごすのではなく、棚上げにして時期を待ちましょう。
いつか、必ず出来る、解決する時が来ます。

 夏休みの宿題、今でも思い出すとゾッとしますね(苦笑)

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宇宙大作戦

2011 - 08/28 [Sun] - 02:01

 ジャンルを映画にするかTVにするか迷いましたが、毎晩の様にSTARTREKのオリジナルシリーズ TOS を観ています。
宇宙大作戦としてTVでやっていた時代から観ていますから、再放送も含めて何度も全て観ていますが、以前から新スタートレック TNG を全てDVDで観終ったので、改めてTOSを最初から観ています。
とは云え、私が持っているボックスセットのDVDでは順番が並べ替えてあるので、1話から順番にと云う訳ではありません。

 然し、殆ど覚えているものですね。
記憶力の弱い筈の私が、観ているとアァこれかって分るのが、我ながら笑ってしまいます。
あの時代にCGもない頃に作った手作りのSFXは、確かに今から見ればチャチですし、ストーリー展開もアメリカンドラマスタイルで遅いと云う感じは否めませんが、SFを舞台にした人間ドラマは素晴らしいの一言ですね。

 他にもシリーズは続いていますから、全部観終るのはいつの事になるやら。
まだまだ何年もかかりそうです。
全部観終ったら、また一から観直すと違った観方も出来そうで、楽しみですね。
このドラマには色々なヒントが沢山隠されていますから。

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プロとしてのわきまえ

2011 - 08/27 [Sat] - 03:06

 どの業界にも、その業界の中での不文律と云うものがあります。
他では考えられない様な独特のルールと云っても良いかもしれません。
その中でも共通しているのは、仁義です。
同じ業界の人の事は、心でどう思っていようと、互いに踏み込まない、批判しないと云うものです。
おかしいな、間違っているなと思う事も良くありますが、その方がプロとしてやっている以上、そこに土足で踏み込んだり、批判したりするのは、余計な口出しであると同時に、伶希に反します。
正に、仁義に悖る(もとる)と云うものです。

 業界の仁義を逸脱すると、何れ締め出されますし、そう云う礼儀知らずは人間としても未熟ですから、仕事もその辺りの事で失敗する事が多いですね。
本当のプロになればなる程、わきまえとか礼儀とか礼節とか、面倒臭い言い方ですが、見について来ます。
仁義を知らない、踏み越えてしまうのは、アマチュアに毛の生えた名ばかりのプロと云う事でしょうね。
ま、顔を洗って出直して来なさい、って所でしょうか(笑)

 生意気なのは良いのです。
食いついて行くのも良いですね。
でも、仁義を踏み越えてしまったら、相手の逆鱗に触れて潰されるか、切り捨てられるか、見捨てられて相手にされないか。
ま、ガキは元々相手にされませんが、可愛げのあるガキなら良いですね(微笑)
何れにしろ、人の批判をしたり、人の領分に土足で踏み込む輩は、ゲスでしかない行為です。
人としてどうなのでしょうね?
プロであると同時に、仁義・礼節をわきまえた、人として正道を歩きたいものですね。

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秘伝

2011 - 08/26 [Fri] - 02:17

 時代が変わって、インターネットやブログやmixi、twitterやfacebook等、色々な情報ソースが沢山ありますね。
そこで情報発信している方も沢山居られ、そのジャンルも様々。
おかげで昔は探し回らなければ見つからなかった、所謂「秘伝」も公開してくれている奇特な方も居り、凄く勉強になりますし、助かります。

 「秘伝」と云えば、武道や宗教の秘伝書を思い浮かべますが、職人さんでもサラリーマンの営業でも、例えば自動車整備工でも、どんな職業にも、またどんな道にも秘伝と云うものはあります。
勿論、どの道でも自分がある程度のレベルを越えていなければ、どんな秘伝も意味の解らない言葉の羅列にしか見えなかったりします。
でも、解る人には解る、それは珠玉の言葉や映像だったりします。

 昔、秘伝書を探し回ったり、あちこちに居られる方々から少しでも吸収しようと全身で感じ取ろうとしていた時代を思うと、有り難いですね、今の時代は。
とは云え、それを自分のものにする、本当にその境地に至るには、そこから長い時がかかります。
秘伝だと解って、それで満足していては、ただの収集家になってしまいます(笑)
見て、触れて、感じて、そしてやってみて、それが本当に自分のものになるまで、続ける。
長い、永遠の旅です。
でも、その旅を歩く事が出来るのは、幸運ですね。

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2週間振り

2011 - 08/24 [Wed] - 03:12

 今日は2週間振りの道場。
いつも通り、キツかったです。
でも、外の風が大分涼しくなったのが救いです。
ですが、帰って来てもまだ汗が止まらず、お風呂上がりでやっとと云う感じです。
それと、流れている気が暴走してしまって、火照りが中々取れません。
これは毎回ですが、無意識に気を流して頑張っているのでしょうね。
エアコン等で強制的に室温を下げて暫くすると、段々と落ち着いて来ます。
空手の動きは、眠っている自然の力を呼び覚ましてしまうのでしょうね。

 人間の身体は、自分で思っている以上に敏感で、微妙なものです。
もう駄目かと幾度も息があがっても、少し休んで水分補給すると甦って頑張れます。
既に出ている筋肉痛や身体の火照り、それ練習中にレベルを上げた結果です。
平衡機能ですが、元の状態に戻そうと身体が頑張っているのです。
時に数時間、或いは数日かかる事もありますが、徐々に戻ります。

 今日も頑張りました。
次回も、またその次も、そのまた次も、ずっとずっと、ちょっとだけ無理して、でも身体を壊さない程度に、やり続けて行きたいですね。
生涯現役、いつまで生きるか分りませんが、元気な年寄りになるのが目標です(笑)
あの爺さん、元気過ぎて嫌だな、と言われたら最高ですね(笑)

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型の復習

2011 - 08/23 [Tue] - 01:38

 もうすぐ、25周年の記念と云う事で、弟子達が主導で高野山旅行があります。
何か色々と考えてくれている様で、有り難い事です。
当り前の事をして来ただけですが、そうやって思ってくれる事が嬉しいですね。
そこで、私にも何か空手の型をやれと云うリクエストがあったので、ビデオを観ています。
平安一から始まって平安五、安三、最破、十八、臥竜、突きの型、転掌、三戦、征遠鎮、観空、五十歩と観ていますが、残念ながら五十歩は未だ覚えていません。
曾て大山茂氏が映画で見せた五十歩は、凄いの一言で今も印象に強く残っていますが、未だに覚えられていません。

 長年空手をやっていますが、実は型をやる機会は少なく、然し型は好きなので時折思い出していましたが、奥が深くて、やればやる程、考えさせられます。
型をやっても実戦の役には立たないと云う人もいますが、型には身体の動きや心の使い方、目に見えない程の微妙なものが沢山詰っています。
今回、改めてじっくりビデオを観ていて感じる事も沢山あります。

 いつか書いたと思いますが、人の稽古を見る、動きを見る事で学ぶ「見取り稽古」は凄く参考になり、また勉強になります。
何度も何度も見続けていると、頭の中にも心の中にも、段々と沁み込んで行きます。
それが動きに活かせる様になると良いですね。

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予約開始しました

2011 - 08/22 [Mon] - 18:24

 妻の翻訳した「ゴッドコード:がAmazonで予約開始しました。
これは面白いです。
遺伝子に隠された神のメッセージ。
引き込まれます。

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(2011/08/26)
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石の上にも

2011 - 08/22 [Mon] - 01:47

 継続は力と云います。
何かを始めたら、休まずに続ける。
それも、ただ継続するのではなく、高いレベルを維持する様に頑張り続ける。
言葉で言うのは簡単ですが、これが難しいのですよね。
石上三年と云いますが、石の上に3年間座り続ける、ってこれは無理ですよねと思ってしまうのが常人の考えで、やると決めたらやる、もし一度目でやれなければ、二度三度と続けて、やれる様になるまで頑張る、と云うのが、異常者(笑)、じゃなくって、成し遂げる強い意志を持った人で、常人を越えて行く人ですね。
武道の世界では、石上十年と云います。
空手で云えば、入門したら立ち方3年、歩き方3年、握り方3年、それから始めて技を習い始めて、10年でやっと初心者と云われます。
今時こんな事をやっている道場はどこもないでしょうね。
それこそ、道場生が続かなくて逃げてしまいます。

 極端な話は兎も角、一度始めたら最低3年間続けて行きたいですね。
3年位続けると、何となくですが、やっと少し分って来ます。
まだ続けて行くか、止めて違う道を進むか、ここから考えても遅くないし、それまでの3年間が身についていて、後々必ず力となります。

 勿論、続けるには色々な問題が生じる事は良くあります。
道場に通うには金銭や時間の問題や、道場内の人間関係や、他にも色々と出て来ます。
長く続けている人は、そう云うものを越えて来ています。
続ける為に、他をカバーして行かなければいけないし、乗り越えなければいけない事も沢山あります。
でも、それ自体が、自分がやっている事への思いを高めて行って、色々な力学ぶ事が出て来ます。
ブログを書き続けるのも同じ。
続ける為に、体調管理したり、ネタ探ししたり、書き方を考えたり、何よりも書く時間を作らねばなりませんし。

 止める理由は幾らでもあります。
自分でこじつけで作る事も出来ます。
でも、止めたら、それで終りです。
幾ら理由を作って、理屈をつけても、続ける努力を放棄したと云う事ですから、そこで学べたり、得る事が出来る機会を失ったと云う事ですからね。
3年経って、やっぱりと冷静に判断した上での事なら、それは正しい判断かもしれませんが。

 継続、持続は、それだけで一つの才能かもしれませんね。
才能は、後天的に身につけられるものもあると云う事でもあると思います。
続ける才能は、その気になって頑張れば、身について来ます。

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元苛められっ子から一言

2011 - 08/21 [Sun] - 02:57

 時々書いていますが、実は私は小学生の時は苛められっ子でした。
酷い暴力を受けたとか、そう云う記憶は余りありませんが、言葉とか無視とかされた様な気がします。
無口で泣虫で運動の出来ない情けない子でしたから、今考えれば当然の事かもしれません。
本当は苛めと云うレベルの話ではなく、普通の事だったかもしれませんが。

 でも、中学に入った時に何かが心の中でキレました。
それが何か自分でも分りません。
で、空手を始めました。
喧嘩の為に始めたと言っていますが、実はそうではなく、何かに突き動かされて始めた様に思います。
それから40数年、遠ざかった時期もあり、必死にやった時期もあり、ダラダラやっていた時期もあり、今に至ります。

 今では誰も私が苛められっ子だったと信じくれません(苦笑)
でも、空手のお陰で心も身体も強くなったのは確かですし、苛めからも解放されました。
色々な事を学んだ様に思います。
今でも成長していない、子供の侭だと自分の事を思いますが、それでも続けて来たお陰で変れたなと思います。

 嫌な事や辛い事なんて、沢山あります。
そう云うものに耐えて、打ち勝って行くには、粘りと強さと諦めない心と根性が必要です。
ひ弱だった私が言うのですから、間違いありません(笑)
強くなりましょう。
私は空手を勧めますが、それ以外でも出来れば武道をやって欲しいですね。
心理的・物理的な距離感や、頑張る心、諦めない心、他にも学ぶ事は沢山あります。
続けていれば、必ず強くなれます。

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伝える

2011 - 08/20 [Sat] - 03:24

 人に何かを伝えるのはとても難しいですね。
あの手、この手、あの話、この話を捻り出して、何とか伝えようとする意志が大切ですね。
理屈を幾ら言っても、説教臭くなるだけで、何で解らないのか?って怒っても、伝わらないものは伝わらないので、相手が悪いのではなく、自分の伝え方が悪いと思わなければいけません。

 相手の聞こえる言葉や話は、人それぞれ違います。
当り前ですね。
子供に大人の論理や理屈を幾ら話しても、理解しないのは当り前です。
大人に子供の理屈で話しても、阿呆かと思われるだけで聞いてくれませんね。

 ですから、相手の解りそうな話を何とか探して話します。
例え話の上手い人は、伝えるのが上手な人と云えます。
キリストや御釈迦様の言葉を聖書や仏典で読んでいると、殆どが例え話ですね。
良くまぁそんなに思い付く事と思える程、全ての事を身近な事に置き換えて話しています。

 何とか伝えたい、聞いて欲しい、理解して欲しいと、諦めずに情熱を持って話し続ける事をやっていると、色々な例え話をするしかなくなって、やる様になって来ます。
無口だった私が、今は少し喋り過ぎのきらいもあり反省しきりですが、伝えたい一心からそうなってしまいました。
会話は人との潤滑油です。
テクニックではなく、心を込めて行きたいですね。

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嫌いなものは嫌い

2011 - 08/19 [Fri] - 03:23

 人には好きな事、嫌いな事がありますね。
食、洋服、環境、人間関係、他にも色々あります。
嫌いな事と云うのは、神経を苛つかせ、体調まで崩れる事があります。
ケセラセラと気にしなければ良いのですが、ついストレスになってしまいますね。
私が大嫌いなのは、機械がまともに動かない事、思う通りに動かない事です。
人が機械を使っているのであり、機械に使われている様な感覚は大嫌いです。
また、機械は壊れるとかエラーが出るのが当り前ですが、物凄く苛つきます。
PCでも自動車でも、またそれ以外の機械でも同じです。

 他に駄目なのは、汚い事。
汚れは気になればその都度、掃除すれば良いですね。
散らかっているのも、気になった時にやれば良いものです。
ですから、そう云う時は徹底してやるので、家族から私が何か始めると大事になると嫌がられます(苦笑)

 人間の汚いのは、駄目です。
姑息な計算や、腹にある一物を感じてしまうと、潔癖症過ぎるかもしれませんが、唾棄したくなります。
そう云う人は、寄せ付けませんね。
大きなデメリットがあったとしても、縁が切れて結構、スッキリします。

 徹底した我が儘で、子供じみているかもしれませんね。
でも、我慢して生きていたくないですし、嫌いなものは嫌いなので、仕方ありません。
不器用なのでしょうね。

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教える限界、学ぶ限界

2011 - 08/17 [Wed] - 04:01

 勉強でも習い事でも空手でも何でもそうですが、言葉で伝えて、手取り足取り教える事は限界があります。
また、習う側もそうやって教わったものは、不思議な事にすぐに忘れてしまいます。
凄く真面目で、教わった事を全て覚えて身につける人の場合は、そこから抜け出す事が出来ず、教わった事や言われた事しか出来ないと云う場合も多いですね。
与えられたものは有り難みがない、と云う事でしょうか。
また、与えられたものは、教える側が本当に教えたい事のほんの一部でしかない、と云う事でしょうね。

 沢山の方々に薫陶を受けて来ました。
そして、かなりの本を読破し、先人達の知恵や言葉を学んで来ました。
学校の先生は勿論、空手を始めとする昔で云う武芸十八般ではないですが、色々な武道の師範達、命がけの修行をして来られた先達の方々、社会で功成り名を遂げた方々、他にも沢山の方々から教わって来た事があります。
ただ共通しているのは、「習うな、教わるな、見て、盗んで、学べ」でした。
自分の意志で、自分で決めて、しっかり見て観察し、じっくり分析して、身につくまでやってみる。
教えは、言葉にはなく、目の前にあるその姿。
五感、六感を研ぎ澄まして、感じ取れ。
そうやって学んで来ました。

 尊敬すべき、学ぶべき、人や書物やその他諸々。
出来るだけその近くにいて、身近に置いて、常に接する。
生活の一部になるまで馴染んで、どっぷり漬かる。
そこから独り立ちして抜け出す時が来るまで、全てを吸収する。
それが学ぶと云う事だと教わって来ました。

 残念ながら、それが出来る人は数少ない時代になったかもしれないですね。

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心安らかを祈って

2011 - 08/16 [Tue] - 03:33

 今日は御盆供養を行いました。
東京は既に7月に御盆が終っていますが、それ以外の地域は旧暦の7の月である8月の今日、御盆供養を行います。
毎年、沢山の方の御供養を致しますが、今年は震災の事もあり、終戦記念日でもあり、気合いを入れていました。
一言で言うと、凄かったです。
物凄い数の魂がひしめき合って御供養を受けて下さりました。
特に今年は、何故か子供を沢山感じました。
御供養紙を出して戴いた方々の御先祖は当然として、それ以外にも沢山の魂が御縁あっての事でしょうが、出て来られていました。
弟子達も色々と感じた様です。
私もつい無意識に力が入り、美しい理趣経の響も力強いものになってしまいました。
本当はしっとりと、沁み渡る様に詠ませて戴きたいのですが、力が入るとつい荒行時代の癖が出てしまいます。

 始まりから、願文と供養紙の読み上げ、そして奠供と理趣経の響、その中で流れて通り過ぎて行く沢山の魂と思い、そして終息。
汗だくになり、力も尽き果てる思いでしたが、とても心地良く終る事が出来ました。
御供養を始める前と打って変った気持ちの良い空気は嬉しいですね。

 魂達は、自分の各家へ戻って行きました。
送り火に導かれて彼岸へ戻るまで、各御家で子孫達の御供養を受けられる事でしょう。
帰って行く魂達も、その子孫達も、心安らかなる事を祈ります。

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人間は素晴らしい

2011 - 08/15 [Mon] - 02:10

 今日、たまたまつけたTVで、「大聖堂 ゴシック建築の科学」と云う番組を目にして見入ってしまいました。
ヨーロッパ各地にあるキリスト教のゴシック様式の大聖堂、その建築の秘密が描かれていました。
何と、あの高い尖塔、聖堂は石の重みと計算されたバランスで建っていたのですね。
聖堂の外側に張り出している吊り橋の様な構造も、聖堂の天井の梁も不思議に思っていましたが、重要な訳があったと云う事に驚きました。
そして、大聖堂は上から見ると十字架の形をしている。
また、聖書に書かれている数字、聖なる数字を聖堂でも用いている。
凄いですね。

 現代はどんどん便利になっていますが、昔の人の知恵には驚かされる事が沢山あります。
先人の知恵と云いますが、現代はテクノロジーの時代であり、昔は自然の力を利用していたと云う事が良く解ります。
古代から中世の時代の建築や芸術や哲学、医学や薬の知識、他にも沢山ありますが、どれも詳しく見て行くと素晴らしい知恵の宝庫です。

 ヨーロッパを訪れた時、同じ観光をするにしても、私は手で触れるのが好きです。
見て美しさや壮大さに感動するのも当然ですが、それ以上に触れるとそこから伝わって来る歴史の息吹を感じます。
見るだけ、聞くだけで通り過ぎるとすぐに忘れてしまいますが、触れて感じたものはずっと忘れません。
記憶が身体と心と魂に沁み込んで行く様です。

 う~ん、人間は素晴らしいですね。

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少し遠くを

2011 - 08/14 [Sun] - 02:56

 今日、夜の9時に出かけて羽田まで行って来ました。
夜にのんびりと愛車を走らせるのは気持ちが良いですね。
昔から夜中に行き先を決めずにドライブに行くのが好きでした。
昼間と違って走っている車も少なく、のんびり走っている人もいれば、ブンブン飛ばして行く人もいます。
そんな中で、視点を少し遠くに置いて、ゆったりと走るのはリラックス出来る時間です。

 迎えに行った羽田ですが、10時を過ぎて11時近くになっても、人は沢山いました。
降りて来る人も多く、迎えに来る人も沢山。
夏休みなのですね。

 視点を目先ではなく、少し遠くに置くと、見えて来るものが違います。
余裕が生まれると云う感じでしょうか。
一点を見詰めてしまうと視野が狭まります。
視野を広げて、視点を少し遠くに置いて、心も身体もゆったりとして見ていると、沢山の情報が入って来ます。
空手でも人生でも同じですね。

 精神が偏ったり、疲労したり、ストレスが溜ったり、固執すると、視野狭窄と云う現象が起きます。
視野が狭まり、目の前にある事も見えなくなって来ます。
まずゆったりとして、少し遠くを見ていると、気持ちまで変って来るものです。
たまにはのんびりと空の星を見たり、遠くの風景を見たり、空いた時間にドライブしたりすると、気持ちも変って来るかもしれません。

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御盆ですね

2011 - 08/13 [Sat] - 02:57

 御盆休みで帰省ラッシュや渡航ラッシュのニュースがTVで流れていますが、凄いですね。
残念ながら私はそう云う経験がありませんが、普段休む事が出来ない方々にとっては、辛い思いをしても今しかないのでしょうね。
休みに行くのか疲れに行くのか解らない様な状況ですが、それでも行かなければいけないのだろうなと思って見ています。
本当に御苦労様です。

 御盆休みと云えば、まず御墓参りですね。
宗教が嫌いとか信じないとか言っても、御先祖様は誰にでもいる訳で、思想に関係なく御墓参りをして自分の御先祖様を偲び、思ってみたり想像してみたりすると云うのは、日本人として大切な事です。
ずっと以前に、「Roots」と云う映画がありましたが、自分のルーツを知る事は、自分のアイデンティティの確立と確認になりますし、御先祖様から学ぶ事も沢山あります。
ルーツを知らないと云う事は、根なし草と同じです。

 また、先祖を思う、想像する、それだけでも自分の御先祖様と繋がる、供養に繋がると思います。
御利益の為ではなく、自分の中に流れている原点を知り、理解する為にも、そして日本人としてのあるべき姿としても、大切にして行きたいですね。

 今年は大震災もあり、別の意味でも安らかである事を祈りたいですね。

 とは云え、日本中が酷暑です。
くれぐれも熱中症に気をつけて下さい。

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新築の家

2011 - 08/12 [Fri] - 00:47

 今日は、新しく建てられた家に出張して来ました。
奥様が病の中、奥様と家族の為にとても素敵な家を新築されたのです。
S県では歯科医師会の副会長をされ、素晴らしい腕をお持ちの先生ですが、奥様の病には悩まれていました。
もう長いお付き合いですが、いつも優しく穏やかで、子供の様な所を持っておられる愛すべき方です。

 新しい家は良いですね。
好みはそれぞれですが、夢が沢山詰っている様に思えます。
そこで生活をしながら、段々と自分らしく変えて行く、何だかワクワクする気がしますね。
愛すべき家族と共に、ゆったりと、気持ちの良い生活が出来たら最高ですね。

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クソ面白くもない生き方

2011 - 08/11 [Thu] - 02:18

 日本は右へ倣へと云う事が多く、人と違う事や浮いてしまう事を極端に嫌う傾向がありますね。
人と同じ様に、人から変に見られない様に、独断専行しない様に、周囲を気遣いながら、世間体を気にしながら生きている人が多いものです。
でも、普通じゃない、とても変った、人と同じ事をやらない人で出世した人を見ると、憧れ、また評価します。
何だか勝手な話ですが、自分が出来ないからそれをやる人に憧れるって云う所でしょうね。
それが出世しているから良いので、世捨て人の様な人だったら馬鹿にしたり、軽蔑したりする。
地位や名誉でしか人を判断していないと云う事ですね。
くだらない、バカバカしいですね。

 人と同じ事をして、普通の人のフリをして、穏やかに生きて行くのも一つの生き方ですが、それが楽しいのかと云う事になると、本当はどうなんでしょうね?
私は勘弁です。
人と同じ事をしても楽しくないですし、普通と云われている小さな枠の中でチマチマしてるのも詰らないですし、人から変だと言われても気にしませんし、むしろ変である事を誇りにしている位ですから。

 人間の中には幼児性も狂気性もあれば、傍若無人な所も自分勝手な所もあり、それが普通です。
普段はそれを抑制して、後ろ指を指されない様に本当の自分を押し隠しています。
それを長く続けていると、習い性と成るの諺の通り、はじける事も出来なくなって、小さな枠から踏み出す事も恐怖になり、チマチマとした生き方しか出来なくなって来ます。
きちんと仕事をして、しっかり家庭を営んで、無理な事も冒険もせずに健全に、堅実に生きて行く。
素晴らしい事ですし、尊敬します。
でも、それが楽しいとは絶対に思えません。
レールの上を決められた様に、決められた時刻表の通りに歩んで行く人生、やっぱり楽しいとは思えないですね。

 波乱万丈が良いとは言いません。
でも、変化に富んで、自分らしく我慢せずに生きて行けたら最高だと思います。
また、起業したり、人の上に立ったり、偉業をなし遂げて行くには、普通では不可能です。
変わっているからこそ、極端だからこそ、可能になって来ると思います。
本当の狂気では困りますが、コントロールされた意識的な狂気は、大きな道を開いて行きます。
スケールの小さい、器の小さな人の後には誰もついて行きません。
ダイナミックに、思い切りはじけて生きて行きたいですね。

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大きな一歩

2011 - 08/10 [Wed] - 04:13

 人生の転換期と云うのは、何度もやって来ますね。
学年が上がる、卒業する、進学する、就職する、病気する、恋愛する、引越しする、結婚する、親が亡くなる、そんな中から出会いと別れがあり、同時に自分の生き方や価値観を見詰め直す機会になったり、カルチャーショックを受けたり、解放されたり、色々あります。

 人生の転換期を見逃す人は多いですね。
辛そうだなとか痛そうだなとか、厳しそうだなと云う自分の中にあるイメージや、変化に対する恐怖心で一歩踏み出す勇気が出なかったりして、折角やって来たチャンスなのにやり過ごしてしまう。
勿体ない事です。
小さな一歩は大きな一歩です。
止まっていては、何も変りません。

 前を向き、眼を開いて、勇気を持って、一歩を踏み出しましょう。

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暑く熱い一日でした

2011 - 08/08 [Mon] - 01:37

 今日の審査会、午前中だけで終る予定でしたが、少し昼過ぎを回りました。
少年部の子供達30名程、父兄さん達も当然ですが同じ位の人数。
そして、スタッフが10名程度。
エアコンがなく業務用の扇風機が2台あるだけの我が道場での審査会は、いつもの事ながら厳しい暑さでした。
審査する師範と黒帯はネクタイ着用、汗で透けて見える程になりながらも我慢我慢で、クラクラしながら子供達の頑張りを見ていました。

 いつも思いますが、子供達の持っている潜在パワーは凄いですね。
気の強い子、弱い子、目立ちたがりの子、引込み思案の子、おちゃらけの子、固い子、色々いてそれぞれの性格が出ますが、ノッて来るとどんどん隠れているパワーが出て来ます。
途中でブリッジをしてそのまま歩くと云う審査もあるのですが、見ているとまるで別の生き物に見えてしまう程のパフォーマンスで、呆れると云うか、笑ってしまいました。
逆立ちしながら笑っている子、泣きそうになりながら頑張ってスパーリングしている子、得意気に相手を蹴りまくっている子、本当に子供達のパワーは凄いです。
こう云う子供達が成長して行って、凄い大人になってくれると良いなと思えます。

 当然ですが、子供は集中力が続きません。
飽きてしまったり、つまらなくなって、大人の言う事を聞かないでダラダラしたり、喋ってしまったり、遊んでしまったりする子もいます。
そんな時に上手く誘導して言う事を聞かせているのが、茶帯の高校生二人でした。
怖い大人の先輩や黒帯の先輩達の言う事よりも、彼等が動くと素直に子供達は従います。
これは凄い事です。
大きな声を出す訳ではなく、どちらかと云うと優しく接していました。
子供達から信頼されていると云う事ですね。
彼等二人、これから大きく成長して行くのでしょうね。

 大きな声で、叱って威圧感を与えて子供を言う事を聞かせるのは、その場限りです。
子供達は大人の心を見抜きます。
そう云う意味では、子供達と接するのは大人の修行ですね。
暑さと共に、今日も良い修行でした(笑)

 それにしても、御盆のせいか、空気が重く湿っぽくて、キツイですね。
負けないで頑張りましょう。

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写真

2011 - 08/07 [Sun] - 02:22

 先日行われた新極真会の2011年ドリームカップの、我が道場からの出場者の写真の整理がやっと終りました。
フォト蔵にアップしていますので、メンバーの方はどうぞ御覧下さい。
2日間行われた試合で撮った写真は、2,000枚位、私達夫婦としては少ない方です。
ビデオでは全てを流れで見る事が出来ますが、写真は一瞬のストップモーション。
だから、眼で捉え切れていなかった瞬間や、見逃した場面、その心理状態や細かい身体の動きまで見えて来ます。
ISOを上げてシャッタースピードを上げているので、ストップモーションで写ります。
それでも動きが早過ぎてフォーカスが捉え切れずにブレたり、ボケたりしているのですから、選手達の動きは凄まじいものですね。

 誰に頼まれた訳ではなく、喜んで貰えたら、記念にして貰えたらと思って始めた事ですが、毎回数千枚の写真を数日で仕上げるのは、中々大変。
でも、整理しながら見ている写真から学ぶ事も多く、貴重な見取り稽古になっています。
有り難い事です。

 整理した写真を、iPhotoやiDVDを使ってスライドショーにし、TVで観る事の出来るDVDに焼き付けます。
適当な音楽を選び(その為に結構な量の音楽をiTunesに入れてあります)、スライドのスタイルを選びます。
素人が作っているのでクォリティは高くなく、プロの方々がやるレベルなんて、とてもとても程遠いですが、そこは気持ちと云う事で許して貰っています。

 私の人生において、空手は生き方や人生そのもの、勿論強さや優しさや勝ち方や負け方、色々なものを学んで来た、私の芯になっている大切なものです。
こんな事でしか空手にも道場にも貢献出来ませんが、頑張っている皆さんに少しでも喜んで貰えたらと思っています。

 明日は我が道場の審査会です。
一般部は残念ながら受審者はなし、少年部が30名以上だそうです。
また写真を撮りながら、審査もして来ます。
明日も暑そうですね。
受審者も審査する側も、サポートする人達も、皆汗だくになりそうですね。

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自動車の運転

2011 - 08/06 [Sat] - 03:04

 今日、羽田迄行って来ました。
夏休みのせいか、到着便から降りて来る人が凄く多かったですね。
パーキングも一杯でした。
どう云う訳か、環八もあちこちで工事していて、やたらと混んでいました。

 運転していると思うのですが、前後左右も含めてあちこちに神経を配って、目線を送り、時には同時に判断する事があります。
アクセル、ブレーキ、バックミラー、サイドミラー、他の車との距離やスピード、信号機、スピードメーターやタコメーター、他の警告灯等々、考えてみれば良くやっているなと思います。
ドラマーが手足を別々に動かして演奏しているのを見て、ありゃ出来ないと思いますが、運転では同じ様にやっているのですね。
空手でも、飛んで来る拳や蹴り足、それもどこから来るか解らないですし、避けたり受けたりしながら、同時に相手の隙を狙って打ち込んだり蹴り込んだり。
相手との距離や立ち位置も意識して、相手の間合いと自分の間合いを計りながら・・・。
同じですね。

 仕事していても、プライベートでも、マルチタスクが出来る人は有能で魅力的です。
旧世代のMac派の私はマルチは余り得意ではなく、一つの事に集中する方だったのですが、仕事する上で、また色々な人と付き合って行く中で、そしてMacもОSXになったお陰で、段々とマルチタスクを身につけて来ました。

 心に余裕がないと、また一つの事に必要以上に囚われると、マルチタスクは難しくなりますね。
ノッている時はかなりの量のマルチタスクも大丈夫ですし、ガンガンやれるのですが、やはり精神状態と云うのは大きな影響を及ぼすのですね。
一つの事に集中して没頭する時間も大切にしたいですが、マルチに色々な事を考えたりやったりする能力も持っていないといけないですね。

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チマチマしたのは好きじゃないです

2011 - 08/05 [Fri] - 01:30

 ニュースを見ていても、色々な人を見ていても、相談に乗っていても思うのですが、苦しい時や辛い時、行き詰った時に、人はどうしても縮小傾向に物事を考える事が多いですね。
人員の整理、経費削減、消費の抑制、無駄の排除、生活を切り詰める、やっている事を止める、新しい事をしない、チャレンジをしない、等々。
理屈は解ります。
間違いなく、それが現状を維持して、これ以上悪くならない為には一つの考え方としてあります。
でも、それでは現状維持、或いは縮小でしかない。
人生も仕事も会社も家庭も、良い方向へ発展させて行きたいですね。
縮こまって、削って、チマチマして行って、そこから発展が見込めるのでしょうか?

 確かに、無駄や意味のない事を見直して、意味のあるものにして行くと云う事は大切です。
でも、なくした、で終りでは何も生み出しませんね。
ギリギリだからこそ、生まれて来る知恵もあると思いますし、人がやっている事をやるのは当り前で、人がやらない事をやるから、新しい展望もあれば、未来も開きます。
固定観念を捨て、既成概念を捨てて、駄目元でやってみるチャレンジ精神やパイオニア精神を持っていたいですね。

 維持する部分、変らない部分を持ち続けながら、一方で常にチャレンジして行く、ダイナミズムを持つ事が、本当の意味で進歩、進化だと思います。
心は本来はそう云うダイナミックなものを持っています。
想像力、子供の頃に持った無限に広がる世界を思い出し、また持ち続けて行きたいですね。
大体、チマチマと目先や足許の事ばかり見ていたら、人生楽しくないじゃないですか。

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考えると遅れる

2011 - 08/03 [Wed] - 03:33

 今日も道場へ行きました。
気温はさほどではないのですが、湿度が高く、また練習に来ている人達の熱気で、やっぱりキツかったです(苦笑)
火曜日は、先週も今日も参加していたTさんが仰ったのですが、来ている人の平均年齢が高いです。
下は30代、一番多いのが40代、そして50代が数名、私が最高年齢です。
たまに10代20代が参加する事もあるのですが、やはり雰囲気が違うのか、たまに来るゲストの様な感じです。

 いつも思う事ですが、思考が停止するは大袈裟かもしれませんが、考えなくなると身体が動き始めます。
考え始めると、遅れて反応が悪くなります。
物凄い早さで飛んで来る突きや蹴り、眼で見て、考えて、反応していたら、身体は完全に遅れてしまっていて、避ける事も受ける事も出来ません。
眼で見た瞬間に身体が反応していないと遅れます。
では全く思考は停止しているのかと云うと、後から思考がついて行く様な感じでしょうか。
勝手に身体が動いて、でも思考した通りに動いている。
時には、何をやったか自分で解らない、そんな風に完全に身体が勝手に動く事もあります。

 この前、クレー射撃の眼と身体の動きと云う話をTVでやっていましたが、クレーが飛び出した瞬間にライフルがそちらの飛ぶであろう先を向いている。
頭で予測しているのではなく、また眼で追いかけているのではなく、全体の状況判断がそう云う動きを身体にさせていると云う事でした。
こう云うのって、面白いですね。

 今日も完全に息があがってしまいましたが、スパーリングでは身体が不思議と動いていた様に思います。
その間は、思考が止まっている訳ではなく、フワッとしていると云う解り難い表現ですが、そんな感じでした。
禅の定や三昧の状態と云う程のレベルではないですが、気持ちの良い状態です。
とは云え、息は絶え絶え。
キツかったです。
こうして練習を続けていられる事自体が、幸せですね。
とTさんと終ってから話していました。

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建国記念日

2011 - 08/02 [Tue] - 03:38

 8月1日は、スイスの建国記念日です。
第2の故郷であるスイスで建国記念日を過したのは一度しかありませんが、日本の建国記念日(紀元節)と同様、私にとっては特別な日です。

 建国記念日は1891年に定められ、スイス連邦の建国を指すスイス盟約者団の結成は、1291年の8月1日であったとされています。

キリスト教会の祝日と違い、ほとんどの州で8月1日は長い間休日になっていなかったのですが、全国的に8月1日が祝日となったのは1994年になってからの事だそうです。

8月1日と深い関係のある場所はフィアヴァルトシュテッテ湖畔のリュトリの丘であるとされています。
1291年、原初三州であるウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンの代表者がリュトリの丘に集まり、侵入する外の権力の脅威に抵抗するために相互援助を宣誓した。
この「リュトリの誓い」が実質的にスイス連邦の出発点となったとされています。

 公式な建国記念式典は今日に至るまで毎年8月1日にリュトリの丘で行われ、連邦政府の閣僚から市町村の代表者まで、さまざまな公人が祝辞を述べるそうです。

 毎年8月1日には花火が上げられ、ちょうちんが飾られたり大きな焚き火が焚かれます。
スイスにおいて焚き火は長い伝統があり、以前は国民に危険を知らせるために使われていたそうです。
警告の焚き火には威嚇の効果もあり、昔、スイスに来た侵入者達が、レマン湖とビール湖に写った焚き火を見て世界の終わりに来てしまい、このまま天国に連れて行かれると恐れてスイスから逃げていったという伝説もあると云います。

 日本では建国記念日と云っても、こう云う全国民が楽しみにしている様なイベントはありませんね。
島国で他国からの脅威をあまり受けていない事から、強い愛国心は育っていないのかもしれないですね。
それでも、外国へ出ると、眠っている愛国心に目覚める人もいる様ですが。

00101
00101 posted by (C)島津 成晃

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新極真会 2011 Dream Cup 2日目

2011 - 08/01 [Mon] - 03:12

 新極真会 2011 Dream Cup 2日目でした。
今日は我が道場から3名の高校生が出場しました。
それぞれ、かなりの良い試合を見せてくれましたが、残念ながら僅差で敗退、優勝には到りませんでした。

 見取り稽古と云うのがあります。
人の闘いを見て学ぶと云う稽古です。
今日も沢山の気づきと学びがありました。
距離感、相手と闘う中で狭まって行く視野、重心の位置、ステップ、等々と、見るべき所は子供の試合ながら沢山ありました。
これをまた生かして行きたいですね。



2011 Dream Cup 特別演武

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プロフィール

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Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
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元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
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