感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2011年05月  

夜中に働いています

2011 - 05/31 [Tue] - 04:07

 こんな夜中にプリンターが働いています。
別に急ぐ訳ではないのですが、今日は昼間からプリントするつもりが、予定が狂ってしまって。
明日にすれば良いのですが、気持ちが良くないので今頃やっています。
予定通りでないと気が済まない、と云う訳ではありません。
でも、気持ち悪いものは気持ち悪い。
それに、私にとっては昼間も夜中も関係ないですから(笑)

 時間の感覚って、本来は人間も動物ですから、日が昇ったら起きて、日が沈んだら眠ると云うのが正しいと思いますが、夜行動物と云うのもいますからね。
生理的に人間の本来持っているリズムからすると、やはり日中に活動するのが正しいのかもしれませんが、私は全く無関係になってしまっています。
と云って、昼間活動出来ない、眠っていると云う訳ではありません。
強いて云うなら、夜中の方が心地良く動けると云う事でしょうか。
20代の頃から、いえもっと前のティーンエージャーの頃から、夜行属でしたから(笑)
ラジオの深夜放送、オールナイトニッポンを良く聞いていました。

 いつ寝てるのですか?
と良く聞かれます。
ま、適当に寝てます(笑)

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食事する時間

2011 - 05/30 [Mon] - 04:56

 最近、時々食育の話になる事が良くあります。
子供時代に家庭の中で食事する時間の大切さは、その時は全く気付きませんが後になって大人になると良く解って来ます。
家族揃って、会話しながら、食事のマナーやお皿の並べ方や箸の持ち方等を躾けられた人と、ただ食べなさいと食事を出されて、一人でモクモクと食べていた人の違いは、大人になるとハッキリ解ります。

 社会に出ない、まだ学校へも行かない子供達にとっては、家族で一緒に食事する時間は大切な教育の時間です。
席を同じくする人達への気遣いや配慮、会話、美的感覚、味覚、想像力、色々なものを学びます。
学校へ行き出しても、そこは子供の社会であり、大人社会のルールやマナーとは残念ながら遠いものもあり、家庭内での躾けは大切な要素ですね。
子育てで細かく色々な事を注意する前に、まず基本である食事を大切にして、そこで教育を施して行くとその子の精神や思考が安定して育つのが良く解ります。
そうなると、一緒に食事する側の大人も意識を改めて、ちゃんとした手作りの料理を作らねばなりませんし、食事の場で夫婦喧嘩する訳にもいかないですし、何か楽しい話題を考えなければなりません。
食育は、子供だけではなく大人にとっても大切な教育、躾けなのかもしれないですね。

 子供時代に食育をちゃんと受けていない人は、今から始めても遅くないと思います。
如何に食事を楽しむか、美的、会話、そして食事する空間、その時間を豊かにする工夫をして行くと、心が穏やかになって広がって行くと思います。
大袈裟ではなく、ちょっとした所から始めてみても良いかもしれないですね。

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観想する

2011 - 05/29 [Sun] - 03:04

 護身法でも、他の修行でも、仏教では観想と云う言葉を良く使います。
これが、難しいです。
イメージすると云うのとは全く違います。

観じて想ずる

つまり、心で観て、心で思う

 実は簡単なのですが、簡単だからこそ難しいと云えます。
誰でも心で観る事がありますし、心で想う事がありますね。
それをやるだけ。
って云っても、それって何だって感じでしょうか。

 例えば人を見た時に、あの人はこう云う欠点があって、こう云う長所があって、こうでこうだから・・・と云うのが、相手を頭で考えて想像していると云って良いでしょうか。
で、それとは無関係に、理屈抜きであの人の事が好きとか嫌いとか。
好きな理由も嫌いな理由も、実は説明出来ない。
でも、そうなんだから仕方ない。

 子供の頃の事を想い出す。
頭でイメージするのではなく、心に浮んで来る。

 って一言で説明出来ませんが、それが観想です(説明になっていませんね)

 イメージは、所詮はバーチャルで、手が届かない感じがします。
二次元的と云いますか、触れる事が出来ない絵空事でしかない、理屈でしかない。
でも、観想は心に浮ぶのですから、実感があると云うか、触れる事が出来そうなリアリティを観じます。

 最初はイメージから入って、観想に到る。
そうすると、凄く心が豊かになって、世界が広がります。

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行き過ぎた危機管理

2011 - 05/28 [Sat] - 03:16

 どんな場合でも危機管理は大切です。
今回の福島原発の事故やその後の政府や東電の対応や答弁を聞いていると、危機管理のなさと云うか甘さに驚かされますね。
が、企業である以上、危機管理マニュアルはある筈ですし、政府もそれは同じ。
それが甘いと云うか、ピントがずれている。
また、その原点となる動機が間違っていると云う事でしょうね。

 危機管理はその原点となるものは、何か起きた時にそれを終息させる事にありますね。
が、それが行き過ぎて、何かあったらどうしよう、批判されたらどうしよう、と恐怖になってしまうと違う問題が起きて来ます。
それが今回の一連の東電と政府の対応に出ている様に思いますね。
マスコミに批判されたらどうしよう、国民に悪く思われたらどうしよう、どうしようどうしようと恐怖から出てる対応ですから、嘘や隠し事をしてしまったり、辻褄が合わなくなったり、最後には逆ギレになってしまったり。

 また、危機管理マニュアルは内部でしっかり検討するべきものであり、それを外部に向って話してしまったら、それは外部の人間に対する脅しになってしまう事もあります。
何かあったら訴えます、警察を呼びます、こう云う厳正な対処をします、云々。
それって、私はですが、喧嘩を売られている様な気になるのですが、如何でしょうか?
何かあったら嫌だと云う動機が行き過ぎて、危機管理マニュアルを外部へ出してしまうのも、良くやる事ですね。

 トラブルやミスは、生きている以上、仕事している以上、当然起きます。
その時に冷静にそれを終息させる目的でこそ、危機管理はあると思いますが。
過去にもそう云う事例は沢山ありますが、冷静に判断して対処した企業はちゃんと生き残り、またそれを機に一挙に発展したりしていますね。
何れにしろ、感情的になって何かすると望むものとは違う方向へ進む可能性があると云う事でしょうか。

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弟子の気療

2011 - 05/27 [Fri] - 03:34

 先日、妻が足を空手で痛め、明くる日の朝は足をつく事さえ出来ませんでした。
で、気療を施してどうにか爪先で歩く位までは回復しましたが、夜弟子が来たのでまた頼んでやって貰いました。
弟子の気療もかなりのレベルに上がっていて、そのお陰で気療後には痛みは残るものの、ある程度普通に歩ける様になっていました。
いやいや、弟子も力をつけたものです。
お陰で、今日は殆ど普通に歩いています。
今日、また私が気療を施していますが、暫く続ければ完全に戻るでしょう。

 気療とは、気功法に独自のテクニックを加えたもので、気功より微小な部分に働きかける療法です。
解剖学やツボ、気道等を学んで、理学療法や外科手術に近い意識で行います。
勿論、被施術者の自己治癒能力等を高める事も大切です。

 弟子は鍼灸師であり、また介護経験もありますが、長年の武道修行や密教修行で強い気を身につけており、だからこそ出来る気療でもあると云えますね。
私が只一人気療師を謳う事を許した者ですから、腕が良いのは当り前ですが、現在も更に修業中であり、どんどん力をつけているのは嬉しいですね。

 とは云いながら、彼も自分の肩や歪みを自分で癒す事が出来なかったり、私も自分の痛めた肋骨や足の突指を治せていないのは笑い話かもしれませんね。
弟子の身体は私が時々気になった時に調整していますが、今度、私も弟子に治して貰いましょうか(苦笑)

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復活

2011 - 05/25 [Wed] - 02:51

 恒例の空手の練習に行って来ました。
今日は特に行く前から疲れ切っていて、気力もゼロ、体力もゼロでしたが、それでも行きました。
やれば復活すると解っているからです。
で、やっぱり復活しました。
とは云え、あちこち既に筋肉痛、打撃を受けた所は痛い、痛めた所も治っておらずまだ痛い(苦笑)
それでも、心も身体も活力を取り戻した気分です。
私は間食は殆どしませんが、お腹がすいてしまって、バクバクと食べていました(笑)

 当り前のセオリーですが、疲れた心は楽しい事に集中する事で復活し、疲れた身体は逆に滴るほど汗をかかせる様に苛める事で復活します。
こんな当然の事が、調子が悪いと忘れてしまうと云うか、その気力も失ってしまいます。
疲れたら休む、寝る。
それでは疲れは消えませんし、残ってしまいます。

 道場と云う場所があり、空手と云うものがあって、本当に助かります。
祈りの時間はまた別の活力を与えてくれます。
肉体と心と魂、全てが活力に溢れていたら最高ですね。

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人として

2011 - 05/24 [Tue] - 01:56

 昨日は毎月恒例の月例会でした。
いつもながら、皆さん凄く熱心でただでさえ暑い日だったに、室内は熱気がこもって到頭エアコンが稼動しました。
節電と云っても扇風機だけでは間に合わない事もあります。
打って変って、今日は朝から寒気さえ覚える気温で、これでは体調が崩れますね。
皆さんも気をつけて下さい。

 昨日の月例会で思った事、何を優先するべきか、大切にするべきか、ですね。
例えば勤め人であれば、会社の方針や上司の指示に従うのが当り前・・・・・。
でも、そこに疑問を感じる事はないでしょうか。
プロとして仕事をする時、会社の方針や上司の指示に従っていたら、お客様に対して迷惑をかける場合もあり、そんな時に社員である事を優先するのか、その仕事のプロである事を優先するのか。
プロとして仕事する事を優先していたら、もしかしたら会社の方針や上司の指示を無視するか逆らうかする必要がある場合も。
そんな時、後で当然ですが報告した折に叱責される、譴責されるでしょう。
何で勝手な事をしたんだ???って。

 難しい所ですね。
自分がどちらを優先するのか、ちゃんと決めていないと迷ってしまいます。
それで給料が下がるかもしれないし、クビになるかもしれないし、当然ですが評価も下がるでしょうし、出世も遠のくかもしれません。
ま、余り賢い生き方でない事は確かですね。
でも、心に誇りを持って、胸を張って、自分はプロですと言えるかもしれません。

 どっちを選ぶのもそれぞれの選択ですし、それぞれの人生。
どちらが正しいのでも、間違っているのでもない。
自分が人としてどうありたいのか、それだけです。
私は、御存知の様に賢くない生き方の方が好きです(笑)
誇りのない生き方をする位なら・・・、だから私は組織では生きられないでしょうね。
その気もないですが(笑)

 もう一つ気になったのが、礼儀。
親しき仲にも礼儀あり。
当り前の事ですが、忘れる人がいるのは悲しいし、腹立たしいですね。
それも古くからいる人、ベテランほど、そう云う事を失念する事がある。
人が来て挨拶された時、相手が会釈しているのに、自分は声も出さずヨッとばかりに手を振る。
誰かに善かれと思ってアドバイスをする(しているつもり?)時に、言葉遣いが崩れて行く。
・・・です、だったのが、・・・ですよ、になり、その内に、・・・だよ、になって行く。
ですます調が正しいと決めつける気はありませんが、それにしても丁寧な言葉遣い、控え目な態度、そして謙遜と云うものがあると思います。
気がついたら偉くなったつもりでいるのかもしれないですね(誰が認めるのでしょうか、そんな事?)
自分の愚かさと不躾を曝露しているだけ。

 また、何かあった時に、感情で絶対にやってはいけない事をやってしまう。
八つ当たり、ですね。
余りにもくだらない。
物事をあっちとこっちを混同して八つ当たりする様な人は、社会で生きる資格はありませんね。

 そして、周囲を憚らず、気遣う事なく、急に大きな声を出したり、大声で笑う人。
その声のお陰で、大切な話が聞こえなくなります。
自分独りで家にいる訳じゃなし、遊びに来ている訳でもなし、わきまえがない。
それじゃ、誰からも評価されないですね。

 何が正しいと云う事ではなく、でも人に不快感を与えずに自分らしくいると云う事は、周囲を気遣う心と、礼儀と、そして覚悟が必要です。
本当の意味で大きな人、温かい人になって欲しいですね。

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RED

2011 - 05/22 [Sun] - 02:00

 今日は明日が月例会なので、準備をしてからオフにして映画を観ていました。
「アメリカが最も恐れたオヤジたち」と銘打たれ、「Retired Extremely Dengerouse」の頭文字を取って「RED」、引退した超危険人物の映画でした。
年を取って引退した元凄腕諜報員達が、過去の仕事の証拠隠滅の為に突然に襲われて再結集し、その裏側にあるものを探り出すと云う映画です。
一時代を築いた名優達が揃って出ているのは壮観です。
シリアス、コメディ、アクション、良いバランスでした。
どこか昔の映画を彷彿とされるタッチで、それでいてスピード感に溢れていて楽しめました。
若い現役の諜報員や工作員達が子供扱いされるのは爽快でしたね。

RED/レッド [DVD]/ブルース・ウィリス,モーガン・フリーマン,ジョン・マルコヴィッチ

Amazon.co.jp

 年を取っても色気があって、曾ての輝きを失う事なく、いつでも現役復帰出来ると云うのは夢ですね。
生涯現役でいられる様に頑張りたいなと思います。

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Gstaad

2011 - 05/21 [Sat] - 03:49


 私の心の故郷です。

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生きる気持ち

2011 - 05/20 [Fri] - 16:03

 ここの所、中々厳しかったり、重い相談が多く、昨日も緊急で出張して来ました。
時々、こう云う生命に関わる様な案件があり、時として緊急事態と云う事もあります。
そう云う時に如何に迅速に結論を出せるかが勝負な時もあり、迷いはどんどん時を奪って行き、手遅れになる事もあります。
お陰様でどうにか昨日の危機は脱する事が出来、一安心と云う所です。
何事もこれで終りと云う事はないので、油断は出来ませんが。

 人は心で生きています。
全て論理で、ターミネーターやスタートレックのデータ少佐の如く生きる事が出来れば別ですが、どんな人にも心があり、希望など持っていないと思っても、希望と夢を持って生きています。
夢や希望がなくなったら失望し、生きる気力を失います。
生きる事を諦めてしまったら、身体の機能もどんどん衰えて来ます。
病のない健常者であれば、それは無気力になります。
鬱でさえ、夢や希望があるから、それを叶えられない不満や恐怖から発するもので、心は諦めていないと云う事です。
そして、身体に病がある方は、やはり病が進んでしまいます。
それが時に生命に関わる事さえあります。

 生きる気力を与えると云うのは、口で言うのは簡単ですが、大変な事です。
ベタベタ優しい言葉を発したり、したりする事ではありません。
また、厳しく接するのも違います。
どちらも、時に必要ですが、それよりもその方の未来と夢を心から信じてあげる事。
と同時に、徹底した論理性と検証が必要です。
その両方が揃って両輪となった時、それは相手に伝わって行きます。

 心で会話すると云う事、心を通わすと云う事は、目先のテクニックではないですね。
自分自身の覚悟や信念を確かめさせられている様な気になる事も良くあります。
人に希望や夢を与える為には、自分自身を常に高めて行く生き様なのかなと感じさせられています。

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二つの性質が同居している

2011 - 05/18 [Wed] - 02:49

 今日は道場でした。
何だか久し振りにと云う感覚でしたが、I君の指導日でした。
和気靄々としながらも、皆が気持ちを一つにしてビシッとやる所はやるのは、彼の人徳ですね。
楽しい時間でした。
身体は疲れましたが、溜っていたものが全て抜けた感覚です。
基本をやっている時に、溜っていたものが出て来たみたいで、気持ち悪くなりながらでしたが、頑張っていたら消えて行きました。
まだ足や胸を痛めているのが治っていないので、バランスが悪くて思う様に動けなかったですが、毎回毎回、学ぶ事や気付く事があって、やはり練習は良いなぁと思います。

 ここの所、かなりハードと云うか、重大な問題の相談や依頼が続いていて、疲れたと云うよりも溜っていた感覚があります。
重大な問題の相談や依頼である程、気合いが入って行く自分がいます。
スイッチが入ると云うのでしょうか。

 キツい事程、気合いが入る。
空手で自分を痛めつけている。
ま、相手も痛い思いをしているのでしょうから、お互い様ですが。
まるで、SとMが同居している様なものですね(苦笑)
長年、武道をやって来ると、また仕事をプロらしくやろうとして来ると、そうなってしまうのかもしれないですね。
やるべき事はやるしかない、その為には日頃の精進を怠らない事。
本来は物凄く怠け者の私が、何だかずっと真面目にやって来ているのは、自分でも不思議ですが、それが自分の芯だったり誇りだったりするのでしょうね。

 と云う訳で、頑張っていますが、あちこち筋肉痛で痛いです(苦笑)

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生きる為に必要な力を

2011 - 05/17 [Tue] - 03:31

 体力や気力がないと、生きる力が弱ってしまいます。
そうすると、どこか不調になって来て病気になってしまう事もありますね。
昔、父から教わった事がありますが「内科的な病気の6~7割はストレスから来る」と。
現代は人間関係に囲まれ、時間に追われ、経済に締め付けられと、どっちを向いてもストレスばかり。
上手く解消しないと、誰でも潰れてしまいますね。

 体力は身体を鍛えれば良いと云う、言葉では単純ですが、その気にならない時さえありますね。
余りにも精神が疲労している、ストレスが溜り過ぎている時は、身体を動かす気さえ失せてしまいます。
そう云う時ほどやれば良いのですが、理屈では分っていても、心がついて行かない。

 また、楽しい事や夢を持っていれば気力も希望もありますが、どっちを向いても現実ばかりで夢がない、希望がない、そんな八方塞がりの様な気持ちになってしまう事もあります。
そんな時は、好きな事を探す気にもなりませんし、眼の前に好きなものがあっても心がそっちを向かない。
そうなったら赤信号ですね。
本当に鬱が進んで行くと、不味い事になります。

 普段から、限界を超えない様に気をつけましょう。
自分の限界って、実は凄く解り難いのです。
一番知っているつもりで、一番解っていないのが自分、です。
でも、食欲がなくなった、眠れなくなった、興味が持てなくなった、楽しくなくなった、意味もなく苛々する、理由もなくあちこち痛んだり気持ち悪くなる。
そんな症状が出始めたら、ストレスが限界に近づいています。
フッと気を抜いて、思い切って解放しましょう。
その時点でやっておけば、戻ります。

 道場のおかげで、私は助かります。
集中していると、色々な事が霧散して行きます。
また祭壇での時間は、色々な祈願や供養もありますが、同時に解放させてくれます。
何か、いつも習慣の様にする事が出来るものを一つ作ると良いですね。

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STARTREK Generations

2011 - 05/16 [Mon] - 02:58

 最近、また「STARTREK Generations」を時間をみて観ています。
まだ全部は観終っておらず、まだまだ永遠に続きそうです(笑)

 1966年に始まったシリーズは、現在迄でTVシリーズだけで11本、映画も11作品、更に今後も続きそうです。
Googleで調べたら、「STARTREK」のキーワードで、5,250,000 件とありました(笑)
世界中に広がり、何十年も支持されて来た、物凄いSFドラマですね。
私もこのシリーズから学んだ事も沢山あります。
いつも考えさせられたり、唸ったり、ヒントを得たりしています。
何となく行き詰りを感じる時に、私は時代劇かこのSTARTREKを観ます。
そうすると必ず何かのヒントを与えてくれます。

 一番最初のシリーズは、どちらかと云うと冒険活劇的な色合いが強かったですが、Generationnsになってからは、かなり哲学的な色合いも濃くなりました。
SFの場面での人間ドラマとして観ていると、とても参考になります。
徹底して作り込まれた論理性は、まるでそれが事実であるかの様な錯覚さえ覚えてしまいます。

 全てのシリーズを観終るのは、いつの事になるか・・・。

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夢を目差して

2011 - 05/15 [Sun] - 03:21

人生の目標なんて大袈裟な事ではなくても、何をしたいのか、何になりたいのか、ハッキリしている人は歩みが早いし、成長も早く、チャンスも訪れる様に思います。
が、見えている様で見えていない、どこか漠然としている人は、躓きが多いですね。
上手く行きそうに見えて、どこかでスムーズに行かず、ひっかかる。
チャンスが来ても、それを掴む力が足りなくて、次のチャンスを待たなければいけない。
そんな事が多い様に思います。

 夢を持って生きるのが一番ですが、大きな夢ではなくても、小さな夢を持ち続ける事は毎日が楽しくなりますし、頑張る事が出来ます。
あれが買えるまで頑張ろうとか、好きな人がこっちを向いてくれる様に自分を磨こうとか、海外旅行へ行きたいから頑張って働こう、でも良いのです。
また、将来はスーパーマンになりたい(古いか・・・)って子供じみていても、それを信じて夢を持って頑張るなら、それは素晴らしい事です。
一番大切なのは、自分が決めた夢を実現するまで諦めない事、止まらない事、そして日常に流されないでブレない事だと思います。

 夢は、いち・に・さん!!で一足飛びに叶える事は出来ないのですから、じっくり頑張るしかないですね。
夢を叶える為に、目標に到達する為に、人生と云う修行をしているのですから。

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未来へ向けて

2011 - 05/14 [Sat] - 02:48

 さっき、震災後に途絶えていた猫の鳴き声(話し声?)が久々に聞こえていました。
そう云えばカラスも野鳥も、震災後は殆ど鳴声を聞かなかったですが、ここ暫くは戻って来た様です。
明け方に聞こえる鳥の声、何とも癒されます。
動物は敏感ですが、どこにこもっていたのでしょうね。
と思っていたら、この夜中にヘリコプターの飛ぶ音が聞こえました。
今頃飛ぶのは自衛隊か・・・。
緊急事態なら仕方ないですが、決して小さい音ではないので困りますね。

 人の未来は決定している、変えられないと云う人がいますが、私はそうは思いません。
未来は今現在の選択に依って決ると思っています。
ものの見方に依っては、選択の連続の結果が現在であるから、未来もそう云う意味では予測可能であると云う事も云えますが、それは決定事項ではなくあくまでも予測でしかありません。
この人なら、今迄の傾向からしてこう云う選択をするだろうと云う方向性から見て行くと、その人が変化せず、学びもなければ、今のままの予測通りの選択をして行くだろうから、当然ですが未来はこうだと云えるかもしれません。
でも、その人が学習し成長して行くなら、当然ですが視野も広がり価値観も変り、その時点で選択も変る筈です。
であれば、未来はその瞬間から予測を外れて行きます。

 自分がどうなりたいのか、何をしたいのか、真剣に考えているなら、やるべき事は見えている、見えて来る筈ですね。
後はそれをやるだけ。
やらなければ、怠けてしまったら、流されてしまったら、その希望する未来は来ません。
選択が間違ってしまっているから。

 未来を決めて行く、目標に近づくと云うのは、途中で楽しい事ばかりじゃなく、辛い事も厳しい事もあります。
ですから、強い意志と気力と信念が必要です。
一見、何もしてない、楽々と自分の思う通りの人生を歩いている人を見ると、良いなぁと思いますが、良く良く観察すると、その人の中に揺るがないものがあります。
それが当り前になっているから、無理をしている様に見えないだけです。
笑顔の中に、実は凄く強い意志や、涙を隠しているかもしれません。

 やるべき事はやりましょう。
楽しい人生は、自分で勝ち取るしかありません。

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人と繋がる

2011 - 05/13 [Fri] - 04:05

 十人十色、人それぞれ生き方も考え方も違います。
その違った者同士が一時的に同じ方向を向いたり、似たりしている事で、接点が生まれます。
家族でも同じ家に生まれて似た所があっても、その後の生活や周囲の友人の影響等で向いている方向が違って行く事があります。
ずっと続く関係、いつか切れる関係、ちょっと触れ合うだけの関係、全く接点のない相手、色々ですね。

 その接点が沢山ある人は、顔が広いとか人脈があるとかと云う事になるのでしょうか。
でも、その接点が問題となる事があります。
例えば互いの感情がぶつかり合ったり、禍根が残った時。
切れた筈でもどこかで接点が繋がっていて、思いが飛んで来たり、直接的・間接的に相手の悪心が伝わって来たり。
そう云う時は、完全に接点を切ってしまわなければいけません。
相手にまつわる物や書物やメール等、全て捨て去る。
また、出来れば記憶からも消したいですね。
少しでも接点があると、そこから繋がってしまいます。

 人と人は、一瞬の触れ合いでも記憶や心の奥底にその接点を残します。
それが有り難くもあり、時に迷惑でもあったりします。
人それぞれ生き方も違いますから、斬るべき接点、残すべき接点、大切にするべき接点、ちゃんと取捨選択して行きたいですね。

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観察眼

2011 - 05/11 [Wed] - 03:05

 今日は連休明けで2週間振りの空手でした。
以前に痛めた肋骨と右足の中指がまだ回復しておらず痛みが残っているので、身体が全然動きませんでした。
2週間、家では身体を動かしていましたが、やっぱり道場とは違いますから、体力が凄く落ちてしまった様に感じます。
あちこち痛いし、筋肉痛も出ていますし、でもやっぱりスッキリして楽しい時間でした。
強い人達を一緒に練習出来るのは幸せです。

 最近、ブームがあると云いましたが、もう一つのテーマが「人を見る目」です。
誰でも人を見て好きか嫌いか、自分が上か下か、相手の長所や欠点を見て判断します。
その時に、相手のどこを見て判断するのかって凄く大切ですね。
ちょっとした言葉遣いや癖、表情や目線、また送って来るメールや会話している時の話の持って行き方、等々で相手の事が手に取る様に解ります。

 人を見る目がある人、ない人、その違いは、その深さと幅広さです。
どうでも良い小さな癖とか、ちょっとした事が、その人の人柄や心を表します。
表面だけの、誰でも見ている様な所だけを見ていると、その人の本当の中味は見えて来ません。

 それに心は自然と伝わります。
相手に心がなければ、やっぱり伝わってしまいます。

 テクニックだけではなく、観察力を高めて、心で感じて行くと、段々と見えて来ます。
真面目だからとか、頑張り屋だからとか、こうだから、ああだから等と云う薄っぺらな基準で人を見ていると、絶対的な信頼感や安心感と云うものを感じる事は出来ません。
そう云うものを与えられる人と一緒にいたいですし、また自分もそうでありたいですね。

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出会い、そして別れ、変化

2011 - 05/10 [Tue] - 03:26

 今年は出会いと別れと変化の問題が、相談内容として多いです。
毎年、毎月、ブームの様に固まって同じ様な問題の御相談が来るのが不思議ですが、今の所のテーマは変化と云う事の様です。

 出会いがあれば、それは別れの始まりと云いますが、出来れば出会ったらずっと別れないでいたいものです。
でも、自分が成長したり変化したりして行く中で気持ちや心が変化して行くのは当然で、そうすると好きなものが変ったり、変らない相手とすれ違って行ったり、別れとなってしまう事もあります。
引越しも同じです。
ずっと同じ所で生きて住んでいられる人は、過去に引越しを繰り返した私からすると、羨しいとも思いますが、詰らないとも思ってしまいます。
自分が変化して、成長して行くと、仕事や他の条件で違う土地や場所へ引越ししないといけなくなってしまう事もありますし、新しい家はドキドキしながら、ワクワクしますね。

 人との出会いも同じで、最初はワクワク。
でも、それが慣れになって、惰性になって行き、すれ違いが起きて来ると別れがやって来たりする事もあります。
また、出会って暫くすると、相手の性根が見えて来て愕然とする事も。
お互いがいつも同じ様に成長し、変化して行けたら最高ですが、それには互いの気遣いと思い遣りと努力と、会話が大切です。

 色々な出会いと別れや変化の相談に乗っていますが、そのお陰で沢山の事を学ばせて貰っています。
出会いも、別れも、そして変化も、それをポジティブに捉えて、それを機に更に幸せになる為のステップとして行きたいですね。

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態度を変える人

2011 - 05/09 [Mon] - 03:05

 相手によって言葉や態度を変える人がいます。
今日もそんな話がありました。
相手が強いとか大きいとか感じると、それまで相手を嘗めているとしか思えない態度や言動をしていたのが、コロリと誠実そうなものに変ったりする。
電話やメールの対応や返事でも同じです。
私はそう云うのが大嫌いです。
仕事柄だけではなく、そう云うものを敏感に感じ取ってしまいます。
ちょっとした言葉の使い方、目線、態度、そう云うものから心の状態が手に取る様に解ってしまいます。
そう云う人は、残念ながら信頼出来ませんね。
また、仕事が出来る有能な人とも思えません。
気を抜くと、きっと同じ事を他でもやっているだろうと思うからです。
仕事が出来る人、心で人とつき合おうとする人は、そう云う無言の言葉に敏感です。
如何に取り繕おうと、下衆な根性は透けて見えてしまいます。

 相手によって態度や言動が変ると云う事は、自分を常に人と比べていると云う心理状態です。
人と比べて、自分の方が上だとか下だとか確認しながら生きていると云う事は、本当の意味での信念や自信を持って生きていないと云う事ですね。
基準を他に求めると云う事は、自身の中に基準がないと云う事でもあります。
高い目標を持ち、目線を高く持ち、心を貴く保っていると、自身の有り様の基準は心の中にある筈です。

 真直ぐに胸を張って、前を真直ぐに見て、潔く、至誠一貫でいたいものですね。

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魂が揺さぶられる音楽

2011 - 05/08 [Sun] - 03:44

 偶然入れたBSでフラメンコをやっていました。
世界を公演して回っている舞踊団の公演を収録し、またインタビューと云う番組でした。
見ていると入り込んでしまうので、途中で見るのを止めましたが、昔からフラメンコには特別な思い入れがあります。
中学生の頃に始めたギター、最初はクラシックでしたが途中からフラメンコに引き込まれて没頭していた時期があります。
レコード(古いですね)も沢山買って持っていました。
伊藤日出男氏やカルロス・モントーヤ、パコ・デ・ルシア等、フラメンコの音楽に魂が揺さぶられていました。
東京へ出て来てからは、新宿にあるエル・フラメンコに行ったり、当時来日していたサラ・レサーナ舞踊団の公演を見に行ったりしていました。

 ジプシー達の生き様やロマの歴史にロマンを感じた訳ではありませんが、何故か魂が揺さぶられる思いは今も変りません。
フラメンコはスペインの文化ではなく、ロマ達の魂の叫びだと聞いた事があります。
ギターと床を踏む靴の音と手拍子、そしてカスタネットだけのシンプルな音楽ですが、それが響きます。
民族の持つ心と魂が響いて来るのかもしれないですね。
日本の太鼓の音が魂を揺さぶる様に。
懐かしい思いと共に、久々に血が熱くなった様な気がします。

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置いて行かれない様に

2011 - 05/07 [Sat] - 03:19

 今日は、新しいiMacにしたのを機に、AirMacも新しくしました。
以前から使っていたのは、ドーム型のAirMac extremeですが、使ってみると電波の到達距離が短く、ブリッジしなければ家中に届きませんでした。
で、もう一台、コンセントに直接繋いで使うAirMac expressを使っていました。
今度新しくした新世代のAirMac extremeは、5倍のスピードになって到達距離も2倍と云う触れ込みでした。
設定してみると、確かに早くなりました。
5倍は大袈裟ですが、かなり早い感じは体感的にあります。
また、到達距離も全く問題なし。
細かくチェックしていませんが、家中に無線LANが届きそうです。

 8年前にAirMacを設定した時は、凄く苦労しました。
幾らやっても上手く行かず、かなり苛ついていた時に、何故か突然に繋がりました。
ま、私が詳しくなかったと云う事も大きかったですが、難しかった記憶があります。
それからかなり私も学んだので詳しくなったと云う事もあるでしょうが、それにしても今日はあっさりと設定が終了しました。
妻のWindowsとも簡単に接続出来ましたし、Wiiも接続は簡単でした。
PCの進化は他の家電の数十倍のスピードで進化していると云いますが、その通りなのかもしれないですね。

 しかし、機械やPCばかりが進化して人間が進化しないと、使いこなせないですね。
便利な道具に使われてしまう、と云う事になってしまいます。
ツールを作るのも、使うのも、人間です。
そこを忘れてしまうと、おかしな事になってしまいます。
遅れてしまって置いて行かれない様に、少しずつでも進化して行きたいですね。

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心遣い

2011 - 05/06 [Fri] - 02:52

 本当の気遣いって、難しいですね。
善意でもやり過ぎると勝手な押付けでしかないし、遠慮し過ぎると只の優しさでしかなくなって通り過ぎてしまいます。
良くある事ですが、落ち込んだ時や疲れた時、優しい言葉をかけて貰ったり、無闇に気遣って貰うよりも、ただ側にいてくれる、黙って放っておいてくれる、でもちゃんと気遣って見ていてくれると云う方が有難いと云う事があるものです。
これが正しい!!
と云うのは、自分の勝手な理屈である事が多いですね。
その人がどの道を歩くか、それはその人が決める事であって、ズカズカと踏み込んでしまったら、それは「小さな親切、大きなお世話」と云う事も・・・。

 でも、心を込めて親切にアドバイスしたり、背中を押したりしているのに、いつまで経っても馬鹿な事や愚かな事から抜け出さないのは、これまたそう云う人達に対して失礼と云う事もあります。
言う事を聞かないなら、質問するな!!
ってなってしまいますね。
聞くなら真剣に聞いて、ちゃんと消化して実行する事です。

 誰かの為って、とても難しい。
やり過ぎてもやらなさ過ぎても駄目だし、される側もしてくれる側に対する礼儀ってありますね。
どちらも、本当に心と心で会話して、通い合って行くと良いのですが、頭だけや理屈や一般論だけだとすれ違って行きます。
本当の心遣い、気遣いを大切にしたいですね。

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心と身体の声

2011 - 05/04 [Wed] - 03:56

 人は誰でも心と身体の声を聞く事が出来る筈ですが、聞いていない人が多いですね。
ですから、気付いた時には大事になっていて、病で倒れてしまうと云う事があります。
無自覚性のストレスは、心だけではなく身体にも起きています。
疲れたとか、嫌だとか、鬱陶しいとか、ハッキリ自覚出来るものは大丈夫と云う訳ではありませんが、対処し易いですね。
でも、無自覚で自分でも解っていないものは厄介です。

 自分らしく生きる事は、簡単な様で難しいものです。
自分では我が儘に自分らしく生きているつもりでも、実際には色々なしがらみや社会や人に気を遣いながら抑制して生きているものです。
当然の事ですが、それも行き過ぎると知らない内に心や身体が萎縮してしまいます。
上手くバランスを取りながら、自分らしさを失わないで生きて行けると良いですね。
その為には、物事や相手との距離感、心理的・物理的な距離感を意識して、無理し過ぎない事です。
また、争いや揉め事を恐れない事ですね。

 人は自分の道を歩く時、それに対して必ず賛否両論あり、散瞳してくれる人と敵対する人が必ずいます。
いて当然です。
敵対する人がいないと云う事は、散瞳する人もいない。
自分がなく、いつも周囲に合わせている、風見鶏の様な生き方をしていると云う事です。
それでは人から信頼を得る事は出来ません。

 信念を持って自らの道を歩む時、その道を塞ぐものは排除するしかないですし、揉め事や争いはそのやり方次第で相手と心を通わせる事が出来ます。
互いの主張がぶつかり合う中で、互いに相手を知り、心が通って行きます。
恐れる必要はありません。

 自分らしく生きるには、強さが必要です。
と同時に、相手を理解する大きな心が必要です。
自分だけが我慢すればとか、自分だけが正しいとか、どちらも極端であり、何も生み出しません。
時に融合し、時にぶつかり合って、そんな中から他との心の交流が深まって行くと良いですね。

 自分は自分であり、誰も責任を持ってくれません。
自分の生き方に責任を持つのは自分であり、だからこそ我が儘に自分らしく、真直ぐに信念を持って生きたいですね。

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縁とは不思議なものですね

2011 - 05/03 [Tue] - 02:04

 人との出会いは一期一会、縁だと云います。
仕事ではいつも御縁と云うものを有り難く、また不思議に感じています。
袖擦り合うも多生の縁と云いますが、生まれる前からの縁によってすれ違い、また出会いと別れを繰り返すのでしょうね。
仕事でお出でになる方々を見ていると、本当に縁の不思議を感じる事があります。
私や妻のブログを見てお出でになる方、妻の本を読んでブログをわざわざ探して見てお出でになる方、誰方かの紹介でお出でになる方、空手のページを検索していてたまたま私のHPやブログを見つけてお出でになる方、色々です。
が、もっと詳しく見て行くと、そこにはもっと深い縁がある事もあります。
正に多生の縁と云う方、そして神仏からの御縁だったり、御先祖様からの御縁だったり、解明して行くと思わず絶句したり、笑ってしまったりする事もしばしばです。

 因縁と云う言葉は良い意味で使われない事が多いですが、因は原因、縁は化学反応の触媒の様なものであり、その先に結果と云う果が現れます。
何らかの原因があって、縁がそこに結ばれる事で人は出会うと云う果を生み出す。
ですから、出来れば良い因縁だけ欲しいものですね。
得難い縁は人生の中で何度も訪れます。
それを無駄にしない様にしたいものです。
人、物、事象、教え、その他自分を取り巻く全てのものが、縁によって自分と結ばれる事で、成長したり退化資したり、学んだり、そして生きて行く糧になります。

 心を真直ぐに、純粋な意欲を持って、良い縁に囲まれる様に生きたいですね。

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訃報に驚きました

2011 - 05/01 [Sun] - 03:28

 先程、親しくさせて戴いている師範のブログを読んでいて、埼玉で活躍されていた師範の訃報を目にしました。
つい先日の横浜で行われた全関東大会でも元気に審判をされたいたお姿を拝見していただけに、私も驚きに言葉を失いました。
とても印象深い風貌をされていて、何度か御挨拶しただけでしたが、私の相談者が私の紹介で師範の許に入門させて戴いた事もあり、とても残念な思いです。

 諸行無常、相続無常と云いますが、親しい方の訃報は辛いですね。
同じく師範だった私の友人が急逝した事を思い出しました。
亡くなられた方々のお姿や声や言葉は、ずっと心の中に残り、今も生きています。
忘れ得ぬ思い出と沢山の宝物を戴いたと思います。

 心より御冥福をお祈り致します。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


関連ブログです。
Adept・Mentor 島津成晃の独り言
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