感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

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大晦日

2009 - 12/31 [Thu] - 22:44

 今日は2009年の大晦日です。
早かったですね、一年が経つのは。
今年も大変な一年でしたが、皆様は如何だったでしょうか?
来年は良い年になる様、心から祈りたいです。

 今頃は紅白歌合戦か、或いは格闘技でしょうか?
ゆっくりとお過ごしの事と思います。
どうぞ、年の瀬をゆっくりと楽しみ、良い年をお迎え下さい。

 私は皆様の分まで、越年大祓で今年の穢れを祓い、新年の祈願をします。
除夜の鐘を皆さんが聞いている頃、私は祈りの最中です。

 皆様には一年間、大変にお世話になりました。
来年も一生懸命頑張ります。
宜しくお願い致します。

ホワイトタイガー

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2009 - 12/30 [Wed] - 04:54

 殆どの会社が仕事納めを終えて休みに入った様ですね。
そんな中でも百貨店を始めとして、販売業の方々はまだまだ忙しく働いておられます。
お正月の準備で、食材や飾り、お花等が並び、それを求めるお客さんでごった返し、商品は飛ぶ様に売れて行きます。
不景気と云いながら、この活気は何だろうと思いながら見ていました。
あの熱気は凄まじいですね。

 不景気と云いながら、こうして沢山の物が売れて行き、その活気は衰えない様に見えるのは何故でしょう?
目に見える紙幣は動いていると云う事なのでしょうね。
止まっているのは目に見えないお金、證券や株や会社から振り込んで来られる金額と云う事なのでしょうか。
何れにしろ、少々の不景気など吹き飛ばせとばかり、大きな声で客を呼び込み、その声に誘われて物を買って行く人達の凄まじい熱気と活気は、見ているだけで疲れそうですが、不景気を吹き飛ばす力を感じました。

 これからのんびり出来る人、これからも仕事の人、それぞれの年末とお正月がやって来ます。
今年を振り返って反省したり、来年に向けて心新たにしたり、年末年始のイベントやTV等を楽しんだりして、希望と夢を持って新しい年を迎えたいですね。

 お知らせですが、来年のカレンダーが出来ました。
いつもギリギリになってしまって申し訳ありません。
デザインはいつも通り、オリジナルマークを中心に、行事の日程を書いたシンプルなものです。
オリジナルマークは、HPにも説明してありますが、島津家の家紋である十文字と八角形を八つ組合せて表現しています。
十文字はキリスト教や色々な宗教でも用いられる聖なる紋章であり、八角形も同様に聖なる形、完成された形です。
これらの組み合せで、全ての光りと力を結集すると云う意味を持っています。
このマークはお守りにもなります。

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忘年会

2009 - 12/29 [Tue] - 05:02

 昨日は忘年会でした。
いつもの月例会の後に、忘年会を行いました。
前日の道場での納め稽古とその後の忘年会に引き続いてです。
ずっと群れる事が嫌いで一匹狼だった私が、こう云う忘年会をしたり出たりする事は、不思議な感じがします。
時の流れと云うのでしょうか、色々と年を追う毎に変化して行くものですね。

 道場でも昨日の忘年会でも、皆が食べ切れない程の食材を持って来てくれ、盛大に盛り上げてくれました。
そう云う気持ちがとても嬉しく、有難いですね。
皆の帰って来る家の様な感じで、アットホームに分け隔てなく、互いが気遣い合って行く姿、指導している私の方が学ばせて戴く様な事も沢山あります。

 正伝流が空手の道場なら、私の所は人生の道場でしょうか。
学ぶ場であり気づきの場であり癒しの場であり、また帰る家でもある。
そんな雰囲気をもっと高めて行きたいですね。

 他の職業の方と違い、私には年末年始もお休みはありませんが、どうぞ楽しい年末年始をお迎え下さい。

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年末恒例108人スパーリング

2009 - 12/27 [Sun] - 01:44

 今日は正伝流空手道中村道場の2009年の道場納めでした。
午前中からスタッフが集まり、10時からずっといると云う強者もいました。
我々、大人の部が始まったのが午後6時。
まずは正拳100本突き、その後に毎年恒例の108人スパーリングでした。
一人20秒と云う短い時間ですから、普段やっているスパーリングと大差ない時間です。
が、相手が8歳の子供から、今日の最年長の私54歳までが分け隔てなくどんどん相手を変えてスパーリングするのは、普段とは違う緊張感と楽しさがありました。

 108と云う数は大晦日の除夜の鐘の数ですが、この数自体に正確な根拠はないそうです。
それだけ沢山の煩悩があると云う意味だと云う事ですね。
それを打ち破る年末恒例108人スパーリングは楽しい一時でした。

 その後、納会です。
道場性や御家族の方々の力で盛大なものになりました。
幾らでも出て来るビールと鍋。
空になるとすぐに次が出て来ます。
皆さんの尽力には感謝と驚きですね。

 正伝流空手道中村道場も3年を過ぎました。
今までは勢いで突っ走って来た様な感じですが、これからは形と芯を作って行く必要があると師範と話していました。
ここからが本当の道ですね。
生涯現役と思って道場に通っていますが、これからの発展が楽しみです。

 道場生の皆さん、また御家族の方々、1年間御苦労様でした。
そして有難う御座居ました。

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時間がない

2009 - 12/26 [Sat] - 02:06

 何だかやる事や考える事が多くて、時間がないですね。
何をやっていると云う事もない気がするのですが、時間だけが勝手に進んで行く気がします。
やりたい事も出来ない気になって来て、イライラしてしまいますね。
しっかり実感を持って何でもやりたいのですが、それが出来ていないのはストレスになります。
ま、どれもこれも、今やらなければいけない事でもないし、やらなくてもどうと云う事ではないのですが、完全主義者を自認する自分としては我慢ならないですね。

 と云う事で、DVDも観る事が出来ずに溜っています。
いつ観ても良い様ですが、私は夜中に観たい方なのです。
ゆっくりと。
でも、気がつくとこの時間。
う~ん、これも大きなストレスですね。

 と云う事で、赤信号です。
少し落ち着きます。

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プレゼント

2009 - 12/25 [Fri] - 04:09

 今日はクリスマス・イヴ、明日はクリスマスですね。
世の中はクリスマスのイルミネーションで一杯、プレゼント交換をして、ある所では賑やかな、また違う所ではしめやかな夜になっているでしょう。

 年齢が上がるに連れて、クリスマスに出かけて行くと云う事が少なくなったので、街の中のそう云う雰囲気からは遠くなりましたが、家庭内でもクリスマスツリーを飾り、イルミネーションをつけ、プレゼントを置いて、ケーキを食べると云う時間や習慣が中々難しくなって来ていますね。
世の中が厳しくなったのか、忙しくなったのか、価値観が多様になったせいか、何れにしろこの時とばかりのイベントではなくなった感もあります。

 日本人がキリスト教徒でもないのにクリスマスと云うのはおかしいと云う議論もあるでしょうが、そんな事はどうでも良い話で、歴史を振り返れば色々な事がありますが、楽しく、そして互いに心を通わせ、少しだけでも神を思う、そんな日であって良いと思います。

 クリスマスと云えばプレゼント。
昔はどんなプレゼントが貰えるのか楽しみでしたね。
でも、今は欲しくないプレゼントは要らないと云う贅沢な欲求になって、事前にリクエストするのが普通になってしまったみたいですが、それが良いのか悪いのか、どうでしょうね。
プレゼントは、贈る側が相手に対して持っている思いを伝える物でもあり、心だと思います。
物そのものではなく、そこに込めた思いを大切にしたいですね。
そう考えると、何を貰えるか解らないと云うのも大きな楽しみになります。
贈ってくれる相手が、自分の事をどう思ってくれるのか、その心が分かりますからね。

 貰う楽しみ、贈る楽しみ、皆さんはどんな思いでプレゼントの交換をしたのでしょうか。

 Merry Christmas �c���[

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人の器

2009 - 12/23 [Wed] - 03:45

 人には器と云うものがあるのだなと、今日は改めて思いました。
私の所に通っている、それこそ接客の天才がいます。
彼の接客は芸術的です。
丁寧で、しかし客に媚びず、それでいて痒い所に手が届く。
そんな彼ですが、残念ながら店長には中々なれません。
それは器が彼にないからです。
現場で売っているのには最高以上なのですが、店長となると別の要素が必要になります。
従業員を回す、育てる、店全体の雰囲気や経理を見て行く、等々。
ですから、従業員から信頼される器が必要になりますね。
仕事が出来る故の、最高の仕事を追求するが故の偏りと狭さが彼にはあり、それが彼の器を小さくしています。
今日もそんな事を感じました。

 幾ら法力が強くても、人を思う事が出来なければ、それは邪法でしかありません。
正法と云うものは、大きな目で、偏らず、人を思ってこそ使えるものです。
法力の強い密教僧になるのと、人を教え導く阿闍梨になるのは、違います。
器を身に付けないと、絶対に阿闍梨になる事は出来ません。

 一つの方向からだけではなく、色々な方向から物事を見る事が出来、そこに関わる人達に対する気遣いが出来る事が大きな器の条件ですね。
そう云う意味で、今日は大きな器を感じさせてくれる人が目の前にいて、安心しました。
その姿と思いが下の人達に伝わって行き、育ってくれると良いなと思います。
今日は一つ収穫がありましたね。

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空手道

2009 - 12/22 [Tue] - 04:05

 私が空手を始めたのは13歳の時。
それまで苛められっ子だった私が、急に何を思ったのか、空手道場へ通い始めました。
何で空手だったのか、自分でも分かりません。
小学校では正科で柔道と剣道がありました。
それが知識もないのに、何故か空手を選びました。
そして、近くにあった空手道場へ。
それからもう40年以上経ってしまいました。
その間、色々な流派を渡り歩き、空手以外の武道も色々とやりました。
でも、一度として空手を離れようと思った事はありませんでした。

 強さだけを追いかけた時期、技を磨く事だけに集中した時期、長い間には色々な事がありました。
そこから学んだ事は、私の生き様や考え方の芯になっています。
絶対に諦めない、下がらない、誇りを失わない、等々。

 空手道とは徒手空拳であり、身に寸鉄を帯びず、己の肉体のみで闘う武道です。
身に武器を何も持たず、己の肉体を武器にまで高めて行く事、それは空手と読んで字の如く、己の心も空にして裏表がなく、何事にも囚われず、常に柔軟で変幻自在であり、相手に対して嘘がないと云う姿勢の表れです。
それは、例えば剣術家が剣を腰に差し、武器を相手に見せる事で、その心に嘘偽りがないと己の心を表しているのと同じです。

 相手が武器を持つ場合にのみ、空手家は武器を手にする事が出来ます。
それが空手家としての誇りであり、争いの為ではなく、和の為に闘い、己を高める為に修業すると云う心の表れです。
故に空手道は人の道であり、徒手空拳を以て拳禅一如、動く禅と為して拳を以て悟りを開く。
強さの追求も、技の探究も、己を高める為の方便である。

 空手に限らず、色々な武道がスポーツとして世間に認知されて行く中、その本質である人としての道、自己を究極まで高めて行く修業としての道と云う側面がぼやけて来ているのは、残念ですね。
スポーツとして試合で勝ち負けを競う。
その事自体は、そこから学ぶ事も多く、むしろ肯定していますが、試合を意識しない、己の追求と云う空手も忘れないで保って行きたいですね。

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護身法

2009 - 12/21 [Mon] - 03:19

 「護身法」は密教では基本とされるものの一つです。
本来は得度して潅頂を受けないと教えてはならないとされているものですが、私は敢えて教えています。
私が習った時も、「人に見せてはならぬ」「安易に教えてはならぬ」と戒められました。
密教では、作法全てが秘伝であり、口伝であり、一般に公開してはならぬとされています。

 が、本屋に立ち寄ってみれば解る事ですが、その手の作法の本は幾らでも出版されて売られています。
公開してはならないと云うのは、もう有名無実なものでしかなくなっています。
直接教える所はまだ少ないのでしょうね。
それ故、教えて欲しいと云うご要望は沢山戴いています。
確かに本を読むだけ、書かれている絵を見るだけでは解らない事が沢山あります。
例えば心構え、ちょっとした動き、呼吸、等々。

 私が教える護身法は、真言宗のある派の護身法を基本にしています。
それをそのまま教えるのは、法を曲げる事になるので、それに私が会得して来た気功法や発想法、柔軟体操等も加えて、オリジナルな護身法を教えています。

 護身法は、基本です。
が、この基本の中に全てが含まれています。
基本であると同時に究極の奥義であると、私は思っています。
これさえ完璧にしておけば、後は応用でしかない。
そう思います。
ここでは詳しい事は書く事が出来ません。
縁あって、直接お教え出来る方にのみお伝えしています。
が、日本の真言宗の祖である遍照金剛空海が伝えた即身成仏の秘伝は、護身法の中にこそあります。

 密教の作法はとても種類が多く煩雑であり、修得するには長い長い時がかかります。
が、その全ては護身法の中にあります。
それを応用して変化させて行くと、全てに通じます。
基本こそ奥義である。
これはどんな道でも同じですね。

 残念ながら、希望者過多の為、護身法は新規をお断りしている状態です。
が、お問い合わせは遠慮なくして下さい。
下記のHPよりメールを送って下さい。

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私の思い

2009 - 12/20 [Sun] - 03:29

 昨日、「仏とは」とか「護身法とは」とか「空手道とは」と云う話をこれから書こうと思うと書きました。
なので、今日は「仏とは」と云う事を書いてみたいと思います。
あくまでも私の考えであり思いですから、それが正しいとか間違いとかではなく、私の目指している所、目指して来た所、そんな感じで受け取って貰えたら有難いです。

 「仏」とは、言うまでもなく仏陀、御釈迦様が仏教を始められて出来た概念ですね。
難しい事は兎も角として、「ほどける」と繋がり、執着から離れた境地、悟りの境地に達した人を指す言葉です。
仏教と云う宗教と云う側面から見ると、どうしても頼る、御利益を戴く、と考えて仕舞い勝ちです。
が、私は仏は頼るものではなく、目標だと思っています。
法力と云う力の面でも、また心と云う面から人格的にも、人が理想とする姿に達した完成された姿と思っています。
ですから、祈る時、仏を思う時、少しでも仏の郷地に近づこうと意識します。
その為に激しい修業をしたり、静かに座ったり、経を詠んで仏の境地を学んだりします。

 沢山いる仏は、中心仏である大日如来の持つ色々な側面の一部だけを表した姿。
大日如来は宇宙そのものと捉えると、数え切れない程沢山の側面を持っている筈ですから、その一面一面を表して行くと、無限の仏様になりますね。
その一人一人の仏様に触れ、自分を高め、仏に近づこうとし続ける時、それは大日如来を知る事に繋がると思います。
それは無限の道程であり、永遠に続くものだろうと思います。
ですから、その道を歩き続ける事こそが、仏の道。

 目に見える御利益や悟りは、その中の一つの場面でしかないと思います。
が、ただの人間が高まって行く為には、そう云うものも方便として必要ですし、そこを入り口として、人間の理想像、完成形である仏を目指す。

 私の考える仏とはこの様なものです。
こう云う事を常に意識しながら、修業し、生きて来ました。
これからも、それは変らない、変れないと思います。
ただ前へ進む。
多分、一生そうやって生きて行くのだろうなと思っています。

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本質

2009 - 12/19 [Sat] - 04:08

 今日、経堂までちょっと出かけ、ふと思い出して、そう云えばこの近くにお店があったなと思って立ち寄って来ました。
イエローデーータ太極舎と云う所がやっている陶器のギャラリー風流生活です。
割引セールをやっていました。
そう云えばご案内を戴いていたなと思い出し、近い内に行こうと思っていたのでした。
お店にある陶器や漆塗の器を手に取った時、一瞬に伝わって来たのがその優しさでした。
手に馴染むと云うか、しっとりと手に収まる感覚。
久しく忘れていたものでした。
飾り気もない、でもしっかりと考え抜いてデザインされた器は、ある意味で静かに美しく存在を主張していました。
決して目立たない場所に、目立たない佇まいのお店ですが、新鮮な思いを戴きました。

 お店にいた、アフリカ帰りと云う可愛いお嬢さん、独特の雰囲気のある女性でした。
あのお店にはピッタリと云う雰囲気でした。
何となく、クスリと笑えてしまいましたね。

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 ところで、お待たせしていた「銘香 曼華」の第二段が出来上がりました。
今回も100種類以上の香をブレンドして、第一段の癒しに加えて、匂いにこだわって作りました。
静かに沁み入る様に広がり、万華鏡の様に匂いが変化して行く、とても楽しく気持ちの良い御香です。
数に限りがあり、限定20個しかありません。
一箱に約25gの御香と、火元となる線香、説明書を入れてあります。
費用は、送料込で5千円です。
お申し込みはAdept・Mentor 島津相談室よりメールをして下さい。

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 話は変りますが、時々ですが、「仏とは?」「護身法とは?」「空手とは?」と、原点と云うかそのものの意味を思う事があります。
何が正解と云う事ではなく、人それぞれの解釈の仕方がありますし、そこから自分だけの哲学が持てれば良いと思いますが、少しそう云う事を明日から書いてみようかと思います。

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毎日

2009 - 12/18 [Fri] - 04:32

 暫く前から、毎晩100本蹴りを妻と一緒にやっています。
動機は色々ありですが、最初はやはりキツかったのが段々と楽になって来ました。

他にも毎日必ずやっている事は幾つかあります。
義務感ではなく、そうする事で気持ち良く日々を送る事が出来るからです。
勿論、朝晩の神仏との御挨拶、先祖への御挨拶も毎日欠かさずやっています。

何でもそうですが、続けると云う事はとても大切です。
日々続けて行くと、気がつくと知らない内に進歩していたり、力がついたり、心が変ったりして行きます。
最初はキツく、辛いものでも、段々とそれが日常になって来ますね。

特別なものではなく、日常になって行く、普通になって行くと云うのが、実は一番力がついたと云う事なのかもしれません。
心理的にも、特別ではなく普通の事になって行くと、いつもフラットでいられる様になって来ると思います。
ちょっとした事でも、そうやって続ける事、それが大切な事ですね。

 100本蹴りが終わった後には、少しだけスパーリングが待っています。
ほんの数分ですが、これもまた汗をかいて気持ちが良いですね。

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波がある

2009 - 12/16 [Wed] - 03:53

 何でもそうですが、波と云うものを感じる事が多いですね。
一日の内にも、体調や心の状態に波があり、仕事でも何でも波と云うものを感じます。
波がやって来ているとか、波が高い時は、とても調子良く感じますし、波が来ない、波がない時は物凄く調子が悪くなってしまいます。
昔からバイオリズムと云うものがありますが、生年月日で体調や知性や心理状態をリズムで表し、サイン・コサインの表の様なグラフで表します。
それが正しいかどうかは別としても、波と云うものは確かにあるなと思います。

 今日も空手でしたが、皆の波が来ているのか、全員が何だかやたらとモチベーションが高く、練習が終わったらさっさと帰っていた人達が、練習後に先輩の胸を借りたり、それぞれの課題を練習したり、何だか偉く熱心でした。
また、いつも遅れて来ていた人達が時間通りに来たり。
ここ何回かはそう云う事が続いています。
それこそ、楽しいとか強くなりたいとか、空手をやろうと云う波が皆の心に来ているのかもしれないですね。

 波が高い時、来ている時は、図に乗らず、でも乗り遅れない様に。
波が低い時やない時、来ていない時は、落ち込まず、次の波が来た時にちゃんと乗れる様に、準備をして力をためる。
上手く波と付き合って行けると良いですね。

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目線の違い

2009 - 12/15 [Tue] - 04:53

 人はそれぞれ目線が違い、そうするとものの見方も違って来ますね。
仙台に住む私の義兄がつい先日東京へやって来たのですが、「東京の人間は垢抜けていない」と云うのが持論です。
都会に出て来ると垢抜けて来ると云うのが普通ですから、その観点からすると変な事を言うなと思いますが、考えてみれば確かに田舎の人の方が元気は良いですね。
ですから、東京などの都会に住んでいる人間は勢いがなく、仏頂面をしていると云えばその通り。
また、特に秋田美人と云う様に、いつも温泉で肌に良い事をしている人達のもち肌と云う事からすると、東京人は垢抜けていないと云う事になるのでしょうか。
目線が変ると見方も変ると云う事を改めて感じました。

 人なんて、10人いれば10人考え方が違い、価値観も違います。
そうすれば当然ですがものの見方も違い、目線も違いますね。
日本の文化は和を以て尊しとする、また郷に入っては郷に従うと云いますが、右へ倣えが全て正しい訳ではなく、人それぞれであって良いのだと思います。

 自分の持つ価値観や考え方、大切にして行けたら良いですね。

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人の思い

2009 - 12/14 [Mon] - 03:10

 修業と云いますが、何をしているかと云えば、結局は自分や先祖や周囲の人達の色々な思いを解消して行っている様に思います。
生きているとどうしても色々な事に執着したり、ネガティブになったりするものです。
人間の心の中には、必ず光と闇があり、光の届かない闇の中にそう云うネガティブな思いが詰っています。
普通に生きていては、中々そこまで綺麗にする事は出来ません。
反省したり、思い返したり、考えを改めたりしても、根源的に眠る闇は消えませんね。
ですから、修業をして心の中から、身体の中から、先祖から受け継いだり、自分が作って来た闇を光で打ち消して行く事で、フラットな状態にして行く。
それが祈りであり、修業だと思います。

 喜怒哀楽と云う話を書いた事がありますが、フラットになったから、闇を追い払ったから、喜怒哀楽がなくなる訳でもないし、なくす必要もないと思います。
人間の持つ感情は時として美しく、時として醜いものです。
が、心や身体から闇を打ち消してしまった人の喜怒哀楽は、いつも爽かであり、美しく、また説得力がありますね。

 正しく生きる事は、それそのものが修業ですし、祈りはさらに純粋な修業だと思います。
真の闇を消し去って、適度に光と影を作って行くと、バランスの取れた中道を歩く事が出来ると思います。
そんなフラットな状態をいつも意識していたいですね。

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今日を輝く

2009 - 12/13 [Sun] - 04:16

 いつも言っている事ですが、大切なのは今日です。
今この時を輝く事が一番大切だと思います。
今の自分を作っているのは、色々な経験をした過去ですが、そこを振り返って過去のトラウマを消す事も時には必要です。
でも、今を精一杯楽しんで輝く事が出来れば、過去の事など埋めて仕舞う事が出来る場合もあります。
物事によって、振り返って向き合うべきか、前を向いて今を輝くべきか、問題の解決法は違います。

 良く私の未来はどうなるでしょうか?と云う相談がありますが、お気持ちは良く解りますが、それよりも今どうするべきかの方が大切なのではないですか?とお答えしています。
占師の様に、貴方の未来は・・・・なんて答えても、その時に聞きたいと云う欲求は満足するでしょうが、ただそれだけ、現実的ではありませんね。
それよりも、どうすれば良い未来になるのか、何をするべきかを考えた方が現実的ですし、明日に繋がります。

 今を輝く事、それは明日へ繋がり、今日輝けば明日はもっと輝ける。
大切なのはそう云う事でしょうね。

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仏説阿弥陀経

2009 - 12/12 [Sat] - 02:50

 今日、浄土真宗の仏説阿弥陀経を聞いて来ました。
真言でも天台でも声明は使いますが、今日のお経も声明でとても美しい響でした。
同じ仏教でありながら、悟りや仏に対する解釈の違いから色々な宗派に分かれましたが、人間の心の平穏を求める事は変らず、どの宗派のお経も心がこもっていれば美しく響くものだと思います。

 声明は日本の音楽の原点でもあり、単純な音階ながらとても複雑な音調を持ちます。
一人の声が周囲を回るかの様に響き、声明の響に囲まれるかの様に感じる事もあります。
私も奠供と云う声明を何十年も詠んでいますが、本当に心の底から全身が震える様な感覚で詠む事が出来たのは何度あったでしょうか。
やればやる程、道は遠く深いと感じます。
身体と意識と心と魂を一つにした時、声明の響は無限に広がって行きます。

 そんな事を思いながら、静かに聞いた今日の阿弥陀経でした。

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喜怒哀楽

2009 - 12/11 [Fri] - 03:10

 人間には喜怒哀楽と云う素晴らしい感情表現があります。
日本の文化の中にも、人が持つ喜怒哀楽を文字に表したり絵にしたり、素晴らしい芸術が残っています。
喜怒哀楽をコントロールする事で、いつも穏やかでフラットでいられると云う事はありますが、それは喜怒哀楽と云う感情を消して仕舞う事とは違います。
極端な感情表現は色々と波紋を起こしてしまうので良くないと思いますが、素直な感情表現はとても素敵な事だと思います。

 感情表現を通じて、その人の生き方や考え方が解って来ます。
表情に乏しい人や、喜怒哀楽を隠してばかりいる人は、自分の内面を外に見せない、見せようとしないと云う事で、そう云う人は中々人から理解され難いですし、信用されないですね。
心と心で人と付き合うと云う事は、そう云う喜怒哀楽を共有する事でもあるかもしれないと思います。

 自分勝手なものが感情ですが、そこにある程度のバランスがあれば、素直に表現し、自分でも自覚して行った方が心が豊かで人間らしいと思います。
怒る時は怒る、喜ぶ時は喜ぶ、悲しむ時は悲しみ、哀しむ時は哀しむ。
それがあってこその人間ですから、無闇に隠そうとしないで、また目の前の人の喜怒哀楽をちゃんと受け止めてあげると良いですね。

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師走は走る

2009 - 12/10 [Thu] - 04:27

 何だか解りませんが、師走はやっぱり字の通り走らされている感がありますね。
別に世間が年末で駆け込みしているからでも、国会の会期が終わったからでもないと思いますが、せわしなさと云うのがあります。
年末も年始も休日も関係ない仕事をしているのに、やっぱり走らされている感が出て来るのは不思議ですね。

 年賀状の用意、皆さんはもうされたでしょうか?
その前にクリスマス。
サンタさんも忙しいので、偽サンタになってプレゼントを用意しなければいけませんね。
それが終わったら、お正月を迎える準備です。
大掃除、正月の飾り付け、そしてお節料理とお年玉の準備。
その前に年末のご挨拶に行かなければ。

 やっぱり年の瀬は忙しいのが当り前でしょうか。
区切りと云うのはそんなものなのでしょうね。
いつもバタバタ、バタバタ。
まるでニワトリが騒いでいる様です。
でも、来年は寅年ですから、ゆったり構えてゆっくり歩きたいですね。
虎は水陸両用で、実はライオンよりも強いとさえ云われています。
水を嫌わない数少ない猫科の動物で、草木の中に身を隠すのも得意、勿論荒々しさも一流。
何よりも、縞々のあの姿は神秘的でさえありますね。
白虎は数少ないですが、本当に美しく、神秘的です。

 何だか取り留めもない事を書いていますね。
ま、たまにはこう云うのも良いでしょうか。

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紳士協定

2009 - 12/09 [Wed] - 03:27

 どんな世界でも紳士協定と云うものが、暗黙の了解の中にありますね。
互いの利益の為にこれだけは守ろうと云う事、互いの不利益にならない様にこれだけは止めようと云う事、同業者同士の礼儀や仁義と云うもの。

 時代が変って、現代では何をしても良い様な雰囲気が生まれて来たり、昔から続く紳士協定は談合と同じ事になるから止めようと云う風潮が出て来たり。
どっちが良いとは言いませんが、やはり人と人が付き合って行く上での紳士協定って大切だと思います。

 仲間なのに裏切り行為の様に紳士協定を無視する等と云うのは、やはりどこかでペナルティが必要なのかもしれないですね。
放っておいたら、何をしても良いと云う事になってしまいますから。
と云って、無闇に敵対するのも良くないと思いますが。

 今日の空手の練習でも、互いに暗黙の了解の上でやっています。
あくまでもスパーリングですから、当てない、当てても軽く。
でも、時々それを忘れてか、知らずか、力を入れて来る人がいますね。
そうすると、同じ力で返されます。
これも暗黙のルールです。

 紳士協定を無視すると、何れは痛い目を見る事になってしまいます。
互いが互いの為に決めたものが協定ですから、守るべき事は守らないと、損をしてしまうのは結局は自分自身です。

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正と邪

2009 - 12/08 [Tue] - 04:01

 何が正しいとか、何が間違っているとか、見る目線や立場に依って変ります。
日本で正しいとされている事が、外国では間違いとされる事も沢山ありますね。
千年前の日本の正邪と現代の正邪は、違って当然。
祈りの世界でも、正邪は良く取り沙汰されますが、どちらが良いか悪いかなんて、一言で言えるものではありません。

 自分がどの立場に立ってものを言ったり思ったりしているかを意識しておかないと、自分が絶対に正しい、だからそれは間違っているのだと決めつけてしまう事もあり得ます。
正邪の判断は、そう云うものを意識した上で、考えるべきですね。

 正邪だけの二元論は、不要な敵対関係を作ってしまいます。
正邪と、正にも邪にもなり得る、或いは正にも邪にもなり得ない、グレーゾーンと云う最低3つのものがあって、その全体を見る事が出来たら良いですね。

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正しいと思う事・・・って本当に正しい???

2009 - 12/06 [Sun] - 03:53

 どんな話をしていてもそうですが、私の言う事は正しいのだ!!って云う態度や表情で大上段から正論を振り回しているのを見ると、本当にそれって正しいのか???って冷めてしまう事があります。
確かに一面的にものを見ると、言っている事は正しい、正論です。
理論、理屈は間違っていない。
でも、それが本当に正しいかどうかは、その内容にリアリティがあるかどうか、つまり現実的かどうかだと思います。

 特に修業の世界では、最初は自己暗示と等しい観想と云う所から始めますから、時には思いが独り歩きして妄想になってしまって、これが正しいと云う思いが固執になり、本来の道筋から外れてしまったり、光を目指していて実は闇を歩いていたりと云う事は良くあります。
所謂、魔と云うやつですね。
そうすると、幾ら正しいと信じてやっていても、そこにリアリティがなくなり、だれの心も動かさなくなってしまいます。
妄想で人は動いてくれませんからね。

 幾ら理屈が正しくても、理論が正しくても、それは所詮机上の空論でしかないと思ってしまう事が良くありますね。
今の民主党の主張などは、私には空論としか思えず、理想論かもしれないし理屈はその通りだし、何も間違っていないかもしれないけど、本当に実現性があるのかと考えると、甚だ疑問を感じざるを得ないですね。
だからと云って、過去の自民党のやり方が良いのだと言うつもりは全くありませんが。

 世の中には必要悪とか、黙認するとか、清濁併せ呑むと云う事が必要な場合があります。
何をするにしても、そこには人間が関わっていて、人間には心があり、それぞれの価値観があり、またプライドもあります。
そう云う人間の持つ精神的な部分を無視して幾ら理想論を述べても、それは残念ながらリアリティに欠けていて、ゴタクでしかないと思います。

 思いを伝わり、心が伝わってこそ、人は動いてくれますし、協力もしてくれます。
人を動かすには、その言葉に血が通っていなければいけません。
冷たい理論、こうあるべきと云う理想論だけでは、人は絶対に動きませんね。

 正しい、正しいと声高に言われると反発したくなる、私の反骨精神はどうしようもなく強いですが(苦笑)、それを抜きにしても温かくてゆったりした心で人と接して行きたいですね。
と、いつも過激な私が言うと、また似合わないですが(苦笑)

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2009 - 12/05 [Sat] - 04:33

 身体が不調だと心まで沈みます。
心の調子が悪いと、身体も変調します。
どちらも調子が良いともう一方まで調子が良くなります。

 健全な肉体に健全な精神が宿ると云いますが、健全な精神を持つと健全な肉体になるとも云えるかもしれませんね。

 心と身体は常に密接です。
良く云うのですが、人を癒す仕事は、人生って楽しいのですよと伝える仕事だと思っています。
どこかが不調だったら人生は楽しくない。
だから、調子を調えて気持ち良くし、人生は楽しいのですよと分かって貰う。

 いつも心と身体の健康を維持したいですね。

 下記に載せた治療院は、月に一度私の所に勉強にやって来る整体師の先生の治療院です。
タモリの「笑っていいとも」に出た事があり、カリスマ整体師ですね。
とっても楽しい、元気の良い先生です。

小顔と骨盤の専門院-イーファイン
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ターミネータ4

2009 - 12/04 [Fri] - 04:24

 ずっと時間がなくて観る事が出来なかった映画「ターミネーター4」をやっと観ました。
夏にスイス・イギリスに出かけた時に、飛行機の中で観たのですが、改めて観ると良い映画でした。
極端な終末論は賛否あると思いますが、細かい所までしっかり練り込み、手抜きのない作りは凄いですね。
CGで作られたターミネーター1の時のアーノルド・シュワルツェネッガー氏の姿には驚きです。
マシンの構造や環境設定など、詳細に観れば観る程、凄さを感じます。

 テーマとなっている人間の心、考えさせられますね。
スタートレックに出て来るデータ少佐もアンドロイドでありながら心を追い求めていて、観ている側からすると既に心を持っている。
今回も、人間でありながら改造されてアンドロイドとなり、それでも心を持っている姿が描かれていました。

 心が教育や人との関わり、愛情や色々な外からの刺激で作り上げられるものであるとするなら、例えチップで出来たロボットであろうとも心を持つ事が可能なのでしょうか。
ロボットと人間の違いが心であるなら、心のない人間はロボットと云う事になるのでしょうか。

 そんな事を思いながら観た、とても良い映画です。
この年末は沢山の映画のDVDが発売されます。
ハリー・ポッター、ウルバリン、GIジョー、アート・オブ・ウォー、ハイキック・ガール等々。
これからDVDになる予定の映画は予約していますが、楽しみですね。

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自然体

2009 - 12/02 [Wed] - 03:52

 今日も空手の練習日でしたが、相変わらずの黒帯だらけでした(笑)
色帯や白帯の人には厳しかったかもしれませんね。
勿論、物凄~く優しくしていますが、それでもキツイものはキツイでしょうから。

 最近は極真でもスパーリングをやらないクラスや道場もあると聞いて驚きましたが、我が道場「正伝流空手道」では毎回30分以上、20人位が総当りでやっています。

 一番気をつけているのは、自然体である事。
心が緊張し、感情が入ってしまったりすると、筋肉が固くなってしまって動けなくなります。
また、視野も狭くなってしまって、蹴りや突きが見えなくなります。

 空手に限らず、何でも私は自然体、自然流です。
無理は全てに響いてしまって、ガチガチになってしまいます。
その場その場の空気や匂い、流れに逆らわないで、心にも身体にも無理をさせないで自然にして行く事が一番スムーズで、力が出て来ます。

 力みは疲れるだけですし、感情が入ると、もっと疲れます。
無駄な力が入ってしまうだけです。
リラックスし、同時に集中して、心を空の状態にして色々な事に当る事が出来たら最高ですね。

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段々と

2009 - 12/01 [Tue] - 03:49

 今年最後の月、12月師走になって、何だかバタバタ感が高まって来ている様に感じるのは私だけでしょうか?
駆け込みの様に相談者が増えて来て、またドバイ・ショックで円高、政治は相変わらずの混乱ぶりとしか見えない様に思います。

 街はクリスマス商戦に入り、イルミネーションが綺麗と云いますが、残念ながらあまり出かける暇のない私はまだ見ていません。
でも、最近いつも思うのですが、何だか段々と街の明かりが消えている様に思います。
若かったから思うのかもしれませんが、昔は年末、クリスマスと云えば、もっと派手だった様に感じました。
決して景気が良かったとは思いませんが、年々、静かになって来ている気がします。
そう云うイベントに皆が飽きてしまったか、慣れてしまったのでしょうか。
景気が良くないからこそ、この時とばかり派手に飾って、思いきり楽しんだものだと思いますが、そう云う気力さえ失ってしまったとしたら悲しいですね。
そう云うイベントにはあまり興味がない方ですが、それでも何となくワクワクした感じがあったのですが。

 明るい事も暗い事も、色々あります。
だから、暗い時ほど頑張って明るく楽しみ、夢を持ちたいものだと思います。
時には日頃の苦労を忘れて、ワーッとやるのも良いのじゃないかと。

 日本人は本来は凄くイベント好きで、お祭にバレンタインデーにホワイトデー、クリスマスにお正月、他にも色々とイベントを作り出して来ました。
その代わり、普段は頑張る。
そんなメリハリが、今の日本では段々と薄れて来ている様な気がします。

 たまには楽しみましょう。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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