感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

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続ける事

2009 - 10/31 [Sat] - 03:50

 何をするにしても同じですが、ずっと続ける事が大切ですね。
忙しいとか、何があるとか、色々と理由をつけてしまうのは簡単ですが、それは所詮は甘えであって逃げでしかないと思います。

 長年、私も空手をやって来ました。
途中、やはり練習が出来ない、する気にならない時期がありました。
それでも基本だけはずっとやっていました。
道場へ行かない理由は色々。
でも、それもエイッと覚悟をしてしまえば済む話で、やっぱり逃げだったと思います。
今、毎週道場へ行かせて貰っていますが、続ける事の大切さを改めて感じています。
もう、40年以上ですね、空手を始めてから。
う~ん、長いですね。

 一度始めた事、やろうと決めた事は、途中で投げ出さないでやり続ける事がどれだけ大切か、それはやった人間にしか言えない事なのかもしれません。
仕事でも、やろうと思った事でも色々な困難があったり、壁にぶつかったりします。
そこで諦めてしまう、熱が冷めてしまうのは簡単ですし、そう云う場合が多いですね。
勿体ない限りです。
それがもしかしたら一生かけてやる仕事になるかもしれません。
やるだけやって、見切りをつけるなら良いですが、途中で理由をつけて放り出したり、逃げてしまうのは、勿体ないですね。

 諦めないで、甘えないで、言い訳しないで、続けましょう。

 ところで、相談者の一人が今日無事に出産しました。
帝王切開で、かなりの大出血をして、生まれた子供も未熟児ですが、取り敢ずは一安心です。
これからの予後や、子供の発達についての心配はありますが、ちょっと緊張する事案だったので、一安心してホッとしています。
嬉しいですね、良い報告が来るのは。

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「天使と悪魔」

2009 - 10/30 [Fri] - 04:40

 「ダ・ヴィンチコード」に続く「天使と悪魔」をDVDで観ました。
今回のテーマはバチカン、宗教と科学の問題です。
ダ・ヴィンチコードは、人としてのイエス・キリストがテーマでしたが、今回はキリスト教の歴史にスポットライトが当たっていました。

 ストーリーとしてはミステリーですが、見方を変えるととても深い、静かに沁み通って来る映画でした。
そして感じたのは、宗教と云うものの善し悪しや、神とは何かと云う問題は別として、そこに関わる純粋な思いと祈り、そしてそこにあるべき姿、追求され続けて来た哲学としての宗教、そう云うものを考えさせられました。

 一つのエンターテイメントとして観るも良し、色々な見方が出来る映画ですね。
これからもダンブラウンの映画は楽しみですね。

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心構えとわきまえ

2009 - 10/29 [Thu] - 04:31

 人は誰でも何かの地位、ポジションについています。
例えば社長であったり、社員であったり、指導者であったり、誰かの先輩であったり、また息子であり、父親であり、夫であり、等々と必ず何かのポジションを持っているものです。
どんなポジションにいようと、そこには守るべきものがあり、そこにいる者としての覚悟や心構え、わきまえと云うものがあると思います。

 こうあらねばならないと云う事だけで縛られるのは良くないですが、最低限これだけは守らなければ、固持しなければいけない事と云うものはあります。
そう云うものを、日常の忙しさや怠け心で蔑ろにしてしまうと、それはそのポジションに相応しくない人であると自分で宣言してしまう様なものです。
当然、それは誰かの評価に繋がります。
評価など関係ないと云う人もいるでしょうが、それは間違い。
日常の中のそう云う心構えやわきまえ、覚悟が、顔や雰囲気に出て来ます。
幾ら付け焼き刃でその場を取り繕っても、普段やっていない事は他人の目から見たらバレバレ。
習い性と成ると云う事もあります。

 良く、「私の家は分家なので仏壇がありません」と言われる事があります。
また、仏壇はあるけれど、面倒なのか手を合わして祈る事をしない人がいます。
格好をつけているつもりなのでしょうか?
手を合わすのは格好悪いと思っているのかもしれないですね。
全く逆だと思うのですが。
自分は木の股から生まれて来たのか?
と、昔なら言われたものです。
自分の家系の先祖を大切にしないと云う事は、自分自身を蔑ろにしている事です。
それでは、自信を持って人と向き合えないですね。

 最低限の心構えやわきまえ、覚悟はいつも持っている事が、色々な意味で大切ですね。

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仏教

2009 - 10/28 [Wed] - 03:31

 世界3大宗教と云われるキリスト教・イスラム教・仏教があります。
キリスト教が20億、イスラム教が13億人、仏教が3億6千万人の信者がいると云われます。
これは信徒の数ではなく、地域や民族を越えて世界に広がった宗教と云う事です。

 キリスト教やイスラム教は、民族が世界に広がった事もあり、また色々な政治的な背景もある事から、分かり易いですね。
でも、仏教はそう云う背景はどちらかと云うと少ないと思うのですが、何故世界宗教化したのが正直疑問を感じていた部分もありました。

 長い間、神仏を見詰めて生きて来ましたし、修業をし、思索を続けて来ました。
そして、やっとその辺りの事が朧げながら見えて来ました。
詳しくは書く事が出来ませんが、仏教は必要であったと云う事ですね。
仏教にしかない哲学があります。
この哲学が、人間にとって絶対に必要であったのだと云う事が解って来ました。

 どの宗教も、人が幸せに生きる為にあり、表現は異なっても同じ事を言っています。
が、仏教だけは若干違いがある様です。
アプローチが違うと云うべきでしょうか。
その独自性故に、仏教は世界宗教化したのだと云う事ですね。

 まだまだ奥の深い、とっても長い道程を歩いている様に思いますが、これからも一生をかけて真理を追究して行きたいですね。

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教える

2009 - 10/27 [Tue] - 04:27

 私も妻も、人に何かを伝える、教えるプロですから、例えば叱る時でも褒める時でも、その道筋と落とし所、結論を考えて行います。
ただその場その場で、善し悪しだけで判断して何かを言う訳ではありません。

 先日の月例会で、若い大学生が私が出した宿題をやって来ました。
彼なりの経済論です。
正直な所、稚拙と云えるものでした。
大学に提出する論文としては中途半端。
入社試験で語るには、結論がなくて茫洋としていました。
が、論理としてはそれなりの体裁を持っていました。
正直言うと、思ったより頑張ったなと云う所でしょうか(微笑)

 それに対して指導したのですが、目的はその文章の批判ではなく、彼のこれから目指すべき方向性を考えさせる為に、批評と評価をしてアドバイスをしました。
こんなものはダメだと云うのは、一面的な捉え方であり、それを口にした所で彼を次の方向へ向かわせるには何の意味もない事です。
良く中年の大人がやってしまう失敗ですが、ただの批判でしかなく、反発するか萎縮するか、何れにしても良い結果は生みません。

 予断ながら、私が彼に対して指導している時に、横から愚にも付かない批判を口にするのは、それ以前に無礼であり、愚かですが。

 指導する、アドバイスする、批評するのは、先を見据えて結論へ導いてあげなければいけません。
結構、これで神経を使うものです。

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お守りやパワーストーン

2009 - 10/25 [Sun] - 04:27

 お守りやパワーストーンと云う物は、確かに持っていると悪い事から逃れたり、時には劇的に運が開いたりする事があります。
ま、良い事があった時、人は御利益があった、効果があったと思うものですから、悪い事が起きないと云うのは、あまり実感としてはないかもしれないですね。
勝手と云えば勝手な話ですが、それが人間の感じ方なのですから仕方ないですね(笑)

 お守りやパワーストーンの入魂の仕方は色々あります。
特定の仏様や神様の魂を入魂する場合もありますが、大抵は持つ方の祈願と安全や開運の祈願と云うエネルギー、念を込めます。
それは何が起きるかと云うと、人間って自分が本当に持っているパワーや能力の半分も自覚しておらず、使っていません。
お守りやパワーストーンは、その眠っている力や能力を引き出してくれるのです。
人によってそれは100%だったり、或いは数十%だったりしますが。
それによって、本来持っている危機回避能力や予感予知が高まります。
そう云う事で、時には無意識に危険を回避したり、何気なく良い事の方へ向いて進んだりして、悪い事が起きず、時には凄く良い事が起きると云う事になります。

 そこに直接的に神や仏は介在しません。
込めた念や祈願は、確かに神や仏から戴いたエネルギーであったりしますが、一番大切なのは持つ人の為に作った、調製したものである事です。
オーダーメードの様に、その人の為だけに作った、調整した念や祈願を込める事で、効果が発揮されます。
ですから、単に神社仏閣で祈っても貰わず買って来ただけのお守りや、石屋さんで売っているパワーストーンと云われるものをそのまま持っていたりつけているだけでは、殆ど意味がないと云う事もあります。
時には、それでも大きな効力を発揮する事もありますが、それはお守りやパワーストーンを持っていると云う自分の安心感が、無意識に自分の中に眠っている潜在パワーを引き出しているからで、自分でやったと云う事でしょうね。

 値段が高いだけが良い訳でもないし、綺麗だから良い訳でもないし、ただ持っていれば良いと云う訳でもありません。
お守りもパワーストーンも、自分の一部として、分身として思える事が大切です。
また、それを作る側も売る側も、一人一人を意識して大切に心を込めて行かなければいけません。

 アクセサリーや、おまじないの様な遊び感覚なら良いですが、本物はやはり心が通って行かなければいけないと云う事ですね。

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解毒

2009 - 10/24 [Sat] - 03:59

 修行をして行くと、体質的に解毒作用が強くなって来ます。
ですから、被ったりするとどうも個室にこもる機会も増えたり、通ったりする事も増えて来ます。
また、やたらとあくびが出て来たりもしますね。
それから、刺激物が欲しくなって、塩味の強いものや、辛いもの、珈琲やお茶が欲しくなって来ます。

そう云う形で肉体的に出て来る事も多いですが、気が短くなったりするのも、一種の解毒作用ですね。
怒りのエネルギーで負の毒素打ち消そうとするのかもしれません。

 デトックスは流行ですが、被らない様にする、影響を受けない様にするのも方法の一つではありますが、現実的には完全に遮断する事は不可能です。
細菌やウィルスや因縁やネガティブな思いは、どこにでもいますし、あります。
生きている以上は、共存して行くしかありません。
ですから、ガードも必要ですが、消毒や解毒の力を高めた方が現実的かもしれませんね。

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楽しむのは良いけれど

2009 - 10/23 [Fri] - 04:16

 私の父は、第二次世界大戦の時、軍医としてグァム・サイパン・パラオに赴任していました。
医大を卒業したばかりで何も出来ないのに赴任して、内科だけではなく小児科も産婦人科も外科も皮膚科も眼科も、それこそ何でもやらされたそうです。
後年、私が10代の時に連れて行かれましたが、パラオに行った時、当時父が使っていた看護婦達が生きていて、わざわざ向うから探してホテルまで訪ねてくれました。
患者変れども医師一人で、空港に降り立った時に「先生が帰って来た」って島中に噂が広がったそうです。
余程良い思いをしたのか、父に取ってはミクロネシア諸島の島々は第二の故郷だった様です。
帰りにロタ島に寄った時に、やはり知っている人に出会ったのか、現地の人と親しそうに、懐かしそうに話していたのを覚えています。

 あの辺りは、戦時中は大変な最前線だったと云います。
私もそう云う場所を父に連れて行かれましたが、思わず手を合わし、お線香をあげました。
戦争の是非は兎も角、最前線で必死に戦った人達の思いは、戦争を知らない私達からは想像を越えたものだと思います。

 私がグァムに行った時も、一晩中行軍の軍靴の音が聞こえていました。
また、サイパン病院では沢山の魂が今もそこにいました。
更に、軍艦島(今はマニャガハ島と呼ばれていますが)に行った時は、途中零戦が海に沈んでおり、中にパイロットが眠っていました。
そして、海に入った時には、足を掴まれてしまって、後で見たらしっかり手の痕が残っていました。
パラオでも、そこら中に人の気配を感じ、沢山の悲しみが伝わって来ました。

 今はリゾート地として、気楽に遊びに行ける場所になりましたが、曾て同じ日本人が戦い、悲しい思いをしながら日本に帰る事なく散って行った人達がいる事を知っていて欲しい、忘れないでいて欲しいなと思います。
彼の地では、今でも高齢者は日本の歌を覚えていて、日本語を話す事が出来、またとても日本を懐かしいと思っていてくれます。

 どこへ出かけても、世界中どこでも人間の悲しい歴史はありますが、せめて同じ日本人が味わった苦しみの地に行く時は、ただ楽しむだけではなく、そう云う事にも思いを馳せたいものだなと思います。

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一に体力

2009 - 10/21 [Wed] - 03:45

 何をするにも、やっぱり体力は必要ですね。
気力、体力と云いますが、やはり基本は体力だと思います。
疲れて来ると頭脳も働かなくなりますし、心も止まってしまいます。
病気したり怪我をしたりすると、何もやる気も起らず、考える力も衰えてしまいます。

 頭の中まで筋肉、では困りますが(笑)
でも、社会で生きて行く上で乗り越えて行くには、体力がなければ息切れしてしまいます。
毎週、道場に通っていて、若い時の様には動けず、体力も続きませんが、それでもやっているおかげで色々な事に耐えて行ける体力を維持していられるのだなと思います。
皆の元気に引っ張られていると云う方が正しいかもしれませんが(笑)

 また、霊的・宗教的修行では、やはり基本は体力です。
極度の精神力と集中力を必要とするので、それを支える体力がないと耐えきれません。
時には色々な圧力もかかったりする事があり、そうなると耐え切れなくなってしまいます。

 まず、一にも二にも体力ですね。

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無意識に飛ばす

2009 - 10/20 [Tue] - 02:57

 所謂、霊能力者とか修行をしている行者とかは、ダテにやっていませんから、常人に比べて物凄く念が強いものです。
精神エネルギーが強いと云っても良いでしょうね。
ですから、感情が激したり、怒りや妬みや嫉みや恨みと云うネガティブな感情を持つと、精神のエネルギーが高まってしまいます。
勿論、愛情や憐憫や慈悲等の感情も同じですが。

 そんな時、心の何所かで誰かを意識してしまうと、そのエネルギーが飛んでしまう事があります。
思いは通じる、伝わると云うやつですね。
具体的な呪いではないので、ターゲットを絞って、意識的にやっている訳ではありませんから、基本的には実害も利益もないものですが、時にはそれがちょっと相手に影響してしまう事もあります。

 受け取る側も、ちょっと感性が鋭いと、誰から飛んで来たかが解ります。
それが良いものであれば嬉しいのですが、ネガティブなものだと、体調を崩したり、どことなく調子が悪かったりするものです。

 人はいつもどこかで誰かを意識して、誰かと心のどこかで繋がっていますから、その人の事を思うと電話がかかって来たり、メールが来たりと云う事は良くあります。
それが霊能力者とか行者であれば、普通よりちょっと強い影響が出るのは当り前と云えば当り前ですね。

 ですから、誰かからネガティブなものが飛んで来て被ったり、逆に元気になったりと云う事は良くあります。
そう云う影響を受けない為にはどうすれば良いのかと云うと、やはりいつも安定している事だろうなと思います。
安定していると、自分と云うオーラが自分自身を包んでいますから、少々のものは跳ね返してしまうものです。
それが、ちょっと気持ちがネガティブだったり、体調が悪かったりすると、影響を受け易くなってしまいます。

 感性の鋭い人は、いつもそう云うものに囲まれていますから、世の中では生き辛いなぁと感じる事も多いですね。
でも、自分をいつも保っていると、そう云うものからの影響も減り、また違う意味でも楽になって来ます。

 何か飛んで来ないかと戦々恐々とするよりも、まずは自分を安定させて、しっかり保ちましょう。

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今日一日

2009 - 10/19 [Mon] - 03:57

 どんな願いを叶えるにも、何かに到達しようとするにも、そこには積み重ねがあります。
一挙に御祈願で願いを叶えて、三段跳びをしようとしたら、降りた先には大きな穴が開いていたなんて事がありますね。
じっくり時間をかけて、一歩ずつしっかり踏みしめて、その一歩を精一杯楽しんで行くと、必ず次があります。
そして、気がついた時、ふと見回すと自分が望んでいた所へ辿り着いている。
人世も修行も、仕事でも何でも同じだと思います。

 今日一日を精一杯、頑張るだけ頑張って、今日一日を心の底から幸せだと感じて楽しむ。
それが明日へと繋がります。
途中で諦めたら、そこでもう先へは進めません。
不可能を可能にするのは、可能になるまで諦めない事。
途中で疲れたら休んでも良いですが、そしたらまた登り続ける、歩き続ける事です。

 今日一日が大切です。
今日を輝かせましょう。

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叶う、適う

2009 - 10/18 [Sun] - 01:48

 仏様や神様に祈る時、普通は願い事が叶えば良いなと思って祈ります。
それが簡単に叶う時もあれば、絶対に叶わない事もあり、また厳しい試練を課されてから叶う事もあります。

 祈りは叶うと云う事と、叶う為に自分がそれに相応しい人間になると云う適うと云う事を越えてから叶うと云う事があります。
分不相応な願いは、叶えて貰っても後が大変です。
大きな願いであればある程、それに適う人間になってから叶えて貰わないと、願いは叶ったけど自分が潰れてしまった、と云う事もあります。

 何かを手に入れる為には、祈るだけではなく、それに相応しい人間に成長すると云う努力と道筋を通る必要がありますね。
楽に手に入ったものは有り難みがないと云う事もありますが、安易なものは後で高くつくと云う事も云えるかもしれません。

 願いを叶える為に、自分が相応しくなる、適う人間になると云う事、忘れない様にしたいものです。

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祈り

2009 - 10/17 [Sat] - 03:24

 今日、弟子の女性のお父上が逝去されたそうです。
親子関係で色々と悩んだりわだかまりもあった様ですが、最後はそう云うものを乗り越えて精一杯の看病と祈願をしていた彼女の姿が目に浮かびます。

 誰でも親は先に亡くなって行くものであり、それを通して学ぶ事、経験する事、乗り越えなければいけない事があります。
それはその後の自分にとって大きな財産となって行きます。
そこでどれだけ真剣に、真直ぐに向き合ったかと云う事が大切です。

 力一杯、自分の命も削る覚悟で頑張っていた姿、厳しい修行ですが、きっと彼女にとって大きな財産となるでしょう。
心より、御冥福をお祈り致します。

 所で話は変わりますが、命魂石(水入り瑪瑙)が幾つかまた手に入りました。
最近はまた良く見かける様になりましたが、本当に良い石は滅多に出会いません。
今回手許に来た命魂石は、小さいですが一級品です。
三つ手許に来ましたが、残りは二つとなってしまいました。
霊的な守護と生命力に大きな力を発揮する命魂石です。
御希望の方は、御連絡下さい。

命魂石

命魂石

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三密

2009 - 10/16 [Fri] - 03:58

 「三密」と云うのは、勿論真言密教改組である空海の「即身成仏儀」に書かれた言葉で、身・口・意の三つを統一すると云う事です。
が、これには色々な解釈があると思いますし、色々な場面で応用可能なものだと思っています。

 例えば、肉体・心・魂の三つ。
これが統一される時、それは開放へと繋がります。
日常で生きていると、肉体と心が分離し、また心と魂が分離し、同様に肉体と魂が分離してしまう事は良くあります。

 色々なものに追われ、常に与えられているプレッシャーとストレス。
そんな中で生きていたら、三つがずれて来ても不思議じゃないですね。
ですから、それらを統一する作業と云うものを定期的にやってやると、何かフッと抜けた様に楽になります。

 毎日の勤行や修行は、そんな所にもある。
ちょっと意識を変えて、そんな意識で仏と向き合ってみるのも良いかもしれないですよ。

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頭で考えると

2009 - 10/14 [Wed] - 02:56

 今日は恒例の空手の練習日でした。
相変わらず、楽とは云えない練習ですが、そのおかげで気持ちや意識の切り替えが出来て、肉体的にはかなり疲れますが、気持ちはスッキリします。

 最近は色帯の人達も強くなって来て、結構ボコボコとやって来ます。
とは云え、やはりそこは色帯ですから基本的には受けています。
が、それがどうも疲れますね。
黒帯とやる時は、勿論スパーリングですから本気ではないすし、力も抜いていますが、やはり相手が相手ですから、かなり集中し、自分の無意識の反応に任せて動いています。
我が道場の黒帯達はレベルがとっても高いので、受けが得意な私も結構喰らってしまいます。
が、頭で考えないでやっているので、とっても楽しく、気落ちが良いですね。
ですが、色帯とやる時はどうしても考えて動いてしまいます。
本能の侭に動くとやはり幾ら強くなり、上手くなったとは云え、無理があるからです。
が、これが疲れます。
頭で考えるとどうしもワンテンポ(と云っても〇.何秒の世界ですが)動きが遅れてしまいます。
身体は辛くないのですが、やはり神経を使ってしまいます。

 戦略的に頭脳で考えるのは良いのですが、いざ動くとなったら、頭だけで考えて動いているとどうしても遅れが出てしまいます。
そうすると余計に悪循環してしまい、何だか疲労感が残ります。

 何でもそうですが、頭で考える事も大切ですが、全身で考えて動ける様になると、それだけ入って来る情報も増える訳で、楽になりますね。
物事は大抵は頭脳だけではなく、全身で受け止め、考えて動ける様になると、色々な事が楽になって行くと思います。

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霊魂や因縁

2009 - 10/13 [Tue] - 02:44

 霊魂とか因縁とか、神とか仏とか、そう云うものを扱うのが我々の仕事ですが、昔からずっと云われますが、そう云うものが存在してもしなくても、正直どうでも良い事だと思っています。
が、現実に感覚としてそう云うものを感じる人がいて、そう云うものから何かを学んだり気づいたりする事があるのは、現実としてあります。
ですから、それが実際に、科学的に存在するかどうかではなく、そこからスタートしてこれからの未来を幸せにして行くと考えた時、便宜上でも何でもそう云うものが存在すると云う前提で物事と考えて行くと云う方法論もあって良いと思います。

 科学的、医学的に証明出来ないからと云って、それが存在しない事にはなりませんし、存在論だけで論じても意味がないと思います。
それよりも大切にするべきは、人間の心であり、実際の生活です。
ですから、そう云う目に見えないものを恐怖に感じるのではなく、そこから何かを学んで、また示唆を受けて、これからどう対処して行くか、どう生きて行くかと云う事を一番大切にして行きたいと思います。

 そう云う意味では、御供養や御祈願と云う宗教儀式も、また霊や神仏や因縁について語る事も、現実の世界で幸せになる為の手法の一つとして大切なものだと思います。
そこに変な偏りや強迫観念や、科学的な事への否定論が入ってしまうとおかしくなってしまいますが。

 大切なのは、幸せに生きる事です。
何が幸せかと云う問題は置いておいて、そう願うのが人間ですし、その為に霊能力者達も存在しています。
私に限らず、霊能力者や超能力者や宗教家、修行者と出会う事で、その方が幸せを感じてくれると良いなと思います。
また、そう云う事に関われる事自体が、とっても有難いと思います。
いつも、ご相談に乗り、供養し、祈願していて、お手伝い出来る事がとても有難いと感じています。
今日もそんな一日でした。

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霊能力者だらけ

2009 - 10/12 [Mon] - 02:41

 相談に来る人の中で、見えるとか聞こえるとか、思った事が実現するとか、色々な種類や違いはあるにしても、何らかの力を持った所謂霊能力者と云っても良い人の比率は、凄く高い気がします。
他の霊能力者の方の御相談者の中ではどうか分りませんが、私の所では本当に霊能力者の比率が高く、何も感じない人の方が少ないと思います。
まるで、あっちを向いてもこっちを向いても、霊能力者だらけと云う気がしてしまいます。
そんな訳はないのですが、でも自分に何らかのそう云う力がある事で、大きな悩みではなくても、どこかモヤモヤしていたり、疎外感を持っている人は、案外多いのでしょうね。

 人が持っていない力を持っている。
って、本当は人間も動物であって、誰でも持っている筈なんですが、社会制度や教育の影響でそう云うものを無意識の領域下に封印しているのが、普通の人と云う事ですね。
だから、力のある人は、やっぱり変!!と云う事になってしまうのだろうと思います。

 でも、あるものはある、見えるものは見える、感じるものは感じるし、聞こえるものは聞こえる。
分ってしまうのも特別な事ではない。
と頑固に自分の感覚を信じている人が、そう云う感覚を失わないで持ち続けていると云う事でしょう。

 ま、スポーツが得意な人もいれば、勉強が得意な人もいるし、一つの才能でしかないと思います。
それをどう生かして行くかと考えれば良いだけの話です。
なくしてしまいたいと思う事もあるでしょうが、それも自分の個性だとすれば、それはある意味では自己否定と云う事であり、そこからは偏りが生まれてしまうと思います。
ですから、あるものはあると、自分を信じてあげるのが一番だと思います。
その上で、どう生きて行くか、それだけの事ですね。
別に能力があるから偉い訳ではありませんし、ちょっと変な才能を持ったただの人ですから、そのつもりになれば良いのだろうと思います。

 霊能力者の帰って来る家の様になって来てしまいましたが、それもまた楽しいです。
同じ様な感覚を持った同類が集まると云うのは、どこか精神的な部分で安心感と云うか、気が楽になると云う事もあるのでしょうね。
まだまだ、これからも増えて行くのでしょうね、霊能力者が(笑)

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見方が異なる

2009 - 10/11 [Sun] - 02:38

 MacのAppleWorksとWordでは、同じフォントを同じサイズにしても、印刷すると全く大きさが変わってしまいます。
また、普段から気に入って使っていたフォントが、Wordでは特に縦書きでは全く使う事が出来ません。
う~ん、困った!!
と云う事で、一番近い感じのフォントを使って、挑戦中です。

 どうもWordは、画像やテキスト・ボックスを使うと反応が遅くて、イライラしてしまうのですが、ヘルプ等をあちこちひっくり返していると、どうやらメドが立ちそうな感じはして来ました。
さて、まだまだ挑戦は続きます。

 誰か詳しい人に教えて貰えば良いのですが、取り敢えず、手の届く所にそう云う人がいないと云うのと、自分で調べて何とかする癖がついているので、頑張っています。
そうやってMacも詳しくなったのですから、まぁ何れはWordにもかなり詳しくなるでしょう、と云う自信はあるのですが、やっぱりイライラします(苦笑)

 ソフトが違えば表現も異なり、見え方も違います。
ソフト側から見ると、見方が異なると云っても良いのかもしれませんね。
まして人間なら、もっと異なっているのは当然ですね。
育った環境も、受けて来た教育も、付き合って来た友達や恋人も、聞いていた音楽や好きな食べ物も、全て異なっているのですから、見方や見え方、考え方や価値観が違って当り前です。

 人が人と付き合って行くと云う事は、そう云う事を互いに学び、受け入れながら、歩み寄って行くと云う事なんでしょうね。
今まで毛嫌いしていた人も、苦労しながら解り合って行くと、段々理解出来る様になり、受け入れられる様になるのかもしれません。

 アンチ Microsoftだった私がWordに挑戦しながら、そんな事を思ってしまいました。

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エネルギー

2009 - 10/10 [Sat] - 03:29

 昔、父から聞いた事ですが、口から摂取したエネルギーの大半を脳が消費すると言っていました。
それが本当かどうか、詳しく調べた事はありませんが、ここの所、それを実感している様に思います。
仕事をしていると、気がついたら頭がガンガンして来て、目が霞んで来て、思考が停止します。
仕事モードのスイッチが入っている時は、お腹がすいたとか疲れたと云う感覚がなくなってしまうので、突然にエネルギーがゼロの状態になって初めて気がつく様です(苦笑)

 無理矢理にチョコレート等を妻に口に放り込まれると、すぐに復活する事もしばしば。
って事は血糖値が下がってしまったと云う事ですね。
ずっと座って話していたり、Macの前で仕事していたりする事が多いのですが、別に身体を使っている訳でもなし(って、座っているだけで使っているのですが)と。
頭脳労働って、実は大変な重労働なのかもしれないですね。
霊視するともっとエネルギーを使いますし、祈願や供養はヘロヘロになるので解り易いのですが。

 道場で4~5時間練習していても、そんな状態になった事はないですが(って思っているだけかもしれません)
肉体の疲労がきつくて、息があがってしまって筋肉痛まで起きていたりしますから、気がつかないだけかもしれないですね。

 何れにしろ、適度なエネルギー補給は忘れない様にしないと、身体に悪いと云う事は解りました。
と云うか、適当なタイミングで無理矢理に口に放り込まれるので、私は余り考えないで仕事する事にしようと思っています(笑)

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自分がいると云う事

2009 - 10/09 [Fri] - 02:46

 人って誰でもそうですが、自分が果している役割と云うものを忘れてしまったり、気づかなかったりする事が多いですね。
自分は誰の役にも立っていないとか、生きている意味があるのかなんて、不安になる事もあります。
だから、ついだらけてしまったり、自堕落になったり、サボったりしてしまうものです。

 でも、そんな訳はない。
誰でも、そこにいると云うだけで、周囲の人に与えている影響はあり、果すべき役割はあります。
それは良い影響もあれば、悪い影響もあるかもしれません。
誰かの手本になるとか、目標になるとか、また直接的に誰かの役に立つとか。
逆に、反面教師になるとか、そう云う事もあるかもしれません。
でも、どちらにしても、自分の存在が誰かに影響を与えると云う事は、自分が意識しようとしまいと、必ずあります。

 自分一人で頑張るのは辛いものです。
そして、甘える事も怠ける事も、とっても簡単です。
でも、もし自分の存在が誰かに影響を与えているのだと少しでも思ったら・・・。

 誰かの為なら頑張れる、守るものの為なら頑張れるのが人間です。
自分の姿が誰かに影響を与えるのであれば、それは大切な自分の果すべき役割ですね。
そう思えば、やっぱり手抜きは出来ないし、いい加減な生き方は出来ないし、怠けられないですね。

 天知る地知る、誰も見ていない様でも、見ている人は必ずいます。
聞いている人は必ずいます。
そして、影響を受けている人も、必ずいます。

 そう云う責任感を、自分の生き方に持てる様になると、その人からある種のオーラが出て来る様に思います。
それは迫力だったり、優しさだったり、色々あると思いますが、やっぱり輝きが増して来る様に思いますね。

 少しだけ、自分の生き方に責任を持って生きてみると、何かが変化して来る事に気づくと思います。
ちょっとだけ、自分が人に与える影響と云うものを意識してみても良いかもしれないですね。

 余談ですが、仲間達のブログで、「仏像の見方」と云うテーマで書いています。
観光やお参りで出かけるお寺の仏像。
美術品としても信仰の対象としても、完成された美しさを持っていますね。
それを、ただ綺麗と思って見るのも良いですが、ちょっとだけ知識があると、もっと楽しめるし身近に感じる事が出来るかもしれません。
毎月、アップして行きますので、参考にして戴ければと思います。

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挑戦

2009 - 10/08 [Thu] - 04:44

 今更ながらですが、マイクロソフトのワードに挑戦しています。
今までずっとMacだったので、以前はクラリスワークス、そして今はアップルワークスを使ってずっと仕事をして来ました。
が、Macも進化して Intel になって、更にOSが Snow Leopard になった事で、さすがにアップルワークスも厳しくなって来ました。
元々、Power PC 対応ですから、追い付かなくなって来ました。
何れは使えなくなると考えると、残念ながらワードで仕事出来る様にならなければいけないな・・・と。

 正直、ワードアップルワークスに比べて、設定がやり辛い事もあり、細かい設定はアップルワークスは秀逸だったので、毛嫌いしていました。
が、そうは云っても中々良いソフトも無く、仕方なく妥協せざるを得ません。
また良いソフトをどこかのメーカーさんが出してくれると嬉しいのですが。

 と云う訳で50の手習いではないですが、挑戦中です。
悪戦苦闘していますが、近い内には使いこなせる様になるでしょう。
と、自信はあるのですが。
ったく、進歩するのは良いですが、良いソフトが使えなくなるのは困ってしまいますね。
ま、チャレンジするのは嫌いではないので、良いのですが。
って言いながら、一生チャレンジしてそうな気もします(苦笑)

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時間と云う観念

2009 - 10/07 [Wed] - 02:36

 妻が横で翻訳をしていますが、そこに時間の観念と云う話が出て来ています。
時とは何か?
時と云うものの持つ意味は?
果たして、時と云うものは本当は実在しているのか?
等々と、まるで哲学や相対性理論の様な話が続いています。

 時と云うものは、何かが変化した時、或いは動いた時に、その変化や移動の量を表す為のものだと思っています。
ですから、変化しないものには時は存在しないと云っても良いでしょうね。
とは云え、変化しないものなどは、この世にもあの世にも存在しないでしょう。
と云う事は、やはり時は実在であり、役割を果たしていると云う事になるのでしょうね。

 悩みや苦しみの中にあると、心の中はその一点に囚われてしまって、時が止まったかの様になってしまいます。
いつまで経っても、同じ事から抜けられず、考えもまとまらない。
だから、全く何も解決せず、動かず、正に止まった様に見えます。

 でも、それはあり得ません。
時は残酷であると同時に、とても優しいのです。
時間が経つと云う事は、目に見えない量であっても必ず変化を与えてくれます。
そして、いつか必ず変る時が来ます。
初めがあれば、終わりがある。
どんな問題も、時間と共に必ず解決する事が出来ます。

 ただ、それに必要なのは、ちょっとの勇気と行動です。
ちょっと一歩踏み出す、その勇気を持つ事が変化を起こします。
そうすれば、時間は自分にとって優しくしてくれるかもしれません。
困った時は、自分で時を止めない様にしましょう。

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感動

2009 - 10/06 [Tue] - 03:54

 昨日、一昨日と続いた空手の試合、頑張っている姿を見ているとそれだけで感動しますね。
まして、普段の練習や頑張りを知っている選手が出ていると、その光景が目の前に甦って来て、まるで自分が闘っているかの様に力が入ってしまいます(苦笑)

 今日も赤井英和氏が、閉鎖されてしまった近畿大学ボクシング部の後輩の為に、自らを鍛えて現役のチャンピオンと闘うと云う番組がありました。
酒浸りで弛んだ身体の50才の元ボクサー、曾ては浪速のロッキーと云われた男がするチャレンジは過酷を極めていました。
たった3ラウンドでしたが、彼の本気が伝わり、また対戦した現役チャンピオンにも伝わって様です。
その姿が感動を与えてくれました。

 スポーツも武道も、本当は見るものではなく自分でやるものだと思っています。
が、見ている事で持つ事の出来る感動は勇気を与えてくれます。
そこからスタートするのも良いと思います。

 人が頑張る姿は、それだけで周囲の人に感動を与えてくれます。
昔から、そう云う意味ではスポーツ選手や試合に出る空手の選手を羨ましいと思ったものです。
スポーツに限らず、勉強でも仕事でも、何を通してでも、そう云う姿を周囲に見せ続ける事が出来たら良いなと思います。

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共通言語

2009 - 10/05 [Mon] - 01:55

 昨日に引き続き、本日も新極真会全日本大会でした。
我が道場から出場した選手もベスト16に入り、後一歩で敗退してしまいましたが、次に繋がる素晴らしい試合をしてくれました。
とは云え、ここから上へ行く壁は果てしなく高く、厳しいものです。
きっと彼ならいつか越えてくれると思いますが、頑張って欲しいですね。

 新極真会本部の女性空手家、女子空手の大会は彼女がいたから出来た様なパイオニアの選手がいます。
亡くなってしまった彼女の師匠と懇意だった事から、今での年に数回、試合で会うだけですが慕ってくれています。
彼女も残念ながら途中で敗退してしまいましたが、まだまだ現役を続け、再来年の世界大会を目指して頑張ると言っていました。
頼もしい事です。

 こうして夢を追い続け、努力し続ける姿は、それだけで美しいですね。
可能か不可能か、勝つか負けるかは、時の運と結果論。
やり続ける事、諦めない事が、人世そのものを輝かせてくれると思います。
何よりも夢を追いかけている人の眼はキラキラしています。

 そして同じ言葉を持つ、共通言語を持つ事は、とても有難い事ですね。
空手をやっている、それだけでその瞬間から仲間です。
試合では敵同士でも、それを離れたら同じ道を同じ方向を向いて歩く仲間。

 音楽や芸術と同じく、スポーツも空手も、世界を越えた共通言語です。
こう云う気持ちがもっと大きく広がって行けば、きっともっと世の中は平和になって生き易くなると思います。

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憧れ

2009 - 10/04 [Sun] - 03:05

 今日は新極真会の全日本大会でした。
我が道場からも2名が出場し、1名は2回戦で敗退しましたが、次回へ繋がる良い試合を観る事が出来ました。
また、もう1名は明日の3回戦に残り、流石と云うべきでしょうね。
嬉しいですね、一緒に練習している後輩が勝ち残って行くのは。

 試合の大舞台は選手達の憧れ、出場している選手達は道場で練習する人達の憧れです。
そう云う憧れを大切にする事が、こう云う大会を成功させる事に結びつくのでしょうね。
年々、観戦者が増えているのは嬉しい限りです。
裏で頑張っている主催者達の努力とアイデアが伝わります。

 明日も続きます。
会場で会う懐かしい顔、お世話になっている師範達、また可愛い後輩達。
試合を観るのも疲れますが、しっかり応援し、楽しい時間を過ごしたいと思います。

CIMG0461.jpg

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ゆったりした時間

2009 - 10/03 [Sat] - 02:33

 今日は珍しく少しゆったりした時間を過ごしました。
こう云うアンニュイと云える様な時間を過ごす事も大切ですね。
旅に出たり、道場へ出かけるのも、非日常空間で切り替えとしては大きいですが、日常の中でこう云う時間を持つ事も、ちょっとした切り替えになります。
方法は様々ですね。
TVやDVDを観たり、音楽を聴いたり、昼寝したり。

 そうすると色々とアイデアが湧いて来たりするから不思議です。
別に煮詰まっているつもりはなくても、どこかで停滞しているのでしょうね。
心が少し緩んで、止まっていたものが動き出す感じがあります。

 そうなれば、後は動くだけ、やるだけ。
さぁ、新しい一歩をまた歩きましょう。

 明日と明後日は新極真会の全日本大会です。
我が道場からも出場者がいます。
頑張って欲しいと思います。
勝っても負けても、全力を出し切り、試合を楽しんでくれたら良いですね。
私も朝早く起きて頑張って応援に行って来ます。

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固定観念

2009 - 10/02 [Fri] - 03:09

 長く生きていると、段々と自分の中に色々な経験や考えが詰って来て、自分の価値観や観念が出来て来ますね。
自分を律する為なら良いのですが、それが固定観念になってこうあらねばならないと人に押し付ける様になって来ると、残念ながらちょっと問題ですね。
人の生き方も考え方も人それぞれです。
どれが正しいなんて事は、云えません。
云えるのは、こうすれば楽だし、スムーズに事が運ぶでしょうね、と云う事です。

 誰でも自分の考えが一番正しいと思っていますし、そう思う事は悪い事ではなく、自信に繋がります。
でも、それが自分以外にまで向けられると、困った頑固者になってしまう事もあります。
また、非現実的だったりする事もありますね。
そうなると、そこに幾ら相手を思う心があったとしても、相手から拒否感を持たれてしまったら、大切な心が通じなくなってしまいます。
それはとっても残念な事です。

 法は相手を見て法を説けと云います。
正しい事を伝えて行くには、焦らず、弛まず、ゆっくりと、続ける事だと思います。
自分の固定観念で押し通そうとすると、中々難しいですね。

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思い出

2009 - 10/01 [Thu] - 03:07

 バタバタしていて全然進まなかったのですが、やっと先日のスイスからロンドンへの巡礼の旅の写真の整理が終りました。
いつも通り、またスライドショーにしてDVDに焼き付けました。
テレビ画面で観ていると、バックに流したエンヤの音楽と相まって、とても静かな映像になりました。
各都市に分割しましたが、全て観ると約60分の大作となってしまいました。

 足がパンパンになる程、歩き、そして祈って歩いた旅でした。
と同時に、37年前に初めて訪れた地を巡って、第二の故郷への郷愁と回顧のの旅でした。

 多くのインスピレーションを得て、また新たな道へ進み始めている自分を感じています。
現在は過去から繋がり、そして未来へと続く。
人世も心も、全てを過去から繋げて行く事が次の未来へ繋がって行くのを感じます。
思い出も、現在も、大切にして行きたいと改めて思いました。

 写真は、フォト蔵にまたアップしています。
まだ暫く続きます。
どうぞ御覧になって下さい。

 また、リンクが新たに増えました。
羅漢堂と云う出張専門の治療院です。
そして、羅漢堂の院長のブログも載せました。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


関連ブログです。
Adept・Mentor 島津成晃の独り言
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