感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

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夏越大祓

2009 - 06/30 [Tue] - 03:46

 昨日、夏越大祓、続く不動明王の縁日の祭礼、そして月例会に参加された方は大変だったと思います。
朝から夕方まで、その後も居残りで、長い時間を神の行事、仏の行事、そして護身法、勉強会、それからの時間と皆さんの強い気に囲まれながら、頭も身体も心も魂も揺さぶられた一日だったと思います。
勉強会の後には、一部の治療師・気療師の方々に気療講習をしました。

 まぁ、これだけの行事が重なるのは滅多にないので、こんなに荒行な一日は殆どありませんが、久々に目一杯だったですね。
これで一年の前半も終わり、綺麗に禊ぎ、後半に向けて頑張る事が出来ます。

 朝から皆さん気合いが入っているのか、皆さんから出ている気が奔流の様に渦を巻いていました。
新しい方には厳しかったかもしれないですね。
伊達に皆さん何年も護身法をやっていませんし、何十年と通って修行している者もおり、プロを目指して頑張る者もおり、またプロとして活躍している治療師もおられ、空手家もいて、エリートと云われるビジネスマンもいれば、本当にバラエティー豊かと云うか、色々な年齢・階層・職業の方々が真剣な思いで集まって来られている事には、いつも感銘を受けます。
いい加減さがない、真剣勝負の様な一日でしたが、充実した時間でした。
勉強会では、先の瀧修行の写真をスライドショーにしてDVDで見る事も出来ました。
修行したい者、学びたい者、皆さん人生を真剣に考えて生きているのが嬉しいですね。

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北陸への旅

2009 - 06/29 [Mon] - 02:51

 北陸へ出かけて来ました。
目的地は和倉温泉と輪島でした。
母が以前から行きたいと言っていた事、また妻が行った事がないと云う事で、スケジュール調整をして出かけました。

 東京羽田空港から小松空港へ。
でも、その日の朝はとてつもない大雨、豪雨でした。
で、前日からそれは予想していたので、羽田に愛車を預けて出かけようと思い、自宅から愛車で出かけて羽田空港の駐車場に預けて飛び立ちました。
あの大雨の中を電車に乗るのは、駅まで行くのは勘弁と思いましたから。
おかげで帰りは荷物を抱えて帰って来ないで済みましたから、良かったです。

 小松でレンタカーを借り、そこから一路和倉温泉へ。
途中で能登の一宮である気多神社へ寄りましたが、う~ん、旅先からのブログにも書きましたが、穏やか過ぎて私向きではなかったですね。
それに縁結びを売り物にしていて、それは良いのですが、どこかピリッとしない雰囲気でした。
ま、通りすがりに挨拶したと云う程度の感覚でしょうか。

 そこから和倉温泉へ。
宿泊したホテルは、とっても大きく、広かったです。
料理も良く、部屋も落ち着いていて程良い広さで、温泉ものんびりする事が出来た、満足の行くホテルでした。
そして明くる日に輪島へ。
目当ての漆芸美術館は残念ながら休刊日でしたが、その代わりに立ち寄る事が出来た、朝市通りに程近い神社でのお参りは有意義でした。
その後に行った曹洞宗本山は、良かったですね。
落ち着いた歴史の中にある静けさ、洒脱さを感じる事が出来ました。

 そして最後の日に行った兼六園、流石に広い、綺麗な所でした。
暑い日差しでしたのでのんびりとは行かなかったですが、その美しさには驚きさえ感じさせられました。
前田家の別邸もあり、たまたまですが前田家に伝わる人形展が開催されていて、行った価値がありましたね。

 フォト蔵の方に第一弾の写真を載せてあります。
どうぞご覧下さい。

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帰って来ました

2009 - 06/27 [Sat] - 01:39

 旅先からブログを少し書いていましたが、今日の夕方に戻って来ました。
身体は疲れましたが、心は元気になって帰って来ました。
今回はそんなに沢山の写真は撮っていませんが、整理が終わったらまたフォト蔵にアップしますのでご覧になって下さい。

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総持寺祖院

2009 - 06/25 [Thu] - 20:28

1245929289-200906251425000.jpg
 横浜の総持寺の元になった最初の大本山に行きました。
良いお寺でした。
とても気持ちの良い、歴史を感じさせてくれるお寺で、何かホッと癒された感じです。

気多大社

2009 - 06/25 [Thu] - 00:33

1245857607-200906241307000.jpg
ちょっと遠くまでやって来ました。
有名な能登一宮なのですが、う~ん、縁結びは良いですが、何か穏やか過ぎると云うか、ピリッとしない雰囲気でした。
私向きではない感じでしたね。

蒸し風呂

2009 - 06/24 [Wed] - 01:31

 今日は暑かったですね。
ムシムシしていて、気温も高くて、道場へ入っただけで息があがってしまいそうな感じでした。
練習が始まると、基本だけで汗がダラダラ。
って、これで最後まで持つのかな???
何とか持ちましたが、途中で何度もヘバっていました。
まるで蒸し風呂で練習している感じ。
スパーリングに入ると、軽くやろうと思っていましたが、ついつい力が入ってしまっていました。
相手に合わせているので、なまじ相手が強いと、やっぱり気合いが入ってガンガンやってしまいます。
終わって、アチチ、足の甲と中足(足の裏の、指のすぐ下の骨の所)が痛い。
蹴った足が相手の膝にでも当ったのですね。
蹴られてダメージではなく、蹴ってダメージ。
こりゃ情けない。
ま、良くある事ですが。

 さて、明日から金曜日の夜まで出かけます。
戻りましたら、またしっかり記事をアップします。
宜しくお願いします。

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続けると云う姿

2009 - 06/23 [Tue] - 03:24

 生き続ける、仕事し続ける、愛し続ける、修行を続ける、何でもそうですが、続けると云う事はとても大変な事ですし、でも続けた時間だけ得るものもあり、学ぶ事もあります。
無駄に続けると云う事もあるかもしれませんが、それでも続けると云う事で得る気づきはとても大きなものだと思います。

 パッとやってパッと終わる。
線香花火じゃないのですから、一件華々しく見えても、そこには虚しさしかありませんね。
何十年と第一線、じゃなくて脇役でも、続けてTVに出続けている芸能人の人を見ていて、凄いなと思います。
一つの世界で、物凄い数の中で生き残って、評価され続けている。
好き嫌い、良い悪いではなく、それって凄い事だと思います。

 決して強くなく、上手くもなくても、空手を何十年と続けている人を見ると、尊敬しますね。
努力し続ける、練習し続けるその姿は、理屈抜きに美しく、頭が下がります。
私も空手を始めてもう40年になります。
途中で練習から離れた事もありますが、常に心の中に空手がありました。
強くもなく、上手くもないですが、空手を愛している事はずっと変りません。
これからも一生、変らないのでしょうね。

 祈りも同じ、修行も同じです。
何かの為に祈る、修行するは、その時だけの一過性でしかなく、神仏との取り引きの様な感覚があります。
ずっと続く祈り、修行は、目的があって、ない様なものです。
続ける事に意味があり、そこから得る気づきや悟りは、やった者にしか解らない境地です。
法力だの霊能力だの御利益だのと云いますが、そんな事は卑小な事にしか過ぎない。
大切なのはどう生きるか、どう歩むか、そして祈り続け修行し続ける事だと思っています。

 生き方は何かの結果を必ずもたらしてくれます。
続けると云う姿勢が真摯であればある程、それは静かに水が沁みる様に、波紋が広がる様に、伝わって行きます。

 目の前の事にばかり囚われないで、真直ぐに真摯に続けて行きたいですね。

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エデンの園

2009 - 06/22 [Mon] - 02:48

 昨日、BSでやっている宇宙大作戦、スタートレックを観ていました。
毎回一話完結でやっていたSFドラマですが、内容は宇宙を舞台にした人間ドラマ。
もう何十年、観続けている事か、ずっとトレッキーです。

 昨日の内容は惑星エデンに向かう冒険者達の話。
管理社会に嫌気がさして法に背き、宇宙船エンターブライズを乗っ取って惑星エデンに到着したものの、そこは見た目は美しくとも、全てが毒性を持っていてエデンの園ではなかったと云う話です。
後年に作られた映画版でも同じ様な話がありました。

 エデンの園、云うまでもなく旧約聖書で語られる、人類創世の物語に出て来るものです。
不老不死、病気もなければ、悪もない。
平和しかない穏やかな世界。
そこを追い出された事で、人は羞恥心と悪心を覚えたとあります。
そうさせたのはヘビ、サタンであると。

 ずっとその世界で生まれ、育ち、外の世界を知らなければ、エデンは確かに楽園なのかもしれない、と云うよりも、それしか知らない、それが当り前と思うのでしょうね。
しかし、穢れてしまった人類にとって、エデンは退屈な世界でしかないとも思います。
刺激もなく、ただ平和な、静かな世界。

 考えてみれば、ネオンサインも繁華街も、そしてファッションも、お酒も煙草も、科学技術でさえ、人間の欲望の産物であり、そこで生まれ育った人類は、それが当り前であって、それがない世界に憧れは持っても、そこで生きて行ける人達はごく少数でしょう。

 知恵を得る事が悪なのか、知る事が悪なのか、知らない事が善なのか、決められた事を守る事が善なのか、一言で云えないですね。
そう思うと、サタン、ヘビが悪なのかどうなのか、これも見方によります。
悪があるから進化したとも云えるし、悪があるから苦しみを知ったとも云えるし。
どちらが正しいではなく、自分がどちらの立場で物事を考えているか、ですね。

 昨日の番組を観ていて、そんな事を考えていました。

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瀧修行

2009 - 06/21 [Sun] - 03:44

 弟子達が今日、瀧修行に出かけました。
総勢で10名。
朝早くから出かけて、瀧修行をし、その後はのんびりした様ですが。
まぁ、物好きな者達が集まったと云うか、皆頑張ったのでしょうね。

 瀧修行は、落ちて来る水の勢いが全身を包む事で、一瞬にして頭も心も空白になった様な感覚があります。
それが段々と水との一体感が出て来ると、静かな目と心で、水の中から外の世界を見る事が出来て来たりします。

 昔から瀧修行は修行者の基本として行われて来ました。
瀧を浴びていたら霊感がつくとか、強くなれるとか、そんな風に思っている人も多いですが、そんな事は何もありません。
一瞬の空白、リセットがあるだけです。
その経験を積み重ねる事で、心と身体がそれを覚え、空の状態に入り易くなる。
ただ、それだけ。

 いつも悩み、心の中で葛藤している人にとっては、瀧は気持ちの良い、最高のリフレッシュかもしれないですね。
でも、遊び半分で入るととても危険なのも瀧です。
気持ちが良いから限界を越えてしまい、気がついたら意識を失ったり、時には死に至ります。
また、霊的な意味でも瀧場は危険です。
肉体を離れてしまってからでも修行をしている魂もあり、癒されたくて集まって来ている目に見えない存在もあります。
ですから、きちんと浄化し、結界を張って、自分の限界を見極める事が出来る人以外は、きちんとした修行者・指導者の許でやらないと危険です。

 が、本当の修行は瀧から出て、世間に戻ってから。
あの気持ち良さと空白感、日常では味わえません。
瀧修行で得た感覚を大切にして、日常をどう生きて行くか。
これが本当の修行です。

 さて、今日瀧修行した人達、これからどんな修行をして行くのでしょうか。
楽しみに見ていようと思います。

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100%の力

2009 - 06/20 [Sat] - 02:41

 人間が本当に100%の力を出すと云うのは、とても難しい事ですね。
それこそ喧嘩でも武道でも仕事でも恋でも何でも、本当に100%でやっている時、後先なんて考えていません。
終わってから後で検証しようとしても、何をどうしたかさえ覚えていないものです。
必死でやっている時、何をやったか、何を言ったか、後で思い出せない事が良くあります。
本当の100%って、そう云うものかもしれないなと思います。
その結果として出て来た事は、そこに後悔も何も残りません。

 そう云う100%になる、そう云う力を出すと云う為に、無意識に持っているストッパーを外して限界点を上げて行くと云う訓練は必要だと思います。
作法や決まり事、或いは武道等は、そう云う意味で心身の鍛錬をして、無意識の領域にアプローチして行って、限界点を越えて行くと云う事にその本意はあります。
それ故、継続は力なりであり、覚えて忘れろと云う言葉へ繋がります。

 ああだった、こうだったと云う検証は必要ですが、極限の状態になった時、本当に100%の力を出し切った時、奇跡が起きた様に感じるのは、理論・理屈を越えたからなのでしょうね。

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絶対の確信

2009 - 06/19 [Fri] - 03:46

 祈りも加持も祈祷も、供養も浄零も除霊も、或いは結界等も全て同じですが、絶対の確信の許でこそ力を発揮します。
祈りとは安易なものではなく、一抹の不安や迷い、陰りがあると、絶対に作用しません。
また、特に浄霊や除霊、供養では、相手がいる事でもあり、不安や迷い等の隙があると相手はつけ込んで来たりする事もあります。
相手がタチが悪ければ悪い程、それは顕著です。

 密教を始めとする祈りは、そう云う迷いを断ち切る意味もあり、また祈りが継続的に続く事を意図して、三・七の法則を用いて、3日間ないしは7日間、或いは21日間を一区切りとして修法します。
一日だけ、一度だけの祈りは、単発でしかなく、持続性がありません。
それは、対症療法でしかない。
継続的に祈りが続く、或いは永続的に続く為には、修法を続ける必要があります。
祈りを重ねると云う意味もありますが。

 中途半端な祈願や加持祈祷は、一過性のそよ風の様なものです。
祈り続ける事、法を修め続ける事の意味は、とても深く、一言で語れませんが、継続は力であり、長く伝えられて来たのにはそれだけの意味があると云う事ですね。

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良い仕事をする

2009 - 06/18 [Thu] - 04:10

 一言で良い仕事をすると云っても、中々難しいものがありますね。
丁寧な仕事をするのが良いのか、結果だけ出せば良いのか、信頼を得る様な仕事をするのが良いのか、評価される様な仕事をするのが良いのか、等々と考えて行くとどれも正しいし、どれも何か足りない気がしますね。

 時間をかけたら誰でも少しは成果は出せるかもしれませんが、それを如何に短時間で効率良くやるかと云う事もありますし、何をしても、裏で汚い事をしても結果を出せば良いのかと云うと違う気がします。
評価される仕事と云っても、中身のない、立ち回りの上手さだけで良いのかと云うと、これも違いますね。
信頼を得る仕事が出来たら最高ですが、でも効率の問題もあり、またそれなりに成果を出さねば信頼を得たとしても利益に繋がらない。

 結局はバランスなのだろうなと思います。
幾ら緻密で丁寧な仕事をしても、成果が出なければ意味はないし、時間がかかり過ぎたら、見えない所で起きている損失が大きいかもしれないし、評価だけ意識しても中身がなければ、それは嘘でしかないし、その全てが良いバランスで、それも出来れば高次元で上手く並んでいたら、それを良い仕事と云うのだろうなと思います。

 ちゃんと利益をもたらし、顧客にも喜びを与えられ、しかも効率良くこなして行って、信頼を得て行く事・・・。
このバランスはやはり一朝一夕では行かないですね。
頑張りましょう。

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肚を括る

2009 - 06/17 [Wed] - 03:18

 妻の「肚を括る」シリーズが続いていますね。
ま、肚なんて最初から括れるものでもなし、実際にやりながら、追い込まれながら、やるべき事はやるしかないし、逃げる訳にいかないから、後退する訳にはいかないから、と肚を括らされるものかなと思います。

 夢中で、必死で突っ走って来て、気がついたら自信がついていて、体力も知恵もついていて、何よりも迷いが消えて肚が括れている。
そんなものでしょうね。
幾ら頭で考えても、所詮、それは自分への言い訳でしかなく、周囲への予防線でしかないと思います。

 ま、どんな事でも「何とかなるだろう」ではなく、「何とかする」と覚悟を決めて肚を括って行くには、その結果がどうあろうと怖れないと云う強靭さが必要です。
それは一朝一夕で身に付くものではなく、やはり越える事で、生き抜く事で身について来るものです。

 やるしかない。
そこに尽きるでしょうね。

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スピリチュアル

2009 - 06/15 [Mon] - 03:25

 私がこう言うのはおかしく聞こえるかもしれませんが、私はオカルトやスピリチュアルと云うものが好きではありません。
目に見える現象、例えば心霊写真や霊現象や超能力の様な類いの事は、とても不思議ですし魅力的です。
でも、魅力的だからこそ危険でもあると思っています。
着飾った派手な姿やパフォーマンスは、本質を隠してしまう事があるからです。

 そう云う目に見える現象等を否定するつもりはありません。
私自身、そう云うものに幾らでも触れて来ましたし、そこにある真実も嘘も見て来ました。
ですから、そう云うものを前面に出している方々の事を否定するつもりもありませんし、肯定するつもりもありません。
大切なのは、そこに何の意味があるか、そこから何を学ぶか、です。
凄い事が起きても、それは一つのイベントでしかなく、驚きを与えるだけでは意味がありません。
また、それがお金儲けの為に作り上げられたものだとしても、そこから大切な事を学び、人が豊かに幸せになるのであれば、それもありだと思っています。

 心霊写真が写ったとしても、それが真実、何かが写っているのか、トリックなのか、或いは何かの光が入り込んだ事で写ったものか、そんな事よりもそこから何を感じ取るかが大切です。
サインとして捉えるのは良いですが、それが大きな凄い事と捉えてしまうと間違いが起きます。

 人が大切にするべき心は、そう云うパフォーマンスや派手なものに囚われると見えなくなってしまいます。
心霊ブーム、オカルトブーム、スピリチュアルブーム、チャネリング、ヒーラー、超能力、等々と言葉が飛び交っていますが、何でも良いですがあまり夢中にならないで、まず現実的に幸せになる為にはどうすれば良いか、生き方そのものを大切にして欲しいと思います。

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落し穴

2009 - 06/14 [Sun] - 02:53

 道を歩いていると、目に見えない落し穴が良くあります。
と云っても、これは現実の道ではなく、何かを目指す道と云う事ですが。
格好良い、勢いが良い、順調に事が運ぶ、思った通りに進む、上手い話、美味しい話、等々。
色々な落し穴がありますね。
兎角人間と云うものは、安楽に流れ、易きに流れ、欲に流れて行くものです。
そう云うものが人間社会の文明や文化を発展させて来た事も事実です。
が、それは頽廃へと繋がり、退化へと繋がって行き、停滞・進化進歩の停止へと流れて行きます。

 自分の顔は鏡を使わなければ見えません。
まして、自分の言動や心は見え難いものです。
落し穴に落ちてしまっていて、何も進歩せず、進化もせず、変化もしないのに、気づかない事は良くありますね。
そうやって長く同じ事を続けて来た会社が、ある時に突然に倒産したり、そのまま何も変化せずに生きて来た人達が時代に取り残されてリストラに合う。

 変らない事の大切さもありますが、変る事の大切さもあります。
安楽である事、便利である事、格好が良い事はとても大切な事ですし、出来れば順調に思った通りに事は運んで欲しいですし、時には本当に上手い話や美味しい話もあります。
人間の欲望も生きて行く上での大切な要素の一つです。

 しかし、落し穴に落ちて目標を見失い、目線が下がってしまったら、それは停滞でしかありません。
才能もあり、器もある人が、落し穴に落ちて自己を見失ってしまうのを見ると、勿体ないなと思います。
どこを見ているか、何を目指しているか、道を誤っていないか、いつも自己検証をして留まらない様にしたいですね。

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回復力

2009 - 06/13 [Sat] - 03:57

 人間の身体には回復力があります。
怪我をしても風邪をひいても、必ず治ろうとします。
火曜日の練習で突き指と打撲で痛めた私の左手の中指、真っ赤になっていて晴れ上がっていたのですが、一晩経つと半分に腫れが引き、握れなかった指も動く様になりました。
翌々日には更に半分に。
今日はまだ1~2割の感じで中で腫れが残っている感じですが、見た目では殆ど晴れは消えています。
また、毎週の様に作る脛の痣も殆ど明くる日にはひいている事が多いです。
それを見た妻からは「嫌みだぁ」って言われますが(苦笑)

 精神も肉体も、常に安定した状態、平衡状態を保とうとします。
異常が起きた時、そこへ戻そうと色々な事が身体や心の中で起ります。
その力が強い人、弱い人がいますが、俗に云う免疫力もその一つですね。

 どんな状態でも回復しようとする力は、神秘です。
限界を越えてしまって回復する力さえなくなってしまうと云う事にならなければ、必ず良い状態に戻ろうとしますし、戻る事が出来ます。

 本当に人間って素晴らしいですね。

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三昧、定、空、トランス

2009 - 06/12 [Fri] - 02:53

 祈りを捧げている時、それが供養であれ祈願であれ、また瞑想であれ、単なる勤行であれ、ある瞬間に空間が広がったり、歪んだり、音が廻ったり、或いは揺れたりと云う不思議な感覚を味わう事があります。
ある種の変性意識の状態であって、三昧になるとか、禅定に入るとか、空になるとか、或いはトランス状態になると云いますが、三次元的な空間認識を超えた、不思議な状態を感じる事です。

 完全なリラックス状態と集中状態が同時に上手くバランスを取れた時に起きる事ですが、そう云う時は詠んでいるお経の声が広がって行き、廻り、後ろから聞こえたりする事もあります。
また、写真を撮っても起きるのですが、まるで空間が歪んだかの様に、距離感が狂ってしまって、凄く近く感じたり、遠くなってしまったり、それは写真でもそう云う現象が起きます。
同じアングルとポジションから撮っているにも関わらず、複数撮った写真が違った距離感で写ってしまう。
科学的に証明出来る訳ではありませんが、現実としてそう云う事が起きてしまいます。

 そう云う状態の空間の中での祈りは、距離を越え、時を越えて広がって行く様な感じがします。
とても気持ち良く、良い祈りが出来たと云う実感が湧きます。
まるで身体が空中に浮いた様な浮遊感、どこまでも広がる空間、静かに声が廻って広がって行く、何処からともなく差して来る柔らかい光。
そして、漂って来る淡い甘い匂い。

 真剣に祈ると云う事は、力を込めて、必死で祈る事ではないと思います。
心身を完全にリラックスさせて、同時に最高の集中を以て、仏と、神と、曼荼羅世界と、そして宇宙と、また自己と向き合い、触れ合う事だと思います。
そんな祈りがいつも出来たら良いなと思いながら、毎日祭壇に向き合っています。

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気合いだけでは

2009 - 06/10 [Wed] - 03:16

 今日は空手道場での稽古。
カァ~、湿気が多いせいか、今日もハードでした。
って、いつもの事ですが(笑)

 どう云う訳か、火曜日の夜の練習は黒帯が多いのです。
稽古が始まった時、黒帯が4人、色帯が一人。
色帯は云うまでもなく、我が妻です。
まるで黒帯研究会じゃん!!って感じで、我が妻ながら怖いだろうに頑張っていると思います。
それから人が遅れながらも集まって来て、道場で一番大きな人までやって来ました。

 色帯とスパーリングする時は兎も角、黒帯とやる時はやはり激しくなってしまいますね。
今日は、初めてその大きな人に吹っ飛ばされました。
理屈や少々の技等、彼には通用しません。
受けられただけで吹っ飛んでしまいます。
気合いだけ幾らあっても、物理的に無理は無理。

 昔から身長で15cm、体重で20kgの差があったら、絶対に勝てないと云われます。
と良いながら、その常識を打ち破ってしまう、とんでもない小兵がいる事も確かです。
それは、想像を絶する、弛まない練習の結果としか云えません。

 パワー、スピード、テクニックと云いますが、なまじのテクニックやスピードなど、圧倒的なプワーの前では通用しません。
パワーでは勝ち目は全くありませんから、もっともっと技を磨かないといけないと思います。

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人の個性

2009 - 06/09 [Tue] - 03:08

 誰にでも長所欠点はあるものです。
とは云え、何を以て長所と云い欠点と云うかは、それぞれの価値観ですね。
人当たりが良いのを長所と云うか、或いは人当たりが良い事が八方美人的になって欠点と云うか。
どの目線で考えるかによって、長所と欠点は違って来ます。
と、また理屈が始まってしまいましたが(苦笑)何かを考える時に定義と云う前提はとても大切だと思いますので、理屈っぽいナァと思われるかもしれませんが、御容赦を願います(笑)

 良い所も悪い所も含めて、その人の個性だと思います。
ですから、良く「自分のここが好き、嫌い」と長所欠点を言葉にする人がいますが、それは良いとしても、自分で自分を嫌ってしまっては、自己否定になってしまいます。
欠点があってこその人間です。
完璧な、長所しかない人間なんて、面白くも何ともない、とってもつまらなくて刺激のない人です。
私はあまりお付き合いしたいとは思いませんね。

 社会で生きて行く上で、どうしても不利となる事は、欠点と考えても良いかもしれませんが、まぁそれも個性と考えれば、それで人が迷惑しなければ別に良いんじゃないか、困るのは自分だけだしなんて思ったりもします。
個性豊かと云う人は、違う言い方をすれば、変わった人だったり、エキセントリックな人だったり、偏った人だったりする事が多いですね。
才能豊かであればある程、その傾向は強いでしょう。
それを自己否定してしまったら、そこからは何も生まれませんし、落ち込んで鬱になるしかなくなりますね。

 逆に、欠点があるから、それをバネにして立ち上がって行くのであれば、それはある意味で長所と云えるかもしれません。
長所欠点は裏表です。
それを個性と捉えて、生き易くする為に欠点と思える所を少し修正して行くと思えば、気も楽になるし、自分を好きになれると思います。

 自分の事を好きになれば、そこからまた考え方も変わって来るものですし、自分を大切にもする様になります。
それだけで、人生も楽しくなるのではないかな?と思います。

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公私の区別

2009 - 06/08 [Mon] - 03:44

 公私の区別と云う事、良く問題になりますね。
どこからどこまでが仕事で、どこから私的になるか。
私の所へ来る相談でも、公私の区別が解らなくて困っている人が時々います。
相談の内容が仕事の内容なのですが、それが個人の私的と捉えるのか、或いは公的なものと捉えるのか。

 結論から云えば、これは公的な仕事上の相談になります。
その相談の結果、それが仕事として成立して利益を生むなら、それは個人の利益ではなく仕事としての利益になる筈です。
ですから、それは私的なものとして捉えるべきではありません。
社内の人間関係や、自分のあり様等と云う事になれば、これは勿論私的な相談と云う事になりますけどね。

 例えば、利益を得ない仕事があるとします。
個人と個人の、気持ちからやっている仕事。
これをそれで終わらせるのは簡単ですし、当り前の話。
会社に利益が入る訳ではありませんからね。

 でも、これをもし個人の仕事としてではなく、会社の仕事と捉えるとどうでしょうか?
その代わり、同種の仕事があった時は宣伝して下さいね、と。
そうなったら、その瞬間からその仕事は公的な仕事になります。
宣伝効果と云う意味で、撒き餌の様なものでもありますから。

 私的か公的か、個人か仕事か、それは捉え方の問題でもありますが、上に立つ者がそう云う高い意識を持つ会社は大きくなりますね。

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眼を養う

2009 - 06/07 [Sun] - 02:33

 私は色々な情報番組が好きです。
現代の流行物や流行っている場所、また世界の情報(と云っても、政治経済ではないですが)、歴史情報、地域情報、観光情報、骨董品の番組(テレビ東京の番組は殆ど欠かさず見ていますね)、動物に関するもの、等々。
街を歩いても、買う気もないのにあちこちとウィンドショッピングは大好きで、中に入る事は余りなくてもブティックや小物の店、デパート等、ウロウロしています。
ですから、東急ハンズやキディランド、ビックカメラ等々は私にとってはとても好きな場所です。
また、暇があればウェブで楽天等を見ています。
本屋の立ち読みも大好きですね。

 何をするにも、例えば本を一冊選ぶにも、それこそ腐る程の種類があります。
そこから本当に自分に合う、本当の事を書いてある本を選び出すのは、至難の業です。
人も同じ。
知り合った人が良い人かそうでないか、見極めて行かなければいけません。
物を買うのも同じ。
物凄い種類の同種の物が出ていますから、そこから選び出して行く為には、カタログを調べ、機能を調べ、自分の家や趣味に合うかどうかまで考慮しなければいけません。

 その為に、見極める眼を持つ必要があると思います。
本物を見続ける事で、偽物や紛い物や怪しいもの、良いものと悪いもの、良い人と悪い人、等々、色々なものを見分ける事が出来る様になり、失敗も減って来ます。
眼を養うと云いますが、眼は長い時と多くの経験と、幅広い知識の中から養われて行くと思います。
ですから、何にでも興味を持って、時に深く追求して、沢山の物や人を見て行くと云う事が必要です。
ブラブラする、ウロウロする、立ち読みする、ウィンドショッピングする、TVやウェブを見る、そう云う一見遊びに見える事が、実は人間力を高めるのに必要な訓練・勉強であったりするものです。

 意識の持ち方一つですが、積極的に遊ぶと云うのは、人間を豊かにしてくれます。
人間力のある人は、総じて皆さん多彩な趣味を持っておられますね。
こんな事、なんて大人ぶっていないで、何にでも触れてみると、そこには新たな発見があったり、楽しい事が沢山あります。
それで勉強にもなれば、訓練にもなるなんて、最高だと思います。

 特に霊能力者や宗教家、修行者は、ここが肝心です。
どうしても特殊な世界に閉じこもってしまい勝ちですが、それでは一般の人と付き合って行けません。
何でも同感出来る、話せる、広い視野と価値観を持っていないと、自分の特殊性に苦しんだり酔ったりしてしまいます。
人間の数だけ、価値観も視野も種類があります。
人間を理解して行くのが霊能力者の与えられた役割でもあると思います。
宗教家や修行者は当然ですね。
その為にも、広い世界、広い視野、柔軟な価値観を持つ必要があります。

 積極的に遊び、経験し、触れて行き、学びましょう。

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武勇伝

2009 - 06/06 [Sat] - 03:50

 人って、自分の過去の武勇伝を話したがるものですね。
やれ、誰々と喧嘩して勝ったとか、昔は凄くモテたとか、こんな仕事をして成果を挙げたとか、こうやって九死に一生を得たとか、等々。
自慢話と云えばそうなのですが、そうやって武勇伝を聞きたがる人もいれば、それを聞いて感心する人もいる訳で(殆どは社交辞令だと思いますが)、そうなるとやっぱり悪い気はしませんから話したくもなりますね。

 でも、それも本当の話なのか嘘なのか、そんな事は兎も角として、自分のコンプレックスの裏返しで武勇伝を話す人もいて、それが余り見え見えだとシラケてしまいます。
気持ち良く自慢げに武勇伝を話しているのは可愛いと思う時もありますが、そう云う話をして人から認めて欲しい!!って訴えているのが解ってしまうと、そんな話をしている間にもっと自信をつけなさいって言いたくなってしまいます。

 で、どうしたの?
って言いたくなってしまうのは、捻くれている証拠かもしれませんね(笑)
過去の栄光に幾らしがみついても、今が良くなる訳でもなし、未来を良くする為に今頑張って生きるしかないと思います。
過去の栄光があるが故に、逆に今を振り返った時に悔しい思いをする事はあります。
年齢が上がって昔の様に身体が動かなくなったとか、若い頃の無謀は陰を潜めてしまったとか、等々。
現在には現在の良さがあり、過去には過去の良さがある。
それを比べて、もっと前に進もう、頑張ろうと思うなら良いですが、ただ過去の栄光や武勇伝に浸っていても、あまり意味はない、かもしれないですね。

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習わず、盗め

2009 - 06/05 [Fri] - 03:31

 どんな仕事でも修行でも同じですが、習って覚えた事は割とすぐに忘れてしまいます。
学校の勉強なんて、正にそうですね。
道場でも、基本や型は教わるしかないですが、それを発展させて行くのは自分です。
師範や先輩を見て、そこから心構えや動きを真似する。
それがお箸を持ったり、歩いたりする事と同じ様に無意識に出来る様になった時、自分流が生まれて来ます。

 密教や神道の修行も同じです。
形は教える事が出来ます。
意味も教える事が出来ます。
でも、本質にある心や意識は、教える事が出来ません。

 昔から、「習うな、真似ろ、盗め」と言われました。
楽器をやる人が、CD 等から自分の耳でコピーすると云うのと同じで、盗む姿勢と心と努力が、即修行です。
学校で習う様に教わって学ぶ事は、頭で理解するだけで、ものの役に立ちません。
実際に習った事を実践し、そこで起きて来る事を体感して行く中で、自分の血となり肉となって行きます。

 良く良く眼を凝らすと、目の前にヒントは沢山あります。
自分の力で、意志で、見て盗んで吸収して実践する。
修行とはそう云うものだと私は思っています。

 どの世界でも、マニュアルは所詮は書いたものでしかありません。
理論と理屈と実践、このバランスが取れると良い修行が出来ると思います。

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無駄は心身の潤い

2009 - 06/03 [Wed] - 03:35

 無駄な事、沢山ありますね。
自分でも無駄な事は沢山やっている様に思います。
空手なんて、最近でこそ自分の身を護らなければいけない時代が来ていますから無駄とも言えなくなって来ていますが、世界一平和と云われた日本で空手をやる意味って・・・って考えた時、それは貴重な無駄の時間と思います。
道場で頑張る一人の黒帯君が「何を好き好んで、今の時代にわざわざお金を払って殴ったり蹴られたりしに来るのかって、普通の人なら思うよね」と言った事がありました。
その通りです。
いざと云う時に自分の身を護る為、一緒に歩いている女性を護る為なんてゴタクを並べて理屈を付けていますが、実際はそんな機会は殆どなく、危険な場所を避けて、普段から危ない目に遭わない様にしていれば、武道なんて必要ないかもしれません。
ま、人として心身を鍛えて行くと云う意味は、当然ありますが。

 現代はデジタルの時代でもあり、どんどん無駄が少なくなっている様に思います。
無駄な時間、無駄な努力、お金の無駄使い、私は大好きです。
何故なら、無駄こそが人を豊かにし、芸術を高め、心を高めて来たと思うからです。

 生きる上で必要ないもの、効率の悪いものを無駄と云うなら、世の中に無駄は腐る程、溢れています。
家で食事をするなら、外食産業は無駄でしかありません。
通勤・通学も電車で行けるのですから、自動車も無駄でしかないでしょう。
玩具もそうですね。
他にも無駄は色々。

 でも、無駄もたまには息抜きになりますし、無駄があるから人は情緒が豊かになるのですし、無駄なものを如何に楽しむか、それが大切だと思います。
問題に悩む時に、無駄に悩まないで、スッキリと論理的に考えれば大抵の事は解決します。
でも、無駄と思えても、時間をかけて考えたり、悩んだり、堂々巡りする事が、自分を見詰める事にも繋がりますし、乗り越える力もつけてくれます。

 無駄ばかりでは問題ですが、普段は常に論理的に効率的にと追われている現代人。
たまには無駄に浸るのも悪くないですよ。

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有難い事

2009 - 06/02 [Tue] - 04:02

 ブログや掲示板に何かを書くと、必ず多くの人からコメントをメールして戴きます。
とっても有難い事です。
それだけ多くの人が、ブログや掲示板を読んで下さり、楽しみにしたり、日々の糧にして下さっている。
言いたい事を、正直に書いているだけ、当り前の事を書いているだけなのに、ちゃんとメールを下さる方がいると云う事。
勿論、読んで下さる方全てがコメントを下さる訳ではないですが、毎日読んで下さる方々に感謝です。

 面白いですね、コメントを下さる方は、全く自分とは無関係なのに、自分の事を書かれたと思ってメールしてくれる。
何かコメントしてくれたら良いな・・・と思う様な人は、何も言って来ない(笑)
そんなものだなぁ~と思いながら、嬉しくもあり、どこか残念でもあり・・・。

 これからも頑張って書きます。
いつもながら、勝手な事を、私なりの言葉で、書きますので、宜しくお願いします。

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約束事

2009 - 06/01 [Mon] - 02:30

 仕事をしていて、一番大切なのは何でしょうか?
否、仕事だけに限りませんね。
責任感、約束事を守る、気遣い、正道を歩く、正直で嘘をつかない、等々と色々と考えられます。

 全て大切だと思いますが、やはり約束事を守らない人は信頼出来ないですね。
納期でも、待ち合わせの時間でも、自分で口にした事でも、守らない人はいい加減と云うかご都合主義と云うか、人として職業人として基本が出来ていない、欠けているとしか云えないでしょう。

 決められた約束をドタキャンする、自分で口にした事を言わなかったかの様に忘れて(忘れたフリをして?)反古にする。
これでは信頼しろと云う方が無理ですね。

 どんなに一生懸命に生きていても、頑張っていても、そう云ういい加減さは自分の身を滅ぼしてしまいます。
約束事は、どんな事があっても守りましょう。

 先日の話ですが、月例会や伝授の時は、仕事の話等するべきではないですね。
個人としてその仕事をする意義と云う話は、個人に関わる事ですから、構いません。
でも、仕事そのものの内容に関わる話は、仕事の相談に来た時にするべきです。
事前にそう云う相談をする許可を取っているなら、これまた別ですが。

 まして、自分で頑張ってみたい、と自分から口にした以上、相談がある時はちゃんとルールを守って、仕事の相談に来てするべきでしょうね。
また、「お願いします」ならまだしも、「やって欲しい事はこうです」なんて言い方をされると、「何を考えてるのか?」と神経を疑いたくなります。

昔なら、切腹ですが、まぁ現代の事でもありあまり厳しい事を言わないでいると、自分で決めた約束を忘れて図に乗ったり、いい加減になったりする人が多いのは、何でしょうね?
わきまえがないと云うか、ご都合主義と云うか、いい加減な人が多いですね。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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