感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2009年02月  

強さに憧れる

2009 - 02/28 [Sat] - 03:33

 今日、先程ですが、毎週夜中にやっているゴルゴ13を見ていました。
アニメですが、原作はもう長いですね。
もう何十年と続いている気がします。

 昨日書いたアンジェリーナ・ジョリーもそうですが、色々な世界で強いヒーローやヒロインに憧れる気持ちと云うのは誰にでもあるのでしょうね。
私の好きなドラゴンボールの登場人物達、ルパン三世、ゴルゴ13、ウルトラマン、今はカリフォルニア知事のアーノルド・シュワルチェネッガー、ランボーで有名なシルベスター・スタローン、等々。
数え切れない程の強いヒーローやヒロインが世の中に生み出されて来ました。

 現実の世界では、野球の長嶋選手に始まり、昔で云えば大鵬、ボクシングやK-1の世界のチャンピオン達、そしてF-1、サッカー、その他オリンピック選手達、極真空手のチャンピオン、等々。

 自分が出来ない様な事をやってくれるスーパー・ヒーローやヒロインに憧れを持って、強さに憧れ、格好良さに憧れて、元気と夢を貰う。
私もそうして憧れから武道をやって来ました。

 生きていると常に何かのプレッシャーに苛まれています。
憧れは一つの力となって、夢を与えてくれます。
これからも沢山の強いヒーローやヒロインが生まれて来るのでしょうね。
いっぱい元気を貰って、非日常空間を楽しめたら良いですね。

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存在感

2009 - 02/27 [Fri] - 04:08

 今日、先程までDVDで映画を観ていました。
タイトルは「WANTED」アンジェリーナ・ジョリーとジェームズ・マカヴォイの主演のアクション映画です。
いつもながら驚く程のアンジェリーナ・ジョリーの圧倒的な存在感は、今回も凄いものがありました。
彼女の昔の作品では、あれ程の存在感は感じられなかったのですが、いつからかオーラが変わったと云う感じです。
日本のゲームを映画化した「トゥームレイダー」からでしょうか。

 見ていて感じるのは、彼女の中にある絶対的な自信の裏付け。
アクション・スタントまで自分でやって来た、徹底して努力して乗り越えて来た人だけが持つ、絶対的な自信を感じる事が出来ます。
また、それが評価されてスターとなったと云う事、スタートして扱われる事が、またそのオーラを増幅させているのかもしれないですね。

 人からどう扱われるか、またそこに至るまでどれだけの事をやって来たかと云う事が、その人を作り上げて行くのだろうと思います。
生まれ、育ち、受けた教育、訓練、学んだ知識、そして積み重ねた経験、乗り越えて来た困難、そう云うものの全てが今を作り上げて行くのでしょうね。
魅力のある、オーラのある、輝いて見える様な人になる為には、色々な要素が全て揃わなければいけないのだと思います。
だから、本物のスターは数千人・数万人に一人と云うのですね。





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毅然とする

2009 - 02/26 [Thu] - 03:51

 心って不思議なもので、目の前にいる人、目の前にいない人にも伝わってしまうのですね。
幾ら偉そうに、強そうにしていても、心の中に少しでも怯えがあったり、臆している心があると、伝わってしまって、嘗められてしまいます。
良く毅然とした態度と云いますが、心の中が毅然としていないと、上っ面の姿だけでは通用しないものです。
まして、霊の世界、祈りの世界は、心の世界。
少しでも迷いや恐れがあると、それはダイレクトに伝わってしまいます。
そうなると、霊も人を嘗めて来ますし、供養も祈願も通りません。


 毅然とする為には何が必要か?
やっぱり、強い意思と信念、でしょうか。
先の事や過ぎ去った過去を思ってクヨクヨしていたり、過ちやリスクがない様にと心が臆していると、勢いがなくなってしまいます。
心の状態は即ち表情や言葉に出て来ます。
ま、それを押し隠してしまえる程の演技力があれば別ですが。
それが出来る人は、役者以上に役者などと云いますね。

 祈りの世界では、常に相手と同等以上の霊格を持てと云います。
絶対の自信と信念、そして揺るぎのない心、定に入っていなければいけません。
己を捨て、ひいては命を捨てた時、何ものも恐れる事のない状態が生まれます。

 いつも自分の心に嘘がなく、真直ぐでいる事が出来たら、堂々と毅然としていられるのでしょうね。
そうありたいものです。
そうすれば、怖いものなど何もなくなってしまいますね。
供養や祈願でも、それをして得をしようと云う邪心、駆け引き、取り引きの気持ちがあると、それは弱点となります。
利益は結果論。
祈りは絶対であり、真っ直ぐで、透明でなければなりません。

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保つ

2009 - 02/25 [Wed] - 02:45

 今日は例によって空手の練習日。
いつもながら、激しく、同時に楽しい練習でした。
恥ずかしながら、私は型と云うものをあまりやらなかったので、今、道場で習っている様な状態です。
今日、習ったのは「十八(セイパイ)」と云う型。
緩急があって、面白い型でした。
こうして、習う、覚える事があるって楽しいですね。

 そして、長い長いスパーリングの時間。
入れ替わり立ち替わりで30分以上やっているのですから、汗も流れ、あちこちに痣も出来たり、息も上がって来ます。
それがまた楽しく、気持ち良いのですけどね。

 スパーリングをしていて一番思うのは、自分を保つ事。
上手く行く時、行かない時、相手の攻撃を食らってしまう時、逆にこちらの攻撃が入る時。
そこで楽しかったり、悔しかったり、嬉しかったり、悲しかったり。
でも、そう云う感情が動いてしまうと、それが心身を萎縮させたり、硬直させたり、力みになったり。
達人は顔色も変わらず、常に不動心と云います。
まだまだ程遠いですが、いつも静かな気持ちでやりたいと心がけてはいます。

 何でもそうですが、同じ状態に自分を保つ、維持するって大変な事です。
コンディションと云いますが、毎日が違う様に、体調も精神状態も毎日違って当り前です。
それでも、何があっても、良い状態に保とうとする事が理想ですね。

 空手もそうですが、日常でも、仕事でも、揺らぎのない静かな気持ちでいつもいられたら、リラックスして何にでも事に当たれると思います。
もっともっと、修行ですね。

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時所構わず

2009 - 02/24 [Tue] - 04:11

 霊感がある人って、生き辛いだろうなと思います。
霊や霊示は、こちらの都合など無関係に時所を構わずに寄って来たり降って来たりします。
ま、困っている人は藁をも掴むと云う通り、霊感がある、解ってくれると思うと相手構わずしがみついて来たりするものです。
気持ちは解りますが、こっちにも都合があるので、困りますね。

 霊示も同じです。
リラックスしている時に限って降って来ます。
降ると云うのが一番ピッタリしますが、突然に映像や音や感覚がやって来ます。
今日はオフと思って、外でリラックスしている時に、突然にパッて(苦笑)

 神佛はもっと強烈。
寝ていても「起きろ!!」
揚句の果てに「行くぞ」って、どこへ??(苦笑)
と思っている間に霊界旅行だったり、地獄巡りだったり、聖地巡りだったり・・・。
嫌も応もなく、それは始まります。
ま、修行をしようと決めた、或いは決められた?時から、覚悟するしかないのですが。

 日常で、普通に生きるって、感覚の鋭い霊能力者には辛い事です。
でも、それをコントロールして、そう云う感覚のない人とも普通に付き合える、そんな余裕を持って行かないといけません。
その為に修行があります。

 やるべき事はやるしかない。
止~めたと言える人は幸せです。
でも、やるべき事を与えられると云う事も幸せです。

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コミュニケーション

2009 - 02/22 [Sun] - 03:02

 今日、偶然見ていた番組で、会話能力は恋の歌から始まったのではないか?と云う仮説が話されていました。
動物を研究している大脳生理学者が二人出て来て、猿と鳥のコミュニケーション能力についての研究と、仮説を述べていました。
動物達が最も話すであろう会話の内容は、危険と食べ物と恋であろうと云う事。
なるほど、それは面白いと思って聞いていました。
渡り鳥は疲れた仲間を励ますと云いますし、クジラは歌を歌う事で遠くの仲間と情報交換をすると云います。
雄は、繁殖期になると踊ったり唄ったりして雌を呼びます。

 ずっと以前にドリトル先生と云う動物医の映画がありましたが、あれは原作は小説で子供の頃に一生懸命に読んでいた覚えがあります。
あらゆる動物と話し、虫や魚や貝とさえ話す事が出来る。
動物とのコミュニケーションを教えたのがポリネシアと云う、長く生きているインコでした。
何巻あったか忘れましたが、かなりの量があった様に思います。
ワクワクして読んでいました。
真面目に、動物医になりたいとさえ思った事もあります。

 動物には会話能力はないと云うのは、昔の学説。
今は人間の知らない方法で、それもかなり複雑な内容を伝え合っているのではないかと云う仮説が生まれて来て、実験の結果、それも段々と証明されつつあります。

 会話って、凄く大切ですね。
互いに理解し合い、情報を共有する為の最大のツールです。
自分が解っていれば、相手に伝わるだろうと思ってしまうのは人間だけでしょうか?
私も家族内ではそう云う間違いを犯す事もしばしばで、良く叱られます(苦笑)

 また、霊能力者と云われる人達は特に、自分の中だけで物事を考えて消化してしまう傾向があります。
能力者同士なら心で伝わると云う事もありますが、そうではない人達が相手だと、全く伝わりません。
だから、霊能力者の言葉は宇宙語だと言われるのです。
ちゃんと言葉にして話す、伝えると云う事を怠ると、すれ違いが起きてしまいます。
気をつけましょう。

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時間と云う事

2009 - 02/21 [Sat] - 04:09

 修行は長い時がかかると云います。
密教は最低30年やって初めて解るとも。
昔、そう言われた時、若気の至りと生来の短気から、「そんなに時間をかけていられない。10年で終わらせてやる」って生意気な事を思って、必死に修行した時代があります。
結果、確かに或る意味ではそれだけの事をやったと思いますが、今それから30数年経ってみて、あちゃ~って思います(苦笑)
やっぱり、30年経たないと解らない事はあるんだなと思いますし、過ごして来た時間は全て肥やしになっていて、血となり肉となっている。
若気の至りとはこの事で、冷や汗が出て来ます。
が、そう云う意気込みがあったから、ここまで来れたのも事実でしょうし、言われたままに、言われた通りに修行していたら、どこかで止まった気もします。

 13歳の時に空手を初めて、もう40年以上経ちます。
色々な流派でお世話になり、空手以外も修行して来ました。
最初は強さだけを追求していました。
強さこそ全て、人を倒せてこそ武道であり空手である。
だから、指一本で人を倒せる様に、と。
いやぁ~、それこそ冷や汗ものです(苦笑)
人はそう簡単には倒れてくれません。
と云って、ある瞬間は人は簡単に倒れます。
そして、空手をはじめとする武道を追求して行くと、目的が人を倒す事ではなくなって来ます。
強さだけではなくなって来ます。
別に強くなくても、人を倒せなくても良いのではないかと思います。
その道を通じて学び、考え、経験して行く中で、人としての感性を磨き、成長して行く事が目的なのだと思います。
やっぱり、40年やったからこそ解る事ですね。

 時間とは残酷であり、そして有難いものだと思います。
無駄な時間も、貴重な時間も、こちらの意思とは無関係に流れて行きます。
今すぐではなく、長い時を意識した時、目線も価値観も変わって来ます。
少しゆったりと、時間と云うものを意識してみると良いですね。

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原因不明の病

2009 - 02/20 [Fri] - 03:38

 いつもの事ですが、面接者が来る日の数日前から、その方の思いや念や因縁の一部が来てしまっています。
ですから、心身共に変調してしまって、辛い思いをする事が良くあります。
そんなものは慣れていますし、当り前だから良いのですが、感覚の鋭い人は概してこう云う「被り」や「同調」による医学的には原因不明の病が出る事が良くあります。
そんな時は薬剤も効果がなく、それこそ何をしても楽になりません。
頭痛が酷くて、解熱剤を飲んでも、鎮痛剤を飲んでも治らず、肩凝りや眼精疲労を治しても、それでも治らない。
で、揚句の果てに病院で診断を受けても原因不明。
そして、脳波やCTまでとった人もいます。
それでも何にもなし。
何じゃこりゃ!!

 でも、原因が被りであると解ると、その途端に楽になり始めたり、或いは祓って貰うと急速に症状が消えたり。
終わってみれば、何ともないので、人からは「仮病だ!!」て言われたり(苦笑)

 感覚が上がるのは良いですが、やっぱり感度を上げると共に、チューニングの能力も上げておかないと、雑音まで一緒に入って来てしまいます。
また、雑音を排除するフィルターも必要ですね。
そして自己診断機能、自己回復機能、って考えて行くと、人間は最高に複雑極まりない機械なのだなと思います。
一つの能力が上がると、その分、リスクも増える。
そのバランスを取って行くのが難しいですね。
その為に修行があり、哲学があり、信仰があったりするのですが。
何れにしろ、あまり辛い思いはしたくないですね。

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祈願

2009 - 02/19 [Thu] - 04:03

 今日、弟子達と祈願と云う事について話していました。
祈願すれば何でも叶う、すぐに願いが叶う。
って、そんな訳ないだろう(爆笑)

 願いをする人、それを祈願する人、そしてそれを受け取る神佛。
その三つが一つになった時、祈願は叶います。
でも、神佛の目線で叶えるのですから、すぐに叶うとは限りません。
神佛の時間の単位と、人間の時間の単位は、かけ離れていますから。
また、人間の望みなんて勝手なもので、それが本当に自分の為になるかどうかなんて、神佛の眼からしか分りません。
ですから、望んだ事とは全く異なった叶い方をするかも。

 そして、一番大切な事は、願いが叶う為には、その願いが叶うだけの器になっていなければ、願いが叶ったとしてもその大きさに潰されてしまう。
だから、その願いが叶う迄に様々種々多様な試練、苦難がやって来ます。
それは下準備です。
それを願う人が乗り越えて、器が大きくなった時に、その願いは叶います。

 無責任な他力本願で、願えば、祈れば、パッと願いが叶う(爆笑)
阿呆らしい。
そんな身勝手な人間の願いを叶える程、神佛も私も暇じゃありません。
神佛を便利屋の様に思って祈願の依頼をする人も多いですが、そりゃ通りませんよ。

 一人の弟子が、長い時をかけて苦難の末に、自分の会社を持ち、牛歩の歩みながら信頼を得て仕事も発展しつつあります。
そうなるまでの時間、彼が歩いて来た道は紆余曲折。
でも、それがあってこその今であり、それだけの器になったと云う事です。
祈願と云うものはそう云うものです。
祈願するなら、覚悟を持って、耐え抜いて、その祈願が叶うまで何があっても乗り越える覚悟を持たないと、落ちこぼれてしまいます。
そして神佛から心が離れる。
悪循環ですね。

 祈りとはそれだけ真剣なものであり、人間の眼では計り知れない長い時を見通して行うものです。
安易な気持ちは身を滅ぼすだけです。

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目線を高く

2009 - 02/18 [Wed] - 03:38

 修行をしたり、神佛に祈っている人に聞く事があるのですが、目標は何だろうか?
修行してどうなりたいのか?
言葉では、即身佛になりたい、悟りたい、人として完成されたい、人の役に立ちたい、等々と凄く綺麗な言葉が聞こえて来ます。
でも、本音はどうなんでしょうか?
修行して、偉くなりたい、お金持ちになりたい、人から尊敬されたい、等々と云う俗な事なのではないかと思う人もいます。
純粋に修行が好きと云う人、また高みを目指す人と、心の片隅にあるそう云う俗な欲望を持って修行している人の違いは、言葉では表せない雰囲気にあります。
修行を続ける中で、どんどん透明度が増して行き、スッキリとした印象を与えてくれる人。
いつまで修行していても、どこか脂ぎっていて、何となく清潔感に欠ける人。
心の状態、意識の状態は、修行を積んだ者には一目瞭然で見えてしまう、そう云う雰囲気を醸し出します。

 今日も練習でしたが、道場で練習していて、何かのコンプレックスの裏返して強くなりたい、評価されたいと云う思いで練習している人と、純粋に空手が好きと云う人の違いを感じる事があります。
本当に空手が好きだと云う人は、空手そのものに品格があり、ある意味では優雅でさえあり、透明感があります。
そうでない人の空手は、やはりどこか濁りを感じてしまいます。

 口で言えない程の高い所を目指す人、簡単にこうなりたいとは言えないものですが、とても真直ぐで、純粋で、透き通った意識を感じられます。
良い格好をしたいとか何とか、そう云うものとは一線を画す、気高ささえ感じる事があります。
例え未熟であっても、その道の先に美しいものが待っていると思えます。

 目線は大切です。
修行する中で何を目指すのか、何を大切にするのか、そう云う意識を持っていると、今は力不足でも、美しい光を放ってくれるだろうと期待する事が出来ます。
高みに昇って行けば、俗な事は後からついて来ます。
俗な事に目線を合わしていると、それ以上の高みは見えて来ません。

 どうせ目指すなら、最高の境地を目指したいですね。
何をして最高と云うか、それすら見えない程の高い境地。
そこに届いた時に初めて解るのだろうと思います。
それまで、歩き続けると云う事が一番大切なのでしょうね。

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新たな修行

2009 - 02/17 [Tue] - 03:09

 先日から、弟子の為に作った経典を詠み込んでいます。
私も詠んだ事のない経や、ずっと昔に詠んだだけで忘れてしまっている経もあり、残念ながらスラスラ詠めると云う訳には行きません。
情けないですが、ツッかえツッかえしています。
でも、毎日詠み込む事で段々と言葉が身体に染み込み、口について来ると思うので(経験上)時間をかけて毎日詠んでいます。
まだ全部詠んでいませんが、最初から最後迄詠んで、時間的には1時間半程度でしょうか?

 毎日、全部詠むと云うのは結構な修行です。
慣れない経を詠むと云うのは、楽しみでもあり、しかし疲れるものです。
まだ詠み込んでいないのでスラスラ詠めないのに、心身は正直と云うか、魂が活性化するのか、気が回ってしまって汗すらかいて来ます。
大きな声も出さず、殆ど口の中でモゴモゴやっているのですが、それでも終わった時には何だかとても長い時間の修行を終えた気分。
と云うか、新たな修行をしているのだなと感じています。
実感はまだありませんが、詠んでいる最中の自分の心の動きを感じると、詰りながらも集中していて空の状態になっています。
頭ではスラスラ詠めなくてアララと思っているのに、心は全く動じないで静かな状態。
これは面白い。
ちょっとキツいですが、当分続けてみようと思います。

 こう云う積み重ねが力をつけてくれます。
そう云えば、ずっと以前に理趣経を全巻、毎日詠んでいた事を思い出します。
真言何千遍、そんな事もやりました。
そうやって意識せず、気がついた時には変化していました。
量と質、どちらがどうとは云えませんが、量より質の時も、質より量と云う時もあります。
どちらもやり抜いて行く中で、自然と修行は進んで行くものです。

 少し頑張ってみましょう。

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精一杯

2009 - 02/16 [Mon] - 03:31

 人生は修行だと云います。
どんなに年を重ねても、幾ら経験を積んでも、また知識を付けても、厳しい修行をしても、次から次へと色々な事が目の前に出て来て、慣れると云う事はあり得ません。
やっぱり一生修行なのだと思います。
と言って落ち込んでも仕方ないので、出来る事を精一杯やる、努力し続ける、学び続ける、それしかないのだろうと思います。
壁に当たり、或いは失敗した時、どうしても今までやって来た事は何だったのかと思ったり、揺らいだり、落ち込んだりします。
でも、そんな事で悩んでも時間の無駄。
それよりも、どうすれば先に進めるか、もっと力や知識がつくか、それを経験としてステップとして乗り越えて行く事を考える方が良いですね。
そう云う経験があるから、また上に行ける。
そう云う意味では修行を楽しむ、人生を楽しむ事を考えた方が良いと思っています。

 今日、道場の若者が二人、試合に出るので応援に行って来ました。
また写真を妻と二人で撮り、二人で1,000枚近く(それ以上かな?)撮りました。
勝っても負けても、彼等はキラキラしていました。
その姿こそが、美しく、気高く見えました。
また一つ、若者達から学ばせて貰ったと思います。
結果は、一人が一回戦負け、でも僅差であり、次に繋がると思います。
もう一人は、危ない試合、厳しい試合が続きましたが、優勝。
良く粘り、乗り越えて勝ち抜いたと思います。
この若者も、次に繋げてもっと上へ上がって欲しいですね。
次は楽々勝ち上がって欲しいですね。

 さぁ、もっと修行です。
常在修行、楽しからずや

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立場の違い

2009 - 02/15 [Sun] - 02:10

 立場が違うと目線も違い、捉え方も違います。
昨今の小泉元首相と麻生総理の問題、また各地で行われている紛争、イラク戦争に於ける各国の対応、等々。
どれも見ていると、それぞれの立場から来る価値観と目線の違いを感じざるを得ません。

 今日、たまたま「オーラの泉」を見ていました。
江原氏と美輪明宏氏が出演している、話題のあの番組です。
被鑑定者は有名な女優。
番組を見ていて、所謂、霊感やスピリチュアルに終始していたのが違和感がありました。
ま、そう云う番組なのですが、それにしてもその話ばかりに終始しているのは、何か違うと感じてしまいました。
確かに見ていると、また芸能情報の限りですが彼女の今迄の生き方を聞いていると、不安定極まりない感じは否めませんが、であればこそ、もっと違う目線でカウンセリングしてあげれば良いのになと云う感がありました。
出て来た答、アドバイスが正しいとか間違いとか、そう云う事ではなく、違和感としか言えませんが。
出演した女優の反応がそれを物語っていたかの様に感じます。
やはりそこは女優ですから、上手く話を合わせていましたが、納得して腑に落ちた、心に響いたと云う顔はしていなかったですね。
番組と云う性質上、またそれこそ立場の違い、価値観の違いから考えると、あれはあれで正解かもしれませんが。

 公衆の面前で、番組で行うカウンセリングと、個人対個人で行うカウンセリングは、自ずから異なります。
多分、番組の収録後に、番組では放映されない状態での個人面談が行われたのだと思いますが。
人の心を扱う、人生を扱う、生き方を扱う、そう云うものを番組で行う事自体、私には違和感がありますが。
勿論、彼等には彼等の存在意義があり、その立場でやって来られた事に対しての功績も、またその意義も十分に認めていますが。

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不死身の男

2009 - 02/14 [Sat] - 03:38

 今日、「ランボー 最後の戦場 コレクターズ・エディション_をDVDで観ました。
御存知、シルベスター・スタローンのヒット作。
これで4作目ですね。
これが最後と言っていたのですが、もう一作やると言っているそうですね。
しかし、彼はもう62歳になる筈、あのアクションを見ると、彼のプロ根性と云うか、凄いものがあります。
私がその年になった時に、あれだけの力があるかどうか・・・、と言う以前に今でもあんな凄い動きも出来ませんし、体力もありませんが(苦笑)

 ランボーを見ていて思うのは、彼は死なない不死身の男ではなく、死ねない男だと云う事です。
どんな場面でも必ず生き残ってしまう。
そして、その度にどんどん孤独になって行く。
戦争と云う悲惨な場面の中で、彼の孤独と生きる為の闘いが続く。
そして、また生き残ってしまう。

 色々なヒーローがいます。
淡々と冷静に仕事をこなすゴルゴ13、誰からも好かれてしまうドラゴンボールの孫悟空、悪党でありながら憎めないルパン3世、そして怒りの権化の様なランボー、等々。
どのヒーローも人間であり、形は違えども生き様を感じます。
彼等から教えられる人としての在り方、生き方、思い等を感じる時、その映像は心に染み渡ります。
ただのアクション、娯楽としてではなく、そこから何かを感じ取って、大切にして行きたいなと思います。



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経典が出来上がりました

2009 - 02/13 [Fri] - 04:21

 修行に使う、内弟子の為の経典が出来上がりました。
一般の方の眼に触れる事はないかもしれませんが、秘伝が詰った、心を込めて作った物です。
経典に入れる為に集めたお経は何年越しで集めたもので、いつかきちんと弟子を取る時には経典を作ろうと思いながら集めていました。
それが現実となった訳ですね。

 お経は、それ自体が秘伝。
仏の在り様が書かれ、悟りが書かれています。
お経はただ詠み上げる為にあるのではなく、詠みながら、深く読み込んで学んで行く為のものです。
そこには得難い秘伝が書かれています。
心を開き、眼を開いて読まなければ解らない、言外の意味も多く含まれています。

 知る、詠む事が出来る、読んだ、と云う事と、その経を実践する、そこに書かれている境地に達すると云うのは、全く次元の違う話です。
詠んで、読んで、学んで、知って、その境地に達して欲しいものですね。

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知ってる、出来る

2009 - 02/11 [Wed] - 02:38

 何でもそうですが、知っていると出来ると云う事は全く別物です。
今日、道場で技の稽古と云う事で時間を戴きました。
女性でも誰でも出来る護身術と云うものを少し教えましたが、悪い癖でそこから話が広がってしまって、全く違う方向にまで話が進んでしまって、聞いている人には解り難かったかもしれないですね(苦笑)

 護身術も1000回やって初めて使えると云います。
知っているのと出来るのは、全く別物で、知識の通りに事は運んでくれません。
教えている私も同じです。
技としては出来るのですが、それが組手やスパーリングで出来るかと云うと、出来る時もあると云う感じです。
と云って、出来るからと云って知識がなければ、確信も持てないですし、人に教える事も出来ませんし、感覚でやる事になるので不安定ですね。

 幅広い知識を持つ事、それを日常で出来る様になる訓練、その両方が上手く噛み合ってバランスが取れて行くと良いですね。

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疑問に対する答

2009 - 02/10 [Tue] - 03:42

 一般の、所謂霊能者や行者ではない人達からの質問は色々あります。
霊能者と占師はどう違うのですか?
魂は人口が増えているのにその数はどうなっているのですか?
動物が進化して人になるって事はあるでしょうか?
他にも色々、宇宙人の話やUFO、霊能力と超能力の違いは何か、等々。
まぁ、全てが疑問なんでしょうし、それが当然です。

 知識のある者とない者の違いは、驚くものがあります。
知っている側からすると、こんなの常識。
でも、知らない側からすると、別世界の話ですから、チンプンカンプン。
そりゃそうですよね。

 そう云う単純な、純粋な疑問にきちんと答えられるかどうか、それが整合性があって、論理性があって、納得させられるかどうか、そう云う事はある種の証明でもあります。
自分自身、霊能者や行者自身が、そう云う事をちゃんと考え、意識して答を持っているかどうか、どの程度それに付いて深く思索したかどうか、そう云う事が解ります。

 感じるから、何々が出来るから、だけでは単なる技術屋みたいなもので、筋の通った、安定したものとは云えません。
直感だけ、フィーリングだけでやっていると、不安定で、エキセントリックになってしまいます。
そこにきちんとした論理性や整合性、正当性がなければ、人から信頼されないのは当り前ですね。

 身体や意識の修行だけではなく、学ぶ事も、考える事も、大切な修行です。
時間をかけて、古今東西の文献に眼を通し、幅広い知識を持つべきですね。

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思わず力が入る(苦笑)

2009 - 02/09 [Mon] - 03:09

 今日は永年供養の御位牌と佛舎利の入魂式でした。
午前中には御釈迦様の縁日で経を奉じ、入魂式は夜に行いました。

 本来であれば、永年供養と云う、言わば供養と云う側面で行うものですから、しっとりと経を詠んで、静かに進めたいものです。
が、入魂と云うものは、ある面では供養と云うよりも祈願・祈祷に近いものがあります。
まして今日は佛舎利の入魂も兼ねていましたから、ついつい力が入ってしまって(苦笑)
助法を勤めてくれた弟子達も含め、全員が何だか全開で読経していた様に思います。

 意識を高め、真直ぐな気持ちで読経をする。
その声が重なり、意識も一つとなって、完全な入魂が出来ました。
終わった後の全身の疲れと痛みは、力を出し切った副産物。
それもまた楽しく、嬉しい事です。

 これからの、祈願者の幸せと明るい未来を心より祈っております。
そして、助法してくれた弟子達の今日の経験と、助法に依って得た得が、弟子達の一層の成長へ繋がる事を祈っています。

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大きな力

2009 - 02/08 [Sun] - 03:36

 修行をして行くと、段々と力がついて来ます。
そうすると、自分の心身を含め、色々な事がコントロール出来る様になります。
望んだ事が自分の思う通りに動き始める。
体調もコントロール出来る様になる。
欲しい物が手に入る様になる。
そうすると、段々と精神が勘違いをし始めて、傲慢になってしまう事が良くあります。
悟りを得る為に始めた修行が、いつしか権力を得る為の修行に変化して行く。
強大な力を得ると云う事は、人が仕合せになる為にあるのであり、傲慢になる為にあるのではありません。
そのつもりはなくても、心の片隅に「自分は人と違う」と云う選民意識が生まれて来ると、人は傲慢になります。

 良く言う事ですが、力をつける過程で「天狗になる」と云う事は必要なものです。
絶対の自信を持つ。
でも、「傲慢になる」と云う事は、ある種の選民意識だったり、権力志向だったりします。
これは全く意味が違います。

 厳しい修行をすれば、心の使い方を知れば、法力・念力は身に付いて来ます。
が、それは道具でしかなく、強い力・道具を持つ事が偉いと云う事とは全く別。
であれば、強大な武器を持つアメリカやロシアや中国が偉いと云う事になってしまいます。
そうやって人は間違いを犯して来ました。

 修行は心と魂で行うものです。
物事が思う通りに動き始めたから、力がついたから、偉くなったと云う事ではありません。
それは、修行が進んだ、心をコントロール出来る様になった、象徴でしか、証明でしかありません。

 何が出来る、何が出来た、欲しいものが手に入った、思う通りに事が運んだ、こう云う事を自慢げに口にするのは、愚かな証拠です。
そう云う愚かな、低俗な事は、止めましょう。
心の修行の出来ていない人がそう云う強大な力を持つと、何れは自滅するのが落ちです。
力を持つと云う事の恐ろしさ、責任を意識して、しっかり修行しましょう。

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声楽のコンサート

2009 - 02/07 [Sat] - 03:14

 今日は母の付き合いで、母が習っている声楽の先生の所属する会のコンサートでした。
場所は紀尾井ホール。
ホテル・ニューオータニの真ん前にあるコンサートホールです。
このホテルは昔から馴染みのあるホテルで、私の好きな場所の一つ。
懐かしい思いで訪れました。
アーケードも、昔から残っているもの、新しいもの、ホテル内も大分変わっていますが、ずっと昔から馴染んだ場所に帰って来た気分でした。

 それにしても、声楽をやっている皆さんは良く声が出ますね。
色々なテクニックがあるのでしょうが、何よりも好きだと云うのが伝わって来ました。
内容はそれなりだったり、素晴らしかったり、色々でしたが、ちょっとした楽しい時間でした。

紀尾井ホール

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ハンコック

2009 - 02/06 [Fri] - 04:03

 久々に映画を観ました。
昔は毎晩、夜遅く迄観ていましたが、ここ数年は中々時間が取れなくって。
でも、映画は良いですね。
色々と考えさせてくれますし、思い出させてくれたり、楽しんだり、感動したり、アイデアを貰ったり、ヒントを貰ったり。

 今日観たのは、「ハンコック」
ウィル・スミスのスーパー・ヒーロー物です。
が、何ともどうしようもないヒーロー。
飲んだくれで、暴れ者で、勝手気侭。
それが本物のスーパー・ヒーローになって行く。
でも、そこに大きな秘密が・・・。

 何だか心に滲みる映画でした。
エンターテイメントなのですが、楽しく面白いと同時に、心が温かくなりました。



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自分の在り様をわきまえる

2009 - 02/05 [Thu] - 04:01

 修行して行く中で、、ある意味では潔癖性、また完全主義になって行くものです。
でも、それが高じて行くと、自分の意識や考えに囚われてしまって閉鎖的になってしまって、他人を受け入れる事が出来なくなって来ます。
普通に生きていると、理想論とはかけ離れた、ある場面では穢れて見える事も、人生の中にも生き方の中にもあります。
修行者に取っては、唾棄するべき様な事に思えてしまうでしょう。
でも、人はそうやって生きているのです。
清濁合わせ飲むと云いますが、綺麗事だけで人は生きている訳ではないですし、人はそれぞれの生き方があります。
好き好んで穢れた生き方をしている訳ではない、と云う事もあるでしょう。
その全てを否定して行くと、結果は精神的な引きこもりでしかなくなってしまいます。
そうすると、誰の何を見ても、聞いても、心が素直に伝わって来なくなってしまいます。
ひがみや蔑みや、何れにしろ、偏った自分のフィルターを通してしか見る事が出来なくなります。

 修行は、全てをクリアーにして、在るが侭を許容し、その中で揺るぎのない自分を作り上げる事から始まります。
空であれば、どんな場面でも惑う事はありません。
強い芯があれば、揺らいでもすぐに収束します。
排除する事が修行を進める事はありません。
開放する事、許容する事が、次へのステップです。
その為には、強い、揺るがない、絶対的な自分を見つけ出し、或いは作り出さなければいけません。

 修行者であると云う事、霊能者であると云う事は、そう云う事だと思います。
心して、覚悟して、肚を括って、修行を楽しみ、全てのものと関わる事を楽しみ、人生を楽しむ。
その先に、光があるのではないでしょうか。

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誓い

2009 - 02/04 [Wed] - 03:20

 祈願と云うのは、誓いと云うものに凄く近いものです。
と云うよりも、その覚悟がなければ祈願は通りません。
神佛に祈って任せてしまうのが祈願と思ったら間違いです。
強い意思と信念が神佛に通じる時、祈願は通されます。
その為には、祈りを捧げる人自身に、その願いを叶える為には・・・と云う誓いがなければなりません。
お願いしたらOKと云う他力本願は、祈願では通用しません。
本質的な他力本願であれば、全ては神佛にお任せしているのですから、祈願する必要すら無い訳で、お願いする、祈願すると云う事は、ある意味では自力本願と云う部分もあります。

 未来は自分で掴むものである、切り開くものであるといつも申していますが、そこ迄の覚悟と、現実的な努力、姿勢があって初めて、祈願は叶います。
神佛に祈願するには、神佛と同じエネルギーレベルまで自身を高める必要があります。
生半可な気持ちでは、そこまでレベルを上げる事は出来ません。
だから、誓いなのです。
約束は破る事が出来ますが、誓いは破る事が出来ません。
そう云う強い意思が必要です。

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全開パワー

2009 - 02/03 [Tue] - 03:28

 昨日、少し早いですが、節分祈願会を行いました。
祭壇に座った瞬間から、殆ど無意識ですが、全開と云うか全身全霊で祈っていました。
お蔭で、助法してくれた弟子や、参列していた中の霊感のある人達は、気当りしたと云うか、強烈過ぎて疲れてしまった様でした(苦笑)
それだけ、旧年が凄く大変な年だったと云う事ですね。
旧年の色々な穢れを全て綺麗に浄化して、新しい年を本当に幸運に恵まれた年にする為に、本能的に全開でやったと云う感じです。

 神道で云う禊と仏教で云う祓いは、とても似ています。
アプローチが違うので、感じ方は全く違いますが。
どちらも、心身を浄化し、魂を磨き、本来持っている光を導き出して輝かせる為に行います。
そう云うものは他宗教でも存在していますし、呼び名ややり方が違っても、目指す所は同じと云う事ですね。
そのどれを選んでやるかは、その人の持つ因縁や趣味思考、体質に依って決まります。
どのやり方が正しい、どのやり方が上とか下とかと云う問題ではありません。
良くそう云う論点でものを言う人がいますが、次元が低いですね。

 しかし、流石に全開にすると私自身も身体に相当の負担がかかります。
年でしょうか???(苦笑)
祭壇から降りた後、身体中がミシミシと軋む感じがしました。
徹底的に筋トレかや道場で組手をやった後の様でした。
もっと鍛えないといけないですね。

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経典

2009 - 02/01 [Sun] - 03:22

 今、内弟子の為に経典作りをしています。
色々な、一般の人が殆ど目にしない様なお経を集め(これは私が何年もかけて集めていたものですが)、独自のものを作っています。
ですから、印刷する経典もまた手作り。
折り本を作り(これが大変でしたが)、経の順番を考え、どの経を入れるか、どの経を外すかを考え、どうにかイメージが出来て来ました。
私も何気なく使って修行して来ましたが、経典作りは大変ですね。

 経典を作っていて、改めて感じた事があります。
やはり経は、それそのものが大切な秘伝であると云う事。
字面で書かれているだけではない、そこから伝わって来る膨大なメッセージは、とても言葉で表す事は出来ません。
経典の存在そのものが、それを作る人の血と汗と思いが籠った、そして先人達が伝えて来た知恵が詰った、秘伝です。
空海が最澄に理趣経「大楽金剛不空真実三磨耶経般若波羅蜜多理趣品」を貸さなかった訳が解ります。

 経典は秘伝です。
心を込めて読み、詠み、学び、大切に扱って下さい。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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