感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

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今年の終わり

2008 - 12/31 [Wed] - 02:49

 とうとう今年も終わりですね。
皆さんにとって、今年はどんな年だったでしょうか?
政治も経済も乱れ、嫌な事件も続き、何だか動乱の年の様相でしたね。
でも、市中に出ると、そんな事は無関係とばかり、ビッグカメラ等はいつも混雑しています。
何か、矛盾を感じてしまうのは私だけでしょうか?

 今年は何か色分けが出来て、ハッキリとやる気のある人とない人、素直な人とそうではない人、頑張る人と怠ける人、真っ直ぐな人と出鱈目な人、等々が見えてしまった様に思います。
だから、世の中もハッキリと混乱が見えてしまったのかもしれないですね。
ま、やる気のない人や言う事を聞かない素直じゃない人、甘えてばかりで頑張る気のない人、出鱈目な人等に構っている暇は来年はなさそうですし、元々そう云う人達に興味がないのですが・・・。

 やる気のある人や骨身を惜しまない人は、今年は伸びましたね。
それも劇的に、急速に。
その結果が年内の内に出た人もいれば、来年出るであろうと思える人もいました。
そう云う人達と出会う事が出来たのは、とっても嬉しい事です。
良いですね、覇気のある人と云うのは。
見ている、指導している、こちらまで元気になって来ます。
今日も、師範のブログを読んでいて嬉しい思いをしましたし、私の所にも最後の挨拶を家族揃って来てくれたり、来れないからとお手紙を戴いたりして、心でお付き合いして下さる方々へ、こちらこそと感謝したくなりますし、もっともっと出来る事なら何でも力になりたいと思えます。

 頼り上手、聞き上手、教わり上手は、骨身を惜しまないで礼節を重んじ、やるべき事をやると云う事がコツかもしれないですね。
来年も、そう云う気遣いと骨身を惜しまない姿勢と礼節を大切にして、より以上の良い年にして欲しいと思います。

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立ち位置

2008 - 12/30 [Tue] - 03:48

 人間は必ず色々なコミュニティーに属しています。
家庭、職場、趣味の世界、友人関係、等々。
どこでも、いつでも、色々な人がいます。
それぞれ十人十色、趣味も価値観も違えば、目線も違いますし、そのコミュニティーの中でのポジション、立ち位置も違います。

 そんな中で、きちんと自分の立ち位置を作り、決めておかないと、段々と浮いてしまって孤独になってしまって、何れは居辛くなってしまいます。
道場でも、ちゃんと練習に来ているのに、誰とも話さず、ただ練習して帰ると云う人がいますが、そう云う人は必ずと云って良い程、いつの間にか来なくなってしまいます。
と云うか、来れなくなってしまうのかもしれないですね。

 そう云うコミュニティーの中でやって行くと云うのは、やっぱりそこでの価値観や目線に合わせて行かなければいけませんし、共通意識を持って行かなければいけません。
その為には、ポジション作り、立ち位置を決めて行く必要があります。
そして、そうする為に何が必要かと云うと、出来るだけそう云う場にいる事、積極的にそう云う場に参加する事、そして会話する事です。

 黙って参加しているだけでは、居るか居ないか分らなくなってしまいます。
参加しなかったら、誰も顔も知らない、たまに顔を見ても「誰だ、あれは???」となってしまいます。
また、気が向いた時しか参加しない、自分の都合ばかりを優先して、そう云う場所での貢献を全くしないと、来ているだけの人でしかなく、立ち位置は決まりません。

 家庭だったら、それでも許される場面が沢山ありますが、外の世界では相手は殆ど全てが他人。
となれば、自分から積極的に歩み寄らないと、誰も相手にもしてくれませんし、認めてくれません。
今日、道場の師範がわざわざ挨拶に来て下さって、互いに感じているそう云う事を話していました。
例えば黒帯になると云う事。
その為には、道場での立ち位置や姿勢がとても大きな比重を占めています。
ただ強いと云うだけでは、黒帯を許可する事は出来ません。
何故なら、黒帯は他の道場生達の憧れであり、目標であり、そして指導をして行かなければいけない立場でもあります。
ですから、道場に貢献し、道場での練習の姿勢も一番であり、誰からも慕われていなければいけません。
私の所でも同じです。
弟子と云うのは、やっぱり他の人達の憧れであり、指導者であり、先頭に立たなければいけません。
であれば、やるべき事は自ずと決まって行くと思います。
口先だけで弟子だ何だと言っても、期待を裏切って行くと、どうなるでしょうか?

 そう云う意識を持たなければ、自分の立ち位置、ポジションなんか出来て来ません。
孤独で、浮いて、誰からも相手にされなくても平気と云うなら構いませんが。

 ところで、カレンダーが出来ました。
部屋に貼るのに丁度良い大きさのA3ノビとデスクサイドに丁度良いサイズのA4。
A3ノビが2千円、A4が1,500円です。
年末の年越大祓で祈願し、入魂して、皆様にお渡しします。
家の護りとして、手許に置いて下さい。

2009 calendar

道場納め、そして最後の月例会

2008 - 12/29 [Mon] - 03:43

 昨日が道場納めで、昇段審査、昇級審査の認定状の授与式、そして恒例の108人スパーリング。
良い仲間が集まって、激しい最後の練習でした。
途中で思考が停止してしまって、それでも楽しい気分で、したたる汗の中で最後の練習が終わりました。
来年も楽しい練習が出来る事を祈りながら。
その後の納会は残念ながら参加出来ませんでしたが、きっと遅くまで皆やっていたのでしょうね。

 そして、今日が今年最後の月例勉強会。
充実した一日でした。
体験と実習と学習と云う三本柱でやって来ましたが、今年最後の日はその後に忘年会を行いました。
笑い、食べ、飲み、皆さんが持って来てくれたお寿司やお菓子が並び、鍋まで登場して料理してくれ、我が家秘伝のおでんが登場し、最後に美しいケーキやバケツプリンが出ました。
楽しいひと時で、皆も本当に良く食べ、飲み、笑いました。
こう云う時間が持てる事が最高ですね。
最後の組が帰ったのが先程、2時を過ぎていましたね。
皆、名残惜しそうに帰って行きました。

 一年の締めくくりとして、人の縁を感じて、温かい気持ちになる事が出来ました。
残り少ない今年、来年にし残した事がない様に、スッキリしましょう。

自分を知る

2008 - 12/27 [Sat] - 03:06

 自分を知るって、何をするにも大切ですね。
自分が何を望んでいるのか、何が好きなのか、何が嫌いなのか、自分の良い所や悪い所、自分は何に誇りを持っていて、何にコンプレックスを持っているか、等々。
実は一番知っているつもりで、一番解っていないのが自分自身と云う気がしませんか?
自分を知るって、実は永遠の旅かもしれませんね。
見つめれば見つめる程、幾らでも出て来そうです。
私は専門家ですから、ずっと何十年もかけてやって来ましたが、まだまだ自分の知らない自分の姿や心があると感じています。
これを全て解明するには、やっぱり一生かけても足らないかもしれないなと思っています。

 特に、何かあった時、旅行に出かけたり、入学や卒業や就職、退職、結婚や出産、離婚、身内の死、そう云うターニングポイントでは、嫌でも自分自身の心や生き方を目の前に突きつけられた様で、見詰めざるを得ませんね。
また、恋愛や友人関係、家族の中でもですが、相手を真剣に意識した時に、自分を見詰める時間はどうしても与えられます。

 普段から自己分析や自己検証が出来ていれば最高ですが、頭で考えていても中々難しいものです。
そこに感情が入ったり、これは訓練ですが平均に並べる事が出来なかったりします。
こうしてブログを書いたり、日記を書いていると、後で読み返して思うのですが、案外、第三者的に読む事が出来ます。
自分でその時に心にあった事や色々な事が見えて来たりする事があります。
それで、知らなかった自分や、忘れていた自分を思い出したり発見したり。
自己検証するには、自分の言葉をテーブルに載せてみると良いかもしれないですよ。
また、人からどう見られているか、どう思われているかと云う事は、間違えると人の目を気にするとか、囚われてしまいますが、クリアーにクールに見てくれる人がいたら、そう云う人から意見を貰うと云うのは良いですね。

 自分でも気づかないで、心の思いを口にしたり、態度に出したりしているものです。
自分では全く自覚していなくても、他人から見れば見え見え(笑)なんて事は良くあります。
自分を第三者的に見る事が出来る方法、ブログや日記もそうですが、そう云うものを作っておくと良いですね。

同じ匂い

2008 - 12/26 [Fri] - 03:30

 どこへ出かけても、特にペットショップ等では、犬や猫が戯れて来たり、挨拶したりしてくれます。
動物には、好きな人と嫌いな人が分るそうですね。
人間には分らない微妙な匂いがあって、それを嗅ぎ分けているそうです。
初めて行った家で、他人には絶対に懐かないと云われている犬や猫が近寄って来て挨拶したり、側に座ったりするのを飼主が驚いて、なんて事はしょっちゅう。
私も妻も、動物に近いと云う事でしょうか?(笑)

 人間同士でも、同じ匂いのする人っていますね。
職業の顔と云うか、私は特に医師の顔は分ります。
内科医は内科医の顔、外科医は外科医の顔、産婦人科医はやっぱり産婦人科医の顔をしていて、他の科の先生方もそうです。
不思議な事に、その先生の腕が良いかどうかまで分ってしまいます。

 また、他の職業でも同じですね。
学校の先生は、やっぱり先生の顔をしていますし、空手家は・・・これは分り易いですね(笑)
サラリーマンは割と分り難いですが、それでも何となく分るものです。

 そして、趣味思考、これも分りますね。
同じ思考、趣味を持つ人は、やっぱり同じ匂いがします。
いつだったか、秋葉原に甥の為に漫画を探しに行った事がありますが、その時に店にいた人達が全員同じ匂いで、オタクの匂いがしていたのは、そこにいてクラクラしてしまいました。

 同じ匂いの人、同じ種類の人とは、話も早いですし、互いに理解し合うのも早いですね。
理解者がいると云うのは有り難い事です。
自分の思考や趣味を理解して貰えないと、孤独で寂しくなってしまいますから。

 日本語の臭う・匂うと云う言葉は、色々な意味を含んでいますが、そう云う目に見えないものを大切にする意識、忘れないでいたいですね。

メリー・クリスマス

2008 - 12/25 [Thu] - 03:44

 今日はクリスマス・イブ、そして明日がクリスマスですね。
日本でクリスマスが一般的になったのは、明治屋が始まりと云います。
キリスト教に於けるクリスマスには諸説色々ありますが、そんな事よりも心豊かに華やかに過ごす日があっても良いと思います。
何よりもこの時期の街はイルミネーションで綺麗ですからね。
何だかんだと屁理屈を言ってこう云うイベントを否定する人もいますが、そう云う機会がないと休めない、出会いがない、そう云う人もいる訳で、心豊かに過ごす日があっても良いじゃないかと思います。
そう云う意味では、元は確かに宗教儀式から始まっていますが、今は人が癒され、楽しむ日になっていると言っても良いでしょうね。
勿論、教会で厳かに祈りの中で過ごすクリスマスも、それはそれで素晴らしいと思いますし、心に沁み通ると思います。
それぞれのクリスマスがあって良いですよね。

 私が子供の頃は、街そのものがもっと暗かったせいか、クリスマスって凄く華やかでキラキラしていたイメージがあります。
夢の一日の様な気がしたものです。
今は一年中イベントをやっている様な明るさがありますから、昔の様な華やかさは逆に感じられなくなってしまいましたね。

 今日と明日が、全ての人にとって幸せなクリスマスであります様に。

エエ格好しぃ

2008 - 12/24 [Wed] - 03:29

 人前で格好ばかり気にして、人の目や評価ばかり気にしていたり、格好良いと思えるものしか興味がなかったり、恥をかくのを極端に嫌ったり、そんな人っていますね。
要するに「エエ格好しぃ」と云う奴です。
誰でも恥はかきたくないし、人から格好良く見られたいですし、高い評価も得たいと思います。
でも、そればかりになってしまっていて、自己評価や自己認識が出来なくなってしまうと、これは大問題。
必死で努力する姿や、ボロボロになっても立ち向かう、そんな姿を私は格好良いと思いますが、どうなんでしょうね?

 日本と云う国は特にそうですが、世間体や対面と云うのをもの凄く大切にし、気にします。
それが高じて、人の目や他人の評価で自分を計ると云う人が多いのも確かですね。
でも、時代が変わって、段々と個人主義がポピュラーになって来て、人の目や評価等はどうでも良いと云う人が増えているのも現実です。
そのハシリが、曾てのヒッピーやフォーク世代、ロック世代ですね。
反体制、自己主張を旨として、個性を前面に打ち出す。
それが良いか悪いかは別として、人が個として自分のアイデンティティーを主張し始めた世代、時代でした。
その時代の文化が今では普通になって、街を歩く若者達の服装や風俗は、同世代の人間と比べると格段に広い筈の私ですら理解不能!!と云うものもあります。
でも、それで良いのだと思います。
自分は一人しかいないのであって、それを認識して、評価して、自分と云うものを意識した結果なのですから。

 他人の物差しがなければ自分を認識出来ない、評価出来ないと云うのは、自己確立が出来ていない、幼さの象徴です。
だから、ちょっと評価が悪いと、認められないと、すぐに落ち込んだり、捻くれたり、籠ってしまったりする。
ガキと同じですね。
過激ですが、蹴飛ばしてやりたくなります。
そうやっている内に、悪循環して、本当に評価が悪くなり、誰からも相手にされなくなり、良い格好も出来なくなってしまいます。
そう云うものを「あんた、格好悪いよ」と指摘してくれる人がいるなら、心を開いて、真摯に受け止めて、変わるべきです。
そこでも格好をつけて、心も耳も閉ざしてしまうのなら、勝手にすれば!!と云う事になります。
そうなって時に起きて来る事は、取り返しのつかない、重大な事ですよ。

 身近な人の言葉、真剣に自分を思ってくれる人の言葉には、心を開いて、真剣に向き合うべきですね。
エエ格好しぃの私が言うのですから、間違いないですよ(笑)
でも、私はちゃんと聞く耳を持っていますし、真剣に受け止めますよ。

姿勢と体調

2008 - 12/23 [Tue] - 03:35

 自分が無意識に取っている姿勢って、自分では分りませんね。
でも、時間が経つと段々と何か違和感を感じ始めて、終いには痛くなって来たりします。
私ですらそうです。
この一週間余り、否もっと以前から、何か違和感を感じていました。
肩が上がり、肩凝りや首凝りが酷く、腰痛も出ていましたし、道場へ行っても何か違和感があって、突き蹴りがスムーズに出ません。
ちょっと大腿筋を痛めていたりするし、歯の治療もしているので、そのせいかと思っていましたが。
昨日、妻に言われて全身の歪みを矯正しました。
それでも消えなかった違和感が、今日、解消しました。

 毎晩、静かに据わって、勤行したり祈願したりする時間を持っていますが、その時にフッと感じました。
あれ?腰の方向と背骨の位置がおかしい、と。
それで色々とやっていると、本来あるべき姿勢、腰の方向や背骨の位置が決まりました。
そうすると、今更言うと笑われそうですが、その瞬間から彼方此方の違和感が消え始めました。
いやぁ、劇的と云うか、不思議と云うか(苦笑)

 姿勢って大切ですね。
その瞬間から、呼吸も楽になり、精神まで安定して来ました。
お恥ずかしい限りです(苦笑)

 皆さんも、一度自分の姿勢をチェックしてみて下さいね。

ジャパン・ドッグ・フェスティバル 2008

2008 - 12/22 [Mon] - 02:31

 久々にお台場へ出かけて来ました。
何度か訪れていますが、いつも思うのが、ビルが乱立していて、風が強く、落ち着かない所ですね。
ま、何か用事がなければ、あまり行きたくない場所です。

 今日出かけた目的は、「ジャパン・ドッグ・フェスティバル 2008」
犬好きな我々夫婦は、偶然見つけたこのイベントに出かけようと、楽しみにしていました。
いやぁ、凄い数の犬がいました。
日本では余り見かけない様な、ホワイト・シェパードやジャイアント・シュナウツァー、スタンダード・プードル等や、あまり見かけなくなった犬種のグレートデンやボクサー、ハスキー犬や秋田犬、セントバーナード等もいて、犬好きとしてはとても楽しいイベントでした。

 まるで空手の試合の様な雰囲気で、あちこちに出品を待つ犬達が待っていて、ケージが山の様に積まれている風景は、何だか凄い雰囲気でした。
でも、全員が犬好きと云うのは間違いなく、喜々として犬を見ている顔はどれも幸せそうでした。

 良いストレス解消になりました。

救助犬  ドッグショー

人生の目標

2008 - 12/21 [Sun] - 03:31

 誰でもそうですが、人生の目標があると生き甲斐を感じる事が出来て、苦しくても頑張る事が出来ますね。
まだそれが見つからない人も多いでしょう。
探し続けている人も、また探すのを諦めた人もいるかもしれません。
ですが、人生の目標って探して見つかるものではなく、与えられるものだと思います。
天才と呼ばれる多くの音楽家達が幼少期から楽器の練習をし、本人もやりたいと思って、プロになり、一生を音楽家として過ごす。
それは凄い事です。
迷いなく一つの道を歩んで一生を終える。
外から見ているとそう見えますね。
でも、本人の中には相当な葛藤が何度もあった筈です。
それを何度も乗り越える事で、段々と人生の目標が固まって行き、全うする。

 何かをやろうと思う時、その道を追求する中で起きて来る色々な事、楽しい事や辛い事を経験し、一つ一つを消化して行く中で、心が育ち、目線が高くなって行きます。
そして、ある瞬間に「この為に自分は生きていたのだ」と気づきます。
それは何かを成し遂げる事かもしれません。
また、何かを伝えて行く事かもしれません。
或いは、一つの事を追求し続けて行く事かもしれません。
また、家族の為に自分の身を犠牲にして生きる事かもしれません。

 そこには信念と強い意思が絶対条件です。
それは長年の修練を通じて育つものです。
器用貧乏と云いますが、何でも器用にこなしてしまう人には、そう云うものは中々育ちません。
そう見えるもの、自分でもそう思い込むものは育つかもしれませんが、本物の信念はそんなものではありません。
プライドも誇りもかなぐり捨ててもやらなければいけない事もあります。
そんなものに拘れば拘る程、自分の人生の目標が遠のく事すらあります。

 毎日、毎日をしっかり、真剣に生きて、何かをやろうと思ったら深く深く追求して行く事が大切だと思います。
そうする事で、いつの日か、本当の自分の人生の目標が見つかって来るのだと思います。
日常の中で起きる感情に左右されていると、そう云うものは見つかって来ない様に思います。
永遠に、生きている限り追いかけても余りある、そんな価値のある目標が見つかったら最高ですね。

Kingdom of Heaven

2008 - 12/20 [Sat] - 03:25

 今日、DVDで「Kingdom of Heaven」を観ました。
十字軍、テンプル騎士団の時代のエルサレムを描いた映画です。
御存知の通り、数千年前からエルサレム周辺は常に沸騰しており、今もその争いは続いています。
平和である時の方が少ない、そんな特別な場所です。
映画でも、沸騰する争いが描かれていました。
神の名の下に大義名分を掲げて争う。
それはこの場所だけに限った事ではないでしょうが、終わる事のない永遠の争いの様に続く場所は他にはないでしょう。

 人間は様々な大義名分を掲げて争いをするものです。
利益だったり、領地だったり、名誉だったり、その理由は様々でしょう。
が、今も世界各地で続く紛争は、人間が愚かであり、争いを好む事を証明しています。
そこから学ぶ事も多く、また失う事はそれ以上に多く、人々の思いが正に沸騰する時、それは争いとなって多くの悲しみを生みます。

 何が正しいのか、それは解りません。
が、互いに認め合い、許し合う事は出来ないものでしょうか?
異文化であれ、異人種であれ、異なる宗教であれ、どちらも同じ人間でしかないのですが。
どの神も、どの文化も、そしてどの国も、最終的には平和を望んでいると思うのですが。

 色々と考えさせられた映画でした。
そして、改めて歴史と云うものに目を向けさせられた思いがします。
良い映画でした。

苦しい時

2008 - 12/19 [Fri] - 03:28

 誰にでも苦しい時ってありますね。
評価が得られない、足許が揺らいでしまう様な感じ、恥をかいた、馬鹿にされた様に感じる、等々と色々と思う通りにならない事って、人生は沢山あります。
そうすると、気持ちも沈み、何もしたくなくなって、何に対しても興味すら失って来てしまい、体調まで崩れて来てしまう事もあります。
無気力になってしまったり、焦燥感で苛々したり、自分の事を大切に思ってくれる人や心配してくれる人がかけてくれる言葉も全て鬱陶しくて、煩く感じてしまったり、そして八つ当たりしたりします。
自分でいけないと分っていても止められない、止まらない、感情の奔流。

 外から見ていると、何を愚かな事を・・・、情けない、くだらない、と思ってしまいますし、それが続くと軽蔑してしまいますね。
その通りです。
結局は何だかんだとゴタクを並べても、自分の力で抜け出すしかないですし、乗り越えるしかありません。
それが出来ないなら、頭を抱えて、身をすくめて、閉じこもって生きるしかないですし、それを許してくれる所へ逃げるしかありません。

 本人にとっては、人から見て幾らくだらない事でも、大変な問題だろうと思います。
乗り越えられないから、気持ちが負けてしまい、萎えてしまって、八方塞がりでどうしようもない様に感じてしまって、厭世的になり、失望感と喪失感で一杯になってしまいます。

 でも、だからと云ってそれを許して良い訳でもありませんね。
大切に思うからこそ厳しく接して、それを乗り越える気力を起こさせるしかない時もあります。
慰めて、優しくして立ち直るなら良いですが、そう云う程度を超えてしまったら、逃げ道をなくしても鍛え上げるしかありません。
心を込めて、本当に乗り越えて欲しいと、自分も一緒に苦しんで、厳しく接し、逃げ道を全て断ってしまう必要があります。
優しくしてあげたい、慰めたいのは山々でも、それをグッと堪えて厳しく接するのは、泣きたくなる程悲しい事ですし、辛い事です。
でも、相手を思ってやる。
それが本当に相手を思う事かもしれません。
それでも伝わらない、駄目と云う事はありません。
人間には生存本能と云うものがあります。
どうすればその本能が甦るか、それをあの手この手を使いながら試して行くしかありません。

 が、それをする側にも精神と肉体の限度と云うものはありますね。
自分が耐えられない、もう駄目と思ったら、諦めてしまうしかないですね。
悲しい事ですが。
くだらない相手と共倒れになる必要はありませんから。

 自分の未来は自分で切り開き、自分の手で掴むものです。
苦難は乗り越えるものであり、勝ち抜くものです。
生き抜く力は持っていて欲しいものだなと思います。

流行に乗って

2008 - 12/18 [Thu] - 02:47

 流行には余り興味のない私ですが、流行に乗って私も風邪をひきました。
昨日の空手の練習は、熱で頭がクラクラしていて、喉もやられて声も出ず、鼻もグスグス。
でも、不思議な事に基本稽古を始めると、気合いの声は出るのですよ。
そして、汗をかき、クラクラしながらも頑張っていると、熱が下がって楽になっていました。
とは云え、今日もまた熱でクラクラ、鼻がグスグス、咳も出ていましたが(苦笑)
でも、毎週やっている弟子達のの勉強会をやっていると、それまで死んだ様になっていた筈が段々と楽になって(忘れてやっていただけかも?)無事に終了しました。

 気合いが入っていれば風邪をひかないと云うのは嘘ですね。
でも、気合いが入っていれば熱があっても、風邪をひいていても、忘れて頑張れると云うのは本当。
やっぱり、気の持ち様って云いますが、その通りだなと実感しました。

 風邪は万病の元と云い、あまり気楽に考えていると怖いものです。
父が良く言っていましたが、風邪を中途半端に治すと、潜在的に残っていて肋膜炎や肺結核になる可能性があるから、症状が消えてからも3日間は薬を飲み続けて完治させなければいけない、と。
その反面、風邪如きで気力が萎えてしまう様では情けない、とも云いますね。

 病は気からと云いますが、病に打ち勝つか負けるかは、やはり気力です。
生命力は気力の強い人の方が、やっぱり強いですからね。
きちんとした治療も必要です。
同時に、強い気力も必要です。

 体調管理も仕事の内と云います。
これからの季節、まだまだ風邪等で体調を崩し勝ちです。
気をつけて、気持ちの良いクリスマス、そして年末を過ごしたいですね。

最後

2008 - 12/17 [Wed] - 03:20

 来週は休日で道場は休みなので、火曜日の道場は今年が最後の日でした。
私も含めて黒帯が4名、茶帯も多く、その後が飛んで青帯と白帯。
青帯と白帯の人は、勇気のある人の様な状態ですね(笑)
ま、それが火曜日のいつもの状態になりつつある今日この頃。
最後まで激しく、また厳しく、そして楽しい練習時間でした。

 思えば道場が出来てから、この1年半、道場生達の顔がどんどん変わって来たのを思い出します。
最初はストイックと云えば聞こえが良いですが、どこか陰気臭い雰囲気が道場生達の顔に漂っており、個人主義と云うか、道場生同士も知っている者同士が固まっているだけで、和気藹々とは程遠い雰囲気でした。
それが、日を追う毎に変化し、今では笑顔あり、また練習中も練習後も和気藹々と話している光景が見られる様になりました。
勿論、真剣な時は厳しく集中して練習しています。
その切り替えと、道場生同士の繋がりが、凄く良い感じで切り替わった様に思います。
そして、本当に皆、空手が好きなのだなと思えます。
決められた、強制された練習ではなく、それぞれが自分のやり方と自分のペースで、確かめる様に練習している姿は、自分がやりたくて、望んでやっているのが伝わって来ます。

 修行は楽しくなければ続かない。
好きでなければ続かない。
これは私の持論ですが、厳しいだけ、無用な権威付けで先輩や師範の顔色を窺っている、そんな修行は続きません。
誰でもが楽しく成長出来る、いつまででも修行していたいと思える、そんな道場になって来た事、素晴らしいですね。
道場を率いるN師範の人柄と信念の結果です。

 これから道場生達はもっともっと強くなり、大きくなって行くでしょう。
厳しく激しい練習を、自ら楽しんでやっているのですから、強くならない筈はなく、大きくならない筈がありません。

 火曜日の練習は終わりましたが、最後に収め稽古があります。
108人スパーリング、昨年もやりましたが、毎年の恒例となっています。
小さな子から大人、一般も選手も女性も一緒に、延々とスパーリングします。
クラクラして来ますが、これがまた良いのです。
終わった時の達成感と、何かが抜け落ちた感覚。
正に煩悩を打ち破り、捨てた気分になります。

 空手と云うものを通じて、こう云う思いが出来るのは、やっていて良かったなと思います。

探し続ける事

2008 - 12/16 [Tue] - 02:52

 何かを目指して進んで行く時、いつもと云うか、しょっちゅうと云うか、迷ったり悩んだりしてしまいますね。
一体、どうすれば理解出来るのか、結果は分っていてもどうやれば出来るのか、自分が歩いている方向が正しいのか、挙げ句の果てには自分は何を目指しているのかさえ見えなくなってしまう事も。

 学ぶと云う事は、探すと云う事でもあると思います。
知識、知恵、やり方、心、立ち位置、目標、探すものってあり過ぎて、考えるとアチャ~って思ってしまいますね。
でも、人って一生かけて色々なものを探して生きて行くのではないかと思います。
幸せって何だろう、どこにあるのだろう、どうすれば幸せになれるのだろうって。
平和を求めるのも、強さを求めるのも、また哲学を究めようとするのも、知識や知恵を追い求めるのも、結局は幸せを探していると云う事だと思います。
お金が欲しい、地位が欲しい、権力が欲しい、健康が欲しい、不老不死になりたい、誰よりも強くなりたい、美味しい物が食べたい、光るものが欲しい、良い服が着たいと云う様な俗なものだって、同じ。

 幸せって、心が楽しく、弾む事なのか、何もなくても平穏である事なのか、何れにしろ満足と云う言葉と実感を求める事だと思います。
と云って、満足して上を見なくなってだらけてしまう事もあり、難しいですね。
理想を云うなら、満足して、満足に甘んじないで、前へ歩み続ける事、でしょうか。
色々な事に満足しながらも、更なる満足を求めて歩き続ける事が修行かもしれませんし、一生なのかもしれないですね。
何れにしろ、あまり囚われないで、今を自分らしく、気持ち良く、そして潔く、爽やかに歩いて行きたいものですね。

高い意識

2008 - 12/15 [Mon] - 03:15

 いつも意識を高く、目標を高く、究極を目指して追求して行く。
これって何かを目指す者の理想ですね。
でも、誰もがそうでいられる訳もなく、大抵は途中で挫折したり、飽きたりしてしまいます。
継続は力なりと云いますが、継続する事が出来る事自体が一つの才能と云う言葉もあります。
ではどうやったら高い意識を持つ事が出来るのか、また持ち続ける事が出来るのかですね。

 幸運にも私は多くの尊敬するべき人と出会う事が出来て来ました。
その世界では天才とか、怪物とか云われる人達。
個性の強い、ある意味ではとても偏った人だった様に思います。
が、どの方も意識が凄く高く、自分の専門分野に関しては想像を超えたものがありました。
勿論、そこで培って来た技術についても、知識についても同様です。
普通人でしかなかった(普通人以下だった?)私からすると、正に怪物、化け物としか思えませんでした。

 そう云う人達を見ていて感じた事、ずっと側で観察していて学んだ事(盗んだ事と云う方が正しいでしょうか)は色々あります。
第一には、とっても誇り高い。
誰もそれを傷つける事など出来ない程、その誇りは強固で大きなものでした。
第二には、兎に角、頑固一徹。
誰が何を言おうと、自分の考えややり方を絶対に変えない。
全く、どの方も偏屈、頑固の固まりの様な人でした。
第三に、自分の専門分野が何よりも大切で、好きである。
その為なら食べる事も寝る事も、また日常生活など忘れて没頭していました。
第四、これが一番大きいのでしょうが、実は心の中に大きな孤独を抱えておられました。
これはどの方も同じで、正に孤高を保つと云う感じです。

 自分の生き方、考え方、やり方を変えられない、そんな頑固な性格で、融通が利かない真っ直ぐさを持ち、器用に自分の居場所を確保出来ないから、自分の世界に没頭して、必死で自分の居場所を作ろうとしている。
だから、誰がどう言おうとそれを変えないし、自分で切り開いて来ているから誇り高い。
でも、そうすればする程、もっと孤独になって行き、それでも突き進むから孤高を保つ。

 世に云う天才、怪物、化け物と呼ばれる人達の持つ、外からでは見る事の出来ない孤独と葛藤は想像を絶するものがあると思います。
だからこそ、そう呼ばれるまでになったとも云えるでしょうね。
凄くなろうと思って凄くなった人はいません。
結果として凄くなってしまったと云うのが正解かもしれません。
器用と不器用、柔軟と頑固、どちらが良いのか分りませんね。

冷静と激情

2008 - 12/14 [Sun] - 03:00

 何かの交渉事をする時、それが例え腹の立つ事であっても、冷静にやらなければ失敗したり墓穴を掘ってしまう事が良くあります。
怒ってしまって良い場面、そうではなく冷静に対処しなければいけない場面、切り替えが必要ですね。
激情に駆られて突っ走ってしまって、本人は正しい事を行い、言っているつもりでしょうが、冷静に判断すると矛盾だらけと云う事が良くあります。
ま、激情と云うのはそう云うもので、冷静な判断をしている様では激情に走っているとは云えない訳ですから、そんなものなのでしょうが。

 昔から争い事は冷静にやれと云います。
感情論でやると、戦略的に必ず失敗をしてしまいますし、相手との間の妥協点、落し所を間違えて泥沼になってしまう事があります。
その多くは、やられたからやりかえす、仕返しすると云う所から始まる訳ですが。
そして、気がついたら共倒れ、なんて事も。

 喜怒哀楽は人間の持つ基本的な感情ですし、それを情緒と呼び、大切なものです。
しかし、それに降り廻されてしまうと、真の目的を失ってしまう事もある。

明日は赤穂浪士の討入りの日と云う事になっていますが、これも浅野内匠頭の無念を家来達が吉良上野介に対して仇討ちとして恨みを晴らしたと云う美談となっています。
が、最初に激情で走った家来達は、討入りまで持ち堪える事が出来ずに脱落しています。
そして、冷静に分析し、計画を練った、大石内蔵助を始めとする面々が最後に悲願を達成しています。
それは単に仇討ちに留まらず、幕府に対する痛烈なしっぺ返し、批判を意図して行われたと、私は考えています。
それ故に、仇討ちの後も処分を幕府に任せて、自分達は静かにそれを待ち、最後に切腹して果て、後々までこうして伝説として残る事になりました。

 激情は一時しか持ち堪えられないと云う事ですね。

 また愚かな激情は、運を下げてしまいます。
一旦下がり始めた運は、どこかで目覚めて戻らないと、どんどん雪だるまが転がる如くに膨らんで悪運へと進みます。
激しい情であるが故に、その持てる力は大きく、時に運を劇的に上げ、時に激烈に運を下げます。
それは賭けの様なものです。
それでも後悔しない覚悟と信念がある時のみ、激情は許されるのかもしれませんね。

前進する事と戻る事

2008 - 12/13 [Sat] - 03:38

 前へ進む為に後ろを振り返って思い出す、取り戻す事って必要な場合がよくありますね。
基本に戻ると云うのも同じですが、前へ前へと意識が向いていると大切な事を置き忘れてしまう事があります。
だから、確実に前へ進む為に、敢えて立ち止まってここで振り返って大切な事を取り戻すと云う事が、結果としてその後の前進を早めると云う事に繋がる。
遠回りは近道、近道は遠回りと云います。

 13歳から空手を始めて40年。
年齢には逆らえず、昔のスピードやパワーは既に夢のまた夢。
でも、振り返って空手を始めた時の事を思い出し、基本に忠実になってみると、不思議な事に昔と同程度、或いは昔以上のパワーが出たり、スピードが出たりする事があります。
物理的な筋肉の力は衰えている筈。
でも、それを可能にするのが技と云うものであり、基本の持つ奥深さ。

 と同時に、その時の気持ちを取り戻します。
深くにも年齢を重ねる毎に穏やかになって来てしまいましたが、その時の気持ちを取り戻す時、曾て以上の熱い思いや情熱が甦って来ます。
人間には冷静と野生が同時存在していますが、そのどちらが欠けてもバランスが崩れます。
大人になる、成長すると云う事は、冷静に偏って行く事ではないと思います。
取り戻せ、甦れ、野生の本能。
そのバランスが取れた時、本当に次のステップへと前進出来るのではないか。

 修行をしていても、空になる、悟りを開くと云う事にばかり眼が向き勝ちです。
でも、そこには現実があります。
修行をして得たものを実生活、現実で生かす事が出来なければ、何の為の修行かと云う事になり明日。
ですから、空や悟りと同時に、荒々しい激しさや燃える様な情熱も同時存在していなければなりません。
冷静に霊視しても、こうすれば救えると分っても、現実にそれを行うには強さと厳しさが必要です。

 実生活は頭だけでやっている訳ではありません。
そこに行動が伴ってこそと云う現実があります。
情熱と強い意思と、時に荒々しさ、そして同時に冷静さと怜悧さが必要です。

 壮年の域に達してしまった私ですが、まだまだ前進したいですし、空手ももっと強くなりたいと思っています。
こう云う意識は失わないでいたいですね。

心のこもった贈り物

2008 - 12/12 [Fri] - 02:06

 クリスマスが近くなって、クリスマスプレゼントを考える時期になりましたね。
こう云う習慣って、他にもバレンタインデーやホワイトデー、誕生日やお中元にお歳暮、お年始等と色々ありますが、世間の常識みたいに儀礼的になったり習慣的になったりしてしまうと、心がこもらなくって嬉しくないですね。

 心のこもった贈り物って、宅急便で送って貰っても分るものです。
「あ~、凄く考えて、こちらの事を思って選んでくれたのだな」とか、「これは儀礼的に送って来たな」とか。
不思議なものですね、感覚と云うものは。
まして、わざわざその為に訪ねて来てくれる人もいたり。
そう云う心遣いが染み通って来ますね。

 贈り物、プレゼントと云うものは、相手の為を思って贈る物ですが、時に自分の見栄だったりする事も多く、素直に喜べない時もあります。
本当に心のこもった贈り物は、それが花一輪であっても、子供の玩具の様な物であっても、本当に嬉しいものです。
物を通じて心を伝えるのが贈り物。
だから、心さえあれば物がなくても良いと云うのは極論です。
贈る物を選ぶ為にかける時間と労力、それを惜しむのはやはり中途半端な心であって、本当に思っているとは云えない屁理屈でしかないと思います。

 心があるから、思うから、喜んで貰いたい。
人に何かを贈る時は、そう云う心を忘れないでいたいですね。
今年も色々な心を贈って戴いています。
本当に心から感謝したいと思います。

空って

2008 - 12/11 [Thu] - 02:30

 仏教の境地、空が理想だとされます。
空って何だろうと云う事は置いておいて、それが究極の目的の様に云われる事が多いですね。
空、三昧、禅定、色々な言葉で云われますが、全て同じ事です。

 が、これは間違い。
空の境地はスタートでしかありません。
空にならなければ、その先は何もありません。
ですから、空の境地を得る為だけに一生かけて修行している人もいます。
確かに、空になる事はそれ位に難しい事です。
が、空にならなければ、祈願も供養も、お加持も出来ませんし、まして即身成仏等は夢のまた夢でしかなくなります。

 感情論が入った、人間的な価値観や狭い視野が入った状態で、本当の祈願や供養や加持が出来る筈がありません。
空の状態、境地をスタートとして、頑張って欲しいですね。
空になる事が基本です。

 空手に限らず、どんな道でも、最初に基本と云うものがあります。
基本って、一番最初に習うもので、その先へ進むと段々と基本を忘れてしまうものですね。
だから、基本って疎かにされ勝ちなものです。
早く先へ進みたい、もっと上の事が習いたいと思っていると、基本は最初の入口でしかないと思ってしまいます。
でも考えてみて下さい。
基本って読んで字の如しです。
木で云えば根と幹の様なものです。
それがしっかりしていないと、幾ら枝葉を付けてもいつの日か倒れてしまいます。
石垣がしっかりと出来ていない城は砂上の楼閣であって、必ず倒壊します。

 基本は、実はとっても大切な事です。
基本が出来ていなければ、幾ら先へ進んでも、どんどん形が崩れて行きます。
そして、必ず進歩が止まる時が来ます。
また、基本の応用が究極へ繋がります。
そう云う意味では、基本さえ出来れば後は応用でしかないと云う言い方も出来ますね。
基本は究極への道筋である、と。

 ずっとずっと先へ進んだ時、改めて基本の大切さに気づく事があるものです。
英語で習う最初のABC・・・。
そして、その発音。
その基本が出来ていなければ、英語で話す時に発音が違っていて、相手に伝わりません。

 ギターで習う弦の押え方。
これが出来ていないと、音が濁ってしまって、本当に美しい音楽を奏でる事は出来ません。

 基本こそ命です。
ここにいつでも戻り、振り返る事で、迷いが消えたり、新たな発見があると云う事が良くあります。
何度でも戻り、何度でも振り返り、基本を大切にしましょう。
40年空手をやっていますが、今でも私は拳の握り方、突き方を悩み、検証しています。
そして、今頃になって基本の意味が分かったりします。
初心忘るるべからず、基本を怠るべからずですね。

心遣い

2008 - 12/10 [Wed] - 02:48

 今日も道場でした。
いやぁ、今日はキツかった。
体調って毎回違って、身体が動く日、動かない日、固い日、柔軟な日があります。
今日は全然身体が動かず、温まってほぐれるまで時間がかかりました。
そして、最後に補強。
腕立て伏せ、腹筋、ジャンピングスクワット。
大した回数ではないのですが、キツいと感じるのはやはり年を取ったせいか、やっぱり鍛え方が足りないですね。
明日はきっと酷い筋肉痛の予感が(苦笑)

 今日、師範から少年部の道場生のご父兄が撮って下さったVTRを焼いたDVDを戴きました。
それも、3枚組。
と云う事は、3時間。

 道場が出来た時、私が出来る事はって考えて、試合や審査会で写真を撮って、それを皆さんに差し上げる事と思いました。
それまで、多分どこの道場でもやっていなかったでしょう。
それぞれ写真を撮ったり、ビデオを回したりはするのですが、それを記念にとお渡しする事は少ないと思います。
審査を受けた人、試合に出た人に対して、せめてもの思い出、記念にしてあげたいなと思ってやって来ました。
毎回、撮影枚数が妻と2人で2,000枚程度。
それを、少年部、一般部、昇段審査等に分類し、選別して修正をかけて100枚程度にします。
その後、スライドにする為に別のソフトを使ってタイトルを決め、バックに流れる音楽を決めます。
映画音楽や、以前に極真会で使われていた音楽等を聞きながら、そのスライドのイメージ合うものを選びます。

 そうやって、自分が出来る事で少しでも道場生や道場に対して何か貢献出来ればと云う思いでやって来ましたが、それが段々と皆さんに浸透して行ったのでしょうか。
最近では、撮られたVTRをダビングして道場へお持ち下さる方も増え、こうして戴ける事もあります。
無理をしないで、自分が出来る事で、誰かの為にと心を遣う。
そう云う気持ちが道場生や父兄さん達に浸透して行く事はとても嬉しい事ですね。

 遅くなっても道場に来て、パーカー等の打ち合わせをして、採算を度外視してやってくれる人。
仕事の合間に師範の代行で指導をしてくれる人。
自分の仕事を持ちながら、毎週ちゃんと自分のクラスを持って指導してくれる人。
試合には必ずと云って良い程、顔を出して応援したり、セコンドをやってくれる人。
そして、写真を撮ったり、ビデオを回したりして、焼き付けて道場へ持って来てくれる人。
差し入れを持って来てくれる人。
道場は色々な人の力で支えられています。
修行出来るのは、試合に出る事が出来るのは、それを支えてくれている皆さんの力があってこそ。

 小さな心遣いが集まった時、凄く大きな力になって行きますね。
清々しく、温かく、そしてとても嬉しい、そんな事を感じた今日の練習でした。

結縁灌頂2

2008 - 12/09 [Tue] - 03:30

 今日、前回の結縁灌頂に参加出来なかったもう一人の古くから来ている弟子に灌頂を行いました。
彼は観音菩薩に深い縁を持ち、かなりの霊媒体質。
今日の灌頂でも、激しい症状?が出ましたが、無事に終わりました。
終わってからの彼、スッキリしていましたね。
これで新しい人生のスタートです。
勿論、修行も新たに始まります。
これからの彼の未来に幸あれ。

 仏と縁を結ぶと云うのは、単に仏様とホットラインを結ぶと云うだけではありません。
もの凄く優しく、最高に厳しい家庭教師について貰うのと同じ。
ですから、色々と教わりますが、同時に厳しく鍛えられます。
休ませてなどくれません。
それこそ、こっちの都合等は全く考慮せず(笑)
夜中でも叩き起こされます。

 成長すると云う事は、それだけ色々な事に触れる機会が増えると云う事でもあり、幸運と同時に大変な事も当然増えます。
そのバランスを保ちながら、一歩ずつ前へ進んで行くのが修行です。
そして、その大変な事すら楽しめる様になった時、急速に進歩進化して行きます。
自分の未来は自分の手で掴むものです。
だからこそ、楽しく修行して、楽しい未来を招きたいですね。

旅、道

2008 - 12/08 [Mon] - 03:05

 今日、DVDで映画「ドラゴン・キングダム」を観ました。
ジャッキー・チェーンとジェット・リー、この2人のクンフー・スターの競演だけでも観る価値は充分にあります。
それと共に、内容が良かったですね。
中国の伝統、歴史、思想、そう云うものが伝わって来る、とても良い映画でした。
観方によっては、単なるクンフー・アクション映画ですが、視点を変えるととても奥の深い内容だったと思います。
これは、また時間をおいて観てみたい映画ですね。

 人生は旅であり、道は永遠に続く。
クンフーも相手に勝つ為だけではなく、その道を歩み、旅を続ける事で、人として成長して行く事を目指す。
そんな風に私には受け取れました。
私も長年空手道をやって来ていますが、目先の勝ち負け以上に空手の持つ奥深さ、そのずっと先にあるであろう究極を見つめてやって来た様に思います。
勝ち負けだけを意識していたら、途中で飽きてしまいます。
多分、もう続けていなかったでしょうね。

 道とつくものは全て、人としての成長を志して行くものだと思います。
それは長い長い旅になります。
一生をかけて余りある、それでも辿り着くかどうか分らない、それが道とつくものの導く旅です。
だからこそ、歩き甲斐があり、続けて行きたいと思うものです。

 そんな事を感じさせてくれ、思い出させてくれた映画でした。
また、新しい気持ちで旅を続けられそうです。

幸せ

2008 - 12/07 [Sun] - 02:18

 今日、ロンドンより義妹からクリスマスカードを貰いました。
もう長く会っていない甥や姪の写真付きのカード。
久し振りに見る顔は、成長していました。

 また、妻よりもうすぐやって来る私の誕生日のプレゼントが。
何が欲しいと言われて要らないと答えたら叱られました。
物がどうのこうのではなく、あの時にこれを貰ったと云う思い出が大切なのだから何か選んで、と。
なるほど、そう云う考え方も確かにあるなと納得。

 こう云うちょっとした心遣いがとても嬉しいですね。
とても幸せを感じています。
本音で何でも語り合えて、いつも相手の事を思える、思って貰える。
これは私の理想の家庭です。

 さらに、弟子として正式に入門させた人達が一生懸命に修行し、眼をキラキラさせている。
今日もこの寒い中を瀧修行に行って来た事。
また、空手道場にいる師範や道場生達。
そう云う素晴らしい仲間達に囲まれている事。
とっても幸せだと思います。

 どっちかが気を遣い、どっちかが我が儘を言い、互いに本音で話し合う事が出来ないと云うのは、いつの日か必ず破綻が来ると思っています。
昔の日本の家庭では家長主義であって、妻は夫に従い、言いたい事も言わずに我慢して、なんて事が普通だった様ですが、現代では事情が変わっています。
逆に、夫が妻に気を遣い、妻の言う事に夫が従うなんて事も多いと聞きますが。
どちらにしても、夫婦、家族と、同居人は違います。
本音で語り合えない、そんな家庭は互いが家族になっていない、同居人ではないかと思います。
本当の意味での家族、夫婦になる為に、言葉は選ぶにしても、思った事は口にして、互いに本音で付き合っていけたら最高の幸せな家庭だと思います。

覚悟と根性

2008 - 12/06 [Sat] - 03:31

 やっと、先日の昇級昇段審査会の写真の整理・修正・スライド化が終わりました。
今回はデジカメで撮った動画も足してみました。
画質は決して良くないですが、一つの試みとしてやってみました。

 いつもながら思いますが、妻と2人で2000枚近くを撮っているので、それを整理して修正するのは時間がかかります。
仕事の合間にやりますが、それでも3日かかった事になります。
延べ10数時間と云うところでしょうか・・・、早く仕上げて渡してあげたいので、つい頑張ってしまいます。
審査を受けた人達の記念、思い出になればと思って、稚拙な技術ながらいつもやらせて貰っています。
でも、流石に眼もチラチラして、頭もガンガンして来ます。

 道場は窓があり、昼間は逆光となる事が多く、良い写真を撮るのは中々難しいです。
プロではないので、やはり技術が稚拙なんですね。
それでも選りすぐって行くと、ベストショットがあったりします。
そう云う時は良かった!!って思います。
出来るだけ良い写真を残してあげたいと思いますから。

 整理や修正をして行く時は集中していますが、出来上がって見ていると、審査会の時の場面を思い出します。
その時の感動が改めて伝わって来ます。
その現場では審査している側なので、前に座っていますし、見る事に集中していますから、写真を整理して仕上がりを見ている時に、改めて感動がやって来たりします。

 で、出来上がりましたと師範にメールをしたら、今会報を作っていますと返信が。
ったく、根性のある人です。
毎日朝から夜中まで指導をし、自分の稽古もやり、その上遅くまで仕事している。
道場にはもう一人、Kさんと云うとんでもなく根性の座った方がいます。
仕事しながら空手もやり、道場の手伝いもし、神出鬼没と云うかいつでもどこかにいる人です。
夜中になっても仕事しているのは、私もK氏も師範も同じですね。
本当に、この道場は覚悟と根性が据わった人が多いです。
この姿勢、生き方そのものが、尊敬に値しますし、学ぶべきですね。
弱音等吐いていては恥ずかしくなってしまいます。
それでいて、とっても楽しくて明るい。
最高ですよ、この道場。

伝授

2008 - 12/05 [Fri] - 03:01

 今日、第一回の伝授会を行いました。
対象は先日結縁灌頂を行った中の3名です。
付き添いで一人の奥さんが参加しましたが。
内容は書けませんが、基礎の基礎から始め、数時間後はかなり深い話になっていました。
修行と云えば荒行、そう思う人も多いでしょうが、身体を苛める事がイコール修行ではありません。
一番大切なのは心と魂。
そこに刻み込む様に、思索し、熟慮し、追求して行く事が修行です。
ま、時には荒々しい事も必要ですし、それも楽しいですが。
これからずっと続く修行と伝授。
皆、頑張って下さい。

 ところで、人間の器量って、難しいですね。
器が大きいとか小さいとか云いますが、人ってある部分の器は大きくて、違う部分は小さいなんて事もあります。
本当に器の大きい人って、いるのでしょうか?
と云う私も同じです。
懐は深いだろうと思っていますが、それでも瞬間で怒ってキレてしまう事もありますし、やっぱり器が大きいのか小さいのか、どこかは大きくて違う所は小さいのでしょうね。
流石にどうでも良い事で怒ったりはしませんし、笑い飛ばして相手にもしませんが、無礼、不躾は怒ってしまう事があります。
人の言葉を聞かないフリをして自分の意見に固執する、これで今日もキレました。
ま、昔ならタダじゃ済まなかったでしょうが、(不本意にも)穏やかになって来ているので、そんなに声も荒げなかったと思います(って、自分で思っているだけか?)
また、人が大切にしている事柄やプライベートに土足で踏み込む。
悪気はないのでしょうが(あるのかな?)、そう云う人って困ってしまいますね。
それで直接怒るって事はありませんが、やっぱり敬遠してしまいますね。

 そんなこんなも平気で笑っていられる器量があった方が良いのかもしれませんが、悪い所は指摘して指導してやらなければいけませんからね(って、自己弁護ですね、こりゃ)
ま、適度にやります。

人によって

2008 - 12/04 [Thu] - 03:36

 人が何かを目指したり、志したり、決心したりする時、自分でも思っている以上の力や精神力や耐久力が出て来る事があります。
先日の道場での昇級、昇段審査でも同じ事を感じました。
ひたすら血と汗を流して互いに打ち合い、蹴り合う。
その姿が、それを見ている人達に感動を与え、また見ている人達の応援の声がやっている人に力を与えます。
そして、打ち合う互いが互いに対して、ぶつかり合う事が互いの秘められたものまで引き出して行きます。

 人は人を思い、関わり、理解し合い、ぶつかり合う事で、癒され、救われ、超えて行きます。
狭い了見や決めつけた価値観や視野では、そう云う人との縁は出来て行きません。
物事に対して、人に対して、真摯である事。
それが人との縁を繋ぎ、また次へと導いてくれます。

 ちなみ昇級審査、昇段審査では色々な意見が出ました。
上がる人、上がらない人、色々といると思いますが、最終の目的は人として完成して行く事です。
目の前の勝ち負けや等にこだわっていては、本当の、真実の眼は見えて来ません。
真っ直ぐである、真摯である事と同時に、本当の意味での懐の深さや器量の大きさをを持ちたいですね。

忙しい一日

2008 - 12/03 [Wed] - 02:49

 今日は午後一から出版社で打ち合わせと取材。
その後、帰って食餌をしてすぐに道場へ向かい、練習。
終わってから、黒帯が集まってミーティング。
何だか、凄くバタバタしていた様に感じてしまう一日でした。
やった事は大した事はないののですが、そう感じると云う事は、一つ一つ重いと云うか、大切な事だったのでしょうね。

 人の御縁で仕事し、編集者も縁で出会った人ですし、道場は勿論そうです。
縁を大切にして仕事している者達もおりますが、彼等もトラブルから徹夜貫徹だった様です。
殆ど寝ていないに近いと思いますが、ちゃんと道場に来て練習迄して行きました。
その心意気、素晴らしいですね。

 人は一人では生きられません。
縁と云うもので結ばれて、支えあって生きて行きます。
ですから、縁を大切にしていると、それが財産となり、宝となり、回りまわって利益をもたらしてくれる事もよくあります。

 そう云う信頼を得る為には、心が通うには、どうすれば良いか、ゆっくり時間をかけて考えてみましょう。

トラブル

2008 - 12/02 [Tue] - 03:33

 さっき、もう夜中ですが仕事でトラブっていると云う電話が入りました。
で、話をして、処理に向かった様です。
結果は、何とかクリア出来そうだと云うメールが入りました。
まぁまぁ、割と早く目処が見えて良かったです。

 こんな事は今迄もありました。
組合闘争等の時に人事の人からの電話。
朝まで付き合った事も何度か。

 妊婦さんの御主人から電話で、「破水しました」
って、これ夜中の3時頃。
すぐに病院まで飛んで行きました。

 ただ相談に乗るだけの仕事をしていたらあり得ないですが、24時間いつでも困った時は手助けをしたいと思っています。
ですから、そう云う時は「いつでも付き合うぞ」と思っています。

 何がどうあれ、どうやら進んで目処が立ちそうで良かった。

正伝流空手道中村道場審査会

2008 - 12/01 [Mon] - 00:39

 今日は正伝流空手道中村道場審査会でした。
午前が少年部、午後が一般部、そして昇段審査で、とても長い一日でした。
そして、今日も沢山のドラマを見る事が出来、道場生達の日頃の頑張りの成果を見る事が出来、昇段審査を受ける人達の覚悟と、それを応援している道場生達の素晴らしい人柄を感じる事が出来ました。
何度審査しても、不覚ながら感動してしまいます。
そして、やっぱり応援してしまいますね。

 今日の昇段審査は圧巻でした。
10人組手が3組。
文字通りフラフラになりながら、ボロボロになりながら、最後迄やり通した彼らの姿と、一瞬前迄10人組手の相手をしたいた道場生が、自分の番が終わるとすぐにサポートにまわって応援している姿に感動を覚えました。。
良いものですね、こう云う仲間意識って。
そして、空手は最高です。
厳しいから、激しいから、これだけの思いを込めて続けられるし、こう云う場面に立ち会う事が出来ます。

 今日の素晴らしい時間を与えてくれた師範、審査を受けた道場生、サポートしてくれたスタッフとして動いてくれた道場生達、応援し相手をした道場生達に感謝です。

2008.11.30 少年部審査会  2008.11.30 一般部審査会


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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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Adept・Mentor 島津成晃の独り言
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