感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

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2008 - 11/30 [Sun] - 01:09

 何事にも波と云うものがありますね。
心は常に変化していますし、仕事も波が来る時と止まる時があり、何でも同じ様に良い波が来る時と悪い波が来る時があり、またパタリと止まる時があります。

 動きが急速に出る時、それは自身の決心と心構えが出来た瞬間から始まる様に思います。
また、整理が出来て来ると動き出す。
準備が出来ると動き出す。
動かない時は迷いがあったり、焦りがあったり、何かの理由で眼が見えなくなっている時。
準備不足の時、終えるべき事が終わっていない時。

 不思議ですね。
何か全てが連動している様に思います。
それが自然の流れであって、波と云うものなのでしょうね。

 明日は昇級昇段審査です。
審査する側と云うのは、これはこれで疲れるものです。
が、一生懸命にやっている道場生達を見ていると、それだけで感動してしまう事もあります。
明日はどんなドラマがあるのか、楽しみですね。

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30年越しの答

2008 - 11/29 [Sat] - 01:56

 約30年前に心に生じた疑問、ずっと解消しないままに時が過ぎて来ました。
いつも心に留めながらも、日々の生活と仕事の中に時折思い出し、疑問が生じた場所を数年に一度訪れたりしていました。
それが、この半年の間に色々と繋がり、朧げながら答が急に見えて来ました。
答が出る迄の間には紆余曲折、波瀾万丈の日々が続き、精神的にも肉体的にも凄く追い込まれました。
そして今日、その答が出ました。
出た答は予想通り、こうではないかと思っていたものでしたが、その過程はとても厳しく辛いものでした。

 その頃、30年位前に始めた事は、やればある域に達する迄30年はかかると云われていました。
意地っ張りな私は、よし10年で終わらせてやると意気込み、終わらせたつもりでした。
それはつい最近迄、終わったと信じていました。
が、30年経ってみて改めて感じる事は、やはり30年経たなければ解らない事ってあるのだなと思います。
時と云うのは偉大ですね。
思い上がっていた若蔵の頃を思い出すと冷や汗が出ます(苦笑)

 ここから新たなスタート。
先に続く道にもずっと続く道があります。
さてどうなって行くのか、とっても楽しみです。

古いものと新しいもの

2008 - 11/28 [Fri] - 02:36

 私の中には、古いものや古さに拘る心と、それと同じ位に新しいものに対する心があります。
伝統や日本人としてのアイデンティティ、本質を追究して行くと云う意味では、とても古臭い所があると思います。
私の父は大正9年生まれですが、その父にして「お前は古い!!」と言われた事があります。
って、それじゃ私は何年生まれだ?って感じですが(笑)
ちゃんと昭和生まれで、誤摩化してはいませんよ。

 本当に追求して行くと、本質や本物を追いかけたいと思います。
そうすると、現代では失われてしまった教えや原則が目の前に表れます。
それを受け入れて行かないと、その先へ絶対に行けません。
また、そこを曲げてしまったり、妥協してしまうと、本質そのものが崩れてしまう様に感じます。
だから、とっても古臭い事、黴の生えた様な事に拘ります。
特に空手や修行と云う面では、その意識は全面に出て来ます。a

 その反面で、私はとっても新物好きです。
珍しい物や新しい物は、好奇心一杯になってしまいます。
人間の想像力や、その造形美に眼を惹かれます。
生き方でも、現代に合った生き方があると思いますし、何でもかんでも古いものが良いとは思いません。

 バラバラと云うか、矛盾と云うか、この両極端が私のバランスを取っているのかもしれないですね。

難しいなぁ

2008 - 11/27 [Thu] - 03:27

 今日、空いた時間を使って美容院に行って来ました。
そこのオーナー、凄くソフトな話し方で、いつも冗談を言っていて、でもとっても神経が細やかで、相当なレベルの持ち主であり、実は凄く短気で強い人だと云う事が解ります。
ま、私がプロだから解るのかもしれませんが、向こうも同じ事を感じていた様です。
普段は世間話や冗談ばかりなのですが、今日はちょっと違いました。
まるで独り言の様に、愚痴ではないですが、ツラツラと語ってくれました。
育てようと思っていた、一生懸命に善かれと思ってやって来た事が通じなくて、スタッフが辞めて行った経緯と気持ち。
凄く残念そうでしたね。
ま、髪を切りに来た客とする話ではないですよね。
聞いて欲しかったのでしょう。
それが私だった事は、光栄です。

 人を育てるって、本当に難しいですね。
育てようとして育つものではなし、そう思わなくても育つ人もいたり。
結局、人は育てられるのではなく、自分で育つのだなと、前々から思っていて、口にもしていましたが、改めて思いました。
その準備が出来ていない人に幾ら善かれと思って教えても、伝わらない、聞こえない。
だからと云って伝えるのを止めてしまうと、育つチャンスすら与えない事になってしまう。
だから、諦めないで伝え続ける事が大切。
でも、思う様には育ってくれない。
そんな中で、悩みながら、葛藤しながら、どこかで割り切りながらやって行くしかない。

 そんな事を感じながら、彼の話を聞いていました。
自分のスタイルを確立した、ある線を越えて何かを掴んだ、そんな人物に久々に会った気がします。
良いですよ、この美容院。
お勧めです。
って、場所は私と会った人だけの特権です(笑)

2008 - 11/26 [Wed] - 02:40

 昨日、DVDで「ナルニア国物語 第2章:カスピアン王子の角笛」を見ました。
第一作も凄く面白かったですが、今回は更にスケールアップしていて、内容も考えさせられるものでした。

 思えば、以前は毎日の様にDVDで映画を観ていたものです。
観終わる頃には夜中になっていました。
それが楽しみでしたし、映画から学んだり考えさせられた事は沢山あります。

 ファンタジーと云うジャンルの映画は、大抵の人は一つの夢であり、憧れであり、また娯楽だと思います。
私にとってファンタジーと云うものは、いつも懐かしさを覚えさせてくれるものです。
子供じみているかもしれませんが、本気であそこに帰りたいと思います。
あの世界に行きたい、ではなくて、帰りたいなのです。
子供の頃の想いがそのまま私の心の中に棲みついていて、成長していないのでしょうね。

 現代社会に於ける便利さとは裏腹に、心の世界を失って行く様に感じています。
日常の中に、仕事の中に、潤いが消えて行き、大切な何かを見失い、空虚なモノトーンの色が心と身体を浸食して行く様に感じる時もあります。
そんな時に私に大切な事を思い出させてくれるのは、いつもファンタジーであり、映画です。
こう云う心をいつも忘れないでいたいと思います。

 心の絆、魂の絆と云うものは、凄く深く結びついているものです。
それは決して穢される事も、切れる事もありません。
損得ではなく、自分の為ではなく、魂の奥底から大切に思う事が出来、その為なら命を失う事も、魂を差し出す事も厭う事はないであろうと云う確信を持つ事が出来ます。
ファンタジーの世界はそう云う大切な事を思い出させてくれます。
そして、そう云う絆によって成り立っている世界があの世界です。
私にとっての大切な絆は、親であり、妻であり、そして弟子であり、相談者です。
中でも妻に対しては全てを覚悟し決心して共に歩いています。
この絆は永遠に消える事はないでしょう。

 こう云う絆を忘れず、見失う事なく、光に満ち、愛に満たされて生きて行きたいですね。

結縁灌頂

2008 - 11/24 [Mon] - 18:43

 昨日の月例会で結縁灌頂を行いました。
秘密裏に(笑)色々と各人をテストして来ましたが、それに合格した人に対して、正式に弟子として受け入れる宣言をして、その証として結縁灌頂を行いました。

 基本的に私は弟子は取らない主義でやって来ました。
弟子になりたいと云う気持ちで通って来ていて、私が根負けして弟子にした者が数名おります。
が、残ったのは結局2名だけ。
修行は激しいだけではなく、静かにして厳しいものです。
が、ここ数年、そう云う本気の人が増えて来ました。
いつまでも宙ぶらりんにしておく訳にもいかず、私も決断しました。
これから、彼らの精進に期待し、私も全てを教えて行きたいと思います。
そして、弟子達の育つ姿を見て、また昨日の結縁灌頂に参加してくれた人達が、同じく熱い思いを持って進んでくれる事を期待しています。

 月例会に参加した皆、真剣で、熱い思いを持っていて、学ぼう、聞こう、前へ進もうと云う意識が凄く伝わって来ました。
そんな中でも、周りの人への気遣いが出来て、他の人の喜びを自分の喜びの様に感じている人もいて、真っ直ぐな純粋な人達が集まっているのは、とっても気持ちが良いものだなと思います。

 中にはそれが、多分自分でも気づいていないのかもしれませんが、人を思う事が演技でしかない、自分自身でも本気で思っているのだと思い込ませようとしていると感じる事もあります。
が、それでもそう云う純粋な思いに浸って行くと、きっと変わるだろうなと思います。
温かい心の人達に囲まれている事は、とても幸せです。
真剣な人達の中にいる事は、まぶしいものです。

 いつもそう云う温かくて、光に満ちた人達と接して行きたいですね。
そうすれば、自分自身も癒され、相手も癒され、そんな相互関係が出来て行く様に思います。

命がけ

2008 - 11/23 [Sun] - 03:39

 長い間、修行し、学び、天を目指して来ましたが、この道を歩く者の宿命として、時として命をかける覚悟をしなければいけない時もあります。
そこで自己保身で逃げ出してしまったら、全ての修行が無駄になります。
命をかけてもこの道を歩く。
例え命を落としても躊躇しない覚悟は、誰かを愛する時、誰かを守ろうとする時、自分の道を真っ直ぐに歩こうとする時に、自分自身でも気づきが始まります。
そして、その試練を乗り越えた時、合格を貰った時、本当の本音が表面化して来ます。
そう云う覚悟を持った人、母や妻をはじめ、弟子達に囲まれている事は、本当に幸せです。

心を封印する

2008 - 11/22 [Sat] - 03:58

 人は本当に傷ついた時、自らの心を封印すると云う事があります。
そして、心の傷から眼を逸らし、心の奥底に沈めます。
人間は誰でも似た様な事をやっていて、それがまた次への活力になったりする事もあります。
コンプレックスがあるから、それをバネに色々と学んだり、頑張ったりする事が出来ます。

 ですが、それは心の中にトラウマとして存在している事は間違いなくあります。
その封印した筈の心の傷が信号を送り始めると、人はそれに左右されます。
人間の言動、思考の一部は記憶の中のトラウマ等から影響を与えられています。

 もし、自分が眼を逸らして、無い事にしようとしていたら、それは独り歩きしてしまう事すらあります。
時間をかけても解放して行きたいものですね。
心を開いて、封印して来た部分すら解放した時、無上の喜びと開放感を味わう事があるでしょう。

 真にクリアーで透明感のある人物になりたかったら、誰かにその責任を訴えるのではなく、自分自身が本当の信念とか、哲学等、何か自分を律するものを持って、前と上だけを見て歩かなければいけません。
過去に幾ら囚われても、それ自分を美化しているに過ぎません。

 良い意味で我が儘、自分らしく生きる為には、時には自分の中にある何かと向き合ってみる事が最低条件です。

原点、故郷に帰る

2008 - 11/20 [Thu] - 07:01

 今日、小田急の永山に出かけて来ました。
今の私があるのは、ここでの14年間があったからです。
今来ている一番古い人達がここで集まり始め、熱い時を過ごしていました。
修行、法話、空手、本当に時を忘れ、眼をギラギラとさせて、時には朝までも。
永山で過ごした時間は、今の私の原点であり、そこは私の故郷と云っても良いと思っています。

 四神相応、風水で最高の場所とされる地形に恵まれ、一年に4回も咲く不断桜。
四方を囲む神社。
どれをとっても、何一つ嫌な感じのする所はありません。
それは、今日も同じでした。
時は流れましたが、今も当時も、綺麗な気に囲まれ、心安らぐ所です。

 訪れて、日常の中で忘れかけていた大切な事、熱い思い、目指した目標等、色々な事を懐かしみながらも思い出しました。
そして、新たな決心をしました。
原点に還り、光を目指し、真っ直ぐに前を向いて歩んで行こうと思います。
迷いを捨て、揺らぐ事なく、脇道に逸れる事なく。

魔境に入る

2008 - 11/19 [Wed] - 03:53

 人は時として魔に見入られたりする事があります。
魔が入ると云う言葉を使う事が多いですが、そう云う時は真贋の区別がつかず、正常な思考もとまり、また眼も見えなくなってしまいます。

 どんなに着飾っても、魔は所詮魔でしかありません。
そう云う魔は、必ずサインを出しています。
大抵は見落としてしまう様な小さなサインもあれば、刺が刺さったかの様に心に残ってしまう事もあります。

 ですが、人には尊厳と云うものがあります。
命の尊厳、生き様から来る誇り、そう云うものが真贋を明らかにします。
どんなに曇らされていても、その部分に触れた瞬間に人は目覚め、それは怒りへと変わります。
誰にでも、これだけは穢す事を許さないと云うものがあると思います。

 魔に惑わされず、魔に見入られず、真っ直ぐに純粋に生きて行きたいものですね。

想う心

2008 - 11/15 [Sat] - 00:52

 親を想う心、子を想う心、愛する人を想う心、理屈ではなく心の底から湧き上がって来る、純粋な想い。
誰にでもあって、絶対に無視する事の出来ない心ですね。
私も父を亡くしています。
父の死後、尊敬し、ある意味で父とも慕う恩師達も皆亡くなってしまいました。
また、ちょっと前にも書いた、大切な友人も亡くしています。
そして、愛する家族と愛おしい弟子達、私を慕ってくれる相談者に囲まれています。
その一人一人に対する想いは、理屈抜きで大切だと感じ、そう想える存在でいてくれた事、いてくれる事を有り難いと感じます。

 人は守るものが出来ると強くなれると云います。
同時に、想うものが出来ると頑張れるとも思います。
そう云う純粋な気持ちを大切にして生きたいですね。

 大切な人の苦しみは自分の苦しみ。
想う人の喜びは自身の喜び。
他人事ではなく、想いを共有して、一緒に頑張り、一緒に泣き、一緒に笑う。
豊かな心、大切にしたいといつも思っています。
たかが一人の人間、出来る事はしれています。
が、精一杯の想いを込めて生きたいですね。

 それが御供養や御祈願に繋がり、ひいては神佛に少しでも近づく事に繋がると信じています。
誰の為でもない、ましてや自分の為でもない、想う相手の為に純粋に祈る時、無私の想いを持つ時、自身も輝き、大きな存在と化している様に思います。
だから、想いの深い人は、存在そのものが救いであり、癒しであり、その姿こそが仏であり神であると思っています。
そんな境地、ずっと追いかけて生きたいですね。

真っ直ぐな気持ち

2008 - 11/14 [Fri] - 02:08

 ここの所、人の気持ちや思いと云うものを凄く感じます。
大切なものを大切に思える心、目標や目指すものをしっかり見つめて揺らがない気持ち、そう云うものを持つ人はとても純粋で、透明感を感じます。
社会で生きていると、どうしても格好を付けなければいけない部分があったり、ハッタリも必要ですし、着飾る事も必要ですが、不器用でも純粋に真っ直ぐに進んで行けたら最高ですし、そう云う人って見ていてとっても気持ちが良いと云うか、私は好きですね。

 人それぞれ、細かい欠点や足りない所やいい加減な所はあると思います。
ですが、真っ直ぐに進んでいる人って、そんな欠点などどうでも良くなる様な、そんな魅力があります。
見方に依っては、不器用で、愚かと映るかもしれません。
でも、だからこそ、その思いは純粋で崇高なものであると感じます。

 私が通う道場の師範が試合に出た時、その世界では知らぬ者のない高名な師範が、「彼は不器用だが、真っ直ぐで、純粋で、素晴らしい空手をやっている」と言われました。
その先生にしてはとても珍しい事です。
そう云う褒め方をあまりしない方なのですが。
解る人は互いに通じると云う事でしょうか。

 綺麗な気持ち、純粋な思い、真っ直ぐな生き方、不器用でもそう云うものを大切にして行きたいですね。

友に会って来ました

2008 - 11/13 [Thu] - 02:08

 今日は昨年亡くなった新極真会東京総本部道場の伊師徳淳師範の一周忌でした。
夜の9時まで練習があるので、その後に着く様に会いに行って来ました。
道場に入って、まだ最後の練習が終わる寸前で、伊師師範の育てた女性が指導をしていました。
伊師流空手道がここに生きている、そう感じる事が出来ました。
また、他にも伊師師範に会いに来た人がいた様で、それを聞いて何故か凄くホッとしました。
良く、人は死ねば只の人と云う様に、忘れられて行くものです。
が、伊師師範は亡くなった後も総本部道場の支部長であり、こうして一周忌に会いに来てくれる人がいて、忘れられていない、未だに存在感を放っていると云う事が、とても嬉しく、安堵したと云う所でしょうか。

 偶然にも、そこで新極真会事務局長と、伊師師範と一番仲の良かった神谷師範と出会いました。
同じ思いを持つ者同士、短い言葉のやり取りの中で、互いに通じる心を感じる事が出来ました。

 私が心を通わせた数少ない空手家、と云うよりも、一人の素晴らしい人間でした。
同じ目線、同じ考え、とまでは行きませんが、似たものを互いに感じていた、言葉ではなく無言の中に通じ合う、通い合うものを感じていました。
彼の残したものはとても大きいと感じています。
それは私の心の中にもしっかりと根付いています。

 大切な友よ、静かに眠って欲しい。
と思いますが、伊師師範、大人しく寝ている様な人ではないですからね(笑)
空手が大好き、そしてロマンチックで、ナイーブで、冗談も大好き、ついでにお酒も女性も大好きな、とっても心豊かな男でした。
時折、「先生、やりましょう」と夢の中に出て来ます。
何をやるって、そりゃ空手です(笑)
ま、彼が生きている中でなくて良かったと思います。
やっていたら、壊されてしまったでしょう。

修行は理屈抜き

2008 - 11/12 [Wed] - 02:47

 今日は大渋滞のせいで道場の練習時間に遅れました。
ま、それは仕方ないです。
が、入ってすぐにいきなり120本の突き、160本の蹴り、と続きました。
良いんだけどさぁ~(苦笑)

 その後にちょっとだけテクニック講座。
とっても感覚的なので難しかった様ですが、流石と云うか、皆さんすぐに感じ取った様です。
凄いですね、その探究心は。

 修行は理屈抜き。
理論は必要ですが、理屈は必要ありません。
やれと言われたらやるしかない。
まして修行を始めたばかりの人は、ゴタクを並べても意味がありません。
分っていないのですから。
常識を打ち破ってこそ、修行です。
今までの意識で幾ら考えても分りません。

 ところで、こう云う仕事をしていると、よく譬え話をします。
それをリアリティーを持たす為に、こう云う話があった、こう云う人がいたと表現する事も良くあります。
でないと、ただの説教になってしまうので。

 ただ、そう云うものに触れた時、例えばブログでも同じですが、「これって誰だろう?あの人かな?私かな?」と犯人探しをする人がいます。
と云うか、多いみたいですね。
マスコミでも同じで、何かあるとすぐに「誰の責任だ?」と犯人探しをします。
見ていて、またそう云う場面に出会うと、正直な所、ウンザリしますね。
そんな事を考えたり言ったりする時間があったら、目を前に向けて、今何をするべきかを考えよと。
犯人が見つかると安心するのでしょうか?
くだらないですね。
そんな事で問題が解決するのでしょうか?

 それよりも、そう云う教えから学び、反省し、また感じてくれたら良いと思っています。
「あ、自分の事を書かれている」と思ったら、それは自分自身の中に思い当たる事があるからでしょう。
ならば、そこから学び、反省すべき所は反省し、直すべき所は直し、真の意図を感じ取って欲しいものです。
それに対して、反論しなきゃとか、返事しなきゃとか、もう顔を出せないとか、そんな風に思ったら何も進歩しませんし、却って悪い方向へ進みます。

 誰が悪かろうが、誰の責任だろうが、そんな事はどうでも良い事です。
それに意見や思いを返す必要などありません。
堂々巡りするだけでしょう。
それよりも、今自分が何をすべきか、どう考えるべきか、何が出来るかを考え、行動する方が良いですね。

生まれ変わる

2008 - 11/11 [Tue] - 03:29

 人生には一生の間に何度か大きなターニングポイントやステップアップのタイミングがあります。
突然の出会いによってそのポイントを迎える事があったり、今までの縁の中から変化してポイントに繋がる場合もあったりします。
きっかけは何であれ、そう云うポイントに出会った時にどうするかです。
決断を迫られる時であり、前へ進むには勇気が必要だし、進んだら進んだでまた希望と不安に揺れ動く事になります。
が、それが収束へ向かう時、大きな変化と進歩を自分も周囲も感じる事となります。
そう、まるで生まれ変わるかの様に。

 私は母からも周囲からも、一度死んだと言われています。(笑)
父が亡くなる前と後、今の仕事をする以前と始めてから。
確かに、まるで人格が変わったかの様に性格も変わり、表現も言葉も変わったと思います。
そして、時を経る毎に段々と昔の記憶が消えて行きました。
今はもう、10代の頃の記憶はポイントでしか思い出せません。
幾ら内観をしても、探っても出て来ません。
消滅してしまったかの様に、記憶が消えてしまいました。

 そう云うポイントに来た時に、しっかりと受け止めて、冷静に判断し、早く収束させる為には、普段からの日常がとても大切です。
常に前向きである事、真摯である事、正直である事、目線が高く、自分を信じている事、生き方に誇りを持っている事、等々とあげたらキリがないですが、自分に誇りを持って生きよと云う事です。

 小細工を労したり、小手先のテクニックや口先で世間を渡って来た人、自信がなくコンプレックスを持っているのを押し隠して、人も自分も騙して来た人、目線が低くて俗な事にばかり囚われる人、そう云う人達は大きなポイントに差し掛かった時、オタオタとして、冷静な判断も出来ず、躊躇いから不安だけになってしまって、逃げてしまう事もあります。
ですから、折角やって来たチャンスを逃し、その段階に留まってしまう事もあります。

 ターニングポイントもステップアップのポイントも、出会いです。
出会いが次を導き、拡大し、昇華して行く時、人は大きく化けるものです。
そう云う時が来た時に、ちゃんと受け止め、乗り越えられる様に、普段から真っ直ぐに一生懸命に、誤摩化さないで生きて行きたいものですね。

御手配

2008 - 11/10 [Mon] - 01:05

 今日、関東近郊の山へ、日本武尊に会いに行って来ました。
何の為か、また何があったかは申し上げられませんが、一つ言えるのは2千年にわたる神の壮大な計画、御手配により、会いに行ったと云う事です。
とても厳しく、とても気持ち良く、そしてとても嬉しい時間でした。

 神にも色々あります。
荒々しいだけの神、とっても静かな神、他にも色々云いますが、今日会った日本武尊は人間が修行を経て神となって現代でも神としてあちこちにお祀りされており、古事記等にも登場しています。
ですから、生まれながらの神ではありません。
それ故に多くの悲しみを乗り越え、とても繊細で優しく、同時に誰にも負けない強さを持ち、純粋で透明感がありました。
正直、神と云うイメージが根底から変わりました。
動の中の静、静の中の動。
かくも神と仏は違うのかと思う出会いでした。

 かなり疲れましたが、道場で週に一度とは云え練習していた事で、かなり足腰も持久力も上がっているのでしょう。
思っていたより頑張れましたし、今も想像よりも疲労が軽い気がします。

 今日はそう云う意味で、とっても有り難く、気持ち良く、厳しい一日でした。

健気な人達

2008 - 11/09 [Sun] - 01:00

 沢山の若者が通って来ていて、その人達を見ていると、時に感動する事があります。

 週に何度も通って来て、その度に何かを吸収し、一生懸命に馴染もう、学ぼう、ついて来ようとする姿。
まるで、我々に会う事が嬉しくて仕方ない様な顔をして、いつも入って来ます。
そして、来たら、帰らない(笑)
居心地が良いのでしょうね。

 お店で新製品が出たり、自分が美味しいと思った時、「先生に食べて戴こう」と心に決めて会社帰りにやって来る青年。
彼などは、そうやって来ると帰りは終電もなくなってしまう時間に来ます。
「大丈夫か?無理しなくて良いんだよ」と言うと「いえいえ、タクシーで帰れば良いんですから」とアッサリ言ってのけてしまう。

 普段はそんなに頻繁に連絡して来る訳ではないのですが、何かあると必ず連絡をして来て、私のチェックを受けてすぐにそれを吸収し、ステップアップする素直で真っ直ぐな青年。

 その真っ直ぐな、そして素直な姿を見ていると、時々、その健気な姿に感動を覚えます。
ちょっとした一言のアドバイスで、顔がパッと晴れやかになって、とっても素敵な笑顔になる。
それを見ているだけで、この仕事をしていて良かったなと思います。
中には、嬉しくなって泣いてしまう人もいたり(微笑)
こう云う時は、つられてウルウルっと来てしまいますね。

 一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に怒って、一緒に考え、一緒に問題を解決して行く。
そうやって来たのが、互いの心を通わせて来たのでしょうね。
有り難い事です。
私は一緒に頑張りたいだけですが、その気持ちが伝わっていると実感する時、最も喜びを感じます。
ま、時には寂しい思いをする事もありますが・・・。

 素敵な若者達に囲まれている事に感謝ですね。

期待と失望

2008 - 11/08 [Sat] - 03:23

 人間は一人では生きて行けないものですね。
常に誰かに支えられて、誰かの力を借りて、生きていますし、仕事もしています。
会社は社長が舵を取り、社員が支える事で成り立ちます。
家庭も同じで、家族に支えられる事で主人は外で頑張る事が出来、素敵な家族が出来上がります。
その為には、会話ですね。
口先だけではなく、心を込め、心を相手に対して開き、真っ直ぐな思いで会話する事が大切だと思います。

 相談に乗ったり、人を育てる仕事をしていると、可能性のある人にはどうしても期待してしまいます。
もっと大きくなれ、もっと素晴らしくなれ、もっと輝けと。
そして、伸びる人ほど、徹底的に食いついて来ますし、次々と質問が出て来ますし、毎日の様に通って来ます。
接触が多ければ多い程、色々な話が出来、意識改革が出来て、見る間に成長して行きます。
相談する側とされる側、支える側と支えられる側が、互いに心を開いて、互いを受け入れる事で、視野も広がり、意識改革も出来、新しいアイデアも湧き、成長して行きます。

 が、それも一方通行だったら、何も変化しないどころか、悪い方向へ進んでしまいます。
心を閉ざしていたら、どんなに言葉を飾ろうと、振りをしようと、人は感じてしまいます。
また、そう云う心に敏感な人は特に、それによって失望感を覚えます。
心を開いて、真っ直ぐな思いで言葉を発し、心底相手を思っている事が、相手が心を閉ざす事で徒労となった様な感覚になり、また拒絶された様に感じるからです。

 私ですら同じです。
頻繁に通って食いついて来て、どんどん吸収してくれるなら、期待し、さらに応援したくなります。
が、相談もせず、しても電話やメールで済ましてしまう。
そうなると、やはり冷めて来ますね。
出来る事は何でも、智慧でも力でも課してやろうと思っていても、聞かない、来ない、安易な聞き方しかなしないでは、何だかなぁ~と思ってしまいます。
やっぱり、質問がある時、相談がある時は、筋を通して面接して欲しいですね。
電話で、メールでチョコチョコって云うのは、その人がその問題に対して真剣なのかどうか、疑わしい時も多いですね。

 そうやって、人からの期待を裏切り、心を閉ざし続けて行くと、発想は枯渇し、視野も狭まり、支えてくれる人も段々と冷めて行きます。
素直になって、小さな、つまらない、下らないプライドを捨てて、心を開いて欲しいと思う事が良くあります。

 人は、自分のポジションが危うくなったり、自分より評価される人が出て来たり、叱られたり、自分の意見が通らないと、心を閉ざしてしまい勝ちです。
が、それが一番いけない。
誰よりも、自分を支えてくれる人や、自分を育ててくれる人に対して心を開かなければ、孤立無援で頑張らなければいけなくなって行きます。

 解放しましょう。
無駄なものは捨てましょう。

wiiで被り落とし(爆笑)

2008 - 11/07 [Fri] - 03:10

 いやぁ~、今日は酷く被りました(苦笑)
久々に、こりゃ不味いと思った程。
一人の若者が面接に来ていましたが、彼のせいだけではなく、他からも思いや雰囲気が飛んで来ていて、あっちもこっちもと云う感じで、気がついた時は不味い!!と云う事に。

 色々な手を使いましたが、中々楽にならず、時間をかけるしかないなと思っていました。
そんな時、フッと何故かWiiのリモコンを手にしていました。
ん???、まぁ良いかとそのままやりました(笑)
いい加減なものですね、私も。

 やったのは「Wiiでスポーツ」
テニス、ゴルフ、ボーリング、ボクシング、野球。
先ずはトレーニング、そして体力測定。
やっている内に夢中になっていました。
ま、横で一緒にやっている妻が夢中になっているので、引き摺られたのもあると思いますが。
気がついたら、汗、汗、汗。
そして、被りは消えていました。
不思議と云うか、考えてみればそうかなと思いますが、集中した事と汗をかいた事で被りが消えてしまいました。
しかし、ゲームで汗をかくなんて、いやぁ久し振りです。
ずっと昔にゲーム作りをしていたり、ゲーセンで遊んでいた頃を思い出しました。
こう云う効用もあったのですね(笑)

頭と心

2008 - 11/06 [Thu] - 02:43

 霊能者も沢山いますが、感覚だけで動く人がやはり多いでしょうね。
訓練を受けていない、修行を積んでいない霊能者と云うのは、中々厄介なものです。
自分では力があるつもり、知識もあるつもり。
でも、その実は所詮アマチュアでしかなく、霊感で得たものと自分の作り上げたイメージとの混同があったり、間違った中途半端な知識で固定観念を持ってしまったりします。

 昔、私の修業時代に「プロの力量までつける事が出来る人は、千人に一人。その中でその道だけで生活して行ける人は、更に千人に一人」と言われた事を思い出します。
別に荒行をするだけが修行ではなし、御経を詠んだり勤行したり、信仰を持つ事だけが修行ではありません。
日常の、普通の社会生活の中で、自分の目指す境地を常に意識して生きる事は最も大きな修行です。
と同時に、やはり俗に云う修行と云うもの、そして本質的な信仰、しっかりとした知識と云うものは絶対不可欠です。

 感覚だけでも、知識だけでも、信仰だけでも、経験だけでもダメです。
全てを兼ね備えた時に、初めて本物と云える境地に至ると云えると思います。
また、更に上を目指し続ける事が、本物の条件と云えるでしょう。
相談に乗る様になったから、それで食べて行ける様になったから、上を目指す事を忘れてしまう人は多いですが、それでは段々と相談者の悩みに押し潰されて行きます。
常に自分を高く保ち、尚且つ、相談者と同じ目線に立ち、そして更に上なる境地を目指す。
この全てが揃う時、その人は無限の可能性を秘めた霊能者と云えるでしょう。

 頭で考えるのではなく、心で捉えるだけではなく、色々なものを総動員して、バランス良く統合されると良いですね。

誇りを持って

2008 - 11/05 [Wed] - 03:15

 山形へ出かけて来ました。
その間、ブログをお休みして申し訳ありませんでした。
山形で一泊、次の日が米沢。
やはり東京と異なり、夜になるとネオンの光も少なく、夜中には真っ暗とは言いませんが、東京とは比べ物にならない暗さでした。

 年を取る、また年数が経つ事で変化して来る事は沢山あります。
頭がボケる人、頭はしっかりしていても肉体が衰えて行きます。
また、年を取るに連れて段々と抑制が利かなくなって来る事もあります。
言わなくても良い事まで口にしてしまうとか、足腰が立たなくなるとか、またお洒落する気持ちすら消えてしまうとか。
また、気がついたら独ぼっちになっているとか。

 そんな事を感じた旅でした。
人は何の為に生きるのか?
守るべき大切なものって何だろうか?

 人が人らしく、自分が自分らしく生きて行く為に、失ってはいけないものがあります。
それが人としての尊厳であり、誇りです。
安っぽいプライドや、情念による固執は、自分自身を貶める事であり、自ら自分の誇りに傷をつける事になります。

 年をとっても、いつでも人と会話し、守るべき所は守り、妥協するべき所は妥協して、自分自身の人としての尊厳と、本当の意味での誇りを持っていたいものだと思います。

 今日、道場へ行って来ました。
若い皆は強く、スパーリングをやっていても、彼らに完全に圧倒する事等は不可能です。
現役の彼らのスピード、パワーには閉口します。
が、それでも気力は負けません。
老化は確実に進んでいて年齢相応よりは動けるし、元気だと思いますが、現役の空手家達に及ぶべくもありません。
が、それでも誇りを持って、自分が歩んで来た空手の道を信じ、全力でやっているとそれなりに頑張る事が出来ます。

 誇りは歩んで来た道、自分自身の努力と流した汗と血の量によるかもしれません。
自己を律し、毅然とした姿を保つ為に、気力だけはうしないたくないですね。

Wii がやって来た

2008 - 11/02 [Sun] - 00:00

 妻の母親が、くじ引きで何とWiiを当てて、あんた持って帰りなさいと云う事で、妻が持って帰って来ました。
ずっと昔、まだHDもマウスもなかった時代に、プログラムを組んでゲームを作ったりしていて、その後は初代のファミリーコンピュータや、プレイステーションを少しやっていましたたが、暫くもう何年もゲームとは御無沙汰でした。
学生の頃は良くゲームセンター、俗に云うゲーセンに出入りして遊んでいました。
ボードゲームが多かったですが、時にはシューティングやピンボール等をやって、結構上手かった覚えがあります。

 いやぁ、凄いですね。
映像と云い、その反応の良さと良い、やはり隔世の感があります。
もうこれは、ゲーム機と云うよりは殆どPCですね。
ネットにも繋がり、オンラインでゲームを買えたり、情報を知る事が出来たり。
でも、あのWii独特のコントローラーは、慣れが必要だなと思いました。
すぐに慣れるのですが、最初はちょっと戸惑いましたね。

 進化、進歩は、ある時、劇的に起るものだと云います。
停滞しているかの様に見える時期が続き、それでも段々と色々な智慧やエネルギーが貯まって行くのでしょうね。
突然に吹き出すかの様に、急激に変化が始まります。

 病も、ある時に急に楽になるとか、逆に突然に悪くなるとか云います。
治療を続けていても全く変化がなく、治らないのだろうか?と諦め始めた時に、ある日を境に急速に楽になって完治する。
悪くなる時も同じですね。
何ともなかったのが、夕方になって急に熱が出て、頭が痛くなって、咳が出始める。
そして寝込んでしまう。

 人の成長も同じです。
全く成長していないかの様に見える人が、ある日を境に急速に成長し、輝き始める。
そこに時間は関係ありません。
学ぶ事に対する真摯な姿勢と素直さ、真剣さ、真っ直ぐな純粋な心を持った人は、突然に成長し始めます。
私の許でも急速に伸びている人が出て来ています。
驚くべき変化は喜ばしいものです。
が、同時に伸びが遅い人に対して、早く伸びろよと云う思いも更に強くなっています。

 地道に、素直に、真摯に、そして真っ直ぐに、一つの道を追求して行く事が、ゲーム機でも社会でも、そして人でも、進化させる要因となるのでしょうね。

 ところで、明日から出張の為、ブログはお休みします。
月曜日の夜、ないしは火曜日から再会します。

縁が繋がり

2008 - 11/01 [Sat] - 04:18

 来る12月1日(月)~6日(土)まで、銀座の「ぎおん石」4Fで、福島県郡山市の「ギャラリーいわた」の磐田文男氏が陶芸の展示会を開催されます。
この方は私の尊敬する新極真会福島支部長である三瓶啓二師範の後援者であり、三瓶師範よりご紹介を戴いて御相談にずっと乗って来た方です。
陶芸に対する造詣がとても深く、東京で展示会が出来たらなぁと仰っていたので、ちょっと知っている銀座のお店を紹介しました。
この店は、京都のぎおんに本店がある石専門のお店で、オーナーが銀座に店舗を構えるのが夢だと云う事で、数年前に出来たお店です。
暫く御無沙汰していましたが、この店舗が開業した時にお祝いに出かけたりしていた事を思い出し、御紹介しました。
結果はとんとんと話が進んで、この度、展示会を開催される事が決まりました。

 こう云うちょっとした事も、人の御縁からですね。
一つ一つを大切にして行く事が、次へと繋がる。
とっても嬉しい事です。

いわたギャラリー展示会 いわたギャラリー展示会


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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


関連ブログです。
Adept・Mentor 島津成晃の独り言
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