感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2008年09月  

心と意思の力

2008 - 09/30 [Tue] - 02:31

 長く修行し、祈りって来た経験から言うと、人の心と意思の持つ力は無限であり、不可能を可能にする力があると思っています。
絶対的確信、揺らぎのない信念、純白の信仰、そう云うものは、時として奇跡を起こします。
修行とは、そう云う課程を経て、真に人間としての限界を超え、悟りへと近づくものだと思っています。
事実、修行をする中で、不可能であると思える事が可能になったりする事は再々あります。
それは空手をはじめとする武道でも同じ事を感じます。
最初に疑いを持った時点で、既に負けです。

 分析と検証、確実性は大切な事であり、見落としは許されない事も多々あります。
が、だからと云って、困難をして不可能と諦め、不安な気持ちを持つ事とは違います。
動いて結果が出始める事で徐々に確信を持って行く。
それは何もしていない普通人の考え方です。
修行者は、究極を目指している者は、理屈抜き、まず己を信じ、確信を持ち、不可能を可能とすると云う絶対的な意思を持つ事が先です。
その上に、現実的な検証をして、より実現へと近づけるのです。

 まず理屈ありき、論理ありき、確実性ありきは、修行者や能力者、武道家にとっては間違いだと思います。
まず、確信ありき、信念ありき、そして強い情熱ありき、であると思います。
その思いと意思があれば、強烈なオーラ、誰も止められない勢いが、不可能を可能としてくれます。

 真に真剣に究極を目指すと云う事は、今この瞬間、例え命を取られる事があろうとも悔いなしと云う真剣な覚悟と生き様の先にあると思います。
しっかりと前を向き、小賢しい理屈など歯牙にもかけない強い心と意思を持って欲しいと思います。

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月例会

2008 - 09/29 [Mon] - 03:48

 九月の月例会でした。
今日はハードでしたね。
いつもの事ですが。(笑)

 朝から気療。
そして不動明王の縁日で読経。
その後、護身法。
これが、皆が劇的に気が上がり、技量が上がり、集中力が高まっているので、竜巻が起きるかの様な気の巡りが部屋中に渦巻いて、気を抜くとクラクラしそうでした。

 そして、勉強会。
中身の濃い、深い話でしたね。
哲学的であり、仏教論、仏論、生きると云う事についての哲学、勉強会らしい深い内容になりました。

 その次が、霊視のトレーニング。
ある題材を皆で霊視すると云うものをやりましたが、全員がそれぞれある程度でしたがしっかりと感じ取り、全く的外れだった人は一人もいませんでした。
う~ん、皆、力がついて来ましたね。

 その後、治療師のA君のテスト。(笑)
私の身体をチェックし、治療して貰いました。
プロとしての技量を確かめ、検証する為でしたが、結果は見事に合格でした。
急速な彼の技量のアップには、彼の集中力と真面目さ、真摯な気持ちが大きく作用したと思います。
これで、安心して誰にでも紹介出来ます。
また、気療師の認定状を出そうと思います。
初めての合格者、免許皆伝ですね。

 その後は居残り組で色々と話しました。
深い話、面白い話が沢山出ました。
ここには書きませんが、前世透視も行い、衝撃的な事も見えて来ました。
う~ん、面白い。

 いつもながら、月例会は深く、厳しく、でもとても充実した楽しい時間でした。

嗜好品

2008 - 09/28 [Sun] - 04:03

 嗜好品と云えば、本来は嗜んで好む物と云う忌みで、味を味わう為に口にする物を指します。
お酒、お茶、タバコ等を表しますが、最近では好んで集めたり持ったりする物にもこの言葉が使われる様になって来ていますね。

 昨今、タバコに対する規制や社会批判が凄く高まっている気がします。
タバコの持つ害は確かにあります。
が、余りにも感情的になって、右へ倣えの様な騒ぎは戴けないですね。
曾てアメリカで起った禁酒法の様になってしまうのではないでしょうか?

 愛煙家であり、お酒の飲まない私からすれば、酒で乱れる方が余程迷惑だし、酔っ払いの放つ臭いは溜らないものがあります。
それこそ、気分が悪くなります。
何にしろ、好きな人には良い香りであり、嫌いな人には溜らなく嫌な臭いだと云う事ですね。

 どんな嗜好品も、曾て古代では全て薬として扱われていました。
それが、薬効以外の部分でも好まれて来た事から、嗜好品が生まれて来ています。
薬も毒も使い様です。
使い過ぎは良くないし、必要な時には使えば良い。

 タバコの吸い方を知らない自称愛煙家が、所構わず、無駄に吸うから迷惑が起きるのです。
本来は芳香を楽しむ為に、正しい吸い方と云うものがあります。
苛々するから、ストレス解消で、酒を飲むと云うのと同じ事です。
やけ酒など飲んでも、美味しくもなければ、楽しくもありません。
タバコも同じ。
苛々して吸っても何の効用もありません。
それこそ、害だけ。

 一口、ゆっくりと吸い、口の中に煙を溜めて、もう一息空気を吸います。
そうすると、タバコ本来の芳香が口の中に広がります。
そうやってゆったりと吸うと、それだけで煙の温度が下がり、呼吸器に対する負担も減ります。
そして、芳香に精神が安らぎます。
珈琲やお茶と同じです。

 ゆっくり味わう事、そのひと時を楽しむ事、本来の目的を忘れてしまうと、何をやっても百害あって一利なしです。
食事も同じ。
人との会話も同じ。
一つ一つの事を大切にして行きたいですね。
それが感性を豊かにし、余裕を生むと思います。

 マナーは大切ですが、何でもかんでも否定してしまう、そんな偏った感情的な考え方は好きではないですね。

何も書く気がしません

2008 - 09/27 [Sat] - 03:43

 とは云っても、このブログを楽しみに毎朝読んでくれている人がいると思うと、何か書かなきゃいけないですね。
そう云う小さな責任感を持ち続ける事、まだ見ぬ読者に対する思い、そして面接をして相談する人達が読んでくれている、そう云う事を忘れないで大切にして来た事が今に繋がっています。
いつも相談者の事は心にかけており、これから相談者になるかもしれない人達に対しても、私の正直な姿と言葉をお伝えしたいと思って始めたのがこのブログです。
人間を理解する、信頼するなんて、簡単な事ではありません。
ですから、こうしてブログを3年前から書き始め、HPはもう10年近く。
出来るだけ、私と云う人間の思いや考え方、姿勢、人柄等をお伝えして、それを読んで戴いて、これなら信頼出来るなと思って戴けたらご相談して欲しいと思っています。
ま、時には調子に乗って秘伝を書いてしまう事もあって、後でしまったと思いながらも、まぁ良いか・・・って。(笑)

 正直、毎日書くって、慣れはありますが、結構大変です。
何しろ学生時代、子供の頃も、日記なんてまともに書いた事がありません。
夏休みの絵日記なんて、いつも終わり頃にガーって書いて誤摩化していました。(笑)

 私はこの仕事を始める迄は無類の無口。
それが、学校の作文だけはいつも誉められていました。
喋らない分だけ、心の中に言葉が詰まっていたのかもしれないですね。
ラブレターなんか得意でした。
時々、友達のラブレターを代筆してやった事もあります。(笑)
上手く行くかどうかは、その彼の魅力次第なので責任は持ちませんが。(爆笑)
でも、その人の魅力と気持ちはちゃんと伝わる様に、時には万葉集の歌等も書いて伝えてあげていました。

 なんてツラツラ書いていると、何となく書けるものですね。
正直な私の言葉、これからも頑張って書きますので、宜しくお願いします。

得意分野

2008 - 09/26 [Fri] - 02:06

 殆ど毎週、木曜日の夜には二人の素敵な女性が、妻に英会話を習いに通って来ています。
基本はビジネス・イングリッシュですが、話は多岐にわたり、広がっている様です。
英会話が終わったら、私も加わって色々と話していると、時間を忘れて深夜まで話す事もしばしば。
二人共、とても魅力的な女性です。
きちんとした躾を家庭で受けていて、物事を真っ直ぐに見る事が出来、何事にも真剣に向き合っています。
また、二人共が霊感を持ち、それぞれ能力の方向は違いますが、かなりのレベルです。
一人は霊に対し強い感性を持ち、一人は洞察力と云う点で人並み外れた力を持っています。

 その内の一人が先週は大泣きをしました。
仕事で営業しなければいけないのですが、これが最大の苦手だったらしく、でもやらなければいけないと悩み抜いた様です。
話をしていて、段々と感情が高ぶって来て、大泣き。
カウンセリングしていて、最後には覚悟を決めたのか、スッキリして元気な顔で帰りましたが。

 それが今日は、あるイベントでプレゼンをして来たと云います。
そして、報告を聞いて皆で爆笑しました。
と云うか、首を捻ってしまいました。
そう云う場面では、全く平気で、何でも出来るし話せると。
確か営業が嫌だと泣いたのは彼女じゃなかったっけ???

 良く聞くと、営業で一本の電話をするよりも、10本のイベントをやった方が楽と言う。
何じゃそりゃ???
ま、兎に角、そう云う形でのやり方は大得意。
でも、一般の形での営業は大不得意と云う事が分りました。
ま、得意分野が分り、自信を取り戻したのですから、結果オーライ。

 もう一人の女性は、言葉に説得力があり、常に確信を持って仕事している、洞察力も人並み外れたものを持っている才媛です。
が、イベントは大の苦手との事。
不思議なものですね、人の得意不得意とは。

 誰でも一つは得意分野と云うものがある筈。
何が得意で何が苦手なのか、それをしっかり自覚しておきたいものです。
つい、日常の中で自分の得意分野を忘れてしまう事がありますね。
でも、それは財産です。
自分でも自覚し、他人にもそれをアッピール出来る様にしましょう。

 毎週の英会話の後の、女性に囲まれてする話は、仕事の話から日常の話まで多岐にわたり、とても楽しい時間です。

人生は旅路

2008 - 09/25 [Thu] - 03:34

 生きていると色々な事にぶつかり、苦しい事も楽しい事も悲しい事も嬉しい事もあります。
何かに向かって突き進む時、自然と人は気合いを入れているので、何も考えずとも頑張れるものです。
ですが、目標を失った時、何かを達成した時、その後はどうすれば良いのだろうかと空虚になってしまう事があります。
人生は旅路です。
徳川家康が言葉「人生は重き荷を背負うて歩むが如し」は、人生は辛いものだと云う前提の様な気がしますね。
確かにそう云う場面もあると思います。
でも、同時に「人生は喜びに満ちている」とも云えると思います。
ただ生きているだけで、人は美しく、輝いていると思います。
そして時折、自分が目指す目標を見つけた時、キラキラと強い輝きを放ちます。

 光り続ける事、それが一番大切な事だと思います。
生きる上での人生の目標、それは光り続ける事で目の前に現れて来ます。
人生は一生をかけた自分探し、そして人間は一生をかけて自分の立ち位置を作り上げようとします。
この世に生まれ出て来た意味、魂の本当の目的は、真剣に生きる中で導き出されます。
その為に、自分の心と魂と肉体を研ぎ澄まし、高めましょう。
護身法も武道も、趣味や日常も、その為にあります。
祈り、拝み、願い、鍛え、見つめる。

お彼岸

2008 - 09/24 [Wed] - 02:56

 こ今日は御彼岸の中日でしたね。
私も大分以前に父を癌で亡くしており、また祖父母も一人も生きていません。
親戚でも若くして亡くなった方は多く、こう云う日はやはり思い出してしまいます。
今日の供養では、参加してくれた人の多くが一緒に奠供(てんぐ、四智梵語)、そして理趣経を読経してくれました。
助法があると、本当に助かりますし、皆の気持ちが一つとなって、お経が朗々と流れ、広がります。

 常識論だと思いますが、宗教に対する信仰があるとかないとかは別としても、日本の文化としてお盆やお彼岸やご命日にはお墓やお寺などでご供養するのが、日本人として当り前の事と思っています。
人として当り前の事が出来ない人は、やはりどこか欠けていると思えます。
そう云う当り前の常識は身につけておきたいものですね。

 今日、こんな話がありました。
事情があってずっと昔に別れた夫婦が、二人共亡くなったので同じ墓に入れてはいけないだろうか?
そんなもの、駄目に決まっているじゃないですか。
常識ですね。
そんな事を安易に考えて、一緒になんて思う方がおかしい。
常識がないとしか思えません。

 同じ様に、常識をわきまえない人が増えている様に感じますね。
大切な集まりの時に、疲れているのか、すぐにウツラウツラと居眠りを始める。
非常識ですね。
と云うか、緊張がない。
だらしないと云う事ですね。

 また、日本人には多いのですが、病気自慢、あちらが痛いこちらが痛いと弱音を吐く。
だったら、早く治せ。
それを聞く側の気持ち等考えてもいないのでしょう。
悲劇のヒーローかヒロインにでもなったつもりでしょうか。
阿呆らしい。

 どうもだらしない、くだらない言動をする人が多くて、苛つきますね。
とは言え、そうじゃなくて期待出来る様な、生き生きした人も沢山います。
そう云う人は、どんどん応援したいですね。
真剣に学び、真剣に話を聞いてくれ、目がキラキラしている。
良いな、こう云う人。

 どんな生き方をしようと、どんな考え方をしようと、真剣に、一瞬を大切にして欲しいものですね。

発見

2008 - 09/23 [Tue] - 02:02

 今日、用事で隣り駅まで出かけて歩いていると、西洋家具のお店がありました。
そんな店がある事は全く知らず、聞いてみると創業61年だとか。
あらら、いつも来ている街なのに知らないお店があったと、新しい発見でした。

 元々、私は西洋の宮殿風の雰囲気が好きで、出来れば家も室内もそうしてしまいたいと思う位です。
ヨーロッパ党と云うのか、特に中世ヨーロッパの雰囲気が好きで、若い時に滞在していたスイスは第2の故郷だとさえ思っています。

 見つけたお店にあったものは、確かに安価ではないですが、無駄に高くもなく、納得出来る価格の物が揃っていました。
嬉しいですね、こう云う新しい発見は。

 また、いつもその街を訪れる時に立ち寄る喫茶店、珈琲専門店はビルの2階にあったのですが、今日行くと1階に降りていました。
聞くと暫く前からだと云う事で、そう云えば少し前からこの街を訪れていなかったなと思い、街も生きているのだと実感しました。

 まだまだ知らないお店や変わってしまった所があるのでしょうね。
小さな発見、でもその事がとても嬉しい一日でした。

心の中の光と闇

2008 - 09/22 [Mon] - 03:41

 スパイダーマン3をDVDで観ました。
最初のスパイダーマンから前作も観ていますが、アメコミのヒーローはバットマンやスーパーマンもそうですが、映画化されて行く中でよりハッキリ見えて来る事もありますね。
ヒーローは心の中の苦しみや闇を乗り越えてヒーローとなって行く。
そんな事が今回も描かれていました。
観方によるでしょうが、単なるエンターテイメント・アクションではないなと思いました。
結構、心を打たれるものがありました。

 人間は誰でも辛い想いも苦しい思いもして生きています。
そう云う感情が強過ぎると、心の中に闇を作り始めます。
そして光と闇の葛藤が始まります。
そのどちらに従うのか、それはその人の目指すものによって違って来るでしょう。
悔しさや恨み、怒りの感情は、単なる苦しみや辛さと違い、大きなエネルギーとなります。
それが方向転換すると、正にヒーローになるでしょうし、そのまま突き進むとヒールとなってしまうでしょう。

 しかし、そう云う葛藤を通じて人が成長して行くのも確かです。
葛藤のない、常に平静な心を保つ事が出来るのは理想ですが、そこを目指す事でいつか到達出来るのだと思います。
それを救いと云うのか、或いは悟りと云うのか、それは文化によるでしょう。
そして、光と闇は表裏一体。
密教でも「大魔王即大日如来」と云う言葉があります。
どちらを前面に出すか、それは己次第と云う事です。

 ヒーローが登場する映画には必ずこう云う話がバックヤードにありますね。
コンプレックスや、心の闇を、光に変える事が出来るのは、自分自身。
そう云うものをバネにして、転換し、昇華して行けたら良いですね。

力を抜く

2008 - 09/21 [Sun] - 03:32

 相談者の多くは、悩みを抱えているせいか身体も心も固まってしまっている事が多いですね。
今日もそんな男性が一人。
能面の様な顔をして来て、幾ら話をしても聞いているのか聞いていないのか、同じ話を繰り返す。
で、座らせて身体を揺すって、さすって、弛めてやると・・・。
とたんにリラックスして、心まで解放されたのか笑顔が。
さっきとは打って変わってニコニコ。
これはに私も爆笑しました。(笑)
彼は霊媒体質でもあり、御彼岸の近い事もあって、他の色々な悩みやプレッシャーに加えて、そう云う面からも心身が硬直してしまっていました。

 いつもそうですが、こうやって劇的に顔が変わると、人格が変わったみたいに話す言葉まで変わり、さっきまでとは全く違う反応で素直になってしまう。
まるで演技していたかの様に激変します。
ストレスって、本当に全てを固くしてしまって、何に対しても過剰反応してしまい、誰が何を言っても聞く耳を持たなくなってしまうのですね。
こう云う時は何を言っても無駄。
まずリラックスさせる事。
昨日も同じ様な反応の女性が来ていました。
彼女も同じく霊能者であり、やはり色々な影響を受けてしまっていた様です。

 心の状態って、本当に身体にもの凄く影響し、思考能力まで低下させて、五感も鈍くなってしまうのですね。

 ところで、今日はスティーブン・セガールの新作DVD「沈黙の報復」を見ました。
画面が暗い場面が多いので、部屋の明かりを落として、音は5.1サラウンド。
まるで映画館です。
画面の大きさは全く違いますけどね。
相変わらずの強さと、冷酷さ。
あの凄みは迫力がありますね。
彼は本当に合気道八段と云う話もあり、他にも多種の武道を修めているそうです。
本当に強い男の演技と云うのは、やっぱりどこか違うものですね。
こう云う暴力的な映画が良いか悪いかは別として、男としてはあの強さとクールさには憧れを持ちます。

本当の自分

2008 - 09/20 [Sat] - 03:07

 自分の顔は自分では見えないと云いますね。
一番知っているつもりで、実は一番分っていないのが自分自身ではないかと思います。
今やっている言動の原点は、小さな頃の親から言われた一言がトラウマや躾となって、それが今の自分を形作っているかもしれません。
嫌な事があっても、他の理由でそこに眼をつぶらなければいけない時、無意識に眼を逸らし、自分の本当の心を抑制してしまっているかもしれません。
何かのきっかけでそこに気づいた時、自分自身が一番驚き、愕然とする、そんなものかもしれませんね。

 自己暗示ではなく、無意識に作り上げて来た自分。
本当の自分ではなく、世間で生きる為に自然と作り上げてしまった自分と云うものは、それが独り歩きします。
そして、常に本当の自分とのギャップで、迷ったり、悩んだりしながら、それでもその作り上げた自分を演じる事でしか生きられないと思い込んでしまいます。

 そうやって生きると、身体を流れる気も乱れ、滞って来ます。
常にストレスを無自覚に抱えているのですから当然です。
ですから、護身法等の修行を始めると、気のレベルが上がる為に辛くなって来ます。
乱れや滞りが明確に分って来るからです。
特に霊能者はそう云うジレンマを抱えて生きている人が多いですね。

 自分が自分らしく、本当の自分でいられる為には、きっかけも必要ですし、背中を押してくれる人も必要です。
そして、何よりもそれが一番心地良く、裏表がなくてスッキリしていて、嘘がないと云う事を知り、それを貫く強さも必要ですね。
人はどんな生き方をしようと、自分らしくいようと、作り上げた自分を演じようと、他人からは賛否両論あるものです。
それを恐れていては生きられません。

 本当の自分を取り戻して、自分らしく生きたいですね。
真に解放される為に。

深呼吸

2008 - 09/19 [Fri] - 03:10

 世の中も経済も、そして政治も、何だか全てが止まった感がありますね。
新陳代謝の前の、嵐の前の静けさの様なものでしょうか?
動き出しそうな予感、予兆はあります。
政治でも総裁選や民主党の党首選等、動きは出始めていますが、それが世間の閉塞感を打ち破れるかどうか?
アメリカ有数の証券会社が倒産し、世界に影響しそうな感じ。
中東での戦争はずっと続き、世界のあちこちで起きている紛争も止まる所を知らず。
何だか、八方塞がりに感じますね。
お彼岸が近いせいもあるのでしょうか?

 でも、負けていられません。
世の中が止まっても、全てが止まっても、自分が竜巻を起こしていれば、きっと何かが変わります。
取り敢えず、砂埃位は立つでしょうし、塵も積もれば山となるかもしれませんし、周囲から何かを巻き込む事が出来るかもしれません。

 大きく深呼吸をして、新鮮な空気をいっぱい吸いましょう。
そして、思い切り吐き出しましょう。
節々を伸ばして、固まった身体と心を解放しましょう。
護身法をやっても、勤行をしても、先祖の供養をしても、沈んだ、閉ざした心では気も流れず、オーラも出ません。
全てを解放して、大きな深呼吸をして、気を流し、オーラを全身から出しましょう。
今出来る事、今やらなければいけない事を精一杯やりましょう。
周囲の閉塞感に引き摺られても、何の得もありません。

原点に還る

2008 - 09/18 [Thu] - 02:33

 「初心忘るるべからず」と云いますが、日常の中で忙しさや色々なプレッシャーの中では忘れてしまう事が良くありますね。
最初に持った感動や意気込み、大切な事を、つい忘れてしまう。
誰にでもある事です。
初めて仕事に就いた時の緊張、先輩から教わった事、初任給を得た時の感動、好きな人が出来た時のワクワク感、初めて恋人の手に触れた時のドキドキ、結婚式での感動、新しい家に住んだ時の嬉しさ、何かを習い始めた時に習った基本、そんなものが時間と共に通り過ぎて行って、薄れて行ってしまう。

 疲れた時、何かのプレッシャーで煮詰まってしまった時、何となく心や意識と身体にバラバラ感がある時、そんな時は原点に還ってみると良いですね。
あの時はこんな感じだったな~、そう云えばこう云う事で感動したんだっけ、こんな事で悩んだりしな、等などとつらつらと考えて行くと、ハッと気づかされる事が必ずあります。

 昔、極真空手の大山倍達総裁が「基本が全て。基本を徹底的にやった人に比べたら、やらなかった人間は子供扱いだ。」と言った事があります。
今、空手を始めてから40年経ってみると、その意味が分かります。
拳の握り方一つ、手の出し方一つ、未だに悩み研究しています。

 修行でも、護身法は基本であり、奥義です。
でも日常の作法や修行の中で、その大切さは失われて来ました。
護身法を完全に仕上げると、他はその応用でしかない。
その事に気づくまで、私も長い時を要しました。

 基本、原点は、始まりであり、究極だと思います。
何かの時に原点に還り、基本を思い出すと、道が開く事が良くあります。
私も何度もそれを繰り返し、困難を乗り越えた気がします。

 たまには、昔を振り返るのも良い事があるものですよ。
昔を振り返って、あの時は良かったなとか、嫌な事を思い出して嘆き悲しんでも意味はないですけれどね。

公開しました

2008 - 09/17 [Wed] - 03:13

 今日からフォト蔵の写真を一般公開しました。
プライバシーにあまり影響のなさそうな物だけを選んでアップしていますが、もし問題があったら知らせて下さい。
すぐに削除します。

 フォト蔵の写真は、私の趣味でもあるカメラで撮ったものです。
今使っているのは、PENTAXのデジタルカメラ、K10Dです。
以前は同じくPENTAXのZー1を使っていました。

 サイドバーで、フラッシュ形式でスライドショーをしていますので、気になる写真があったらクリックしてみて下さい。
フォト蔵の写真が開きます。

 また、今日は「霊能者と仲間達」のブログもアップしました。
どうぞご覧になって下さい。

役割

2008 - 09/16 [Tue] - 01:58

 人が集まる時、人には役割と云うものが生じます。
その場を締める役割、盛り上げる役割、場を保つ役割、誰かを支える役割、誰かを守る役割、教える役割、繋ぐ役割、等々と考えたら幾らでも出て来ますね。

 人が役割をきちんと果たす為には、その場や関わる人の顔をちゃんと見て、心を読んで、また立場をちゃんと考えて、相手の尊厳を意識して、自分がやるべき事を考え、実行して行かなければいけません。
そう云う事を失念すると、きちんと役割を果たす事が出来なくなります。

 一つの事を始めると他が疎かになる人は多いですが、人は常に幾つかの複数の立場の中で生きていますから、何かに囚われて他が疎かになってしまったら、役割を果たせなくなってしまって、自ら評価を下げる事になってしまいます。
マルチタスクは、こう云う場面でも必要であり、大切だと云う事ですね。

 仕事が忙しいから、他の事は出来なくなってしまう様では、余裕がない、潤いのない、つまらない人と云う事になってしまいます。
家庭が大切でそちらにばかり向いていては、外との付き合いが出来なくなってしまいます。
遊びに囚われてしまったら、もっと最悪。
マルチで役割を与えられた人は、一つの事に囚われてしまって余裕がなければ、それだけの人物としか見られません。
折角与えられた役割を全う出来ず、その名誉を失ってしまうでしょう。

 バランス良く、いつも余裕を持って、その場の空気を読んで、どの場面でも役割を果たせる様になりたいですね。
器用貧乏ではなく、また八方美人と云う事でもなく、心がこもった対応がいつでも出来る器量を持ちたいものです。

静かな心

2008 - 09/15 [Mon] - 02:41

 何をする時も静かな心でいたいと云う事は、不動心と云う言葉で以前に書きましたが、穏やかで囚われない心で、いつも明るく、楽しく行きたいものですね。
喜怒哀楽は人間の本質であり、だからこそ人は豊かで美しく、また悲しくもあると思います。
信念、ポリシー、誇り、プライド、色々な言葉で言い表しますが、どれも生き方を規定している大切な部分であると思いますが、もっと大きな広い眼で見た時、それはその人の世界観や社会観の中で、自分の立ち位置、ポジションを作る為でもあると云えます。
と云う事は、それは言葉を変えると固執と云えなくもありませんね。
固執、執着、それは己を縛るものにもなり、また己を高めるものでもあります。
物事は表裏一体、毒にも薬にもなりますし、善にも悪にもなります。

 自由な心、穏やかで自然で静かな揺らがない心を持とうとする時、そう云う固執や執着は妄執となりかねません。
と同時に、そこに至るまでの課程として、そう云う己を律するものは絶対必要不可欠。
と考えると、やはり段階なのですね。
こうあらねばならないと自分を徹底して縛る時期、そしてそうやって生き抜いて行く中で色々と見聞きし、経験し、感じて行く中で、いつかそこから卒業して解放される時。

 同じく、この社会の中ではこうあらねば生きて行けない。
しかし、あの世界の中ではそれは通用しないし、別の考え方生き方でないと生きて行けない。
どこにでも通用する基本的なものと云うのはあります。
そこに辿り着くまでは、あっちで合わし、こっちで合わし、混乱し、迷い、固執しながら学んで行くのだろうと思います。

 修行、宗教は、そう云う所に意味があります。
この宗教が最高、この修行で悟りを得る。
それは一つの道筋でしかありません。
本当の修行は日常の中にこそ存在しています。
修行で感じ、鍛え、そして宗教で学び、考え、そしてそれを日常の中で試し、生かす。
その繰り返しの中で、己を知り、世間を知り、世界を知って行きます。
長年修行して来ましたが、正直な所、悟りって何だ?と云う感じですね。
ま、己を知る事と云う事でしょうか。
まだまだ涅槃寂静と云う境地には程遠いですしね。(笑)

 どこでも、どんな時でも、生き抜いて行ける強さと柔軟性は、そうやってしか身に付いて行かないのだろうと思います。
ですから、色々な集まり、社会を経験し、出来るだけ多くの価値観や広いジャンルや年齢の人と出会う事はとても大切に思います。

思いを表現する

2008 - 09/14 [Sun] - 02:37

 このブログでも再々書いている事ですが、会話をしなければ何も始まりません。
好きな人がいたら、ちゃんと自分の気持ちを表現して伝えなければ、「言わなくても分るだろう」って、そんなの分る訳ないだろう!!って言いたくなります。
相手は神様じゃあるまいし、伝わる訳がありません。
また、本気で相手を思わなければ、例え言葉にしても、幾ら表現しても、伝わりません。

 以前、何かの話で元詐欺師と云う人の話、スパイだった人の話等を聞いた事があります。
人を騙す、取り込む、その気にさせるには、自己暗示でも自分でその瞬間だけ、本気で相手を好きになる事だそうです。
そうすると、言葉も表現も顔つきも目つきも変わり、相手も自分を好きになってくれる。
そうなったら、後は簡単、だそうです。
確かにそうだなと思います。
私も相談者と接する時、他人事ではなく我が事として受け止め、一緒に考え、何とかしたいと心の底から思う様にしています。
そう云う意味では、その瞬間は本当に相手を好きになっています。
その気持ちがずっと持続するかどうかは、その相手次第ですが。
相談者が帰った瞬間にスイッチがオフになる人もいれば、ずっと続く人もいます。

 仕事をしていても、表現って凄く大切ですね。
自分が誇りを持って、本当に好きになった商品は売れます。
そこに一点の曇りでもあれば、それは絶対に売れません。
コピーライトするにも、ポスターを作るにしても、その物に対する愛情がなければ血が通わず、伝わりません。

 空手等の武道でも同じ。
相手の気持ちになって、同調して、ちゃんと会話すれば相手の攻撃が見えて来ます。
良い会話は良い組手に繋がります。

 祈願や供養や加持の時も同じです。
真剣に、心の底から、相手に良くなって欲しい、楽になって欲しいと云う気持ち、その苦しみを共有してでも何とかしてあげたいと云う純粋な気持ちと覚悟がないと、絶対に効きません。
面倒、邪魔臭い、鬱陶しい、腹立たしい、怖い、そんな中途半端な気持ちが、潜在意識の片隅にでもあれば、祈りも加持もそれは絵空事、パフォーマンスになってしまいます。

 テクニックの問題ではなく、心がこもっているか、真剣に思っているか、相手に分って欲しいと思うか、そこが大切なのだろうなと思います。

不動心

2008 - 09/13 [Sat] - 03:18

 いつも揺らがない心で、静かな気持ちで、クールに生きられたら良いですね。
その理想像が不動心と云われます。

 人がモチベーションをあげる時、また保つ時、感情導入をする人、感情を全く入れない人、揺らぎながら徐々にモチベーションを上げて行く人、いきなりスイッチが入る人、色々いますね。
私は場面によって、当る事によって違います。
スッとクールになる時、いきなりスイッチが入る時、じっくり考えながら観察しながらモチベーションが上がる時、どんどん深みにはまる様に感情導入して行く時。
ただ、スイッチが入った後は、どの状態でもどこか心と頭の一部が冷静さを保ち、それが崩れる事はありません。
長年の職業訓練と云うものでしょうか。

 ただ、どの方法にしろ、その状態を維持する為には体力と気力の充実が不可欠です。
でないと、どこかで不安を持ってしまい、その一瞬の不安が命取りになる事があります。
不安は迷いを呼び、真の力を出す事を邪魔します。
信じる事、それが自己暗示であっても、絶対的自信は欠かせませんね。
特に霊的なものに対する時、絶対条件です。
恐怖や不安は、霊につけこまれます。

 不動心、いつも持っていたいものです。

 今日、新しくまたブログをリンクしました。
相談者の一人で、鍼灸師の男性のブログです。
読んでみて下さい。
「金枝玉葉」

コントロール

2008 - 09/12 [Fri] - 01:53

 誰よりも知っているつもりで、一番分っていないのは、自分自身。
誰よりもコントロールしているつもりで、一番甘やかしているのが自分自身。
一番、自分が嘘をついてごまかすのが、自分自身の心。
自分の顔は自分で見えないと云う様に、実は一番厄介なものです。
何かの問題を人は外に求めてしまいます。
空気が悪いから、環境が悪いから、仕事が大変だから、誰それが悪いから、ストレスがあるから、と責任を転嫁してしまいます。
実際、その通りで外に原因があって、それが色々なストレスを生んでいる事も確かです。
被りや憑依等は正に相手に原因があります。
が、それ以上に自分自身の生き方や心の状態、考え方、人との距離感、自分の本当の気持ちに眼をつぶってしまうと云う事が原因を作っている場合が多いですね。
被りも憑依も、それを起こす相手は所詮は他人です。
それを受けてしまうのは、やはり弱さだったり、甘さだったり、距離感の間違いだったり、他人事に興味を持ってしまったりする事が原因となる事も多い。
また、恐怖を感じる事で、弱さを相手に見せてしまう事が、つけ込まれる原因になったりもします。

 問題が起きた時、短絡的にあれをすれば・・・、この薬を飲めば・・・、と解決策を手近で見つけようとするのも、同じ事です。
それよりも、自分の事をもう一度、冷静になって見つめ直して、変えるべき事や直すべき事、本当に自分の心に正直であるかどうか、そう云う事を意識した方が、本当の意味で根本解決になります。
対症療法は、所詮はその場しのぎ。
過ぎ去ってしまえば、また同じ事の繰り返しとなります。

 意識の持ち方一つで、人は幾らでも魅力的になる事が出来ます。
そうやって変化し、劇的に変わって来ている人を見ています。
透明感、素直、真っ直ぐ、そして広い視野、偏らない価値観、柔軟性、そう云うものがその人の輝きを強くします。
強い意思を持って、スッキリとした生き方、したいですね。

心にかける

2008 - 09/11 [Thu] - 03:34

 私の仕事はいつも誰かとの縁で繋がっています。
ですから、相談者や関わった人の事は常に心のどこかにあります。
中でも気になる人や、大切に思う人の事は、常に心にかけています。
そうしていると、メール一つ、電話一本でその人の事が手に取る様に分かります。
調子が良いか悪いか、そんな事が伝わって来ます。
そして、調子が悪い時はパワーを送り、時には遠隔でガードします。

 今日、新しいリンクをHPに載せました。
以前から載せていますが、「COFFEE NOTE」と云う京都人がやっている絶品コーヒーのお店。
それから、「眞技建」と云う、防水のプロ集団の会社。
二つとも、バナーがありませんので、私がチャカチャカと作って載せました。
どちらも相談者で、経営のご相談を受けたりしていますが、とても愛すべき人柄です。

 こう云う御縁、大切にして行きたいですね。

無事に復活

2008 - 09/10 [Wed] - 02:33

 昨日、突然死したバッテリーを苦労して交換し、愛車は復活しました。
と云うか、元の調子の良い状態に戻りました。
今思えば、やはりバッテリーが弱っていた影響が出ていたと分かります。
今日の愛車はすこぶる調子良く、エンジンがブンブン回っていました。
と云う訳で、無事に愛車を駆って道場へ。

 今日は出稽古に来た埼玉のT君もいて、昨日身体を調整したK君も、そして新しく入ったR君もいました。
皆、元気で、明るく、真剣に練習していました。
いつも指導してくれているI君は仕事で徳島まで車で移動中と云うメールが、帰りに入って来ました。
本当かよ???
そりゃ辛い仕事だなと思いましたが、頑張っていますね。

 代わりに若いY君が指導。
初めて参加しましたが、リズム良く、良かったですね。
途中から師範に変わりましたが、彼の指導も悪くないなと思いました。

 そんなこんなで、最後は恒例のスパーリング。
皆、元気が良くて、強くなって、これは大変。
でも、だから楽しいし、心が通じる気がします。
痣も突き指も、また楽しですね。

 真剣に打ち込める事があると云うのは幸せです。
今の時代に何を好き好んで、痛い思いをして空手をやるのかと云う人もいますが、真剣に人と向き合って会話する時間が持てる場所は、そう沢山はありません。
全身で会話する。
勿論、声を掛け合い、励まし合う。
そこから生まれる信頼は、人生の大切な柱となって行くでしょう。

突然死と復活

2008 - 09/09 [Tue] - 01:55

 今日、駐車場に猫が良く入り込んで粗相をしたり、足跡を愛車につけるので、猫除けの方法を施しに駐車場に向かいました。
それが終わって戻ろうとした時、何となく愛車が気になってドアのキーを捻ると・・・・・、そのドアのロックだけが外れました。
愛車はエアーで全てのドアが一斉に開く筈、それが開かないと云う事は・・・、と慌ててイグニッションを捻ると・・・死んでました。
バッテリーが上がっていました。
で、充電器を取り出してバッテリーのレベルを計ると・・・無反応。
つまり、完全に上がってしまっていて、この状態では充電器では充電不可能。
完全にバッテリーが死んでいました。
週に一度程度しか乗らないので、そう云う状態の車のバッテリーは3~4年しか寿命が持たないと云う事は知っていましたが、まるで突然死の様にバッテリーが上がっているのは、これで2度目。
ふ~、困ったなと思いながら、弟子のK君が今日は来る日なので、電話して途中で買って来て貰う事にしました。

 K君、あちこち探してくれた様で、途中で電話をくれて型番を確かめてくれたりして、買って来てくれました。
奥さんや彼の会社の社員の女性も同行していて、嫌な顔一つせずに買って来てくれた面々に感謝です。
こう云う人がいてくれる事が、とても嬉しいですね。
重い思いをして持って来てくれたバッテリーは、駐車場にあります。
明日、取り付けをして愛車を生き返らせます。
まるで呼ばれた様な偶然、良くあるのですよ、こう云う事が。
手入れしてくれ~、そろそろ問題が・・・、と愛車が呼ぶかの様に、そう云うタイミングで駐車場に向かう事があります。
そして、そう云う時、やはり・・・と云う事が度々。
これからは、バッテリーも2~3年経ったら、時々は充電する様にしないといけないなと反省しています。

 そして、今日来ていた人の中に、空手道場で頑張っている理科実験教室の先生がいました。
その彼、凄く頑張り屋なのに、1年も経ってまだ身体も固く、足も上がりません。
これはおかしいぞと思って、今日は身体をチェックしてみました。
案の定、骨盤と背骨に歪み。
それも、かなりのレベルでした。
これじゃ、腰が動かないから無理もない。
と云う事で、今日同じく来ていた鍼灸・マッサージ・気功の出来る治療師と私の二人掛かりでゴキゴキ。
そしたら、劇的に変化しました。
その瞬間から足も上がり、柔軟性もかなり上がりました。

 その後、今日は8日で佛舎利の日なのでお参り。
依頼された癌の遠隔祈願を行い、私は思い切りへばりました。(苦笑)
エネルギーを使い果たした感じです。
いつもそうですが、遠隔は命を削る感覚ですね。

 今日は、突然死と劇的な復活劇の一日だった様です。

楽しい時間

2008 - 09/08 [Mon] - 03:07

 昔から言っている事ですが、人生は楽しむ為にあると思っています。
苦しむだけ、頑張るだけ、耐えるだけの時間は、人生の一部でしかないと思います。
楽しむ為に、そう云う時間があるのだと思います。
今のこの時間が、何れ自分らしく生きる為にあり、楽しい時間を持つ為にある。
人生は天気と同じです。
晴れる時もあれば、曇りの時もあり、雨の時も雪の時も、そして嵐の時もあります。
時間は必ず過ぎて行きます。
耐える時、苦しい時、頑張る時が過ぎたら、ゆったりとリラックスして楽しい時間が必ずいつかはやって来ます。
その時を早く迎える為に、そう云う辛い時間の過ごし方と考え方が大切です。
ただ耐えるだけ、ただ頑張るだけ、それではいつまで経ってもステップは上がりません。
どうすればそこから抜け出せるか、どうすれば上に行けるか、どうすれば楽しい人生になるか、強い意思と深い洞察力と幅広い視野、そして柔軟な価値観で、判断し決断し、行動しなければいけません。

 夢や理想は実現する為にあります。
いつの日か、到達する事を信じて、頑張りましょう。
そして、頑張って来た人は、お疲れ様でした。
次の時が来るまで、リラックスして自分らしさを取り戻して下さい。

変化

2008 - 09/07 [Sun] - 02:34

 どんどん変化の報告が入って来ています。
仕事がどんどん広がる人、今までなかった居場所が出来てきつつある人、転職が成功した人、そして引っ越しを明日に控えた人。
他にも、今日髪を切りに行った美容院の担当者が今月で辞めて他の店に移るとの事。
今年は凄いですね。
政界は激動し、経済も大きく変化し揺れ動き、それに伴って景気も物価もグチャグチャ。
世界を見渡せば、例年以上にあちこちで紛争が起き、世界地図も書き換えられて行く様な兆し。
世界経済も激変の兆しがあり、経済そのもののあり方が変化して行きそうな予感。
私の周囲でもこうして次々と変化の報告が来ています。

 正統な道、正道を歩く時、それは時間がかかっても必ずどこかへ到達し、光りへと導いてくれます。
が、ここで姑息だったり、狡っ辛い計算があったり、仁義をわきまえないと、いつか必ず抜き差しならない事態が目の前に現れ、足を掬われます。

 人世は一瞬として止まっていません。
常に変動し、変化しています。
それが段々とエネルギーを蓄え、ある時、一瞬で起ったかの様な顔を見せながら大きく変化します。
その変化はその時に起ったのではなく、それまでの積み重ねの中から生まれた必然。
ですから、それまでに培って来たものが全て吹き出して来ます。
正道を歩く者は正道へ、邪道を歩く者は邪道へと歩みを自然と進めます。
自分が未来を選択し、決定しているのですね。

 真っ直ぐな、綺麗な気持ちで、縁を大切にして、仁義をわきまえて、広い視野と柔軟な価値観とチャレンジ精神を持って、突き進んで行きたいものです。
それまでの過去に、後足で砂をかける様な真似は、天に唾するのと同じで自分に返って来ます。
綺麗に行きたいものですね。

それぞれの感覚

2008 - 09/06 [Sat] - 03:19

 人それぞれ感覚が違いますね。
同じものを見ても、全く違う解釈だったり、受け取るものが違ったり。
仕事をしていても、同じ話を聞き、同じ様に考えているのに、見ている目線が全く違っていて、それを互いに照らし合わせると凄く上手く発展したり。

 私は色や形、動き、匂い、そして音に敏感です。
妻や母の洋服選びに付き合うと、その洋服を見ただけで似合うかどうか一目で分かります。
色や形が合うかどうか、本能的にイメージ出来てしまうのですね。
ですから、デザインにもどうやら人一倍うるさい様です。(笑)
ブログでもHPでも、デザインのテンプレートや素材等、全てに目を通して、納得行ってから使います。
これ位で良いと云う妥協が出来ません。

 また空手を長年やっているせいもあり、人や物の動きには敏感です。
眼の隅で何かがチラッと動いただけで、そちらに眼が向いてしまいます。
別に危険を感じている訳ではないのですが、身に染み付いています。
外国等で良くスリに遭うと云いますが、この癖のお陰か人との距離を意識するので、未だ曾て遭った事はありません。
また、仕事でも相談者の何気ない動きが眼に入り、そこから心理状態や意識が読めてしまう事もあります。

 匂いについては、好きな匂いと嫌いな匂いがあり、強い匂いは苦手です。
ですから、夏の木の葉っぱから出る匂いは、時として苦痛だったりします。
アロマセラピーで使われるアロマオイルも、私には強過ぎて苦痛でしかありません。
また、私は愛煙家ですが、体調次第で吐き出す煙の匂いが違います。
そんな事で自己チェックをしていたりもします。
霊や因縁がまとわりついている人は、やはり嫌な臭いがする事がありますね。
独特の異臭を感じます。
これは鼻が嗅いでいる訳ではないのでしょうが、私には我慢し難い臭いとして感じます。

 そして、音にもとても敏感です。
10代20代の頃、クラシックギターやフラメンコギター、ジャズトランペット、クラシックピアノ、エレクトーン、和太鼓等をやっていたので、耳が発達した様です。
そのお陰かどうか、逆に大きな音は苦手です。
その癖、雷の音は大好き。(笑)
勝手ですね。

 妻は光りにはとても敏感です。
蛍光灯のチラツキ等、私が気づかない程度でも気になってしまう。
匂いにもとても敏感ですね。
敏感な私が気づかない匂いでも、彼女は気になってしまう。

 そんな、人それぞれ異なる感覚が、その人の育った環境や意識を表してくれます。
それを上手く使うと、互いの意見交換や目的への近道になったりします。
五感って凄く大切なんだなと思いますね。
また、五感が正常に働かない時、何かの作用か疲労か、そう云う判断も出来ますね。
霊的な影響や被りのある時は、眼が見えなくなって視野が狭くなりますし、耳も聞こえ辛くなって来ます。

楽しい時間

2008 - 09/05 [Fri] - 02:33

 今日は、先日行われた新極真会のドリームカップに友人である空手家岐神空手神谷道場の道場主である神谷師範に会って来ました。
その時の写真を、スタッフの会社G-Freudeで扱っている Movie Photograph を使ってスライドショーにしたので、それを渡しに。
その後、道場の練習を見学し、終わってから軽く居酒屋で歓談しました。
道場の事、空手の事、共通の友人であった昨年亡くなられた新極真会総本部の伊師師範の思い出話、その他色々な話が出て、とても有意義で楽しい時間でした。

 彼とは伊師師範を通じて知り合いました。
とても純粋で、今日の稽古を見ていても、その真摯な姿には感動すら覚えます。
また、道場生である少年部の子達が試合に出る時、一緒になって応援し、勝っても負けても一緒に涙する姿、そして伊師師範の思い出話をする時、目に涙を浮かべて話すその姿は、彼の真っ直ぐな心の姿だと思います。
傍らでアクションを中心に俳優業もやっており、そちらでの活躍も期待したい所です。

 武道家とはロマンチストで、見た目は怖くとも、とても優しく純粋な方が多いのですが、彼ほど真っ直ぐで純な空手家は少ないと思います。
亡くなられた伊師師範が、やはりそう云う人でした。
この人になら、もし子供がいたら預けたい、そう思える人です。
もちろん、彼は俳優もやっている位ですから、中々のイケメンですよ。

 こう云う時間を与えてくれたのは、空手と伊師師範のお陰です。
大切にして行きたいですね。

暑さのせいか

2008 - 09/04 [Thu] - 02:59

 何だかニュースでも嫌な事件が多く報道され、挙げ句の果てには自民党総理の辞任劇、そしてその後の後継問題が取沙汰されて、怪しい爺様達が色々と画策している様な。
私も暑さのせいか何となく苛々し、頭痛まで出る始末。

 適度な気温と湿度、環境と云うのはとても大切ですね。
不快と云う言葉がピッタリですが、自分を取り巻くものが自分に心地良いものでないと、ストレスが溜って来ます。
肉体への影響は心に反映され、心への影響は肉体へ反映されます。
どちらも同じ不快感。
そして、感情を逆撫でします。
で、苛々したり、酷い時は感情失禁と云って、やたらと涙脆くなったり、怒りっぽくなったり、感情のコントロールが利かなくなって来ます。

 その上、霊なんかいた日には最悪です。
笑い話ですが霊に向かって「殺すぞ」って言いたくなります。
それが、霊も既に死んでいるのに死ぬのが怖いのか、ビクッとするから笑えます。(爆笑)

 そんな時に救いはあるもので、ちょっと出かけた時にエスカレーターで出会った女の子。
私の顔を見て、天使の様な笑顔でニコーッとして、指を一本立てて・・・。
何の意味があったのか、何れにしろ癒され、そして大爆笑した一瞬でした。

 ちょっとした事が、人間の余裕をなくしてしまいます。
環境のコントロール、意識しましょうね。

プロの話術

2008 - 09/03 [Wed] - 02:54

 Mentor(メンター)と云う仕事は、相談に乗り、カウンセリングし、コンサルティングをし、そしてアドバイスをする仕事です。
時には、その方に必要な仕事をしている人、弁護士やその他の仕事の方を紹介する事もあります。
相談の内容はそれぞれ、十人十色と云いますが、本当にあらゆる種類があります。

 まずお会いして話を聞く。
ここで心の中にある、相談者自身も気づいていない様な事が、言葉の中から見えて来ます。
それを引き出すコツ、これは教えられません。
あるタイミングでこちらから質問をします。
ここは職人芸なのです。
ですから、こうだと云うマニュアルはありません。
ニオイがすると云うのが正しいでしょうか。
その時に、質問をします。
それを何度か繰り返す中で、本音や本人も気づいていなかった本当の気持ちが表面に出て来て、話し始めます。

 そして、カウンセリングとコンサルティング、アドバイス。
ここでも、「これが正しい」「こうしなさい」では、相手は納得しません。
理論、理屈が通っているのは当然。
ちゃんと相手が理解出来る様に説明する。
と同時に、相手の心に訴えかける事が必要です。
これも、どうやると一言で言えません。
その相手の理解出来る言葉と云うものを選んで、時には何度もあの手この手で繰り返し説明します。
そして、腑に落ちた時、相談者の顔が途端にパーッと明るくなったり、緩んだりします。

 基本的に、元気にして勇気をあげる仕事だと思います。
ですから、相手と信頼関係を結ぶ技術があります。
それは、単にテクニックではなく、伝えたいと心の底から思う事で生まれて来る表情や言葉。
マニュアルで学んだだけのテクニックは通用しません。
プロの話術と云うものは、計算と論理の上に成り立ちますが、それに加えて心が必要です。
最終的には人間力と云うのでしょうか。

ネットワーク

2008 - 09/02 [Tue] - 03:00

 何が大切って、やっぱり人脈、人の縁ですよね。
これを大切にして、互いの信頼関係を大切にして行くと、それが大きく広がって行きます。
そして、それがネットワークとなって行きます。
遊びでも仕事でも、また日常でも、このネットワークがとっても力を発揮してくれます。
この仕事の時は誰々に回そう、あの仕事ならこっち、こう云う用事ならあの人に頼もう、こう云う時はあっちの人だよね、と便利この上ないと云うか、互いにそうやって何かで協力し合う事で、互いに感謝が生まれ、また信頼関係が深まります。

 私が相談役をしている、長年私の手伝いをしてくれるスタッフが社長をしている会社も、彼の人脈とネットワーク、そして私のネットワークが仕事に繋がり、広がって行っています。
人が関わり、人がやる事です。
人を大切にして、人がきちんと見えていないと、血が通わない仕事になり、空虚な人世となってしまいます。

 ネットワーク、少しずつ広げて行きましょう。
長い時をかけて、強く揺らがないネットーワークにしたいですね。
そこからまた新しいアイデアも湧いて来ます。
私も今、新しいアイデアが浮かび、情報集めと熟慮中です。

 ネットワークは、人の縁そのものです。

 神仏の世界にもしっかりネットワークがあります。
そのネットワークは、一つの神、一つの仏としっかりとしたパイプを持つ事で使う事が出来て来ます。
旅行に行く時、氏神に報告をすると、旅先の氏神が迎えに出てくれるなどと云う事は良くある事です。
仏の場合も、この問題はこの仏様、あの問題はこっちの仏様と、役割分担がある様です。
やっぱりネットワークが動いてくれているのですね。

 真摯な真っ正直な姿勢。
それがネットワークを作り、動かすコツです。

見つける

2008 - 09/01 [Mon] - 01:16

 人世は、一生をかけて自分探しをする旅だと思っています。
自分の生きている意味、自分の存在意義、自分は一体何者なのだろうか、自分の立つ位置、そして自分が帰るべき所、自分の目標、自分の愛すべき物や人、等々と順不同に思いつくままに書いていますが、そうやってずっと探し続けるのが人世で、その一つずつが見つかると共に、心が解放され、安定して行くのだと思います。
そうやって、探し求めるものが多く見つかった人ほど、精神的に安定していて、大らかで、人間性が豊かであると思います。

 仕事柄ですが、沢山の色々な職業の、幅広い年齢層の方々にお会いする中で、様々な経験を沢山された人ほど、深みがあり魅力的だと感じます。
広く浅くではなく、一つの事を追求しながら、その中で広く世間に目を向ける。
そうすると、本業である自分の追い求めるものに対しての視野も広がり、進む早さも上がったりします。

 生きていると大変な事や嫌な事は腐る程、沢山あります。
嫌な仕事、嫌な上司、嫌な奴、失恋、金銭の苦労、目指した事の挫折、他にも色々な事があります。
そして、いつかは両親との死別。
そんな中で、人は学び、何かを感じ、自分と云うものを見つめて行きます。
そして、また自分探しの旅を続ける。

 自分探しの旅に終わりがあるのか、ないのか、それは私にも分かりません。
ただ、旅を続ける事に喜びと誇りを持っています。
その中で得た事、見つけた事、分かった事は沢山ありました。
これからも沢山あるでしょう。
自分の旅は自分しか出来ません。
誰かが代わりにはやってくれません。
ならば、精一杯、楽しい旅をしたいですね。
永遠かもしれない、遠い未来に向かって。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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