感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2008年08月  

限界

2008 - 08/31 [Sun] - 03:03

 頑張っていると、突然の様に限界が来る事があります。
知らない内に溜ってしまう疲労やストレス。
それが時に大きな事に発展してしまう事もあります。
これ位と思わないで、休む時にはちゃんと休みましょう。
私も年に数度、近くの温泉などに出かけた時に、こんなに疲れていたのかと自覚する事があります。
そう云う時、本当に動けなくなってしまいます。
昏々といつまでも眠り続けてしまい、何もしないで時間が過ぎて行きます。
それ位で済んでいるから良いですが、時には高熱が出たり、突然何もする気力がなくなったりする事もあります。
霊との接触や被りも大きなストレスの一つ。
気を抜くと大変な事になってしまいます。

忙しい現代、色々なストレスや刺激に囲まれているのですから、気をつけましょう。

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過去を思い出して

2008 - 08/30 [Sat] - 01:00

 よく、過去を振り返って、思い出し笑いや怒ったり泣いたりと云う事がありますね。
ずっと以前、今も私の所へ通って来ているご家族のお子さんが小さかった頃、まだ2歳位の女の子だったその子は「さっき、パパがいなかったから泣いてるの」と、思い出し泣きをしていて、それを見ていた大人達全員がその子が可愛くて笑った事がありました。
子供だから可愛いので、昔の事や過ぎ去った事を、いつまでも思い出して、その時の気持ちに同調してしまって悲しんだり、怒ったりしても、未来への布石にはなりません。
いつまで引き摺っているのだろうか?と云う事になってしまいます。
ま、楽しい思い出は残しておきたいものですけど、それも今を嘆く為、逃避する為だったら、「昔は良かったなぁ~」と云う年寄りの言葉と同じになってしまいますね。

 過去を振り返って、自分の中に残っている嫌な感情や、今に引き摺って起きている問題の原因を知って、解消する、或いは反省するなら意味があります。
でも、その時の気持ちになってもねぇ・・・。
まして、思い出し被りなどした日には、自分が苦しくなるだけじゃなくて、周囲の人にもその被りを撒き散らしますから、迷惑になる事は止めましょう。

 思い出は大切ですが、引き摺るのは止めましょう。
未来を見て、歩かなければいけないのですから。

素直

2008 - 08/29 [Fri] - 03:21

 昔から、誰かを指導したり教育したりする人に言わせると、揃って「素直が一番」と云う言葉が出ます。
素直に言われた事を実行すると云う事は、簡単な様でとても難しい事です。
無意識に付いた癖があったり、自分では正しい事をしているのに違う事を言われて心の中で反発してしまったり、言われている事が理解出来なかったり・・・。
が、やはり素直な人は成長が早く、真っ直ぐに伸びて行きますね。

 勿論、教えを受ける、相談をする相手は選ばなければいけません。
能力もさる事ながら、その相手の人間性が大切です。
正統なものの見方をする人は、人格的に優れている人が多いとも云えます。
歪んだ人は歪んだ、偏ったもの見方をしますね。

 素直でさえあれば、今は能力が低くても、視野が狭くても、またこう言っては何ですが愚かでも、時間が経てば必ず成長して行きます。
「継続は力なり」で、素直に前へ進む人は、いつか器用に進む人を追い越して行きます。

 色々な相談者と出会いますが、私の所で長く続く人達は皆さんとても素直。
実は頑固だったり、偏屈だったり、変わっていたりと云う人も多いのですが、素直に私の言う事を聞いてくれて実行してくれます。
そうすると、私ももっとももっと出来る事をしてあげたくなります。
人間の情を仕事に絡めてはいけないのかもしれませんが、やはり素直な人は可愛いし、力を尽くしてあげたくなります。
中にはもう50近い男性や、もっと上の還暦を過ぎた方もおられます。
その年代で素直に言う事を聞いてくれる、そんな仕事が出来るのは感謝です。
有り難い事ですね。

他から目線

2008 - 08/28 [Thu] - 02:55

 自分では正しいと思ってやっている事や口にする事が、他の人から見ると変に見えたり、こちらの意図とは全く違っている事って良くあります。
別に悪い事をしているのではないのだから良いと言ってしまえばその通りですが、知らない内に損をしてしまうとか、誤解を生んでしまうと云うのは、やはり避けたいものですね。

 また、何か行き詰まった時に、自分の表現方法が間違っているのではないかと考えるのは良い事ですが、その時も他から目線で見ないと、ただの独り善がりでしかなく、全く意味がなかったり逆効果だったりします。
そこに複数の人間が絡んでいたら、その為に使った時間は全く無駄と云う事になり、そんな事をしている暇があれば他に力を注げって事になってしまいます。

 何かをする時の手順についても、自分ではこうしてああしてと考えている筋が、他から目線で見ると無駄な事でしかないと云う事は良くあります。
もっとシンプルに、素直に行けば良いのにと思ったり。

 本当に自分の考えや言動が正しいのか、常に検証すると云うのはとても面倒な事ですが、余計にトラブルを招いたり、無駄を省く為には、やはり必要なのだなと思います。
言葉を変えれば、いつも他から目線ですね。
いつも人を意識していると云う事、これは社会で生きている以上は当たり前の事ですし、そうしておいた方が事がスムーズに運ぶと云う事も多いのです。
自分らしく、良い意味で我が儘に生きると云う事と、これは矛盾しません。
その中で自分の納得出来る範囲や程度を探って行き、そして自分らしくいれば良いのです。
妥協すると云う事と、無理すると云う事、抑制すると云う事とは違いますから。

 他から目線、焦っている時ほど、また調子が良い時ほど、意識してみたいですね。

マルチタスク

2008 - 08/27 [Wed] - 02:48

 今日は空手の日。
相変わらずの激しい稽古でした。
最初は黒帯が私も含めて3人、青帯が2人。
この組合わせは結構笑えるものがありますね。
しかも、青帯は2人共が女性。
そして遅れて茶帯が一人、青帯が一人。
その後にまた黄帯や茶帯が来ました。
ま、これ位の人数がいると、練習も幅が出てバラエティーに富んだ楽しいものになりますね。

 云うまでもなく、空手をやるにはマルチタスクが出来なければいけません。
相手を見て、感じて、受けて、攻撃して。
どこを攻めれば攻撃が当るか、どこを相手は攻めて来るか、どこを相手は狙っているか、手で攻撃するか足で攻撃するか・・・。
向き合っている最中は、互いに意識と心の読み合いです。
一つの事に集中してしまうと、相手の攻撃が見えなくなって痛い目に遭います。
ま、痛い目をみながら学んで行くのですが、頭で考えていては遅くなります。
無意識に反応して動ける様にならなければいけません。

 何をするにもマルチタスクは必要ですね。
仕事をし、生活をし、そして何かを学ぶ時、それらをバランス良くしないと、どこかに集中してしまうと、他が疎かになってしまいます。
その一つ一つ、仕事の中にも同じ様にマルチタスクがあり、日常の生活の中にもマルチタスクはあります。
何かに囚われて集中してしまうと、他が疎かになるのは、何でも同じです。
大きな仕事に目が行くと、小さな仕事を忘れてしまう。
小さな仕事も、目先だけを見ていると、その先に何があるか見えなくなってしまう。
自分の目線、部下の目線、そして顧客の目線、世間の目線、それらを全て考慮しなければいけません。

 実は余りマルチタスクが得意ではない私ですが、そう言いながらマルチタスクを常にやっている自分に気がつきます。
そうじゃないと、本当に良い仕事は出来ないし、良い家庭人ではいられないし、人としての余裕も持てませんからね。
どこに比重を置くか、優先順位は何か、必要な事は何か、不必要なものはどれか、そう云う広い視野をいつも持っていたいものですね。

 迷いが出て来ると、それが出来なくなるものです。
ま、それも勉強だし、修行だし、誰でも通らなければいけない道です。
が、出来れば無駄は省きたいものですね。

一段ずつ

2008 - 08/26 [Tue] - 01:29

 何をしてもそうですが、階段はやはり一段ずつ登るものですね。
飛んでしまうと、無理な負担がかかり、必ず後で辛い思いをする事になります。
また、飛んでしまうのは、先を急ぐからであり、もしかしたら足許の飛ばした階段に大切なものがあったかもしれません。
先を見るのは大切ですが、見落としてしまうのは、勿体ないし、その見落としたものが凄く大切だったら、後悔しても遅いですね。

 空手でもそうですが、ある程度の段階になると段々と手加減をしなくなります。
それまで、何があっても手加減して、相手が力がつくの待ちます。
が、時々、いるのですよ、それを忘れる奴が。
相手はまだ白帯だったり、オレンジ帯なのに、つい力を入れてしまう奴が。
相手から強いのがたまたま入ると、ムキになって力を入れてしまうのですね。
自分が先輩として指導している、受けてあげているのを忘れて、同等に練習しているかの様になってしまう。
何名かからそう云う訴えを聞いているので、これは困ったなと思っています。
こう云う人は、強くなっていても、心の修行が出来ていない未熟者です。
そう云う奴は、私がこっぴどく痛めつけてやろうかと思う時もありますね。

 自衛隊での苛め事件が話題になっています。
言葉を幾ら飾ろうと、あれは軍隊です。
昔の軍隊では苛めは日常茶飯事だったと云います。
そして、それに耐え抜いた者だけが第一線で立派な軍人として戦ったと。
時代が変わったのか、その事が問題となる様になりました。
が、内部で部下を苛める人間が、上官として未熟であり、愚かである事も確かです。
無理な事をさせても、出来る筈もなく、そして折角の人材を潰してしまう事すらあります。
それに生き残る人間だけが残れば良いと云うのは、古い考えです。
出来るだけ多くの人間をちゃんと育ててやると云う事を目指すのが、上官としての務めですね。

 少しの無理は人間を成長させます。
それは肉体的にも精神的に同じです。
でも、そのちょっとの無理と云うのは、人によって違う。
これ位は大丈夫だろうと思っても、ある人は頑張れても、ある人は潰れてしまう。
それを見極める力もなく、見ようともしないで、通り一遍のやり方でやったら、潰れてしまう人間が出てしまいますね。

 昨日の護身法でも同じ事がありました。
指導を任せていたのですが、途中から数名がかなりキツそうな顔になりました。
後で聞いて解った事ですが、中級から上級に上がったばかりの人に、上級の全ての課程をいきなりやらせてしまったそうです。
そりゃ無理だよ。
一つずつの課程を通過する事で、気の量を数十倍数百倍に上げるのですから、その課程の第一段階の人間に全部やらせたら、気が上がり過ぎて身体も心も耐えられません。
指導していた人間にはそれをまだ伝えていませんが、厳重注意ですね。
ま、パフォーマンスで指導したとは思いませんが、相手をちゃんと見ていなかったと云う事ですね。

 匙加減は、人を指導する時の絶対条件。
相手を見てやらないと、単なるパフォーマンスでしかないと思います。

自分らしさの追求

2008 - 08/25 [Mon] - 03:19

 自分が自分らしくいるって、どう云う事だろうかと追求し続けて生きて来た様に思います。
良い所も悪い所も、凄い所も駄目な所も、丸ごと自分を認めて、好きになって、自分らしい生き方を自分らしい考え方でやる事と思います。

 じゃ、自分らしいって何だろう?
そう思って色々な事にチャレンジし、学び、時には挫折して逃げ出し、そうする事がそのまま自分らしいと思える様になって来ました。
他人や周囲の人からどう思われていようと、それが自分にとって心地良い選択なら、それで良いのです。

 人にはそれぞれの立場も考え方も生き方もあります。
人が人を見て評価する時、その人の持つ価値観や視野で見ると云う場合が殆どで、自分と違う価値観や生き方をしている人を認めて評価すると云う事は余りありません。
と云うか、そこまで懐が深く、視野の広い、価値観の柔軟な人は、そう多くはないと云う事ですね。
自分が縛られた生き方や考え方しか出来ないから、人に対してもそう云う見方で見てしまう。

 自分が自分らしく生きている人なら、人を見た時もその人らしさを受け入れる事が出来るし、認められる。
そう云う柔軟で自由な、囚われない人間でいたいと思います。
良い意味で我が儘と云うか、何が自分にとって心地良いのかを追求して行く事が、結局は自分らしいと云う事なのかもしれないなと思います。

 護身法は正に自分らしさの追求です。
自分の意識とエネルギーで自分を確立して行く。
そうする事で、何処にいてもどんな場面でも揺らがない自分を作り上げて行く。
それこそが、究極の護身術であります。
ですから、本物の護身法と云うのは、肉体のトレーニングも心の訓練も、そして魂の鍛錬も含まれています。
形だけの作法ではなく、全てを総動員して、日常の中で生かして行きましょう。

人間の本能

2008 - 08/24 [Sun] - 03:16

 今日見ていた宇宙大作戦のテーマは考えさせられるものでした。
題名は「死の惑星」
ある宇宙花が胞子を放出し、その胞子を吸うと誰もが平和で穏やかになってしまう。
そして、感情に左右される事なく、その平和を楽しみ、進化も進歩も探検心も冒険心もなくなる。
一見すると平和そのもの、何も悪い事はなく、むしろ良い事の様に思えます。
が、ある事から感情が激しく揺さぶられると、その胞子の効果が消えてしまって、夢から覚める。
そして、夢を見ていた事を後悔する。
そんな話でした。

 人間は何故進化し、進歩を望むのでしょうか?
別に進化しなくても、進歩しなくても、エデンの園で幸せに生きていれば争い事もない平和な世界に住んでいられるのに、そのエデンの園を追い出されてしまったばかりに、人は苦しい生活をしなければいけなくなりました。
苦しいから、生活を楽にしようと努力し、その結果として進歩、進化を望む様になったとも云えるかもしれないですね。

 が、エデンの園を追い出されたのは、蛇にそそのかされて禁断の果実を食べたからですが、それは人間が本能としてその誘いに乗ってしまうだけの好奇心を持っていたからです。
好奇心は知りたいと云う欲求であり、言葉を変えれば向上心と云っても良いでしょう。
つまり、進化・進歩を望むのが人間の本能だと云えます。

 何の争いもない、本当に温室の様に平和な世界では、人は長くは生きられないでしょう。
それが高じてしまうと、人間は争いが好きな生物であると云う事になってしまい、事実、人間の歴史は争いと平和の繰り返しの中を歩んで来ました。
平和を目指すべき宗教ですら、人間を幸せにするべき科学ですら、争い事の道具として使われて来ました。

 やはり人は上を目指すと云う本能から逃れる事は出来ないのでしょうね。
留まると云う事は、停滞でもあり、それが徐々に退化へと方向を向ける事をしっているから。

自分が一番

2008 - 08/23 [Sat] - 02:46

 世の中には傲慢な態度や言葉を吐く人が多いですが、誰でも心の中では自分が一番正しいと思っていたり、思っていたいものです。
幾ら謙虚を装っていても、心の性根は透けて見えるもので、本当に謙虚な人はそう云う透明感を持っていますが、心の中では自分が一番と思っている人の顔は、やっぱりどこか曇っていたり、傲慢さが見え隠れします。

 昔から云う事ですが、ある意味では天狗になると云う事は自信になります。
天狗になったから他人に対して傲慢になると云う事ではなく、意気込みとか勢いと云う意味です。
が、天狗になると、イコール傲慢になってしまう人が多く、両者は同じ様に思われてしまっていますね。

 自分が一番と思うのは悪い事ではありません。
それ位の自信があって欲しいし、そうでなければ信念を持って生きられません。
でも、他に対して傲慢であると云う事は、権力の誇示であったり、自己主張でしかありません。
その裏には、逆に自信の無さと云う側面も見え隠れしますね。
本当に自信があるなら、別に偉そうにする必要もないし、ゆったりと構えていれば良いのですから。
自分を大きく見せたい気持ちは誰にでもあり、人に認めて貰いたい気持ちも誰にでもあります。
でも、その手法を間違えると、ただ偉そうにしている、傲慢な嫌な奴でしかありません。

 大言壮語は自分のモチベーションを上げる有効な手法でもありますが、反面、それを聞く側からすると謙虚さのない愚か者でもあります。
不言実行、有言実行、何れにしても傲慢な姿は見ていて見苦しいですね。

ライフスタイル

2008 - 08/22 [Fri] - 02:36

 ここの所、何故か引っ越しの相談が多いのです。
不動産が底値になっていて、売れ行きが悪いので、値引きが期待出来ると云うのもあるでしょうし、他にプライベートな理由で心機一転と云う人もいますし、どう考えても単なる思いつきでしかないと云う様なものもあります。

 不動産、住む場所は読んで字の如しで「人が主である」場所です。
ですから、住む人間に大きく影響します。
外で仕事をして帰るべき巣、安住の地でなければなりません。
ですから、見かけや単なる安易な趣味だけで選ぶと、必ず後悔します。
立地条件、即ち環境ですね。
そこがもし曾て墓地だったりしたら・・・・・、ゾッとしますね。
間取り、家や部屋の向き。
向きが悪いと、やはり色々な不運を招いてしまう事があります。
勿論、外観や室内の状態も大切ですし、何よりも家賃と云うのは重要な要素ですね。
そして、通勤時間。
また、通勤にかかる交通費。
そう云うものを総合的に判断して選ばなければいけません。

 そして、もっと大切なのが自分のライフスタイル。
朝早く出て、夜中に帰って来る様な仕事の人が、それも一人暮らしで3LDKに住んでも意味がありません。
一部屋は寝室、もう一部屋は何かに使えるでしょう。
そして、リビングは勿論リラックスしたり来客を迎える事が出来ますね。
では、残りの一部屋は・・・、絶対に開かずの間になってしまうでしょう。
荷物が多い人なら倉庫代わりか・・・。
無駄ですね、これは。
ちゃんと使う目的が決まっている、また使うであろうライフスタイルなら構いません。
が、そうでなかったら、一部屋分の家賃を無駄に捨てる事になります。

 賃貸の話をしていますが、これは売買でも同じ事です。
転職したばかり、まだ先の収入の安定も予測がつかない。
また転職するかもしれない。
そんな状態で家を買ったら、後で絶対に苦労するでしょう。
ローンが払えなくなったらどうするのでしょうか?

 そこを自分の最終の場所にするかどうかは別としても、安住の地を決めるのに安易は後悔を招きます。
自分のライフスタイルを意識して、分相応なものを選択するべきですね。
引っ越しや家の購入は決して安価では出来ないのですから。
折角引っ越したのに、その途端に運が悪くなってしまったり、病気したり、目に見えない訪問者が次々と来る様では、安心して住んでいられませんからね。

器用と不器用

2008 - 08/21 [Thu] - 03:27

 人には器用な人と不器用な人がいます。
すぐに真似をして覚えてしまう様な器用な人、そして覚えるのに凄く時間がかかってしまって、すぐには出来ない不器用な人。
どっちが良いのでしょうね?
私はどちらもそれぞれ良い所と悪い所がある様に思います。

 器用にすぐ出来てしまう人は、長続きしない事が多いですね。
また、浅く広く、薄っぺらくと云う人が多い様に思います。
不器用な人は、本当に時間がかかってしまって、途中で挫折してしまう人が多い。
ですが、続いた人は器用な人以上に確実に出来る様になっています。

 器用・不器用は、言葉を変えれば学習能力と云う事でしょうか。
学習能力の高い人は、やっぱり目で見た事、聞いた事を、そのままインプットして学習し、真似する事が出来ます。
そう云う意味では、学習能力の低い人は、何度も何度も繰り返し見て、聞いて、やってみて、段々と心身に染み込ませて行く感じですね。

 ただ、自分は器用だから、不器用だからと慢心したり諦めたりしてしまう事が一番問題ありだと思います。
器用な人は、「継続は力なり」と云う事を覚えるべきだし、出来てしまった事をさらに深く追求する事を学ぶべきです。
でないと、広く浅く、表面だけになってしまいます。
不器用な人は、観察力と集中力を高める努力をしなければいけませんね。
そして、ちゃんとイメージする事。
見たり聞いたりした事を、やろうとする時には忘れてしまうから、不器用になってしまいます。
また、自分の心身に当て嵌めてと云うイメージが出来ないから、真似が出来ない。
その辺りが解決されたら、器用にはならなくても、不器用からは脱却出来ます。
また、出来ないからと云って諦めてしまわないで、出来るまでやり続けると云う意思をちゃんと持つ事です。

 自分がどう云うタイプであれ、それで良いと満足したり諦めたりする事が一番良くありません。
器用と不器用の良い点だけを合わせて2で割れば丁度良いですね。

久々の道場

2008 - 08/20 [Wed] - 03:02

 空手の練習が2週間開きました。
道場がお盆休みだったせいですが、自宅でストレッチだけはちょっとやっていました。
そのせいか、キツいだろうと想像していたよりは楽な感じでしたね。
ま、指導してくれるI君が手加減してくれたのもあると思いますが。
練習って少しサボったり開いたりすると、倍疲れるのです。
身体も心もすぐにサボり癖がついてしまうのですね。

 夏休みのせいか、参加人数は少なく、それでも充実した稽古が出来たと思います。
ストレス解消、空手が好き、強くなりたい、運動の為、色々な動機はあると思いますが、皆暑い中凄く頑張っています。
搾る程に汗が出て、出過ぎて最後は肌がサラサラになってしまう程です。
最初はドロッとした気持ち悪い汗が出て、それが段々と水の様な汗に変わります。
そして、浮腫んでいた足が小さくなって・・・、飲んだだけ汗で出て行く様な。
これじゃ、まるでサウナですね。(笑)
その大量の汗と一緒に、被りも飛んで行きます。
少々の霊的なものなど、あの気迫の前では吹っ飛んでしまいますね。

 好き好んで厳しい事をやっているのですから、これはSかMか、その両方が入る様に思います。
砂袋(これが最初はコンクリートの様に固いのです)を叩き、蹴り、そうしている内に砂が緩んで来て段々と柔らかくなります。
そして、これを続けていたら、気がついたら拳にはタコが出来、脛にも出来て来ます。
それでも、スパーリングをしていると、気がついたら手や足に痣。
最近はサポーターをつけていないので、時々ガツンと当ると大きな痣が出来たり、やっぱり痛い。(笑)

 でも、こうして日常を忘れて、ひたすら稽古に打ち込む時間が持てる事が嬉しく、また楽しいのです。
そして、道場で学ぶ事、得る事も沢山あります。
距離感、駆け引き、コミュニケーション、そして自分を保つ。
空手で学んだ事は、私の宝ですね。

思いは静かに熱く

2008 - 08/19 [Tue] - 02:55

 オリンピクを観ていても、また空手の試合を観ていても、相談者達と話していても思う事があるのですが、気持ちと思いのコントロールが出来ていないと感じる事が良くあります。
ワーッと熱くなって、すぐに冷める。
或いは、熱さが醒めないのは良いのですが、ワーッ、ワーッといつまでも騒ぎ立てる。
まだ熱くなるなら良い方で、熱くもならない。
或いは、ちょっとだけ熱くなってすぐに冷めてしまう。

 何かにかける情熱、信念、また大切に思う、そう云う気持ちを持続出来ない、或いは持つ事が出来ない人って不幸だなと思います。
また、そう云う気持ちを持つ人でも、抑制が利かない傍迷惑なのも困りますね。
オリンピックでは有名な某女性レスラー選手のお父上。
あの熱さは異常とも思えるもので、気持ちは良く解りますが、やり過ぎだろうと思う時もあります。
ま、名物の様になっているのですから良いのかもしれませんが、何だかなぁ~と思います。
あれはそれこそ傍迷惑ですね。

 思いは熱く、静かに、いつまでも持ち続けるものだと思います。
自分の生き方や思想に対する信念、簡単に揺らいでしまっては困りますよね。
また、人を愛する時、カーッと熱くなってもすぐに冷められては堪りません。
何かをする時、ひと時は一生懸命になっても、すぐに冷めてしまっては、上達するものも止まってしまいます。
やるならずっと続けて欲しいですね。

 秘めた思いとは、良く映画では恋愛の事を指しますが、それだけではなく全ての事について、秘めた熱い思いを大切にして行きたいものです。
それが力となり、エネルギーとなり、蓄積となります。
浪費するのではなく、心に溜める事が芯となって行きます。

人の縁

2008 - 08/18 [Mon] - 02:43

 私の所に来る相談者は、時々何かで顔を合わして行く中で段々仲良くなってしまって、何かあったらすぐに協力し合ったり、力を貸したりしています。
不思議な友情と云うか、ファミリー感覚を持っている様な所を感じます。
引っ越しの手伝い、不動産物件探し、仕事の手伝い、それこそ何でも嫌がる事なく互いに協力し合っています。
単に私の所で出会った、今まで縁のなかった人達同士がそうやって繋がって行くのを見ていて、本当に嬉しいなと思います。
何の縛りも何もなく、自然と集まって、自然と仲間になって行く、それが自然と続いて行く。
そして、同じ仕事をする様になった人もいれば、結婚した人までいます。
正にファミリーと云う感覚ですね。
良いですね、こう云うの。
利害関係ではなく、純粋な心の繋がった信頼関係で結ばれた仲間達。
今日もそんな一日でした。
引っ越しの話が出たら、「誰々は不動産会社だよ、誰々はドッグトレーナーだよ。」そして「引っ越し屋は誰。」と、次から次へと話が進みます。
また、ちょっと霊にやられた人がいると、「連れて来ます」と心で言って本当に連れて来る。
私が除霊し、その後、またその家をお祓いしに行く奴。
本当に、皆良い奴ばかりで、良い仲間です。
その中心に図らずもいられる事の有り難さ、つくづく感じています。

いつも思う事ですが

2008 - 08/17 [Sun] - 02:23

 そろそろ旅行や郷里への帰省から帰る為の渋滞や混雑が始まりますね。
いつも思う事ですが、御盆休みしかゆっくり休みが取れなくって、その時期に一斉に国民が大移動するのは、見ていて大変だなと他人事ながら思います。
折角の休みなのに、渋滞や混雑で疲れ切って、旅先でも帰省先でも同様に人の多さに参って、そしてまた渋滞や混雑の中を帰って来る。
本当にお疲れ様です。
日本の仕事の事情から仕方の無い事ですが、それぞれが自分の都合の良い時に休みが取れる様な社会になると、もっと日本人自身も変わると思うのですが。
私の様な仕事は、何れにしろ長期休暇等は望めませんし、決まった休みと云うのも不可能に近いので、諦めと同時に、人と異なる日に休みを取れると云う優越感を持っていたりもしています。

 それにしても、旅行は曾てよりは自由度が増し、色々なスタイルの旅が出来る様になりましたね。
国内、海外を問わず、本当に過当競争と云うか、バリエーションが増えて選ぶのに困る程です。
情報もどんどん入って来ますし、自分が目的を決めていないと振り回されてしまう様な気がします。

 今年もバタバタ忙しく、旅行は中々難しそうに思っています。
御盆の供養が終わって少し空気も良くなりましたが、次に控える9月のお彼岸までの暫しの時間、少しは良い空気を吸っていたいと思います。
こんな時は海外へ飛び出したいのですが、中々厳しいですね。
イギリスへ行ったのはもう数年前。
今度は私の第二の故郷スイスと決めていますが、さてさていつ行ける事やら・・・。

終戦記念日

2008 - 08/16 [Sat] - 02:57

 今日は終戦記念日でした。
また、旧御盆。
今日は文字通り祈りの日でした。
ニュースでも曾ての世界大戦の時の、日本の戦争についての話が沢山放映されていました。
そしてオリンピック。
選手達の活躍を期待し、祈っている。
何だか色々な祈りが重なった日ですね。

 そして、去年から来ている女性から、大きな問題が決着したと云う報告。
おめでとうございます。
こう云う報告が一番嬉しいですね。
これから新しい人世、楽しんで下さい。

 また、別の女性からの報告を聞いて、仕事が殆ど決着したと感じました。
苦労した仕事、大変でした。
お疲れ様です。

 日本中で、きっとお墓参りに行って祈りの時間を持たれた事でしょう。
また終戦記念日で靖国神社や戦没者慰霊碑に祈りを捧げた人もいるでしょう。
戦争が終わって、新たな時代が来た記念日。
今日も同じ様に、一つの事が終わって新たな日が始まった日なのだなと感じました。
不思議なものですね、こう云う日にそんな風に感じるなんて。

夜中の訪問者

2008 - 08/15 [Fri] - 02:43

 夜中の訪問者と云っても、別に見えない人の事ではありません、
と云うか、それは慣れっこです。(笑)
毎晩の様に誰かが思いを飛ばして祭壇にお詣りに来てパワーを貰って帰っていますし、この時期、御盆やお彼岸等の時は本当に見えない人達も良くお出でになります。(笑)

 そうじゃなくって、今日、もう12時を過ぎた頃に電話があって、今から店で手に入ったプリンをお持ちしますと云う事で、古くから来ているN君が来てくれました。
こちらに到着したのは12時半過ぎ。
そして、玄関で「滅多に手に入らないので、是非、ご賞味下さい」と大きな袋を渡して、すぐに走って帰りました。

 彼は今、果物で有名な千疋屋に勤めており、曾て勤めた他の会社も全て接客を主にしてやって来ました。
その接客は眼を見張るものがあり、気遣いと云い動きと云い、見る人に言わせると美しいと云う言葉で賞賛されるものです。
が、その仕事に対する完全主義でしばしば人間関係で問題を起こす事がありました。
今の千疋屋に勤めてから、段々とそれが変化し、余裕が出て来た様に思います。

 彼の気遣い、いつも驚きと感激を与えてくれます。
あれでもう少し余裕があればと思っていましたが、段々と彼も成長し、最近はあまり心配する事の必要なくなって来ました。

 こう云う心からの思いは、本当に人の心に響きますね。
有り難く、頂きたいと思います。

マスコミ

2008 - 08/14 [Thu] - 02:20

 連日連夜、オリンピックの報道が続いています。
ビデオあり、中継あり、ニュースあり、色々な番組で同じものを次から次へと。
そのおかげでレギュラーの番組が吹っ飛んでいます。
野球中継やサッカーでも同じですが、国民全員が好きだと決めつけた様なスポーツ報道は如何なものでしょうね?
興味のない人に取っては、見たい番組がなくなってしまうのは苦痛でしかないと思いますが。
視聴率と云う事を考えると、TV局としては当然の事をしているのですが、つい文句を言いたくなってしまう時がありますね。

 ところで、もっと文句を言いたくなるのが、試合が終わったばかりの選手に不躾にコメントを取る事。
今終わったばかりの選手に「どうでしたか?」と聞いても、本人もまだ心の整理も出来ていないだろうに、言葉は丁寧でもコメントするのが当たり前の様な慇懃無礼な態度はどうにも許せないですね。
そして、メダルを取った選手、取らなかった選手に一様に「次のオリンピックを目指しますか?次は取って下さい。」と言葉を発するキャスターやレポーター達。
いい加減にしろと怒りたくなりますね。
それこそ、今終わったばかりで、次など考える余裕もない状態で聞く言葉ではないです。
無礼にも程があると思います。

 彼らは国民的英雄であり、注目されるのは当然ですし、期待を背負っているのも確かです。
そして、皆が期待するのも当然。
ですが、彼らは期待してくれる人の為だけに頑張っているのではなく、自分自身の為に頑張っているのです。
その神聖な気持ちに土足で踏み込む様なマスコミの姿勢は、やはり許されるべきものではないでしょう。

 先日の空手の試合でも感じた事ですが(いつも感じているのですが)、応援の仕方がどうにもうるさいと思っています。
まるで自分が指示を出すかの様な事を大声を張り上げている。
「突きを出せ、蹴れ」と何だかんだと知ったか振りをして声を張り上げる。
気持ちは分かります。
勝たせたい、頑張らせたい。
でも、やっているのは本人です。
応援するなら良いですが、指示を出すのは違うのではないでしょうか?
まして空手は武道です。
応援も気品あるものにして欲しいですね。
「頑張れ!!」「ワーッ」は良いですけどね。

 応援するのも、期待するのも、品位を持ってやって欲しいものですね。

写真の整理

2008 - 08/13 [Wed] - 02:40

 土曜日と日曜日に撮った新極真会カラテドリームカップ2008の写真を整理していました。
撮った数、割と少なくて1,000枚位。
それをハイライトだけ抜き出して修正、スライド・ムービーへと変換します。
残った写真の数が約140枚程度。
絞り込むのは難しいですね。
どのショットも選手達の熱い激闘が写っていて、長所も欠点も、その気持ちまで見えて来ます。
プロではないので、やはり写真は稚拙ですし、出来上がったスライド・ムービーも決して満足の行くものではありませんが、記念になればと思って頑張りました。
出場した選手達へのせめてもの思いです。

 私の仕事を手伝ってくれるスタッフが社長をしている会社では、写真をムービーにするソフトを扱っていますが、残念ながら私の使うMacintosh用がないので、私はMacintosh用のソフトを幾つか組み合わせて作っています。
ずっと以前からMacintosh党ですから、正直な所、Windowsは馴染みません。
使う事は出来ますが、今一つ分からない事が多くて。

 ツールはその目的に合わせて使うものだと思います。
こう云う作業も、選手達へのせめてもの思いで記念になればと思って、ツールを使います。
何をするにも、そこに思いを乗せる事が大切ですね。
そうすれば、それが稚拙であろうと思いは伝わり、血が通うと信じています。

夏祭りは続く

2008 - 08/12 [Tue] - 02:38

 今日、オリンピックで競泳の北島康介選手が金メダルを、それも世界新で取ったと云うニュースが流れていました。
他にも激闘の様子と結果が次々と入っています。
夏真っ盛り、御盆休みの今週は正に夏祭りですね。
スポーツの祭典、昨日一昨日の空手の夏祭りに続いて、祭りは続いています。

 いつも思うのですが、選手達はその姿、戦う姿そのものが見ている人に感動を与えます。
言葉も理屈も要らない、ただ頑張っている姿が感動を与える事に羨ましさを感じる事があります。
その背景には凄まじい努力があり、辛い練習に耐え抜いて、人の眼に触れるのはその一瞬でしかない。
そう云う生き方をしている人達の精神は、常人には耐えられない、そして不可能な領域にあります。
極限を超え、常に高みを目指す姿は、ヒーローでありヒロインである姿ですね。

 彼らを見ていると、もう年だからとか、自分は何々があるからと云う言い訳が情けなく思えます。
全てを捨てて一つの事にかける。
その割り切りと決断と、その後に続く努力と精進、そして耐え抜く精神。
見習うべきですね。

 広く浅く生きるのも一つの生き方であり、もしかしたら賢い生き方かもしれませんが、そこに感動はあるでしょうか?
一つの道にかけて全てを捨てて生きる。
それは愚かかもしれませんが、そこに感動はあると思います。
どちらの生き方をするにしても、熱く、感動のある人世にしたいですね。

空手の夏祭り2

2008 - 08/11 [Mon] - 02:07

 今日は昨日に引き続き新極真会2008年第一回ドリームカップでした。
東京体育館で行われたこの大会、今日は凄い人でした。
参加者総勢1,000名と云われ、少年部が多い事から応援も保護者や道場仲間達が集まり、数千名の来場だったと思います。
大きな声援が飛び交い、血と汗と涙を流しながら、暑く熱い一日でした。
日本全国、そしてロシア等外国からも参加した今大会、大盛況に終わったと思います。
しかし、いつもながら見ているのも疲れます。
自分でやるのも疲れますが、見ている方がもっと疲れる様な気がします。

Dream Cup '08.08.10

空手の夏祭り

2008 - 08/10 [Sun] - 01:22

 8月9日10日と二日間にわたって千駄ヶ谷の東京体育館で、新極真会のドリームカップが開催されています。
今回は、シニア、女子ライトコンタクト、ジュニアの試合を一度にやると云う大イベントであり、入場料無料と云う形で行われています。
新極真会の空手の夏祭りですね。
1日目の今日はシニアと女子ライトコンタクトの試合がありました。
それぞれが熱のこもった試合で、見応えがありました。
日頃の成果を全て出し、力を競い合う。
良いですね、こう云う場にいられる事がとても嬉しいです。
試合に出場する者、応援する者、どちらもが空手を通じて心を通わせ、真っ直ぐな気持ちを全面に出して向き合う姿は美しくさえあります。

 仲の良い岐神空手のK師範、そして我が正伝流からも今日は2名参加しました。
残念ながら、3人共惜敗で明日の決勝に残れませんでしたが、その必死さと真っ直ぐなチャレンジは心を打つものがありました。
明日はまた、新極真会愛知山本道場からMさんが女子の試合でシードで出場します。
亡くなられた、私の友人である伊師師範の秘蔵っ子でもある彼女。
頑張って欲しいですね。
また、正伝流からも岐神空手からも多数の少年少女が出場します。
明日もまた暑く、そして熱い一日となりそうですね。

 真っ直ぐな心で、諦めず、いつも前を向いてチャレンジ。
それが空手の精神です。
素敵な世界にいられる事を感謝です。

Dream Cup

当たり前の事をきちんとする

2008 - 08/09 [Sat] - 01:00

 家庭でも仕事でも何でもそうですが、特別な事をやれば良くなる訳ではありません。
そんな必要はありませんし、また当たり前の事が出来ていなのだから、特別な事が出来る訳がありません。
当たり前の事を当たり前に、普通にやる。
それが良くなる為の絶対条件です。

 仕事はちゃんとし当たり前。
勉強もして当たり前。
規則正しい生活はして当たり前。
子供は5歳になったら自分の部屋を持たせて、独り立ちさせるのが当たり前。
朝夕はちゃんと挨拶して当たり前。

 間違った意識や知識でやっている事が、世間の常識からすると間違っている、当たり前じゃない事をやっていると、当然ながら間違った方向へ進みます。
プライドか何か知りませんが、そう云うくだらない事が、問題がいつまで経っても消えない人には多いですね。
当たり前の事を当たり前にやる。
それが出来ない人は、大人を名乗る資格はありません。

 いつまでも子供と一緒のベッドで寝ている等、愚かです。
それではいつまでも子供は親の手を借りなければいけないし、依存心の強い子になります。

 一家を構えているのに、先祖の供養もしないのは最低です。
今自分があるのは誰のおかげか?
先祖がいるから自分があるのであり、先祖の力があるから今の仕事をしていられるのであります。
それに日本人として、先祖を敬い、朝夕にご供養するのは、常識です。
それも出来ないなら、一家の主とは云えません。

特別な事ではなく、当たり前の事をきちんとやりましょう。
全てはそれからです。

相手の顔を見て

2008 - 08/08 [Fri] - 01:00

 仕事は勿論、プライベートでも、またHPやブログでも同じですが、独り善がりの言葉や表現を使う人が多いですね。
だから、相手に伝えたい事が伝わらず、商品が売れないとか、顧客が増えないとか、また言葉の行き違いで人間関係が上手く行かないとか、HPやブログのヒット数が上がらないとか云う問題になります。

 目の前に人がいれば、その人をちゃんと見て、ちょっとした癖や言葉を聞いていると、割と分析出来て来るものです。
要はそう云う意識で相手と向き合うかどうかですね。

 が、相手が目の前にいない場合、想像でやるしかありません。
ならば、自分の伝えたい相手、ターゲットを決めて行かなければいけませんね。
そして、その相手の持つであろう価値観を意識して言葉や表現を選ばなければいけません。

 何を伝えるにしろ、人が考えて、人が話したり表現したりして、それを人が見たり聞いたり、或いは触れたりします。
全てに人が関わっているのだと云う事を忘れない事です。
人が見えない言葉や表現は、やはり独り善がりでしかなく、血が通っていない気がします。

 表情、眼、手、服装、言葉、文章、表現方法は沢山あります。
それを出来るだけ総動員して伝え、また受け取って貰う事が大切だと思います。

 これは、相手が生きた人ではなく、霊でも神でも仏でも同じ。
全能力を使って、相手に心を込めてアプローチしなければ、相手にしてくれませんし、伝わりません。
ちゃんと会話が出来るかどうか、人間力って凄く大切です。

エアコン

2008 - 08/07 [Thu] - 01:00

 今年の夏の暑さは、さすがにこたえますね。
こんなに暑いと、それだけで体力を消耗してしまいます。
まして、子供や高齢者には危険とも云えます。
家の中にいても熱中症になってしまう事もありますから、気をつけて下さい。

 壊れていた母の部屋のエアコンも、今日設置が出来ました。
これで一安心です。
幾ら元気で体力があっても、やはり消耗は避けられません。

 熱中症の予防には、体温を下げる事は大切です。
また水分補給も凄く大切。
でも、忘れてはならないのが、ミネラルの補給です。
汗と一緒に体内の塩分やミネラルが失われて行きます。
実はこのミネラルが、数mgと云う単位で身体には重要な働きをしています。
ビールのおつまみでは定番の枝豆等はミネラルを豊富に含んでいます。
冷たいものだけでなく、そう云うものも意識して摂取して下さい。

強烈な雨と雷

2008 - 08/06 [Wed] - 00:00

 先程から時折凄い雨と雷が来ています。
ゴーッと雨が降り出し、その前後にゴロゴロと云う雷の音が連続して走るのは何だか異様な雰囲気ですね。
雷がどこかに落ちた様な音はしていませんが、あの時の音は凄まじい破裂音。
また被害も甚大となってしまうのが嫌ですね。

 私は豪雨や雷は嫌いではありません。
自然のエネルギーを感じますし、何だか元気になってしまいます。
でも、ここの所の異常気象による突然の豪雨と雷は、被害を甚大にしてしまうので、ちょっと心配です。
都市部のヒートアップによって上昇気流が起り、そこで急激に雲が発達して起きるのだそうですが、そう考えるとやはり人災と云えなくもないと云う事でしょうか。

 暑過ぎるのも辛いし身体に負担ですが、この異常気象はやはり文明の発達と共に地球の気温が上がったせいかもしれないですね。
昔も暑かった気がしますが、暑さが変わった様な感じもします。
別にエコとか何とか云うつもりはありませんが、こうして現実に色々と起きて来ると、やっぱり大丈夫かな?と思いますね。

天才の死

2008 - 08/05 [Tue] - 03:04

 赤塚不二夫氏が亡くなられたと云う報道がありました。
先に亡くなられた石森章太郎氏も含めて、曾て手塚治虫氏に憧れて漫画家となった天才達も今や老齢の域に達し始めて、亡くなられる人も出て来ました。

 天才が天才を呼ぶと云いますが、まさに彼らは一時代を作り上げ、日本のアニメの土台を作り上げた人達です。
今、多くのアニメが世に溢れていますが、その元は全て彼らへの憧れから始まり、その影響を大きく受けていると云っても過言ではないでしょう。
戦後の動乱期から一時代を作り上げた人達が亡くなって行くのは、寂しさと共に世代の交代を感じさせます。

 曾ての漫画やアニメは、今に比べるべくもなく絵も稚拙だったりする事もありますが、彼らの殆どが完全なフリーハンドで描いている事を思えば、それは凄い事です。
今の様にPCもなければ、グラフィックソフトもなっく、3Dもないのですから。
そして、枯れる事なく溢れ出るアイデアとストーリー。
考えれば考える程、凄いですね。
何よりも彼の漫画には、温かみがあり、心がありました。
そこから影響を受けて生まれたバラエティー番組もあったのではないでしょうか。

 子供の頃に見た沢山の漫画やアニメ、今でも心にちゃんと残っています。
彼らの残してくれた財産に感謝しながら、冥福を心より祈りたいと思います。

使いこなす

2008 - 08/04 [Mon] - 02:40

 生きている中で、知らない内に使っているツール、道具って沢山ありますね。
PCは勿論、携帯電話、そして日常の中にあるTVやビデオやDVD、カメラ、家電製品。
他にも筆記用具や身につける物、電話機等もそうですね。
そして、自分の持つ才能や感覚、経験や記憶や知恵もツールと云えるかもしれません。
そう考えると、人間はツールに囲まれ、ツールを使う事で生きているのだなと思います。

 その一つ一つのツールを完璧に使いこなすと云う事は、実は出来ていない事が多いと思います。
字が上手く書けないと云う事一つとっても、筆記用具を使いこなしていないと云う事ですから。
最近のPCや携帯電話、家電製品もそうですが、機械類はどんどん進化して機能が沢山ついています。
その全てを使いこなす等と云う事は不可能に近いですね。

 しかし、そう云う意識を持っておくと、いざと云う時に自分の思う通りにツールを使う事が出来る。
そう云う気持ちが大切な気がします。
苦手だからやらない、触れない、使わない、ではなくて、いつでも使える様に手入れして、触れて、知っておく事。
これは自分の持つ感覚や才能、身体や心もそうですね。
手入れを怠るとすぐに怠けるのが人間の持つツールと云うやつですから。

 刀を抜く必要はないし、抜かないで済めば一番良い。
が、いつでも抜いて切れる様に手入れしておく。
それが今風で云うなら危機管理能力だと思います。
そして、そう云う心構えが、自分自身を律する事になり、余裕へと繋がるのではないかと思います。

 暑い夏、ダラケてしまいたいですが、最低限の手入れと、スキルアップは目指しておきたいものですね。

消えない憧れ

2008 - 08/03 [Sun] - 02:50

 今日、下北沢へ出かけて、またドラゴンボールの神龍(シェンロン)のぬいぐるみを見つけ、衝動買いしました。
今は妻のデスクライトの上に鎮座しています。
これで、私のデスクにも妻のデスクにも神龍がいる事になります。

 私はずっと昔から、TVでやっていた「宇宙大作戦」STARTREKが好きで、今もNHKの衛星放送でやっているのを毎週録画しています。
また、色々なアニメを見ましたが、一番はまって今でもそれが続いているのが「ドラゴンボール」のシリーズ。
良い年をしてと思いますが、憧れは消えませんね。

 STARTREKの場合は、宇宙への憧れもさる事ながら、そこに描かれている人間ドラマに惹かれています。
徹底した分析能力を持つスポックやデータ、そして揺るがない信念と決断力を持つ船長、それを取り巻く人達。
その間に流れる絶対的な信頼関係、そこから生まれる相互協力。
未来の理想社会の姿として描かれていますが、その中にも人間の悩みも葛藤もあり、それを皆で乗り越えて行く。
そんな姿に憧れを持ち続けている様に思います。

 また、ドラゴンボールの場合は、何と云っても彼ら登場人物の強さですね。
常人を超えた力を持つ彼らの強さは、非現実的と解っていながらもやはり憧れます。
そして、そう云うスーパーマン、ウルトラマンとも云える人間達が集まり、そこに流れる互いの友情と心の交流。
強さ故の悩みや、同じ憧れを持つ仲間達の気持ちが伝わって来ます。

 幾ら年をとっても、これから先もこう云う憧れは失う事がない様な気がします。
と云う事は、いつまで経っても大人にならないと云う事かもしれませんね。(苦笑)
でも、それが私であり、それが自分らしいと思っています。

血が通う

2008 - 08/02 [Sat] - 02:06

 今日、ロゴ作りのお手伝いをしています。
頑張って作って、チェックをして欲しいと送ってくれたロゴの形、それぞれ中々良いものでした。
が、何かが違う・・・。
暫く眺めていて、あぁ~そうか、血が通っていないと感じました。
何と云うのでしょうか、言霊が感じない。
ロゴも含めてデザインって、使う人の事をイメージし、使う場所をイメージしなければいけません。
解っているつもりでも、考えている内に自分の世界に陥ってしまって、目の前のデザインに引き摺られてしまいます。
そうすると、血が通わなくなってしまいます。

 で、私がやったのが、送られて来たデザインに、生の字を乗せる事。
母に字を書いて貰い、それを私が少しデフォルメして、重ねてみました。
そうすると一転してロゴに血が通い始めました。
不思議なものですね。
やはり人間の手で書いた字には命が宿っています。
PCのフォントでは、やはり平面的な感が消えませんでした。

 まだ仕上げをしていますが、今晩中には出来上がるでしょう。
何でもそうですが、血が通うと云うのはこう云う事なのだなと、改めて感じた日です。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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Adept・Mentor 島津成晃の独り言
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