感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2008年07月  

忘れる事の大切さ

2008 - 07/31 [Thu] - 01:30

 忘れると云う事は、人間が生きて行く上でとても大切な作業です。
忘れては困る事を忘れてしまうのは問題ですが、何でもかんでも忘れられないと、これまた困った事になってしまいます。
良い事だけなら良いのですが、嫌な事や辛い事も忘れられないと、世の中の全てが恐怖になってしまったり、高じて被害妄想になってしまったりする事もあります。

 人間の能力って本当は凄いものがあって、実は経験したり見聞きした事は全て記憶しています。
だから、死の直前に走馬灯の様に全てを思い出すと云いますが、記憶のスイッチをオフにして閉じ込めているのです。
そのスイッチが切れなくなると、一度に全ての記憶が甦って出て来てしまいます。
ですから、精神が持たなくなってしまいます。
大きな図書館を持っている様なものですから、必要に応じて出て来てくれるのが一番良いのですね。
一度に出て来ると、本の重みと内容に押し潰されてしまいます。

 昔、ある修行をした時、一度の全ての記憶が甦り、言葉と映像とその他が押し寄せる様に現れて、数日間のたうち回って苦しんだ事があります。
そう云う修行なのですが、紙一重で、そこで耐え切れないと気が狂って廃人になってしまうと云う、とても危険な修行です。
あれがもし日常だったら・・・、やっぱりまともじゃいられないですよね。
その後、段々と収まって、記憶のスイッチはある程度コントロール出来る様になり、普通に生活しています。
そうすると、段々とまた記憶は沈んで行くのです。
ですから、必要な時は自然に浮かび上がりますが、普段は・・・記憶を自由に呼び出せないなんて事も。(苦笑)
自由に取り出せないのがまた問題で、私も「あれ何だっけ???」なんて事もしょっちゅうです。(苦笑)
適度の記憶のスイッチ、自由に使えると良いですね。
ま、仕事の時や行の時は自然に浮かんでくれるので良いのですが。

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縁の有り難さ

2008 - 07/30 [Wed] - 02:41

 福島県の新極真会のS支部長から御紹介を受けて、もう数年も御相談を受けている方からの報告で、銀座のギャラリー(パワー・ストーンのお店の最上階)を破格な安さで借りる事が出来たと云うお話でした。
この方は、S先生の後援者の方で、お茶道具や陶器を扱っておられるのですが、東京で展示会をやりたいとのお話でした。
それで私がちょっと知っている所を御紹介し、ご自身で出かけられて交渉された結果です。
私が知っている店長は既に辞めていたそうですが、御縁が出来て本当に良かったなと、嬉しい気持ちでした。
12月に展示会をなさるそうですので、その時にはお知らせしますから、是非お出かけになってみて下さい。

 S先生、電話をかけて下さる時は、受話器を耳から話して持っていたい程の大きな声です。
曾て現役の選手でおられた頃、その姿は鬼気迫るものがあり、恐ろしくて近づけなかったものです。
それがヒョンな縁から何度か食事をご一緒させて戴く機会を得て、それからは年に数回の大会でお会いする度に御挨拶させて戴いています。
暫く空手から離れていた私が、今は道場の相談役となっているのも、この先生がきっかけと云えるでしょう。

 人の御縁とは不思議であり、また有り難く、一つの御縁が広がって行きます。
縁と縁が結び、そしてまた新しい縁を生んで行く。
そこから、また大きく何かが広がって行くのですね。

原点

2008 - 07/29 [Tue] - 03:28

 誰でも影響を受けた人がいると思います。
尊敬する人、憧れの人、何かを教えてくれた恩師、そう云う人達から受けた影響や薫陶は、その後の生き方や考え方に大きなものを残し、柱となる事が多いものです。

 私にもそう云う人が沢山います。
幸か不幸か、医学界や思想哲学の世界、修行の世界、また武道の世界には、一般の社会では会う事が出来ない様な、知り得ない様な、強烈な個性を持った人がいます。

 病院に入院しながら、そこから学生に教える為に教室に通い、研究室で自分の研究をし、一晩中どころか一日中でも御遺体の解剖をしていた病理学の教授。
その手は神業でした。
そして研究に対する姿は鬼気迫るものがありました。

 一言も話さない等のエピソードを沢山持つ医科大学の元理事長。
たまにボソリと口にする一言は、正鵠を得て、ズバリと切り捨てる様な、鋭い一言でした。

 道着を着た瞬間から鬼神となり、誰も側に寄る事も出来ない殺気を漂わせ、手に触れる物、足に触れる物は全て打ち壊し、向き合った相手は誰であろうと倒すと云う空手家達。

 そう云う人達と出会って来た中で、集中力が極限まで高まった瞬間のエネルギーは、常人のものとは桁違いであり、だからこそ誰もなし得ない事をやってのけてしまうのを何度も見て来ました。
逆にそう云う人達が力を抜いて、まるで抜け殻の様になっている状態も見て来ました。
スイッチの入った時の凄さ、オフにした時の姿、そのギャップに驚くと共に、だからこそ極限の力を発揮出来るのだなと感じて来た気がします。

 それを真似るとか、そんなつもりはありませんが、やはり大きな影響を受けていると感じます。
ですから、何かの時にその人達を思い出す時、未だに無意識に背筋が伸び、「あぁ、まだまだ追い付かない」と思います。
そう思っているから、またそれがエネルギーとなって、もっと頑張ろうと思うのだろうと思います。
「まだ、あぁはなれないよな~」と。

 これもある種のトラウマかもしれないですね。
怪物を見た、超人を見た故に心の奥底に残るトラウマ。
生きている限り、永遠に追いかけ続ける、遠き目標なのかもしれません。

それぞれのスタイル、それぞれのスピード

2008 - 07/28 [Mon] - 02:32

 今日は月に一度の集まり。
皆、一様に成長しようと真摯な気持ちで、真剣に聞き、考え、質問していました。
それぞれのスタイルとスピードで、静かに聞く時もあり、質問する時もあり、その聞き方も質問の仕方も色々。
学生乗りの様な盛り上がりはないですが、その時間を大切に、無駄にしない様にしようとする気持ちが伝わって来て、私もつい熱くなって話してしまいます。
そうやって時間が過ぎて行き、気がついたら8時間喋りっぱなし。
まぁ~、無口だった私が良く話す様になったものです。(笑)
でも、帰らないでずっとそうやって話し、聞いて行こうとする姿、とっても嬉しいです。
楽しいから、心が弾むから、安心出来るから、時間を忘れてしまう。
私も皆と話していると、時間を忘れてしまいます。
終わってから、あらら、今は何時だろう?って。(笑)

 護身法はその人の本質、性根が見えます。
格好をつける者、着飾ろうとする者、素直に真っ直ぐな者、スッキリと気持ちの良い者、品の良い者、それぞれですね。
それが後の勉強会ではさらにハッキリ見えます。
護身法の後なので、隠している姿も見えてしまいます。
そこからまた新しい課題も見えて来ます。
それがまた楽しいですね。

 月に一度の楽しいひと時。
精一杯、充実した時間を過ごしましょう。

年と共に

2008 - 07/27 [Sun] - 01:33

 昔と今と云うか、若い頃と今の自分を考えた時、確実に変化しているのは人との関わりと口数です。
若い頃は人と関わるのが好きではなく、孤独を愛しているかの様な生き方をしていました。
ですから、人がどうあろうと気にならないと云うか、無視していたと思います。
それでも、何かで関わりを持った時、やはりちょっとした事で怒ったり、笑ったりと感情が揺れ動いた事を思い出します。
クールなハードボイルドを気取っていても、やはり中身はどちらかと云うとナイーブだった様に思います。
だから余計に他人と関わるのを避けて、一人を気取っていたのだと思います。

 今は仕事柄もありますが、やはり人と関わる事が多く、それだけ口数も増えました。
昔は、私の声を聞いた事のないと云う同級生すら存在していたのですが、まるで別人ですね。(苦笑)
また、人と関わる様になっただけ、感情が動く場面、部分も変わった様に思います。
若い頃は誇りと云うよりは、つまらないプライドと、孤独を邪魔されたくない事から怒っていた様に思いますが、今は相手がみすみす墓穴を掘っていたり、礼儀知らずだったり、筋違いだったりした時に怒りを感じたりします。
怒る部分が変わりましたね。
また、昔だったら怒っていた事でも、今はやはり余裕が少しは出来たのでしょうか、怒らなくなったとか。
逆に、昔だったら何とも思わなかった事で、今は怒っていたり。

 年と共に色々なものが変化し、それと共に自身の中身も変わったのでしょうか。
しかし、本質の部分、生き方の信念や考え方は何も変わっていないと思います。
外に出る部分だけが変わったと云う事ですね。
ま、少しは大人になったと云う事か、年を取ったと云う事か。(笑)

 そうやって変化する事が良い事か悪い事かは別としても、変化は受け入れて行かなければいけません。
したり顔の大人にはなりたくないですし、一生なれないと思いますが、やはり若い頃の様な生き方は出来ないなと思います。
若い頃の様な無茶は出来ません。
が、若い頃には出来なかった頑張りが、今は出来ます。
そう云う意味では、エネルギーが落ちたのではなくって、質が変わったのでしょうね。
自分的には、若い頃よりも今の方がエネルギーがある様な感じもしています。

重なる

2008 - 07/26 [Sat] - 03:12

 重なる時は重なるものです。
iMacの調子が悪くてバージョンアップして解決したら、今度は冷蔵庫が問題。
これはちょっとした対処で解決。
暫くこれで大丈夫でしょう。
そしたら、次は母の部屋のエアコン。
これは死にました。
で、すぐに新宿のビッグカメラに出かけて注文。
工事まで10日かかるとの事。
う~ん、暫くは扇風機で我慢して貰いましょう。

 そして、長く来ているN君が肺の炎症。
レントゲンやCTで影が写っていると云う事で心配しましたが、肺の炎症と云う事で一安心。
千疋屋で頑張っている彼、頑張り過ぎてまともに寝ていないし、食事もまともにとっていない状態。
心配ですね。

 次に、また長く通っているK君、新婚一年目の彼は二度目の尿管結石の破砕。
これまた結構な大きさだったらしく、早く出てしまってスッキリして欲しいものです。
まだ小さな石が腎臓内にあると云うから、完全にスッキリするまでは暫くかかるでしょうか。
これも心配。
早く治って欲しいですね。

 他にも心配事が沢山。
来月早々にも出産するであろうNさん。
相談者でもあり、友人でもありますが、丈夫な彼女なので心配はないと思いますが。

 同じく9月に出産するであろうYさん。
もう3人目ですか・・・。
丈夫なお子さんを生んで下さい。

 こうして色々な事、特に「調子」と云うキーワードで重なってしまうのは、心配事ばかりで困ったものです。
ま、それが仕事なのですが。
良い事も重なって来て欲しいですね。

神龍がやって来た

2008 - 07/25 [Fri] - 02:31

 私のiMacにLeopardが入ってとても調子良く働いてくれています。
これでまた良い仕事が出来そうですね。

 今日、出かけた先で見つけた良い物がありました。
思わず衝動買い。
また始まった。(笑)

 と云う訳で、またまたパワーアップです。
以前からiMacの上には天下一武道会の面々が並んでいますが、神龍がやって来ました。
ドラゴンボールも7つ揃っていますし、これで願いが叶うか。
って、願いって何だっけ?
うん、相談者が皆さん幸せになる事。
当然です。

ドラゴンボール

バージョンアップ

2008 - 07/24 [Thu] - 02:37

 iMacのOSをTigerからLeopardにバージョンアップしました。
色々と心配していた事も殆どクリアして、案外簡単に終わりました。
不具合は、今までXoundsと云うソフトでSTARTREKの音がクリックしたりドラッグしたりする度に出ていたのが、未だに対応しておらず静かになってしまった事位ですね。
これも何れは対応してくれるでしょう。
それまでは音が出ないのも我慢と云う所でしょうか。

 それにしても簡単になったものです。
ずっと以前、またOSが8.4~8.6で使っていた頃のMacintoshは、本当に駄々っ子ですぐにフリーズしたりスタックしたりして扱い辛かったですが、それで覚えた様なものですから、それも良い思い出です。
おかげで詳しくなってしまいました。
今のOSXになってからは、殆どトラブルもなく(少しはありましたが)、安定しています。
それでいて、昔のMacintoshの色気は失っていない所がAppleですね。
昔、まだHDもマウスもなかった初期のPCは、メモリーもせいぜい64kで、カセットテープでプログラムを読み込んでいたものです。
Basicを使っていた事を思えば、今のPCは夢のコンピュータですね。
でもあの当時、PETと云う格好の良い一体型のPCがありました。
あれは憧れましたね。
私はSHARPのMZ80Bと云うのを使っていましたが。

 まだまだ新しいOSに慣れていません。
殆ど使い勝手は変わらない様ですが、使いこなすまで暫くまた遊べそうです。

切り替え

2008 - 07/23 [Wed] - 03:07

 今日は空手の練習日、暑かったですねぇ~。
帰りには汗を吸った道着が恐ろしく重く、「少年部の子供、一人潜り込んでいるぞ」って。(笑)
それ位に重くなっていて、体重も減ったのではないかと。

 こんな時の練習はスイッチの切り替えが大事です。
休憩時間には扇風機の風に当り、水分補給して、思い切り力を抜いてダラッとする。
そして練習が始まったら、キリッと気合いを入れて集中する。
その切り替えが出来ないと、熱中症で倒れたり、怪我をしたりします。

 日常でも同じですね。
仕事の時は仕事モード、遊びの時は遊びモード、家庭ではプライベート・モードで過ごさなければ、支障が出て来る事があります。
切り替えって凄く大切です。
休むべき時に休まないで仕事の事ばかり考えていたら、ストレスで壊れてしまいます。
仕事の時に、逆に他の事を考えていたら、ミスやトラブル続出。

 適度な緊張と、適度なリラックス、場面によってスイッチは切り替えましょう。

変化

2008 - 07/22 [Tue] - 03:16

 機械と云うのは同時期に一斉に壊れ始めると云います。
買った時期が同じなら当然そうですね。
でも、不思議な事に買った時期が違ってもそうなるのは何故でしょうか?
我が家の冷蔵庫は既に齢40年近く(以上かな?)
そろそろ怪しくなって来ました。
構造が凄く単純なのでずっと壊れずに働いて来ましたが、う~ん、まだ大丈夫か、もう駄目か、様子見の所です。

 私の使っているiMac、OSXの10.4.11Tiger を使っています。
10.5Leopard については暫く様子を見ていました。
出た当初は色々とトラブルも続出した様でしたし。
が、使っているソフトがどんどんLeopard 向きになって来て、やはりバージョンアップするのが一番と云う方向になって来ました。
近々、インストールしてバージョンアップする事になります。
なので、今は下調べ中。
新しい機能が増えていて、出来ればクリーン・インストールしたいと思うので、その辺りを調査中です。
ま、昔よりは楽になった様ですが。

 何でもそうですが、変化する時期と云うものはやって来ますね。
ある時期になると突然の様に変化を促して来ます。
人生でも同じですね。
段々と変化するのではなく、ある時期に突然始まる。
その時にオタオタしないで、冷静に対処して乗り越えて行けたら良いですね。

夏休み

2008 - 07/21 [Mon] - 03:02

 世の中はもう夏休みなのですね。
三連休とか言って騒いでいますし、学校では終業式も終わり、夏休み。
そう云えば学生時代は夏休みが楽しみだった時期もありましたね。
ある頃から夏休みは修行の予定で一杯になってしまって、ゆっくりのんびりしたのは数十年前迄と云う記憶があります。

 休みもある様な無い様なそんな生活を20年以上も続けて来ました。
それが私の仕事ですから当たり前ですが、休みが続く人を羨ましいと思った事はありません。
却って、休みになると混雑の中を旅行や帰省に出かける人をニュース等で見ると可哀想に思えたりします。
人は、私に「いつ寝ているんですか?」とか「休みは取られているのですか?」と心配してくれますが、仕事している時が一番幸せだったりしますから、習慣って不思議と云うか、変なものですね。
ま、時にはゆっくりと温泉に出かけたり、海外へ行きたいなと思いますが、何しろ雑踏が苦手。
人が多いと疲れてしまいます。
街が好きなのに、人混みが苦手。(苦笑)

 さて、今年の夏は、私はどう過ごすのでしょうか。
また、バタバタと仕事している気もしますが。
ま、7月から9月迄はずっとお盆やお彼岸が続くので、休んでいる暇もなさそうですが。
それに、空手の試合も加えると、当分はのんびりしていられそうもありません。

霊能者と云うけれど

2008 - 07/20 [Sun] - 02:52

 霊能者と云う言葉や肩書き、以前から書いていますし言っていますが、私は余り好きではありません。
否定的であると言っても良いでしょう。

 霊が見えたり感じたりするのが霊能者です。
単に人より感覚が鋭いだけの話。
色々な信仰や修行によって神仏とコンタクト出来る様になる事もありますが、それでも色々なタイプがあります。
予言しか出来ない人、透視が出来る人、ヒーリングが出来る人、除霊や供養が得意な人、御祓いや浄化が得意な人、祈願力が強い人、他にも色々なタイプがありますし、専門が違います。
霊能者が即ちオールマイティーで何でも出来る、何でも見透せると思うのは間違いです。
ですから、一括りに霊能者と云う言葉や肩書きで縛ってしまうのは間違っていると思います。

 私の場合で云えば、どちらかと云うと、相談者と話していると問題になっている事の解決策が浮かんで来る、また原因が浮かんで来ると云うタイプ。
そして一番得意と云うか専門は、供養と浄霊・除霊、そして祓いと浄化、それに加えてヒーリングです。
また、これは相談者から言われる事ですが、カウンセリングの力、身心を癒す力は強いそうです。
あまり自覚はありませんが、元気になって勇気を持って帰って貰いたいと云う信念は持っていますし、そうして明るい顔で帰って行かれる方が多いのは確かなので、そうなのかもしれないですね。

 それぞれタイプの違う能力者は、他の事は苦手です。
持てる一つの力を使って、お役に立てば良いし、そこに特化する事で更にアップするものです。
医師が専門で科目に分れるのと同じです。

 そして、どんなプロでもそう云う能力は体調や精神状態に左右されるものです。
ですから、ある意味ではとても不確実です。
幾ら修行を積んだとしても、ビジュアルで見る事の出来る能力者であったとしても、そこから得られる答えは、突飛であったり、非現実的であったり、観念的であったりします。
それを如何に現実的に翻訳するか、そこには一般常識と広い知識が必要となります。
能力だけで仕事しているプロは、概してエキセントリックであり、そこに特化するが故に常識に欠けている場合も多々あります。

 私のやり方は何度もお話していますが、基本的には分析と理論理屈で、相談者のお話を伺いながら、相談者と一緒に考えて、一緒に悩んで、解決策を見つけようと考えます。
何よりも相談者と心を通わせながら、人としての信頼関係で仕事をします。
その中で、ツールとして必要があれば能力を使います。
と云うか、意識して能力を使いません。
必要に応じて浮かんで来ます。

 私の弟子には、完全に霊視のみで仕事している者もいます。
が、やはり不確実性が伴い、どう云う言葉で説明して良いのか、どうアドバイスして良いのか、頻繁に指導しています。

 私が言うと変かもしれませんが、霊感如きでアドバイスされても、非現実的であったり、非論理的であったりして、意味がありません。
必要なのは問題の解決。
そこに必要なのは、現実的な解決策であり、方法論です。
神の言葉も、仏の言葉も、また霊感による言葉も、一つの示唆としては良いですが、それだけで全てを解決する事など、あり得ないと思っています。

 霊能者と云う言葉の持つイメージ、一般の方にはオールマイティーな超人と映るのでしょうね。
そんな訳はありません。
ただの人間です。
ある面での専門家であると云うだけの事です。
逆に云うと、見える人は祓えないとか、あれが出来る人はこれが出来ないとか云うのが現実です。
何でも出来ます、何でも見えますと云う能力者がいたら、それは変と思って良いでしょうね。
そして一番大切なのは、その人となりであり、相談者との間の信頼関係だと思っています。

ハードボイルド

2008 - 07/19 [Sat] - 03:33

 毎週、金曜日の夜中にやっている「ゴルゴ13」、初めてアニメ化されて楽しみに見ています。
ビッグコミックそのものの漫画は殆ど見た事はありませんが、ハードボイルドな男性像として憧れますね。
ルパン三世とゴルゴ13を足して2で割ると似ていると言われる事が昔からあります。
何じゃそりゃ?(笑)
オチャラケなのか、怖いのか、それとももみあげが長いからか、何れにしろ光栄な事です。

 ハードボイルド、男なら一度は憧れますね。
強くて、優しくて、クールで、無表情で無口。
そう云えば、私は本当は無類の無口です。
仕事では理解して貰う為に一生懸命話していますが、一日一言も話さなくてもいられます。
横で妻が一人で話してくれています。(笑)
ありがたい事です。

 でも、心の中にある情熱や葛藤、感情の揺らぎを抑え込むのは大変なエネルギーが必要です。
私は駄目ですね、つい顔にも言葉にも出してしまいます。
もっとクールだと良いなといつも思います。
男たるもの、武道家たるもの、全てを呑み込んでいつも涼しい顔をしていられたら最高だと思います。
が、それでは人と心を通わせる事は出来ないかもしれないですね。
クールに問題を解決して行くか、それとも相談者と心を通わせて行くか。
どちらが良いのでしょうね。
と云っても、私は後者でしか出来そうもありませんが。(笑)

目標、目的

2008 - 07/17 [Thu] - 02:52

 自分は何の為に生きているのか、何を目標にするのか、目的は何か、そんな質問をされる事が良くあります。
霊視して下さいと。
一体何の為に生れて来たのか、苦労して生きる意味は、仕事する意味はどこにあるのか、やっぱり苦しい時は考えてしまいますよね。
ずっと苦労して頑張っているのに結果が出ない、光りが見えて来ない。
そんな時、意味があるのか?って言いたくもなるでしょうし、諦めてしまいたくもなれば、止めてしまいたくもなるでしょう。

 正直、それにお答えする事は出来ません。
自分の目標は、生きる意味や仕事する意味は、目的は、自分で見つけるしかありません。
これがそうですよ、なんて提示する事は出来ません。
私はその人ではありませんから。
そして、未来は自分で切り開くものですから。
時に、生れながらの宿命を持つ人はいます。
この為に生れて来たのだと。
しかしそれは、特別な例であり、何千人に一人、何万人に一人です。

 ただ言えるのは、光りが見えるまで、目標が見つかるまで、その意味が解るまで、諦めず、弛まず、続けるしかない、と云う事です。
止めてしまうのも、諦めてしまうのも簡単です。
でも、その時は簡単でも、止めてしまって、諦めてしまって、その後はどうするのか。
他の道を歩いても、同じ事を繰り返すだけです。
ですから、歩きたい道が他に見つかったら、その時は今の道を捨てても構わないでしょう。
しかし、何も見つかっていないのに、見えていないのに、捨ててしまったら、どの道へ行っても同じ事を繰り返します。

 その前に、自分がやっていない事はないか、自分は全てをこの道にかけているか、本当に何かを見つけ出す努力をしているか、考えるべきです。
そして、胆を括って、その道に全力投球、極端な言い方をするならば命がけになる事です。

 そんな努力と精進の中から、きっと道は見えて来ます。
その意味や目標や光りは、誰でもない、本人しか解りません。
見つかるまで、頑張り抜きましょう。

人間関係

2008 - 07/16 [Wed] - 02:18

 人間関係で悩む人は多いですね。
家庭でも職場でも、また友人関係等でも、悩みは尽きないものです。
が、聞いてみると、結局は「自分は正しい、相手が間違っている」と云う事が殆ど。
確かに云う事は正論で正しいと思う場合もあります。
が、人はそれぞれ生き方も考え方も違います。
どちらが正しい等と云う事はあり得ないと、私は思っています。
やり方も生き方も仕事の仕方も、また目標も違えば育った環境も違う。
どっちが正しいなんて事はありません。
ただ違うだけ、です。

 人と上手くやるコツは、受け入れる事。
全部呑み込むと云う事ではなく、これがこの人なんだと受容する。
その上で、どう付き合うかを考える。
全面的に合わす必要はありませんし、逆に全面的に否定したら絶対に上手く行きません。
先ず受け入れて、どうすれば相手と上手くやれるかを考えて、距離や言葉や意識を変えて行く。
こちらが否定していたら、向うも否定します。

 時間はかかっても、結局はそうやって互いに受け入れながら、歩み寄るしかありません。
妥協ではありません。
妥協と云う言葉は、自分が正しいと云う前提での言葉で、嫌々ながら相手に合わすと云う意味です。

 ま、良く云う事ですが、「相手がおかしい、変だ、間違っている」と云う人、「それでは貴方はそんなに正しいのですか?」「完璧なのですか?」と聞きたくなります。
人の事は凄く見えるけど、自分の事は鏡を使わなければ見えないですからね。

どれを選ぶか

2008 - 07/15 [Tue] - 02:55

 経営の相談を受ける事が多いのですが、「厳しいから、もう止めてしまうか続けるかを迷っています。」と云うものも時にあります。
殆どは、「どうしたら良くなるでしょうか?」なんですが。

 仕事や経営以外の相談でも、迷っていたり、悩みの渦中にいると、出来る事は全てやっていて、これ以上は何も出来ないし、思い付かないと云う方が殆どです。

 でも、お話を聞いていると、まだまだやっていない事が沢山あったり、こうあらねばならないと固定観念で縛られていたり、そんな方が殆ど。
苦しい時は誰でも視野が狭くなって、柔軟性がなくなってしまうのですね。

 苦しみや悩みから抜けようと考える時、そのまま前へ進んで行くか、思い切って勝負するか、或いは逃げるか、三つに一つです。
でも、そのまま進んでも、今のやり方が駄目だから上手く行かないのですから、もっと悪くなるかもしれません。
或いは、もっと時間をかければ、そのままやって行く事が実を結ぶかもしれません。

 新しい何かを考え出して、チャレンジ、勝負する。
どうせなら一か八かやってみる。
良いですね、その心意気。
でも、やり方を間違えると本当に駄目になるかもしれません。

 逃げてしまう。
一番簡単ですね。
一挙に楽になる・・・・筈ですが・・・・・。
楽になってしまう場合もあれば、一生後悔するかもしれない。

 仕事でも人世でも、良くなろうと思えばどこかで変化して行かなければいけません。
変化を怖れては何も変りません。
ずっと変らず、同じやり方をすると云うのも、時代が合えば、時流に乗ってブレイクするかもしれないですし、変らない事が評価されると云う事もあります。

 どれを選ぶにしても、慎重に全てを見て、分析して、周囲や世間を広く観察して、その上で決心しなければいけません。
古い事が正しい訳でも、新しい事が間違っている訳でも、また古い事が間違っている訳でも、新しい事が正しい訳でもありません。
自分に合っているかどうか、そこが一番考えるべき事です。
そして、決心したら迷わない。
その結果、どうあろうと後悔しない覚悟を決めて・・・・・、やる。

 迷いは時間の無駄ではありません。
迷って、悩んで、考えて、その後に決心する。
悩むより考えろと私は良く言いますが、それでも悩むものです。
その悩む事自体が、また自分を強くしてくれるものです。
ただ、必ず結論を出して、決心する事を忘れないで下さい。
悩んだまま、迷ったまま、では何も始りませんから。

審査会

2008 - 07/14 [Mon] - 01:30

 今日は正伝流中村道場の審査会でした。
少年部が午前、午後は一般部。
それぞれが普段の稽古の成果を出し、頑張った様に思います。
特に少年部は、小さな子が一生懸命にやっている姿は微笑ましくもあり、とても可愛かったです。
少々、元気の無さも感じてしまったのは、やはり現代っ子は大きな声を出す事に慣れていないせいでしょうか。
そんな彼等もスパーリングになると本領発揮。
子供とは思えない程の動きでした。

 午後の一般部は少ない人数ながら、流石に大人。
それぞれが自分の課題を意識して頑張った様に思います。
中に一人、中学生が参加していましたが、気の弱さが気になりましたが、とても頑張りました。
涙を流しながら最後までやり切った姿には、思わず感動。(涙)
頑張れ、少年。

 今回は設定を間違えて、あまり良い写真が撮れていませんが、頑張って良い物を選びます。
やはり、暑さボケしていた様です。(苦笑)
それにしても、いつも思いますが、自分でやる方が楽ですね。
真剣に見て審査していると、つい情をかけたくなったり、難しいです。

審査080713

再発見

2008 - 07/12 [Sat] - 21:41

 日常、気をつけて生きていると、色々な事を発見します。
全く新鮮に、新しい事に気がついたりする事もありますが、慣れと云うか、当り前だと思っていた事が、全く違う目線で見える事もあります。
とっくの昔に気づいていた筈の事を忘れてしまってる。
また、見ているのに見えていなかった事に気づく時ってありますね。
そう云う時は、ある種のショックを受けます。
あぁ~、馬鹿だったと思うか、やった~と思うか、ちょっと新鮮な驚きですね。

 そのきっかけは、人との出会いだったり、何気なく手に取った本だったり、道を歩いていてふと目をやった先にあったり。
気づきって、実はいつも眼の前にあるのだなと思います。
でも、一生懸命になり過ぎていると気づかないのですよね。
視野が狭くなっていると云うか、無意識に心を閉ざしてしまっているのかもしれません。

 常に原点回帰。
初心忘るべからずと云いますが、基本を大切に、最初の頃の思いを大切にしていると、沢山の事に気づいて行く様に思います。
慣れは必要ですが、慣れてしまわない様に。
って、禅問答みたいですが、それがコツかもしれないですね。

憧れ

2008 - 07/12 [Sat] - 03:01

 誰にでも憧れのヒーローやヒロインっているものだと思います。
私にもそう云う人がいました。
小学生の頃はエイトマン、それからウルトラマンになって、ウルトラセブンになって、その後も沢山いました。
アニメの世界だけではなく、現実世界でも、憧れる対象となる人に沢山出会って来ました。
空手の世界、医療の世界、宗教の世界、歴史上の人物、色々な人に憧れを持ち、そこから学び、刺激されて来た様に思います。
その憧れを大人になった今も持ち続けている人はどれだけいるのでしょうか?
私は変らず持ち続けています。
子供の頃と変らず、今も「ああなれたら良いな」と思い続けています。
餓鬼っぽい憧れかもしれませんが、そう云う気持ちを忘れずに生きて行く事で、いつまでも何かに向ってチャレンジし続けていられる様に思います。

 憧れの対象となるのは、やはり一つのカリスマです。
人とは違う何かを持つ人、人が出来ない事をやってしまう、人が考えもしない事を出来てしまう。
そんな人は、良く知れば、バランスの悪い、ある意味では偏った人だと云う事が、大人になるに連れて解って来ました。
しかし、だから憧れの気持ちが醒めてしまうかと云うと、そんな事は全くありません。
偏っているから、バランスが悪いから、人には出来ない事が出来てしまう。
そんな気がします。

 バランス良く、また安全に生きて行きたいと思うのは人の常。
それが賢い行き方かもしれません。
が、私はあまり好きではありません、と云うより出来ないですね。(笑)
常にカリスマを意識して、憧れを心に抱いて生きて来たせいか、安定したバランスには気持ち悪さを感じます。
常にチャレンジ、常に前向き、止まらないで歩き続けていたい、そんな生き方を一生していたいと思っています。

心遣い

2008 - 07/11 [Fri] - 02:12

 今の時期、お中元ですね。
次々と贈って下さる皆さんの気遣いに感謝しています。
毎年、年に一度か二度しかお会いしないのにきちんと贈って下さる横浜のK師範。
新極真会の重鎮で、曾ては闘将と云われた方ですが、普段はとても穏やかで、腰の低い素晴しい方です。

 また、一度しか御相談に乗っていないのに、季節毎に旬なお野菜を贈って下さる、埼玉の歯医者さんK先生。
あの時に御相談をお受けした御嬢様も、もう大学卒業でしょうか・・・。
この律義さと気遣いに、感謝と共にとても有り難さを感じます。

 会社を興したばかりの人から戴いたお中元。
まだ余裕もないだろうに、一生懸命に考えて贈ってくれた。
その気持ちに感謝です。

 日本で昔から行われているお中元、お歳暮、そしてお年始、そう云う習慣は段々となくなって来ています。
無駄だからと云うのか、負担だからと云うのか、何れにしろ少し寂しいですね。
お世話になった方に、せめてもの日頃のお礼をと云う気持ちから発するもので、義務ではなく、自然な心遣いから行うものだと思います。

 何でもそうですが、習慣が儀礼化して、本当の意味が忘れられて、形だけが残っている。
それ故に、儀礼そのものが、まるで義務であるかの様に思われて、段々否定され始める。
悲しく、寂しい事です。

 儀式、儀礼、作法、習慣、どれも相手に対する気遣いから発した自然なものの筈です。
本質を思い起こし、心を込めて行いたいものですし、残して行きたいものです。
形だけのものは空虚を感じてしまいますね。

見えない世界

2008 - 07/10 [Thu] - 03:40

 今日、TVで少し前にやっていた「ゲゲゲの鬼太郎」を観ていました。
色々な映画のパクリが入っている様ですが、全体の構成とストーリーは面白かったです。
出演者が結構ハマっていて、笑えましたね。

 見えない世界、別に妖怪の世界だけじゃなく、いつでも眼の前に見えない世界はある様に思います。
思考が固まった時、心が閉ざした時、何かに捕われて視野が狭くなってしまっている時、眼の前にあっても意識が認識しない、つまり見えない世界があると云う事です。

 何かを無くした時、幾ら探しても見つからなくて、時間をおいて暫くしてから探したら、さっき探した筈の場所にあった、なんて事ありますよね。
眼の前に見えない世界があったと云う事です。

 見えるか見えないか、それは我々の意識が決めています。
最近話題になっているエコなんて云うものも、以前は誰にも見えていなかった事です。
心の問題も同じ。
何かに集中すればする程、見えない世界が出来てしまいます。

 神仏や霊の世界も同じ。
そんなもの・・・って否定していたら、絶対に視野に入って来ません。
まず受け入れる事、そうするとフッと見えて来たりします。
実は皆、結構見ているのですが、いつも「気のせい」とか「勘違い」で済ませてしまっているから、見えていても見えていない。
見えない世界になってしまっているのです。

 いつも心を開いて、視野を広く持って、柔軟な価値観で、世界を見渡したいですね。
そうすると、今迄見えていなかった見えない世界が見えて来るかもしれないですよ。
ま、妖怪が見えるかどうかは保証しませんが。(笑)

モチベーション

2008 - 07/09 [Wed] - 02:44

 モチベーションと云う言葉が良く使われます。
意味は「動機」とか「やる気」を指すと云われますが、そう云う心の状態を表すと云う事でしょうね。

 家庭でも、仕事でも、趣味でも、モチベーションが下ると、そこにかかる心の比重も下ります。
忙しい現代人、家庭もあれば仕事もあり、また自分の趣味もあり、どこにその比重をかけて良いか、解らなくなる事があります。
何かに比重をかけると、他のものへのモチベーションが下ってしまいます。
全てに均等に同じ位のモチベーションを保つ事が出来たら最高ですが、人間はそれ程器用でも強くもありません。
つい仕事にかまけて家庭や自分の趣味を蔑ろにしてしてしまうとか、家庭を大切にする余りに仕事や趣味が疎かになるとか、色々ありますね。

 ただ、自分が目標と決めた事へのモチベーションは絶対に下げないと云う意識、ある意味では覚悟と云っても良いのでしょうか、それは持っておきたいですね。
そこに言い訳は無用。
忙しい、体調が悪い、あれがこうだから、と言ってモチベーションが下った理由を並べるのは、単なる責任転嫁でしかなく、甘えです。

 今日は空手の日でした。
それぞれが仕事を持ち、少ない時間を惜しんで練習に来ます。
疲れている者、体調の悪い者、怪我をしている者さえいます。
それでも、皆が一様に、真剣に、出来る事を最大限やろうとします。
試合を目指す者、黒帯を目指す者、更なる高みを目指す者、それぞれ目的は違います。
曾て、黒帯は天皇と云われました。
それ程、高い目標でした。
黒帯を取る為には、初段で10人組手をやらなければいけません。
誰も手加減などしてくれません。
真剣に倒そうと向って来る10人を、一人ずつ勝ち抜いて行かなければ黒帯になれません。
体力、気力は勿論、技も必要です。
何よりも必要なのは、空手に対する、黒帯に対する、強い気持ちと日頃の鍛錬。
常に強さを目指す、常在修行の意識です。

 何をやるにしても、甘えは許されません。
そして高い目標を持ち、常にそれを意識して、努力精進。
それを他が認めた時、次へ上る事が出来ます。

 バランス良くモチベーションを保って、高みへ昇って下さい。

本気、マジ

2008 - 07/08 [Tue] - 03:04

 今日、Kー1MAXを観ていました。
凄いですね、ああ云うリングに立つ人のレベル、スタミナ、そして気迫。
骨も折れよと蹴り、叩き、また受ける。
互いのレベルは紙一重ですから、簡単には相手も倒れてくれませんし、こちらも倒れません。
が、徐々にダメージが溜まり、終った時には全身に痛みが残っているでしょう。

 道場で練習していると、基本的にはスパーリングですから、本気で相手を倒すと云う気迫でやりません。
手加減して、自分の欠点を見つけ、長所を伸ばす為に練習します。
本気でやったら、相手も本気になって、それでは練習になりません。
練習と本気の組手は、動きは同じですが、一つ一つにこもる力も違えば、意識も違います。
倒しに行く時、自分の欠点を見たり、長所を見たりしません。
相手のスキを見つけて、ダメージを与える事と、自分がダメージを受けない事しか考えていませんから。

 しかし、時に本気、マジになって何かをやる瞬間って持ちたいですね。
今風に云うならキレると云うのでしょうか。
真白になる位になる瞬間を持つと云う事は、必要な気がします。

 空手やスポーツは勿論ですが、仕事でも生き方でも、本気で、マジで、全身全霊で力を出し切ってやりたいものです。
その後の消耗は激しいものがありますが、同時に充実感も素晴しいものがあります。
若い頃は余裕がないですから、すぐに本気になって、マジにキレていた様な気もしますが、年を重ねると余裕も出て来て、慣れもあり、中々そうはなりません。
敢えて自分を追い込んで、そう云う瞬間を作らないと、段々と力を出し切らない事に慣れて来てしまいます。
それを余裕と云うのか、円くなったと云うのか、老いたと云うのか、それは人それぞれですが、熱くなる瞬間、本気になって必死になる瞬間を忘れないでいたいですね。

 余裕と情熱、本気になる、マジになる、そんな精神と肉体のコントロールが自由に出来る様になりたいものです。

父と子

2008 - 07/07 [Mon] - 02:35

 今日、F1を観ていました。
曾て日本人として初めて活躍した中嶋悟氏が解説者として、そしてレースをするF1ドライバーとして長男の中嶋一貴氏が出ていました。
親としては何とも云えない気持ちだったでしょうね。
自分が歩んだ道を息子が歩く。

 私は中嶋悟氏が好きです。
内に秘めた熱い情熱と、穏やかな姿。
いつも笑顔を絶やさず、激しい言葉も表情も見せず、でもやる事はやる強さ。
私は正反対の様な気がしますが、彼の姿を見るといつも何か考えさせられます。

 父を早くに亡くした私は、父の念願だった一緒に仕事するとか、一緒に酒を飲むと云う機会を持つ事が出来ませんでした。
つい先頃、父の命日を終えた私は、今日のF1を観ていて、何となく感傷に浸っていた様に想います。
私は中嶋親子とは違って、父とは違った道を歩んでいますが。

 今もレースに熱い情熱を注ぐ中嶋悟氏、確か私より二つ年上だった様に思います。
そのオーラは消える事なく、今も私の好きな人です。

怒る、叱る、注意する、脅す

2008 - 07/06 [Sun] - 15:37

 う~ん、私はずっと以前から「怖い」と言われます。
何が怖いのでしょうね???
人相もそんなに悪いとは思わないですし(自分では)、目つきも決して鋭いとは思わないですし、体格も普通、基本的には穏やかにものを言うと思いますし、優しいと思います。
でも、「怖い」(苦笑)
そんな話をK君と昨晩していました。
「先生、やっぱり怖いですよ。」
「何で?どこが?私には解らない。」って

 話していて結論めいた事は何も出なかったですが、K君の奥さんによると「言葉が本質を突いて来る」との事。
またK君によると「先生はいつも真剣で本気」
なるほど、そうなのか~と、それでも自分を怖いと思っていない私。(笑)
「君も人の事は言えないよ」とK君に返しましたが、彼も自覚していない様子。
無類に優しい男性ですが、身体は大きいし、迫力があります。
絶対に私より怖く見えると思うのですが・・・。(笑)

 私は「怒る」と「叱る」と「注意する」「脅す」を区別して使っています。
例えば何かあった時、一瞬ですが「怒る」と云う事はあります。
ですが、それを持続して、怒ると云う感情のままで相手に言葉を発する事は滅多にありません。
そして、本当に心底怒ったら、私は却って無口になります。
口に出して怒る時は、怒った後のフォローを考えながらやっています。(笑)
怒りっ放しは絶対にしません。
多くの場合は、怒る事で相手に起きて来る反応を見て、調整しています。

 「叱る」は文字通り、相手に気づかせる為にやります。
「注意する」も同じですね。
ですから、直接ではなくても、ブログ上や掲示板上でもやりますし、あっさりと終らせます。

 そして最後の「脅す」は、全く意味が違います。
相手の権利も人格も無視して、本気で相手を下位に置こうとする時に使うのが一般的ですが、私の場合は「切る、切り捨てる」と云う意味があります。
私が脅す時は、縁を切る覚悟があると云う事です。
これは、滅多にやりません。

 ブログ上や掲示板上、また面と向ってでも、「脅す」事をしない限り、私はその人に良くなって欲しい、成長して欲しいと願ってやっています。
ですから、「怒られて、叱られて、注意されて」終わり、ビビって萎縮するのではなく、「この次からは同じ失敗をしない様にする為にはどうしたら良いだろう?」と考えて下さい。
ごめんなさい、すみませんと謝られても、本人が成長する訳でもないし、有り難くも何ともありません。
謝る事は大切ですし、必要ですが。

 次を考えて下さい。
ステップアップして、間違いを減らせば、「怒られ、叱られ、注意され」たりする事は減ります。
その為に、文句を言うのですから。
文句を言うのも疲れるのですよ。(笑)

間が悪い

2008 - 07/05 [Sat] - 03:39

 基本的には私は穏やかです。
って、嘘だぁ~って声が上りそうですが。(苦笑)
確かに怒る時は思い切り怒るので、激しいですし、その私が穏やかと言っても信じて貰えないかもしれませんが、基本的に私は平和主義で争い事が嫌いです。

 でも、やはり機嫌の悪い時はあります。
理由は色々ありますが、やはり心根と云う部分で怒る場合が多いですね。
人として無責任、人として無礼、人として許されない事、そんな事を感じたりした時、私は激怒します。
確かにそう云う時は、本当に激しいと思います。

 そんな赤信号が灯っている時に限って、更に火に油を注ぐ様な人がいます。
紹介した先で治療を受けて楽になったのに、さも自分が見つけたかの様な事を云うとか、つまらない電話やメールを送って来るとか、怒鳴られるに決まっているだろう(笑)と云う人。
間が悪いと云うか、その回数がとても多い。
逆に云うと、運が良いのでしょうか?
他の人はそんな事はないのに、タイミングが良過ぎると云うか・・・。(笑)

 さて、次はいつ雷が落ちるでしょうか?

締め切り

2008 - 07/04 [Fri] - 03:14

 今日、毎月発行しているアデプト通信と語録を発送しました。
これが終るとホッとします。
毎月、締め切りに追われている様な気分で、いつも行事や仕事で遅れてしまうので、落ち着きません。
本当は月始め、出来れば1日に発行出来れば良いのですが、中々・・・。

 書き始めると、殆ど一両日で書いてしまうのですが、テーマを考えるのに時間がかかります。
今月のテーマは・・・と考えると、あれもこれも、あぁこんなのも良いな・・・なんて迷ってしまいます。
毎月、多くの相談者がお出でになり、社会情勢もあり、様々な出来事の中から選んで、絞り込んで書いています。

 毎日のブログもそうですが、中々テーマ決めは大変ですね。
相談されたり、質問されたら、即座に答える自信はある程度あるのですが、どうも演説やテーマを決めて話すのは苦手です。(苦笑)

必要は発明の母

2008 - 07/03 [Thu] - 03:16

 火曜日に空手の練習がありましたが、そこでストレッチで筋肉を柔軟にする方法を皆に教えました。
筋肉を揺らしながら、徐々に開いて行くのですが、これが驚く程、足が開いてくれます。
伝統的な、痛さを我慢しながらの方法とは一線を画すものですが、痛みは筋肉を余計に硬直させますから、無理をしないと云うのが鉄則。
でも、無理をしなければ開いて行かない。

 私も良い年齢になりましたし、暫く間が開いたので若い頃の様に柔軟ではなく、むしろ固い部類に入ってしまいます。
昔はベタッと足が開いてついたものですが・・・。
で、頭に人体解剖図を浮かべ、筋肉の構造を考え、ストレッチしながら自分の肉体の反応を観察して、この数ヶ月試して来ました。
そうすると、無理なく限界を超えて段々と足が開く様になって来ました。
痛みもあまりありません。
自分で人体実験をし、妻に試し、そして皆さんにお教えしました。

 必要は発明の母と云いますが、世にある物も知恵も全て、そうですね。
人が望んだから生れて来た。
不自由を感じる事は大切な事なのだなと思います。
そして、生み出された物や知恵が、長く続いて定番となって行くには、結果が必要です。
そうやって、色々なものが残って受け継がれて来たのだと思います。

 そう考えると、新しいものだけが最高ではなく、古いものも残っているものは素晴しいと気づきます。
新旧の交代ではなく、新旧の融合が出来たら良いですね。
先祖からの知恵、身心に受け継がれている先祖の思い、そんなものも供養を通じて感じ取って行けると最高です。

あちこち痛い(苦笑)

2008 - 07/02 [Wed] - 02:53

 今日、また「霊能者と仲間達」のブログをアップしました。
どうぞご覧になって下さい。

 今日は空手の日でした。
月初めの第一の火曜日はN師範の稽古。
基本を重んじ、ストレッチを徹底してやり、また基本の応用。
その後は審査会が近いので型の稽古。
そして、延々と続くスパーリング。
週に一度しか稽古の出来ない身には、少々?ハードな稽古です。
が、筋肉痛になっても、あちこちに痣や腫れが出来ても、身心がスッキリします。
有り難い事です。

 多分、今日もあちこち痛めています。
左足の親指の痛みはちょっと変。
ま、歩けない訳ではないし、両足の脛の痣や痛みも気にする程ではなし。
今は殆どサポーターなしでスパーリングしていますので、少しくらいの怪我はまぁ御愛嬌です。
昔は、道場からいつも足を引き摺り、全身に痣を作って帰っていた事を思い出します。
あの頃はサポーターなんてものはなかったですから。

 痛めたら、痛めていない場所を使って攻撃すれば良い。
痛めた所を打たれたり蹴られたりしなければ良い。
手が折れたら、足だけでやれば良い。
足が折れたら、手だけでやれ。
そんな時代でした。

 無茶苦茶に聞こえるでしょうが、そう云う中から絶対に諦めない心や、どうすれば今の不利を引っ繰り返す事が出来るかと云う知恵を鍛えて来ました。
また、限界を超えて行くと云う根性。
負けると分っていても、逃げない、下らないと云う強い心を鍛えたと思います。

 年齢も上がり、流石に体力も落ち、パワーもなくなりましたが、それでも空手は楽しいです。
今の自分に出来る、今の年齢で出来る、そんな空手を追求して行けるのは、N師範はじめ道場の皆のおかげです。

怖いからこそ

2008 - 07/01 [Tue] - 02:57

 何かにチャレンジする時、新しい道が見える時、そこにはどうなるか解らないと云う怖さが必ずあります。
大きなチャンスであればある程、大きなチャレンジであればある程、その恐怖は大きなものです。

 でも、その時に恐怖を感じると云う事は、それだけ仕事に対して真摯である、自分の力を知っている、そのチャンスやチャレンジの重大さを知っていると云う事です。
だからこそ、必死になる事も出来るし、頑張る事が出来ます。
TVで高校生を相手に島田紳助氏が「不安でええのよ、不安だから頑張れる」と言っている言葉は、本当です。
個人的にはあまり好きな人物ではないですが、あのCMはそう云う意味では良いですね。

 逆に怖さを感じない人は、第三者的に見ると怖いですね。
と云うか、危なっかしいと感じます。
怖さを知らないと云う事は、自分の実力も知らず、真摯ではないとも云えるからです。
「大丈夫か、彼奴」と、思わず言いたくなります。

 誰でも変化は怖い。
相手が大きいと怖い。
やった事がない事は怖い。
当り前です。

 それを越えて、そのチャンスを自分の手で掴むか、逃げるか。
さぁ、どっちでしょうか?

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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Adept・Mentor 島津成晃の独り言
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だんな様は霊能力者
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