感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

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夏越大祓

2008 - 06/30 [Mon] - 00:45

 正確には6月30日に行うべきものですが、本日29日に夏越大祓の祈りを奉納致しました。
一年の前半の6ヵ月の穢れを祓い、後半6ヵ月の無事と開運を祈る行事です。
緊張の中に静かに始まり進んで行きました。
感覚のある人には、私の祝詞奉上の時に色々な光りが見えたと云う事でした。
また、神棚の依代(磐倉)を開帳していたので、そこに沢山の龍を見たと云う人もいました。

 沢山の祈願文が並び、一枚一枚心を込めて奉上しましたが、残念ながら数枚は神に受け取りを拒否されました。
普段の行いと性根でしょうか。
やはり神にはお見通しと云う事でしょう。

 久々の神の行事は、全ての力を全開にして、流石の私も終了後はクラクラしていました。
さぁ、後半の半年、良い年にしましょう。

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自分のスタイル

2008 - 06/29 [Sun] - 02:41

 今日、不動明王の縁日で、弟子や道場で指導してくれているI君と話していました。
それぞれが頑張っていながらも、それぞれが小さな、そして大きな悩みを抱えていたりします。
夏越大祓の前日でもあり、色々な思いや想念や被りなどのせいで思考も止まり勝ちだったり、体調も今一つ良くなかったりと云う事もあるでしょうが。

 まだ修業中の身でもあり(一生修行ですが)、迷いも多く、歩いては止まり、走っては止まり、時に後向きになり、後ずさりしたりと、スッキリと歩けていないのが良く解ります。
私もそうでした。
否、今でもそうだと思います。

 が、そんな中から抜け出して行く為に必要な事は、「自分のスタイル」だと思います。
自分が何がやりたいのか、自分の夢は何か、目標は何か、自分が拘っていたいのは何か、どこまでなら妥協出来るのか、そんな事をしっかり見詰めて、見極めて行き、自分のスタイルと云うものを作り上げて行く事だと思います。

 例えば仕事は儲けるのが目的。
でも、その道筋で自分なりの拘りや、夢や到達したい目標はある筈。
空手なら強くなるのが目的。
でも、空手家として技術を高めたいのか、人として完成して行く道を歩きたいのか。
それぞれの思いや考えはある筈です。

 思いや夢は実現する為にあります。
人から評価されたい、誉められたい為だけで努力している筈はありませんね。
だから、こんなに頑張っているのに何で結果が出ないのだろう、どうして上手く行かないのだろうと悩むのは矛盾です。
まだ、自分の望む理想の姿ではない、それだけの話です。
その為には自分のスタイルを決め、それを内外に宣言し、後は前を向いて行くだけ。
目先の、足許の、小さな問題等に振り回されないで、夢を信じて、自分を信じて、歩き続けるだけです。

 迷いを捨てて、前を向いて、しっかり歩きましょう。

羨ましい

2008 - 06/27 [Fri] - 02:49

 目標を掲げ、夢を持って、それに突き進んでいる人の姿は、キラキラと輝いていて美しくもあり、魅力的ですね。
その為に苦労して悩んでいる姿すら、美しく見えてしまいます。
時にその目標を見失ったり、夢を忘れてしまう事があって、その輝きが消えている時は、原点に戻ってその輝きを取り戻して欲しいと思います。
そのまま陰ったままで終ってしまう人も多いですからね。
夢破れて山河ありでは悲しいです。
現実は厳しいですから、目標は遥か遠くにあり、夢は遥か遠くにあって、辿り着けない人も沢山いますが、諦めず、弛まず、歩き続けて行けば必ずいつかはそこに行けます。

 キラキラとして頑張っている姿は羨ましいですね。
私には夢や目標はありません。
と言ったら語弊がありますが、毎日出会う相談者や色々な方、御縁のある方、皆さんが人として成長し、本当の幸せを感じてくれる事、それだけしかありません。
こうなりたい、こんな仕事がしたい、ああなりたいと云う欲がいつの日か消えてしまいました。
今日一日、出会った人が幸せでありますようにと願って、全身全霊で向き合う。
そうですね、夢があるとすれば、そう云う人達が大きく羽搏いて活躍しれくれたら最高ですね。

楽しい

2008 - 06/26 [Thu] - 02:27

 何をするにも、楽しくなければ続きませんし、良い結果を生みません。
勉強でも習い事でも、趣味でも、また仕事でも、楽しくなくて義務感やイヤイヤやっていたら、いつかは本当にイヤになって出来なくなってしまいます。
また、楽しいと思えばこそ人とも話しますし、辛い努力も出来ます。
イヤイヤだったり、楽しくなければ、モチベーションは下ってしまいますね。

 特に仕事はそうです。
良い仕事をすると云う事は、その仕事を通じて、顧客に対して夢を売っているのです。
ですが、夢を売る本人がその仕事を楽しんでいなければ、仕事に夢が乗らず、商品として扱っているものまでがつまらないものに見えて来ます。

 会話を楽しまない人は、人からつまらない奴と思われ、敬遠されて縁が切れてしまう事もあります。
楽しむと云う事は、一つの魅力です。
楽しいと云う思いが、周囲の人の眼や心を惹き付けます。

 生きていると辛い事や苦しい事は沢山ありますが、明日を信じ、今を信じて、いつも笑顔で、そして楽しんで下さい。
必ず、それは潮が満ちる様に伝わって行きます。

ちょっとした言葉

2008 - 06/25 [Wed] - 02:39

 何気なく口にする言葉でも、説明不足だったり、配慮が足りないと、相手に対してとても失礼だったり、気分を害させてしまったりします。
道場でチラリと耳にした言葉、昇級審査について女性同士が話している言葉に、ウン?と引っかかった言葉がありました。
私よりも妻がしっかりと聞いていた様で、帰りの車の中で詳しく聞いて、やっぱりあれは相応しくない言葉だよなぁ~と、改めて思いました。
悪気もない、正直なだけの言葉だと思います。
が、説明不足で、配慮も欠けていた気がします。
小さな事ですが、相手の心には残ってしまいますね。
昨日の小さな棘と同じですね。

 私も言葉はきつい方だと思います。
が、その言葉の与える影響についてはとても意識しています。
一言が人を天国にも地獄にも落としてしまいます。
また、その一言が自身の評価を上げもすれば、下げもします。

 その場に相応しい、相手の心に配慮した、美しい言葉を使いたいですね。

小さな棘

2008 - 06/24 [Tue] - 02:47

 生きていると、ちょっとした事、何でもない事が気になったりする事ってありますね。
それを「ま、良い」と気にしない様にするのが生きて行く上での知恵とされています。
気にしなければないのと同じ。
その通りです。
でも、人間ってそんなに器用には出来ていないものです。
忘れたつもり、気にしていないつもり、でも実は心に小さな棘の様に刺さって抜けていない。
何かの時に気になってしまう。
また、忘れた筈なのに何だか調子が悪い。
そんな事ってありますね。

 昨今は除菌ブームですが、小さな、眼に見えない程の小さな傷からばい菌が入って感染症になると云う事もあります。
棘を刺した人は分ると思いますが、小さな、拡大鏡を使わなければ見えない様な小さな棘が、痛くて痛くて。
それが抜けるまでは、気になってしまって・・・と云う事がありますね。

 これ位、まぁ良いか、何だろう?
そんな気にも留めていない様な小さな棘が、実は大きな影響を身心に与える事があります。
一本の小さな棘が足に刺さり、象が歩けなくなり、最後には死んでしまうと云う話があります。

 大きな問題なら、ちゃんと意識します。
だから、解決しようとします。
怪我や病気なら治そうとします。
でも、小さな、どうでも良い様な事や擦り傷や小さな切り傷なら、放っておくかもしれません。
気にしなければ良い。
それが心や身体の調子を狂わせてしまう事があります。
名刺の紙一枚の厚さの歯の噛み合わせの狂いが、全身を歪めてしまう事があります。

 小さな事ほど、ちゃんと気にしましょう。
眼に見えない程の小さな棘も、段々と数が増えて行くと、大怪我となります。
一本だけでも、何か変!!と云う事が起きて来ます。

 小さな棘、放っておくと怖い事もあります。

無神経、無配慮

2008 - 06/23 [Mon] - 03:38

 今日は月に一度の月例会でした。
今日、横浜でK師範の許、新極真会の全関東選手権試合がありました。
行事が重なってしまったので、正伝流から多くの選手が出場したのに応援に行けなかったのは、大変残念ですし、出場された選手の方々、申し訳ありませんでした。
また、毎回招待状を送って下さるK師範には事前に御連絡を差し上げて御挨拶しましたが、改めて観戦に行けなくて申し訳ありませんでした。

 とちょっと私信になってしまいました。
今日の月例会は、色々な意味で深く感じた日です。
皆一様に一生懸命に何かをつかもうとし、学ぼうと云う姿勢はとても強く感じました。
ですが、殆どの人が、誰かが話しているのを聞くだけ、こちらから質問をしなければ発言しない、そんな消極的な受け身の態勢がありました。
中の数名だけが積極的に発言し、自分の質問だけを延々として時間を取ってしまう人もいました。

 月例会は学ぶ機会であり、啓発の時間であり、気づきの時間でもあります。
そこで色々な刺激を受けて、聞き、話し、体験して、視野を広げ、新しい価値観に触れ、またリフレッシュしてストレス解消する時間です。
出来るだけ積極的に発言し、人の発言に対しても質問し、会話をしましょう。
そうする事で、少ない時間を本当に充実した、意味のある時間にする事が出来ます。

 数名に積極的な人の為だけに月例会をやっている訳ではありません。
古い人は意識して皆に話を振り、発言を促して下さい。
自分だけ時間を取った人は、他の人の事が視野に入っていなかったか、忘れてしまっていたのでしょう。
自分が今どうあるべきか、配慮し、意識して行きましょう。

 無意識に、また悪気なく、何気なく言葉にした事や、している態度で誰かを傷つけたり、ないがしろにしたりしてしまう事は良くある事です。
人は一人で生きているのでも、一人で仕事しているのでもありません。
周囲にいる人、一緒にいる人の思いを汲み取って、配慮して下さい。
無神経、無配慮は、社会人として恥ずべき事です。

 誰から一生懸命に仕事している時に、その横でふざける。
悪気はないでしょうが、それがどれだけその人の頑張りを冒涜する事か、心を傷つけるか考えましょう。
それが人数の少ない会社なら尚更。

 今日はそんな配慮の行き届いた人とそうでない無配慮の人、とても神経の行き届いた人と無神経の人の違いが浮き彫りにされて見えてしまった日でした。
学びの場だからこそ、余計にそんな事が浮き上がって来たのかもしれませんが、そう云う事に自ら気づいて学んで行く為にも月例会はあります。
今日一日を、しっかり振り返ってみて下さい。

今日が明日へ繋がる

2008 - 06/21 [Sat] - 03:16

 今日、母が「around 40」と云うドラマを見ていたのを、チラリと垣間見ました。
基本的にあの手のトレンディー・ドラマと云うものは、私は興味がなく見ません。
このドラマも全く興味がありませんでした。
が、チラと見た場面に印象に残る言葉がありました。
主演の天海祐希の台詞で「明日、後悔をするかどうかより、今を後悔したくない」と云う言葉。
正確かどうかは分りませんが、そんな言葉でした。
良い言葉ですね。
私も全く同感です。
今日の積み重ねが明日へ繋がり、今日の選択が明日を決める。
だから、今日、今、後悔しない様に生きる。
明日の為に、将来後悔するかもしれないと云う思いでチマチマと生きたくない。
そう思います。

 未来は決定していません。
今日の続きが明日です。
そして明日の続きが明後日。
そうして未来へと繋がります。

 今を思い切り生きる事が出来ない人に、明日思い切り生きる事が出来るとは思えません。
今を自分らしく生きる事、それが明るい自分らしい未来へと繋がると思います。

 トレンディー・ドラマも捨てたものではないのかな?なんて思った瞬間でした。


見た目

2008 - 06/20 [Fri] - 03:19

 人の目を意識しないで生きて行けたら楽ですね。
昔から日本では特にそうですが、人の目や評判を凄く意識して生きると云う事があります。
ですから、そこから外れると「変な人」と云う評価を得て、時には村外れと云う事さえ起きる事があります。
現代は時代も変って来ているので、そう云うものから脱却して来ている様に思いますが、それでも近所付き合いや親戚付き合い、友達や会社などでは「人の目」と云うものを意識せざるを得ません。
特に儀式事、冠婚葬祭ではそう云うものに縛られてしまいます。

 外国は個人主義と云われますが、実はそんな事はありません。
英語の言葉の使い方一つで馬鹿にされたり、その土地土地にルールがあって、そこから外れるとその土地では生きて行けないと云う事があります。

 自己評価、自分の人間としての評価は自分の理想と云う物差しで計るべきです。
人の評価に依存していると、そこでジレンマが起きて、自信喪失と云う事に繋がります。
誰でも自分の価値観や視野で人を評価しますから。

 しかし、郷に入っては郷に従えと云う言葉の通り、ある程度の順応は必然です。
そこのやり方でやらないと、相手は聞いてもくれなければ、相手にもしレくれません。
まず、見た目と云うハードルを越える必要があります。
そこを無視していると、最初の門すら通れないと云う事が起きます。

 言葉、マナー、輻輳、等々と面倒臭い事は沢山ありますが、自己表現の一つとして、また会話する為のツールとして、外見を気にする、相手が評価する様な見た目と云うのは大切ですね。

無駄

2008 - 06/19 [Thu] - 03:04

 あまり計算づくだけで生きて行くのはつまらないですし、心にも身体にも決して良くないですね。
計算出来ない事があるから楽しいし、その中には無駄もあると思います。
ある目的で人に会っても、それが充たされない時は無駄足と思うものです。
でも、それは考え方の問題で、会って色々と話した事で得る事も多く、決して無駄ではないと云う意識を持つ事が大切ですね。

 贅沢と云う時、高い物を買ったり、高い洋服を着たり、それだけが贅沢と思っている人もいますが、本当の贅沢は無駄と思えるものにお金をかける事です。
それは時間や空間です。
例えば旅行に出かける。
その時、観光や温泉などの目的がある訳で、それなら移動手段や宿泊する部屋は出来るだけ安価にと云う考え方もありですね。
でも、それは目的だけを見ていて、その間の時間や空間に対する意識が欠けていると云えます。
普通席でも良いですが、それを敢えてグリーン車で移動する。
安い部屋じゃなく、敢えて高いスウィートルームに宿泊する。
そうする事で得られる充足感は、お金には換算出来ません。
珈琲一杯を飲むのに、その辺の喫茶店で飲むのと、一流ホテルのラウンジで飲むのでは、天と地ほど値段が違います。
そう云う本当の贅沢を知ると、段々と本当に意味のない物欲が段々となくなって来ます。

 あれが欲しい、これが欲しいと思う時、良く考えるとその時に欲しいだけで、買っても使いもしない。
買っただけで満足?なんて事もあります。
ま、たまにはそれもありだと思いますが、心の充足を物に求めてしまうと、単なる無駄遣いでしかありません。
それで何が得られるかが大切ですね。
良い洋服を買うなら、それを着る事で、仕事上のオーラとなったり、他人に対するある種の迫力になったりする事もあります。
それなら良いでしょうが、買っただけ・・・・・は、う~ん、意味がないですね。

 人から見て意味のないものに金銭を使うのが無駄遣い。
でも、それが自分に取って大きな意味があると思えるなら、それは無駄遣いにはなりません。
ただ、そこから得るメリットをちゃんと知って、それをきちんと意識する、その場だけで終らせない事が大切だと思います。
買いっ放し、遣いっ放しは、やっぱり只の無駄遣いであって、幼さの象徴でしかありません。

感じ取る

2008 - 06/18 [Wed] - 02:53

 今日、また「霊能者と仲間達」をアップしました。
今回はテーマが話し方ですね。
心がこもっているか、相手に対してどう云う感情を持っているかで、相手に伝わるものも変って来る。
人間って、言葉だけではなく、そこから相手の思いを感じ取ってしまいますからね。

 昨日入院していた愛車は無事御帰還です。
案の定、パワー・ウィンドウのレギュレターが折れていました。
これからは、不注意のない様に気をつけます。

 愛車を迎えに行って、そのまま道場へ。
そして、いつも通りの練習。
道場生達や師範、指導してくれているI君の活き活きとした顔が、元気をくれます。
皆、若くて強いので、練習が終る頃にはクタクタ、ボロボロですけどね。(苦笑)

 会話も空手も、古い車を運転するのも、また仕事でも同じだと思いますが、ちゃんと相手と向き合って、感じ取ってあげる事が大切です。
幾らそんなフリをしても、相手も感じ取ってしまいます。
そうすると、円滑な人間関係は絶対に生れません。
互いに思い遣り、互いに感じ取り、そんな中から本当の信頼関係が生れて来るのだと思います。
そして、今は何の役にも立たない様に見える人間関係も、時間が経つと人脈となり、最後の頼みの綱となる事があります。
そう云う得難い財産を手にする為に、まずは心を開いて、アンテナを沢山立てて、感じ取りましょう。

不注意

2008 - 06/17 [Tue] - 02:06

 私のちょっとした不注意で愛車が入院しています。
右リアのパワー・ウィンドウがしまらなくなってしまいました。
数日前、余りにも暑い日に乗り込んだ時、それまで炎天下だったせいか車内は蒸し風呂になっていました。
で、ついリアの窓も全開まで開けてしまいました。
以前から、古い車の窓は全開にして、その後パワー・ウィンドウのスイッチを押し続けてはいけないと云う事は分っていました。
特にリアはあまり使わないので、劣化している場合が多く、中のレギュレターと云う部品が壊れてしまう事があります。
分っていたつもりでしたが、暑さに惚けたのか、やってしまった様です。
考えてみれば、もう15歳の愛車。
人間で云えば何歳になるのでしょうか?
老人です。
運転は優しくしているのですが、それでもこう云う不注意はいけないなと反省しています。

 何でもそうですが、つい・・・忘れてしまうと云う不注意は誰にでもあります。
が、それが大きな問題になる事もあります。
小さい事ほど大切ですし、小さな事の積み重ねが大きな事へ繋がります。
忘れてしまっても良い事、絶対に忘れてはいけない事、見極めて取捨選択しなければいけませんね。

 愛車は明日の夕方迄に直して欲しいと言ってありますから、直った愛車で道場へ行けるでしょう。
早く直って欲しいですね。

 余談ながら、今日、ヤナセへ愛車を持って行った時に、愛車のキーをつけているキー・ホルダーが壊れました。
あり得ない様な事が起きてしまいますね。
もっと愛情をかけてやらなければいけないと云う事でしょうか。

決断

2008 - 06/16 [Mon] - 02:24

 今日、毎週土曜日夕方5時からBS11でやっている「宇宙大作戦」を見ていました。
40年も前に始まったTVドラマを見る事が出来るのは嬉しいですね。
NHKも粋な事をやってくれます。

 今日はテーマは「上に立つものの決断」でした。
曾て食糧危機により最高権力者が戒厳令を敷き、8千人の住人の中から半分の4千人を選び、残りの4千人を処刑したと云う話。
それが正しいか間違いか、それは主観です。
やった側にも正しいと信じる信念があり、やられた側の恨みもあり、どちらも頷けるものです。
第三者的にものを云うのは簡単です。
こうあるべき、と。
しかし、現実にその場面に直面した時、「大を救う為に小を打つ」か、「大を危機に直面させても、小を救う」か、上に立つものは決断しなければなりません。
それが、時間が限られていれば、余計にそれは厳しい決断となるでしょう。

 登山をする人達が、何人かのパーティーで登山する時、一人が落下した時、他にまで類を及ぼさぬ為に自分に繋がるザイルを切って自ら落ちると云う話があります。
それが事実かどうかは、私は登山をやりませんので知らないですが、自分がいる事で自分一人ではなく仲間まで危険にさらすとしたら、その時、どう決断するでしょうか?
また、パーティーを率いているリーダーは、どう決断するでしょうか?

 家庭に於て一家の長である時、会社に於て上に立つ者である時、場面場面で決断して行かなければいけない事は沢山あるでしょう。
その時、逃げないで、正面からちゃんと向き合い、受け止めて、責任を一身に背負って決断しなければいけません。
結果がどうあれ、そこに信念を持っていなければいけません。
その時、必要なのは広い視野と柔軟性でしょう。
一面的なものの見方をしていたら、間違った決断をするかもしれません。
曾て、そう云う事がありました。
そして、大きな戦争、世界大戦が2度も起きました。
今も同じ様に、世界中で紛争・戦争が起きています。
また、災害に於て、今度の大震災の様に被害が出た時、即座の決断がなければ人命救助は遅れてしまいます。

 いつ、どこで、決断を迫られる時がくるかもしれません。
その時の為に、常に眼を開き、視野を広く持ち、多種多様な価値観に触れ、柔軟性を持ち、また強い意思を持って眼の前の小さな事に対して決断して行く癖をつけておく必要があると思います。
その積み重ねが、いつか来るであろう、大きな決断の時の布石となると思います。

解放

2008 - 06/15 [Sun] - 02:39

 日常、生きていると色々な事があって、どうしても捕われてしまいます。
そうすると無意識ですが、段々とストレスが溜って来て、気がつくとどうも体調が良くないとか、視野が狭くなっているとか、発想が貧困になるとかします。
自分で気がついていれば良いのですが、無意識だから厄介。
医学的にも無自覚性ストレスはとても危険。
気がついた時には大事になってしまっている事があります。

 眼の前の事はないがしろに出来ませんし、受け流してしまえば良いのですが、ついそこで止まってしまう事も多々あります。
しかし、そこばかり見ていると、いつの間にか未来への夢や目標を見失って、目先の事だけしか見えていないと云う事が起きてしまいます。

 自分では何でもない、疲れていない、ストレスなんかないと思っていても、時々、身心を解放する時間を持つ事をお勧めします。
解放されて初めて気がつく自分のストレスと疲れと云う事もあります。
また、非日常の空間や時間を持つ事は、解放に繋がり、新しい発想へのヒントを得る事もあります。

 そう云う時は、出来れば自然のある所が良いですね。
常に人に囲まれ、人と関わって生きているのですから、雄大なもの、美しいもの、静かなものに触れる、感じる事で得られる解放感は得難いものがあります。

 癒しはまた別です。
人は人でしか癒されないと云います。
人で傷ついた時、人の優しさや大きさに触れる事で癒される。
そう云う時、自然で癒される人もいるでしょうが、人に依っては孤独感を増すだけと云う事もあります。

 自分に合った癒し、解放される空間や時間を持ちたいですね。

自分のスタイル

2008 - 06/14 [Sat] - 03:48

 仕事にしろ生活にしろ、また遊びにしろ、自分のスタイルと云うものを作って行く事って大切です。
とは云え、今迄の習慣とか、考え方や視野で、新しく変えて行くのって勇気が必要ですし、タイミングってありますね。

 「所変われば品変わる」と以前にも書きましたが、その時その場所で現実的に考えて行かなければいけません。
そう考えた時、今迄のやり方を捨てる、変える、そうする事で自分のスタイルと云うものを確立して行く。
そうすると、今迄は見えてなかったものが見えて来る事もあります。
当り前だと思っていた事が、無駄だった・・・とか。

 目線を変えてみるって、楽しいですよ。

リズムに乗る時

2008 - 06/13 [Fri] - 02:59

 何でもそうですが、リズムって凄く大切ですね。
調子の良い時は、そのリズムに乗って軽やかに、悪い時はそのリズムに乗らない様に自分のリズムを維持する。

 浮き沈みは誰にでもあり、そのリズムが経験や知識や知恵で、段々と振幅が小さくなり、波長が伸びて、最低線も底上げになって来ます。
そして自分だけの固有のリズムと云うものが出来上って行きます。
色々と経験してきた人は、それなりに自分独自の哲学を持ち、やり方も持っているでしょう。
そう云う人は、固有のリズムを作り上げているのではないでしょうか?
でも、経験の少ない、知識も知恵も少ない人は、やはり周囲のリズムに影響されて振り回されてしまいます。

 リズムの乗って良い時、またリズムに影響されない様にしなければいけない時、それをしっかり判断し、決断したら迷わない事です。
やる時はやる、止まる時は止まる、引く時は引く、押す時は押す。

 自分のリズムと、そのリズムをどうするかの意思決定を明確にする事。
それが、安定とステップアップへ繋がります。

長所と欠点

2008 - 06/12 [Thu] - 03:48

 妻も書いていましたが、今日は「長所と欠点」のお話。

 いつも言っていますが、「自分の事は長所も欠点も含めて、丸ごと受け入れて好きになりましょう」
欠点を見詰める時、どうしても「ここが嫌い」「これがなければ」と、自己否定してしまい勝ちです。
でも、それでは欠点は絶対に消えませんし、直りません。
欠点があってこそ人間です。
その欠点はどう方向修正して行くかであって、なくす必要はありません。
それに、見方によってはその欠点が長所となるかもしれません。
例えば「自己主張が強い」
これは日本では欠点とされてしまいますがが、外国へ行くと・・・、当り前の事であって、ハッキリとものが言えると云う事は長所とされています。
「所変われば品変わる」ではないですが、場面によって見方は違うものです。

 私も身体が小さいから、大きな者に勝てる空手を追求し、強くなった(?)と思います。
もし身体が大きかったら・・・、そもそも空手をやろうと思わなかったかもしれません。
何しろ空手を始めた動機が、苛められっ子からの脱却ですから(苦笑)

 長所と欠点は紙一重。
嫌うのではなく、どう修正するか、その欠点をバネにして前へ進むかだと思います。
長所も同じ。
そのまま伸ばす事が正しいのか、軌道修正した方が良いのか、考えてから進めましょう。

心を乗せる

2008 - 06/11 [Wed] - 02:57

 今日、また「霊能者と仲間達」のブログをアップしました。
今回のメインテーマ、会話です。
上手い話術でも心が乗らなければ、相手は受け取ってくれません。
下手な話術でも、そこに心が乗っていれば、相手は真剣に聞いてくれます。
以前にも書いていますが、人って心を感じとるのです。

 私はプロのメンターですから、さも話術が素晴しいと思っている人もいる様ですが、特別に訓練を受けた、技術としての会話術などは知りません。
相談者と向き合い、その人と一緒に考え、どうしたら問題が解決するか話合うだけです。
真剣に聞いてあげて、真剣に答えてあげる、それだけです。

 私の所に来ている相談者の一人に、曾てプロの司会者をしていたと云う女性がいます。
この話題は「島津成晃と仲間達」のブログの方にも載っていますのでお読み下さい。
その彼女曰く、やはり上手いと言われるよりも、感動したと言われた方が嬉しいと。
心がこもっていた、そう感じて貰えて、通じ合った時に感動は伝わります。

 技術さえあれば、幾らでも流暢に、淀みなく話す事が出来るのでしょう。
そうすれば演台の上で一説をぶつ事も出来るでしょう。
が、私は苦手です。
相談ならどんなものでも対応して来ましたが、前に立って一説をぶつのは苦手ですし、下手です。
相談に乗っている時も、流暢に話す、淀みなく話すとは程遠いと思います。

 今日は空手の練習でしたが、同じですね。
相手と会話が出来なければ、良いスパーリングは出来ません。
攻めるだけ、受けるだけでは、幾ら動きが綺麗でも一方的なものになって、楽しさがありません。
勝つだけなら、守るだけなら、それで良いのでしょうが、空手は相手との距離感を意識し、相手の攻めを感じ取り、受けて返す。
だから楽しいのです。

 心を乗せた会話、どんな時でも心がけたいですね。

危機管理

2008 - 06/10 [Tue] - 01:36

 秋葉原での衝撃的な事件、また似た様な事件が続きますね。
とても嫌な、そしてやるせない事件です。
いつまで続くのかと暗い気持ちになってしまいます。

 こう云う事件がニュースで流れるのは仕方ありません。
が、報道姿勢として、余りにも微に入り細に入り報道するのは如何なものかと、いつも思います。
世の中には、こう云う事を格好良いと思ってしまう愚か者も存在します。
余りにも克明に報道する事は、逆にそう云う人達へ情報を流し、真似をしろと言っている様に思える時があります。
そんなつもりはないのでしょうが、報道は事件にブームを作ってしまうと云う事も事実なのではないでしょうか?

 こう云う話が出る度に、危機管理の重要性を感じます。
事件に巻き込まれない為に、事件が身近で起こった時にどう対処するか、日常の中に危険は沢山あります。
それはプライベートでも仕事でも同じ。
道を歩いていて、上から物が落ちて来るかもしれない。
車が暴走して飛び込んで来るかもしれない。
強盗やスリ、暴漢や通り魔がいるかもしれない。
また、仕事で思いもよらぬ問題が発生するかもしれない。

 私は長年、空手をはじめとして色々な武道をやって来ましたが、師範とも話した事があるのですが、座っていて「もし、そこから殺意を持った人間が入って来たら?」といつも意識のどこかで考えています。
これは、本能の様なものです。
ですから、座る位置、見える範囲、人や壁や出口との距離、また身近にあるもので武器になるものは、と殆ど無意識に目を配っています。
そんな命知らずはいる訳ないと、妻や周囲の人達には笑われますが、私や師範にとっては真剣な問題です。

 同じ様に、仕事に於ても何かあった時の為の心構え、対処すべき方法論は常に意識するべきものだと思います。
そこを失敗したが故に潰れてしまった会社は数多く。
自己弁護するべき時か、或いは全てを投げ出しても陳謝するべき時か、戦うべきか守るべきか、それは企業にとっては大問題です。

 日本人は特に危機管理能力に劣ると云います。
その通りでしょう。
外国での犯罪被害に遭う確立は、日本人が一番多いかもしれないと思います。
平和な日本と云われて久しいですが、段々と治安も悪くなりつつある様に思います。
昔の日本には家に鍵すらなかった。
今では信じられない話ですね。

 いつも戦々恐々としているのも精神衛生上良くないですが、ほんの一瞬でも自分や家族や会社の危機管理意識を持つ瞬間と云うものを意識しておきたいですね。
ちょっと目をやる、意識を向ける、想像してみる、それだけでも良いと思います。
そうすると、如何に自分が無防備に生きているか、分って来ます。

年を感じる

2008 - 06/09 [Mon] - 02:55

 毎晩、ストレッチを妻とやっています。
その日その日、毎日調子が違います。
割とスンナリと曲がる、伸びる日もあれば、バリバリでどうしたんだろう?と思う程、固い日も。
精神の疲労が身体に繁栄するのか、身体の疲労の時よりも精神的に疲れた時の方が身体が固くなっている気がします。

 あぁ~、昔は軟体動物と云われた程に柔らかかったのに・・・、と思いながら、日一日と伸ばしたり曲げたりしています。
暫くの間、ストレッチをさぼっていた(それこそ何年も)ので、固くなるのは当然ですが、それにしても・・・って感じですね。
こんな時に年を感じてしまいます。
普段は年齢なんて全く意識せず、むしろ若い人達よりもパワーも元気もあると思いますが、それは10代20代で徹底して鍛えた結果と、気力と好奇心のおかげと思っています。
が、自己チェックする時間、ストレッチや筋トレや朝晩に顔を洗ったり歯を磨いたりする時、やっぱり年を取ったなと実感してしまいます。

 空手やその他の事で長年噛み締めて来たせいで歯はかなり傷んでいます。
ボロボロとまではいきませんが、それでも歯茎が傷んでしまっていて、何れは抜けそうな歯も何本か・・・。
う~、抜けたら入れ歯か・・・と思うとゾッとしますね。
その日を一日でも長く先延しする為に、歯医者さんで教わったプラークコントロールをしっかりやっていますが。
「良くブラシが当っていて、とても綺麗ですよ。」なんて誉められても、その後に、「いつかは、この歯もこっちの歯も抜けるでしょうね。」と言われてガックリ。(苦笑)

 ま、年を重ねて老化して行くのは自然の理ですから、上手く付き合って行くしかないですね。
せめて、気合いと気力と好奇心は失わず、永遠の不良中年でいたいものだと思います。
不良少年が不良中年になって、いつかは不良老人となって行き、一生不良でいようかと・・・。(笑)
そう云う格好良さを失わないで年を重ねて行きたいですね。

決まり事

2008 - 06/08 [Sun] - 02:52

 人間社会には色々と面倒臭いしきたりとか仁義とか義理とかありますね。
義理人情と云いますが、人情を忘れたら人は冷酷な怪物となってしまいます。
同時に、義理を忘れたら、只の恩知らずな勝手者。
そして、仁義を忘れたら礼儀知らずな愚か者。
しきたりを守らないと、社会と云うコミュニティーでは生きて行けないはみ出し者。
あ~、面倒臭い、と思いますね。

 でも、こう云うものって、考え方一つ。
上手く馴染んで、上手く利用すると、これまた自分の利益となり、生き易くなります。
例えば結婚式、つい自分達だけの思いでやりたくなります。
でも、二人が一緒に暮すだけなら、婚姻届を出すだけで良いのです。
一生の思い出などと云われて式を挙げますが、その時にかかる費用も大きければ、準備も大変。
終ってからがまた大変。
沢山の人に祝って貰う。
何故、こんな事をするのでしょうね?
って考えた時、結婚式って自分達だけのものではないのだと云う事に気づく筈です。
自分達の新たな旅立ちを広く世間に知らしめて、これを機にまた宜しくお願いしますと云う意味があります。
ですから、考えようによっては出世の道具でもあり、社会的信用に関わる儀式です。
派手婚、地味婚、他にも色々なスタイルがあると思います。
が、人に祝って貰うと云う意味、それを考えないと筋を曲げてしまう事になります。

 プライベートでも仕事でも、曲げられない筋、忘れてはならない礼儀、また仁義や義理もあります。
そこに人情もからんで、守らなければいけない決まり事は沢山あります。
それとどう付き合って行くか、それが出来るのが大人とされています。

 自分の思いだけで、勝手な思い込みだけで突っ走ると、後で大恥をかいてしまう事もあります。
何が常識かと云う問題は、地域でも、属している所によっても、また時代によっても違いますから一言では言えませんが、自分が最も大切にしなければいけない、自分が今属しているコミュニティーの中での常識を知っておく事は、最低限のわきまえと云っても良いでしょう。

 日本は決まり事で成り立っている社会です。
知らぬが仏は、場面によりますね。

意識

2008 - 06/07 [Sat] - 03:10

 どう云う訳か、心の中の意識って人に伝わってしまうのですよね。
何となく人と関わりたくないなとか、仕事したくないなって時は、本当に誰からも連絡が来なくなったり、仕事が止まったり。
でも、意識が変って気持ちが明るくなると、途端にそれを感じたかの様に次々と連絡が入って来る。
不思議です。

 人って思っている以上に敏感なもので、自分が嫌っていると相手も嫌って来るとか、自分が好いていると相手も好きになってくれるとか、良くあります。
何でこんなものが売れたのかな?って思う時、それを考えた人の情熱が伝わったのかな?って思う事があります。
物はつまらないものでも、そこに心がこもっていると、人って不思議と目を向けるのですよね。

 人間は心で人と付き合って行きます。
ですから仕事でもプライベートでも、心がこもっていると、相手も受け取ってくれます。
また、心が豊かで明るい状態でないと、人はその暗さを避けて通ろうとします。

 いつも、心を豊かで、柔軟性のある、そして明るい、良い状態に保っておきたいですね。
そして、ちゃんと意識して、心を込めて人や物や仕事に当りたいものです。
伝わってしまうのですよ、本当に。

門外漢の眼

2008 - 06/06 [Fri] - 01:56

 仕事をして居ると、自分がプロだからこそ見えない事ってありますね。
当り前だと思っている事が、門外漢や素人の目から見ると、凄い事だったり。
全く興味をひかない様な事が、素人の目には物凄く魅力的だったり。
曾て大ブレイクした商品は、そう云う場合が多い様ですね。
売れる訳ないと思って販売した商品が大ブレイク。
嬉しい誤算。
逆に、絶対に売れると思って出した物が、全く駄目と云う事も。

 プロの目と素人の目には絶対的な差があります。
知らぬが仏とは良く云ったものだと思います。
マーケティングと云うのは、本来はそう云う目線で行うべきものだと思います。
楽しい、嬉しい、綺麗、可愛い、生きる上で全く必要のない無駄なもの、だからこそ売れてしまうと云う不可思議。
でも、それが現実です。

 何も知らない素人、全くの門外漢の眼と意識、忘れない様にしたいですね。

リズム

2008 - 06/05 [Thu] - 03:38

 体調も精神も、日一日、毎日違います。
朝と夜でも調子は変ります。
一番それを感じるのは道場へ出かけた時ですが、最初の基本が動けるのに後半には全く駄目、その逆もあります。

 気温や湿度、起きたタイミングや寝るタイミング、またちょっとした気にかかる事、ふとした事で思い出す過去の事、他にも色々な原因があると思いますが、一日として同じ日はないと実感する毎日です。

 今日のリズム、今のリズム、それは明日はまた変ります。
いつもリズムを一定にする事など不可能です。
だからこそ楽しいし、面白いし、辛いものです。

 でも、自分固有のリズムを知っておく事で、そのリズムの変動にも幅が出来て来ます。
大きなリズムの乱れは、体調も精神の状態も崩してしまいます。
普段からの自分のリズム、旋律を知っておきましょう。

初めの一歩

2008 - 06/04 [Wed] - 03:16

 今日は空手の日。
いつものI君ではなく、N師範の指導でした。
I君、早く腰を治して復帰して下さい。

 練習内容は師範も工夫を凝らしていて、中々面白いものでした。
それよりも面白かったのは、Aさん親子が道場に復帰した事です。
他の事で、道場で話をしようと言っていたら、それでは筋が通らないと道場へ再入門。
らしいと云うか、確かに道場で話すなら、道場生にならなければいけないと云うのは筋かもしれませんね。
中々初めの一歩が踏み出せなかったAさん、ひょんな事から背中を押してしまったかもしれませんね。

 ずっと悩んでいたK夫妻、特にJ君。
引っ越しが終った途端に顔が変って、スッキリしていて、あれだけ悩んでいたのが嘘の様に新しい生活を楽しみ始めています。
誰だっけ、引っ越したくない、どうしようか・・・って悩んでいたのは。(笑)

 初めの一歩は、凄く勇気と決断が必要です。
他人から見たら、どうと云う事はない、踏み出してしまえば良いのにと思う様な事でも、本人にとっては大問題。
でも、それを踏み出した時、人世は変ります。
後で気がつく初めの一歩と云うやつでしょうか。
何であんな事で迷っていたのか・・・と。(笑)

 石橋を叩いて渡る、石橋を叩いても渡らない、石橋を叩いて飛んでしまう。
さて、人それぞれですね。

 今日、インタビュー(仲間達)のブログをアップしました。
また、ご覧になって下さい。
自分も参加していながら、読んでいると笑ってしまいます。

知らぬ内に

2008 - 06/03 [Tue] - 02:48

 人って、知らない内に人を傷つけてしまう事を言ってしまったり、また言わない事で人を傷つけてしまったりするものです。

 側に居る人が、ねぇ聞いて聞いてと言っているのを、忙しいからとか、余裕がないから、理解出来ないからと無視してしまったり、一言で切り捨ててしまったら、その相手は深く傷つき悲しむでしょう。

 また、嫌な事があった後、表面的には平気な顔をしているからと云って、その人の心の中まで考える事もなく、自分の願いや思いで言葉を発してしまったら、その人の心には大きな衝撃だったりする事もあると思います。

 どちらも最近聞いた話です。
前者は、まだ結婚一年の新婚夫婦のお話。
慣れたのでしょうか、仕事のせいでしょうか、何れにしても大切にしてあげたい唯一の相手です。
ちゃんとそちらを向いてあげたいですね。

 後者も同じ新婚夫婦のお話。
先頃、残念ながら流産した奥様。
表面は平気な顔をしているとしても、それは夫に対して心配をかけたくないから、元気を装っているに違いありません。
それを表面だけ見て、あいつは平気だからと思ってしまって、早く子供が欲しいと言うとか。
愚かですね。
自分の思いだけで大切な妻を傷つけてしまっている。
眼の前にいたら、怒鳴りつけていると思います。

 また、一生懸命に仕事をして来て、そしたら同僚から苦言メールなるものが送られて来たと云うお話。
これは、その相手が、評価され始めたその彼に対しての妬みや、自分が評価されない事に対する怒りから発した事です。
視野の狭い、そんな相手の場合は、その相手が傷ついていたとしても、それを解消してあげようもありません。
悔しかったら、自分で評価される立場になる様に頑張れ。
くだらないメールを送る暇があったら仕事しろってところでしょうか。

 人の心は表面だけでは解りません。
が・・・・・、良く観察していると、人は必ずサインを送っています。
そのサインを見逃さない事が、人と人の信頼へと繋がる様に思います。
身近だからこそ見え難い。
身近だからこそ、気を遣いましょう。

世代の違い

2008 - 06/02 [Mon] - 02:13

 年齢を増す毎に、そう云う事を意識しない私でも少しは世代の違いと云うものを考えます。
今日、TVで20代と40代の違いなどと云う話をしていましたが、ずっと昔から「今時の若者は・・・」と云われ続けて来た様に思います。
私が中学生だった頃、大学闘争で学生運動や赤軍派等と云う社会現象で一杯でした。
世代で云えば50代。
団塊の世代の次ですね。
その後にまた時代が変ります。
現代の10代、20代、30代、40代、50代、そして団塊の世代である60代、それ以前の戦中戦後世代、またそれ以前の高年齢者達。
それぞれが自分の時代を生き抜いて来たと思います。
その世代毎に価値観も変り、目線も変り、目指すものも変って来た様に思います。

 よく昔は良かったと云いますが、ノスタルジーですね。
昔より確実に現代は良くなっています。
平和になり、便利になり、自由になって来ました。

 ですが、得たものの替わりに失ったものも多いと感じています。
捨てたものと云っても良いでしょうね。
何を残し、何を捨てるか、何を選ぶか、人生の選択は人それぞれ。
でも、社会の風潮や流れの中に呑み込まれて来たのが各世代です。

 どんな時代でも、どんな社会でも、自分らしさを失わずに生きる事が出来たら最高ですね。
その為には自己の確立と、強さも必要ですが。

心の拠り所

2008 - 06/01 [Sun] - 03:02

 ここの所、暫くお会い出来なかった相談者が来られたり、久し振りに師範達にお会いしたりする事が多く、また掲示板でも久し振りの方が書き込みをしてくれたりしています。
こう云う流れを見ていると、私の仕事は心の拠り所でなければいけないし、そうなっているのだなぁと感じます。

 ずっと以前、この仕事を始めた時、何よりも心に決めたのは、来た人には元気になって貰って、笑顔で帰って貰おうと云う事でした。
それさえあれば、互いに信頼関係が出来て、勇気を持って次のステップへ進んで貰えるだろうと。
大袈裟なパフォーマンスや見栄えで仕事している同業者も多いですが、私は大体が目立つの苦手(態度は大きいですし、派手好きですが(笑))、人前で演説するのも一説を語るのも苦手。
ですから、出来る事を精一杯やって来ました。
時間はかかりますが、それが実を結んでくれたと云う事でしょうか。
器用には器用の良さが、不器用には不器用の良さがあると云う事でしょうか。

 時間をかけて作り上げた信頼は簡単には揺らぎません。
パッと目立つのは流行であって、線香花火の様に消えて散ってしまいます。
そう思ってやって来ました。

 何でもそうですが、心を込めて、一つずつ大切にやって行く事が、結局は強いのかもしれないですね。
試行錯誤の毎日は変りません。
でも、やっぱりこのまま不器用なままで頑張って行くのだろうな、と思っています。
皆さんの心の拠り所である為に。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


関連ブログです。
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