感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2008年04月  

親孝行

2008 - 04/30 [Wed] - 02:30

 今日は親孝行と云うテーマで仕事をしていた気がします。
面接者の相談がこのテーマでした。
親の為に地方にある実家に帰る。
介護の為に地方にある親の側に住む。
或いは、ホームに入って貰う。
また、ケアサービスを使って自立生活を援助する。

 親孝行って一言で言いますが、簡単に結論が出る事ではありません。
一人前になって社会に出る事も親孝行ですし、年老いた親の面倒を見る事も親孝行だし、身体の利かなくなった痴呆の親の介護をするのも親孝行なら、結婚して子供を作って家庭をしっかり営んでいる姿を見せる事も親孝行なら、痴呆にならない様に心配をかける(程度はありますよ)事も親孝行。
親の跡を継ぐのも親孝行なら、独立するのも親孝行。
さて、考えれば考える程、結論は出ませんね。

 親の望み通りにする事だけが親孝行とは思いません。
また、自分の思いだけで親に何かしようとする事が親孝行とも云えません。
親がそれを望んでいないかもしれないですしね。

 将来、親が旅立った時、自分が何が出来たか、後悔しない様にはしたいですね。
何をしても、どれだけやっても、やり足りなかったのではないか、出来ていなかったのではないかと後悔するものですが、それでも出来るだけの事はしたいものです。
そう考えると、親孝行って結局は自分の為にやっているのかもしれないですね。

 でも、どうであれ、親に喜びと幸せを考える事、それ自体が親孝行なのかなと思います。
結果、何が出来るか、出来たか、それは別の問題かもしれませんね。
人として、子供として、真摯に向き合う事、それが一番の親孝行なのだろうなと思います。

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依存心

2008 - 04/29 [Tue] - 03:00

 人の心の中には、誰でも楽をしたい、得をしたい、嫌な事は避けたい、辛い事は嫌だと云うものがあります。
私も楽するのは大好き、辛い事は大嫌い、嫌な事は避けたいと思います。
でも、だからと云って何もしないでいたら、ただの怠慢・怠惰となってしまいますし、成長しません。
出世もしなければ、評価もされないでしょうね。

 つい、そう云う気持ちから誰かに対して依存心を持ってしまう事があります。
それがいけない訳ではありません。
でも、度を越して依存心が強くなると、頼ってはいけない人に頼ってしまったり、自分でやらねばいけない事まで依存してしまったりします。
そうなると、人はどんどん意識が崩れて来ます。
人を利用する様になるし、依存した相手から利用されてしまう事だってあります。

 依存心の強い人は、外見や態度にもそれが現れます。
変にナヨナヨと媚びてみたり、言葉にも態度にも、何か夜のお仕事の様な臭いがし始めます。
この臭いと云うものに、人は案外敏感なものです。
良い匂いなら良いのですが、こう云う心の臭みと云う様な臭いには拒否感を持つ人がいます。
それを利用しようとする人にとっては良い臭いなのかもしれないですが。

 霊が憑依すると云う人の多くは、この依存心が強い人です。
自分で無意識に霊を呼び込んでしまう。
そして、心の中に馴染ませてしまう。
ある種の薬の様に、習慣性があるのです。
ですから、除霊しても心や身体の中に痕跡が残ります。
その痕跡とは依存心。
折角除霊しても、またすぐに自分で戻してしまいます。
実は除霊は簡単です。
力と強い意志さえあれば出来ます。
が、その後のケア、身心に残った痕跡を完全に消す事、そしてその後に霊が入って来ない様にガードする事、異常を来した気の流れを調える事、これが難しいのです。

 心の中に目指す先、絶対的な芯となるものがないと、依存心は勝手に増幅する事があります。
霊感のある人や、修行をしている人は、これを肝に銘じないと魔につけこまれてしまいます。

 何れにしろ、頼ると云う事と依存すると云う事は違います。
心のバランスが崩れて依存心が強くならない様に、気をつけたいものですね。

実践のトレーニング

2008 - 04/28 [Mon] - 02:49

 今日は月例会でした。
内容はここには書けない程、深く濃いものでした。
これからプロを目指す、そう云う人が多かったので、いきなりの実践トレーニングとなりました。
最初からそこまでやろうとは思っていなかったのですが、始まったらそこへ飛んでしまいました。

 感想を云わせて貰うと、皆さん流石と云う所です。
それぞれが、粗削りながらもちゃんと霊視の仕方も出来ていて、臭いも感じ取り、その前の護身法でやった事もちゃんと意識しながらやっていました。
これなら、先へ進めます。
道は険しいですが、一歩ずつ進んで行きましょう。

 ところで、5月には書店に並ぶ予定ですが、私の相談者の一人である産婦人科の徳岡先生が本を書かれました。
素人に分かり易く書かれており、とても理解し易い本です。
書店で見かけたら、どうぞ御覧になって下さい。

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遠方より人来る

2008 - 04/27 [Sun] - 01:42

 私の相談者はそれこそ世界に広がっていますが、今日は名古屋より二家族が来られました。
遠方より友来るではないですが、有り難い事です。
毎月、名古屋から月例会に通ってくれている人が連れて来てくれたのですが、遠い所を大変だったと思います。
わざわざ来て戴けると云う事の有り難さを感じます。

 人の縁とは本当に大切なものです。
何がなくても人の御縁さえあれば、何かが展開して行きます。
損得だけではなく、大切にするべき筋道と礼儀、そして心の交流と信頼関係を大切にして行くと、そこからどんどん広がって行きます。
得難きは人の縁と信頼です。
失って一番困るのも、人の縁と信頼。
全てを失う事に繋がります。

 これからも、心を込めて、真摯に御相談者と心のお付き合いをして行かなければいけないと、改めて感じた一日でした。

プロの目線

2008 - 04/26 [Sat] - 02:52

 先程、思い付いて「鬼平犯科帳」のビデオを観ていました。
時々、精神をリフレッシュする為に時代劇のビデオやDVDを観ますが、いつも何かヒントを貰ったり、大切な事を思い出させて貰ったりします。

 いつも思うのは、長谷川平蔵の洞察力の凄さと云うか、恐ろしさです。
何故、そこまで解るのか、見透せるのか、最初は不思議でしかありませんでした。
所詮、作り物の物語だからと思っていました。
ですが、何回も観ている内に解って来ました。
小さなヒント、そして眼の前に起きる全ての事を、現代風に云うならばシステマティックに分析し、ジグソーパズルの様に組み合わせて答を導き出している。
頭の中にコンピュータがあって、即座に計算が始まっているのだと云う事。

 私も仕事中は同じ様にしている、していなければいけないと思います。
相談者から質問されて、答えるのに時間がかかっていては仕事になりません。
即座とは云わないまでも、出来るだけ早く、それも正確に見透さなければいけません。
それには、解っている全てのデータを一度に処理しなければいけません。
眼の前に見える事から、裏に隠された本当の原因や流れを読み取らなければいけません。

 父は開業医でしたが、名医と云って良いと思います。
その診断能力については、明らかに常人を超えていました。
手を当てただけで体温計並、それ以上に正確に熱を計り、聴診器一つで病気の経緯を全て見透していました。
私は足許にも及びません。

 長年の仕事で、総合力では父に勝る所まで来たと思っていますが。
プロの目線は、訓練と試行錯誤と経験の数です。
人に見えないものが見えて来る、そうなる為には長い時がかかるものですね。

思いは伝わる・・・?

2008 - 04/25 [Fri] - 02:42

 仕事をしていて、一つの事に気を取られると、不思議と仕事が偏ります。
別に何もインフォメーションしていないのに、その懸案事項が消えると途端にまた仕事が動き出します。
雰囲気と云うのでしょうか、或いは目に見えない何かでしょうか、何れにしろ不思議なものです。

 事が動く時は一斉に動きだします。
まるで堰を切ったかの様に、彼方からも此方からも色々な事が吹き出し、流れて来ます。

 そんなこんなで、今日はとても濃い日でした。
新しい会社の打合せ、その前に病気の相談、そして夜は霊的な問題が2件、その間に英会話。
どれもこれも、気が抜けないものでした。

 やっぱり心は伝わるのでしょうね。
不思議なものです。

記憶喪失

2008 - 04/24 [Thu] - 03:19

 昨日、対談のブログをまたアップしました。
今回のメインテーマは「仕事」で出会った人。
仕事をしながら出会った人から言われた一言がとても大きかった。
そんな話がメインになっています。

 ところで、今日は記憶喪失のお話。
私と付き合いの長い人は良く知っている事ですが、私は記憶喪失になる事が良くあります。(笑)
面接していて口にした言葉、アドバイスした事、また他にも全く記憶から消えてしまっている事が沢山あります。
それで相談者の方から良く驚かれる事があります。

 極度の集中状態、ある種のトランス状態になっている時、言葉が自然に出て来る事があり、同じ様に書いた文章の中味を全く覚えていないとか、やった事を覚えていない事があります。
って書くと、まるで夢遊病者ですね。(笑)

 実は昨日の空手の練習もそうでした。
最後に行うスパーリング、最初に黒帯や茶帯だけの上級者でやるのですが、どう動いていたか、どんな技を出したか、全く覚えていませんでした。
その後にやって、初級者・中級者とのスパーリングはちゃんと覚えているのです。

 身体が自然に動く時、何も考えずに手足が出て反応しています。
そう云う時は、覚えていない事が多いです。
無意識に反応している様に思います。
逆に今日は身体が思う様に動かないなと思う時は、終ってからもしっかり内容を覚えています。
きっと、その時は頭で動かそうとしているのですね。

 スパーリングの内容を覚えていない時は、後になっても疲れをそれ程感じません。
逆の時は、疲れたなぁ~と溜め息をついています。
動ける時は全てが統一されているのでしょう。
だから、無駄な力や労力を使っていないのですね。
いつもそう云う状態でいられたら最高ですが。
本当の達人は常に同じ状態であると云います。
でも、その代わりに何も覚えていないかもしれないですね。(笑)

HPのリニューアル

2008 - 04/23 [Wed] - 03:41

 少しだけ、HPのリニューアルをしました。
内容的にはそれ程は変わっていませんが、見易くなったと思います。

 作業としては、今のものがあるのですから、それを変更すると云う形でそれ程は難しくありませんでした。
少しいじっただけですから。
それでも、3週間位はかかったでしょうか。
毎日少しずつやっていましたので、中々まとまった時間を取れなかったので。

 改めて見ていると、案外頑張って作ったのだなと思います。
いつの間にかページも増えていて、でも文章も分り難かったかな?なんて思ったりもしました。
色々と考えながらスッキリさせたと思います。

 どうぞ御覧になって下さい。

魔が差す

2008 - 04/22 [Tue] - 03:31

 怒りや悲しみや快楽、また権力やお金の魅力に取り憑かれた時、心が勝手に暴走してしまって、止められなくなるって事があります。
怒りで頭が真白になって、後で覚えていない。
悲しみの余り、何に対しても心が動かなくなってしまったり。
権力やお金に目が眩んで、何でも出来る様な気になって、人を蔑ろにしてしまったり、物凄く傲慢になったり、人を踏み付けにしてもそう云うものをもっと欲しくなってしまったり。

 魔が差すと云います。
その時、心の中の魔が独り歩きし始めて、理性を奪ってしまいます。
ですが、大抵の人はある程度の時が経つと、理性が戻ります。
そして、自分の行為や思いに愕然とします。
そして、その結果を眼の前に突きつけられて怖れに震える事になります。

 人は誰でも色々な思いや感情を心に押し込めて抑制しています。
ですから、時としてそれらが解放される時、一時的な人格破綻状態となります。
近年に良くある犯罪の多くは、そう云う所から来ていると云っても良いでしょう。
また、自分で命を絶ってしまう人も、そう云うある種の異常な精神状態の時にやってしまうものです。

 最も恐ろしいナイトメア、悪夢は自分自身の心の中に潜む自分の姿と云います。
心の中にそう云う魔を作ってしまわない様に、時々、息抜き、ガス抜きをして、心をクリアーにしておきたいものですね。

住む場所

2008 - 04/21 [Mon] - 03:31

 巷では風水ブームがずっと続いているのか、そう云う本が沢山売られていますね。
中国の智恵から生れた兵法や天地の理を知る学問の一部である方位学が特化したものが風水ですが、人それぞれ言っている事が違っていて、どれが正しいではなくて面白いなと思います。

 住む場所ってとても大切です。
昔から云われる事ですが、高台に住むのか底地に住むのか、また環境的にどうなのか、職場との距離とか近隣に住んでいる住人とか、或いは過去に何か嫌な事件等がなかったか、元は墓地だったとか、或いは神社仏閣の境内だったとか・・・。
そう考えると、おいそれと何も考えずに思い付きだけで住むのは怖いなと思いますね。

 実際、住む場所が悪くて体調を崩したり、眠れなくなっている人は沢山います。
引っ越すのが一番良いのですが、色々と縛っている事があると決断するまで時間がかかったりします。
そこにいたままで対処出来る程度の事であれば、それをやれば取り敢えずは対症療法にはなると思います。
でも、そんな程度ではなかったら・・・、辛くても決断するしかありません。
グダグダと迷っている間に体調を崩し、大事になってから後悔してもどうしようもありません。

 私も若い頃、何度も引っ越しました。
住む時は良いと思って決めるのですが、それも数年以内には色々と噴き出して来て、まるで追い出される様に引っ越しをせざるを得なくなっていました。
夜は眠れない、遅く帰って来ると色々と嫌な感じがしてしまう(では済まないのですが)
段々と食欲もなくなり、体調も何となく悪くなり、年中頭痛がして微熱が下らず、思考も止まって来て、何よりも気が短くなってしまっていました。
そして、段々と家に帰りたくなくなって、修行に突っ走ったり、盛り場に朝までいたりする。
悪循環でしたね。

 住む場所を変えると、気持ちも変るのか、劇的に元気になったりします。
決断が必要ですが、人世のターニングポイントには勇気が必要です。

偶然

2008 - 04/20 [Sun] - 03:11

 私は全ての事は必然であると考えています。
偶然とは、自分が意識していないだけの事。
無意識であれ何であれ、自分がやってきた事、決めて来た事の結果が、自分の予測を超えた時に出会う事を偶然と云うのだと思います。
全ては必然であり、自分が招いた事、或いは誰かの意思によって起こった事。
ですから、それがどの様なものであれ、全てに意味があると思います。

 良く言うのですが、「歴史には無駄な事は一つもなく、全てに意味があり、それは必然である」と。
ですから、全ての事から学ぶべき事があり、それは自分の人世に大きな財産となると思っています。

 今日、用事で出かけたお店で、戦国武将のフィギアを見つけました。
目にした途端、私は惹き付けられていました。
理由は、そこに私の直系の先祖、それも初代当主が並んでいたからです。
正直、驚きました。
そして、喜びました。
勿論、即購入し、今は大切に飾ってあります。

 ただのフィギアです。
単なる偶然の出会いかもしれません。
が、私にはそこに初代の御意思を感じています。
私を守ろうとしてくれるのか、応援しようとしてくれるのか、はたまた叱責なのか、、、、、。

 何れにしろ初代様が眼の前に居る。
これはとても大きな勇気となります。
また、自分自身を律する示しとなります。

 さぁ、頑張ろう。
そう思える、有り難い出会いでした。



熱く

2008 - 04/19 [Sat] - 03:15

 熱くなれる時ってありますか?
私はしょっちゅうです。(笑)
仕事をしている時、空手をやっている時、映画を観ている時、ハンズで遊んでいる時、写真を撮っている時、車を手入れしたり運転している時、他にも色々ありますが、夢中になっています。
別に熱くなったからと云って、感情的になったり怒ったりと云う事ではありません。(笑)

 仕事柄、色々な方にお会いしますが、中でも自分で一から始めて伸し上がった人、ずっと情熱を持って仕事をされて来た方は熱いですね。
まさにパワーの塊。
私ですらその迫力に圧倒される事があります。

 でも、その熱さが良いのです。
情熱を持って、熱く語る姿は美しくさえあります。
そして、心から応援したくなります。
ちょっと無謀でも、無茶でも、その情熱があれば全て乗り越えて行ける、そんな気になります。
それは若さでもあり、自信でもあり、また確信でもあり、何よりも夢です。
夢を持ち続ける事、真剣に夢に向って走れる事、それはつまらない見栄や格好つけとは次元が違う、人の心に訴えかけて来るパワーを持っています。

 私もいつまでもそんなパワーを持ち続けていたいですね。
10代、20代の頃に比べたら落ち着いた様に思いますが、自分の中にある情熱は些かも衰えておらず、却って強くなっている気がします。
若造ではないので、コントロールしていますが、時々暴走してしまいたくなる時もあります。
そう云う時は、周囲の方に御迷惑をおかけします。
と、先に謝っておきますね。(笑)

次から次

2008 - 04/18 [Fri] - 02:41

 今日は新しい会社の事で報告を受け、それに伴ってどんどんアイデアと戦略が出て来て止まらない程でした。
おかげで、今日予定していた妻のビジネス・イングリッシュが飛んでしまいました。
妻にも、英会話を勉強する筈だった彼女にも、申し訳なかったです。

 ポジティブに、緻密に仕事をする姿を見ていると、泉の如くにアイデアが湧いて来ます。
それを話し合いながら詰めて行くと、そこに現実味が生れて来ます。

 絵に描いた餅を現実の餅にする為に必要な作業と、やるべき事。
それを詰めて行くのが会議と云うものです。
幾ら良いアイデアがあっても、実現力と、緻密な計算がなければ、絵に描いた餅のままで終ってしまいます。

 新しい会社には期待しています。
行動力、緻密さ、そして労を惜しまない情熱と姿勢。
感覚ではなく、論理的に見て、楽しみな会社です。
仕事とはこうあるべきですね。

お知らせ

2008 - 04/17 [Thu] - 03:16

 昨日の夜、毎週の事ですが「霊能者と仲間達」の最新記事をアップしました。
今回はコーヒーショップのオーナー店長さんがメインです。
とても面白い内容です。

 また、彌叡先生のブログが開設しました。
以前から頼んでいたのですが、やっと、やっと、です。
タイトルは「神ながらの道」
神の別魂を持つ彌叡先生の言葉、心に沁みると思います。
URLは、http://miesensei.blog39.fc2.com/です。

 ブログを通じて、色々な方とコミュニケートして行ける事はとても嬉しい事です。
沢山の方が読んで下さっている事、毎日の記事を楽しみにしてくれていると云う声、とても励みになります。
いつも遅い時間になってしまっていますが、これからも頑張って書いて行きます。

早いものです

2008 - 04/16 [Wed] - 03:20

 今日は恒例の空手の練習日。
膝の調子があまり良くないので軽くやるつもりが、スパーリングになってガンガン来られるとついムキになってやってしまいました。(苦笑)
スイッチが入ると、痛みも消えてしまいますね。
若い頃にガンガンやり過ぎた後遺症です。
何でも適当にやるのが一番で、やり過ぎは良くないですね。

 今日は丁度、道場が開設されてから1年目の日でした。
道場開きを思い出します。
あれからもう一年が経ったのですね。
私の所に通っている人が沢山入門し、それがもう一年経って、帯の色が変り、「人なんか叩いたり蹴ったり出来ない」と言っていた女性達が、ガンガンと相手を叩き、蹴っています。(笑)

 時と云うものは、何があっても止まる事を知りません。
止まるのは、人間だけですね。
一瞬、一時、一日を大切にして積み重ねて行くと必ず前へと歩みは進みます。
何かにこだわったり、後ろばかり振り返ったりして留まってしまうと、時間の歩みに置いていかれてしまいます。

 時の流れと共に、人も留まらずに歩き続けて行きたいものですね。

2次元的思考

2008 - 04/15 [Tue] - 02:57

 誰でもある事ですが、何かに固執すると眼の前の事しか見えなくなって、2次元的なものの見方考え方になってしまいますね。
人間は3次元世界で生きていて、夢などは4次元以上です。
それなのに2次元的思考では、やはりリアリティーがないと云うか、絵に描いた餅でしかありません。
どんなに優れた絵でも、所詮は絵でしかなく、食べる事も手に持つ事も出来ないと云う事ですね。

 クリエーターや開発者に多いのですが、自分は最高の物を作り上げたと思っている。
でも、それを手にしたユーザー側からすると、とても使い難かったり、時には本当に使えない物だったり、価値のない物だったりする事があります。
そうなってしまったら、只の自己満足でしかありません。

 何をするにしても、人が考え、人が作り、人が売り、人が見て、人が買って、人が使う。
そこには人と云う3次元の生き物が欠かせません。
2次元的に空手の教則本を幾ら読んでも強くならないのと同じです。
人間の皮膚感覚、その他の感覚は3次元を超えてしまう事すらあります。

 2次元的思考は、3次元4次元、それ以上の次元へ広がる為のツールでしかありません。
そこで止まる事は、全く意味のない事になってしまいます。
残念ながら、駄目になる会社の殆どはそう云う思考から来ています。
最高の物を作っているのに売れない、評価されない。
だから、収入も減る。
そして、部下達の責任にして叱りつける。
部下達は嫌気がさして辞めて行く。
悪循環ですね。

 常に、人を意識し、空間を意識して、一面的ではなく多面的な思考を持っていたいものですね。

限界

2008 - 04/14 [Mon] - 02:57

 人間には誰にでも限界と云うものがあります。
能力の限界、体力の限界、知力の限界・・・。
どんなに優れていても、どんなに強靱でも、限界は必ずあり、いつかはやって来ます。

 そんな時、どうするか?
それでも頑張り続けるか?
それとも、暫しの休息を取るか?

 どちらも正解です。
ここ一番で頑張り抜いて、後で倒れても、続ける。
その時に力がつきます。
限界を超えて行く事、それは限界を高めて行きます。
自分で思っている限界と、本当の限界には差があるものです。
もう駄目だと思っても、心の持ち様、覚悟の仕方で、限界と思っていたのが本当の限界ではなかった事に気付き、その後に本当の限界が来ます。

 でも、自分では限界はまだまだ先だと思っていたのが、実は本当に限界が来ていると云う事もあります。
その時に、限界が来ていると云う事をちゃんと受け入れて休息を取らないと、大変な結果を招く事があります。
無自覚性ストレスは、その典型ですね。
また、被り。
知らない内に被りが溜っていて、自分ではクリアーにしているつもりで、実は完全には取り切れておらず、段々と体力や精神力を奪って行く。
そう云う時は、覚悟して休みましょう。
仕事を休む、忘れる、付き合いが悪くても休息する、人世は次から次へと用事が舞い込んで来て休息の時間を与えてくれません。
それを敢えて休むには覚悟が必要です。

 限界に達したと感じた時、どうするか、自分を良く振り返って決めましょう。

ポジティブに

2008 - 04/13 [Sun] - 03:21

 人世でも仕事でも同じですが、先々の事を考えるとどうしても不安が付きまといます。
「一寸先は闇」と云いますが、未来を予測する事なんて、例え霊能者であろうと超能力者であろうと、また占師であろうと、完全に見通すなんて事は出来ません。
過去と現在をよく見て、分析し、そこから予測を立てるのです。
ですから、常に最悪の事態を予測して進むと云う事も一つのやり方です。
何が起きても大丈夫な様に準備しておく事、これは身の安全を図ると云う意味では重要です。

 が、心配が心配を生むと云う事もあります。
悪い事ばかり、ネガティブな事ばかりを意識していると、全てが恐ろしくなって何も出来なくなってしまいます。
「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」と云う言葉の通り、常に周囲や相手を意識し、観察・分析を怠らなければ、殆どの未来や予測出来るものですし、何があったとしてもすぐに対処出来ます。

 リスク・マネージメントは大切ですが、同時に常に前向きでポジティブである事は、もっと大切です。
心が萎えてしまったら、何もやる気が起きなくなりますし、確定要素・不確定要素も含めて、全てが恐ろしくなってしまいmす。

 空手でも同じです。
受け、防御は、自分がダメージを受けない為に重要な技でです。
が、受けているだけでは相手に勝つ事は出来ません。
負けない空手、そして勝てる空手、両者には大きな違いがあります。
受けて、避けて、完璧に防御していれば、絶対に負けませんし、ダメージも受けません。
が、絶対に勝つ事も出来ません。
勝つ為には、少々の攻撃を受けても、ダメージを負っても、攻撃に転じなければいけません。
どちらが正しいかは、その場面によります。
試合なのか、実戦なのか、それともスパーリングなのか。

 理想は、リスクを避け、その上で攻め勝つ事です。
「防御即攻撃」と空手では云いますが、リスクをどう自分に有利にマネージメントして乗り越えて勝ち抜くか。
常にポジティブに、負ける事、逃げる事、避ける事だけに捕われないで、どうやったら勝ち抜けるか、乗り越えられるかを考えましょう。

神仏を祀ると云う事

2008 - 04/12 [Sat] - 02:44

 私の弟子の中にも相談者の中にも、何人かが家に、或いは会社に、仏を祀っています。
その人に御縁のある仏様、そして神様を祀っている訳です。
それは、ただ神棚を作って置く、仏像を置くと云う事ではありません。
ちゃんと入魂し、その人だけの為に心を込めて祈り、祈願して行うものです。
そして、神も仏も、私は人間の目指すべき究極の完成形、理想像であると捉えています。
ですから、神佛を祀ると云う事は、御利益を戴く為ではなく、祀っている神や仏の境地を目指して努力修行すると云う事です。
それは、とても厳しいものだと思います。
大日如来を祀っている人、観音様を祀っている人、不動明王を祀る人、弁財天を祀る人、明王を祀る人、氏神や先祖の神を祀る人、色々います。
一人一人が理想とするべき、縁のある仏、神を祀っています。

 神佛は御利益を戴く為、助けて貰う為に存在しているのではありません。
神に祈り、佛に祈り、その中で自分自身と向き合い、己自身を高めて行く為に存在しています。
祀られた神佛は、厳しい指導者であり、怖い先生であり、絶対に甘やかさない親でもあります。
そして、何よりも自分の心の奥底で求めている、自身の理想の姿です。

 昔、弟子に言った事があります。
「覚悟して祀りなさい。もう要らないと言っても、仏は帰らない。」と。
また、「仏を祀ったから、神を祀ったから、良い事があると思わない様に。神佛は課題を次々と与えて鍛えてくれるのだから。」と。
それを覚悟し、誓ったから、神佛は祀っても良いと来てくれるのです。

 もし、その誓いを忘れ、ないがしろにして、御利益だけを求めたり、祈る事を忘れたり、御都合主義で祈っていたら・・・、それは自分自身の覚悟を裏切る事になります。
それは、大変な事を招いてしまうでしょうね。
良く「罰が当る」と云いますが、神佛は罰など当てません。
罰を当てるのは、自分自身の愚かさや怠慢さから己自身が当てるのです。
時には、御先祖様が子孫を叱る為に罰を当てる事もあるかもしれません。
何れにしろ、そう云う場面を招きたくはないですね。

 神佛を祀ると云う事、それはとても覚悟の要る事であり、いい加減な御都合主義は自殺行為です。
それを行うに足る覚悟と信念、人としての在り様を問われます。
ですから、常に自分を律し、自身を振り返って、人としての理想像である神佛へ近づく努力修行を弛まず進んで行かなければいけません。

 安易な気持ちで神佛を祀った人、祀りたいと思っている人は、性根を据えて考え直して下さい。

旅立ち

2008 - 04/11 [Fri] - 01:37

 長く来ている弟子が会社を退職して会社を興す事になった。
色々な経験をし、会社の立ち上げを全てやり、経営から経理から全てを統括していた。
しかし、彼の素晴しさはそんな所にはないのです。
継続は力なりと云いますが、まさに彼はそれ。
私の所にも22年(それ以上かも)、ずっと通って来ています。
空手も15年以上。
そこで学び培われたものは、やはり生半可なものではありません。

 そして、何よりも人柄の良さと情熱。
誰かの為に自分の利益を度外視しても支えよう、力になろうとする。
それも、熱く、我が事以上に。
だから、彼は仕事で知り合った取引先の人とも、曾ての会社の後輩達とも、仕事を越えて人としてずっと付き合っています。
頼られていると云って良いでしょう。

 仕事に特別な才能があるとは思いません。
修行者としても、独り立ちしてやって行ける程の法力はまだないでしょう。
が、その人格故に、また長年培って来たもの故に、ある瞬間にはとても大きな力を発揮します。
その凄さは、誰よりも彼自身が分っていないのではないでしょうか。

 それを周囲の人は見ています。
だから、付いて行こう、彼の会社の手伝いをしたいと云う人も数多く。
私も出来るだけのサポートはすると思います。

 継続は力なり。
その素直さと粘り、それはこれから本当に力となって発揮されて行くでしょう。
期待しています。
大きくなれと。
身体は充分に大きいですが(笑)

試練の時

2008 - 04/09 [Wed] - 23:26

 人には誰でも堪えなければならない、乗り越えなければならない、そんな時があります。
逃げ出したくなる、辞めたくなる、泣きたくなる、苦しくてどうしようもなくなる、そんな堪えなければいけない時。
そんな時、気持ちのままにそこから逃げるか、堪えて堪えて耐え抜いて乗り越えるか、どちらを選ぶかでその後の人生は変わります。

 仕事でも修行でも武道でも同じです。
叱られ、認められず、苛めとしか思えない扱いを受け、追い詰められてどうしようもなくなってしまう事があります。
そこで逃げるのは簡単です。
それも一つの選択。
そして、自分の道を歩こうとする。

 でも、そんな簡単なものではありません。
そこに、逃げ出したと云う評価は残ります。
ですから、逃げた場所へは二度と顔を出せなくなります。
また、どこへ行っても、逃げたと云う評価は不思議と伝わってしまうものです。
そして自分の心の中には、何が残るでしょうか?
ホッとした気分、逃げ出した罪悪感、悔しさ、何れにしろそれは消える事はなく、トラウマとなってしまうでしょう。

 そこで耐え抜く、頑張る事を選んだら・・・。
辛いでしょう、苦しいでしょう、泣きたくなる時もあるでしょう、悩み苦しむかもしれません。
でも、それで良いのです。
悩み、苦しみ、足掻き、のたうち回って、それでも耐え抜いて頑張る。
その先にあるものは、そしてその経験の中で掴むものは、大きな光であり宝です。

 勿論、場合によります。
逃げた方が良い場合もあります。
逃げてはいけない場合もあります。
よくよく考える必要はありますし、どちらを選択するべきか、信頼出来る人に相談する必要もあるでしょう。
が、逃げてはいけない場面では、心が、身体がどんなに拒否しても、立ち向かうべきです。
それが、次への大きなステップ。

 試練こそ、大きなチャンスです。

こうして始まった

2008 - 04/09 [Wed] - 03:10

 今日はいつも指導しているI君が用事で抜けられず、N師範の指導による稽古となった。
久々に師範と稽古した観想は、「師範もかなり考えて、努力されたのだな」と云う事でした。
基本に始まり、移動、ミット、全員の型披露、そしてスパーリング。
緩急のある、中々充実した稽古内容だったと思います。
I君の活気ある稽古、N師範の稽古、それぞれ特徴的で、どちらも得難いものです。

 思えば、もう5~6年前(もっと以前からでしょうか)になるでしょうか・・・。
N師範と月に一度、午後に5時間も6時間も稽古していました。
技の細かい研究、武器術、実戦的な護身術、そして型。
飽きもせずに延々とやっていたのを思い出します。
その頃は見学者でしかなかった妻が呆れて、途中で外へ息を抜きに出て、戻って来たらまだやっていた(苦笑)と云う事がありました。

 そうやって稽古しながら、「理想の空手とは?」「空手の真の技術とは?」「空手道精神とは?」等々と話していた事を思い出します。
そして、「いつか独立して道場を開いてはどうですか?」と言っていました。
腰の重いN師範、結局それから何年も経って、「先生、独立します。」と云うお話を戴きました。
勿論、喜んでお手伝いをさせて戴きますとお答えした様に思いますが、内心では「あ~、やっとその気になったか?」と思っていました。
それだけの時間が師範には必要だったのでしょう。
人は自分の歩く速度でしか前へ進めません。

 そして道場が開設されて一年。
早かったですね。
何だかあっと云う間に過ぎた気がします。
試行錯誤されながら、寝る間も惜しんで仕事されている姿は、師範らしいと云うか、時々は頑張り過ぎと思う時もあります。
「少し仕事を減らして下さい」と、苦言を呈した事も。(笑)

 素晴しい道場生と、努力家の師範、楽しくも厳しい、そして素敵な道場ですね。

またやってしまった・・・らしい

2008 - 04/08 [Tue] - 02:23

 昨日はPCのトラブルでお休みしました。
DVDドライブが書き込みが出来なくなってしまって、その原因探しで時間を取ってしまいました。
読み込みは問題ないのですが。
結局、ドライブの故障と云う事が分ったのですが、修理すれば良いのでそれは構わないのですが、あ~、またやってしまったかも?と云う所です。(苦笑)

 そう云えば一ヵ月ほど前からあまり調子が良くなかった事を思い出しました。
その時期と云うと・・・、一瞬ですが、かなり怒った事があります。
今はもう怒る気持ちさえ失ってしまいましたが、あまりにも幼稚、あまりにも愚か、そして自分の事しか考えず、礼儀も知らなければ、恩義も忘れてしまうと云う、どうしようもない愚か者の言葉を聞いた時、一瞬にして沸騰しました。
他にもう一つ、言葉の行き違いから怒った事件が一つありました。
これは解決してスッキリしています。
が、前者は怒る気さえ失ってしまいました。
その価値もない、と判断した故です。

 が、その一瞬が命取りだった様ですね。
以前にもありましたが、感情を表に出さなくても(本気で怒ると、私は無表情となって静かになります)、本当に怒ってしまった時、よく機械が壊れます。
自動車のバッテリーがあがった、洗濯機が壊れた、PCのHDが飛んだ、そして以前にもDVDドライブが壊れた事があります。
電話が鳴らない、聞こえない、TVやラジオが雑音しか入らない。
数々の事があります。
これだけ前科があるなら学習すれば良いのですが、一瞬の爆発は止められない様で、すぐに抑えるのですが、やっぱり駄目でした。

 もうすぐPCは入院です。
もう一台Macがあり、妻のPCもあるので、何とかブログは書きたいと思います。

 人間の思いのエネルギーは、やっぱり凄いのかもしれないですね。
「一念岩をも通す」とか、「一念天に通ず」と云いますからね。

諦めない

2008 - 04/06 [Sun] - 03:26

 私が色々な事を学んだり、空手をはじめとする武道で学んで来た事の中で一番大きく、私の芯になっているのは、「絶対に諦めない。」と云う事です。
どんなに難しく、不可能に感じても、100%絶対に駄目、不可能と云う事はありません。
落ち着いて、時間をかけて、観察し、分析し、考えて行くと、必ず何か道筋や解決策が見つかります。
それが見つかったら、後はひたすら努力と積み重ねです。
問題を解決する為にする努力や積み重ねは辛いものです。
途中で投げ出したくなるし、嫌になるものです。
でも、そこで踏ん張って頑張れば、必ず次へステップアップする事が出来ます。

 何をやっても不器用だった、また頼りなかった私が、人に頼られたり、人を指導したり出来る様になったのは、そう云う積み重ねの結果です。
いつも思っていたのは、いつか解る、いつか解決する、いつか出来る様になる、でした。
正直、諦めたり投げ出したりした事も沢山あります。
でも、これだけは絶対に諦めないと心に決めてやって来た事が、今の役に立っています。

 毎日、妻と空手の練習を少ししています。
時間がないので、いつもやるのは夜中。
丑三つ時の空手練習。(笑)
彼女は出来ない事は出来る様になるまで絶対に諦めません。
自分が納得するまで止めない、諦めない。
夫婦は似ると云いますが、最初から似ているのか、似て来たのか?(笑)
何れにしろ、その姿勢には学ぶ所が大きいですね。

 色々な相談を受けていますが、駄目になって行く人や駄目な会社の社長は皆同じです。
すぐに諦めて、投げ出して、逃げ出そうとする。
自分の事だけを守ろうと自己保身するのですが、逃げる事や投げ出す事、諦める事で、自分にも他人にも言い訳をしている。
それじゃ、いつまで経っても何も変わらないどころか、悪くなるだけです。

 何があっても前を見て、上を見て、歩き続けて、絶対に諦めない。
それが最終的には勝ちに繋がって行くと思います。

思い出

2008 - 04/05 [Sat] - 03:22

 今日は記念日で江ノ島水族館へ息抜きに出かけて来ました。
近いし、時々はこうして来た方が良いなと思いました。

 海には親子連れ。
空には凄い数のトビが飛んでいました。
皆が何も考えずに餌付けしたのが、今はトビが人を怖がらなくなって、持っている食べ物を奪ったりする様になって、とても危険な感じがします。

 水族館の中も家族連れで一杯でした。
考えてみれば、まだ春休みなのですね。

 こう云う思い出、大切にして欲しいなと思います。
私も子供の頃に両親にあちこちへ連れて行って貰った事は思い出となっていますし、今となってはその時に無意識に学んだ事が役に立っている気がします。

 良い思い出、嫌な思い出、色々あっても、皆無駄にはなりません。
子供には沢山沢山、思い出をあげて欲しいと思います。



人間をちゃんと見る

2008 - 04/04 [Fri] - 03:36

 先程、さぁ勤行して寝ようかと思った所で、かの有名な銀座マキシム・ド・パリが最近出来た赤坂サカスに店舗を出したと云う話がTVで放映されました。
オープンするまでの戦略と、それに伴う苦労、総支配人を始めとするスタッフ一同の汗と涙を見る事が出来ました。

 マキシム・ド・パリと云えば老舗中の老舗。
私もずっと以前に、昼のランチタイムに行った事があります。
格式と伝統と高級。
しかし、時は流れて、その高級さ故に人の足が遠退く。
敷居の高さと値段の高さ故。
皮肉なものです。
時代を引っ張って来た一流の老舗が苦しむ。

 新しい戦略は、新時代に相応しいものでした。
そして感じたのは、やっぱり人なんだよねと云う事でした。

 人が考え、人が作り、人がそれを味わって喜ぶ。
作る側も人なら、サーブするスタッフも人で、お客も人。
何をするにも人が関わっている。
人の思い、体調、色々なものをちゃんと見ないと、特にサービス業は成立しません。
味が良ければ良い、そんなものではないです。
味と雰囲気と、何よりもサービス。

 人が人と付き合う時、それが仕事であれプライベートであれ、同じです。
道場で空手をやっていても同じ。
相手、人をちゃんと見ていないと、絶対に楽しくありません。
独り善がりは誰もついて来てくれません。

 自分が人間である事、関わる人も人間である事、全て生きる上で人間が関わっている事を意識し、相手をちゃんと見て、その心を感じとる事が全てに通じていると思います。

心静かに

2008 - 04/03 [Thu] - 01:40

 何をしていても、仕事をしていても、人間関係でも、知らない内にストレスって溜まって行きますね。
昔はストレスの原因がハッキリしていました。
腹の立つ事も、これが腹が立つとハッキリ見えていました。
ですが、今はそれが明確ではなく、知らない内に溜ってしまっています。
便利になったせいか、情報が過多なせいか、満たされ過ぎているせいか、現代社会は隠れたストレスに溢れている気がします。

 自覚しているストレスは怖くありません。
対処を考え、決断と度胸さえあれば、何とかなります。
ですが、無自覚性ストレスは怖いですね。
ある日、突然の様にやって来ます。
余裕がなくなる、思考が止まる、怒りっぽくなる、こうあらねばならないと固執し始める、眠れなくなる、疲れが取れない、起きれない、いつも頭痛がある、何となく胃腸の調子がスッキリしない、肩凝りが取れない、等々と大きな症状ではなくても、何かが始まります。
そして、気がついた時、それは大病となって表れます。

 自分のストレスを見詰める、知る時間は必要です。
本当に解放されて、世俗を忘れる事が出来る時間。
例えば空手。
練習中やスパーリングをしている時は、全てを忘れています。
また、散歩や旅行。
環境が変り、空気が変ると、それだけで変化が起きます。
転地療法と云うやつですね。
そして、修行。
瀧に入ったり、毎日の勤行。
読経に集中し、目前の神佛に集中し、呼吸を調えて行く。
そんな時、これ程に自分が疲れていたのかと自覚するものです。

 毎日、夜中に理趣経を読経しています。
皆さんの幸運と厄難消除を祈り、進歩を祈り、目覚めを祈る。
永年供養されている方々の御先祖様の安泰を祈る。
そして、同時に神佛と対し、自身を見つめる。
静かな時が流れます。
荒行や空手とは違う、静寂の時間。

 時にはそう云う時間を持ってみて下さい。
知らず知らずの内に喧騒に疲れた自分に気がつくと思います。
ゆったりと、心静かに。

話す

2008 - 04/02 [Wed] - 03:25

 今日は空手の日でした。
何と云う事か、今日は半数が黒帯。
当然ながら気合い一杯で、スパーリングもとても激しいものとなりました。
10代から40代の若者達の勢いは凄いですね。
ちょっと、大分年上の私がついて行くのは結構きつかったりします。
それがまた楽しいのですが。

 その後に道場開設初のミーティングでした。
経験豊富な、しかも社会経験の豊かな道場生、主に黒帯ですが、いつも道場に気持ちを寄せている人達と師範、そして私が参加して行いました。

 第一回と云う事でもあり、慣れていないと云う事もあって、意見噴出とは行きませんでしたが、これから回数を重ねて行く内に、色々な事が出て来るでしょうね。

 人と人は会話を通して心を通わせて行きます。
肉体のぶつかり合いと云う会話、そして話すと云う会話、どちらも心がこもった時に互いの心が通じ合います。
理論理屈は大切です。
それがなければ混乱、カオスになってしまいます。
ですが、もっと大切なのは、そこに心を乗せて行く事です。
ミーティングも、良い道場に、楽しい道場になって欲しいと願って始まった事です。
スパーリングも、もっと楽しく、もっと強く、もっと美しくなりたいと、互いに肉体をぶつけ合います。

 人の縁は不思議。
道場と云う空間がなければ出会わなかった様な人と、話し、ぶつかり合います。
一つ一つの縁、小さくても大切に、心と通わせて行きたいですね。

自分を知る

2008 - 04/01 [Tue] - 03:06

 いつも言う事ですが、人は自分の顔は見えません。
自分の心はもっと見えません。
そして、自分の能力も見えない場合が多いですね。

 これ位は出来ると思っていて、実は出来なかった。
または、出来てはいるのだけど、抜けていた。

 逆にこんな事は出来ないだろうと思っていたのが、やってみたら出来ちゃった。
難しいだろうと思っていたのが、案外簡単だった。

 どちらにしても、自分の能力を過大評価するか過小評価するか、正確に見ていなかったと云う事です。
良くある事ですね。
自分の事って、知っているつもりで、本当は一番解っていないのかもしれないです。

 何でもかんでもやってしまおうと云うのが私の性分なのか、実際何でもやっています。
でも、本当は良くない事ですね。
人に頼る部分、任せる部分をもっと作るべきだろうと思います。
その方がもっと効率的に、また余裕も出来ると思います。
私がやるべき事、本来やるべき事を考えた時、そこに支障が出るようであれば、それは真剣に考えて行かなければいけません。

 自分の能力の限界と可能性、人から指摘されて初めて解ったり、やってみて初めて解ったりするものです。
その時、素直にその気づきに従った方が良いですね。
その方が、次へ繋がって行きます。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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