感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

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言っている事は正しい

2008 - 02/29 [Fri] - 03:24

 良く妻や弟子達と話すのですが、正論は時には邪魔と云う事もあり、また口にしている話が、言っている事は正しいのだけど、さて本人はどうなの?って云う場合が多々ありますね。

 色々なブログを読んでいたり、掲示板を読んだり、また沢山の人と話していると、皆さん素晴しい事を書いたり話したりしています。
それだけを見れば、参考になる事もあれば、勉強になる事もあり、納得する事もあります。
でも、これも性分でしょうか、その裏を読んでしまいます。(笑)
この人、自分の裏返しじゃないか・・・と思う事もあれば、素直に心が表れているなと思う事もあり、言っている事は正しいけど、御本人はどうなのかなぁ・・・と思う事もあります。

 私も気をつけねばならないといつも思っているのですが、何かを口にする時、つい説教臭くなってしまう。
こうあらねばならないと、決め付けてしまう。
何かを否定する事で、自分の言葉の正しさを証明しようとする。
自分の自慢話をして、相手に自分の考えを押し付けようとする。

 別に偉そうにしなくても、説教臭くしなくても、何かを否定しなくても、また決め付けなくても、こうあれば良いなぁ~と云う夢を語っていれば、ちゃんと伝わると思うのですけれどね。
何でもそうですが、楽しい方が人は注目してくれますし、ついて来てくれると思うのですが。

 どうも反骨精神が強くて、偉そうにしていたり、自慢話をしたり、押し付けようとする人には反発してしまいます。
子供みたいですが、鼻をつまんでみたくなります。(笑)
私も大人に成り切れませんね。
でも、それが私ですから。

 人世も勉強も修行も、楽しく行きましょう。
頑なに固執すると疲れるだけです。

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STARTREK DAY

2008 - 02/28 [Thu] - 03:22

 今日は久々にOFFにしてDVDを沢山観ていました。
とは云っても、メールや電話は相変らずでしたが。(苦笑)

 観ていたのは、暫く忙しくて観る事が出来なかったSTARTREKのNEXT GENERATION。
全7巻あるTV版の集大成ですが、まだ私は第4巻を観ていました。
1巻に7枚入っているこのシリーズ、中々全てを観る事は時間的に難しく、かなりの時間をかけています。

 今日観たのは、その中の3枚目の中の3話。
まだまだ先が長い。

 その後、毎週衛星放送第2で土曜日の夜中に放映されている宇宙大作戦。
DVDレコーダーに録画して、毎週観ています。
番組改編期の影響か、次回は4月になるそうですが。

 観ていて思うのは、未来でも人は同じ悩みで苦しむと云う事でしょうか?
文明が幾ら発達しても、文化が如何に進んでも、やはり人間は進化しないと云う事でしょうか。
勿論、あくまでも架空世界の想像でしかありません。
が、逆に過去を振り返る時、人間は数万年にわたって、同じ過ちを繰り返し、同じ事でつまずき、同じ悩みを持ち続けて来た様に思います。
お金、権力、欲望、人間関係、争い、平和、いつまで経っても人は同じなのですね。

 そして、一人の人の存在が未来へ与える影響。
自身だけではなく、子孫と云うものが存在し、一人の人間の存在が知らず知らずに未来へ影響を与える。
そう考えると、今を大切に、真剣に生きなければいけないと、改めて思います。

 架空世界のSFエンターテイメントですが、そこから学ぶ事は沢山あります。
30年来のトレッキーですが、多くのものをこのシリーズから得た気がします。
きっと、これからも時間をかけて観て行くのでしょうね。
いつの日か、全シリーズを観終る事が出来るでしょうか?
まだまだ長い時がかかりそうです。

一所懸命

2008 - 02/27 [Wed] - 03:26

 今日は空手の日。
参加者が多く、凄い事となっていました。
スパーリングはそれぞれが力を出し切って、ライトコンタクトの組手の様になっていました。
やはり現役は強いですね。
特にT君、ドッグトレーナーをしていると云う彼は、見事に強くなり、隙がなくなりました。
以前はまだ付け込む余地がありましたが、今はもうかなりのレベルで、彼とのスパーリングは気が抜けません。
また、私の弟子でもあるK君。
彼も強くなりました。
無駄な動きがなくなり、元々の身体の大きさが生きて来ました。
何より、まだ入ったばかりのR子さんの勢い、笑えてしまいました。
白帯であれだけの勢いで来て、当らないからと本気で悔しがる姿は、微笑ましくさえあります。
そして、中国拳法出身のA君、これから強くなるでしょう。
スピードには自信のある私ですが、今日は本気モードのスピードで彼とやってみました。
60秒と云う短い時間ですが、休む事なく連続で動き続け、そのスピードについて来れたのは流石。
やはりエセ白帯ですね。(笑)

 楽しく、一生懸命にやっている姿は輝いています。
眉間に皺を寄せて苦しそうに頑張っている姿も良いですが、楽しそうに頑張っている姿が、私の眼には美しく映ります。

 一生懸命、本当は一所懸命が正しく、その意味は「武士が命がけで土地を守る」と云う所から派生しています。
得た領地にこだわり、命を懸けてその土地を守り抜く。
それが誤用されたのが今の一生懸命。
言葉を変えれば、大切なものを守る為に頑張ると云う様な意味でしょうか。
ある意味では固執と云えなくもないですね。

 一所懸命、一生懸命、どちらでも良いですが、頑張り方を間違えると視野も世間も狭くなってしまいます。
また正しく一所懸命・一生懸命に頑張る時、視野も広がり、世間も広がります。
戦後の混乱期の名残が未だに社会の価値観に残っている現代、頑張り方を考えて、広く、豊かで、柔軟な心を持ち、大きな懐が持てる様な人間になりたいですね。

証明

2008 - 02/26 [Tue] - 02:53

 人は自分を理解して欲しい、評価して欲しいと思って当然。
だから、頑張る事が出来ますし、無理もします。
そして、その為に自分なりに一生懸命に表現したり、パフォーマンスしたりして、相手に伝えようとします。

 でも、幾ら口で大きな事を言おうと、大袈裟なパフォーマンスをしようと、偉そうにしようと、実が伴わなければ、所詮は虚構でしかありません。
上手く見せるテクニック、上手く話すテクニック、方法は世に幾らでもあります。
それが効果的である事も確かです。
ま、下手よりは上手い方が良いですしね。(笑)
立候補する議員や芸能人は、専門のトレーナーに訓練して貰っています。

 が、それがいつも通用するか?と云うと、疑問ですね。
人は愚かではありません。
そこに心があるかないか、本気なのか口先なのか、見抜いてしまいます。

 逆に云うと、テクニックなどなくても、上手くなくても、そこに心があり、真剣であれば、理解者は必ずいるし、評価する人も必ずいると云う事です。

 人の評価は様々。
幾ら大言壮語しても、そこに実がなければ、只のピエロでしかありません。

 証明は、生き様、その姿と結果でして行くしかありません。
必要な表現方法やパフォーマンと云うものはありますが、やり過ぎると厭味でしかありませんし、軽々しく感じてしまいます。

 正直に、素直に、そして謙虚でいたいですね。

長く楽しい時間

2008 - 02/25 [Mon] - 01:09

 今日は月例会。
護身法と勉強会でした。
初級、中級の人が何名か修了し、次へと上りました。
また次の初級の人が入って来るでしょうか?

 護身法の最後には、気を鎮める意味も含めて、上級と超級の人達で理趣経を詠みました。
普段は声明を用いるのですが、敢えて平詠みで詠んでみました。
うん、良い。
ず~と流れて行くこの感じが、とても静かで、穏やかになります。

 勉強会、今日はまたインタビューの録音をしました。
テーマは「人間関係、感謝、信頼」
それぞれ、今があるのは誰のおかげか、振り返って話をして貰いました。
小さな感謝、大きな感謝、忘れられない恩、それぞれ色々とあるものです。
話しながら振り返る事で、皆が何かを感じてくれた様です。

 良いですね、この時間。
一日があっと云う間に過ぎて行きます。
とても長い時間ですが、凄く短い時間に感じられます。
正午から始めて、気がつくと、夕方。
更に暫く話して気がつくと、もう夜。
まるで時間が飛んでいます。

 この長く、そして幸せな時間を過ごせている事に、心から感謝です。

綺麗な気持ち

2008 - 02/24 [Sun] - 03:38

 今日、遠い大阪からわざわざ御先祖の御供養にお出でになった方がいます。
大きな荷物を抱えて、何かと思えば、供養の為の御供え物とお花と御土産。
この日の為に髪を切り、洋服も吟味して来られたそうです。

 そして、この供養の助法の為に駆けつけてくれた弟子達。
その中の一人は、仕事を抜け出してまで来てくれました。
彼は供養が終ると、自分までストレスが解消されてスッキリしたと晴々とした笑顔で、すぐに職場へと戻って行きました。

 この純粋な、綺麗な気持ちに触れていると、御供養で疲れた心身が洗われ、元気になる気がします。
終ってから、弟子と話していて、これがまた仲の良い新婚さんですから、自ずと笑いが出て来ます。
それを見て話していると、こちらまで幸せが移って来る気がします。

 綺麗な心、純粋な心、素晴しいですね。
周囲の人まで幸せにして行く様に思えます。

 真っ直ぐに、裏表もなく、損得もなく、そんな綺麗な気持ち、大切にしたいなと感じた一日でした。

静かな時

2008 - 02/23 [Sat] - 03:33

 この時間になると、街は眠りにつき、とても静かです。
被りや色々な事から苛々していても、こう云う静かな時間は心身を落ち着かせてくれますね。
夜更かしは身体に良い筈はないのですが、長年の習慣でこの時間が一番好きです。
忙しい毎日、静かな時を大切にしたいものです。

春の予感

2008 - 02/22 [Fri] - 03:07

 昨日、時間があったので新宿御苑まで散歩に出かけて来ました。
風は冷たかったですが、日の当る所の温かさは春を予感させてくれました。
また、咲き始めた梅や寒桜などの花々が、もう春は近いと告げてくれていました。

 弟子が言うには、「今年は明暗がハッキリする」と私が言ったそうです。(笑)
霊示で言った言葉は、後に記憶が残っていない事が多く、良く叱られます。(苦笑)

 これから春を迎える季節となり、本当に春を感じたいですね。
今まで頑張って来た、それも正当に頑張って来た人には春が来ます。
嘘と虚飾で着飾り、人に責任転嫁して来た人には、この春は極寒の冬となるでしょう。

 せめて心穏やかに温かい気持ちで人と接して行きたいですね。
人は人によって癒され、人によって元気ずけられ、勇気を貰い、人によって運も開かれます。
どう人と接して来たか、それが一番大切ですね。

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祓いと禊

2008 - 02/20 [Wed] - 03:00

 今日は空手の練習日。
いつものメンバーが揃って、楽しい時間でした。
一人一人が厳しく、しかし楽しく、汗を流しながら頑張っている姿は、時に美しくさえあります。
レベルはそれぞれ。
信じられないほどに身体の柔らかい人あり、そう云う人の足は突然に真横から跳ね上がって来ます。
また初心者あり、全くコントロールが出来ていないながらも、必死に食い付いてくる。
中級者あり、まだまだ不器用ながらも形になって来て、何とかしようと頑張っている。
そして、練習が終ったら、皆が和気靄々と話し、特別トレーニングをする者を励まし、黙々とウェイトをやる者もあり、それぞれが自分の心に素直に自然に通い合う。
被りも落ちますし、固まっていた身体もほぐれ、何よりも心が軽くなります。

 先日17日の観音様の縁日以来、色々な事が噴き出して来ています。
ある事からかなり強い祓いをかけました。
祓いは禊に繋がります。
当然ながら、洗い出しが出ます。
隠れていた事、隠していた事、そんな事が一度に噴き出し、浄化されます。
それに耐えられる人は、どんどん運気が上ります。
耐えられない人は、自分の中の腐った性根が露呈し、自ら墓穴を掘り、泥沼にはまって行きます。
節分が明け、真の意味で新年となり、そして強い祓い。
今月は色々な事が噴き出して、今後の明暗がハッキリする様ですね。
素直になって、清い心で、前を真っ直ぐに見て、起きる事を正面から見つめて進みましょう。

生き様

2008 - 02/19 [Tue] - 03:11

 人が生きて行く上で、何が一番大切なのでしょうか?
家庭生活や友人との付き合い、仕事をして行く上で一番大切な事、それは人によって考え方が違うでしょう。

 褒められる事、人から評価される事、好かれる事、大きな成果を挙げる事、メジャーになる事、お金持ちになる事、誰かの役に立つ事、心を平和、生き甲斐、人それぞれでしょうね。

 人は人を見て、人を感じて、自分の生き様を決めて行きます。
自己評価、自己分析も、人を通じて感じる事が多いですね。

 自分は人から好かれているのだろうか?
評価されているのだろうか?
役に立っているのだろうか?

 そして、自己を振り返る時、生き甲斐を感じているのか?
やり甲斐を感じているのか?
そんな事を考えてしまいます。

 生きる目的なんて大袈裟な事ではなく、自分がどう生きているか、どう生きたいか、どう生きようとしているか、考える時間って凄く大切だと思います。

 人に恥じない生き方をしていると胸を張って堂々としていられる自分でいたいですね。
特に苦しい時ほど、人の性根は露呈します。
そんな時でも自分よりも他人を優先する事の出来る、そんな人が私の周囲には沢山います。
そうでない、自分の事しか考えず、何かあるとすぐに責任転嫁する、性根の曲がった人もいます。

 本当に人として大切な事、いつも意識していたいですね。

心静かに

2008 - 02/18 [Mon] - 02:54

 今日は観音様の縁日で、お経を奉上しました。
祈りは毎回違います。
祭壇に座って呼吸を整える時、どう云う流れでお経を詠んで行くか自ずと決まります。
経典の全てを、或いは一部を、いつも同じ様に決まった通りにやるのは、行事や祈願や供養の時であって、それ以外は座って感じて、それによって変わります。

 今日は知らない内に溜っている被りや穢れを祓い、ゆったりとしたいと感じました。
ですから、普段とは経の詠み方も違い、ひたすら心静かに奉上していました。
普段は飛ばす作法を用い、一つ一つに心を込めて経を詠む内に、静けさと共に穏やかさを感じていました。

 その後、古い弟子のK君達と話していましたが、経は誰かの為であると同時に自分自身の為でもあり、それ故に供養すると云います。
先祖を供養する、仏を供養する、神を供養する。
心を共に、時間を共有し、一体化して行く。
そして、供に癒されて行く。

 こう云う静かな時間、ゆったりした時間を大切にしたいですね。

小さな一歩

2008 - 02/17 [Sun] - 02:42

 どんな時でも、一歩踏み出さなければいけない時があります。
入学、卒業、就職、恋愛、結婚、転職、転居、離婚、子供の誕生、親の死、色々な事が人世にはあります。
そんな時、どうしようかと迷っていると、時間だけがどんどん過ぎて行き、二進も三進も行かなくなるものです。
清水の舞台から飛び下りる気持ちで、エイヤッと飛ぶ、決断する事が必要な時があります。
それは、他人から見たら本当に小さな一歩かもしれません。
が、本人にとってはとてつもなく大きな覚悟の必要な、大きな一歩と感じるかもしれません。

 何かを始める時、何かを止める時、何かを手に入れる時、何かを捨てる時、それは自身の変化であり、恐怖を感じるものです。
変わると云うのは怖いですからね。
何も変わらず、今のままでいられたらどんなに楽だろうと思います。
でも、確実に時間は過ぎ、刻一刻として状況は変化し続けています。
人世は川の流れと同じく、止まる事はありません。
それに合せて自分も変わって行かなければ、取り残されて、却って辛くなる時が来ます。

 小さな一歩、それはとても大きな意義のある一歩だったと、後で気がつくものです。
勇気を持って、小さな一歩を踏み出しましょう。
そして歩き続ける事が、次へのステップであり、未来へと繋がります。

受けと攻め

2008 - 02/16 [Sat] - 02:58

 日本の文化は「和を以て尊しとする」と云い、また潔さを重んじ、恥を怖れる文化です。
それ故、海外へ出た時は、外国の文化である自己主張について行けず困る人も多い様です。
妻曰く、恥を怖れる事が英語の上達を阻害する一番の要因との事です。

 そう云う文化の中で育つと、行き過ぎると事なかれ主義や長い物には巻かれろ主義、日和見や風見鶏になり勝ちです。
ですから、何があっても我慢、耐える、となる人が多いですね。
ま、そうでなければ勤め人は務まらないと云う事はあるかもしれません。
が、出世する人は、それでも上手く自己主張して行きます。
人から評価される為には、自分を知って貰わねばなりません。
何も主張しなければ、我慢しているだけなら、合せているだけなら、誰も評価せず、便利屋でしかなくなり、また良い人でしかありません。

 空手でもそうですが、攻撃されて辛ければ、それを受け返しが出来なければ、攻めるしかありません。
受けていたら、どんどん追込まれます。
相手と攻撃のバランスを同じにする事で、攻守のバランスがとれて良い空手、会話となります。

 その時に注意するのが、攻撃も受けも、力まない事。
力みは精神も肉体も固くしてしまいます。
柔軟性を失った時、人は萎縮へと進みます。

 受けと攻撃、そのバランスはとても大切です。
日常における人付き合い、仕事、そして自分自身の心や肉体と向き合う時、また祭壇で祈りを捧げる時、全てがそうです。
待つだけ、攻めるだけ、どちらに偏ってもいけません。
大切なのは、先を見通し、冷静な眼で判断し、機に敏である事です。

 受ける時は完璧に受け通す。
攻める時は徹底的に攻める。
そう云う感覚、大切ですね。

先を読む、相手を読む

2008 - 02/15 [Fri] - 02:19

 人と話していて、また仕事をしていて、先を読む、相手を読むって凄く大切です。
これからどう展開して行くのか、それが読めたらかなり楽になります。
能力者であれば出来て当然、と云う所かもしれませんが、それがそう簡単なものではありません。
だから、当たるも八卦当たらぬも八卦となってしまうのです。

 正確に読む為には、蓄積されたデータと、状況判断の正確さが求められます。
直感的な霊感だけでは、やはり曖昧さは拭い切れません。
仕事なら、その仕事のセオリー、ビジネスマナー、その業界の常識と云うものを知っておかなければ、漠然とした答えしか出来ません。

 人と話していて、或いは交渉事でも、相手の人となり、考え方や価値観を知っておくのと知らないのとでは雲泥の差となります。
能力者は人を見抜くのに長けている人が多いですが、それも無意識に相手の癖や動きや表情を読み取っている、つまりデーター収集が一般人に比べて高感度だからです。
理屈抜きの霊感や直感だけで全てが見える訳でも、解る訳でもありません。

 解ると云う事、見抜くと云う事は、五感の徹底した訓練により発達して来ます。
風に運ばれて来る匂いから春を知ったり、皮膚の感覚で嫌なものを感じ取ったり、眼の隅にチラリと通り過ぎたものから何かを感じ取ったり、ちょっとした音から判断したり。

 そう云う風に生れながらに感覚の鋭い人を能力者と云いますが、それは後天的な場合もあります。
物心ついた時からそう云う感覚を持ち、長年そうやって訓練して来て、それでも空手のスパーリングや組手で、相手を読み切れなくて攻撃を受けてしまう。
何かに囚われてしまった時、感覚の一部が閉じてしまうのですね。

 冷静に、囚われる事無く、静かな心で解放する時、色々なものを感じ取る事が出来ます。
そこには感情論も、欲も、勝ち負けも、邪魔でしかありません。
常にそう云う状態を作り出せる様に、まずは心のトレーニングをしなければいけませんね。

一生勉強、一生修行

2008 - 02/14 [Thu] - 02:43

 昨日はいつも指導しているI君が風邪で休みで、N師範の指導となった道場での練習。
丁寧に、また面白くしようと気を遣いながら指導されている師範の一生懸命さがとても爽やかでした。
外は冷たい風が吹く中、道場の中は熱気に溢れていました。

 皆、仕事を終えてから駆けつけるので、最初から参加する人は半分以下。
段々と三々五々増えて来て、最後は10名以上となっていました。
これ位の人数がいると楽しいですね。

 いつもやっていて思うのですが、私がやって来た空手と、極真空手を軸としたフルコンタクト空手の動きは違います。
ですから、構え方から目線、ステップワーク、意識まで全てが微妙に違います。
基本は同じ、理論も同じ、行き着く先は同じ。
ですが、違いは違いとして受け入れて、合わして行かなければ対応していけません。

 大きな人、小さな人、力の強い人、スピードのある人、固い人、柔らかい人、相手は色々います。
その全てに対応出来る事が理想です。
人世でも、仕事でも、何でも同じですね。

 壮年の域に達した私が20代30代の人達と一緒に練習しているのは、我ながら良くやっているなと思いますが、未だにもっと強くなりたい、上手くなりたいと思っています。
きっと一生、こんな事をやっているのでしょうね。
修行も一生、勉強も一生。
死ぬまで、死んでもあの世で、ずっと学び、修行して行くのだろうなと感じています。

勝負時、頑張り時

2008 - 02/13 [Wed] - 04:03

 人世には勝負時、頑張り時と云うものがあります。
調子の良い時は誰でも頑張れますし、勝負も無理をしなくても出来ます。
が、調子の悪い時、状況の悪い時は、心が萎えてしまうものです。

 ですが、そう云う辛い時こそが真の勝負時、頑張り時です。
状況が悪いから、調子が悪いからと、周囲のせいにしても何も問題は解決しません。
壁を打ち壊し、乗り越え、回り道をして、先に繋がる道へ歩み出さなければいけません。

 真に頑張るべき時、勝負するべき時は、苦しい時、辛い時、調子が悪い時です。
その時にこそ、人としての真価が問われます。

新しい人世

2008 - 02/12 [Tue] - 02:36

 道場で指導しているI君が一昨日、奥さんの御実家のお寺で得度したそうです。
これから彼の新しい人世が始まります。
世俗を捨て、これからは僧侶として新たな道に歩み出す。
かなりの決断が必要だったと思います。
得度すると云う事は、この世で死に、仏の世界に生れると云う事です。

 彼女と結婚すると云う事を決めた時、そして結婚式、披露宴と進む中で、彼の顔は変わって来ました。
迷いのあった顔が、段々と締まって来て精悍になり、その目には決意が表れていました。
人は心が顔に表れます。
自ら道を選び、決断し、歩み出した男の顔、とても輝いています。
それが道場での空手にも表れ、変化して来ました。
真実を追究する、深奥を見つめようとする人の空手は、常に真剣さが表れます。
いつの日か、彼と話した「仏道即空手道、空手道即仏道」を実現してくれる事でしょう。

 最近、オカルト批判で有名なO教授が有名な霊能者E師を名指しで批判する本を出版すると話題になっています。
彼は亡くなられたG女子を目の敵にして批判した事で有名です。
その姿勢は個人的には好きではありません。
そんな暇があったら、もっと実験実証し、研究成果を出して行けと云う思いがあります。
私の目には、目立ちたがりのパフォーマンスにしか思えませんし、一方的な傲慢としか思えません。
が、彼の云う事はある面で当っています。
多くの霊能者や占師は、未来は決まっていると喧伝し、洗脳します。
そして、強引な霊感商法へと結びつける。
全てが霊の影響で起きているかの如く、嘘の知識を与える。
等々と、全てを宿命や運命、霊のせいにしてしまうと云う、誤った知識や手法を用いる霊能者や占師は数多く存在しています。

 しかし、人世は自分で努力し、切り開くものです。
それが神であろうと仏であろうと、また霊であろうと、決められてたまるものか、と云う感じです。
人世は、自分の意思で、自分の決断で、未来を選択して決めて行くべきであり、霊能者や占師の云う事は現在の延長上にある傾向でしかありません。
未来は変えられます。
人世は自分だけのものです。
I君と同じく、自分で考え、自分で決め、自分で歩むものです。

 自分の人世、自分の思いと意思を大切に、自分に正直に、切り開いて行きましょう。
それが、新しい人世の始まりです。

全ては自分の中から

2008 - 02/11 [Mon] - 01:27

 本当の自分って、解っている様で全く解っていないと云う事は、当り前と云うよりも普通の事です。
自分って何?
なんて考えた事はありますか?
何の為に生きているのか、何の役に立っているのか、どれが本当の自分なのか・・・。

 隠れた自分、隠している自分、潜んでいる自分、見えない自分、見たくない自分、誰でも持っていますね。
でも、どんなに誤魔化していても、目を背けていても、自分と云うコアはいつも表に何かをアッピールしています。
自分ってこうなんだよ、これが好き、これが嫌い、これが本当の自分の気持ち・・・・・。

 自分に正直に生きる為には、自分を知らなければいけません。
好きなもの、嫌いなもの、人を好きになる時、嫌いになる時、嫌な場面、楽しい場面、日常の中からそれは解って来ます。
何でだろう???
どうして、こう感じるのだろう?
そんな事が、とても大きなヒントです。
それは自分自身の心の声かもしれないですし、魂の声かもしれないですし、或いは前世の自分の魂の声かもしれないですし、先祖から受け継いだ遺伝子の声かもしれないですし、それは何なのか?
それを探し、見つめて行くと、自分が少しずつ解って来ます。

 大袈裟な事ではなく、眼の前から始める。
何でもそうですね。

溌剌として

2008 - 02/10 [Sun] - 02:40

 霊能者の皆さんは同じかもしれませんが、本当に体調が良くて、最高の気分、元気溌剌なんて事は、長い間生きていますが、数える程しかありません。
行をやっている時、行を終えた瞬間、空手をやって練習が終った瞬間、本当に熟睡した時の寝起きの時、等々、一時的な事は沢山あります。
でも、一日中、暫くの期間、ずっと体調が良いと感じる事はありません。
常に何かに取り巻かれて感じている状態は、現役のスポーツ選手や武道家が常にプレッシャーから逃れられないのと同じ、完全なリラックスなどあり得ません。

 だから、能力者はそう云う時間、空間を求めます。
それが修行であったり、神社仏閣やパワー・スポットの探訪だったり、人によってはお酒で感覚を麻痺させる等と云う人もいます。

 何もかも忘れて・・・なんて事は、能力者には夢の夢ですね。
ですから、非日常空間は能力者には不可欠。
何もしなくても、近くのホテルに宿泊してひたすら眠る、なんて事を昔はやっていました。
夜中のドライブ、真夜中のビデオ、公園での昼寝、色々とやりましたね。
海外旅行なんて最高ですが、中々、時間もなく難しいですね。

 一般の人でも、意識してそう云う時間や空間を持って下さい。
忘れているつもりで囚われている、それが人間ですから。
思い切った時間や空間は、一瞬かもしれませんが、全てをリセットしてくれます。

招き猫

2008 - 02/08 [Fri] - 02:41

 今日はTVでちい散歩を見ていて、豪徳寺が出ていました。
で、釣られて、近い事もあり、豪徳寺まで散歩に出ました。
日は照っているのですが、風はとても冷たかったですね。

 豪徳寺はとても広く、中々のお寺でした。
無駄の無い、しかし風格のある本堂と、お庭が良かったですね。
招き猫の発祥の地と云う事もあり、その為のお堂があったり、新しく建てられたであろう塔にも招き猫がいました。

 庭を散策中、もう梅がチラホラと咲き始めていました。
後少しで春と予感させられた気がします。
とは云え、週末は大雪だそうですね。
本当の春は東大寺のお水取りが終ってから。
暫くは、まだ寒い日が続きそうですね。



怒り

2008 - 02/06 [Wed] - 03:02

 今日は恒例の空手の日でした。
段々と皆が強くなり、スパーリングがハードになって来ました。(苦笑)
それがまた楽しいのですけれどね。

 空手では昔から「押忍」と云う言葉を最も大切にしています。
文字通り、押して忍ぶ。
心に誇りを持って、強い意思で相手を圧倒しながら、可能な限り争いを避けて忍ぶ。

 何事も争い毎は避けるに越した事はありません。
「和を持って尊しとする」は、日本人としての根源的な考え方です。

 が、身に降りかかる火の粉は払わなければいけません。
その時は正当な怒りを以て対処し、身を護りましょう。
理不尽に対しての怒りは、相手に対しての怒りではなく、理不尽に対して心から怒るべきです。
それは感情論ではなく、冷静な、しかし猛烈な炎で理不尽を焼き尽くしましょう。
怒り(いかり)は怒る(おこる)とは違います。
低俗な、陰湿な感情論で怒るのは、自らの身を滅ぼします。

雪解け

2008 - 02/05 [Tue] - 03:21

 いつもの事ですが、東京の雪解けは美しくないですね。
一面の銀世界とは程遠いですが、真白な雪が覆い隠してくれた一日が明けて、太陽の力と通り過ぎる自動車のタイヤの熱で、銀世界は日常へと戻ろうとしています。
朝、いきなりのドドドドドと云う爆音。
何かと思ったら、隣の家の屋根に積もった雪が雪崩を起して、私の家の庭に落ちて来ました。
そう云えば、前日にR子さんと話していた、雪が屋根から落ちる音、まさか朝に現実になるとは思いませんでした。
と思ったら、思わず爆笑していました。

 雪を見ると、何だか嬉しくなります。
最近は少なくなりましたが、多摩にいた頃は毎年降って積もっていた雪が、東京ではやはり気温の差か、あまり積もる事もありません。
久々の雪、楽しい時間は一日だけでした。

 また、雪は修行時代を思い出させてくれます。
修行で山に隠っていた時、雪が降り、急激に気温が下り、意識がもうろうとして来て凍死しかけた時、夢か現実か、真白な狼が私を救ってくれました。
道案内をしてくれて、洞窟へ。
その中の暖かさに、生き返りました。
そして、その目に見えない狼は、今、我が家にいます。
プライドが高く、余程、気に入った相手にしか姿を見せませんし、それどころか気配を完全に消しています。
長年の訪問者の中で、気配を感じたのは数名。
姿を見たのは、いないかもしれません。

 雪は全てを吸い取ってくれます。
汚れや穢れを吸い取り、雪解けと共に洗い流してくれます。

 人世の雪解け、苦しい時を過ごしている人も、いつかきっと雪解けの時は来ます。
それは力ではなく、太陽の様に温かい光で解け出します。
人の心の温かさに触れる時、問題も心も精神も解け出して来るものです。
その時の為に、いつも心を清らかに、温かい心を持って頑張りましょう。

節分が明けて

2008 - 02/04 [Mon] - 09:26

 昨日の節分厄除祈願が終わり、一夜明けると嘘の様な青空です。
外の雪景色はまだ残っていますが、これで本当に新しい年を迎えた気分ですね。

 昨日の祈願は、ある意味では人の思いを痛烈に感じさせられた祈りでした。
昨年の一年間に溜った心の中の思いや垢が、正に鬼となって、その鬼を追い出した、文字通り追儺の儀式となりました。

 生きていると、色々な思いが湧き出し、それがトラウマの様に溜って行きます。
出来れば、一つ事が終る毎にクリアーにして行きたいものです。
スッキリとした状態を保って、心の中に鬼を育てない様にしたいですね。

何が出来るか?

2008 - 02/03 [Sun] - 01:19

 人世って考えてみれば短いですね。
長生きしても、たかが100年そこそこ。
長い人類の歴史、地球の歴史からすると、本当に一瞬の事でしかありません。
その中で、バタバタとし、悩んだり、苦しんだり、喜んだり、笑ったり、怒ったりしている。
祭壇の前で神佛と向き合い、広い世界、また宇宙に思いを馳せる時、いかに己がちっぽけであるかを確信します。
と同時に、だからこそ、一瞬を大切に、心を込めて生きて行きたいと思います。
小さな、目に見えないほどの一瞬の時間が積み重なって、長い人類の歴史、そして地球の歴史、宇宙の歴史は作られて来ました。
その一瞬が崩れたら・・・、今の我々はいなかった。
そう考えると、たかが一瞬、されど一瞬です。

 この短い人生、どうせなら思い切り生きたいですね。
嫌な事は沢山あります。
でも、嫌だ嫌だと言っていても、何も変わりません。
それよりも、自分が何が出来るのか、何をしたいのか、全身全霊で探して見つけ出しましょう。
見つかったら、それを徹底してやり、全うしましょう。

 それは、今の環境で出来る事かもしれません。
異なる環境へ跳び出す事かもしれません。
何でも良いのです。
自分らしく、自分に正直に、突っ走ってみるのも人世だと思います。

考え方一つ

2008 - 02/02 [Sat] - 02:19

 今日、N君が来ました。
そう、接客の天才と云われた彼です。
ある人曰く、彼の動きは美しい。
またある人曰く、あんな見送りをして貰って感激した事は初めて。
後ろに目があるとさえ云われ、たかが一個数百円の和菓子を一日で100万円も売り上げた事のある、伝説の彼です。
と同時に、私の会の仲居を自任し、正にその様に動いてくれる。
最大の喜びが、自分の持て成しで人が喜んでくれている笑顔を見る事。
夢は、将来、私の車のドアを開ける事と言うから、珍しいと云うか、ここまで来ると天才を通り越して珍獣の部類に入るかもしれないですね。(笑)

 そんな彼ですから、徹底した完璧主義、完全主義、理想主義です。
接客のあり方、物の売り方を一から教えた私としては、責任重大です。
彼のそんな完全主義故に、周囲の同僚や上司の仕事ぶりを見て、不満ばかり。
全てがいい加減に思えるのですね。
彼の口にする事、思う事は全て間違いない正論です。
でも、それが故に彼方此方で同僚や上司とトラブルが起きます。
自分の理想をつい口にしてしまう、また思っている事が顔に出て、それが周囲の人に伝わってしまうので、人間関係でいつも苦労しています。

 今、彼は果物の世界では知られた老舗に勤めています。
そこでは、支店毎に店長のやり方で、それぞれ自由な仕事をしています。
マクドナルドの様な画一的なやり方ではなく、老舗ならではと云うべきか、地域性に合わせ、責任者の店長の裁量でお店が動きます。
故に、店が変わればやり方も違う。
彼は、そこにかなりの違和感を持っている様です。
全て同じにする事で、間違いない、完璧な仕事が出来る・・・と。

 が、最近、やっと解って来つつある様です。
違う事の意味、そして組織としてのあり方、自分が完璧であるからそれが正しいとは限らない。
今日、目線の話をしました。
その地域で、その店では、そのやり方が正しいのである。
理想主義からは程遠くとも、それがその店のやり方。
だから、我慢して働くのではなく、その店でのやり方を吸収せよ、と。

 その一言が彼の意識を開いた様です。
何となく暗かった顔が、パッと輝きました。
その店のやり方を吸収する、つまりどこへ行っても、その店のやり方を知っていれば、助っ人で来た時もすぐに仕事が出来る。
この店はこう、あの店はこう、とそれぞれの店のやり方を引き出しに入れよ。

 目線、見る方向は、人の意識まで変えるものです。
違った見方、違う方向から見るだけで、全く異なるものに見えて来ます。
何でもそうですが、一方向ではなく、色々な方向から目線を変えて見てみたいですね。

品性

2008 - 02/01 [Fri] - 01:56

 良く云う話ですが、品性下劣は最も嫌う所です。
何でもすぐに得する事だけを考える、金の計算だけを考えて動く、嫌な事があるとすぐに他人の責任にする、そして、何かあるとすぐに愚痴る。
そう云う人は尊敬出来ないだけではなく、軽蔑の対象になりますね。

 頼りになる人、信頼のおける人、また本当に仕事の出来る人は、そう云う即物的な事では行動しませんし、その様なゲスな考え方はしません。
世間で立派と云われている人の全てが、本当に尊敬に値する人かどうか、良く良く見れば解る事です。
地位がある、裕福でお金持ちである、そんな事はその人の外面でしかなく、人間としての本質はもっと深い所にあります。

 人間の本質は常の言動に、隠しても表れて来ます。
どんな偉そうな事を言おうと、どんなに綺麗に着飾ろうと、所詮は紛い物。
金箔はいつか剥がれる時が来ます。
人は愚かではありません。
本物の金と、貼り付けただけの金箔は、見た目は同じでも、解る人には見抜かれます。

 辛くても、遠回りでも、険しい道でも、真っ直ぐに、綺麗に生きて行きたいですね。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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