感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

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自分って?

2008 - 01/31 [Thu] - 03:02

 自分の生き方は自分で決めて行くしかありません。
でも、自分ってこうなんだ・・・って長所や欠点、性格や生き方を知っていなければ、生き方も決められません。
何が好きか、何が嫌いか、何が出来るか、何が出来ないか、そんなちょっとした事でも、自分が思っている事と本当の自分の姿とはかけ離れている事があります。

 昔から「一番、知っているつもりで、一番、分かっていないのは、自分自身」と云います。
自分の顔は鏡を見ないと分からない。
自分の匂いは自分では匂わない。
自分の背中は見えない。
同じ様に、自分の心は、見えているつもりで見えていない。
自分の魂はもっと見えない。

 自己評価って、実は凄く思い込みの部分があります。
それが上手く作用すれば、思ってもいない力が発揮出来たりします。
でも、それが逆に悪く作用すると、出来る筈の事が出来ない。
自分で自分の可能性を否定して潰す事もあれば、自分の能力以上の可能性を引き出す事もあります。

 思い込むならば、良い方へ思い込みましょう。
正しく自分を見る事が出来る、そう云う第三者的な目が持てる様になるまでは、自分の可能性を信じ、否定論を捨てましょうね。

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傷だらけの天使

2008 - 01/30 [Wed] - 03:36

 今日は空手の日。
いつものメンバーが殆ど揃って、熱い時間を過ごしました。
激しく、そして厳しく、また楽しく、時間は過ぎて行きます。

 そして練習後、いつもの恒例、若いK君の特訓が始まります。
体格が倍もある、それも格上の先輩と、殆どガチンコ、まるで真剣勝負の様にスパーリングが始まります。
それも15ラウンド。
何度も落ちそうになり、倒れそうになり、逃げ出したくなる所を、周りからの声援とアドバイスの怒鳴り声(笑)に押されて、最後までやり通します。
毎週の事ですが、彼にとっては一番きつく、憂鬱な時間でしょう。
それでも逃げず、最後までやり通した時、彼の顔は輝き、全身からオーラが出ていました。
そう、傷だらけの天使の様に。

 途中でダウンしそうになりながらも、途中で何度か気合いを入れられ、終盤では生き返って来ました。
人の気力、やる気とは凄いものです。
まだまだ、もっともっとと云う感じですが、そのやる気には拍手ですね。

 絶対に諦めない、絶対に下らない、最後までやり通す。
その気持ちがある限り、人に不可能はないと信じています。
見ていて、指導していて、叱りつけていて、同時に元気を貰った時間でした。

理論と感覚

2008 - 01/29 [Tue] - 03:26

 何かをする時、皆さんは理論と感覚、どちらを優先しますか?
って、これが難しいのですよね。
私も同じです。
その時によって、理論を優先したり、感覚を優先したり。
でも、普通の人って理論を優先すると感覚を、感覚を優先すると理論を、無視してしまいます。
片方だけに偏ってしまうのが普通。
私は、絶対にもう片方を無視しません。
理論はこう、感覚はこう、優先するのはこっち、でもこっちも無視出来ないから、この辺りで妥協して・・・、といつも両方を意識しています。

 例えば霊示が出る時、実際には凄く象徴的な感じで伝わります。
それは映像だったり、言葉だったり、意識だったりします。
でも、表面だけで捉えると物凄く簡明で単純。
それを相談者に説明するのには、人間の言葉に翻訳しなければいけません。
実はその単純、簡明なものの背景に、中に、多くの膨大な情報が隠されています。
それをひも解き、分析する作業が必要です。
そこで、現実と照らし合わせて論理化します。
感覚と論理が両立しないと、相談者が納得する答には絶対になりませんし、私自身もちゃんと伝えられない事に苛立ちを覚えます。

 空手も同じ。
正しい動きには理論があります。
が、実際にやる時は理論など考えていては動けません。
覚えて忘れろ。
自然に、考えなくても動ける様になるまで練習し、意識から消す。
箸を持つ様に、歩く様に、自然に、感覚的になった時、本当の空手になります。

 何でも同じです。
何かを選ぶ時、何かをする時、理論と感覚のどちらを優先するにしろ、もう片方を無視してはいけません。
両立していなければ、後で必ず後悔する事になります。
そのバランス感覚、こればかりは経験で掴んで行くしかないので、教えようがないのですが。

霊感と空手

2008 - 01/28 [Mon] - 02:06

 今日は月例会。
いつも通りに護身法をやって、勉強会。
と行きたい所ですが、色々な話が盛り上がってしまって、始まりが遅れました。

 今日の参加者は全員が空手をやっていて、また大半が霊能者。
これだけ揃うと凄いですね。
まさに、和製ホグワーツ。

 霊示の話あり、パワー・ストーンの話あり、宗教論あり、霊の存在論の話あり、修行の話あり、また生き方や考え方の話あり、当然ながら空手の話あり、話題がどんどん広がって、まとまらないったら・・・。(笑)
ま、一つのテーマから、どんどん拡大して行って暴走するのは、いつもの事ですが。(苦笑)

 でも、そうやって、一つの事から追求して行く中で、どんどん広がって行く事、その事が価値観を柔軟にして行き、また視野を広げて行き、固定観念から解放してくれます。

 一人一人の言葉に嘘がなく、真実であり、またそれを各自が検証して妄想や思い込みではないと確信した上での話であり、そこに伝えようと云う心が乗っているので、霊感のない参加者にもちゃんと伝わり、何が言いたいのかが理解出来たと思います。
見えたり、感じたり、そんな事自体に意味はありません。
その現象から何を感じ、何を学び、何を吸収して行くか、それが大切なのであり、皆、それを解き明かしたくて話しています。
自分が何を気づくべきか、何を学ぶべきか、これからどうするべきか・・・。
全ての答えを私が与える訳ではありませんが、そうやって話している中で、それぞれが何かを感じて、確実につかんでいる事が良く解ります。

 こう云う時間、とても良いですね。
皆、目がキラキラ。
リラックスし、集中しながら、楽しんでいる。
こんな集りを毎月やっていられる事の幸せ、とても有り難いと思います。

心の解放

2008 - 01/27 [Sun] - 02:24

 一日に一度、本当にリラックス出来る時間って持ちたいですね。
お風呂、トイレ等と云う人も多いと思いますが、仏壇の前、瞑想タイムと云う人も多いでしょう。
また、映画を観る、ゲームをやる、子供と遊ぶ、夫婦で会話する、なんて云うのもあるでしょうか。

 本当にリラックスする為には、心が解放されていなければなりません。
心が弛んで解放されて来ると、身体も弛み、ゆったりとして来ます。

 昔から言っている事ですが、心を癒す為には楽しい事に集中する。
身体を癒す為には、運動して汗を出す。
毒を以て毒を制すと云う訳です。
ただ休んでいるだけでは、疲労は絶対に消えません。
ま、時にはそう云う時間も欲しいですけどね。(笑)

 また、本当に心を解放する為には、色々なものを捨てる事です。
これは心の話。
生きていると色々な事に対する不満や苛々、苦痛などがあると思います。
それを捨てる勇気と努力が必要です。

 厭な事も、辛い事も、目線を変えれば、自分を高めてくれるステップ。
強くなる為の、力をつける為の、通らなければならない勉強です。
それを辛い、苦しい、厭だと思っていると、いつまで経ってもストレスでしかありません。
意識を変えて、どうやって乗り越えるか、何を吸収するか、そんな事を考えて楽しみましょう。

 辛い事、苦しい事に出会うのは、次へのステップが来ていると云う事でもあり、それだけの事に立ち向かうだけの資格が自分に出来たと云う事です。
それ以前の力しかなければ、そんな苦労はやって来ません。
ま、相手にされないと云う事で・・・。(笑)

 楽しみであれ、苦痛であれ、それがやれている事、そんな中で生きていられる事、そう云う事に幸せを感じて下さい。
そうすると、きっと心は解放されて来ます。
その瞬間だけでも、嘘でも、そう思う時間を持つと、気が楽になり、リラックス出来ますよ。

電池

2008 - 01/26 [Sat] - 01:46

 何だかんだとバタバタしていると、知らない内に疲労が蓄積してしまっている事がありますね。
私も同じです。
昔は疲れなど感じなかったのですが、最近は突然、電池が切れた様になる事があります。
すぐに回復してしまうのですが、それでも昔と比べると赤ん坊並の体力とパワーだと思っています。
やっぱり年齢でしょうか?(苦笑)

 無自覚性のストレスや疲労が一番危険です。
知らない内に蓄積したものが、ある日、突然に噴き出す事があります。
若い内は良いですが、ある程度の年齢になると、それが危険な病へと発展する事があります。

 ちょっと疲れたなと思ったら、無視せずに息抜きや休憩を考えましょう。

あらららら~

2008 - 01/25 [Fri] - 03:21

 気がついたら、もう月例会がすぐ近く。
あらららら~、とは映画「大帝の剣」で宇宙人に乗り移られた漁師の口ぐせですが、本当にそんな気分。
さぁ頑張ろうと思った正月はとっくに過ぎて、バタバタしている内にもう月例会です。

 と考えると、もうすぐ節分ですね。
節分が過ぎたら、運気上も本当の新年。
後少しで旧年が終ります。
今の内に整理出来る事は精一杯やっておきましょう。
次の年へ引き継ぐ事は、準備をしてスンナリ引き継げる様に。

 改めて、新年は良い年にするぞと気持ちを高めましょう。
1月はまだ準備期間。
本当のスタートは2月の節分から。

 さて、もう一息頑張りますか。

気まぐれ

2008 - 01/24 [Thu] - 01:55

 どうも、昔のMacはとても駄々っ子で扱い辛かったのですが、最近はWindowsの方が気まぐれで扱い辛い様です。
新しいプリンターをインストールしたのですが、Macはスンナリ。
ちょっとAirMacの接続が悪くて、再起動したり、接続し直したりしていましたが。
Windowsの方は、AirMacに接続したプリンターをどうしても認識しません。
以前にもこう云う事がありました。
で、諦めていたら、ある日、突然に繋がってしまう事があって。
Mac党の私はWindowsの事は、どうしても良く解りません。
ま、私にも苦手があると云う事ですね。(苦笑)

 Macは感覚的で、Windowsはどちらかと云うと機械的。
どっちが優れていると云う話ではなく、単に好みの問題です。
そう云えば私は論理的でありながら、物凄く感覚的。
やっぱり、Macに似ているのでしょうか?(笑)

仲間達

2008 - 01/23 [Wed] - 01:58

 今日は恒例の空手の日でした。
そして、いつも指導しているI君が留守の為、師範の指導となりました。
いつもと違う雰囲気で始まった稽古。
しかし、師範自身が楽しもうと云う意識で指導しているせいか、すぐに和やかで、尚且つ厳しい稽古となりました。
真剣な時間、そして笑いの時間、最後には短い時間でしたが座禅の時間まで作り、稽古の前後には何とけん玉。(笑)
それを皆が楽しみ、一緒になって楽しみ、頑張っている姿。
良いですね、これが。

 最後には、今、強さを身に付けようと頑張っているJ君のスパーリング。
今日はいつも相手をしているK君が早く帰らなければいけないので、師範が相手となりました。
途中で何度も良いパンチを決められて、落ちてしまい(ダウンしてしまい)そうになっていましたが、最後まで頑張り抜きました。
それを見ている黒帯達が声を掛け、アドバイスしている。
本当に良い仲間ですね。

 この緊張とリラックスの同居した時間、そしてそう云う雰囲気の道場、最高です。
良い仲間達に囲まれる、その事自体が素晴しい事だと思います。

因縁

2008 - 01/22 [Tue] - 02:35

 良く因縁があるとか、因縁が悪いとか、良い因縁だとか言いますね。
何だか仏教用語が一部だけ捉えられて使われてしまっている様に感じます。

 因縁とは、原因の因、関わりを持つと云う意味での縁、この二つを繋げた言葉です。
でも、これで終わりではないのですよ。
原因があって、そこに関わりが何かあったら、必ず結果と云うものが出て来ます。
これを果と云います。
つまり、因と縁と果、この三つがセットなのです。
ですから、因果などとも云いますね。

 悪い因があって、悪い縁があれば、果が悪いのは当り前。
良い因があって、良い縁があれば、果が良いのも当り前。
また、悪い縁があっても、良い縁があれば、プラスマイナス・ゼロで、果は良いと云えるでしょう。
或いは、本当に良い果になってしまうかもしれないですね。
逆に良い因があっても、悪い縁があったら、悪い果になってしまう可能性が高いとも云えます。

 何れにしろ、因縁だけで全てを語るのは変。
現在の状態を繙く時、今までの自分自身や先祖達の状態を考え合わせると云う意味で、因と縁を見つめて分析する。
その果が現在であると考える。
そして、これからの未来に向って、新たな縁を作って、未来に良い果を残す。
そう考えるべきですね。
因縁があるから・・・だけで片づけられたら、困ってしまいますね。

時間は未来へも続き、未来は現在の選択で決まる。
ですから、良い縁を沢山作って、良い果を招きましょう。

新しい掲示板

2008 - 01/21 [Mon] - 03:05

 今日から新しい掲示板を使っています。
今までの掲示板は、もう閉鎖しますので、使わないで下さいね。
bookmarksに登録している方は、変更して下さい。

 新しい掲示板のURLは、

http://b4.spline.tv/shimazu/

です。

 以前から、機能変更で削除が出来ないとか、画像アップ出来たら良いのになぁと思っていたので、暫く良い掲示板を探していましたが、やっと見つけて新しくしました。

 こうやってチャカチャカとやってしまうから、変な霊能者って言われるのでしょうね。
相も変わらず、全てのサンプルを調べて、それぞれのサイトをチェックして決めました。
横で妻が「また、やってる」って爆笑していました。
徹底主義が私なので、仕方ないですね。(笑)
納得のいかない事は納得するまで調べる。
腑に落ちるまで忘れない。
今すぐに解決出来なくても、必ずいつか解決する。
って、いつも話している通りですね。
完全に真似しようと思ったら大変ですから、適度に真似して下さい。(笑)

姿のない訪問者

2008 - 01/20 [Sun] - 03:11

 まぁ、こんな仕事をしていると仕方ないのですが、訪問者は多いですね。
それも、目に見えない、姿のない訪問者・・・。(苦笑)

 毎晩の様に、祭壇に誰かがお参りに来ていますし、あちこちから思いが飛んで来ます。
また、御供養が決まっている人などは、その供養する相手が数日前から待ちかまえているかの様に来ている事もしょっちゅうです。

 基本的に結界を何重にも張っているので、縁のない霊や思いは入って来れないのですが、相談者に関係した人、また相談者自身は入ってこれます。
それだけ頼りにしてくれていると思うと有り難くもあり、幸せなのですが、やはり多くはマイナスのエネルギーを持ったネガティブな存在なので、時に辛い事もありますね。

 中には、寝ている間にお参りに来て、元気を貰って行く人もいたり、それを自覚している人までいます。
どこかで修行していて、思いを飛ばす人もいれば、苦しい時の神頼みならぬ島津頼みをする人もいるとか・・・。(苦笑)

 ま、それもこれも御縁。
大切にしたいと思います。

言う事を聞かせる

2008 - 01/19 [Sat] - 03:03

 人を指導していると、中には心を込めてアドバイスしているのに言う事を聞かない人もいます。
その人の最善を考えて言っているのに、それが耳に入らない。
自分の考えや価値観に固執してしまうから、誰が何を言っても耳に入らないし、時には否定し、時には自分の考えを混ぜてしまって全く違ったものにしてしまう。
それだけ囚われていて、追込まれていると云う事でしょうから、そんな事では私も怒りませんし、却って哀れと感じてしまいます。
そのままで行けば、悪くなってしまうのに・・・、と心配しながら。
早く気づいて、言う事を聞いてくれたら良いのになぁ~、と。

 人に言う事を聞かせるには、聞かせるだけの説得力と信頼、時には迫力も必要ですね。
一朝一夕に身につくものではありませんが、自分の中に揺るぎない確信を持っていれば、それは自信となって、オーラが出て来ます。
また、否定論ありきでは、考えが消極的になってしまって、相手に元気を与える事が出来ません。
それでは、人は言う事は聞いてくれませんね。

 それだけのものを持っていても、尚且つ言う事を聴かない人は、それだけ囚われてしまっているか、追込まれているかで精神的に余裕がなくなってしまっている人、或いは、自分だけが正しいと思っている傲慢な高慢ちきか、只の愚か者です。
勿論、相手の分かる理屈や言葉で話すと云うのは鉄則であり、原則ですけれど。

 自分の中に確信を持つ、言うは易し、行うは難しです。
どうすればそう云うものが持てるかですが、やはり否定論ありきを捨てて、まず肯定ありきから始める事です。
何かをする時、考える時、出来ないかも・・・、無理かも・・・、と絶対に考えない事。
どうすれば出来るか、どうやれば可能か、どこに抜け道があるか、兎に角、諦めないで考える事です。
そう云う癖をつけると、何でもよく見ていると、どうにかして可能に出来る道が見えて来ます。

 それと、まず自分自身を自分の言う事を聞かせないといけません。
思う通りに身体が動く、思う様に心が働く、思考も思った通りに進む。
そう云う訓練は絶対に必要です。
そうなれば、自分の中に確信が生れて来ます。
その為に、護身法や空手はとても有益です。
どちらも自分の思う通りに心身をコントロールする訓練をしているのですから。

 自分を信じ、自分を好きになり、自分を大切にする。
そうすると、色々な事が望む方向へと動き出します。

続ける

2008 - 01/18 [Fri] - 02:35

 人は修行する為に生れて来ると云いますね。
確かにその通りで、自分で生れる親を決め、自分の持つ欠点や弱点を克服して、人として完成する修行を一生をかけてします。

 とは云え、どうせ生きるならば、楽しく生きたいものですね。
修行の人世とは云え、楽しく修行して成長して行きたいと思います。
何でもそうですが、楽しくないものは続きません。

 と同時に、一度始めたら止めてはいけないと云う事もあります。
生れた以上、どんなに苦しくても自ら命を絶ってはいけない。
ま、自殺については色々あって、それしか選べないと云う事もありますから、一概に否定と云う訳にはいかないですが。

 修行、所謂、神の修行や仏の修行は、人としての魂の修行です。
先祖の御供養も含め、行は自らの在り様を見詰め、正す為に行います。
ですから、一度始めたら、一生続ける覚悟でやって貰いたいものです。
どうせ人は、一生かけて自分探し、自分の居場所探しをするのですから。

 また、武道修行。
これも現代に戦いの技術は身を護る為以外には必要ありません。
それをわざわざやるのは何の為か。
自分を見詰め、人と人の心理的・肉体的な距離感を学び、同じく心理的・肉体的な会話を覚える為にやります。

 どちらも、一度始めたら簡単に止めて欲しくないですね。
一度始めた事を途中で止めてしまう人は、何をやっても飽き易く、所詮、大物にはなりません。

 続ける事の意味、そして大切さ、続ける事によって人から得られる称賛、続ける事から得られる眼に見えないもの、そしてそこで出会う人、そう云う素晴しいものを捨ててしまう。
ま、そんな人は、何をやっても中途半端で、いつかは必ず失敗してしまうでしょう。

 何かを始めたら、真剣に、覚悟を持って、続けましょう。
それが、必ず次への道を開いてくれます。

家庭のあり方

2008 - 01/17 [Thu] - 03:34

 家庭って何でしょうね?
帰るべき巣、安住の地、安らぎの場所、それとも寝る為に帰るだけの場所・・・。

 仕事が忙しい、子育てが忙しい、あれが・・・、これが・・・、と色々な事を言い訳にして、勝手な理屈を言って、夫婦の会話がない、あっても必要な事だけで心が通わない、そんな家庭が多いですね。
私の所へ来られる方の多くの家庭は、そう云う事はありません。
道場へ来ている御夫婦達も、空手が共通言語になって互いの心が通じたと云う方も多く、やはり共通の話題と云うものが必要なのだなと思います。

 そもそも結婚したのは何故か?
愛しているから、一緒にいたいから、経済的に安定するから、子供を作りたいから、世間体があるから、色々な動機があるのでしょうね。
が、どうせ夫婦となったのなら、平和で、心の通った家庭にしたいものです。
心の通わない会話しか出来ない、会話のない家庭、不幸ですね。
子供がいるから仕方なく、離婚もしないで、親としての責任で結婚生活を続ける、同居人として。
う~ん、それもありでしょうが、不幸でしかないですね。

 自分は悪くない。
そう言いたいのでしょうが、夫婦はお互い様
二人共が勝手だから、本当の家庭が作れないのです。
そんな家庭で育った子供は不幸ですね。
本当の愛情を知らず、家庭に希望が持てないでしょう。
子供の為と言いながら、子供を不幸にしている事に気づいて欲しいものですね。

 夫婦は他人から始まり、同居人となり、そして家族となって行きます。
心が通わない、通わせようとしないのは、怠慢であり、身勝手。
幸せな家庭を築いて欲しいものですね。

理論と実践

2008 - 01/16 [Wed] - 03:11

 ここの所、妻が私が昔読んだ西洋の魔道書を読んでいます。
大変に小難しく、理論的で、全てが論理で構成されています。
よくよく読むと、密教ととても似通っている事に気づきます。
アプローチの違いと云うか、説明もやはり西洋と東洋の違いと云うものを感じます。

 密教は実践、そして仏教にも顕教と云う理論があります。
顕教と密教は両輪であり、どちらが欠けても不完全。
理論と実践は表裏一体であってこそ、役に立ちます。
どちらに偏っても、それは不完全でしかなく、中途半端です。

 霊能者や行者、魔道者は、兎角、実践的であり、感覚的である傾向があります。
また、伝統仏教やその他の宗教者は、論理的であり、学問的に偏り勝ちであり、実践を理屈で説明しようとします。

 が、きちんとした論理や知識のない感覚的な実践は、危険なものでしかありません。
また、実践を知らず、論理だけの世界は、所詮は戯言でしかありません。
事実は小説よりも奇なりと云いますが、実践すると、論理を越えた、理論が通用しない現実が眼の前に立ちはだかります。

 理屈や理論は入り口にしか過ぎず、真の光は論理を越えた先にある。
とは、宇宙大作戦に出て来た副長、スポックの言葉ですが、その通りです。

 やってみなければ解らない事もあれば、知らなければ出来ない事もあります。

 理論と実践、どちらもバランス良く、感情論を抜きにして、均等な眼と思考で捉えたいものですね。

自分で決める

2008 - 01/15 [Tue] - 03:11

 映画「プラダを着た悪魔」は、妻から聞いていましたが、今日、初めてDVDで観ました。
期待していませんでしたが、結論から云うと、楽しめました。

 観ていて感じた、と云うより、思ったのは、「自分で決める」と云う事です。
自己責任、意識的であろうとなかろうと、自分の生き方や自分の生きる場所は、自分で決めるしかない。
それが出来る人は、自分の満足した生き方が出来る。
それが出来ない人は、常に不満しかない、と云う事ですね。

 人は誰でも、自分の生き方を自分で決めています。
無意識であっても、人はそうしています。
それを自覚するかしないかは大きな違いです。
無意識にやっている人は、周囲に対して不満しか持ちません。

 自分で決めていると自覚している人は、覚悟し、誇りを持って生きる事が出来ます。
どこで生きるか、どうやって生きるか、誰と付き合うか、どこで働くか、決めるのは運命でもなければ、他人でもなければ、会社でもありません。
嫌なら辞めれば良いし、止めれば良い。
後戻りするのも、前へ進むのも、自分次第。

 改めて自分を振り返って、自覚を持つ事って大切だなって感じた映画でした。

天才

2008 - 01/14 [Mon] - 02:07

 今日、TVに所ジョージ氏が出演していました。
いつも思う事ですが、彼のあの肩の力の抜けたいい加減さは、笑いを誘うと同時に、癒してくれますね。
しかし、彼の持つオーラや人相から判別すると、相当に真面目で、神経質であると感じます。
つまり、彼はどうやったらいい加減な姿でいられるか、真面目に考えて計算し尽くしていると云えるでしょうね。
あの絶妙なバランス感覚は、やはり彼が天才である事の証だと思います。

 曰く、CMの撮影ではいつも一発撮りでOKが出る。
あり得ない事です。
何をどうするか、完璧に捉えていると云う事でしょう。

 天才と何とかは紙一重と云いますが、彼は絶対にそうではなく、徹底した努力と計算の上に立っています。
凄いですね。
そして何より彼の凄さを感じるのは、人付き合い。
凄く気を遣い、徹底したサービス精神で人を繋いで行く。
あの姿勢には、感心します。
そうやって生き抜いて来たのですね。

心を開く

2008 - 01/13 [Sun] - 03:22

 人と会話する時、物に触れる時、風景を見る時、写真を撮る時、空手をやっている時、そして祭壇で祈る時、全て会話だと思っています。
上っ面だけでやっていると、何も伝わって来ないですし、相手にも伝わりません。
心を開き、相手の心を感じとる時、初めて本当の会話が出来ます。

 写真を撮る時、その対象となる物に心を通わせると、「撮って、撮って」と相手がどこを撮って欲しいか伝えてくれます。
空手をやっている時、心を通わせると、勝ち負けは結果論として、まるでダンスを踊っているかの様な心の交流が出来て来ます。
ある場所に行って、その土地の地面や建物に触れる時、そこで生きて来た人達の息遣いや心が伝わって来ます。
ただ見ているだけでは、絶対に分らない事です。
あぁ、綺麗だな、ではすぐに記憶から消えてしまいます。
神仏を祈る時、また供養をしている時、相手である神や仏、先祖や霊達の心が伝わって来ます。
心を通わせて会話するからこそ、神佛の力や智恵を得る事も、霊達を成仏させる事も出来ます。

 でも、心を通わせると辛い事もあります。
相手の怒りや悲しみが伝わって来ると、やるせない気持ちになります。
だからこそ、真剣に、心を込めて付き合いたい、そう思います。

 豊かな心は余裕を生み出してくれます。
と同時に、強さも必要です。
心を通わせる事は、心を鍛える事でもあり、心を解放する事でもあります。
そして、心があるから、人は感動し、理解し合えるのだと思います。
大切な心、いつも感じていたいですね。

面倒臭いなぁ

2008 - 01/12 [Sat] - 03:05

 本当に生きていると「面倒臭いなぁ」と思う事が沢山ありますね。
また、行をしていると、それがもっと増えて、「あぁ、面倒臭い」が沢山。(笑)
好きな事だけして、嫌な事は避けて通りたいのが人間。
でも、それが出来ないのが人生です。
ならば、どうすれば楽しくなるか、面白くなるかを考えるしかないですね。

 部屋の片づけや掃除も、やるまでは面倒臭いなぁ〜と思います。
でもやり出すと、これがはまってしまって、いつまでもやっています。
ですから、母や妻には、私が始めると「大事になる」って言われます。(苦笑)
やり出すと、綺麗になった後の気持ち良さが分るので、徹底的にしないと気が済まない。
これは生き方でも趣味でも空手でも、そして仕事でも同じです。
修行もそうでした。
余りにも徹底的にやってしまったので、気がついたらプロになっていました。(苦笑)
でも、そのお陰で得た事、乗り越えられた事、学んだ事、捨てる事が出来た事、沢山あります。

 面倒な事は後回しにすればする程、ツケがまわって来ます。
まるで雪だるまの様に、膨らんで行く様に感じます。
ですから、早く手を付けて、早く終らせた方が、絶対に楽ですね。

 兎に角、楽しく、楽しく。
どうせやるなら、気持ち良く。
楽しい事なら、早くやりましょう。

厳しくも優しく、時に悲しい先祖達

2008 - 01/11 [Fri] - 01:41

 御先祖様って、いつも見守っていてくれますね。
祭壇で祈る時、特に供養壇で祈る時、必ず御先祖様が集って並んで供養を受けてくれます。
時に何かの示唆をくれ、時に笑顔で、時に難しい顔で。
ま、叱られる事は殆どありませんが。
また、何かを考えている時、必ず誰か先祖が手助けをしてくれます。
ヒントや答えをくれます。

 昔、こんな事がありました。
行をさぼった仲間の行者がおり、「さぼると何かされるよ」と脅しておいた所、彼の寝ていた大きな数十キロもあるベッドが、ドンって浮き上がって落ちたそうです。
今日は眠いからと行をさぼった彼は、青くなって飛び起きて行をやったそうな。(笑)
明くる日にあった時、私がやったのだろうと言われましたが、幾ら私でもそこまで悪趣味ではないよと笑いましたが。(笑)
本当に御先祖様って、とても優しく、そして厳しく、子孫を導こうとしてくれるのだなと思います。

 供養が足りなくて苦しんでいたり、眠ってしまっている霊が起きた時、それは子孫の方へ向います。
祟る訳じゃなく、供養してくれ~と云う要求です。
子孫に顧みられないなんて、とても悲しいですね。
こちら側から見れば、親を見捨てている様なものです。
これも悲しいですね。
御供養するって、心です。
自分の中にある自然な感情、身内は幸せになって欲しい、悲しい姿の人がいたら救ってあげたい、そこから出て来るのが御供養です。
この心からは逃げる事は出来ません。
目を背けていても、いつも心に残っている筈ですし、後ろめたいと思います。
だから、素直に供養してあげるのが、御先祖様にとっても、自分にとっても一番良い事なんです。

 あれをしてから、これが出来る様になってからと言い訳を作って時間をかける人が多いですね。
結局、逃げたいだけ。
でも逃げられない。
素直に、出来ないなりに、心を込めて御供養しながら、行をしながら、覚えて行けば良いのです。
失敗したからって、誰も怒りません。
間違えて詠んでも誰も怒りませんし、祟りもありません。
やろうと云う姿勢と意識、それが心です。
その心は必ず伝わります。

 優しく、厳しく、そして時に悲しい御先祖様、大切にしたいですね。

違った目線

2008 - 01/10 [Thu] - 03:40

 何を見ても、何を聞いても、人は十人十色、皆、感じ方も捉え方も違いますね。
何か問題が起きた時、それを切り捨てる様に吐き捨てる人、どうすれば良いかすぐにポジティブに考える人、困ったなぁ~とネガティブに考え込んでしまう人。
人それぞれの目線とやり方、価値観があります。

 だからこそ、人は面白いのです。
また、だからこそ、人間関係は鬱陶しいとも云えますね。
昔から日本の文化は、恥の文化と云われます。
常に人の目を意識して自分を律して行く。
それが行き過ぎると、恥をかかない様に、失敗しない様に、人から変に見られない様に、といつもどこかで他人の目を恐怖して生きる事になります。
近所付き合いや親戚付き合い、上司やお世話になった方との付き合い、やっぱり気詰まりで疲れます。
それをどの程度意識するか、どの程度無視するか、そう云う事を割り切って行かないと、人間不信になりますし、人と付き合えなくなります。

 逆に無視し過ぎると、傍若無人となってしまって、アウトローとなってしまいます。
アウトローも外から見る分には格好良く見えるでしょうが、突っ張り続けるのも根性が必要ですし、常に孤独である事から、そうなれる人となれない人といるでしょうね。

 どちらであれ、人の言葉や目で傷ついたり、喜んだり、怒ったり、笑ったり、また泣いたりするのが人間です。
でも、それに振り回され過ぎない事が必要です。
自己の評価を他人の価値観や眼に頼り過ぎると、そうなってしまいます。
自分の評価は自分で。
ただし、素直な、偏らない眼を持つ訓練をしましょう。

自分の姿

2008 - 01/09 [Wed] - 02:46

 今日は昼間はお釈迦様の縁日、初釈迦でした。
また、夜はこれまた初道場でした。
バタバタとした正月が終わり、一息つく間もなく始まってしまいましたね。

 お釈迦様の御縁日のお参りが終わり、話をしている時、「自分の本当の姿」と云う話になりました。
誰でもそうですが、一番知っているつもりで、一番見えていない、知らないのが、自分自身です。
無意識に着飾ったり、演じたりして生きているのが現代人です。
そうでなければ、要領が悪く、上手く立ち回れません。

 さて自分の本当の姿って何だろう?
そんな話が出て来て、それは何かをやっている時に、ある瞬間にチラリ、チラリと姿を現してくれるものだと云う話をしました。
それを意識して行くと、自分の知らなかった自分の違う顔や、違った部分に気づいて行きます。
あぁ~、こんな自分もいたんだなぁ~って。
それを繰り返して行く中で、段々と自然に変化して、本当の自分になって行きます。
まるでメッキが剥がれる様に、来ている服を脱ぐように、被っていた仮面が溶けてなくなる様に。

 今日、話していた人達は、既にそれが始まっています。
が、その変化に、自分自身すら気づいていなかったと云う所でしょうか。
意識し始めた今日の瞬間から、彼等も変化して行くでしょう。

 特に極限状態にある時、人は自分の中に眠っている本当の自分を見てしまう瞬間があります。
嘗て江戸時代に日本中の話題を攫った赤穂浪士の大石内蔵助、彼は使える殿である浅野内匠頭が切腹し、お家断絶と云う場面に遭遇した事で、彼自身ですら気づいていなかった、彼の中にある凄まじい恐ろしさを持った自分が立ち上がりました。
だからこそ、あれだけの無茶な事をやり遂げ、現代までその名は届いています。

 現代では極限状態になる事なんて、余程の事がなければありません。
だから、修行したり、武道をやったりと云う修行の中で、チラっと見えて来る自分自身の、自分でも知らなかった部分を大切に受け止めて行く。
修行や武道には、そんな側面もあります。
そして、あるが侭の自分へと変貌して行く。

 集中し、頑張って、本気でやっていれば、そんな場面は必ず、それも繰り返してやって来ます。
そんな時間を大切にしたいですね。

新しい携帯電話

2008 - 01/08 [Tue] - 02:59

 今日、妻の携帯電話のカメラが壊れているので、新しい機種を買いに出かけました。
買ったのは、DoCoMoのN905iμ。
以前から、これが良いねと話していましたが、薄くて、デザインもバランスが良くて、3GとGSMの両方に対応しているので世界中で使える事が良いですね。
DoCoMoは世界携帯は遅れていましたが、これでglobalで使えますね。
私も思わず一緒に買いそうになりましたが、ま、今日の所は止めておきました。

 機械、特にPCや通信機器の発達は凄いスピードですね。
こんなの必要ないだろう・・・と云う機能までアッと云う間に入っていて、使いこなすだけで大変そうです。
昔、Macを買う時に「PCを買う時は仙人にならないと」と云われた事があります。
自分が何をするのか、何の為にPCを使うのか、そう云う目的意識をしっかり持って買わないと、どんどん進化するのでいつまで経っても買えなくなる、と。
その通りですね。
全てのソフトや全ての機能を使う事はあり得ません。
ただ、進化と共に機能だけではなく、処理速度が上がっているのは確かで、適度に買い替えないとついて行けなくなると云う事も確かです。

 何でもそうですが、どこで妥協し、どこを追求するか、見極めがとても大切です。
自分のライフスタイルや価値観、目的意識などをしっかり考え、それから行動しないと後でし「しまった・・・」と思う事もあります。
失敗は経験であり、学ぶ事も多いのですが、出来れば安易な失敗はしないに越した事はありませんからね。
まず、自分を見詰めて、それから行動しましょうね。

アウトローの魅力

2008 - 01/07 [Mon] - 03:24

 今日、映画をDVDで観ていました。
「オーシャンズ13(Ocean's Thirteen)です。
ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、マット・デイモンを中心に13名の悪が集って、仲間の復讐に立ち上って大仕事すると云うお話。
アクション映画の好きな私には、ある意味ではもの足らなく、しかしとても込み入ったストーリーで、面白かったです。

 彼等の様なアウトローには、何か魅力がありますね。
ルパン三世しかり、ゴルゴ13しかり、本来ならば許されない仕事をしている彼等がヒーローとして人気を博しているのは何故でしょうか?

 人が出来ない事をやる凄さ、それもあるでしょう。
また、どんなに強く見えていても、実はナイーブで、とても温かい気持ちを持っている。
それもあるでしょうね。
また、ストーリーのスピーディーさと、その緊張感、そして迫力。

 真面目なだけの人間に魅力はないと、私は思っています。
真っ直ぐで、真面目で、勤勉で、実直。
素晴しい事です。
それを否定はしません。
が、人間としての魅力で云うなら、幅が狭く、深みがない、また覇気を感じないとも云えます。
チャレンジ精神、無茶が出来る、またいざとなれば覚悟して事に当る。
自分の生き方を変えられない不器用さ。
そんな事が、アウトローの魅力なのかもしれないですね。
それが良いか悪いかは別として。
ちょいワル、不良中年なんて言葉も流行っていますが、そんな事から来る格好良さを人は感じているのでしょうね。

ギャップ

2008 - 01/06 [Sun] - 02:36

 人は見かけによらないとは、きっと私の為にあるのだと思います。(笑)
空手の世界でも、他の人からも、良く怖そうな人と思われる様で、「絶対、あの人は堅気じゃない」等と宣う人さえいました。(苦笑)
そして、知り合って話していると、「あれ?こんなに優しい人だっったんですね。」って言われて、不思議そうな顔をされます。(笑)
道場へ行って「怖そう」なんて言われたら、「逆だろう、それ!!」って言い返したくなりますね。
だって、私より倍も大きい、強そうな現役の人が言うのですから、やっぱり変です。(笑)

 相談者や弟子と話していて、いつもそう云うギャップを感じます。
だから、人間は面白いのですけど、身体の大きな怖そうな人が、とてもシャイだったり、気が弱かったり、また優雅に見える女性が実は物凄く気が強く、芯のしっかりした人だったり、喜怒哀楽の激しそうな人が、実はとてもナイーブな優しい人だったり。
私は人と接するプロですし、それが分る力もありますから見抜けますが、他の人が見たらやっぱり騙されるだろうなと思ったり、もしかしたら自分自身でもそう云う姿を真の自分だと思ってしまっている可能性もあるな、と思います。
また、本当はそうじゃないのに・・・と思いながらも、相手に否定出来ないで悩んでいる人もいるでしょうね。

 人と云うものは色々な要素があります。
その全てを見てから判断しないと、見かけや持ち物や眼の前の姿だけで判断すると、本当の姿は絶対に見えません。
また、自分と云うものは、鏡を見ないと見えない様に、一番知っているつもりで、実は一番知らない人なのかもしれません。
だから、人は一生かけて自分探しをするのだと思います。

 他人も自分も、見た目だけで判断しない様にしましょうね

あれこれ、色々

2008 - 01/05 [Sat] - 03:34

 人にはそれぞれの生き方、やり方があります。
毎月来ているJ君のブログに、人に強制すると云う話題がありましたが、人を指導する立場にいると必ず一度は陥る落し穴です。
私も嘗てそうだった様に思いますし、妻もそうだったと思います。
が、人は思う通りになど絶対に動きませんし、育ちません。
その人の身の丈の考え、行動しか出来ません。
それを受け入れ、認めて行かなければ、指導する側も受け入れられなくなって、気がつくと裸の王様になってしまいます。
そうやって、指導者として成長して行くのです。
悩み、ぶつかり、苦しみ、そして怒る。
ま、それも経験ですね。

 またR子さんのブログに、急に何もない筈の所でお経が聞こえた、とありました。
ここを借りて答えておきます。
結論から云うと、良くあります。
誰かその近辺にいた人が、お身内を亡くし、それも近日中だった場合。
また、お寺などに行くと、何もなくてもお経が聞こえて来たりする事は良くあります。
行へ行く時、瀧へ行く時など、いつもお経が聞こえて来ますね。
頼ると云うより、そう云う波動を感じ取る事で聞こえて来る。
その程度の事です。
それよりも、視野や価値観が変化して柔軟になって来て、そう云うものを感じ取る感性が目覚め始めたと考えて良いでしょうね。
心が解放され、自由になって来ている、と云う事だと思うので、良い傾向です。

 道場で指導し、私の許でも修行しているI君がいます。
彼は試合が嫌いです。
ある見方では、試合に勝った経験、実績が出せないから嫌いになったと云う事も云えるかもしれません。
しかし、私はそれで良いと思っています。
だから情けない、そうは思いません。
それで負けただけで、逃げただけで終るなら、それは情けないかもしれません。
が、違う道、方法で道を極めようと考え、努力し、精進している。
ならば、それは彼の決意であり、意思です。
それを最大限に尊重し、その道筋で指導をし、修行させて行けば、彼は自分のあり方を見つけ出すでしょう。
彼には、長年の弟子にも教えていない事も教えて行こうと思っています。
何故なら、彼はその道で生きると決心しているから。
私の弟子は在家であり、その道で生きている訳ではありません。
日常の中で生きる上で必要な智恵や手法、その為の修行をしています。
彼は違います。
その道で生きるなら、全てを知らねばなりません。
長く、厳しい道程ですが、その道を歩く事自体が喜びとなり、芯となって行ってくれると嬉しいですね。

 法力、霊能力、強さを身に付ける事が、物事を解決する訳ではありません。
情けなくて良い、弱くて良い、見えたものが何か分らなくても良い、その道を歩き続ける事、真っ直ぐに自分らしくいる事、それがいつの日か、自分の道となります。
周囲の言動に左右されず、自分のあり様を意識して、自分らしく、良い意味で我が儘に、自己の意思を一つにして歩んで欲しいなと思います。

一年の計は

2008 - 01/04 [Fri] - 02:22

 「一年の計は元旦にあり」と云います。
これから先の一年の計画は元旦に立てるべきだと云う事です。
口で言うは易し、行うは難しですね。

 人生は一日一日、一瞬一瞬、変化し、流れています。
ですから、目標として掲げる事と、実際は異なります。
計画を立てるのは良い事です。
でも、それに縛られてしまうと、逆に自分を苦しめる事もあります。

 今日の一日をしっかり、精一杯生きる。
それが次の日へ繋がります。
人の道は人それぞれ。
自分が自分らしく、意思を曲げる事なく、自身を偽る事なく、思うが侭に真っ直ぐに歩く事が出来れば、そこに必ず道は開きます。
今日を大切に、自分を大切に、己自身が輝く事が、自分をも、周囲をも幸せにして行く道であろうと思います。

 祈りは願いを叶える為ではなく、自分が命を与えられ、今ある事を感謝する為にあります。
また、自分が自分らしくいる事を誓い、その誓いに従って生きる為に、祈りはあります。
今年を幸せに、輝いていられる様に。

時代劇

2008 - 01/03 [Thu] - 02:24

 今日は毎年恒例の12時間ドラマ、時代劇をやっていましたね。
一部だけ見ましたが、DVDレコーダーに録画してあるので、何れ時間が出来た時にゆっくりと見たいと思います。
ちょっとだけですが、見た感想で言うと、若干脚本が良くないなと思いました。
何と云うか、薄いのです。
深みがないと云うべきでしょうか。
軽く滑っている気がしました。
現代の時代劇と云う感じでしょうか。

 私は時代劇が好きです。
その内容から学ぶべき事も多く、特に時の武将達の心、それを取り巻く人達の思い、そしてそこで描かれる人間ドラマ、また戦略的な事や立ち回りの動き等、参考になる事は沢山あります。
いつも見ている訳ではありませんが、何か迷いがあったり、見詰め直したい時に必ず見ます。
妻には「また入り込んでいる」と爆笑されますが、その場面の中に自分の身を置いたかの様な意識で見ている事は確かです。
そうすると、色々と、描かれていない事まで見えて来ます。
TVを見ると同時に、意識はその時代へ飛んでいるのかもしれません。
単純に娯楽として見る事も出来ますが、私はそこから学んで得た事が沢山あります。
特に戦国時代から安土桃山時代、そして徳川3代(家康~家光)5代から8代(綱吉~吉宗)の時代が好きですね。

 人は何からヒントを得るか、学ぶか、それぞれだと思います。
その材料を沢山持っている人ほど、厚みがある様に感じます。
どこからでも良いですが、沢山の材料を得て、大きな、広い懐を持って行きたいですね。

幸せ

2008 - 01/02 [Wed] - 03:25

 初詣、もう行かれましたでしょうか?
私は例年の通り、元旦午前0時より越年大祓祈願を行いました。
夜中に心を込め、静かな気持ちで祭壇に向って新たな年を迎えるのは、格別のものがあります。

 毎年、沢山の御祈願をお受けして、年の一番最初の祈願を行います。
多くは心願成就、家内安全、厄難消除、健康祈願。
中には具体的に細かく書かれていて、読み上げる事が出来ないものもあります。
そう云うものは、私なりに祈願文を作って、一言にして読み上げます。

 皆さんはどんな気持ちで祈願をするのでしょうか?
良い年になります様に、ですか?
祈願の時に読み上げる言葉は、具体性がある様でないのが普通です。
細かく、具体的に書けば書くほど、自身の煩悩と迷いを表している様に思います。
忙しい神様、そんなにグダグダと言われても困る、と思っているかもしれませんね。(笑)

 そして、誰もが願うのが、幸せ。
幸せになりたいと誰もが口にし、思います。
でも、それならば今は幸せではないのですか?と聞きたい事がよくあります。
何の苦労もなく、大きな問題もなく、働く場所もあり、金銭的にも特に困っている訳ではなく、ちゃんと食べて生活も出来て、家族もいる。
どこが不幸せなんでしょうね???

 不満と強欲を述べるのが祈りではありません。
もっと上に行きたい、もっと良くなりたい、もっと金持ちになりたい、もっと欲しい・・・・。
神様でなくても、仏様でなくても、知るかそんな事!!と言いたくなります。

 祈りとは純粋なものです。
また、幸せとは噛み締めるものです。
今、自分がどれだけ幸せか、その事に目を向け、自分の幸せを噛み締める。
その上で、望む事を祈りましょう。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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Adept・Mentor 島津成晃の独り言
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