感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2007年09月  

以心伝心?

2007 - 09/30 [Sun] - 02:32

 今日、近くのスーパーに買物に出かけました。
そして精肉コーナーを歩いている時、「いらっしゃいませ」と後ろから声をかけられました。
???と思って見ると、道場で頑張っているY君と云う青年の姿。
そう云えば彼はこのスーパーで働いていて、今月いっぱいで別の所へ移動すると言っていたなと、スーパーに来る前に思っていました。

 職場で見る彼は、とても素直で、可愛いと云ったら申し訳ないかもしれませんが、好青年でした。
あまり今迄は接触がなく、今の道場で一緒に練習し始めて話す様になったのですが、道場では気合いの入った練習をしていて、とても大きなオーラを持った青年です。
まるで別人の様に晴れやかな、綺麗な顔をして働いている彼に、明日までだと云う日に会えた事は、とても嬉しい事でした。
以心伝心と云うのでしょうか?
今日、会えなければ、もう彼の職場での姿を見る事が出来なかったと思います。

スポンサーサイト

バランス感覚

2007 - 09/29 [Sat] - 02:15

 何をしていてもそうですが、バランス感覚ってとても大切ですね。
右にも左にも、上にも下にも、前にも後ろにも偏らず、いつでも、どの方向にでも動ける感覚。
人生は綱渡りの様な瞬間が誰にでもあります。
メリットとリスク、チャンスとピンチ、利益と損失、いつも陰陽同時に表裏で現れて来ます。
空手でも、攻撃された瞬間が一番相手に隙が出来る時で、相手を倒す最大のチャンスです。
逆に、攻撃した時が、自分に一番隙が出来る時で、最も危険な瞬間です。

 そう云うものを見極める眼は、一朝一夕にはつきません。
最初は、誰かに教わりながら覚えて行くしかありません。
それを、人に聞くのは恥だからと避けていると、いつまで経っても眼が養われません。
百聞は一見に如かず、聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥と云います。

 彼方立てれば此方が立たぬ、とも云いますね。
バランス感覚が鋭くないと、薄っぺらな一方的な言動となります。
何をするにも、常にメリットとデメリット、目先の事だけではなく、そこから広がる、遥か先にある、起こって来るであろう影響を意識する。
そう云う感覚がとても大切です。

 苦しい時ほど、悲しい時ほど、笑顔を作る。
そうする事で、精神のバランスを取り戻し、様々な良い影響を呼びます。

 微妙なバランス感覚、磨いて行きたいですね。

敵に塩を送る

2007 - 09/28 [Fri] - 03:04

 「敵に塩を送る」と云う言葉があります。
上杉謙信が武田信玄に対し書状を送り、塩の流通を許したと云う逸話です。
それが字義通りの美談であったかどうかは別として、相手が敵であったとしても、困った相手を助けると云う意味で使われます。
正々堂々、互いの誇りを以て敵として戦おうと云う、スポーツマン・シップの様なものから発する、武士道精神です。

 仕事をする上でライバルは必要ですし、ライバルがいるからこそ、自分も輝く事が出来ます。
が、仕事をする上では立場と云うものがあります。
敵となって、ライバルとなった相手の出した新商品を誉め称える、一見すると素晴しい事の様に思えますし、余裕があるかの様に思えます。
が・・・、それを自分を支えてくれている人が見たら・・・、どうなんでしょうね???

 企業に於ては、そう云う情の入る余地はありません。
ライバル会社の商品を誉めるなど、表向きはあってはならない事です。
立場と云うものは、自分の思いとは無関係に存在しています。
自分を支えてくれている人、スポンサー、そう云うものに対する配慮と気遣い、それを忘れて仕舞うと、自分の立場そのものを足許から崩す事となって仕舞います。

 フリーで仕事をすると云う事は、逆に自己防衛しなければいけないと云う事です。
安易な考えの言動は自分の立場を危うくし、足許を揺るがせる事となります。

 個人としては「敵に塩を送る」気持を持ちたいですし、それ位の余裕は欲しいですね。
でも、立場を意識すると、思っても言えない事、言ってはいけない事があると云う事を意識せざるをえません。
くれぐれも言動には気をつけましょう。

久し振りに

2007 - 09/27 [Thu] - 03:10

 昨日、久し振りに変な現象が起きました。
道場の帰り、買ったばかりのおニューのデジカメが突然のエラー。
電源ボタンもズームもメニューも何も反応せず、仕方なく電源そのものを一旦抜いて入れ直したら、正常に戻りました。
それ以降は、全く何事も起きていません。
原因は・・・解りません。

 また、家の近くで愛車のリアのウィンカーが切れました。
突然、ウィンカーがチカチカとスピードを上げて点滅。
あ、やられたと思いました。
で、今日、バルブを買いに行って来ました。
が、開けてチェックをすると、これも正常に点いています。
うん???
玉切れもなく、接触不良もない。
ウィンカーにハザード、試しましたがやはり異常なし。
ま、予備にバルブを買っておくのは良いので、そうしましたが。

 また、相談者の電話がかからなかったそうです。
これはこちらの電話機の問題とは云えないかもしれないですが、それにしても・・・。
以前は良くあった事なので、気になりました。
家にいて電話も壊れていないのに、「先生、お出かけでしたか?電話が繋がらなかったです。」と云う話は良くありました。
ちゃんと居たのですがね。

 霊的な気配は感じなかったのですが、何かあったのかもしれないですね。
慣れているつもりでも、久し振りだとあれ?と思いますね。

正伝流中村道場

2007 - 09/26 [Wed] - 02:16

 今日は空手の日でした。
毎週の事ですが、肉体的には疲れますが、気分は爽快となります。
また、今日は久々に会う黒帯の若者も居り、楽しい日となりました。
今日、体験で来た若者は中国拳法を長くやっていて、それも練習に取り入れました。
正に、正伝流は何でもあり、こうあらねばならないと云う固執がなく、本当に幅広く色々な事を練習出来る、とても良い道場です。

 最初は恐る恐るだった白帯の人達も段々とスパーリングにも熱が入り、今では結構頑張っています。
それも、厳しさはあるものの、とても楽しんでいるのが伝わって来ます。
練習は楽しくやるものです。
厳しいだけでは続きません。
自分の肉体と会話し、相手と肉体で会話して行く、そうするといつの間にか空手が上手くなる。
正しく身体を動かせば、気がついたら強くなる。
ですから、こうあらねばならないと云う事を捨て、その人に合った動きをして行けば良いのです。
人それぞれ、十人十色、それが当り前です。
基本となるマニュアルは大切です。
が、そこから発展させて行く過程で、その人に合った、その人にしか出来ない身体の使い方をしていかなければいけません。
それは、人生でも考え方でも何でも同じです。
学んだ事、経験した事を、そのまま形にするのではなく、消化して自分のものにアレンジして行かなければ、本当の自分流は出来て来ません。

 正伝流中村道場、とても素敵な場所です。

転機

2007 - 09/25 [Tue] - 02:17

 ここの所、何か心境の変化を来している人が多くなって来ている様に思います。
護身法を途中で止めた人が最初からやり直したいと言って来たり、道場から足が遠退いていた人が道場へ通い出したり、気持の変化に何があったのか解りませんが、明らかな変化の兆しがあります。
そう云う私も、今年は現役復帰しています。
空手に瀧、どちらも現役からは遠く離れていましたが、今年になって両方共またやる事になりました。
とは云え、瀧は弟子に任せるつもりですし、空手もあくまでも指導員のサブと云う形で補佐をしているだけですが。

 きっかけは何であれ、転機と云うものは突然の様にやって来ます。
その機会を逃さず、また逃げずにいれば、人は必ず変化して行きます。
占師なら未来は決まっていると云う所でしょうが、未来は自分でつかむものであり、切り開くものです。
今の選択、生き方で未来は幾らでも変わります。
良い方にも、悪い方にも。
ですから、訪れた転機を勇気を持って進む事、間違えない選択をする事が大切ですね。

長い一日

2007 - 09/24 [Mon] - 07:47

 昨日は秋の彼岸供養会でした。
その後に護身法、そして勉強会。
長い、とても長い一日でした。
朝の11時から始まり、殆どインターバルなしに、午後11時までずっと仕事していた事になります。
流石の私も終った後、少しグッタリして爆睡しました。
行事などの祈りの時は、私は殆ど食事が出来ません。
身体が受け付けなくなります。
なので、珈琲が私のエネルギー源です。
そして一日が終って、やっと何かを食べようと思いますが、やはり少ししか口に入りません。
まるで断食です。(笑)

 そんなハードな一日の中、師範から選手達がかなりの成績を次々と残したと云う報告がメールで入りました。
そう云う嬉しい報告は活力を与えてくれますね。
彼等の輝く、嬉しそうな顔が目に浮かびました。
一緒に練習している人達がどんどん成長して行く。
本当に嬉しい事です。

暑さ寒さも彼岸まで

2007 - 09/23 [Sun] - 01:32

 明日は秋の御彼岸の行事を行います。
と同時に、明日は第4日曜日、月例会の日です。
さてさてハードな一日になりそうです。
朝に秋彼岸供養会、午後から護身法、そして勉強会。
暑さ寒さも彼岸までと云いますが、明日はやっと秋らしい気温になるらしく、少しは楽でしょうか?
日本の季節の行事は良く出来たもので、季節毎に節分・春分・御盆・秋分と続き、その一つ一つが不思議と云うか何と云うか、季節の変化に合っています。
このまま涼しくなるかどうかは解りませんが、兎に角、明日はハードな一日になりそうですし、涼しいと有難いですね。
今日も街を歩いていても、足が進みません。
川の中を流れに逆らいながら歩いている気分でした。
明日はしっかりと祈り、沢山の人に楽になって戴きたいと思います。
人も、霊も。

宇宙語

2007 - 09/22 [Sat] - 03:04

 ある専門家の言葉は門外漢には宇宙語でしかありません。
視野も価値観も使う言葉も違うのですから、その意識が出来ていない部外者にとっては、訳の解らないものでしかないものです。
曾て、私が相談者に「熱があるなら解熱剤を飲んで下さい」と言った時、相談者が「何ですか、それ?」と質問された事があり、私は「え?」と驚いて仕舞った事があります。
熱を下げる薬が解熱剤、そんなものは常識だろうと思っていましたが、知識のない人には宇宙語でしかなかったと云う事ですね。

 また、私が懇意にして戴いている空手の師範は、師範仲間でも宇宙語を話すと云う事で有名です。
曰く「空手の突きは仙骨でやる」「100人組手をやった時、意識を天井に飛ばしていたらから、痛みを感じなかった」
一例ですが、この方の言葉にはそう云うものが続きます。
解る人には解るのですが、解らない人には宇宙語ですね、やっぱり。(笑)

 自分の専門、相手の専門、分野が違えば考え方も意識も、視野も、そして使う言葉も違います。
知らないのは愚かとか、バカじゃないの?と言ったり思ったりする人がいますが、それこそ愚か。
自分の勝手な価値観を相手に押し付けているだけです。
只の傲慢、井の中の蛙大海を知らず、ですね。

 自分が相手に宇宙語を話していないか、考えてみて下さい。
自分では当り前と思う事は、違う分野の人にとっては宇宙語でしかなく、自分の思う常識は、他人から見れば非常識と云う事がよくあるのです。
自分だけが正しいと自己弁護は止めましょう。
解ってくれるかなぁ~?どうやったら解ってくれるかな?と意識して、他人の価値観や視野や意識を受け入れる事が、人としての器量だと思います。

怖い?

2007 - 09/21 [Fri] - 03:01

 未だに私は弟子達から怖いと言われています。(苦笑)
まぁ、人相や目つきはあまり良くないかもしれないと云うか、怖そうに見えるかもしれないですが、自分では優しいと思っているのですが。
理由もなく怒ったりしませんし、まず本気で怒る事などは殆どありません。
そう云う時は、逆に静かに、感情を抑制します。

 殆どの場合、私はとても冷静に指導したり、相談に答えたり、アドバイスをするだけです。
が、言われた側にしてみると、痛い所を突かれるのでしょうか。
私に対しての怖さは、自分の中にある何かの投影ではないかと思っています。

 今日、道場の師範と話していましたが、「私も先生に何か言われると緊張します。」とは、とても有難くもあり、そんな訳はないでしょうと言い返したくなる気持もあります。
また、「指摘されたり、アドバイスされたりする事は、自分自身の気付きになるから有難い。」と。
そう思って戴けると、とても嬉しいですね。

 指摘するにしろ、叱るにしろ、褒めるにしろ、その人の事を思うからやる事であって、難いと思ってやっている事ではありません。
でも、言われた方にしてみると、それが怖い、と云う事になるのでしょうね。

 私の所へ親に連れられて来る子供は、祭壇の不動明王の怖い顔を見て、最初は怖がります。
でも、「怖い顔をした人ほど、本当は優しいのだよ。」と言うと、ジッと不動明王を見て「そっか、優しいんだね。」と納得します。

 怖いと云われる私ですが、女性と子供からは怖いと言われた事がありません。
不思議なものですね。

思い込み

2007 - 09/20 [Thu] - 02:40

 昨日、古くからの弟子が来て仕事の話をしていました。
彼は接客は天才と云われます。
まるで後ろに目があるかの様にお客の全てを把握していて、顔を見ただけで何を欲しているかが解るらしいです。
また、兎に角、丁寧、時にはバカ丁寧(笑)とさえ云われる言葉遣いと気遣いで仕事をします。
「先生に教えて貰いましたから、島津流です。」と彼は言いますが、教えても出来る人と出来ない人がいます。
彼は天性、その才能があったのでしょう。

 その彼が昨日言っていた言葉があります。
「自分達接客業をやっている者がお客の目線でと思っている事が、本当のお客様の目線とは全くズレている事に気付きました。」
彼が普通にやっている事が、お客にはとても印象的で、気持ちが良い接客なのでしょう、彼の職場に彼を名指しでお褒めの言葉が来ているそうです。
が、彼にしたら普通にしている事なので、何がそうさせるのかが解らなかった様です。
また、他の従業員もお客様を大切に、お客様の目線で仕事をする様に言われているそうです。
が、そこに大きな違いがあると云う事ですね。
同じ様に仕事しているのに、何が違うのか?
そこに彼は気付いた様です。

 自分達が人の目線を意識する時、大抵は自分の意識の投影で、思い込みでしかありません。
これなら満足してくれるだろう、これなら嫌な思いをさせないで済むだろう・・・・・、そう思いながらやっている事で、何故か人から理解されなかったり、受け入れられなかったり、批判されたりする事ってありませんか?
相手の為を思って、相手の目線で考えているのに何故だろう?
思い込みだから、自己満足だからです。
自分が良いと思うのだから、相手も良いと思ってくれる、そう心のどこかで決め付けているのですね。

 人が人と会話する、付き合うと云う事は、本当に相手を思い、心を解放しなければ、絶対に心は通じません。
こうしてブログを書いていても、HPを立ち上げていても、自分が良いと思ってやっているだけでは伝わりません。
字の大きさ、レイアウト、背景などのデザイン、書いている内容、勝手な思い込みで自己満足していても、誰も受け入れてくれません。
だって格好良いでしょ?は勝手な思い込み。
一生やってろって感じですね。

 目線は人それぞれです。
相手をしっかりと見た時、心で感じた時、自分も相手も変わって来るのではないでしょうか。

ファミリー

2007 - 09/19 [Wed] - 02:36

 私の所へ来られる相談者は、最初は一人、それがいつの間にか家族ぐるみとなるケースが多いです。
そこからまた親戚や友人へと広がり・・・、最初は紹介やネットを通じてですが、一人から多くの人へ広がって行きます。
そして、最初は面接や通信での相談だった人が、護身法を習い始める場合も多いですね。
一部の人は空手も習い始めたりします。
相談と云う一つの入り口が、自然と広がって行って、いつの間にか週に何度も会っている様な状態になる人も沢山います。
長く来ている人は、もう20年を越えた人さえいます。

 宗教団体ではなく、カウンセリングとセミナーをやっているのですから、殆ど強制と云うものは何もありません。
それなのに人が集って、互いに信頼が生れて、ファミリーの様になって行く
有難いと同時に、とても不思議な感覚ですね。
人間の信頼関係と心の繋がりは、ちょっとした小さな縁から始まります。
それが長く続き、深くなって行く為に、心を込めて付き合って行きたいですね。

瀧修行

2007 - 09/18 [Tue] - 03:28

 今日、弟子が瀧修行の下見で修行して来た時の報告をしてくれました。
104枚と自慢していましたが、沢山の写真を持って来てくれました。
写真には修行した人それぞれの精神の状態や意識、持っている気の大きさや方向など、全てが映し出されていました。
写真に写るオーブ、白い玉の様な光りがそれぞれの状態や意識によって流れを見せてくれていました。
撮った人も中々と云う事ですね。
意識が同調していなければ絶対に写りませんから。

 中には憑いていたであろう霊が抜けて行くのが写っていました。
瀧のエネルギーにより、自身のエネルギーが上がり、水から追い祓ったと云う事でしょうか。
素晴しい事です。
そして、終った後の顔は素晴しく輝いていました。

 瀧は厳しく、危険な修行です。
プチ修行などと云って、瀧行を趣味の様にしている人もいる様ですが、甘い気持で瀧に入ると、生命や精神の危険に繋がります。
強い意思と、意欲がなければ、やってはいけないものです。
最高の瀧は、最高に厳しく、覚悟がなければ出来ません。
だからこそ、瀧修行は大きな成果をあげます。

 さて次回、本番は10月初め。
入りたい、修行したいと強く希望する人だけを集めました。
辛く、厳しく、しかし実りある、楽しい瀧修行となるでしょう。
私も久々ですので、今日からリハビリをしています。(笑)

心の余裕

2007 - 09/16 [Sun] - 02:32

 何をしていてもそうですが、恐怖感を持っていると、小さな事でも過剰反応して仕舞います。
それが続くと焦りに繋がります。
多くの問題は人生そのものを左右する程の大きな事ではありません。
だから、本当は気にしないで無視しても良いのですが、一応は判断しておこうと云う感じです。
しかし、その一つ一つに過剰反応して行くと、焦りが進み、段々と心も身体も動かなくなって来ます。

 空手の練習をしていて思いますが、同じ事が初心者には起きています。
相手の攻撃が当らない様にと思っていると、軽い突きや蹴りも恐怖となって、段々と腰が引けて来て、身体も硬くなって来ますし、心も同じです。
だからガチガチになって仕舞って、却って隙が出来て仕舞います。

 が、良く落ち着いてみると、相手の攻撃の中でも威力のない突きや蹴りは沢山あります。
それがもし身体に当ったとしても、ダメージはありません。
だったら、もし当っても気にしない。
次々と出て来る攻撃の全てを受け止める、避ける事は出来ません。
少しはどうしても当って仕舞います。
が、ダメージがないなら、その攻撃は意味が無いのです。
それよりも、その威力のない攻撃で心が乱されたら、その方が効果があると云えますね。

 人生でも同じです。
心を乱す事は焦りに繋がり、正常な判断力を失います。
そうすると、隙だらけになって仕舞います。
そんな時に大きなミスをしたり、足許を掬われたりします。

 心を、強く、そして柔らかく。
不動明王の精神です。
押忍の心です。

石ころ

2007 - 09/15 [Sat] - 02:35

 毎日、色々な事に遭遇するのが人生で、だからこそ楽しくもあり、面白いと思います。
が、徳川家康曰く「人の一生は重き荷を負って遠き道を行くが如し。急ぐべからず、不自由を常と思えば不足なし。心に望みおこらば困窮したるときをおもいだすべし。堪忍は無事長久のもとい。怒りを敵と思え、勝つ事ばかりを知りて負くるを知らざれば害その身にいたる。己を責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるに勝れり。」と云う言葉を思い起こす時、一つ一つの事に囚われ過ぎると歩みを止める事になって仕舞うと感じます。

 毎日遭遇する事は、長い道を歩く時に道に転がっている石ころと同じです。
その一つ一つに意味があり、同時にどうでも良い事である場合も多いですね。
中には至極の宝だったりする事もあるでしょう。
が、大抵のものはどうでも良い、ただの石ころです。
その一つ一つに意識を集中して仕舞うと、その度に歩みを止めなければいけません。
そして、いつまで経っても前へ進めません。

 転がった石が自分に利益をもたらすか、不利益をもたらすか、それは判断しておかなければいけないと思いますが、囚われ過ぎると不利益になって仕舞います。
大抵の石は無視して踏み越えて行かないといけません。
しかし、全く目に入れないと、転んで仕舞うかもしれません。

 人生は長く遠い道です。
一歩ずつ確実に、しかし止まらず、迷いなく歩いて行きたいものです。

思いを残す

2007 - 09/14 [Fri] - 02:49

 霊と云えば死んだ人と云うイメージがありますが、生霊と云って生きている人の思いが独り歩きして仕舞うと云う事もあります。
多くは、誰かに対する執着や恨みだったりするのですが、そう云う場合はまるで霊がいるかの様に色々な現象が起きます。
ネガティブなものですから、体調や精神状態が崩れて仕舞う事が多いですね。
勿論、それはある方法で祓います。
生霊を送っている方は、自分で意識している場合と、無意識の場合があります。
ま、どちらも迷惑である事には違いないと思いますが。

 別のケースで、何かに囚われて仕舞って、思いが残って仕舞う生霊がいます。
例えば部屋から出ない。
本人は出かけているのに、家の中や部屋の中に気配が残っていて、時には音さえします。
ですから、その人がいない筈なのに、いる様に感じて仕舞います。
それも、数ヵ月の間に、エネルギーが抜けるかの様に活力が失われます。
そりゃそうですよね、半分置いているのですから、やはり疲労感は相当なものでしょう。

 物事や人を大切に思う事、とても素敵な事です。
でも、それが度を越して仕舞うと、生霊となって仕舞う事があります。
強い思いはそれだけのエネルギーを持っています。
執着になって仕舞わない様に気をつけたいものですね。

言い訳

2007 - 09/13 [Thu] - 03:20

 今日、突然の安部総理の辞任。
ちょっと驚きましたね。
論理的な彼らしくない、思いつきの様な辞任劇。
余程、精神的に参って仕舞ったのでしょうか?
が、今回のやり方は彼の政治生命を危うくして仕舞うかもしれないですね。
政治家としての血筋が良いですから、議員生命まで危うくなる事はないでしょうが、今後は日の当る場所に出る事は難しくなって仕舞うでしょう。

 ニュースを見て思いましたが、様々な議員や党首、そして安部総理の会見を聞いていると、自己責任の責任回避と云う意味で、非難と言い訳に終始していた様に思います。
人を批判するのは簡単です。
同時に言い訳をするのも簡単。
が、釈明と言い訳は違います。
人を納得させる事の出来る説明が釈明であり、責任回避のドタバタが言い訳。
残念ながらそう云う人が多いですね。
一見、理屈が通っている様に見えて、良く聞くと全く矛盾だらけと云うか、自分は悪くないと言いたいだけとミエミエ。
やればやる程、その人が薄っぺらく見えて仕舞います。

 あれが嫌だ、これが辛い、これさえなければ、云々。
阿呆らしくなりますね。

 何れにしろ、正々堂々、胸を張っていられる様にしたいものですね。

信頼

2007 - 09/12 [Wed] - 02:17

 人が人を信頼して行くには長い時がかかったりします。
が、ちょっとした一言や行動が、人の信頼を得る事に繋がったりもします。
信頼を得ると云うのは、とても大切な事です。
仕事は勿論、友人でも家族でも、信頼がなければ決して円滑に進みません。

 信頼を得る為にはどうすれば良いのでしょうか?
仕事なら、きちんと仕事する、間違いのない仕事をする、良い仕事をする。
当り前の事です。
でも、それだけで信頼を勝ち取る事が出来るでしょうか?
良く聞く言葉ですが「あいつは仕事は出来るけど、人としてはなぁ・・・。
と、人間としては信頼されていないと云う事が良くあります。
その状態では、仕事は支障なく進むでしょうが、大きな飛躍には結びつきません。
仕事は出来るのだから、この仕事は任せよう、とは思うでしょう。
が、それ以上には決してなり得ません。
そこを飛び越して、大きなチャンスに恵まれるには、人間として、仕事を離れて信頼を得なければなりません。
何をすれば良いのか・・・、簡単な事です。
相手を思い遣る事です。
一度でも一緒に仕事した事のある人ならば、その人の事を人として思い遣る事です。
昇進したらお祝いするのは当り前、結婚しても同じ、子供が産まれても同じ。
悲しい事があれば、その人の事を思い遣って、自分が出来る事は何だろうかと考える。
そう云う当り前の事が出来る、すると云う事が信頼を勝ち取る事に繋がります。

 当り前の事を当り前にする。
それも義務ではなく、人として。
コツなんてそんなものです。
当り前だからこそ、忘れて仕舞います。
当り前だからこそ、何かに囚われていると見えなくなります。
普通の事、当り前の事を、いつも忘れないでいられたら良いですね。

安住の地

2007 - 09/11 [Tue] - 02:21

 人間は色々な価値観を持っていますね。
物質や金銭に価値を見出す人もいれば、心の在り様に価値を見出す人もいるし、夢に価値を見出す人もいます。
現代の社会で生きて行く上では、大多数の人は物質面や金銭、地位などに価値を見出す人が多いですし、その中で生きると、他の価値観を持つ人は生き難いと感じる事もあるでしょうね。

 霊感のある人は特にですが、極端にロマンチストだったり、美しいものにこだわる人だったり、心の在り様にこだわる人は、現代はとても生き辛く、居場所がないと感じてしまうでしょう。
が、普通の人も心の底では、安心して自分らしくいられる空間と云うものを求めています。
だから、日常生活の中で知らず知らずの間にストレスが溜り、自然を求めたりするのです。

 しかし本当に自分らしくいられる空間は簡単には見つかりません。
どこへ出かけても、見栄っ張りな人がいて、自分が自分がと云う人がいて、知識を振り回す人がいて、気が休まりません。
誰もいない所へ行けば良いのでしょうが、それも侭ならないし、そこで一生暮す訳には行かないですからね。

 安住の地と云うものを、人間は一生かけて探しているのかもしれません。
自分の居場所、本当に自分らしくいられて、見栄も何も必要ない空間、それが持てたら最高ですね。
それがもし家庭だったら、こんな幸せな事はありません。
互いを理解し合い、互いを尊敬し合い、支え合う。
そんな家庭生活が出来たら良いですね。
その為には、互いの努力と心からの思い遣りが必要です。
最初からそんな家族にはなれませんから、時間をかけてそうなって行くものだと思います。

 自分の居場所、安住の地は、探し求めても見つかりません。
自分で作るしかありません。
本当に心休まる、帰るべき巣、安住の地。
それこそがエデンの園かもしれないですね。

道は通ず

2007 - 09/10 [Mon] - 01:26

 密教、その中の護身法を教えています。
本来の真言宗で教える護身法に、私独自の呼吸法、気功法、柔軟体操、気、イメージ・トレーニング等を加えた、私独自の手法です。
また、空手道場で指導補佐をしています。
極真空手の流れを組む道場ですから、実際に当てて練習をしますが、曾ての古流空手の持っていた奥深さが消えて仕舞っています。
その部分を私が受け持っています。

 多くの人と面接相談をしていますが、家庭問題は元より、会社の仕事の相談もとても沢山あります。
セミナーなどを開かれていれば違うでしょうが、多くの霊能者や占師は、その場限りの仕事をしているのだと思います。
が、私の所へお出でになる方々の多くは、ずっと何年にもわたって通って来られ、人生勉強をされています。
家族ぐるみも多く、中には20年以上も通っている人もいます。

 また、妻が英語を教えています。
一版英会話、ビジネス英会話、英語にまつわるビジネス上の問題の解決等々と多岐にわたって仕事をしています。

 そうやって見て行く時、全ての事、生き方も仕事も護身法も空手も、そして妻の教える英語も、どれも人としてどれだけ成長して行けるか、目指す先は人としての在り様だと思います。
それぞれが同じ所を目指し、それぞれが他の足りない所を補い合っている気がします。
一つ一つをバラバラに、それぞれとして習い、学んでいたら、いつかは繋がるでしょうが、最初からどれもが繋がっているのだと云う意識を持っていると、全部が一つと感じられるでしょう。
そうすると、「あ、そうか」と云う気付きも増えるのではないかと思います。

 全く違う事が実は同じ事を意味していると云う事はよくある事です。
悩んでいた事の答えのヒントが、全く違うジャンルの話から降って来る事はよくあります。

 視野と意識を広げてみましょう。
案外、目の前に色々な答えが転がっているものです。

建物の意識

2007 - 09/09 [Sun] - 02:28

 昨日まで泊っていた熱海のホテル、曾てはとても有名な温泉ホテルでした。
が、経営が上手く行かず、別の会社に買い取られて現在に至っているとの事でした。
曾ての栄光が消え去り、今は盛況ではありますが、老舗とは言い難い状態になっています。
泊っている時も感じていたのですが、何か落ち着かない、違和感がありました。
段々と頭痛が始まり、熱が上って来ました。
で、帰って来てからもずっと頭痛が取れず、探っても誰かから被ったとも、霊的なものが憑いて来たとも思えず、不思議でした。
で、改めて波動を全て探ってみると、あのホテルそのものの意識、そして創業者の意識が伝わって来ました。
一言で云うと「悔しい」です。
でしょうね、大型の温泉ホテルとして一世風靡した時代から思うと、今はただのスパの様な状態で、従業員も少なく、サービスも表面的で、曾ての栄光はありません。

 昨年、イギリスの義妹の家を訪れた時にも感じましたが、古い建物や、思いがこもった建物には、建物そのものに意識がある様です。
建物と仲良くしないと、色々な事が起きて来ます。
古い建物の多いヨーロッパでは、そう云う事がよくあり、それがゴースト現象となるのかもしれないですね。

 あちこちの温泉の宿泊施設が、曾ての栄光を失っています。
こう云う、悔しい思いをしている旅館やホテルも沢山あるのでしょうね。
宿を選ぶ時は、霊視してから行かなければいけないですね。

台風一過

2007 - 09/08 [Sat] - 02:20

 少し間が空きました。
毎日、読むのを楽しみにして下さる方には申し訳ありませんでした。
5日より2泊3日で、温泉につかって来ました。
流石の私も、日頃の疲れが溜って仕舞ったので、休みを取らせて貰いました。
が、行った先で台風直撃。
雨風の中で露天風呂に入るのは、何十年ぶりかで楽しい思いをしました。
ずっと昔、小学生の頃だったと思いますが、父に連れられて南紀勝浦のホテルに行った時、洞窟風呂と云うのがありました。
そこは目の前が海で、その時は激しい台風が直撃して、風呂にまで波が上って来たのを覚えています。
今考えれば、父親としては無謀と云うか、無責任だったかもしれませんが、楽しい思い出です。
それを思い出しました。

 台風が直撃したと云う事は、私はどこに居たのでしょうか?

 正解は熱海です。
曾ての賑わいは消え、廃れて、熱海銀座と称する場所も誰も歩いていませんでした。
が、ホテルの中は結構、混んでいて、宿泊客も多かったですね。
台風に負けない人が沢山居るのだなと思いました。

 時代は変わって、ホテルそのものと、観光施設だけに人が来る時代なのですね。
曾ての様に、旅館で芸者を上げて、街をそぞろ歩きと云う時代ではなくなったのだなと思いました。

 また、若いグループやカップルが多かったですね。
これも時代が変わったのだなと思いました。
私の20代30代の頃は、温泉にグループで出かけたり、デートで出かけたりはしなかったですから。
あ、私は道場とお寺と大学と六本木しか行ってない?
そんな事はないですよ。
あちこちに行きましたが、温泉は家族と行くものだと思っていました。
良い時代になったのか、それとも若い人が年寄り臭くなったのか?(笑)

 今日からまた復活します。
こうして突然に消える事があると思いますが、ずっと昔、一ヵ月半程、山に隠った事がありますが、そんな事はもうしませんので御安心を。(笑)
あの時は、皆が慌てた様でしたね。
いやぁ~、戻って来たら文句を言われる、言われる。(笑)

統一する

2007 - 09/05 [Wed] - 02:39

 今日は空手の稽古でした。
何だか今日はとてもハードでした。
いつもの何倍か汗をかき、もうあちこちの筋肉が悲鳴をあげています。
そして、久々に足に青痣。
スパーリングで、膝同士が当って仕舞った結果。
こんな痣って、何十年ぶりでしょうか。
何だか懐かしい気分です。
軽く合わす気分でスパーリングをやっていますから、基本的には怪我をしたり痣を作ったりはしません。
今は昔と違ってサポーターをしていますし。
昔は、いつも打ち身で痣を作って、足を引き摺りながら帰った覚えがあります。

 空手でも、密教でも、人生でも同じですが、肉体と精神を統一していないと動きも心もバラバラになって仕舞います。
動き一つとっても、突きを出す時に手だけを動かしていると、真の力は出ません。
足の裏から頭の天辺まで統一していなければいけません。
そこに打ち抜くぞと云う心と意識が乗らないといけません。

 一つを見ると他が疎かになる。
集中力があればあるほど、そうなり勝ちです。
心と身体を自由にして、全体を統合していられる様になると、色々な意味で余裕が持てると思います。

人と自分

2007 - 09/04 [Tue] - 02:05

 人を見て羨ましいと思ったり、優越感を持ったりする事ってありますね。
自分にはない能力を人が持っていたり、自分より裕福だったり、学歴が自分より上だったり、欲しかった物を他の人が持っていたり、幾らでも人を羨む材料はあります。
逆に、人から褒められたり、自分より劣る人や貧しい人、愚かな人を見たり、誰も持っていない物を自分が持っていると、大っぴらにか秘かにかは別にして、優越感を持つ事があります。
人としては当然の感情ですね。

 でも、人を羨んで、それがバネとなって頑張れるなら、それは良いですね。
優越感を持って、余裕を持って人に接する事が出来る自信となって、人に優しく思い遣りを持って接する事が出来たら良いですね。
しかし、その逆、自分を卑下したり、人を見下して傲慢になったり、そんな風に間違いを起してしまうのが人間です。

 人を羨むのも、優越感を持つのも、自己の評価を他人を基準にして比べるから起きる事です。
比べる相手によって、その相手が凄い人なら常に劣等感を持ったり、羨んだりしなければいけないですし、大した事ない相手なら、常に優越感を持っていられるし、余裕を持っていられます。
相手によって自分の気持が変わる。
これって、自分の正当な評価になるのでしょうか???
ただの幻覚、幻想だと思いませんか?

 自分の評価は、自分の理想と比べてやると良いですね。
人から評価を得る事は、向うがやる事ですから、一つの基準にはなると思います。
でも、自分で、人と比べて自分を評価するのは、勝手な思い込みかもしれないですよ。
それよりも、自分が理想とする姿、最高と思える姿をイメージして、自分を見て見ると、「あ、頑張ってるな」とか、「まだまだ、先は長い」「うん、良い感じ」と思えて来ると思います。
その意識、凄く大切ですね。
誰の為でもなく、自分の為に生きて、幸せになろうとして、頑張ろうとしてるのですから。
自分に嘘はつけないですから、自分をよく見て、人と比べない方が良いですね。

印刷三昧

2007 - 09/03 [Mon] - 03:13

 今日は、ずっと印刷をしていました。
毎月発行している島津語録とアデプト通信、秋彼岸のお知らせです。
もう語録も174号となります。
毎月一冊ですから、もう14年ですか・・・、長いですね。
ある相談者が「先生の毎月の月例会の言葉を書物にして欲しい」と云う一言から始まりました。
これだけ長く書いていると、同じ内容の話が出て来たりしていると思います。
でも、毎月毎月、何か書く事が出て来るのが不思議ですね。
これを終ると、いつも締め切りを終えた気分になります。
追われている訳ではありませんが、やはり月末になると気になってしまいます。
前月末に発送出来れば良いのですが、バタバタしているとついつい遅れます。
数日後には御手元に届くと思います。
遅れて申し訳ありません。

 秋彼岸も、今年最後の御供養の行事です。
正月を含めて、節分、春と秋の彼岸、夏越大祓、御盆と年に6回の行事をしています。
次は年末の大祓ですね。
早いですね、月日が経つのは。

 印刷していると、疲れます。
プリンターが動いていると、やはり電磁波が出るのでしょうか?
それとも音のせいか・・・。
終った時の疲労感が凄いです。

技術と心

2007 - 09/02 [Sun] - 02:48

 私の所には、時折、プロの霊能者や占師、セラピストや様々なヒーラーの方々が相談に来られます。
笑える話かもしれませんが、プロであっても悩み、どうすれば良いか迷っている事はよくある事です。
どうすれば、もっとクライアントを楽にしてあげられるのか、喜んで貰えるのか、プロであるからこそ余計に悩んでしまいます。
高い技術を持ち、自信も持っていて、しかしそれを活かし切れていない、伝え切れていない人は沢山います。

 ずっと昔、修行時代に言われた事があります。
行者や霊能者の世界では、プロの力をつける事が出来るのが千人に一人。
そして、プロの力をつけた人の中で、それを専業として生きて行けるのが、また千人に一人、と。
プロとしての技術や力、心を習得するのは厳しい道程であり、長い年月の切磋琢磨を必要とします。
しかし、教えられた事だけをやっていたら、決してプロの力は身につきません。
教えられない事も見つけ出して行かなければいけません。

 そして、プロの力がついたから、すぐに仕事が出来るかと云うと、ノーです。
プロであるからこそ、高い知識と技術にこだわり、振り回されてしまう事があります。
扱う相手は一般人の素人。
プロとしての目線や価値観を押し付けてしまったら、単なる傲慢であり、高圧的にならざるを得ません。
それでは、大切な事は伝わりません。

 また、そこまでに身につけたものが最高であったとしても、それが終わりではありません。
現場にしかない、現実世界にしかない、マニュアルや教科書を越えた現実と、更に高い技術や知識があります。
それを追求し続けなければ、プロとしては通用しません。
止まる事、満足する事は、プロとして失格です。

 そして一番大切な事は、会話です。
自分自身とも、クライアントとも、そして自分を取り巻く全てのものと会話する事。
それが次へのステップとなります。
言葉だけではなく、ボディー・ランゲージも勿論ですが、心で会話して行く事です。

 こう云う仕事は、ある意味では職人芸であり、言葉やマニュアルで伝え切れません。
見て、聞いて、触れて、盗んで、そしてやりながら自分を振り返り、見つけ出して行くしかありません。
教わろうと思っていたら、本物のプロにはなれません。
自分で見つけ出し、編み出し、作り上げて行って下さい。

心の拠り所

2007 - 09/01 [Sat] - 01:56

 誰にでも心の拠り所がありますね。
家族だったり、思い出の場所だったり、思い出そのものだったり、自分の趣味だったり・・・。
それをいつか失う事があったら・・・、その時はどうしようか・・・と思って仕舞いますね。
祖父母や父母は何れは亡くなって行きます。
多分、自分よりも早く。
そして、兄弟ももしかしたら・・・。
思い出は段々と遠くなり、もしかしたらいつか消えて仕舞うかもしれません。
思い出の場所も変わって仕舞うかもしれないですね。

 でも、そのどれもが心の中にこそあるものです。
私には思い出の場所があります。
遠き高校生時代に訪れたスイスの街、グスタード。
そして、私には亡き父が3名。
言うまでもなく実父、そして恩師である教授、私を息子の様に可愛がってくれた医学部学長。
そして、私が今まで歩いて来た道筋、その歩みが今の私を作り上げ、心の芯となっています。

 拠り所は心の中にこそあります。
変り、消えて行く現実に、変わらずに、消えずに、拠り所はあって欲しいですが、心の中にある拠り所を大切にして、未来を見詰めて歩いて行きたいものですね。
その拠り所が、心の芯となり、真っ直ぐに、綺麗な心で生きて行ける様に。

 | HOME | 

プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


関連ブログです。
Adept・Mentor 島津成晃の独り言
Mentor 島津成晃の独り言

だんな様は霊能力者
だんな様はメンター
島津成晃の見つけた良い物
神ながらの道

最近の記事

カテゴリー

ブログ検索

twitter Facebook

adeptmentorをフォローしましょう Naruaki Shimazu

バナーを作成 Instagram

フォト蔵

本コンテンツをご覧になるには、Flash Playerプラグインが必要です。FlashのWebサイトよりインストールしてください。

月別アーカイブ

リンク

RSSフィード

QRコード

QR