感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2007年03月  

心を込めて

2007 - 03/31 [Sat] - 02:33

 これから開設する空手道場の打ち合せに出かけました。
新道場の道場生となるであろう人達が揃って、器材を組立て、力を合わせていました。
何だかホッとする時間を持てた様に思います。
私も含め、私の弟子達や新道場の師範の弟子達、色々な人が協力し合い、心の道場を開こうと頑張っています。
素敵な仲間達、とても心が温かくなりますね。

 こうして誰かの為に心を込めて、妥協する事無く邁進する時間は誰もが持てる時間ではありません。
そこに参加する事が出来、また多くの参加者の姿を見ているだけで、大切なものを思い起こさせて貰える気がします。

 大切な時間を忘れる事無く、素晴しい心の道場を開設して貰いたいと思いますし、きっとそうなると思います。
私も出来るだけ協力したいと思います。

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変わらぬもの

2007 - 03/30 [Fri] - 02:18

 今日、20数年前に住んでいた辺りを歩き、曾て住んでいたマンション、その部屋のすぐ前にある祠をお詣りして来ました。
街の風景が変わっていて、もう無くなったかと思っていましたが、私が住んでいた古いマンションはそのまま残っていました。
勿論、その部屋の前にある祠も。
あのマンションには若かりし頃の香坂みゆきさんが住んでいました。
毎朝、可愛い声で挨拶をして出て行く姿を見かけていたものです。

 そして祠、これは私の今の原点となったものです。
メールマガジンをお読み戴いている方、古くからの私の語録を読んで戴いている方は覚えておられるかもしれませんが、この祠の祭神が私を神と結びつけ、神の修行をさせてくれました。
密教一辺倒で修行していた私の目を開き、広い世界へ、また世界中の宗教や哲学を学ぶきっかけを与えてくれた祠です。

 長い時を経てお詣りした感じは、何も変わっていませんでした。
曾て、厳しい修行にあけくれた日々を思い起こさせてくれました。
変わらぬ心、そして変わってはいけないものがあるのだと感じました。

 大切な事は変わらず持ち続けていたいものです。
さらに深く、広く、昇華しながら。

さぁてと

2007 - 03/29 [Thu] - 02:20

 仕事をしていると、つい力が入り過ぎますね。
力を抜け~、と弟子達に言っている私ですら、気がつくと、「あ、力んでる」と気づく事があります。
大体が戦闘モードが得意な私ですから仕方ないと云えばそうなのですが、肩の力を抜かないと本当の力は出て来ませんし、力んでいると見える事も見えなくなって仕舞います。
昔はケンカ行者と呼ばれて、除霊や御祓い専門だった私ですが、相談者の御陰で色々な仕事をして段々と力が抜けて来た筈なのですが。(苦笑)

 ミスしても、辛くても、あまりネガティブにならない事です。
良い時もあれば悪い時もあります。
合う場面もあれば、合わない場面もあります。
自分が適さない場面にいたら、やっぱり失敗する事もあるでしょう。
何でも出来る人は、それまでに沢山、沢山、失敗して学んで来たのですから。

 大切な事は、失敗から学ぶ事です。
通り過ぎたら終わり、避けて通れる事は逃げる、ではやっぱり成長しませんよね。
苦手意識は捨てて、力を抜いて、何でも吸収してみましょう。
その先には何かがありますよ。
まずは、学ぶ、知る、触れる、見る、聞く、でしょうね。

 敵意外は皆味方。
吾以外皆師と云います。
心を開いて、肩の力を抜いてみましょう。
きっと、学べる事、経験出来る事、そして楽しい事、沢山ありますよ。

尊敬に値する愚か者

2007 - 03/28 [Wed] - 02:47

 どうしようもなく愚かな男がいます。
仕事をすれば、上司の意図とは真反対の事をやり出すし、何か仕事をさせたらいつの間にか忘れて仕舞って放ったらかしにして仕舞う。
発想が貧困で、視野が狭く、興味の範囲も狭いので、いつまで経っても学習しません。
が、ある瞬間には誰にも出来ない様な事を、最後までやって仕上げて仕舞う。
愚かで、強引で、鈍重で、学習しない。
そして、力技一辺倒でしか動けない。

 が、この男は尊敬に値します。
ある会社の設立の功労者であり、彼がいなければ会社の成立は不可能だったでしょう。
また、長い長い年数、叱られても、嫌みを言われても、何があっても私の許へ通い続け、何とか私の役に立とうとしてくれ、また結果的に学習しないのですが、学ぼうとし続けています。
そして何より、誰かの為に自分が役に立つと思ったら、損得を抜きにして全力で走り始めます。
ま、余りにも全力過ぎて暴走して仕舞って、失敗する事の方が多いのですが。(笑)
が、この得難い人格は、とても微笑ましく、同時に尊敬に値します。
少々の???欠点や失敗は、呑み込んでやりたくなります。
ま、そうも行かないので、叱ったり、脅したり、空かしたりしながら、アドバイスや指示をしていますが。

 表面だけを見ると、彼に限らず、問題児は沢山います。
が良く良く見ると、結構、良い人と云うものはいます。
それは、誰も真似の出来ない事と云う場合もあります。

 ある男は、天才的な仕事をします。
その動機の原点は、人に喜んで貰うのが無類の喜びであり、それ以外に興味がないからです。
が、余りにも完全主義であるが故に、いつも人間関係でトラブルを起します。
これも困ったちゃんです。(笑)
でも、やはり私はこの男を尊敬に値すると思っています。
自分を度外視して人の事を思える、やれる人物はそうはいません。

 こう云う人達の心を見て欲しいものだと思います。

 先の彼は近々結婚します。
こう云う人物の祝い事を心から喜び、共に祝う事の出来る人物でいて欲しいと思います。
そう云う心の分からない人に、良い人生も良い仕事もあり得ないでしょう。
大切な心、それは表面だけでは決して分からないものです。

メール

2007 - 03/27 [Tue] - 02:41

 アメリカでメール中毒と云う話題があるそうです。
本日のニュースでやっていました。
メールが入る。
相手の都合を考えずに。
するとメールを見る。
それが余りにも頻繁で、まるでメールに振り回されているかの様になって仕舞う。
が、段々とそれに慣れて、自分も同じ様にメールを送り、最後には隣にいる人にまでメールを送る。
う~ん、そこまで行くとやっぱり異常かもしれないですね。

 私も良くメールを送りますし、貰います。
そして、出来るだけ迅速に返事をする様にしています。
送ってくれた側が待っていると思うからです。
また、私も返事を待っています。
すぐに返事しろと云うつもりはありません。
が、数日経っても返信が返って来ないと、?????となります。
読んでいないのかな?届かなかったのかな?忙しいのかな?返信する気がないのかな?と。

 メールは曾ての手紙の様に、返事が返って来るまで待っている間のワクワクする気持ちとは程遠いものがあります。
どちらかと云うと、電話やFAXに近いでしょう。
でも、一通一通のメールに心を込めて書いているつもりです。
大切な会話の一つだと思うからです。
会話はスムーズに、楽しく行いたいものですね。
人と人を結ぶ、会話の一つとして、メールも大切にしたいですね。

心を共有する

2007 - 03/26 [Mon] - 01:49

 今日、月例会で護身法を行い、勉強会をしました。
両方を通じて、今日のテーマは、心の共有と感謝でした。

 家族に支えられれ、家族を支えようと思い覚悟を決め、その過程を楽しむ。
誰かの為に、自らの時間を割いて、労力を惜しまずに力添えする。
それを感謝して、受けた側も応える為に頑張る。
一人の結婚を祝い、皆で心を込めて何かをしようとする。

 そう云う、互いの思い遣りが交錯して、心を共有し合う事がとても美しく、温かい事であると云う話題になった様に思います。
心を共有するには、解放しなければなりません。
心を閉ざし、自分だけの幸せと平穏を思えば、心の共有などあり得ませんし、そのまま孤独になって行くだけです。
人は独りぼっちでは生きられません。
誰かと、出来れば多くの人と、心を共有し、時間も共有して行く事が出来る時、幸せを感じる事が出来ると思います。

 心から相手を思ってあげられる、そんな優しい気持ちと、それを可能にする為に少しだけ強くなる事が出来たら、とっても豊かな人生になるのではないでしょうか。

 今日のお話は「霊能者と仲間達」に何れアップします。
どうぞお楽しみにお待ち下さい。

継続する力とチャレンジする力

2007 - 03/25 [Sun] - 02:32

 何かを始めた時、色々な事があります。
嵐の時、静かな時、日の当る様な温かい時、辛い時、厳しい時、心弾む時・・・・・・。
正に人生そのもの、心の状態そのものですね。

 今日、フィギアスケートで安藤美姫選手が金メダルでした。
天才と云われ、その後に経験した挫折、そこから這い上がって来た姿、そして今日の結果。
考えてみれば、まだティーン・エージャーなのですよね、彼女は、
若いからこそ出来た事かもしれません。
彼女がこれから先、どの様に成長し、育って行くのかは解りませんが、今日のこの経験が残っている限り、彼女は大きく育つ事でしょう。

 仕事の相談などをしている時、壁にぶつかるとすぐに諦めたり、努力を止めて仕舞う方がいます。
また、暫く平穏な時が過ぎると、安心して仕舞って、ある意味では慢心して仕舞って、やっていた事を途中で止めて仕舞う方がいます。

 空手を指導している時、ちょっと辛いと止めて道場へ来なくなる。
また、ちょっと上手くなると練習が雑になって仕舞って、成長が止まる。
そんな光景は沢山あります。

 継続は力です。
仕事なら次々と新しい物へのチャレンジ、同時に今まで続けて来た事の継続、その二つが両輪となって次への道筋となります。
新しい事へチャレンジするが故に今までの事が疎かになって仕舞ったら、今までの折角のお客さんは逃げて仕舞います。
また、厳しい時、だからこそチャレンジし、特徴を出して行かなければ生き残れません。
営業も幾らやっても成果が上らないなら、やり方を変える、もっと頑張る、そう云うチャレンジが必要です。

 人生は何でも同じ。
こうしてブログを書いているのも、誰かが読んでくれている、楽しみにしてくれている、だからこそ毎日こんな遅い時間になっても、出来るだけ書こうとしています。
継続する事、チャレンジする事は、自分の為だけではなく、誰かに対する責任でもあり、会話でもあると思います。

 やり始めたら続けましょう。
そして、次へ向かってチャレンジしましょう。

 特別な力などなくても、そう云う力があれば、いつか大きく羽搏く事が出来る日が来ます。

全てが上手く回る時

2007 - 03/24 [Sat] - 00:20

 今日、久し振りに用事があって曾て住んでいた幡ヶ谷に出かけました。
30年位前に住んでいたので変わっているとは思いましたが、その変わり様は驚きでした。
時の流れは大きな変化になるのですね。
そして、用事が全て、思った以上に上手く、気持ち良く回りました。
私にしたら普通の事ですが、その用事に関わっている本人や家族にとっては驚異だった様です。

 人生にはタイミングや間と云うものがあります。
それらが上手く揃った時、そして縁がそこにある時、まるで奇跡の様に事は動き始めます。
勢いと云うのでしょうか。
こう云う時は、アッと云う間に仕事も片付きます。

 逆の場合、何をしても邪魔が入る時、思わぬ方向へ動く時、縁がない時、無理押しは禁物。
そこで無駄に足掻けば足掻くほど、泥沼に入って仕舞って、余計に悪くなります。
勇気ある撤退をするのも、次へのステップです。

 待つ時は待つ。
動く時は思い切って動く。

 人生にはメリハリが必要ですね。

慢心と思い上がり

2007 - 03/23 [Fri] - 01:54

 知識がある人、力のある人には、時として慢心し、思い上がった人がいます。
確かに造型も深く、知識もあり、実力もあり、仕事をすればかなりの事が出来、また何かをやれば相当なレベルの実力の持主。
でも、上司や周囲や世間からは評価されない。
そんな人がいますね。
自分だけが偉い、優れていると思っている。

 例えば若者に何かを教える時、その人達のレベルが低過ぎると馬鹿にする。
自分を評価しない社会や文化、同僚を、愚か者と切り捨てる。

 どんなに実力があろうと、知識があろうと、評価されないと云う事は自己満足でしかなく、自分だけの世界で完結していると云う事であり、同時に他人に評価させると云う力が欠けていると云う事でもあります。
評価されないものは、所詮はマスターベーションでしかなく、それはないのと同じです。

 どんな事でも、伝えると云う技術が必要であり、それは相手の解る言葉で伝えると云うのは鉄則です。
小学生の子供の大人の論理を滔々と述べても意味がありません。
狭い世間で生きている人に、幾ら広い世界の話をしても実感が湧かないでしょう。

 評価されないと云う事は、誰の責任でもなく、自分自身の力不足、勉強不足です。
そう云う人に限って、他人に責任転嫁して、誰が悪い、社会が悪い、自分は偉いのだと固執します。

 ずっと昔、私も同じ事で悩んだ事があります。
そして、得た答えが表現方法です。
また、どんなレベルにもその人の真剣な思いがあると云う事です。
それを安易に見下したり、馬鹿にしたりするのは、自分自身が愚かで視野が狭いと言っている様なものです。

 評価はされるものではなく、させるものです。
相手の心に響く、耳に届く、目に入る、相手の感覚に合わせて表現しましょう。
慢心と思い上がりは、自分自身の世界を狭くし、生き難くします。

お彼岸

2007 - 03/22 [Thu] - 01:42

 今日はお彼岸の行事を行いました。
昨日は「霊能者と仲間達」のブログをアップし・・・、何だかここの所、やたらと忙しい気が・・・。(笑)

 今日は大量の供養紙と、大勢の参列者、そして物凄く大勢の霊達・・・・・・。
う~、さすがに少しハードでした。
昨日は殆ど寝ていません。
数日前から目に見えない人が訊ねて来ていましたが、昨夜は一晩中あちらこちらで音がしていました。
別に怖くもなければ、影響を受ける事もそんなにないですが、兎に角、煩くて。(苦笑)

 それだけ、祈りの届いていない先祖が沢山いるのだなぁ~と、行事で祈りながら思っていました。

 供養って、供に養う。
先祖も自分も癒されて、楽になると云う意味です。
純粋な祈りは崇高なものであって、利益を得る為に、義務みたいに幾ら拝んでも意味がありません。

 自分の身体の中には御先祖様の長い長い記憶が残っています。
一人で生れて、一人で生きて来た訳では無いと云う事を意識して下さい。

頭でっかち

2007 - 03/21 [Wed] - 02:47

 良く話をしていると、何でも知っているかの様な人や、わざわざ他人の話に割り込んで来て知ったかぶりで偉そうに言ったり批判したりする人がいます。
ま、相手にしても仕方ないのでお疲れ様と心の中で言ったりしてやり過ごしますが、あまり目障りだったり煩いと、少しだけ脅して苛めてあげます。
理不尽や、自分勝手な輩は許し難く、徹底して叩き潰したくなる気性は、穏やかになった筈でも時折出て来て仕舞います。(苦笑)

 科学者や識者と云われる人達が書いた文章や言葉を鵜呑みにし、それをさも自分は知っているかの様に振る舞ったり言ったりする愚かな輩、頭でっかちの知ったかぶりと云うのはどこにでもいます。
目障りでしかありませんが、そうやってしか自分の存在意義を確認出来ないのか、コンプレックスの裏返しか、顕在意識と潜在意識のズレか、何れにしろ可愛そうだなと思って仕舞うと、本気で苛められなくなって仕舞う私は甘いなと思います。(苦笑)

 自分が研究した訳でもなく、中に入って確かめた訳でもなく、さらりと上っ面だけを見たり聞いたりし、また本を読んだだけで全部解った様に思い込む姿は、哀れでしかありません。
理論・理屈と事実とはかなりの隔たりがあります。
本で読んだり見たりするのと、体験との間には大きな違いがあります。
そんな愚か者の中には入りたくないですね。

心の解放

2007 - 03/20 [Tue] - 01:57

 自分の心を閉ざしている人って、実は案外沢山いるのかもしれないですね。
頑固、頑迷、理想主義、無口、そう考えて行くと、そう云う人って多いですね。
陰気臭い人もその中に入るでしょうか。

 皆、共通しているのは人と話すのが下手と云うか苦手。
自分の思いを人に告げられなくて、苛々して仕舞って、諦めて仕舞う。
で、心の中に鬱屈だけが溜って、人にも世の中にも希望を失い、心を閉ざして行く。
何も楽しい事もなく、好きな事もなく、心から人を愛する事も出来ず、誰も信用出来ず....。

 でも、ちょっとした切っ掛けで心は開くものです。
誰かが、じっと我慢強く自分の言葉を聞こうとしてくれる時。
たったそれだけの事で、人の心は解け出す事があります。

 人って、やはり一人では生きて行けないのですね。

ステージ

2007 - 03/19 [Mon] - 02:26

 ステージと云っても、スポットライトのあたる舞台の事ではなく、段階と云う事です。
修行をしていると、あるレベルに達するとステージが上ります。
それは階段の様に段々と力がついて上がって行くものではなく、突然にやって来ます。
まるでコップに水が溜って、溢れ出す様に、気づかぬ内に段々と一杯になって溢れ出す、そんな感じです。

 自分で、何が起こったのかその時は分かりません。
突然に起こった事や、違和感に不安にさえなります。
そして、後で「そうかぁ、ステージが上ったのだ」と分かります。

 自分でステージが上ったなと感じているのは、殆どは幻想です。
本当に上る時は、突然の変化や象徴や現象が現れます。
そして、ステージが上ると、心と魂がフッと軽くなります。
と同時に周囲が騒がしくなるかもしれませんね。
力がついたと云う事は、助けられる人も増えると云う事ですから、人も霊も寄って来たり、或いは邪魔しようとしたり、いずれにしても少し賑やかになるかも。(笑)

 真っ直ぐに正しい道を歩けば、自ずとステージは上ります。
また、そう云う道を示唆してくれる人が出現します。
それは、結果論。
大切なのは、心を込めて、一瞬一瞬に真摯に生きる事です。

作法、マナー

2007 - 03/18 [Sun] - 02:33

 世の中には沢山の作法やマナーがあります。
茶道や華道、その他の習い事での作法、食事のマナー、人と話す時のマナー、会社でのマナー、そして修行の世界での作法、等々とその道その世界での作法やマナーに囲まれています。
それを無視していると、白い目で見られたり、また相手にされなくなって来ます。
郷に入っては郷に従えと云いますが、自分の属している社会やコミュニティーの持っている不文律、作法やマナーはやはり知っておくべきですし、出来る様になっておくべきだと思います。

 ホリエモンこと堀江貴文氏が実刑判決が出ましたが、彼が時代の寵児として持て囃される一方で、嫌われるのは、マナーを無視していた部分もあると思います。
大切な交渉の場や、襟を正すべき場面で、ラフな服装で、ある意味ではだらしない格好で出て来て、相手を無視した様な勝手な言葉を並べて悦に入る。
傲慢の極みであり、若造の戯言でしかなかったでしょう。
彼の持つ高い能力を以てすれば、社会通念を守ったとしても、充分に目立ち、またその方が彼は高く評価されたと思います。
彼のスタイル、敢えて自分流を貫き、アウトローを気取った所に、彼の若さと失敗があった様に思います。
痛快ではありましたが、だからこそ、もっと上手く溶け込んで伸し上がって欲しいものだと思います。

 しかし、社会通念や作法やマナーが独り歩きして仕舞っていて、その本質が失われている事が多いと云う事も事実です。
見た目や流れだけで、こう云う作法だから、こう云うマナーだから、そうあらねばならないと云うのは、愚かでしかありません。
意味を失った作法やマナーは、形式です。
形式だけの、心の無いものは、息苦しく、辛いだけでしかありません。
そう云う意味では、堀江氏のスタイルも理解出来なくはありません。

 真の作法、マナーは、心です。
自分も、相手も、快く、気持ち良く過す為の、必然です。
精神や肉体に負担を無理矢理かけるのは正しくありません。
正しい作法だからこそ、自然なマナーだからこそ、美しくもあり、心地良くもあるのです。

 そう云うものを学ぶ時、形式ではなく、その作法やマナーの出来た経緯や意味を良く考えて下さい。
例えば密教の作法は、数千年前にインドで御釈迦様が生きていた時代のマナーが形式となったものです。
茶道も華道も、曾ての戦国時代に一瞬の心の安らぎを求めた結果です。

 作法やマナーは、人に見せるものではなく、自分の心の中にあります。
祈りの作法は、その準備を始める所から始まります。
祈っている時だけの作法を意識するのは、心を失っているのです。
思った瞬間、準備を始めた瞬間から、始まっていると云う事を忘れないで下さい。

 誰の為ではなく、自分自身を良い状態に保つ、その為の作法であり、マナーなのです。

宇宙語

2007 - 03/17 [Sat] - 02:09

 今日、ある方と話をしていて、高名な空手家の先生の話になりました。
その先生は、大変な成績を試合でも残されており、大きな組織の長もされていた事がある方です。
曾て私が見ていたその先生の現役時代は、パワーに溢れ、気力に溢れた、ある種の異常性さえ感じさせられた人でした。
後年、奇縁からお知り合いになり、何度か食事をさせて戴いたり、大会などでお会いしてお話させて戴く時、曾ての異常とも云えるギラギラしたものは中に潜み、静かな闘志として昇華され、転換されているのが分かりました。

 何よりも驚くのは、50代半ばとなって、未だに新たなチャレンジをされ、大会の選抜試合にも出て居られると云う姿勢です。
生涯現役、今が一番強いし、これからも強くなる。
そう仰るその姿勢には、頭が下ります。
不言実行と云う考え方もあるでしょう。
有言実行と云う考え方もあります。
この先生は後者であり、知らない人が聞いたら大言壮語、何を言っているのか分からないと云うかもしれません。
そして、その後の行動を見て、なるほどなぁと納得します。

 空手界では、この先生の言葉は「宇宙語」と言われています。
余りにも奥が深く、自己の練習や経験の中で体感して来た事を言葉にされる時、余りにもストレートであるが故に、分かる人にしか分からない、分からない人には宇宙語でしかないと云う事です。
その宇宙語を解読し、通訳する事の出来る人は数少ないと云います。
私もその一人と云う事になっていますが。

 その方の人物が全て完璧であると云う訳ではありません。
長所も欠点もしっかりとお持ちだと思いますし、この先生を評価される人、されない人、好きな人、嫌いな人、両極端だと思います。
が、空手の道を歩み続けるその真摯な姿勢に対し、私は尊敬し、畏敬の念を持っています。

バックグランド・タスク

2007 - 03/16 [Fri] - 03:15

 霊能者と云う仕事をしていると、全てを霊感や霊視だけで判断していると思われ勝ちです。
確かにそれだけで霊示を言葉にして仕事をされている霊能者もいるでしょう。
が、私の場合はちょっと、いえ大分違います。

 お話を伺って、それをイメージとしてシュミレーションし、分析をしながら、同時に霊視をしています。
例えば仕事の御相談の場合、その方のキャラクターや仕事の仕方、歩いて来た道などをお話からイメージして、それを霊視に依ってより正確にして行きます。
その上で、仕事の流れや過去・現在を霊視します。
この時点で、イメージの世界ですが、私はその方と一緒に仕事をしています。
同時に、第三者的に俯瞰図で見ています。
そうやって状況をつかみながら、相談者の利益となる様に匙加減を考えてアドバイスをしています。

 私は幾つかの組織の相談役をしていますが、今までも沢山のご依頼がありました。
が、心理的にこの会社なら、この人なら全面的に力添えしても良いと思わないとお引き受けしないで来ました。
それは、上に書いた様に、全神経を用いて常に情報を得られる様に霊視のパイプを繋いでいるからで、肉体的にも精神的にも、またエネルギーも消耗します。
また、お引き受けする以上は、その組織は相談者の組織であると同時に、私の組織となるのです。
そう云う感覚でないと、自分自身でも納得の行くアドバイスが出来ません。

 が、実際にはそう云うイメージングや霊視は、バックグランドでやっています。
なので、質問や相談があった時、すぐにお答えするのは、常にバックグランド・タスクの様に動いているから、答えもすぐに出るのです。

 一流のビジネスマンや、アドバイザーは、皆、同じ事をしている筈です。
目に見える表面の仕事は、氷山の一角の様なものであって、隠れたバックグランドでのシュミレーションやイメージングや霊視と云うものが大きければ大きいほど、確実に、正確に、深く、仕事が出来るのです。

 私の仕事の一端を少しだけ書いてみました。
そうやって仕事をしているので、ご縁のあった方の事は常に心にあり、いつもイメージしています。

信頼

2007 - 03/15 [Thu] - 02:21

 私の友人であり、相談者であり、良き仲間でもある空手の先生が先頃独立された。
武道指導者として、私が最も信頼する方のお一人です。
その方と色々と話し、またお付き合いをさせて戴いていると、人を指導する姿勢が常に真剣であり、また温かく、人の縁を凄く大切にされているのを感じます。
同時に空手そのものに対する姿勢も、常に深奥を目指そうとして追求されている姿は、更にこれから先生の空手が奥深いものへと変化して行くであろうと推察されます。

 その先生の独立に当っては、多くの人が力を貸しています。
何れ私のブログなどでも正式に書く時が来ると思いますが、その人々の縁と熱意によって展開しています。
また先生御自身がそう云う縁と恩を心から大切にされているのが良く分ります。
故に、慕って来る生徒も多く、次々と足を運んでいる様です。
先生は一言も誘われていないのに。
これは凄い事です。

 何を大切にするべきか、それを教えてくれている様に感じます。
人の縁は財産です。
得難く、何よりも大切にするべきものです。
その中での心や恩を感謝し、忘れない事、それが一番大切ですね。
それを蔑ろにしたり、忘れて仕舞ったら、いつの日か自分に跳ね返って来て仕舞います。
心を大切に、感謝を忘れずに、温かい心で生きていたいものですね。

以心伝心

2007 - 03/14 [Wed] - 00:00

 長年にわたって通って来ている弟子は、やはり心が通じているのだろうかと思う事が良くあります。
私が考えている事と同じ内容、似通った事を、同じタイミングで考えている。
私の持つイメージを、少ない言葉で読み取って理解する。
等と云う事は良くあります。
時には、私が機嫌が悪い時に限って、くだらない連絡を寄越して怒鳴りつけられると云うのもいますが。(爆笑)
それも、何かを感じて連絡して来るのでしょうから、やはり心が通じていると云うのでしょうか。

 修行の奥義は、言葉ではなく以心伝心で行います。
護身法を初級から始めて、中級、上級へと進み、その後に最上級へと進む時、それを行います。

 が、そんな訓練をしなくても、長年、私の許にいると私の心が通じたり、あるいは仕事や日常で人の心が伝わって来たりする様です。
色々な話を年月をかけてしているので、価値観や視野が変わるせいか、全く能力の無かった人も、それなりに何かを感じたりする様になって来ます。
固定観念、既成概念が如何に自分自身を萎縮させ、本来持った能力を封じ込めているか、と云う事ですね。

 ネガティブな感情、最初から諦めを持つと云う事は、不可能を本当にそのまま不可能にします。
可能性を信じ、ポジティブに前へ歩み出す事、また相手に対してもそうであると云う事が、自分も人も育てて行くのだと思います。

職場での存在意義

2007 - 03/13 [Tue] - 00:00

 仕事をしていると、小さなトラブルは付き物です。
思う通りの仕事が出来なかったり、人間関係で悩んだり、自分のポジションを迷ったり、仕事の仕方で悩んで仕舞ったり。

 特に組織の中で仕事をする時、存在意義と云うものはとても大切です。
自分がするべき仕事、部下にさせるべき仕事、上司にして貰うべき仕事、そう云うものを把握しておかないと何をして良いか分からなくなりますし、迷いになります。
迷いながら仕事をしていると、ミスが頻発します。
報告・連絡・相談、俗に云う仕事の三大原則が疎かとなって仕舞う事に繋がるでしょう。
連絡ミスが致命的な事に繋がる場合もあります。
仕事が大幅に遅れて仕舞う原因にもなるでしょう。

 自己の能力、仕事の範疇を良く知る事です。
任せるべき事は、相応しい人材に任せる。
育てるべきは、厳しく仕込む。
やるべき仕事は、遺漏なく。

 当り前の事ですが、給料泥棒にならない様にしなければ、存在意義は失われます。
同時に、何でも自分で抱え込んでやって仕舞い、部下に仕事をさせないのも、上司として欠落と云えます。
部下の存在意義を確かなものにしてやる為に、仕事をさせると云う事も大切な仕事です。

予感は当る(笑)

2007 - 03/12 [Mon] - 00:00

 数日前から何となくガレージの車が気になっていました
今日、特に車で出かけるつもりはなかったのですが、何となくチェックと思ってガレージに降りてエンジンをかけようとしたら、やっぱりセルは回るものの、エンジンはかかりませんでした。
バッテリーが弱っていたのです。
完全に放電していなかったので良かったですが、う~ん、やっぱりなぁ~。
嫌な予感は当るものです。
って、私が口にすると変ですか?(笑)
忙しくて中々運転してやれなかったのが原因ですが、いつも思いますがこの車はちゃんと知らせてくれているのです。
それをちゃんと聞かなかった私のミス。
う~、予感には従うべきでした。

 で、バッテリー充電器を探してあちこち百里千里。
やっと見つけて家って来て、今は充電中です。
10時間近くかかるそうで、明日の朝までかかりそうです。

 これからは、用事がなくても乗ってやろうと決心した一日でした。
弘法も筆の誤りならぬ、成晃も聞き逃して百里千里でした。

事を複雑にしない

2007 - 03/11 [Sun] - 00:00

 生きていると色々な問題や障害にぶつかりますね。
そんな時、つい難しく考えて仕舞って、簡単な事を複雑にして仕舞う人がいます。
悩む人は皆そうですね。
第三者が見れば簡単な事で、こうすれば良いのにと思う様な事を、ああでもない、こうでもないって悩んで仕舞う。
結局、堂々巡りして何も始まらないし、解決しない。

 簡単な事を難しくして仕舞うのは止めましょう。
単純に考えれば良いのです。
勿論、そこには感情論もあれば、色々な事情もあるでしょうが、そこは決断です。
いつまでも悩んで時間をかけていたら、結局はもっと深刻な事になって仕舞う可能性もあります。
ドライに、感情論を捨てて考え、決断する事も必要です。

 単純な事は単純に考えて、早く終わらせましょう。
人生の大半の事は、その程度の事です。

ゆったり

2007 - 03/10 [Sat] - 00:00

 毎日、毎日、忙しくしていると、どこかで息を抜いたり、気持ちの切り替えをしたりしたいものですね。
無意識にストレスが溜って仕舞う事って良くあります。
気がつくとどこかに倦怠感があったり、息が浅くなって仕舞っていたりする。
眠りが浅く、肩が凝り、頭痛がする。
そんな症状が出て来たら、休みましょう。
時には、何もかも忘れてのんびりと、ゆったりとする時間が必要です。
香り立つ一杯の珈琲、甘いケーキ、少し肌寒い空気の中で太陽を浴びながら散歩する、目的を決めずにドライブ、好きな映画を観に行く。
そんな時間を持って下さい。
時間は作るものです。
仕事に追われているから、予定が詰まっているからと自分を追込まないで下さい。
休む事で、その後に効率が上るものです。
たまには無責任になって、思い切って休んでみてはどうでしょうか。

損して得を取る

2007 - 03/09 [Fri] - 02:33

 生きていると色々な縁が出来て来て、義理や人情などと云う古臭い事も大切にしなければいけない事があります。
自分を守る、無難に生きる為に、いつも計算して損をしない様にと云う生き方もあるでしょう。
が、そうやって生きていると、どこかで義理を欠き、人情を踏み付けにして仕舞うと云う事が起きて仕舞うでしょう。
自分ではそう思っていなくても、結果としてそうなって仕舞う事があります。

 一見、人の縁を大切にして自己犠牲する事は損するだけの様に思えます。
が、その時に相手や周囲の人の心に響くものは、損得では計れない大きなものだと思います。
まして自分がお世話を受けた相手であれば尚更、採算など度外視して、自分が誰かから愚かだと言われても歯牙にもかけず、心から喜んで損する事を選ぶと云う事は、とても崇高な事であり、見る人は見ています。
きっと大きな評価を得る事でしょう。
結果として、周り回っていつか徳となって行くものです。

 損して徳を取る。
相手を選ぶ必要はありますが、人間関係の中で、仕事の中で、最終的な成功を収める為の鉄則でもあります。
この人と思ったら、損する事を恐れず、損得しか考えない愚か者の評価など恐れず、喜んで進むべきだと思います。

 急がば回れ。
回り道は近道です。
人として崇高である事が、最終的には、大きく、得難い評価となって返って来るでしょう。

奇跡

2007 - 03/08 [Thu] - 03:12

 神仏や神社仏閣に祈りを捧げる時、また霊能者に会いに行く時、皆さんはどんな事を期待されているでしょうか?

 一番多いのは、やはり奇跡を望む心なのでしょうね。
パッと何かが変わって、物凄く良い事が奇跡的に起きる。
なんてね。(笑)

 そんな事、ある訳ないじゃないですか。
この世に奇跡などと云う事はありません。
確かに奇跡としか思えない事は沢山あります。
私も長年祈って来て、そんな経験は沢山ありますし、相談者の中にも沢山そう云う事実はあります。

 が、それは奇跡ではありません。
必然です。
神仏は自分の未来への希望を強く持ち、自ら頑張る人に手を差し伸べます。
無闇に、無駄に、人を救ったりはしません。
そんなに都合良くは行かないです。
安易にお願いすると云う事は、却って自らの無力さと愚かさを知らしめさせる為に試練を与えてくれます。
そして、自身の生き方を振り返り、未来を、自分自身を大切にせよと教え諭して下さいます。
そこに奇跡はありません。
良い結果をもたらすのは、自身の決意と努力と積み重ねの結果です。

 神仏の世界においても、心霊の世界においても、1足す1は2でしかありません。
が、その経過が人間の目に映らないから、奇跡と見えて仕舞います。

 神仏は、人が目指すべき最高の境地を得た、人としての完成像であり、そうなる為の目標であると同時に、自らに誓いを立て、これからの勇気と力を得る為の存在です。
安易に願い事をするべきではありません。

 自らの未来は、自らの手と力と意識で切り開き、勝ち取るものです。
求めよ、さらば与えられん、ですね。

素晴しき男達の会合

2007 - 03/07 [Wed] - 02:12

 ある空手の先生お二人と、私の弟子と、妻と私、5人で食事をする機会を得ました。
その前に、他の場所で数名の方と出会いました。
どちらも、これからの夢に向かっての話し合いであり、とても充実した時間となりました。

 夢に向かって走り始めた男、夢を追い続けている男、夢を探し求めている男、夢の為に精一杯の努力をしている男、それぞれが素晴しく輝いていました。
夢に向かっている姿は美しく、夢を追い求める姿は美しい。
また夢を探し求めている姿も美しいと思います。

 夢がないと嘆く前に、夢を真剣に追い求めてみましょう。
それが真実、自分の心と魂の望むものであれば、きっと光が見えるでしょう。
夢は実現する為にあると同時に、永遠に追い求めるものでもあります。
例え、夢に届かなくても、そこに向かう姿には素晴しい光があります。

 諦めず、いつの日か・・・と心に定めて、探し、追い求めてみましょう。
きっと、人生がとても楽しいものになると思います。

 こう云う男達との時間を共有する事が出来る縁に感謝です。

途中と最後の結果

2007 - 03/06 [Tue] - 01:35

 何でもそうですが、何かを目指している時、途中経過と一段落としての結果が出て来て、そこからまた始まって最後の結果へと繋がって行きます。
例えば大学を受験した時、目指していた学校に落ちて、第2第3希望の滑り止めと思っていた学校に通り、その時は結果が悪く落ち込んで仕舞ったりしますが、いざ入学してみるととても居心地の良い学校であったり、卒業したら自分の本当に目指していた企業への就職にはそこの方が有利だったりする事もあります。
もし第一希望の大学に通っていたら、レベルについて行けなくて途中退学したかもしれないですし、友達も出来なかったかもしれないですし、また目指す企業へも行けなかったかもしれない。
結果論と云われればそれまでですが、仕事でも何でも、そう云う事は幾らでもあります。

 仕事で売り込みに行って、結果として蹴られたとしても、その後、改めてまたそこから違うアプローチでの仕事が出来て、最終的には最初に仕事をしているよりも有利で、大きな仕事が出来ると云う事もあるでしょう。

 人生も仕事も、最後の最後まで分かりません。
一番いけないのは途中で諦めると云う事であり、諦めて仕舞って何のフォローも努力もしなければ、本当に最後まで駄目になって仕舞います。
諦めず、逆転の発想で最終的には良い結果へと結びつける意欲と地道な努力が大切です。

 絶体に諦めない、絶体に不可能と思わない、必ずいつかは出来ると信じる、休まず歩き続ける。

 これが、私が修行と武道で学んだ最も大きな事です。

誇り

2007 - 03/05 [Mon] - 02:50

 人にはそれぞれ心の中に何かの誇りを持って生きているものだと思います。
他人から見れば、それはつまらないプライドにしか映らないものでも、その人が生きて行く上での大切なコアとなって自分自身を支えているものなのです。

 自分の育った家柄や家系、やって来た生き方や仕事、自分の置かれた地位や名誉、長年にわたって培って来た信念や思想、等々とそれぞれ色々とあると思います。
が、それを人に伝える事はとても難しい事です。
変に、また安易に口にすると、ただ突っ張っているだけとか、偉そうにしているとか、誤解されて受け取られて仕舞う事が多いからです。
結局、口にする事なく、姿勢として見せて行く事が多いのでしょうが、説明しないから余計に誤解を生んで仕舞って、と云う事が多いですね。

 自分を支えてくれている誇りは誇示するべきものではありません。
が、家族や大切な人には、機会を見てゆっくりと、そしてしっかりと伝えておきたい物だと思います。
やはり、説明しなければ分らない事って、多いのです。
特に近しいからこそ、余計に。

眠りの時

2007 - 03/03 [Sat] - 22:22

 人間の身体も精神も、日常生活を送っていると知らない内に疲労して仕舞っている事があります。
そんな時、風邪をひいたりして体調を崩して仕舞うものです。
上手くストレス解消をしたり、休養の時間を持てれば良いのですが、日常の中には中々そんな時間すら惜しいもので、ついつい知らない内に無理をしている事が多いのではないでしょうか。

 現代のヒーリング・ブームはそんな所から来ているのかもしれないですね。
マッサージ、フット・バス、アロマ、エステ、等々と沢山の種類のセラピーが流行っています。
修行の為にやっていた座禅や瀧行までがヒーリングの為に行われる様になって仕舞いました。

 でも、自分を癒すと云う事は、本当は特別な事は必要ないのかもしれません。
一杯のコーヒーをゆっくり飲む。
お茶でも良いですね。
一服のタバコ。
口から吐く紫煙を追いかけて、その時を楽しむ。
甘いものを食べる。
そんな時間が大切なのだと思います。

 そして何よりも、眠る。
眠りは至福の時。
ゆっくりと、気持ち良く、静かに眠りたいですね。
何もかも忘れて。
日頃のストレスを夢から追い出し、幻想の世界で眠れたら最高です。

 眠りの時間は癒しの時です。
環境を整えて、適度な明りと、適度な空気の流れを作り、気に入った枕と布団でゆっくり寝ましょう。
次への活力の為、大切な眠りの時間を演出して下さい。

破鍋に綴蓋

2007 - 03/03 [Sat] - 02:25

 色々な相談を受けていて良く思うのは、やはり家庭の中には笑いと会話が大切だなと云う事ですね。
上手く行っていない家庭と云うのは、大抵は家庭の中でのコミュニケーション不足が原因として多い様に思います。
良い夫婦、良い家庭は、やはり明るく賑やかで、会話と笑いが絶えない様に思います。

 また、良い夫婦って見ているとやはり互いが補い合っているのを感じますね。
自分が足りないものを相手が持っていて、相手が足りないものを自分が持っている。
そんな感じがします。
正に破鍋に綴蓋。
でも、そんな関係が良いのでしょうね。
誰でも欠点はありますし、それを補い合う事で互いが支え合う。

 言わなくても分るだろう、それ位は分れよ、はいけませんよ。
いっぱい、いっぱい、話してコミュニケーションしましょう。

プロフェッショナル

2007 - 03/02 [Fri] - 02:08

 そんな内容で今日、NHKで番組をやっていました。
シリコンバレーで会社を興し、人を雇って社長として経営させ、自分は技術者として突っ走る。
社員は個性の強い、偏った人物だけを雇って自由な発想で仕事をさせる。
そんな会社の紹介でした。
何気なくチャンネルを回していてチラッと見た瞬間にはまりました。(笑)
で、真剣に見入って仕舞いました。

 人はどうしても「こうあらねばならない。」と規制し、抑圧し勝ちなものです。
特に会社と云う組織の中では、個人の個性と云うのは時として邪魔になります。
仕事柄と云う事もあるでしょうが、クリエートする会社では逆にそう云う逆転の発想、無茶苦茶なリアリティーの無い発想こそが大切です。

 仕事と云う側面で考えるなら、会社によって事情が違い、個性を殺すべき仕事もあれば、個性的であればあるほど良いと云う会社もあります。
が、個人と云うレベルで考えるなら・・・、個性的であった方が人生を楽しめますし、可能性も無限大となる様に思います。
常識や社会としての規則も大切ですが、もっと大きな眼で見れば、何でもありで良いのではないか、欠点は欠点としておいておき、良い所を徹底して特化して行けば強烈な個性となると思います。
ま、法律違反や、あまり多大な迷惑を人にかけるのは如何かと思いますが。(笑)

 人は、もっと自由で良いのだな、と思った番組でした。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


関連ブログです。
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