感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

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どこを見ていますか?

2007 - 02/28 [Wed] - 02:14

 何かをしようとする時、その目指す先を見極めるって大切です。
例えば物を売ろうと思う時、その目的は何でしょうか?
売り上げですか?
それとも、物を売ると云う事自体ですか?
或いは、買って戴いたお客さんの喜ぶ顔ですか?

 お客が喜ぼうがどうしようが、売れてさえ居ればお金は儲かりますし、売れる数も増えます。
でも、それっていつかは駄目になって行くのではないでしょうか?
いい加減な商品を、金儲けの為だけに売っていると、お客の満足度は下るだけです。
パッと線香花火の様に散って終わり。

 自分が信じる良い物をじっくり見極めて、本当にお客様に喜んで戴く為に売っていると、それが広がってお客様が増えて行くのは時間がかかりますし、それだけ儲けるにも時間がかかります。
しかし、そうやって培って行った信用は、絶体に崩れません。

 人を使っていて、従業員が言う事を聞かない、仕事が出来ないと苛々していると、不思議なもので雰囲気が悪くなってお客様も減って来ます。
が、本当に見るべき先は、お客様の喜ぶ姿ですよね。
使えなかろうが、言う事を聞かなかろうが、お客様が喜ぶ仕事が出来ているのであれば、適当と云っては言い過ぎですが、上手く使えば良いのです。
要は、上手く回っていれば良いのです。
お客様の喜ぶ顔は、従業員にも影響を与えるでしょう。

 修行をする時、どうなりたいかイメージする事はとても大切。
念力が欲しいのか、楽になりたいのか、それともいつかは仏になろうと目指すのか。

 先祖を供養する時、自分が楽になりたいからやるのか、本当に先祖に楽になって欲しいからやるのか。
結果は同じです。
先祖が楽になれば、自分も楽になります。

 目線、見る先、目指す所はとても大切です。
自分が目指すべき所は何なのか、考えてみるのも良いかもしれないですね。

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神経を行き渡らせる

2007 - 02/27 [Tue] - 03:07

 昨日の月例会で、出席してくれていた若い空手家と少しだけ空手で遊びました。(笑)
とても才能溢れる、将来有望な選手であり、また素晴しい指導者となる可能性を持つ、とても純粋で真っ直ぐな若者です。
その上、"物凄く美しい"フィアンセがいて、羨ましい限りです。

 その時に感じたのですが、彼は気持ちや神経が肉体の隅々にまで行き渡っていないと云う事です。
鍛え抜いた身体であり、強靱なのですが、バランスが悪く、どこかで浮いて仕舞います。
その原因は、突き(パンチ)を打つ時は手にばかり気持ちが行って仕舞っていて、他の部分を忘れて仕舞っている。
突きは手や腕ではなく、背筋や腹筋、そして足腰のバランスとバネを使って打ってこそ、重く、またスピードのある、切れの良いパンチが打てます。
手にばかり意識が行っていると、力だけで、軽く、威力もないパンチになって仕舞います。
それでも尋常じゃない筋力があるので、丸太が飛んで来る様な感じなのですが、貫通力がないのと、伸びがないし、芯である身体が浮いて仕舞っているので、どうしても突きが軽くなって仕舞います。

 護身法をやっていても、神経の行き渡らない人は、手の形に神経が行っているときちんと出来ていますが、観想に入ると途端に手や身体のコントロールが疎かになって形が崩れます。

 呼吸も意識しているとちゃんと出来るのに、普段は全く意識していないヒトが多く、精神状態に依って呼吸が浅くなったり、早くなったりと、ムラがある人が多いですね。

 常に自分の神経を隅々まで行き渡らせておく事って、自分を知っておく事にも繋がり、日常生活を送る上でも、何か運動をする上でも、とても大切な事です。
そうすると、動きも優雅になり、美しく動く事が出来る様にもなります。
また、ちょっとした変化に気づく様になりますから、怪我や病気も未然に防ぐ事が出来る様になります。

 自分自身の身心なのですから、いつも注意を払って、神経を行き渡らせておきましょう。
自分を知る、自分をコントロールする。
そんな所から始めて行くと、良いですね。

さすがに

2007 - 02/26 [Mon] - 01:40

 今日は月例会でした。
う~、さすがに今日は疲れましたね。
月例会が終わった夕方、その後も引き続き話していて、気がついたら9時過ぎ。
その後に引き続きで面接。
結局、12時間も話っぱなし、ずっと仕事していました。
ちょっとハードでしたね。

 でも、こうして仕事が出来、個性の強い皆がついて来てくれるのは、とても幸せです。
心を込めて、一つ一つ話し、伝えて来たおかげでしょうか。
ついて来てくれている皆に感謝しながら、今日はお休みなさい。

解るものですね

2007 - 02/25 [Sun] - 01:58

 今日、懇意にして戴いて居る念珠堂へ妻のお念珠の修理に行きました。
かなり長く使っていて、段々と中糸が怪しくなって来たので。
そして、その場で修理してくれた社長、本当に有難う御座居ます。

 やはりプロですね。
その手際の良さには思わず見入って仕舞いました。
そして、やはり解って仕舞うものですね。
妻がどう云う風にお念珠を使っているか、糸の状態で解った様でした。
お念珠に負担のない、無理のかからない使い方をしていると云う事を見抜かれた様です。
当り前と云えばそうなのですが、やはりプロと云うものは凄いですね。

 長年、培った眼と云うものは、理屈を越えています。
その眼力は、全てを見透しているかの様です。
一つの道を歩くと云う事は、そう云う事なのだなぁ、と自分を振り返った一日でした。

 明日は月例会。
私の道です。
頑張って、心を込めて、皆に伝えて行きます。

行動しましょう

2007 - 02/24 [Sat] - 02:14

 相談に乗って居て良く思うのですが、以前にも書いた様に「素直」な人は本当に早いですね。
アッと云う間に変化し、どんどん良い方向へ行く様です。
それに対して、何だかんだと考えこんで動かない人は・・・。

 時に、じっくりと考える事も大切です。
が、悩むのは止めましょう。
悩むのは堂々巡り。
そんな無駄な時間があったら、どうしたら先へ進めるか、問題が解決するか、良い方向へ進めるかを考えましょう。

 そして、考えるよりも行動するべき時もあります。
誰かにアドバイスを求めるなら、まずそのアドバイス通りに行動してみましょう。
その人と決めて、信頼して相談したのであれば、まず迷わずやってみるべきです。
そうでなければ、その相手にも失礼ではないでしょうか。
何を言っても言う事を聞いてくれないのなら、アドバイスしようと云う気持ちすら消え失せて仕舞います。
やってみて、行動してみて、それから結果を分析し、自分に合うかどうかを決めれば良いのです。

 悩むのは時間の無駄。
考え、そして行動しましょう。
何よりも、何もしないで堂々巡りが一番良くありません。
留まると云う事は、後退するに等しい事です。

穢れなく、純粋に

2007 - 02/23 [Fri] - 02:35

 修行であれ、武道であれ、その道を通じて神を目指す程、純粋に穢れなく突き進む事が出来たら最高ですね。
北斗神拳などのアニメでは描かれていますが、実際にそう云う人がいるのか?となると甚だ疑問ですが、己を高め、秘奥を目指すのは修行や道と云われるものの究極です。
実現する、しないは別として、常にそうありたいものだと思っています。
また、弟子達にもそれを説き続けて行こうと思っています。

 穢れなき純粋さは、何も恐れる事なく、ただひたすらに真っ直ぐに高みを目指す事が出来ます。
日常の中の事ですら、その道の修行の一環であり、無駄なものは何一つなくなります。
食べる事、寝る事、仕事する事、遊ぶ事、人を愛する事、怒る事、悩む事、泣く事、喜びも悲しみも全てがその道の上にあります。

 真剣であればある程、真っ直ぐであればある程、この世は生き難い世界となるかもしれません。
が、だからこそ、それらが自らを高みへと導いてくれます。
全てを受け止め、全てに対し正直であり、逃げず、真剣であり、純粋であれ。
その道は光へと繋がる。

自分だけが可愛い人

2007 - 02/22 [Thu] - 01:35

 人間は誰でもそうですが、自分が一番可愛いのであって、その次に家族や子供、そして同僚や仲間と云う順番が普通です。
ですが、それが極端な人が時々います。
自分だけが可愛いと云う人ですね。
そう云う人は、どんなに相手を思っている振りをしても、必ずボロを出します。
如何にも相手を思って言っている様に聞こえる言葉も、実際は自分が偉そうにしたいだけ、とか。
また、相手を喜ばせる事よりも、自分が幸せになる事が優先的な考え方をする人。
人に何かをしてあげる時、先に自分の苦労だけを意識して「自分が大変なのは相手のせいだ」と思って仕舞う人。
相手への思い遣りよりも、金銭の計算だけが先に立って仕舞う人。
等々と、自分勝手と云うか、自分の事だけが可愛い人って、実は結構多かったりしますね。

 社内に、家庭内に、そんな人がいたら、やっぱり辛いものがありますね。
また、そう云う人はいつか墓穴を掘って、自ら孤独への道、失敗への道を歩き始めます。

 幸せは循環します。
人は一人では生きていません。
本当に幸せになりたいと思ったら、まず誰かの幸せを心から祈り、また出来る事をしましょう。
そして、自分が誰かの為に何かをしてあげられる事に感謝し、その相手にも感謝しましょう。
それが、結局は巡り巡って、自分に返って来ます。

 真の幸せとは、相手を思う時、相手に感謝する時、与えられるものだと思います。

しがらみ

2007 - 02/21 [Wed] - 02:58

 先程、メールでNと云う先生が、職場を退職されたと報告がありました。
色々と経緯があって、大変な思いを長年されて来ましたが、これからは自分の足で歩く事になられます。
本当にお疲れ様でした。
また、これから頑張って下さい。

 職場を辞める、引っ越す、等々と人間は環境を変えようとする動機の一つには、しがらみから解放されたいと云うものがあると思います。
人間関係と云うものは、時としてとても有難く、時としてとても息苦しいものになります。
まして、それが自身の生き方ややり方の信念に関係しているとなると、身動きが出来なくなって仕舞う程の苦しみとなる事さえあります。

 しがらみを断ち切るには勇気が必要です。
それで何もかも失って仕舞うのではないだろうかと云う恐怖。
人は変化を恐怖に感じるものです。
が、そこを勇気を持って踏み出す事で、新しい道へ歩み出します。
未知への挑戦。
恐れと同時にワクワクする様な気持ちになれば、きっと頑張って歩き出せます。

 N氏の新しい道が輝けるものであります様、祈ります。

素直が一番

2007 - 02/20 [Tue] - 02:31

 人に何かをアドバイスしたり、指導している時、いつも思いますが、「素直が一番」です。
本当に純粋と云うか、私の言葉を素直に聞いて、そこに疑問があっても言われた通りに実行してみる、努力してみようとする人は、見事に変身して来ます。
私のアドバイスや指導が的確であるかどうかは別として、その意欲が素晴しいと思うのです。

 何に対しても疑問をはさみ、自分の勝手な解釈で翻訳して仕舞って、結局は何もしようとしない人に比べたら、疑問を感じながらも取り敢ずやってみようとするその姿勢、その意欲は尊敬に値すると思います。

 事実、そうやって来た人達は大きく成長して来ました。
何が嬉しいって、やっぱりそうやって人として成長し、社会的にも出世して行ってくれるのを見るのが、私の最大の喜びですね。

 アドバイスを受けよう、指導を受けようとするならば、せめてその相手に対してだけは素直であって欲しいと思います。
誰にでも彼にでも素直である必要はありません。
この人と決めたら、その人だけには正直でいるべきです。
そうすれば、きっと良い方向へ行くと思います。
また、素直である事、正直である事が、学ぶ側の礼儀でもあると思います。

切り替える

2007 - 02/19 [Mon] - 01:45

 何かをしていて煮詰まったり、止まって仕舞ったりする事って良くありますよね。
そんな時、皆さんはどうされているのでしょうか?
何かに八つ当り?
昔は私も良くやりました。
道場へ行って、模範稽古と称して道場生達を張り倒したり。(笑)
サンドバッグが破れるほど、強く、長い時間、叩き続けたり。
大音量でハード・ロックを聞いたり。
トランペットを吹いたり、フラメンコ・ギターを弾いたり。
勿論、お香を焚いて、静かに祭壇の前で瞑想したりする事もありました。

 切り替えって凄く大切です。
それを我慢していると、いつの間にか知らない内にストレスが溜り、身心のバランスを崩します。
PCの前で長時間仕事をしていると、特に、人が作ったファイルの修正などをしていると、本当にキレそうになります。
何でもかんでもエクセルで作って仕舞う馬鹿がいて、表計算ソフトなのにドローやワープロの役目をさせたりして作ったファイルがあります。
理屈に合わず、使い辛い事、この上ありません。
で、気持ちを切り替えて一から作り直す事にしました。

 そんな時、一杯の美味しいコーヒーが私を解放してくれます。
相談者の中で、座間の駅近くにコーヒー店を構えるご夫婦がおられます。
その方が毎月持って来てくれたり、送ってくれるコーヒーがとても香り高く、心を穏やかにしてくれます。
我が家では大量に飲むのでコーヒー・メーカーを使っていますが、時々、昔を思い出してペーパー・ドリップで淹れると、最高の香りが立ちます。
曾ては凝っていて、かなりこだわっていました。
とても有難いですね。
座間の駅のすぐ側にあるコーヒー・ノートと云うお店です。
近くにお出での際は、どうぞ寄ってみて下さい。

誇りを持って

2007 - 02/18 [Sun] - 03:29

 人間は誰でも大なり小なりプライドを持っています。
仕事であったり、人間性であったり、それが何かは別としても、人間と云うものはプライドの生き物です。

 が、間違ったプライドは自分を縛り、他を排除し、自分を苦しめる結果をもたらすだけですね。
「あの人はプライドが高いから」と云う言葉は、大抵は批判的であり、嘲笑的です。
「誇り高い」と云うのとは根本的に意味が違います。

 人としての「誇り」は、薄っぺらい「プライド」とは違います。
自分の生き方や仕事の仕方や、思想など、信念の許に形成されて行くものであって、それはチャラチャラと人に見せつけたり、偉そうにしたり、突っ張ったりする事とは無縁です。

 心に毅然としたものを持って、その自信故に優しくもなり、穏やかにもなり、また深みも出て来るのが、真の意味での「誇り」と云うものだと思います。
軽々しくプライドを振り翳し、偉そうにするのは、真に誇り高い人とは云えません。
浅はかですね。

 「外柔内剛」と云います。
真に誇り高い人は、とても優しく、穏やかなものです。

発言の場

2007 - 02/17 [Sat] - 02:45

 人が何かを言葉にすると云う事は、独り言でない限りは、誰かとの会話です。
例えばブログや掲示板に書き込むと云う事も、それを読んでいる誰かとの会話です。
また本を出すと云う事もそうですね。
声を出して話すだけが会話ではありません。

 普通の人は複数の人間と同時に会話すると云う経験は、会議でもない限りはあまりないと思います。
が、言葉を発する時はそう云うものを意識しておかないと、何気なく書いた事や、何気なく発言した事が、後になって大きな結果に繋がる事があります。
その場だけの視点で言葉を発するべきではありません。
自分の言葉に責任を持てと、子供の頃から躾けられる事が多いと思いますが、それは自分の発した言葉が伝わって行き、どこでどう受け取られるか分らないから、注意せよと云う事です。
善かれと思って言ったり書いたりした事が、誰かの反発を買うかもしれません。
逆に賛同してくれて、誰かに元気を与えているかもしれません。

 一方的に決め付けて、こうあらねばならないとか、拡大解釈すれば誰かを批判している事になるとか、そう云う決め付け的な言葉は避けた方が良いかもしれないですね。
十人十色、それぞれの考え方もあり、価値観もあり、視野も違います。
それを認めて、受け入れた上での発言がやはり無難と云う事はあるでしょう。

 ま、無難が全て良い訳ではありませんし、時には敢えて敵を作っても構わないと思い切って発言して仕舞う場面もありますが。
そう云う明確な意思を持つ時を除いては、やはり人を傷つけない様に配慮しながら言葉を使いたいものですね。

徹する

2007 - 02/16 [Fri] - 01:14

 色々な相談を受けていて思うのは、自分の姿勢が余りにも迷い過ぎていて、ハッキリしていない人が多いと云う事です。

 仕事をするなら、その仕事をする事に徹する事で大抵の事は解決して行きます。
確かに職場内の人間関係は大切ですが、それを無視してもプロに徹して仕事する事も必要な場合があります。
逆に、業績を無視しても職場内の円滑な和を保つ事に徹する必要がある場面もあります。

 人を恋しいと思う時、心底から愛する事に徹する事が相手への思い遣りであり、自分が愛される事を優先すると、相手に対してとても失礼な事であり、自分勝手です。

 修行をする時は修行者である事に徹する事で、神佛の世界に触れる事が出来、自らを高めて行く事が出来ます。

 二兎を追う者は一兎を得ずと云います。

 場面、場面で、一つの事に徹すると云う事が大切なのではないでしょうか。

原因の発見

2007 - 02/15 [Thu] - 01:26

 仕事で接する人や会社を見ていると、その問題の原因と云うものがハッキリと見えて来ます。
因果応報と云いますが、物事には原因と云うものが必ずあり、それが色々な要素が加わる事で、結果として現れて来ます。
今日、Adept・Mentor として仕事で出かけた某社は、そのブランドと歴史からすると日本における業績は決して良いとは云えず、むしろ失敗していると云える気がします。
確実に人々の心に根付き、またそれなりに商品も動き、他の事業も確かに業績をあげていますが、本来のパワーからすると、微々たるものだと感じます。

 その原因が、分かりました。
会社の入っているビル、その場所にあります。
風水的に見ても、また因縁的に見ても、とても良い場所とは云えない所に建っています。
あれでは、無理もないと思いました。
働いている人達の顔色も今一つ良くないですし、何よりも空気(目に見えないですが)が悪く、落ち着かない感じがしました。

 それでもパワーのある人は力を発揮するでしょうが、普通の人は自分の持てる力を最大限に発揮すると云う事は難しいかもしれない。
そんな環境でした。

 家庭が安住の地であり、変えるべき巣であると同様、職場は戦略拠点であり、ポジティブに生み出して行く拠点です。
そこが良くないと云う事は・・・。

 環境って凄く大切ですね。

予感

2007 - 02/14 [Wed] - 02:17

 霊感があるのは、時として物凄く不便です。
明日、会うであろう人や行くであろう場所の波動が、前日に伝わって来て仕舞っていて、とても体調が崩れたり、気分が沈んだりする事があります。
頭がガンガンして、肩が凝って仕舞い、頭痛止めも解熱剤も効かない。
ウ~、参る。
と云う事が良くあります。

 が、そうなった事が明日の事が既に来ていると解った瞬間に抜け始めます。
まるで、訴えかけられている様です。
解った途端に楽になって来ます。
不思議ですね。

私は親か?

2007 - 02/13 [Tue] - 01:55

 多くのお弟子さんを育てていると、まるで親だなと思う時があります。
生活の細かい事から、人生を左右する出来事まで、何でも相談に乗り、教えています。
それが嬉しくもあり、また「もう少し成長してくれないかなぁ~」なんてぼやきたくなる時もあります。(笑)
一匹狼で生きて来た私が親代わり、否、それ以上に色々と面倒を見ていると思うと、何だか笑えますね。
人生って不思議だと思います。
多分、実の親以上にその子の事を知っていて、何でも相談に乗って、多くの事を私のアドバイスで決めているのだろうと思うと、責任も感じますが、とても有難い事だと思います。
ま、時にはちょっと厳しく叱ったり、後ろから蹴ってやりたくなる時もありますが。(笑)

 私とご縁のある方、お弟子さん達、どうぞ幸せになって下さい。
それが私の願いです。

舞い上がる

2007 - 02/12 [Mon] - 02:23

 春になると心が浮き浮きして来ますね。
春風が吹き始めると、花びらも心も舞い上がります。
でも、舞い上がった花びらはどこに落ちるか考えた事はありますか?
考えると、ちょっと悲しくなったりしますね。

 楽しくて浮き浮きするのは悪い事ではありません。
しかし、TPOを考え、相手を考えないと、愚かな行為でしかなくなる事もあります。
調子に乗ると云うのは、そう云う事です。

 どんなに浮き浮きしても、舞い上がって仕舞って、墓穴を掘らない様にして下さい。
わきまえと、冷静さは、常に保つ様にしましょう。

THUNDERBIRDS

2007 - 02/11 [Sun] - 03:02

 今日、買っておいたDVDの「THUNDERBIRDS」を観ました。
実写版のサンダーバード、CMでは観ていましたが、思ったよりも楽しく面白い映画でした。
英語はBritishで、ストーリーも曾てのTVドラマを踏襲していて、新しいストーリー展開は中々楽しめました。

 サンダーバードと云えば、「西暦2065年、アメリカの世界的な大富豪、ジェフ・トレーシーによって国際救助隊(INTERNATIONAL RESCUE ORGANIZATION)が設立」と云うお話で、1965年にイギリスで放映されたのがスタートです。
その次の年に日本でも放映され、最初はNHKでした。
その後、放映は民放に移り、爆発的な人気となりました。

 子供の頃の憧れです。
大富豪が、利益を考えずに救助活動をする。
夢ですね。

 どの時代にもヒーローはいますが、その憧れをずっと持ち続けていられたら、きっと素敵な人生となるでしょう。
私もそう云う憧れを持ち続けて生きています。
小さい頃の憧れや夢、大切にして下さい。

新しい事

2007 - 02/10 [Sat] - 03:29

 今日、用事で新宿へ出かけました。
そして有名なうどんすきのお店で食事して帰りました。
新宿は昔から良く行く所でもあり、またそのお店も京橋のお店に良く行きました。
支店が渋谷や赤坂にあるのは知っていましたが、新宿にあるとは知りませんでした。
新たな発見をした気分です。

 また、長年使っているDVDプレーヤーが寿命が近づいたので、新しくHDD内蔵DVDレコーダーを購入しました。
これはVHSビデオも内蔵されている一体型ですが、長く見ているVHSのテープも段々と傷んで来ているので、これでDVDにダビングして残しておけるなと思っています。

 が、まだ使い方が全然解っていません。
これから少しずつ必要に応じて学んで行かなければ。

 新しい事は、覚えるのは煩雑ですし、やってみようと云う気持ちがなければ、何も学べず、知識も経験も増えません。
それは留まる事になります。
生きている以上、色々な新しい事との出会いの連続です。
チャレンジし、一歩ずつでも先へ進み、少しずつでも学んで行きましょう。
留まる水は腐りますが、流れる水は常に新鮮です。
人生も常に学びの毎日であり、新鮮でいたいものです。

節分が過ぎて

2007 - 02/09 [Fri] - 01:23

 節分が過ぎてから、予想通りと云うか、予想以上に、あっちでもこっちでも変化が起きている様です。
弟子からの婚約の報告、人事の移動、新しい仕事がどんどん寄って来ていると云う報告、病気の安定、等々と変化ばかりが目立って伝わって来る。
中には、墓穴ばかり掘り始めた人もいる様だが。

 これから春が来るのか、それともまた冬が来るのか、本人達の心根次第です。
浮かれず、一日一日を大切に、バタバタと焦らず、綺麗な心で過しましょう。

 今年は、本当に忙しく、全てが明らかとなる年です。

墓穴を掘る

2007 - 02/08 [Thu] - 01:54

 人は焦ったり、恐れたり、迷ったり、逆に調子に乗ったり、舞い上がったり、そう云う時にバタバタとして自ら墓穴を掘って仕舞う事があります。
自分では真っ当に、何も間違いなくやったり言ったりしているつもりが、周囲の人の目には愚かで、穴だらけと写ります。
やればやる程、自分の狭量さを露呈したり、指導力のなさや、品性の下劣さを晒して仕舞います。

 また、調子に乗って、浮かれて、そう云う時に、冷静さが欠如してとんでもない事をしでかし、経験の少なさや常識のなさを顕にします。

 心とは正直なもので、押し隠しているつもりでも、心は言動に表れて仕舞います。

 無駄な事は止めましょう。
心を隠すには相当な訓練が必要です。
それよりも素直になって、人を思い遣りましょう。
無駄に格好をつけたり、意気がったり、偉そうにしたりしようとするから、墓穴を掘るのです。
素直が一番です。

有難いもの

2007 - 02/07 [Wed] - 03:19

 今日、「霊能者と仲間達」に第10回対談「教育」をアップしました。
現代のどこかズレた教育に対するアンチテーゼとなるかもしれまん。
現場の教育者達が頑張っているのは確かですが、教育そのものの真の意義が失われ、受験と就職の為のカリキュラムとなって、数字だけで人を判断して行く事には、やはり異論を感じざるをえません。

 本来、教育と云うものは、知らない事を知る機会となり、疑問を持つ事、つまり好奇心を持つ事を学ぶ為のものです。
そう考えると、とても有難いものであり、得難い機会であると思います。

 曾て、天竺を目指した三蔵法師がお釈迦様から経典を戴く時に「金を置いて行け」と言われた事にショックを受けたそうですが、「法は有難いものであり、タダで安易に得るべきものではない」と云う事にすぐに気がついたそうです。
教育も法も、得難いものであり、とても有難いものです。
学校と云うものが誰でも行ける様になった事から、学校での教育に価値観が薄れて仕舞っています。
学ぶと云う機会を得られる事の有難みを噛み締めて欲しいものです。

 霊能者も同じです。
安易に質問に答えるべきではありません。
法は有難みがあってこそ、人は真剣に捉えます。
それをきちんと伝える手順を踏んでこそ、互いに責任を持って相談も出来るし、アドバイスもしてあげられます。

季節外れの桜

2007 - 02/06 [Tue] - 03:24

 今日、ちょっと外へ出かけると、季節外れの桜が咲いていました。
不断桜と云う種類は一年中、花をつける桜ですが、その種ではなく、多分、寒桜かと思いますが、何だか新鮮な気持ちになりました。
そろそろ梅も蕾が開き始めているものも見かけますし、春も近いのでしょうか。
東大寺の御水取りが終わるまでは春は来ないと言いますが。
確かに、まだ朝夕はとても冷え込みますね。
今暫くは、寒いのでしょうね。

 春は出会いの時。
人であれ、仕事であれ、出会うととても幸せな気持ちになります。
何を見ても、何を聞いても、全てが輝いて見えて仕舞うものです。
そう云う時は、どうしても浮かれて仕舞います。

 が、大切な出会いであればある程、心静かに、その幸せを噛み締めて、大切に育まなければなりません。
浮かれて、思ってもいない事で失敗して相手を失望させて仕舞ったら、周囲に迷惑をかけて仕舞ったら、それが全てを駄目にして仕舞うかもしれません。
大切にしたいからこそ、全身全霊の感覚と意識を開いて、慎重に、そして大胆に、進んで行かなければいけません。

 浮かれて足許が疎かにならない様に、常に平常心を保ちましょう。
無事に春を越えたら、次ぎに来る夏に大輪の花が咲くでしょう。

またやったか?

2007 - 02/05 [Mon] - 03:40

 昨日の節分の祈願が終わった夜、部屋の電気がつかなくなりました。
それが、朝起きてつけてみたら・・・、つく!!!。
映画を久々にDVDで観たら、途中でスタックしたり。
そして、さっきAirMacのネットワークが全く繋がらなくなって、解除して再設定。
今は順調に繋がっています。
う~、またやったか?
妻曰く、「祈願している最中、家が揺れていて、あちこちでバタンバタンと音がしていた」そうです。
私も全開でやった様に思います。

 祈願している時、祈りの時、実はあまり記憶がないのです。
お経は詠んでいますが、定に入っているので、極度の精神集中状態を保っています。
その間にやった事、パワーをどれだけ出したかとか、どんな印を組んでどんな霊符を切ったかとか、あまり記憶に残りません。
なので、昨日も全開であった事は覚えているのですが、それ以外は・・・。(苦笑)

 どうやら、またやって仕舞った様です。

スタートです

2007 - 02/04 [Sun] - 00:52

 今日は節分祈願会を行いました。
これで、本当に新しい年に入ります。
さぁ、スタートです。
今まで頑張って来た事が全て花開く年になるでしょう。
結果が出る時です。
そして、亥年ですから、自然と成り行きのままに任せても、突っ走る年です。
慎重さも必要ですが、準備さえ万端怠りなく行えば、確信を持って走りましょう。
止まる時、待つ時、そして走る時、流れに乗る時。
本当に良い年にしましょう。

他人の評価

2007 - 02/03 [Sat] - 02:30

 普通、人は人から受ける評価で自分の立ち位置や実力、人間性などを確認して自己確立して行きます。
学校の成績でも、職場の上司の評価でも、給料の高でも、また異性にモテるとかモテないとか、友達に人気があるとかないとか、等々。

 ですが、霊能者はこれには当てはまりません。
そう云う能力を持つ人は、自分が何も言わずとも、何もせずとも、集団の中では浮いていて、常に誤解されて仕舞う傾向がとても強いです。
ですから、この位しかやっていないのに物凄く高い評価を受けたり、逆に物凄く頑張ったのに全く評価されず、却って批判されたり。
常に、人からの評価と自分の思いにはギャップがあり、それが能力を持たない人と比べると数倍の大きさのギャップで悩み、苦しみます。

 霊感を持った、持って生れた人の宿命です。
目立たないようにしていても、逆に目立っていても、どちらにしても能力のない人から見ると、能力車は変な奴であり、目障りな奴であり、時に憧れの孤高の存在なのです。

 ですから、能力者の多くは、自己保身の為に無口になったり、目立たない様にしたり、時には引きこもったり、或いは転々と職や住居を変えたり、逆に思い切り突っ張って強がったりします。
それが自分を守り、世間と上手くやる為の護身術なのです。

 そして、世間からの評価で自己確立が出来ないのですから、修行や武道などを通じて自己を見つめ、検証する事が絶対に必要です。
それをしないままに生きている能力者は、常に不安定でエキセントリックであり、いつも人間関係で悩まされています。
霊能者は修行しろ!!
これは鉄則です。

見え方

2007 - 02/02 [Fri] - 02:06

 人は同じものを見ても、それぞれ感じ方も捉え方も違うものです。
例えば観音様を見たとします。
本物の、仏像ではない、観音様です。
さて、貴方はどう見るでしょうか?
聖観音、十一面観音、千手観音、如意輪観音、馬頭観音、准胝(じゅんてい)観音、不空羂索観音、どれでしょうか?
或いは、聖母マリア?
それとも・・・・・?
或いは、強く暖かい光?

 人は自分の持つ知識や価値観、宗教的背景や育った環境の中で身につけたものの範疇で、物事を理解しようとします。
ですから、同じ光の存在を見たとしても、自分に都合の良い姿に解釈し、翻訳して仕舞います。
それが間違いと云う事ではなく、どう見えても良いのですが、自分の解釈や見え方だけ、一つの見え方だけに囚われると、本当の姿は見えて来ません。

 色々な方向から、色々な価値観から、柔軟に見る事が出来る様になった時、囚われない心で素直に見る事が出来、真実の姿が見えて来ます。

 起きた現象や事実も、人それぞれの捉え方で解釈します。
自分の目を信じる事はとても大切ですが、囚われて仕舞うと、柔軟性を失い、真実の姿を見逃して仕舞います。
特に宗教的な問題、霊的な存在、神佛に関しては、大きな目を持たないとこだわりとなって仕舞う可能性があります。
囚われていないか自己検証しながら、見て下さい。

 広い視野と、柔軟な価値観は、どんな場合でも真実の姿を見せてくれます。

上っ調子

2007 - 02/01 [Thu] - 02:15

 才能のある人ほど、集中すると人とのコミュニケーションが不足して仕舞って、自分の世界で突っ走って仕舞う事があります。
天才と云われる人ほど、そう云う人が多いですね。
また、霊能者と呼ばれる人(特にアマチュア)にも、そう云う人も多いですね。

 人は一人で生きている訳ではありません。
仕事していても、家庭でも、必ず誰かと接し、互いの信頼関係で生きています。
そんな時、一人の世界で突っ走って仕舞うとどうなるでしょうか?

 誰でも、プライドや誇りを持っています。
その道のエキスパートであればある程、こだわりを持っています。
そう云う人と関わる時、綿密な打ち合せとコミュニケーションがなければ、トラブルが起きて仕舞います。
普通の、何と云う事はない、只の人でも同じ事です。

 言わなくても解るだろう、これ位は良いだろう、は通じません。
言葉はその為にあるのですし、その為に時間をたっぷり使うべきですね。
でないと、ただの上っ調子と取られ、信頼を失う事になります。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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