感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2006年12月  

やっと仕事納め?

2006 - 12/31 [Sun] - 02:12

 って訳はなく、明日は大晦日で年越大祓祈願を除夜の鐘と共に奉じます。
しかし、一般面接は今日で区切りがつきました。
どうやら今年も乗り切れました。
兎に角、忙しい一年でした。
とても有り難いです、こうして誰かの役に立っていられると云う事が。
本当に、今年一年、有難う御座居ました。

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後少し

2006 - 12/30 [Sat] - 01:38

 この年末に、周囲の人が皆、体調を崩しています。
今年の凄まじい激しさに疲労が溜ったのでしょうか。
年末になって一気に噴き出した様に思います。

 後少しですね、今年も。
思えば、本当に飛ぶ様に進んだ日々です。
この一年は、年頭の霊示の通り、仕事仕事の毎日でした。
相談者を見ていても、やはり同様に感じます。
それ故に、無意識に無理をした方も多いのではないでしょうか。
仕事の出来る幸せ、忙しく働ける幸せに、つい無理をして仕舞う。
仕方のない事ですね。

 ですが、仕事納めの終ったこれからの数日は、どうぞゆっくりとされて下さい。
一年の疲れを癒し、更に走らされるであろう来年に向けて、英気を養って下さい。
私は例の如く、ずっと仕事しています。(笑)

忙しい日々

2006 - 12/29 [Fri] - 01:01

 何だか今年の年末は例年以上の忙しさで、バタバタしています。
相談者も多く、その内容も込み入ったもので、気が休まりません。
ハプニングもあり、一日中、何だかんだと追われています。

 運の変り目と云うのは、いつもそうです。
年が変わると云う事は、新しい運気に変化すると云う事です。
そして、節分を過ぎて本格的に変わります。
お正月は節分に向けての準備としてのスタートですね。
そう思えば、やはり年末は師走だなと思います。
次々と駆け抜けて、一年の総決算をしている気分であり、それがまた次の年への布石であると感じます。

 体調を崩さぬ様、適度なバランスを保って、この忙しい年末を乗り切って下さい。
来年は、もっともっと良い年にしましょう。

遊び

2006 - 12/27 [Wed] - 03:02

 人は色々な遊びを持っていますね。
趣味を楽しんだり、運動したり、旅行したり、また身近な所ではお酒を飲んだり、映画やビデオを観たり。

 日曜日の忘年会で、人それぞれのスタイルが見えました。
遊び慣れていると云うか、上手く場を盛り上げようとしている人もいれば、純粋に静かに楽しんでいる人もいて、また自分より年上の人の話を聞いて学んでいる人もいる。
そんな姿を見ていると、遊び方って大切だと感じます。

 若い内にどれだけ良い遊びをしたか、また悪い遊びをしたか、それは人間の幅になります。
広く、深く、何でもやってみるべきですね。
そして、ある程度の年齢になったら、落ち着いていれば最高です。

 遊びにも品位と云うものがあります。
10代20代は、そんな事も考えずに何でもやってみれば良いと思います。
が、30代40代になったら、やはり大人としての相応しい遊び方が必要です。
ただ楽しいからと遊びに溺れていたら、品位を疑われます。
まして、人に言えない様な遊びをしているとしたら、言語道断、社会人失格ですね。
人は良く見ています。
バレないと思ったら大間違いです。

 お洒落で、上品な、そして深い、そんな遊びがしたいものです。
遊び方一つでも、人は成長もすれば、後退もします。

非日常

2006 - 12/26 [Tue] - 03:35

 弟子に瀧行を命じました。
急な事で、弟子は慌てた様で、最初は拒否しました。
怒鳴りつけてやろうかと思いましたが、彼が仕事で追い込まれて精神的に参っている事を知っているので、その場はそのままにして、時間を置いてから「お前、頭が止まっているぞ。瀧に行って切り替えろ」と命じました。
それで何かを理解したのか、今日、すぐに瀧行に出かけた様です。
仕事の後なので夜になって仕舞い、本当は入ってはいけないとゲートが閉じられていたそうですが、乗り越えて(本当は駄目なんですよ(笑))行をして来たそうです。
結果は、彼の持つ本来の姿が現れ、禊も終り、スイッチの切り替えが出来た様です。
そして、20年目にして初めて(う~ん、時間がかかり過ぎ)、瀧行の持つ本当の境地を得た様でした。

 修行はこうした荒行だけではありません。
日常こそ修行です。
また、静かなる修行もあります。

 瀧行、護摩行、礼拝行、経典修行、声明行、九字行、奥駆け行、参籠行、瞑想行、等々と沢山の修行があります。
静の行、動の行、そして日常の行。
どれもがバランス良く揃って初めて、本物の修行です。

 そして、それが日常に生かせる時、修行は生きていると言えます。
非日常の修行、それは必要な時に必要な修行としてあります。
忙しい現代、時間と仕事に追われ、自分の時間すら侭ならない。
時には、非日常を取り入れてみて下さい。
勿論、きちんとした指導者の指示の許にですが。
勝手な修行は、精神に破綻を来したり、命の危険すらあります。

最後の月例会

2006 - 12/25 [Mon] - 00:51

 今年最後の月例会が終りました。
ふ~、長い一日でした。
正午から始めて、護身法、勉強会、そして忘年会。
古くからの弟子、始めて数年の人達、今月から始める人達、それぞれが一生懸命に目を輝かせて護身法を学ぶ姿は、ある意味では神々しく感じました。
規定の時間の終る1時間後には、部屋の温度は上がり、汗をかいている人さえいました。
皆の気が身体から放出されて、気温さえ変えて仕舞うのは、いつもながら凄いなと思います。

 勉強会では告知の通り、「教育」をテーマに話をしました。
録音して、次回のブログ「霊能者と仲間達」に載せます。
色々な方向に話が飛び、またそれぞれの経験が語られ、本当の教育って何だろう?って考えさせられる時間となりました。

 素敵な仲間に囲まれた時間は、至福の時です。
こう云う時間を持つ事が出来る事に感謝ですね。

 来年も、また充実した楽しい月例会をやって行きたいと思います。
今年最後の月例会に参加してくれた方、そして忘年会に参加してくれた方。
お疲れ様でした。
そして、ありがとう。
その純粋な気持ちに感謝です。

偉くなれ?強くなれ?

2006 - 12/24 [Sun] - 02:53

 私にも弟子が沢山います。
毎月、護身法を沢山の人に教えてもいます。
また、毎日の様に色々な相談者の質問に答え、幸せとはどう云うものか、人はどうあるべきかとお話しています。

 世の中には色々な指導者がおられます。
その人それぞれの価値観と視野で頑張っておられます。
それで良いと思います。
十人十色、それぞれの考えがあって、そこに馴染み、そこで一人でも幸せになって行くのであれば。
教育、武道、宗教、等々と色々な道があります。
方法論と云っても良いかも知れないですね。

 ですが、そこに馴染まず、そこから外れて異なる道を選ぶ人も当然いる筈です。
その人達を快く送り出してあげれば良いと思うのですが、概して、強い個性を持つ指導者は、その人達を落ちこぼれとか、根性なしとか、考えが間違っているとかと云う言葉で否定的に批判します。
う~ん、人を指導している人がそれではなぁ~、と思います。
自分と合わないのであれば、「他に行けば?」とこちらからお勧めすれば良いと思いますし、他に行きたいと云うのであれば、「良いよ、頑張りなさい」と快く送り出してあげれば良いと思います。

 指導者の中には、心の狭い方もおられると云うのが、悲しい現実ですね。

 また指導する上で、「偉くなれ、強くなれ、人の役に立て、社会に貢献しろ、人から尊敬される人間になれ」と、人が上に行く事だけが成長である、前進であると云う言い方をされる方がいますね。
う~ん、そうなのかなぁ~???と、私は思います。
人は生きているだけで美しい。
誰からも尊敬されていなくても、目に見える形で人の役に立たなくても、人は必ず誰かに元気を与えたり、心を癒したり、役に立っているものです。
偉くなくても、美しく生きて行けます。
強くなくても、時には逃げても、いつか自分が頑張ろうと思う時が来るものです。

 こうあらねばならない、こうあるべきだと云う言葉は、悩み、苦しみ、傷ついた者にはとても酷なものだと思います。
元気の良い、力に溢れた人には、厳しい言葉も励みになります。
厳しい言葉で、立ち上がる力を取り戻す人もいます。
が、それだけで全てOKではありません。
「法は人を見て説け」と云います。
一人一人を良く見て、その人のペースや価値観に合わせて指導しなければならないと思います。

 苛められたら、闘うか、逃げるか。
どちらでも良いのです。
それを見たら、関わらない様にするか、止めるか。
それもどちらでも良いのです。
でも、何もしないのが一番良くありません。
陰で苛められた子を庇ってあげる、先生の力を借りる、自分に力があるなら守ってあげる。
何かを変えようと云う気持ちと行動があれば良いと思います。

 理想論は所詮は絵空事です。
現実性のある、身近な言葉こそ、人の心を打つ様に思います。

目的意識

2006 - 12/23 [Sat] - 03:14

 仕事の相談を受ける事が増えています。
社内の事、社外との折衝、仕事上の駆け引き、会社全体の方針、ありとあらゆる事が吹き出して来ます。
小さな事も、大きな事も、その場での見た目は大小あっても、重要性は同じです。
これくらいと思っていると、後で大きな問題となる事もあります。
逆に、これは大変だと思っても、後で何とでも対処出来る事だったと云う事もあります。

 大切なのは、今やっている仕事が何の為のものか、それをちゃんと見る事です。
その場その場の事に囚われ過ぎると、大きな魚を逃す事もあります。
こんな小さな事となめていると、致命的になる事もあります。

 仕事は全体の流れをしっかり見ましょう。
小さな事の積み重ねが大きな流れになりますが、大きな流れを維持する為に、小さな事を無視する事も必要な場合があります。

 何が大切か、全体の為に覚悟を決める必要がある時もあります。
落ち着いて、良く見極めましょう。
と同時に、冷静な状態を維持する事です。
舞い上がっては、煮詰まっては、人のアドバイスも聞こえず、大切な事も見えなくなります。

狭 窄

2006 - 12/22 [Fri] - 02:57

 悩み事があったり、何かに固執したり、考え込んでいたり、痛みや問題で苦しんでいる時、また強烈に被っている時、人は感覚が完全に狂います。
自分では正常なつもりでいても、視野は狭窄し、耳が聞こえ辛くなり、息も苦しくなったりします。
また同時に、思考能力の劇的な低下が起きます。
自分の考えから離れる事が出来ず、人から何かを云われても聞こえないに等しい、全く理解出来ない状態になる事があります。

 相談を受けている時、多くの人がその状態です。
そう云う時、私は敢えてショックを与えます。
その方の考え方を完全否定したり、時には怒鳴りつけたり、と精神的なショックを与えたり、発勁を用いて気の力で肉体と精神の両方に衝撃を与えたり・・・。
そうすると、一瞬にして冷静さを取り戻します。
そこから、改めてゆっくりと話をします。
固執している状態と云うのは、ある種のヒステリー状態に近いのです。
泣き叫ぶ赤ん坊を落ち着かせるのに、冷たいタオルで顔を拭いてあげるのと同じです。
そうすると、そのショックが気持ちを切り替えさせます。

 聞く耳を持たない状態、それはどんどん物事を複雑にし、悪くします。
時には致命的なミスに繋がる事があります。

 常に、フッと息を抜いて落ち着く時間を持つ事がとても大切です。
追われてはいけません。

字は心の現れ

2006 - 12/21 [Thu] - 02:11

 今日、母の友人の書家の先生の属する会の展覧会に出かけて来ました。
この方は年齢を考えると、とてもオシャレで、明るく、素敵な方です。

 東京都美術館:上野

 書壇院展:12月19日から24日

 入場料は一般 500円 、大・高・中・小学生 200円 です。

 書を見ていると、それを書いた時の心の状態、精神の状態、肉体の状態などが見えて来ます。
今回の、先生の書はとても軽やかで、心にゆとりがある様に感じられました。
御本人は、とても疲れていてお忙しい中で書かれたと仰っていましたが、スッキリとした書になっていた様に感じました。

 字は人を現します。
心の状態、性格、育ち、身体の状態などが字に現れます。
最近ではPCのワード・プロセッサで文章を書く機会が多いですが、手書きの文字の温かさは忘れない様にしたいですね。



人の心

2006 - 12/20 [Wed] - 01:54

 今日、ある魂の御供養をしました。
片方では自分の事しか考えない人もいる中で、こうして亡くなった魂の為に心を込めて祈りを捧げる人もいる。
そう思うと、私が心の洗濯をして貰った気分でした。
とても優しい気持ちになる事が出来ました。

 人を思い遣る気持ち、誰かの為に祈る気持ち、それはとても純粋で美しく感じます。
純粋な祈りは、とても力強く、また光に満ちています。

 こう云う気持ちに触れると、何だか自分まで豊かな気持ちになりますね。

ミクロとマクロ

2006 - 12/19 [Tue] - 00:49

 問題に直面する時、また何かを学ぼうとする時、集中し過ぎて全体が見えなくなって仕舞う、全体は見えるけど一点に集中して見る事が出来ないと云う人が多いと思います。
だから、幾ら勉強しても分らなくなって仕舞うとか、全体の流れは分るのに細かい事はどうしても覚えられないと云う事が起きます。

 昔から弟子達に「ものを見る時は、見る・視る・観る、の3つを使いなさい」と言って来ました。
それぞれ目線が異なり、時に俯瞰図、時に集中してミクロの目線、そして心で感じ取る。

 問題解決する時にも、全体を見る事が出来なければ、目の前の問題だけにとらわれて仕舞って、バタバタする事になります。

 常にミクロとマクロの視点を同時に持つ事が出来たら、細かい所まで詳細に分析しながら、全体の大きな流れを同時に見る事が出来ます。
まずは、そう云う事を意識する事から始めてみましょう。
段々と目線に柔軟性が出て来ます。

夜の月

2006 - 12/18 [Mon] - 02:13

 このブログは背景の空に満月が浮かんでいます。
月と云うのは、密教ではとても重要です。
護身法の観想でも用いますし、月輪観と云う瞑想でも用います。
神道では月は月読命の象徴です。
月はとても神秘的に感じます。
そして月からの波動を受け取ると、やはりとても冷たく、染み透る様なパワーを受け取ります。
霊能者が夜中になる程、霊感が高まるのは月のおかげもあるかもしれません。

 またルナティックと云う様に、月は狂気の象徴でもあります。
精神を活性化し、人間本来の姿を顕すと言います。
そう、オオカミ男が月を見て変身する様に。

 高ぶった精神は、月を見ていると鎮まって来る様に感じます。
人間には天の気と地の気、両方のバランスが大切です。
コンクリートやアスファルトの上で生活している現代人は、地面から受ける気が少なく、とてもバランスが悪くなっています。
同時に、ネオンが煌々と輝く都会に住む現代人は月を眺める機会も少なく、太陽からの気ばかりが優先されています。
否、太陽からの気さえもきちんと受けていない人が多いでしょうね。

 太陽からの活力、月からの精神の活性、この二つのバランスがあって、人は落ち着きを取り戻します。
どちらに偏ってもいけません。
が、どちらも必要です。

 時には、静かに夜の月を眺めてみるのも良いのではないですか?
きっと、心が静かに、穏やかになりますよ。

年末が近づきました

2006 - 12/17 [Sun] - 03:25

 15日から年賀状の受付が始まり、もう年末なのだと実感しますね。
まだクリスマスがありますし、華やかな時間が続きます。
皆さんはもう忘年会で忙しい時期でしょうか?
私は明日は観音様の縁日、そして月例会、その当日に忘年会、28日の不動明王の縁日、そして大晦日の年越大祓祈願、それ以外にも面接に出張に供養、日々の祈りと続きます。

 もう何十年、落ち着いた普通の正月を過していないでしょうか。
静かな大晦日など、殆ど迎えた事がありません。
いつも誰かの為に考え、祈っている年の瀬です。

 でも、それが幸せです。
肉体も精神も厳しい時もありますが、そうやって誰かの為に一生懸命になっている自分を、時には褒めてやりたいと思う事もあります。

 人は生きていると、その場面場面での大変さや時間に追われ、人の姿や心を忘れ、自分勝手な視野で考え、他人を否定したり、自分だけが大変な思いをしているとか、自分だけが正しいとか、独善的になり勝ちなものです。
それが人間の弱さでもあり、成長へのステップだと思います。

 自分が苦しい時は、自分が大変な時は、間違いなく近くにいる人も大変な思いをし、苦しんでいます。
自分だけの為ではなく、近くにいる人の為、一緒に頑張っている人の為に、頑張る事が出来たら最高ですね。
頑張る姿は美しい。
しかし、人を思い遣る姿はもっと美しい。

 年末だからこそ、改めてそう云う事に思いを馳せてみて下さい。

部下の事を知って思い遣る

2006 - 12/16 [Sat] - 01:43

 仕事上のご相談を受けていて、特に社長や役員、重役クラスの方の相談を受けていて思うのは、発展する会社の上の方にいる人は、やはり部下の仕事や精神状態をちゃんと見ているなと感じます。
その反対に、部下の仕事の大変さや手抜き、精神状態を把握していない人が上にいると、その会社は確実に駄目になります。

 それぞれ人には役割があります。
自分のする仕事、部下のする仕事、それぞれ専門が違うでしょうし、扱っている分野も違う場合が多いと思います。
会長、社長、副社長、常務、部長、課長・・・と云う役職だけではなく、営業、経理、事務、総務、企画・・・・・と、一つの会社には多くの仕事の分野があります。
それぞれに大変であり、重要であり、責任があります。
その責任を全うする為にかける時間と、精神的なプレッシャーは、多大でしょう。
だからこそ、人によっては手を抜き、また限界を越えて頑張り、その精神状態もそれぞれでしょう。

 適材適所、人は相応しい場所に配してこそ力を発揮します。
そして、必要な人材は惜しみなく登用する。
これが会社を成功させる基本です。
何故なら、その役割を持つ人間が一人しかいないと、その人に何かあった時、病気や事故や出張の時、代りがいないのですから、仕事は止まります。
それは時として致命的となるでしょう。
そうして潰れた会社は幾らでもあります。

 人は財産。
上に立つ者は、下の者を良く知り、把握しましょう。
自分の専門外である分野であれば、尚更、下の意見を吸い上げ、仕事し易い環境作りと人材登用をしてあげましょう。
それが、会社の仕事を円滑にし、次の大きな利益を生む事に繋がります。

エネルギー

2006 - 12/15 [Fri] - 02:41

 人は、心の中に強く光るエネルギーを誰でも持っています。
それが引き出される時、火事場の馬鹿力ならぬ、信じられないほどのパワーを発揮するものです。
そのスイッチは、愛情であったり、怒りであったり、身を守る為であったり、悲しみであったり、人それぞれだと思います。

 曾て、私は怒りのエネルギーに突き動かされていました。
何がとは言えませんが、色々な対象に向かって怒りを覚え、それをエネルギーとして生きていた様に思います。
政治、経済、世の中の不条理、悪い奴、理不尽、怒りの対象は無限にありました。

 また、誰かを愛する時、その人の為なら命も惜しまない気持ち。
それ位、心の底から、魂の底から、人を愛する事が出来たら最高ですね。

 修行をしている時、死を意識する事は何度もありました。
その時、頭では諦めの境地であったと思います。
「あぁ、もう死ぬな、これは」と。
しかし、魂では生き抜こうとしていたのでしょう。
自分でも信じられぬ力が湧き上り、また先祖や守護霊、守護神の力添えもあって、こうして生きています。

 自分の中に眠る、自分でも意識していないパワー、それに気付き、引き出すには、チャンスと出会いが必要です。
その為の訓練として、密教や武道はあります。
自分の限界を超える。
それは、眠っているパワーを引き出す事です。
もう無理。
そう思ったら、誰かに思い切り叱って貰いましょう。
一つ一つのそうしたチャレンジが、眠っているパワーを引き出します。

頭と心

2006 - 12/14 [Thu] - 03:21

 「霊能者の見つけた良いもの」にも書きましたが、豊臣秀吉の出世物語が終りました。
新しい解釈もあり、講談的な小気味良さもあり、面白い時代劇でした。

 クライマックス近く、明智光秀が織田信長に謀反し、本能寺で討つ場面があります。
それは成功し、その後、彼は天下を取れる筈が、誰も彼に従わず、賛同しませんでした。
その姿は、後の石田三成を思い起こさせました。

 二人共、頭脳明晰、清廉潔白。
有能であり、勇猛果敢であり、武士としては申し分のない人物です。
が、如何せん頭で考え過ぎ、自分のみならず他をも理論・理屈で縛り、堅物で面白みのない人物です。

 結局、二人共、豊臣秀吉、また徳川家康に敗れ、惨めな最後を遂げます。
彼等は思ったでしょう。
「正しい事をしているのに、何故に人は集わない?従わない?」と。

 何も間違いない。
全て正しい。
理屈ではそうであっても、人は従いません。
そこに集いません。
小泉元首相がやった事、それは果たして理論的に考えて正しいのか?
そう考えた時、正しいかどうかは兎も角、彼の持つ夢と情熱が国民を突き動かしたと思えます。

 人は理論・理屈だけでは動きません。
熱い情熱と、夢があってこそ、突き動かされます。
そうして、人は時代を越えて来ました。

 そこに熱い心があってこそ、夢があってこその人生です。
人生とは、幸せになる為に、夢を叶える為に、努力し、突き進むものです。
こうあらねばならない、これが正しいと、何でもかんでも縛っていては、息が詰まり、情熱も消え去ります。
正しいか間違いかは、後の世が決めてくれるでしょう。
熱い思いを持ちましょう。
夢を持ちましょう。
考えるより、突き進みましょう。
それでこそ、人生の醍醐味はあると思います。

大切な事を思い出す時

2006 - 12/12 [Tue] - 02:28

 今日、家族揃って食事をしていて、段々と心も身体も癒されて行くのを感じました。
ゆったりとした時間、美味しい料理、視野の中を静かに適度に動き回るウェイター達、それぞれの時間と空間を楽しむお客様達。
時間がゆっくりと過ぎて行き、懐かしい味と雰囲気に浸り、とても豊かな気持ちになる事が出来ました。
こう云う時間を持つ事の大切さを、改めて感じた様に思います。
とても贅沢な時間でした。

 普段は意識していない自分の年齢を考え、今迄の人生を振り返る、貴重な時だった様に思います。
夢中で突っ走って来た人生の様に思えますが、こうした時間を持つ事で、明日への活力と決意を新たにしました。

 とても、とても有り難いと感じた一日です。

御手配

2006 - 12/11 [Mon] - 03:28

 突然、妻のPCを新しく購入する事になりました。
すぐに私はネットであちこちを見て探し始めました。
すると、Windowsと云うのは、本当に作っているメーカーが多く、スペックも色々、あまりにも選択肢が多い事に驚きました。
Macintoshは、その点では簡単。
使う必然性とシチュエーションさえ決まれば、自ずと買うべきモデルも決まります。
さぁ、困った。
と云う事で、取り敢ず、新宿に出かけてヨドバシ・カメラとビック・カメラで市場調査。

 今日は日曜日で、物凄い人でごったがえしていました。
で、大被り。
久々に死ぬ思いををしました。(苦笑)
やっと回復して来ましたが、いやぁ~、今日は辛かったです。

 ビック・カメラで見ていると、週末特価とかで中々のモデルがかなりの安価で売っていました。
スペックを見、彼女の使う必然性やシチュエーションなどを考えていると、段々と決まって来ました。
で、その場で購入。
帰って来てから、慣れないWindowsを苦労しながら設定し、今は快適に動いています。
まだ全ての設定が終った訳ではありませんが、取り敢ずは使える様になりました。

 必要な時には目の前にちゃんと相応しいものが現れてくれる。
これは私が過去に何度も経験した事です。
神佛の御手配と云うのでしょうか。
そうやって秘伝書や色々なものを手に入れて来ました。
真の意味での物品引き寄せとはそう云うものだと思います。
無理矢理に法を使って手に入れるのは、後で必ず別の形での損失があります。
自然に、まるで用意されたかの様に目の前に現れる。
それが本当の物品引き寄せで、神佛の御手配です。
有り難い事です。

霊能者の感覚

2006 - 12/10 [Sun] - 02:23

 最近、霊能者ばかりが集って来ると書いた事がありますが、本当に見まわせば、相談者の中に霊感や霊能力のある人の比率がとても多くなっています。
オカルト・マニアではなく、本当に感じる人達ですから、それなりに皆さん苦労して生きて来た人ばかりです。
人と違う事に悩み、人から拒否され、また自分でも人を拒否し、そうやってギャップの中で苦しんで来た、居場所のなかった方が多い様に思います。
そうして、それぞれの保身術を持って、社会の中で息を潜めて生きて来たのでしょう。
私も曾てはそうだった様に思います。

 が、私の所へ来ると、安心して自分を解放出来るのかもしれません。
自分の居場所が出来たと居心地良くしていてくれたら嬉しいですね。
ですから、新しく霊感のある人が来て、「私は被って辛い」とか「幽霊が見えます」と言っても、「だから?」「それで?」と返されて仕舞うのが笑えます。
だって、皆そんな事は経験している事で、その先を行っているのですから。

 霊感がある事や霊能力がある事は、特別な事でも何でもありません。
人間であれば、本来は誰でも持っているのですから。
ただ、精神的なものや環境的なもの、遺伝的なものから、それが顕現しているに過ぎないのです。
普通の人は、教育や常識と云う枠の中で、そう云う感覚を抑制し、眠らせて仕舞うのです。
霊能者は、頑固と云うか(笑)、自分の世界をしっかりと持っているので、消えなかっただけの事です。
偉い訳でも、選ばれた人でも、特異な人でもありません。
ただの人間です。
ちょっと、原始人に近い、動物に近い感覚を持っているだけの、大人と子供が同居した人間なのです。

 霊的な事を特別に思うのは止めましょう。
不思議でも何でもないのですから。

賛否両論

2006 - 12/09 [Sat] - 02:00

 ニュースを見ていても、色々な方の相談に乗っていても、いつも思うのですが、人が何かをしたり考えたり、意見を述べたりすると、必ず賛否両論あり、色々な意見を言う人がいます。
簡単に賛成してくれる人、真っ向から反対する人、賛同しながらも問題点を指摘する人、等々。
そして、それぞれの立場を良く見ると、真剣に考えて言う人、適当に付和雷同で言う人、反対の為の反対をする人、他人事だからと勝手な意見を言う人、一緒に何とかしようと思って意見を言ってくれる人、と本当に色々な人がいます。

 日本の古来の文化では、世間体や人の目と云うものはとても重視されて来ました。
和と云うものを重んじる日本の文化は、常に他人との関わりの中で、如何にそこに溶け込んで平和に暮す事が出来るかと云う点を重要視して来たからです。
時に、人と違う事をすると変人扱いされたり、村八分にされて仕舞う事さえありました。
その意識が、日本人を内向的な国民にして来たとも言えるかもしれないですね。

 が、人は織田信長の様な特異な人物、誰もやらない事をやった人を英雄視します。
賛否両論あるにしても、小泉純一郎元首相を評価する人は、やはり多いでしょう。

 人の意見や世間体、目と云うものは、社会で生きる上で欠かせないものであると思います。
が、それに縛られて仕舞う事で、自分らしさを失い、萎縮して仕舞うなら、それは百害あって一利なしと云う事になるのではないでしょうか。
自分らしさ、良い意味での我が侭と世間体や他人からの評価や目、これらのバランスをどうとって行くか、それが大切だと思います。

 世間などどうでも良い。
世間体があるから、自分を抑制する。
そのどちらも、一方に偏って仕舞っては、バランスが悪過ぎるでしょうね。

 自分を信じ、適度にバランスをとって、自分らしく生きるのが、楽しい人生を送るコツかもしれません。

まだ早いですが

2006 - 12/08 [Fri] - 01:15

 年末が近づいて来ています。
まだクリスマスもありますが、忘年会も始まる様で、もう年末なのだと実感します。
そろそろ年賀状の準備も始めないといけないですね。

 思えば今年は、誰しもが準備の年だった様に思います。
転職、開業、結婚、等々と新しく事を始める、或いは急に動き出したと云う御相談が多かった様に思います。
年頭に「今年は仕事の年」と言った覚えがありますが、まさにその通りでした。
私もAdept・Mentor として、霊能者として、とても忙しく仕事をして来ました。

 そして、来年はやはり活躍の時になるのだろうと感じています。
正式には、大晦日に行う年越大祓祈願で御霊示を神佛より戴かないと解りませんが、来年は今年の準備が花開く年だと思っています。

 その為にも、年内に出来るだけ前へ進み、準備を終らせておきたいものですね。
身心共に、来年に向けて、足並みが狂わない様に、冷静な目でジャッジして、正しい選択をして戴きたいと思います。
覚悟するべき事はして、見極めるべき事はしっかり見極め、決めるべき事は決めておきましょう。

 さぁ、もう一踏ん張りです。

表裏一体

2006 - 12/07 [Thu] - 01:36

 生きていると良い事と悪い事は必ずありますね。
でも、落ち着いて考えてみると、良い事と悪い事は交互に来たり、同時に来たりしています。
良く吉凶は表裏一体と言います。

 苦しい思いをしたからこそ、人は心を学びます。
そして、人の冷たさと温かさを同時に知ります。
そのどちらを優先的に受け止めるか、それが大切です。

 社会は厳しいと言います。
その通りです。
でも、見方を変えると社会ほど甘い所もありません。
生き方を限定したら、生きる術は限られ、社会はとても厳しいものとなります。
が、幾つになっても、どんな生き方をしても、やり直しは幾らでも出来ます。

 柔軟な意識を持ちましょう。
いつも良い事と悪い事、吉凶は、表裏一体です。
ならば、良い事に目を向けて、頑なにならず、楽に生きましょう。
何よりも、明るく、開放的で、素直で、ポジティブである事が、一番の開運法です。

終りは始まり

2006 - 12/06 [Wed] - 02:04

 生きていると、必ず始まりと終りがあります。
生れる事は、あの世で死ぬ事であり、この世で死ぬと云う事はあの世で生れると云う事。
卒業は入学・入社であり、結婚は独身の終りであり夫婦生活の始まりです。

 一つが終ると云う事は、そこから始まると云う事です。
終ったからと安心したら、次があります。
始まったからと緊張しても、いずれは終ります。

 始まりも終りも、一つの区切りでしかありません。
一喜一憂して平常心を失わない事が一番大切です。
私の本尊である、五大力尊(不動明王、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王)は、常に不動心を私に求めます。
静かで、穏やかで、内面に剛さを持つ心。
柔軟で、尚且つ揺れ動かない安定した心。

 常々、そう云う心を持っていたいものですね。

自分の未来

2006 - 12/05 [Tue] - 01:27

 この仕事をしていると、運の良くなる人と悪くなる人の違いが良く見えます。

 運の良くなる人は、基本的に素直。
そして、何よりもポジティブで開放的。
常に何かに対して興味を持っている。

 逆に、運の悪くなる人は、頑固と云うよりも何かに固執する。
内向的と云うか、ネガティブで、何事にも否定的。
閉鎖的で、他人や自分と異なる価値観を否定し、排除する。
一つの事に固執し、興味の範囲が狭い。

 運の良くなる人は、始まると急激に鯉の滝登りの様に運が上がります。
逆に運の悪くなる人は、雪だるまの様に、見る間に転げ落ちて行く感があります。
どちらも時期と云うものがある様で、その時期が来るまでは一間、平穏です。
が、事が始まると、どちらも急激である様に思います。

 何れにしろ、人は様々な転機や機会に変化し、運が上がったり下ったりしています。
それが、底上げになると良いのです。
運が下ったとしても、この程度と言える様に。

 閉鎖的、否定的、ネガティブは、開運の一番の大敵です。
いつもポジティブに、明るく、開放的に、そして何にでも興味を持って、素晴しいと思う人の言葉には素直に従いましょう。

物にも意思がある

2006 - 12/04 [Mon] - 02:08

 仏教のお話になりますが、「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしうぶっしょう)」と云う言葉があります。
人は誰でも仏になる種を持っている。
だから仏を目指せば、仏に誰でも成れるのだと云う教えです。
これは天台宗開祖の最澄の言葉ですが、これを私流に云うならば、「全ての物に仏の心が宿っている。即ち、全ての物が仏の意思であり、生きている」と言えます。

 物と云えども、原子が集って出来た物質であり、それは人間と同じです。
有機物であるか無機物であるかの違いはあっても、同じ様に原子が集って形を成しています。
そして、物には物の意思があり、その形であろうと云う意思があるから、その形を保っています。
もし、その形であろうとする事を止めたら、その物は分解して仕舞います。
よく、使われていない家は荒れるとか、放ったらかしの車が壊れると云うのと同じです。
例え手入れなどしなくても、使ってさえいれば、物はずっとその形を保ちます。
物理的な雨風や埃などの影響があるにしても、物が物である事を止める時、それは使われていない、人から無視され続けた結果である事は間違いありません。

 家や車は、良く話しかけてくれます。
持主の性格や使い方など、聞いてみると面白いほどに教えてくれます。
だから、中古の家や車は、最初は前の所有者の癖がついていて、それが消えるまでに暫くかかって仕舞うのです。
霊能者である私の様に具体的には解らなくても、そうやって普通の人でも解る様にメッセージを送ってくれるのです。

 物を大切にすると云う事は、それを作った人、そしてその原材料、つまり地球そのもの、宇宙そのものに対する感謝であり、コミュニケーションです。
たかが物、されど物です。
ちゃんと会話して、慈しんで使ってあげて下さい。
きっと、その物は心に応えてくれます。
私の車も、古い車ですが、運転する時に思いを込めていると、ちゃんと故障もなく走ってくれています。
調子が悪くなる時は、ちゃんと教えてくれます。

 人も物も、心を込めて、素直に向き合って付き合えると、最高のパートナーとなると思います。
あれこれ、勝手に考えたテクニックや小賢しい事は、却ってその心を否定する事になるかもしれませんね。

熱き男達の姿

2006 - 12/03 [Sun] - 03:40

 今日、TVでKー1の放映がありました。
格闘技が好きな方はご覧になったかもしれません。
4回も世界チャンピオンをとったアーネスト・ホースト選手が今回で引退すると云う事で、解説者や会場の盛り上がりは異常な程でした。

 また3回世界チャンピオンを取ったピーター・アーツの気迫は、凄まじいものでした。
結局、現世界チャンピオンであるセーム・シュルトに判定で苦杯を飲みましたが、その試合内容は感動を呼ぶものでした。

 他の試合も見ていて圧巻であり、瞬きするのを惜しんで見て仕舞いました。
これはプロの試合であり、本来の武道と云う姿からはかけ離れて仕舞っています。
その演出は派手であり違和感を感じる方も居られると思いますし、批判する方も沢山います。

 が、私はそれで良いと思っています。
Kー1は格闘技と云うスポーツであり、武道ではありません。
リングに思いをかけた男達が闘い、観客に夢を与えていると思えば、立派なスポーツです。
今日の試合を見ていて、彼等の熱い思いが伝わって来ました。

 それぞれの夢をリングに託し、人生の全てをかけて闘う姿は美しくさえありました。
勝ち負けは結果論ですが、勝つと云う事と負けると云う事の大きな差を見る事も出来ました。
久々に、見ていて気持ちの熱くなるものに出会った気分です。

自然の力

2006 - 12/02 [Sat] - 02:08

 今日、少し時間が空いたので、やっと紅葉を見に出かけました。
と云っても行った先は新宿御苑。
丁度、見頃でした。
都心にある公園ですが、あの広大さは驚くべきものがあります。

 紅葉も綺麗でしたが、やはり人工的に作られたとは云え、自然の力は凄いなと思いました。
仕事仕事でどこか詰まっていた心や身体が、段々と解放されて行くのが分りました。
木が生きている、自然も生きていると実感出来ました。

 そう云えば、昔、疲れた時に代々木公園に晴れた日に出かけ、芝生に横になって昼寝をしていた覚えがあります。
そうすると、パワーが充電されて元気になったものです。

 人は天の気と地の気によって生きています。
そのバランスが崩れると、体調も精神状態も調子を崩します。
時には土に触れ、自然に触れ、解放される事が必要なのだと、改めて実感しました。

旅立ちの時

2006 - 12/01 [Fri] - 03:31

 人は、大きな旅、小さな旅を繰り返して生きています。
生れる、育って公園デビュー、幼稚園、小学校、中学、高校、大学、社会人、転勤、転職、引っ越し、結婚、出産、そして死・・・。
人それぞれ、色々な旅があると思います。
遠く長い道程を長い時間をかけて、ゆっくりと、時には回り道をしながら歩いて行きます。

 大切な時、気付きの時、人は新たな旅へと歩み出します。
それは、その人の新しい未来への道です。
結婚?
それとも転職?
あるいは転勤?
貴方にとっての旅立ちは何でしょうか?
今、どんな旅をしているでしょうか?

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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