感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

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月例会

2006 - 02/27 [Mon] - 02:55

 今日は月例会でした。
最初に護身法、次にインターバルでフリートーク、そして語録の題から勉強会を行いました。

 ここの所、月例会がメンバーが増え、またそのメンバーもバラエティー豊かになり、とても良い感じで盛り上がって来ている気がします。
正直、疲れますが、とても楽しい時間になって来たと思います。

 昔、やはり月例会が盛り上がった時がありました。
もう10年以上前でしょうか。
それが何となく落ち着き、セミナーの様になり、そしてまたここに来て盛り上がりをみせています。
第一世代、第二世代と云う感があります。

 第一世代は現在45~6才位でしょうか。
そして第2世代は35~6才位が中心となって、20代や40代の人も参加しています。

 それぞれ仕事も違えば、育った環境も違えば、ライフスタイルも違う。
その中で、皆、もっと幸せになろう、もっと大きくなろうと意識している事がこう云う盛り上がりになっているのだろうと思います。
そこに共通しているのは、「人生は楽しくなければならない」と云う事だと思います。
護身法は密教の修行です。
勉強会は学びの場です。
そこには厳しい空気があるかもしれません。
でも、それだけでは絶対に身につかないし、疲れるだけです。
何よりも楽しくあってこその学びであり、修行です。
それを私はいつも意識して、楽しく話し、笑い、そんな中から学んで欲しいと思っています。

 心の話、身体の話、生き方、見方、そして密教や武道、たまにはお化け話や妖怪や霊の話、そこには冗談もあれば、深い話もあれば、真剣に見つめなければならない話もあります。
その何でもありの月例会をこれからも続けたいと思っています。
いや~面白い。
でも、疲れた。(笑)

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2006 - 02/25 [Sat] - 01:42

 人は縁で結ばれている。
縁があって出会い、また縁が切れて、新しい縁が出来て行く。
縁と云うものはとても不思議なものだ。
その時、その時、必要な縁が誰にでも必ず繋がる。
縁のない人などはいない。
良く相談されるのだが、「自分に結婚の縁はあるのでしょうか?」とか「どんな仕事に縁があるのでしょうか?」等々。
いつも思うのだが、その人の縁は自分で招いたり、呼んだり、或いは拒否したりしている。
結婚の縁が薄い人がいる。
それは、自分自身の心の中や、ライフスタイルがそう云う縁を遠ざける様にしている場合が殆ど。
どんな縁であってもそうだ。

 また、今日まで縁があったものが、明日には切れると云う事がある。
それも追いかけてはならないと思う。
縁は大切にしなければならない。
愚かさから縁が切れて仕舞うのは、勿体ないと思う。
が、自分が間違いを犯してないと云う確信があるなら、その縁が切れるのは必然である。
私と出会うと、人間関係が変ると云う人が多い。
今までの悪い縁が切れて行き、新しい縁へと結び付いて行くからだ。
無理をする必要はない。
何となくその縁を続けようと云う気がなくなり、相手にもなくなって来る。
結果、自然と縁が切れて行く。

 縁とは異なものである。
その時々の縁が未来を暗示しているし、その時々のその人のライフスタイルや考えを表している。
繋がる縁、切れる縁、だから面白い。

流れ

2006 - 02/24 [Fri] - 01:51

 今年は仕事の年であり、そこを充実させればプライベートも充実すると年頭に云った覚えがあるが、やはり色々な流れが私自身を含め、相談者にも始まっている様だ。

 生きると云う事は大変な事であり、時には我慢したり、耐えたりしなければならない事もあるだろうと思う。
が、一つの流れと云うものがあり、その流れにしたがって行く事はとても大切だ。
人に流されたり、雰囲気に流されたりしてはいけない。
が、自分の意思やポジションと云うものを意識して、自然と出来て来た流れには逆らってはいけない。

 人生は楽しくする為にある。
仕事も同じである。
だから、悪い流れと感じたら、そこから撤退して新しい流れを作る方が良いと思う。
時と共に色々なものが変化している。
その変化について行かず、一ヶ所で固執していたら人は変れないし、取り残されて行く。

 楽しく生き、楽しく仕事する為に、自分で最も正しく、心地良いと思える流れを作り、それに乗って行きたいものだと思う。

伝統と革新

2006 - 02/17 [Fri] - 02:57

 最近、皇室の話題が良くマスコミや新聞紙面で取り上げられている。

 紀子様が御懐妊であると云う事で、とても喜ばしい事である。
と同時に雅子様を中心とした話題が取り沙汰されている。
そこから発展して継承問題も起こり、私の目には開かれた皇室と云う天皇の御配慮が間違った方向へ進み、まるで玩具にされているかの様な印象を受ける。

 物事は時代を追う毎に変化する。
文明、文化、政治、技術、思想・・・・・。
そして、新しいものが生れ定着して行くと同時に古いものが淘汰され消えて行く。
が、新しいものが全て良いものだとは云えないだろうと思う。
また古いものが全て悪いものであるとも、良いものであるとも云えないと思う。
残すべき伝統もあり、時代と共に移り変わるべきものもあるだろう。
全て新しくすれば良いと云うものではない。
伝統と革新は常にせめぎ合いをする。

 残すべき伝統には、それなりの訳がある。
長い歴史の中で培われて来たもの、それは一つの柱の様なものだと思う。
その柱を失った時、人は必ず迷いに入る。

 革新は、時として大きな力を発揮する。
そして人に希望を与える事がある。
しかし、時として革新的思想は、伝統の持つ深みを知らず、或いは無視した、表面的な視野で捉えた結果の暴走でしかない時もある。
また、単なる我が侭である事もある。

 変化は緩やかに、時間をかけて進むべきである。
急激な変化は、必ず破綻をもたらす。

 皇室と云う特殊な存在は、日本にとってかけがえのないものであり、日本の思想的・政治的な柱である。
慎重の上にも慎重に、時間をかけて議論し、残すべきものは残して行って貰いたいと思う。

破天荒

2006 - 02/14 [Tue] - 02:30

 ここの所、色々と思う事があって何となくスッキリしないでいたのだが、今日、突然に降って来た様に解った。
こう云う事が私は多い。
どこかでリラックスして喫茶店で珈琲を飲んでいて、突然「あ、そうか・・・」と云う事。
また「うん? そうか、そうか、こうすれば良いんだ・・・」と云う様に、何となく心に引っかかっていたりする事が結論が出たり、糸口が見えたり、新しいアイデアが湧いて来たり・・・。

 昔から、弟子や相談者達に云っている事だが、問題を解決しなければならない時、新しいアイデアが必要となる時、そしてそれがすぐに解決出来ない場合、ただ心に浮かべておけば良い、そうするとあちこちにヒントが目の前にある事に気づく事が良くある。
必死になって考えても、眉間に皺を寄せても、却って視野が狭くなって仕舞っていて、やればやる程、柔軟性を失って仕舞っているから、何も浮かんで来ないものだ。
だから、浮かべる。
そして眺めておく。
するとある時、天啓が下る。
答えが降って来る。

 さて、スッキリしないでいた事の原因、降って来た答えは、どこを向いてもスケールの大きな人が減った、勢いのある人間が減ったと云う事だった。
自分も含めてだが、何かの為にこれをすると常に意識して仕舞っていて、何をするにも常にリスクを意識し過ぎていて、失敗のない様に、間違いのない様に、と常に思っていて思い切った思考や行動を自ら制限して仕舞っている。
社会全体の流れなのか、そう云う無茶と云うか、破天荒な人間はどんどん排除されて行き、表舞台から消えて行っている気がする。
勿論、ひっそりとそう云う人はいると思うが、今回のライブドアショックでも感じる事だが、彼のやった事の善し悪しは別として、彼の破天荒さは社会へ一つのインパクトを与えた事は確かであり、またそれが魅力でもあった。

 昔、極真空手の道場や試合会場で師範達を目にした時の言い表し難い程の迫力と恐さ。
とてつもなく大きなオーラに近づく事すら出来なかった。
今の極真ではそう云う人は皆無に近い気がする。
皆、紳士であり、穏やかであり、優しい。
それが良いか悪いかは別としても、迫力の無さ、オーラの無さは如何ともし難く、何か寂しさを感じざるを得ない。

 曾て私が支持した先生方、私の実父や解剖学の教授、病理学の教授、そして私を息子の様に可愛がってくれた日本医大の元理事長先生。
人としては大変に問題ありだった方々である。(笑)
が、医師としては一生かかっても近づく事さえ叶わない高みにいる先生方。
深く、大きく、その凄さを私に見せてくれていた。

 政界に於ても、何度かお会いさせて戴いた事があるが、田中角栄先生が私はとても好きだった。
善し悪し、賛否両論はある方だが、あの方の持つ勢いと、それに対するかの様な細かい気遣い。
飴とムチの使い方が絶妙だったと云う人がいるが、それもあの方の懐の深さなのだろうと思う。
そう思うと、今の政界は・・・。
クリーンになろうとするのは結構だが、それがスケールの小ささと同じとは思いたくないのだが。

 月例会に参加してくれている人達の中に、数名だが破天荒と云うか、変わり者と云うか、そう云う人達が来てくれている。
深い知識と、強い意思を持ちながら、自らの持つもの故に一般社会では浮いて仕舞い、それでも自分らしく生きようと苦しんでいる。
彼等がもっと自分らしさを確立して行く事で、破天荒な人間に育って行くかもしれない。
これからを楽しみにしている。

 私もかなり破天荒だったと思うが、少しだけ昔に戻ってみようかと思っている。
少しじゃないと、相談者や弟子がついて来れなくなって仕舞うから。(笑)
私が学んで来た、修行して来た、密教や秘儀は、ダイナミックであり、破天荒と云っても良いものだ。
だからこそ、楽しく、深い。

天知る、地知る

2006 - 02/11 [Sat] - 02:32

 今日来た相談者もそうだが、相談者の中には外と内の態度や意識が余りにも違う人が多い。
外ではとても大人しく、家に帰ると我が侭で、とても気の強い人に変る。
所謂、内弁慶と云う奴。
また、外では良い人で、家では人の悪口ばかり云っている人。
外では凄く勤勉で真面目なのに、家に帰ると何もしないだけではなくだらしない人。
等々と、外と内で違う顔と云うよりも、別人格になって仕舞う人が多い。

 表面を幾ら着飾っても、いつかボロは必ず出るものだと思う。
自分の都合の良い状態や環境の中ではメッキも剥がれず、ボロも出ないだろうが、何かが狂うとそのメッキが剥がれてボロが出て来るものだ。
私は能力者だから一目でその人の性根が見えて仕舞うし、幾ら隠してもその人の本音や素の姿が見えて仕舞う。
世の中には人を見る目を持っている人は、能力者でなくても沢山いる。
また、誰にもばれなくても、「天知る、地知る」。
神仏は勿論だが、誰よりも自分自身が良く知っている。
自分の隠している性格や生活態度が人にばれないか、いつも神経を使わなければいけない。
だから、そう云う人は何かの小さな事で過剰反応して仕舞う。
自分の立場を崩さない為だろうが、その瞬間にその人のメッキが剥がれ、本当の姿が見えて仕舞う。

 昔から云っている事だが、人は一つの顔で良いと思う。
と云うか、一つの人格で良いと思う。
TPOと云うものがあるし、場面場面で顔は違って仕舞うかもしれないが、人格まで、態度まで変えて仕舞うのは、心に無理を強いる事であるし、バランスを崩して仕舞うのではないだろうか。
例えば私は島津成晃と云う一人の人間であり、能力者と云う面も空手家と云う面もあり、宗教家と云う面もあり、そして夫であり息子でもあり、その場その場で色々な側面を持っているが、私は私であり、どこにいてもどんな場面にいても島津成晃でしかない。
それで良いのだと思うし、一番楽である。

 自分自身の中に混乱を招かない為にも、いつも「天知る、地知る」を意識して、自分を最低限律して、いつでもスイッチオンになれる状態に保っていたいものだと思う。

呼ばれる

2006 - 02/10 [Fri] - 02:01

 今日の午前中、突然愛車に呼ばれた感覚がしてガレージへ足を運んだ。
何だかんだと忙しくしていて運転していないでの、手入れをしてやっていないのが気になっていたのか、愛車が本当に呼んだのか分らないが、少し洗ってやって、エンジンをかけてやると何だかホッとする感覚があった。
忘れている訳ではないのだが、忙しさについ放っておいて仕舞った事は反省である。

 こう云う事は人生において良くある事だろうと思う。
つい忙しくて・・・と、大切なものや人をないがしろにして仕舞っている事、それが後で大きな問題へと発展する事がある。
良くある相談で、夫婦仲や親子関係で、会話不足やすれ違いと云う事が原因で、それが長年にわたってそのままにして来た事からズレが大きくなって上手く行かなくなると云う事が多い。
道具でも同じで、使ってやらなければ、手入れしてやらなければ、段々と錆びたり劣化したりして仕舞う事がある。

 心の中に大切にしている事を忘れない様にしたいものだと思う。
つい、と云う事が後で大きな問題に発展する事が沢山あると思う。
心を豊かにしておく為にも、忘れない様にしよう。

自覚

2006 - 02/09 [Thu] - 01:56

 今日、起業しようとしている彼から連絡があった。
どうやら現実的にスタートと云う形になる様だ。
これからリアリティーを持たせて行かねばならないが、まず問題なくゴーであろう。

 彼と数日前に話したのだが、現場でいたせいか、自分の持つネームバリューや商品価値と云うものを自覚していなかった。
彼はその世界でのパイオニアであり、彼の仕事によってその世界がガラリと変った。
その頃、私は彼に徹底して取材を受けろと云っていた。
彼の名前を仕事に残させたかったのと、次へのステップ、つまり今日を予想していたからだ。
忙し過ぎて死にます、なんて悲鳴を上げていたが、もっともっとと煽っていた。(笑)
それを彼は耐えて頑張り抜いた結果が今日の起業の話に結び付いたのだと思う。

 が、その頑張りの中で自分のやって来た仕事の本当の意味やスケールと云うものを自覚出来ていなかった様だ。
彼がやった仕事は、彼の属した企業の利益だけでも30億余りを生み出し、そこから他企業への影響、つまり経済効果の波及を考えるととてつもない金額になるだろう。
ま、謙遜ではないが、そう云う所が彼の魅力でもあるのだが、自分の持つ力や影響力、商品価値やネームバリューと云うものを出来るだけ正確に知る事は、次へのステップとしてとても重要な事だと思う。

 空手においても、自分がどれだけの力を持ち、自分がやって見せる事や云う事が他の空手家にどれだけの影響を与えるのかと云う事は意識しておかないといけない。
同じ事だと思う。
そんな話を以前、世界チャンピオンとなったO師範や、N師範と話した事を思い出す。

 自分の持つものを正確に知る事、密教で云えば修行の段階を知っておく事は、次へ進む為に絶対に必要な事だ。
自己検証、常に忘れない様にしたいものだと思う。

いたわり(彌叡の独り言)

2006 - 02/07 [Tue] - 02:41

 人をいたわると云う思いを勘違いしている人が居る様に思います。
やたらに優しくする事がいたわりではありません。

年を取っているから何もさせないと云うのも、一見優しく見えて、その実老人の衰えに手を貸している様なものです。
適度に考える日常も与え、自分で出来る範囲の事は目配りしながらさせる事が血流も良くし、脳の退化も遅らせるでしょう。
この目配りがいたわりの心です。

同じく、子供にきちんと節度を教える事も親の本当の慈愛だと思いませんか?

仏様(彌叡の独り言)

2006 - 02/05 [Sun] - 13:13

 その昔、生きて人の為に尽くされた方々が今、仏像になって私達の目の前にあります。
釈迦であり、明王であり、観音その他です。

 若い頃、誠に不遜ながら仏様は朝手を合わせるだけの存在で、その怖さ、優しさ、貴さを知らなかった。
何人か私達と御縁のある方が、お家でそれぞれに仏像を祀り、敬虔に拝んで居られるのを拝見し、その日常が驚く程ぐんとアップするのを見ると、やはりその威力を実感する。
御釈迦様の仏舎利と云い、並々ならぬ人達の並々ならぬ御力と慈愛に身の竦む想いがする。
みんな、幸せになって欲しい。

変化

2006 - 02/04 [Sat] - 02:53

 今日、起業しようとしている人物から電話があった。
相談したある会社の社長からのアドバイスが余りにもスケールが小さく、それなりに説得力もあった様で迷いが出て仕舞った様だった。
その社長は小さい工場から叩き上げて成功した人の様で、それなりに理屈は通っていたのだろう。
が、起業しようとしている彼の考えているスケールはもっと大きなものであり、また世界に名を轟かせている大企業から出資の話も来ている。
元々は、その出資話から起こった起業話であり、そこから流れが始まっている。
相手が大き過ぎるが故に、不安もあれば、怖さもある。
だからこそ、自分の理想をしっかりと掲げて正面からぶつけ、自分の身の丈に合ったスケールでスタートするべきだとアドバイスしたのが最初。
そして、懇意にしている社長に相談した所が、確実性はあるにしても余りにもスケールの小さい話で戸惑って仕舞ったと云う事だ。

 その男は既にネームバリューとして高い商品価値を持っている。
彼が会社を興すのに、スタッフも持たない、事務所も持たない様な、単なるフリーランスの様なスタートを始めたら、それこそ物笑いになって仕舞うだろう。
その世界を変えたパイオニアがスタートするには、それに相応しいスケールと云うものがある。
それを大企業がバックアップしてくれると云うなら、そこからスタートするべきだと思う。
極端な話、最初はその企業の完全な傘下からスタートしても良いだろう。
そこで実績をあげ、既に高い自分のネームバリューをもっと高く上げ、本当の意味での独立はそれからでも遅くない。
何れにしろ、自分の身の丈を考え、大き過ぎず小さ過ぎず、自分らしいスタートを切るべきだ。
後は、野となれ山となれ、全精力をかたむけて頑張るしかない。
それが起業と云うものだ。

 人が変化しようとする時、前へ進もうとする時、必ず何処からか横槍が入り、邪魔が入る。
修行と同じである。
ステップアップする過程で、迷いも生じ、迷いを生じさせようとするものが出現し、隠れていた欠点や心の隙が表面化する。
そこを乗り越えた時、本当の意味でスタートし、ステップアップする。
慎重である事は大切だが、萎縮して仕舞っては何も始まらない。
細心の注意を払いながらも大胆である事、火の様な激しさを持ちながらも限りない静けさを持つ事が勝負に勝つ秘訣である。
そう、風林火山である。

親(彌叡の独り言)

2006 - 02/03 [Fri] - 17:58

 子供を見ると親が解ります。
昔から云い伝えられている言葉ですが、沢山の人にお会いするようになって実感致しております。

 3歳の時、5歳の時、そして12歳位の時、15歳の時、どう云う訳かこの年齢の時が最も子供の遊び方、親子の会話、食事の仕方に家庭がはっきり浮かんで来ます。

 しっかりした親の深い愛情に包まれている子は、やんちゃ坊主でも節度を知っています。
言葉だけ達者で一見理論が通った様に見える親の子は、集中力がありません。
面白いものですね。
自分は鏡に映っていると考えた方が良い様ですね。

迷い

2006 - 02/03 [Fri] - 01:49

 2月に入って、変化が起きている人が沢山いる様で、そう云う相談が次々と入って来ている。
正月に今年は仕事の年、仕事を頑張ればプライベートも充実すると云ったが、その方面での変化は皆に次々と起こっている様だ。

 そこできっちりとバランスを取らないと、家庭や家族を忘れてないがしろにして仕舞ったりする事も起きて来る。
仕事に頑張ると云う事は、家庭や家族を犠牲にしろと云う事ではないし、我が侭で良いと云う事ではない。
ある意味、家庭人としての仕事もあると云えるかもしれない。

 どんな場合でのバランスと広い視野がないと、何かを忘れて仕舞ったり、誰かをないがしろにして恨みを買ったりする。
また、流れが途切れて仕舞う事もある。

 目先だけではなく遠い視野を持つ事はとても大切だと思う。
と同時に、常に足許を確認しておく事はもっと大切だと思う。
遠近両用眼鏡ではないが、遠くも近くも見る目を持っていたいものだ。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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