感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 2005年12月  

法具磨き

2005 - 12/31 [Sat] - 02:03

 今日、今年最後の祭壇の掃除をした。
一年間、色々な供養や祈願をし、行をさせて戴いた祭壇と神仏に感謝の気持ちを込めて、時間をかけて。
手許にあるもので法具を磨いていて、光り方が気に入らず、途中で出かけて昔から使っている磨き剤を買って来て、改めて磨く。

その磨き剤が切れているのは知っていたのだが、大丈夫だろうと思っていたら全然輝かずに段々と苛々して来て、買いに出かけた。
やってみると、う~ん、ピカピカ。
やはり餅は餅屋と云うか、合ったものと云うのがあるのだなと実感する。

法具がピカピカになると、気持ちまで変る気がする。
これで安心して明日の大晦日を迎えられる。
思えば、修行を始めて依頼、もう20数年。
ずっと年末は法具と祭壇を掃除し磨いて来た。
そして、正月三ヶ日はいつも祈願で戦争だった。
何もしない、のんびりとしたお正月を迎える事はもうないだろうと思う。
新しい年を、祈りに来る参列者の為、御祈願を依頼する人の為、そしてこれから先の一年の間に来る相談者が幸せになる様に、真剣に祈ろうと思う。

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御用納め

2005 - 12/30 [Fri] - 03:18

 私もやっと御用納め、と云いたい所だが大晦日の夜中、元旦の午前零時から年越しの大祓の祈りを神に奉上する。
一般の面接やその他の事は年内の予定は全て終ったので、一区切りと云う所だろうか。

 今年も大変な年だった気がする。
有り難い事と云って良いかどうか、大変仕事の忙しい年だった。
それだけ、色々な悩みや苦しみを持った人がいると云う事でもあるから、一面、複雑な思いです。
病気の相談、特に癌をはじめとして難病の御相談もあり、その他あらゆる御相談にのって来た気がします。
何でもやる何でも相談屋の霊能者ですから、本当に全ての相談が来ます。
中には良くなったとか、成果が上がったとかと云う嬉しい報告もあります。
本当に、御相談にお出でになって、その後に良い方向へ行ったと云う報告を受けると、この仕事をしていて良かったと思えます。

 世の中も連日の様にニュースで悲惨な事故や事件の話題が流れます。
世の中には色々な苦しみや悲しみが溢れている事を実感させられます。
その一助になればと思います。

 来年も精進、精進、ですね。

 まずは、皆さん、良い年越しをして下さい、
暫し、休息の時です。

sleepin_cat.jpg

責 任

2005 - 12/27 [Tue] - 02:35

 人間は誰でも一人で生きて行く事は出来ません。
いや、私は一人で生きていると云う人がいたら考えてみて下さい。
山の中で仙人の様に自給自足で生きている訳じゃなければ、誰からからものを買い、誰かと関わり、そして誰かから心配され、思われて生きている筈です。
完全に一人で生きる等と云う事は不可能です。

 ですから、人は常に誰かと関わって生きて居ます。
そして、誰かの思いを受けて生きて居ます。
それは親か兄弟か、あるいは恋人か妻か、また仕事の相手か、友人か・・・。
誰かが貴方を思い、案じ、また期待している。
仕事なら、貴方の仕事を待っている人が必ずいる筈。

 思いを受けると云う事は、その人に対して責任を負う事です。
人の思い、心を無視して、ないがしろにして生きると云う事は、とても無責任であり、また自分勝手であります。
そしてその報いは必ず受ける事になります。
気がついたら側に誰もいない、誰からも信用されず、誰からも毛嫌いされる、そんな状況をいつの日か招いて仕舞います。

 努力する、頑張る、負けない、と人は良く云いますし、そうでなければならないと言葉にします。
が、人は自分の為にはそんなに頑張れないし、努力出来ないものです。
誰かの思いに応えよう、誰かの為に頑張ろうと思うからこそ、堪える事も、我慢する事も出来ると思います。

 自分を奮い立たせ、色々な事に堪え、ステップアップしようと頑張る為には、まず人の思いを真剣に受け止めて下さい。
そして、その人に対する責任を感じて下さい。
そうすれば、きっと今まで以上の力で何かをする事が出来ると思います。

 人は一人で生きている訳ではないのです。
貴方を思う誰かの為に、責任感を持ちましょう。

2005 - 12/24 [Sat] - 02:16

 子供にとって、親と云うものは一番大きな存在であり、もっとも影響を受ける相手です。

 子育て、女性にとってはとても大変な事だと思います。
家事をやり、まとわりつく子供の面倒をみて、夜中も起きてお乳をあげなければならない、そして常に守ってやらなければならない・・・。
本当に、母と云うものは偉大であり、同時に強くなければ母はやれないと思います。

 最初から賢い親である事などありえません。
子供の成長と共に大人も親に成長して行くのだと思います。
そして、強くなって行くのだと。
みんな夢中で子育てをし、生活しているのだと思います。

 ですが、その時に子を型に嵌めようとして仕舞うお母様がとても多いと思います。
その子の心理状態や体調など、育てて行く上で、躾けて行く上で、良く考えてやらなければいけない部分は沢山あります。
なのに、親の都合か、世間体か、思い込みか、「こうあらねばならない」とうるさく叱り、子供が何かをしようとしているのにそれを横から手を出して先にやって仕舞ったり、子供が話しているのに一方的に話しかけたり、そうかと思えば子供が一生懸命に親の気を引こうとしているのに無視して見ていなかったり・・・・・。

 夢中でしょうし、余裕がないのは良く分るのですが、子供をどう育てたいのか、どう育てるべきなのか、良く考える必要があると思います。
目先の事だけで一喜一憂し、苛々し、押し付けて仕舞うのは、子供を小さく萎縮させて育てる事になります。

 私は長年多くの家の御供養をさせて戴いて感じた事ですが、「親が愚かであれば、それは末代まで祟る」と思っています。
一人の愚かな親の教育が子に受け継がれ、それをまたもっと中途半端に孫に伝えて行く。
それが永遠に続くと思うと、ゾッとしますね。
勿論、誰かがそれを押し止めると云う事があると思います。
親を反面教師と思える子が育つ場合もあります。
ですが、親から受けた教育や躾は、「三つ子の魂、百まで」と云う様に、生き方に大きな影響を与えます。
良く良く考えて、大切に子を育ててあげて下さい。

自分の声

2005 - 12/22 [Thu] - 02:13

 ここの所、ずっと寝る前にストレッチをやっている。
私のストレッチは、極真流をアレンジしたもので、呼吸を合わせながら間接の一つ一つをゆっくりと伸ばし、気を流して行く。
そうすると、自分の身体が色々なメッセージを送ってくれる。

 昔、空手を必死にやり過ぎたせいで私の身体にはあちこちに後遺症が残っている。
膝は両方共、かなりガタが来ていて、冷えたり長時間歩いたり、動かさないとボキボキと音がする程固まって仕舞う。
右肩は筋肉を痛めていて、冷えると痛みが走る。
腰は軽いヘルニア状態であり、高い蹴りの練習をし過ぎたせい。
と、満身創痍の様だが、ちゃんと身体の声を聞いてやるとまだまだ人一倍の働きをしてくれる。

 心を空にして、呼吸をゆっくりしながら、間接の一つ一つを伸ばしたり縮めたりし、気を流して行くと、その日によって気の流れの悪い所、良い所があり、筋肉の固まっている所、伸びの良い所があり、ここの調子が良いぞ、ここは今一良くないぞ、と教えてくれる。

 身体と同じ様に、祭壇の前で心を鎮めると、心と魂がメッセージをくれる。
その日一日の間に心にかかった事、こだわって仕舞った事、嬉しい事、楽しい事、悲しい事などが、心の状態を語ってくれる。
仏と触れ合い、話す事が一番の修行であるし、祭壇の前に座って祈る目的であるが、自分の声を聞くのも修行だし、大切な事である。
その時に、やはり呼吸が大切である。
静かに、吸って、止めて、吐いて、止めてと一息を一分ほどかけて行っていると、徐々に心が鎮まって来る。
そして、色々な事が過り始める。
それを捕われる事なく、流していると、心が段々とクリアーになって行く。
心の中にある、引っかかっている事やこだわりが薄れて行き、そして消える。

 肉体も、心も、ちゃんとその声を聞いてあげると、常に自分をクリアーな状態にしておく事が出来るし、自分らしくいる事が出来る様になる。
時間にしたらほんの数十分の事。
寝る前に軽くストレッチと瞑想をしてみては如何でしょうか。
きっと気持ち良く眠れる様になると思います。

タバコ

2005 - 12/20 [Tue] - 03:06

 増税が決まり、タバコと第3のビールと云われている缶ビールが値上がりすると云う話題がニュースで良く取り沙汰されている。
色々な問題もあり、税が上がる事自体は致し方ないと思う部分もある。
本当は、税を上げる前に国会議員を減らせ、居眠り議員を減らせ、官僚共の無駄使いを止めさせろ、と云いたい事は沢山あるが。

 ところでタバコだが、昨今やたらと喫煙者の生活権や権利を奪う場面が多い。
副流煙が非喫煙者に対して健康被害を与えると云うのが一番の理由とされているが。
確かに喫煙者にはマナーが必要である。
非喫煙者にとっては、健康に対する不安材料となる事は事実であるし、嫌いな人にとってはタバコの煙の臭いは溜らないものがあるだろう。
それ故、喫煙場所と禁煙場所を分ける事は賛成である。

 が、旅客機をはじめ、公共施設、公共の場所、揚げ句の果てには新幹線までが全面禁煙の方向へ進んでいると云うのは如何なものかと思う。
また、さも偉そうに喫煙者はインテリジェンスがない、欲望に弱い等とほざくに至っては呆れてものも言えない。

 町中で、電車の中で、プンプンと強いアルコールの臭いをさせ、揚げ句の果てには吐いて周辺を汚し、時にはくだをまいて周囲の人に迷惑をかけているのは、堪え難い醜態であり、迷惑以外の何ものでもない。
またあの強い臭いで気分が悪くなって仕舞う。
それは許されて、タバコは許されないと云うのは如何にも変ではないだろうか?

 酒もタバコも、長い人類の歴史の中に育った文化である。
どちらも単純に否定して仕舞って良いものではないと思う。
間違った文化は捨て去って仕舞えば良いと云うなら、それは単なるファシズムであり、独善でしかない。

 文化は大切に育てる必要がある。
だからこそ、マナーも必要であるし、ルールも必要だと思う。

 ヒステリックな熱狂は人の心を貧しくするだけだ。
今のタバコに対する風潮は、どこかでコントロールされ煽られた不自然なものを感じるのは私だけだろうか?
愚かしい。

 ちなみに私は喫煙者である。
タバコも酒も、他の嗜好品(コーヒーや紅茶、お茶など)、そしてハーブや香辛料、アロマやお香も曾ては治療目的で使われたものである。
それを日常的に嗜好し利用して来て今に至る。
私にとってはタバコもコーヒーも、必要不可欠なものだ。
極度の緊張状態を必要とする時、また難しい相談を受ける時、どちらも一瞬の安らぎを与えてくれ、また精神のバランスを保つ為に必要としている。

 何よりも私は反骨精神の塊である。
ヒステリックな禁煙運動をされればされる程、絶対にタバコを止めないと思って仕舞う。
逆にこの騒ぎがなくなったら、突然に止めて仕舞うかもしれない。(笑)

 ですので、私の所は喫煙可です。
御相談の時、遠慮なくタバコを吸って下さい。
またタバコのお嫌いな方もいると思いますが、私の所へ御相談にお出での際は、私は遠慮なく吸わせて戴きますので、我慢して下さい。

全ては修行

2005 - 12/18 [Sun] - 02:38

 母の独り言を読んでみて思いますが、私のアドバイスを自分なりに都合良く歪めて勝手な解釈をして、楽に出来る事だけを気が向いた時にやってみると云う方がいますが、そう云う人はやはりいつまで経っても成長しませんね。
良い事はやってみよう、云われた事はすぐに実行してみよう、その全てが出来る訳ではないが、やろうとする姿勢、そう云う素直さや誠実さが次へのステップである事は確かだと思います。

 私がするアドバイスは、相手の相談者の今なすべき事、今必要な事をお話しています。
それは、その方が悪い習慣を捨て、悪因縁から開放され、成長して次へのステップへ進む為に必須である事に止めています。
楽には出来ないけれど、決して無理な事は云いません。
現状プラスアルファと云う程度のアドバイスをしています。

 ステップアップ、成長の為には、少しだけ無理をして頑張る事が必須です。
楽に出来る範囲でいては、いつまで経っても何の変化もありません。
また大幅な無理は、少しの間は頑張れても、すぐに出来なくなって仕舞いますし、潰れて仕舞います。
ですから、自分の力プラスアルファで良いのです。

 そして、それは全て人としての修行です。
祭壇の前で、神仏の前で、作法にのっとって行う事や祈る事、経を詠む事だけが修行ではありません。
むしろ、それは修行の一部でしかないと云って良いでしょう。
本当の修行は日常の中にこそあります。
朝起きてから夜眠るまで、一日の中には色々な事があります。
そこで感じる事、学ぶ事、嬉しい事、悲しい事、怒りを感じる事、悲哀を感じる事、五感で感じた事、その全てが次への示唆であり、一つ一つを大切に受け止める事が修行です。

 そして、私が「こうしなさい」とか「こう言う風に考えなさい」「こう云うものの見方をしなさい」「これをやりなさい」と云うアドバイスをする時、それは修行を課しているのです。
単に開運法を教えている、一般的なアドバイスをしている訳ではありません。
今、必要な修行を与えているのです。
ですから、今日アドバイスしたら、今日から始めて下さい。
全部が出来なくても良い。
出来る訳がありません。
だって、先に書いた様にちょっとだけ無理をして貰う様に云っているのですから。
それが、少しずつでも出来る様になって来たら、次のステップです。

 自分の都合と、勝手な解釈で、これだけやってみようとか、気が向いたらやってみよう、こうなったら(勝手に条件を付けて)やってみようと思っていたら、修行を放棄している訳でですから、いつまで経っても絶対にステップアップしません。

 まず、素直にやってみて下さい。
誠実に事に向かってみて下さい。
それが、素晴しい未来を招く為のステップです。

彌叡の独り言「誠実・素直」

2005 - 12/18 [Sun] - 02:22

 20年間、成晃の傍らで色々な方にお目にかかって参りました。
驚く程、飛躍をなさった方もあり、自らを成長させられなかった人も居ます。

 視ていて、その差は結局、素直さ・誠実さ・意欲・目標の高さだと思いました。
成晃の仕事の仕方は、人間指導だと考えて居ります。
ねじけて居ない素直な心で聞くと、難しいけど、必ず良い方向へ向きます。

 言い古された言葉ですが、やはり人間誠実でないと良い事はありませんね。

彌叡の独り言「棚ぼた」

2005 - 12/16 [Fri] - 12:01

 暫く書くのを控えて居りました。
黙って観察しているのも中々興味が湧いて来て考えさせられる部分も多くありましたが、人間の保身欲を目の当りにしたりしますと、人のを読んでいるだけではいけないなと思います。

 長くアドバイスしている人の中には、折々ビックリする程の現象が出て来る為に、次の棚ぼた(棚からぼた餅が落ちて来るウマイ話)を期待し、それが来ないと自分の努力不足を棚に上げて人のせいにする人が居ります。

 人に会うと私達は長所と欠点、今なすべき事がファーっと浮かんで来ます。
これは能力者であるか無いかの差です。
世間一般には「霊能力」「霊感」等と云いますが、私達が持って生れた才能で、一言で霊感等と片付けて欲しくありません。
この特異才能で困っている人や悩んでいる人が良い状況に行ければ、こんなに嬉しい事はないのです。

 然し、今なすべき事を指摘され、良い所だけを都合良く解釈して、幸運が降って来るのを待っているだけでは動物園の熊と余り変りありません。

 中々、人間の成長とは難しいと思います。

肩書きと名称

2005 - 12/16 [Fri] - 01:26

 人はだれでも色々な肩書きと名称を持ち、そしてそれに縛られても居ると思います。
例えば名前。
○○さんと云う姓名で人は縛られています。
その名を捨てたからと云って、その人がなくなる訳ではありませんが、社会的に変化をするのは確かでしょう。
同様に、父・母・親・子・男・女・○○会社の社員・社長などと云う肩書き・・・・・、そう言うもので縛られています。

 私の場合は、霊能者。
正直、私はこの霊能者と云う肩書きはあまり好ましいとは思っていません。
霊能者とは霊を感じ、霊と対話し、霊に働きかける事の出来る人と云う意味です。
それ以外の能力や仕事をしてはいけない訳ではありませんが、霊能者と云う名称・肩書きは、それ以外の事はしないかの様な印象を与えます。

 私の仕事はあらゆる側面を持ちっています。
霊との関わりだけではなく、人生の指針になる様なアドバイス、経営などの仕事上の事、子育てや育児などの事、学業の事、心理的なものに対するアドバイス、病気や健康の事、そして宗教理論や哲学、修行・・・・・等々と正直自分でもよくやっているなと思う位、あらゆる問題に対して仕事をして来ました。
ですから、単純に霊能者と云う肩書きで縛って仕舞うのは、本当は本意ではありません。
しかし、カウンセラーでも変ですし、アドバイザーでもちょっと違いますし、密教者でも何か違いますし、行者でも変だし・・・・・、今流行りのスピリッチュアル・カウンセラーと云うのもピンと来ません。
本当は肩書きや名称などは必要ないと思っています。
一人、島津成晃で良いと思うのですが、やはりそう言うものがないと御相談者がアプローチし難い、分り辛いと云う事があるので、便宜上使っていると云うのが本音です。

 私は島津成晃と云う人間であり、その生き様の中で得て来た事や考え、そして私の人格そのもので仕事をしています。
ですから、御相談者とは私の全人格で全身全霊でお話し、お伝えし、お教えしています。

 名称と云うものは時に便利であり、時に迷惑であると思います。
人に真の姿を知らせると云うのは、長い時が必要です。
それは自身の生き様でしかないと思います。
そして、自分の生き様に対する確信です。
自分の考え、思想、やっている事、やろうと思う事、未来への夢、そう言うものへ確信を持って進めたら良いですね。
そうなる様に、いつも自身を振り返っていれば、肩書きや名称など気にする必要はなくなると思います。
仕事上や社会通念上は、便宜的に使用するとしても、ですね。

確 信

2005 - 12/13 [Tue] - 02:13

 人が自身の生き方に確信を持って生きると云う事は、とても難しい事なのだと思う。
特に日本では他人の目を意識して生きると云う事が正しいとされて来たから、その本当の意味を失っても他人の目を意識してばかりいて、自分自身の生き方や考え方に自信も確信も持たずに生きている人がとても多い。
相談者の多くは、マスコミや書物の情報、友人や知人からの言葉、親族からの言葉や目と云うものに振り回されている。
失敗しない様に、後ろ指をさせれない様に、変だと思われない様に・・・と、いつも気を遣い、悩み、結果的に何も出来ないまま風見鶏の様にフラフラして仕舞う。
そうやって生きているから、自分の考えもしっかりとまとまらず、故に自信も持てず、確信も持てない。
そして、結論が自分の中にないから、どうして良いかも分らないままで、その場の感情をついぶつけて仕舞ったりする。

 自身の生き方や考え方に自信を持つ事、確信を持つ事は一朝一夕では出来ません。
つけようとしてつくものではない、持とうとして持てないのが自信であり、確信です。
どうすれば身につくのか、自分がそうなれるのか・・・・・・・、それはまず強い意思です。
何もしない、何も考えない、自信もない、確信もない、それでも生きて行けます。
でも、誰にも迷惑をかけない様にしようと思ってそうして来た事が、実は凄く周囲の人に迷惑をかけて仕舞っているかもしれません。
だって、頼りにならないのですから。
何かを任せたくても任せられないのですから。
それを意識し、他に対する責任感をまず感じる事です。
そして、変ろうと強く思わなければ、絶対に変れません。

 その後は、行動です。
まず、何でもやってみましょう。
失敗しても、挫折しても構いません。
大きな失敗や挫折は無理でも、小さな事ならやってみようと思って下さい。
大抵の問題は、命まで取りません。
そんなに重大な事ではないのです。
やってみましょう。
興味を持った事、面白そうと思った事、何でも良いです。
まずは行動です。
やって出来ないと思ったら、違うものを探しましょう。
決して諦めない事です。
また、人がどう云おうと気にしない事です。
誰かにとって価値のある事は、他の誰かにとっては無意味な事なのです。
その人の価値観の中からの勝手な発言でしかない。
だから無視する事です。

 いつの日か、行動し続ける中から、自分の中に確信も自信も生れます。
チャレンジし続ける事、その姿勢が輝く事であり、次へのステップだと思います。

挨拶猫

2005 - 12/09 [Fri] - 15:31

 近所の挨拶猫に久々に再会しました。

挨拶猫.01


 歩いていると、急に猫の声が聞こえ、「あ、あの猫か?」と思って見ると・・・、いました。
「久し振りだね、元気だったか?」と声をかけると、「ニャ~、ニャ~ゴ、フ~ン・・・・・」と答えていました。
相変わらずのお喋り猫です。

挨拶猫.02


 暫くすると、私の前を通り過ぎて散歩に行きました。
もう話は終ったよと言わんばかりに、今度は声をかけても答えず、振り返りもせずに消えて行きました。
また再会出来るのはいつの事でしょうか。
会うのが楽しみになる、不思議な猫です。

固 執

2005 - 12/09 [Fri] - 03:01

 私の仕事は、悩みや苦しみのある人の相談に乗り、問題解決の手助けをする事です。
いつも思う事ですが、渦中にいると人は精神のバランスを崩し、視野が狭くなっており、物事を冷静に判断出来なくなっています。
ですから、つい自分の感情や考えや習慣に固執して仕舞います。
私が幾らアドバイスしても、口では「ハイ、分りました。」と言いながら、耳に入っていな事がとても多いと感じます。
顔を見ていれば、身体から出る気を読んでいれば、相談者が私の話に納得したか否か、すぐに分りますから、あの手この手で何度も何度もかみ砕いて説明し、納得して戴くまで話します。
が、それでも10の内で2か3位しか耳に入っていないと感じる事が良くあります。
ですが、例え2か3しか残っていなくても、それを実行してくれたら変化して良い方向へ向くように、私も真剣に霊視し、考えてアドバイスしています。

 が・・・・・、それではと帰途につかれる時、玄関を出た瞬間からまた自分の感情や考えが湧き上がり、私のアドバイスを忘れて仕舞われる方が沢山おられます。
で、また相談に来られた時にお話を聞くと、何もやっていない、変っていないと言う方が結構沢山おられます。
変る為に来ているのに、問題を解決する為に来ているのに、結局は自分の感情や考えに固執して同じ事を繰り返す。
何と無駄な時間とお金を使っている事かと呆れて仕舞う事があります。

 相談するなら、それなりの覚悟と言うものが必要です。
相手を信頼出来ると判断し、納得したなら、取り敢ず言われた通りにやってみる。
自分の考えを一度捨ててみる。
全てを受け入れなくても、自分が出来る範囲だけでもやってみる。
話ながら、アドバイスしながら、その方が出来る範囲、その方に無理のない範囲と言うものを、私も質問しながら判断してお答えしています。
その覚悟もなく、ただ聞いただけ・・・になって仕舞っては、時間の無駄ですし、何の解決にもなりません。

 心を開放し、人の言う事に耳を傾け、真剣に話を聞く姿勢と言うものが、解決への道筋だと思います。

 ところで、メールで相談をお受けする事が最近は増えています。
既に何度も御相談を受けている方はそう言う事はありませんが、初めての方でいきなり「困っています、助けて下さい。」と相談事を書いて来る方も沢山います。
どんな相談でもお受けしますが、相談方法と言うものをHPに書いてあるにも関わらず、また礼儀と言うものを無視して一方的にメールを送って来る方には困って仕舞う事があります。
時には、名前すら書いていない人もいます。
インターネットもメールも、手紙や電話やFAXと同じコミュニケーションツールです。
基本的な礼儀はわきまえて欲しいものだと思います。
そう言う基本的な事が出来る事が、まず人として必要なのではないでしょうか。

被害を受ける子供達

2005 - 12/08 [Thu] - 02:25

 連日連夜、ニュースで子供が被害を受けた話が流れている。
虐待、虐め、通り魔、誘拐、殺害・・・・・・。
全く、何と云う時代であろうか。
子供は国の宝であった次代は遠い昔になって仕舞ったのだろうか。

 今の子供達の親と言えば、団塊の世代に育てられた子供が大人になって親になった頃だろうか。
戦後の高度成長期の中で生れたバランスの崩れた混乱の中で育った親に育てられた、精神の教育や曾ての日本の素晴しき文化を捨てた効率主義の教育を受けた子が親となって子を育てる。
親の因果が子に報い、と言う諺があるが、親の因縁は末代まで祟る。
親の教育が子に受け継がれ、子がまた次代へ受け継いで行く。
そうして家風と言うものが出来て行く。
間違った個人主義、効率主義、核家族制度・・・と、歪んだ教育と社会風潮が現代の悲劇を生んでいるのではないだろうか。

 理由はどうあれ、抵抗出来ない子供達を大人の玩具にして仕舞う事は許されない。
大人が壊れて仕舞っているのだと思う。
人として、大人として、子を保護するべき立場にある事を忘れて仕舞っているのだろう。
大きな怒りを感じると共に、子供達よ無事であれ、健康に育て、と祈る気持ちである。

成田山新勝寺

2005 - 12/04 [Sun] - 00:00

 今日、10数年ぶりに千葉の成田山新勝寺にお参りをして来た。
かつては、良く通って護摩修行に参加したお寺だが、ずっと以前に行って以来、御無沙汰となっていた。
今日、突然、天恵の様に思いついてお参りに出かけた。

成田山


成田山


参道には、大きな三鈷の剣が立ち、高い石段が待ちかまえていた。
変らぬ風景だった。
意を決して昇ると、そこには広い境内。

成田山


成田山


そして、奥へ進むと開山堂や光明堂、そして大塔。

成田山


成田山


成田山


昔、良く通った頃と変らない風景が広がっていた。
 そして、今日の最後の護摩修行に参加して来た。
他の寺と違い、成田山のお経はべらぼうに早く詠む。
何を言っているか聞こえない位のスピードである。
最初に3メートルはある大太鼓を打ち鳴らし、全身がその音に振動する。
そして、流石の願文読誦。
良い声で、良いリズムで、始まりを宣言する。
そして、待ちかねた、駆け足の経典読誦。
途中で叩かれる太鼓は、成田流。
素晴しいリズムの太鼓だった。
護摩壇で上がる炎。
力強く、金色に輝いていた。
写真を撮る事が出来なかったのが残念だが、とても気持ちの良い護摩修行だった。
 久々の成田山新勝寺は、お正月に向けての準備などでバタついていたが、珍しく参拝者が少なく、落ち着いていた。
懐かしさと共に、気持ちの良いお参りが出来た。
長く、長く、繰り返されて来た祈りの地は、健在だった。
継続は力なり、そして心の拠り所は常に輝かなければならないと改めて感じさせられた。

喜 び

2005 - 12/02 [Fri] - 00:00

 霊能者と云う仕事は、人生の中の溝さらいの様な部分がある。
色々な悩みや苦しみ、病気などの問題に相談に乗り、時には霊的な問題を解決し、良い話と云うのは滅多にない。
相談者は、殆どの人が笑っていてもどこかに陰を持ち、暗さを持っている。
相談に来るのだから、悩みがあり、苦しみがあるのだから当然なのだが。
そんな中にずっといると、幾ら私でも疲れが溜って仕舞う事がある。
人間の活力は、ゆったりとした温かさの中から得られるものだから、暗い顔ばかり見ていると消耗して仕舞う。

 しかし、そんな中にも喜びと云うものがあり、大きな活力を与えてくれる。
例えば、暗い顔をして来た相談者が、未来への希望を持って明るい顔をして帰ってくれる時。
御供養をした後、見違える様に明るく、活性化した顔をしている相談者を見た時。
気療をして、身体の痛みを軽減してあげた後の相談者の晴々した顔。
御供養や御祈願をして後、事後報告で明るい変化が出たと聞いた時。
そして、30日に第4弾の対談をしたのだが、純粋に一つの道を歩いているエキスパートと話し、互いを刺激し合える様な会話が出来た時。

 今回の対談もとても盛り上がりました。
テーマは「食」と云う事で始めましたが、家庭の話・子供の話、政治、国力の話まで多方面に広がりました。
アップは年明けになる予定ですが、とても面白く深い話になっていますので、楽しみにお待ち下さい。

 話は逸れたが、こうして喜びがあるから頑張れる。
自分が消耗しても、命を削っても、この喜びの為なら何でも出来ると思って仕舞う。
この仕事は、仕事でありながら私自身の生き方であると思う。
そう言う仕事をしていられる自分はとても幸運であり、だからこそ最高の仕事をいつもしたいと思う。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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