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感じたり思った事を書いて行きます。 時には秘伝などを書く事も。 空手や色々な趣味の話も。

  Adept・Mentor 島津成晃の独り言のナビゲーター   トップページ > 伝授会  

伝授で旅の報告。同行した方々の気遣いとサポートに感謝と感激。

2018 - 11/09 [Fri] - 03:13

 昨日は伝授でした。
伝授の直前に、出雲で行われた特別神事や参拝旅行中の写真を届けに参加された御夫婦がやって来てくれました。
御夫婦からも旅行中のお話を色々と聞かせて戴き、お二人の気遣いやサポートが内弟子達の大きな力になった事を感じました。
真直ぐな、純粋な思いに、感謝と尊敬に値する気持ちになりました。

 その後、内弟子達がやって来て、報告を聞きながら、先程持って来て貰った写真や動画を観ました。
特別神事は、立派でした。
神事を行った内弟子達3名がそれぞれの役割を果し、全身全霊で行っている姿は素晴らしい光景でした。
そして、命をかけてと云っても過言ではない神事の中、海から立ち上がる光の柱、水平線から押し寄せて来る光の波、周囲を回る様に移動する波が途中でフッと鎮まり、登る太陽の光と共に神事は完成、完遂となりました。
神事を終えて海を向く3名の姿。
その背を見て、大きく逞しくなったなと感じました。
命がけの大役を果した3名の内弟子達、大きな自信と確信を得られたと思います。
これで、神仏の世界に於ける位も上がり、大きく更に成長してくれると思います。
良い弟子を持ったものだと、私も大変誇らしく思います。

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伝授の話は、いつも広く深く。

2018 - 09/28 [Fri] - 01:37

 昨日は伝授。
いつも通り、話題は広がり、大切な伝授も幅広く、御神託もしっかり戴きました。

 今日は予約していたiPhoneを受取り、機種変更に近くのDoCoMoショップへ行って来ました。
簡単と云えば簡単、しかし細かい設定等で戸惑って、どうにか大丈夫と云える所まで終了しました。

 新しい機種は何だかワクワクしますね。
ケースがまだ到着していないのですが、画面保護は貼りました。
最近の画面保護シートは、貼り易くなっていて良いですね。

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昨日は伝授、今日は久し振りに浅草へ。

2018 - 09/21 [Fri] - 04:00

 昨日は伝授。
内弟子がいつも通り集りました。
まずは、前日詩乃が行った瀧修行の指導と瀧修行の検証。
まだ肩に力が入り過ぎている感はありますが、詩乃の指導は気合いが入っていて良かったです。
幾つか課題は見えましたが、良くやったと思います。
繰り返して行けば、指導に色々なものが備わって来るでしょう。
瀧修行をされた方も、殆どの方は気合いも入って、しっかりガッツリ入っておられました。
水量もそこそこあり、初心から中級の人には良い感じだったと思います。
瀧修行の最中の姿は、その方のその時の状態やレベルを隠す事なく表に出ますから、修業の度合いが良く解ります。
記念で写真を撮ったり、映像を撮ったりしている訳ではありません。
後でしっかり自分の状態を検証する為に映像に残しています。

 その他にも、阿曽と詩乃の10周年の出雲参拝旅行についての話を少ししました。
一番古株の内弟子が参加するので、少し指示を出して、良い旅になる様に尽力してくれると思います。

 今日は久し振りに浅草へ。
いつも、内弟子や相談者達がお世話になっている念珠堂さんへ。
内弟子の阿曽の仏像の件で御苦労戴いたお礼と、依頼されていたお念珠の修理の依頼に。
念珠はすぐに仕上げてくれました。
しかし、どうやらその念珠はあまり使われていない感じが。
特殊な珠を使ったお念珠なので、放置してあると乾燥して仕舞って割れ易くなって仕舞います。
いつも使っていれば、手の油等を吸収して強くなるのですが。
毎日しっかり手を合わせて使っていれば、お念珠も成長して行くのですが。

 雨が降っていたのと、夕方に人が来る予定があるので、修理が済んだらすぐに戻って来ました。

 戻って少ししたら、いつも来ている女性が高千穂への旅の前に旅の無事を願って、また挨拶の為に来てくれました。
旅の無事を祈り、高千穂の神々に彼女の旅の安全と楽しい旅になる様に配慮して欲しいと願いました。

 その後、また暫くしていつもお世話になっている美容院の、少し前にアシスタントからスタイリストになった女性が来てくれました。
実家の方に帰郷していた様で、わざわざお土産を持って来てくれました。
いつも可愛い彼女も、少しずつ成長して大人の女性へと変化している様です。
いつも甘えてくれるので、これからもサポートして行きたいと思います。

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伝授での話。心と意思の問題。

2018 - 09/14 [Fri] - 02:33

 昨日は伝授でした。
仕事の関係で詩乃が出張で休み。
他の内弟子達といつも通り、広く深い話へとなって行きました。
夜が更ける程に話がディープに広がって行くのが伝授。
それぞれの仕事の話、相談者についての話から始まり、修行者としての心の持ち様、また前に待ち構える大きな事に対するプレッシャーとの向き合い方等について話が広がって行きました。

誰でも、目の前に待ち構えている大きな事に対してはプレッシャーと云うものは感じるのが当然です。
そのプレッシャーとどう向き合うか。
目を背けたり、逃げていても、時は過ぎて確実に近づいてきます。
しっかり向き合い、負けそうになる気持ち、逃げたくなる気持ちと正面から向き合って、耐えて闘う事で精神の鍛練にもなり、集中力も高まります。
オタオタとしていたらみっともない。
覚悟を決めて、今自分がやるべき準備をしておく。
それは物理的な事だけではなく、心の準備をしておく。
その為に耐える力を高める。
自らに自分で行を課し、身体を鍛えて、強い精神力を更に高めて行く。
本番では持てる力を最大限に発揮出来る様に、覚悟を決めて行く事。

 具体性がある様でないのが、心の問題ですが、強い意思と覚悟が絶対必要不可欠であると云う事は確かです。
まして指導者と云う立場にあるものは、オタオタとみっともない、情けない姿を見せるべきではありません。
それは、自分自身の心に対しても弱みを作って仕舞う事になります。
やるべき事はやるしかない。
肚の括り方の問題ですね。

 そこから発展して信仰と云うものに対しての話にもなりました。
毎日、心を籠めて手を合わせ、神仏の声を聞き、伝えているものが、少々の事で悪くなる筈がない。
そこに低俗な計算があるのであれば、話は別です。
本当に純粋な心で行っているのであれば、必ず御手配もあり、救いもあります。
それは信じると云うレベルの話であってはなりません。
絶対的な確信、何があっても揺るがない信念の様なものです。
その段階まで進んでいなければ信仰とは云いません。
信じると云うのは、理屈で頭で考えて、目に見える事で信じられると云う気持ちになると云う事です。
信仰と云うのは、もっともっと深い所、心の底から生まれて来る確信。
深く長い修業の果てに掴み取れる感覚です。
そこに迷いはありません。
頭で考えた信じると云うものに囚われていたら、何かあったら迷いが出ます。
それはカルトの様な洗脳と云うレベルの話ではなく、心の底から湧き上がる確信です。
内弟子達には、更に厳しく深い修業をして欲しいと願っています。

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伝授の日の話題。祈りの道の前に人としての度量と在り様

2018 - 08/24 [Fri] - 02:39

 昨日は伝授でした。
内弟子は皆祈りに対しては非常に純粋です。
その純粋さ故に逆に自身を縛り固執して仕舞う事があります。
固執して視野が狭くなって仕舞うと、それ以外のものを切り捨て排除して仕舞い勝ちです。
それは単に器が小さい、度量がないと云う事になって仕舞って、祈りの深さから遠のいて仕舞います。
神の道、仏の道は、そんな狭く薄っぺらなものではありません。
良く云う狂信的な人と云うのは、視野が狭く、狭い価値観に拘ります。
神仏は、長きに渡り人間の愚かさも受け入れて、成長するのを待ち続けて、見守り、導いています。
その道を狭い薄っぺらなものにして仕舞うのは、人間の固執から来る愚かさに他なりません。
自分の考えだけが最高、正しいと他を排除して同じ意識のものだけが残ったら、それは異常な集団となります。
固執せず、柔軟性を持って、時には待ち、導き、見守り、受け入れて行く事が、人としての成長であり、祈りの道を深くして行く事に繋がります。

何かをする時、意見が人によって異なるのは当然です。
その時に、感情的になって仕舞って、自分の意に染まない部分だけに囚われて仕舞うと、本来の大切な目的を見失います。

 正道、本道を見失う事なく、広い心と大きな度量を持って、自分の姿勢を正して行きたいものですね。

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詩乃と阿曽の10周年参拝旅行に大変重要な役目が授かりました

2018 - 07/27 [Fri] - 00:57

 昨日は伝授。
体調を崩しながらも遠くからやって来た内弟子。
出張で遠方までお祓いに出かけて、帰りにその足で来てくれた内弟子達。
一日の仕事を終えて疲れているに違いないのに、会社帰りにやって来た内弟子。
皆、素晴らしい根性を持っています。

 成長したい、知りたい、もっと大きくなりたい、それぞれ目指す所は異なると思います。
が、皆、祈りと心に関しては非常に真摯であり、その情熱がある限りは成長し続けると思います。

 また、昨夜は神の御神託の折、大変に重要な話がありました。
神の世界の秘中の秘ですから、お話出来ませんが、歴史書にも云い伝えにもどこにも伝えられていない、神の世界の秘密。
それについての重要な役割を内弟子達に与えられました。
阿曽と詩乃の開業10周年を記念して出雲大社への参拝旅行へ出かけます。
が、ただの参拝旅行ではなく、大変に重要な役割と意味を持ちます。
故にもう一人の内弟子も同行する事に決まりました。

 能力を持つ者は、相談者の相談に乗り、気療をしたり祈願をしたり、色々ありますが、それ以外にも人知れず人界、世の中の為に力を尽くす事があります。
決して人の目には触れず、評価もされず、しかしながら己の使命と悟って力を発揮する。
ですから、いつ何時何があっても良い様に、常に自分自身を研ぎ澄まして鈍らせない様にしておかなければなりません。

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一歩踏み出せ、そこは極楽

2018 - 07/20 [Fri] - 03:20

 昨日は伝授でした。
あちらこちらで精神的にも物理的にも転機を迎えている人が多い様で、その話になりました。
本来の自分、自分でも気づかない隠された自分の心、魂の声等に気付き始めて、壁にぶつかったり行き詰まったりしている人が沢山おられる様に思います。
夏越大祓で禊された影響でしょうか。
心の奥底に眠って隠れていた本当の心や欲求が頭をもたげて来て、突き上げる様に葛藤が生まれている様です。
ならば、それに従って現実的に何をするか、そこでその突き上げに負けて感情的になって仕舞ったら、間違った選択、極端な選択をして仕舞って大変な事になって仕舞う事もあり得ます。
折角のチャンスをみすみす逃して仕舞う事も。
そんな事をしたら、自ら幸運を捨てて仕舞う事になります。
自分の立場をわきまえて、冷静に受け止めて、現実的にどうすれば良いか、良く良く考えて動くべきです。

 ここで一念発起して修業しようとする人もいます。
また、自分自身が本来あるべき姿を熟慮熟考して、勇気を持って歩み出そうとする人もいます。
いつまでも葛藤しているだけでは何も変りません。
悩みと同じ、堂々巡りするだけです。

 一歩踏み出せ、そこは極楽と云う言葉もあります。
決心と覚悟と勇気が必要ですが、思い切って新たな道を歩み出してみると、きっと何かが開けます。

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昨日の伝授

2018 - 07/06 [Fri] - 02:58

 昨日の伝授、内弟子共々で先に逝去されたお父上の御供養をする予定でしたが、一人が仕事で参加出来なかったので、来週皆が揃う時にやろうと云う事で、私一人でしっとりと読経させて戴き、御魂をお慰めしました。
助法と一緒に読経する時は、皆で合す為、ある程度は一定の決まったリズムで進みますが、一人で読経する時は自分のその時の感覚で早さやリズムを変えて行きます。
目的が御供養ですから、あくまでもしっとりと静かに沁み渡る様に。

 内弟子も、お父上が逝去された事で、色々と学んでいる様です。
親の逝去と云うのは、親が子に残す最後の教えですから、しっかり向き合って受け止めよと命じていましたが、真直ぐに向き合って頑張っています。

 その他、修行者としての心のあり様、生き様、覚悟等々、大切な話になりました。
人のあるべき姿は人それぞです。
どれが正解と云う事もありませんし、これが間違いと云う事もありません。
が、修行者とか、プロフェッショナルと云う枠を設けると、そこには一定の守るべきもの、逸脱してはいけないものと云うものが出て来ます。
大切なのは、自分が何を目指しているのか、どう生きて行くのか、しっかり決めて覚悟して行く事です。
人の声知らず、我が心の声に耳を傾けて、我が道を迷いなく進む。
ブレない事、曲げない事、揺れない事。
悟りと云うものについての、一つの姿でもあります。

 今日は懇意にさせて戴いている空手道場の師範と暫し空手談義。
楽しい時間でした。

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昨日の伝授

2018 - 06/22 [Fri] - 02:33

 昨日の伝授は、命の尊厳についてのお話。
終末を迎える人に対する受け止め方、命と云う事についての考え方、持つべき目線、等々、重い内容となりました。
誰もが一度は通る所ですが、心を込めて、尚且つ冷静に受け止めてやるべき事をやって行く。
修行者として、人として、どうあるべきか、どう考えるべきか、そんな話でした。
人の生死には何度も立ち合って来ました。
その度に考えさせられ、学ばされます。
思えば我が父が亡くなった時、まだ修業も未熟で何も出来ていなかった自分を反省させられます。
ですが後悔している訳ではなく、その時の精一杯だったと思います。
そこで学んだ事も沢山あり、そこから成長して来た自分がいます。

 修業、空手、医学と、常に人の命と向き合って来た様に思いますが、未だ道半ばです。
何を以て悟りと云うかは別として、中々成熟の域に達しないですね。
まだまだ先は長いなと思います。

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伝授。瀧修行について

2018 - 06/15 [Fri] - 01:33

 先日行われた内弟子阿曽と詩乃の指導で行われた瀧修行、10名程の人数が集った様で、初心者も多く、かなり気を遣った様です。
水量は少なかった様ですが、水量が少ない時は危険です。
水量が多いと、落ちて来る水圧で身体が叩かれて温まりますが、水量が少ないとただ冷えて仕舞います。
また、水量が少ない時は、集中力を高めるのが中々難しいものです。
水量が多いとその圧力だけで頭が真白になり、自然と集中出来て行くものですが、少ない時は冷たさと水の当たる痛さに意識が引っ張られて仕舞いますから、耐えるだけになって仕舞う可能性もあります。

 その時の報告を聞き、また仏で行う瀧修行と神で行うものでは全く違います。
神で行う瀧修行は主な目的は禊。
穢れを祓い、魂を磨く。
しかし仏で行う瀧修行は、癒やしであり再生です。
勿論、浄化と云う部分は持っていますが、それ以上に様々な囚われているものから解放され、滝に入る事で浄土や彼岸に向う体験をし、滝から出た時に再生する。

 神の持つ極限の集中力と浄化、仏の持つ癒やしと慈悲。
両方がバランス良く修業出来たら最高です。
神の存在意義と仏の存在意義は全く異なります。
両方が揃って初めて人は救われます。

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プロフィール

島津 成晃

Author:島津 成晃
Adept・Mentor 島津相談室主宰
人生のあらゆる問題の相談に乗って来ました。
元気になって希望を持って帰って戴く事が私の願いです。
スピリチュアルな目と、冷静な分析で御相談に乗ります。
御相談はHPの方からお願いします


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