2008年10月13日 [02:29:42]

初心忘るるべからず

 長年修行をして来て、色々な相談者に会って来て、大概の事は何でも相談に乗れる様になり、祈願も通る様になって来ると、段々と偉くなってしまって、初心の修行を始めた頃の情熱を忘れてしまい勝ちなものですね。
最初の頃は、一つ一つの修行、毎回の勤行、一人一人の相談者、全てにドキドキしながらもワクワクして、ある意味では必死でやっていたものです。
それが段々と慣れて来て、恐れをなくして、刺激的な感覚が薄れて来てしまいます。
慣れると云う事は、数を重ねると云う事は、経験を重ね、知識が増え、ベテランになると云う事であり、余裕を生みます。
その事自体はとても良い事です。
余裕があれば、それだけ冷静にものが見えて来ますから。

 しかし、初心を忘れて慢心に繋がると、傲慢を生み、時に雑になってしまいます。
これはいけません。
いつも皆に云う様に常に楽しむ事、チャレンジし続ける事、それを続けていると折りに触れて初心を思い出せと云う場面に出くわします。
そして、また原点回帰する。
そこからまた新しい一歩が始まる。
人世はこの繰り返しですね。
だからこそ、人世は楽しいし、修行は楽しいし、皆さんのお役に立てる事は喜びです。
相談者と出会う事は、私に取って貴重な出会いであり、その方の人世を知る事は私の人世が豊かになると云う事だと思っています。
ですから、いつも真剣に、その方になったつもりで考え、霊視し、結論を出します。
その過程そのものが、私にとっての最大の修行であり、同時に喜びです。
こんな人世を与えてくれた神仏や先祖や皆さんに感謝ですね。

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2008年10月06日 [02:17:00]

憧れ

 憧れを持って生きる事が出来る人は幸せですね。
長い人生、憧れだけでは生きられませんが、持ち続ける事が出来て、夢を持って努力し頑張っていられる人は幸せだと思います。
楽しい事も辛い事もあるでしょうし、挫折もあると思います。
それでも憧れを持ち続けていられるのは、一つの才能であり、運だとも思います。

 今日、9歳のゴーカート・レーサー阪口晴南(さかぐち・せな)君の話題がF−1のニュースで流れていました。
アイルトン・セナにちなんで付けられた名前で、本人も大人になあったらF−1レーサーになると云う目標を持って頑張っている男の子です。
小さい頃から強い憧れと目標を持って頑張ると云う事に良し悪しはあるでしょうし、異論もあるでしょうが、それでもそうやって頑張る姿に、素晴らしい事だなと感動を覚えます。

 空手の世界でも同じ様に頑張っている子供はいます。
いつか世界チャンピオンになると本気で思って頑張っている子供達。
毎週の様に試合に出て、毎日の様に道場で練習している。
凄い事ですね。

 誰にでも憧れるヒーローやヒロインと云うものはいるだろうし、いたと思います。
が、日常と現実の中に、いつの間にかその気持ちが薄れ、単なる夢になって行きます。
そう云う憧れを持ち続けて生きて行けたらどんなに幸せでしょうか。
どのジャンルでも同じですが、そうやって生き、その中から最後まで勝ち残った人達が、スターとなります。
何十万人、何千万人の中の頂点に立つ一握りの人達。
そこに至る課程は過酷であり、時に楽しく、時に厳しい道のりだったと思います。
その事だけで、尊敬に値すると思いますね。

 私の場合は、その尊敬する人が現実の人ではなく、過去の偉人、織田信長や豊臣秀吉、キリストや釈迦や空海だったりしました。
また、超古代文明やギリシャ神話の世界、それに続くローマ神話の世界、中世ヨーロッパの世界等に憧れて生きて来ました。
現実的なものと云えば、強くなりたい。
空手に憧れ、ずっと続けて来ました。
やっぱり、変わった子供だったでしょうね。(苦笑)
今、こう云う仕事をし、こう云う生き方をし、空手を続けていられ、それを良しとしてくれている母や妻、相談者達に囲まれている事に、本当に幸せを感じています。

 少しでも良い、そう云う憧れを持ち続け、忘れずに夢を追いかけて生きたいですね。
年をとっても、死ぬまでそう云う気持ちで生きて行けたら、最高に幸せだと思います。

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2008年09月08日 [03:07:37]

楽しい時間

 昔から言っている事ですが、人生は楽しむ為にあると思っています。
苦しむだけ、頑張るだけ、耐えるだけの時間は、人生の一部でしかないと思います。
楽しむ為に、そう云う時間があるのだと思います。
今のこの時間が、何れ自分らしく生きる為にあり、楽しい時間を持つ為にある。
人生は天気と同じです。
晴れる時もあれば、曇りの時もあり、雨の時も雪の時も、そして嵐の時もあります。
時間は必ず過ぎて行きます。
耐える時、苦しい時、頑張る時が過ぎたら、ゆったりとリラックスして楽しい時間が必ずいつかはやって来ます。
その時を早く迎える為に、そう云う辛い時間の過ごし方と考え方が大切です。
ただ耐えるだけ、ただ頑張るだけ、それではいつまで経ってもステップは上がりません。
どうすればそこから抜け出せるか、どうすれば上に行けるか、どうすれば楽しい人生になるか、強い意思と深い洞察力と幅広い視野、そして柔軟な価値観で、判断し決断し、行動しなければいけません。

 夢や理想は実現する為にあります。
いつの日か、到達する事を信じて、頑張りましょう。
そして、頑張って来た人は、お疲れ様でした。
次の時が来るまで、リラックスして自分らしさを取り戻して下さい。

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2008年09月07日 [02:34:42]

変化

 どんどん変化の報告が入って来ています。
仕事がどんどん広がる人、今までなかった居場所が出来てきつつある人、転職が成功した人、そして引っ越しを明日に控えた人。
他にも、今日髪を切りに行った美容院の担当者が今月で辞めて他の店に移るとの事。
今年は凄いですね。
政界は激動し、経済も大きく変化し揺れ動き、それに伴って景気も物価もグチャグチャ。
世界を見渡せば、例年以上にあちこちで紛争が起き、世界地図も書き換えられて行く様な兆し。
世界経済も激変の兆しがあり、経済そのもののあり方が変化して行きそうな予感。
私の周囲でもこうして次々と変化の報告が来ています。

 正統な道、正道を歩く時、それは時間がかかっても必ずどこかへ到達し、光りへと導いてくれます。
が、ここで姑息だったり、狡っ辛い計算があったり、仁義をわきまえないと、いつか必ず抜き差しならない事態が目の前に現れ、足を掬われます。

 人世は一瞬として止まっていません。
常に変動し、変化しています。
それが段々とエネルギーを蓄え、ある時、一瞬で起ったかの様な顔を見せながら大きく変化します。
その変化はその時に起ったのではなく、それまでの積み重ねの中から生まれた必然。
ですから、それまでに培って来たものが全て吹き出して来ます。
正道を歩く者は正道へ、邪道を歩く者は邪道へと歩みを自然と進めます。
自分が未来を選択し、決定しているのですね。

 真っ直ぐな、綺麗な気持ちで、縁を大切にして、仁義をわきまえて、広い視野と柔軟な価値観とチャレンジ精神を持って、突き進んで行きたいものです。
それまでの過去に、後足で砂をかける様な真似は、天に唾するのと同じで自分に返って来ます。
綺麗に行きたいものですね。

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2008年09月01日 [01:16:16]

見つける

 人世は、一生をかけて自分探しをする旅だと思っています。
自分の生きている意味、自分の存在意義、自分は一体何者なのだろうか、自分の立つ位置、そして自分が帰るべき所、自分の目標、自分の愛すべき物や人、等々と順不同に思いつくままに書いていますが、そうやってずっと探し続けるのが人世で、その一つずつが見つかると共に、心が解放され、安定して行くのだと思います。
そうやって、探し求めるものが多く見つかった人ほど、精神的に安定していて、大らかで、人間性が豊かであると思います。

 仕事柄ですが、沢山の色々な職業の、幅広い年齢層の方々にお会いする中で、様々な経験を沢山された人ほど、深みがあり魅力的だと感じます。
広く浅くではなく、一つの事を追求しながら、その中で広く世間に目を向ける。
そうすると、本業である自分の追い求めるものに対しての視野も広がり、進む早さも上がったりします。

 生きていると大変な事や嫌な事は腐る程、沢山あります。
嫌な仕事、嫌な上司、嫌な奴、失恋、金銭の苦労、目指した事の挫折、他にも色々な事があります。
そして、いつかは両親との死別。
そんな中で、人は学び、何かを感じ、自分と云うものを見つめて行きます。
そして、また自分探しの旅を続ける。

 自分探しの旅に終わりがあるのか、ないのか、それは私にも分かりません。
ただ、旅を続ける事に喜びと誇りを持っています。
その中で得た事、見つけた事、分かった事は沢山ありました。
これからも沢山あるでしょう。
自分の旅は自分しか出来ません。
誰かが代わりにはやってくれません。
ならば、精一杯、楽しい旅をしたいですね。
永遠かもしれない、遠い未来に向かって。

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2008年08月30日 [01:00:00]

過去を思い出して

 よく、過去を振り返って、思い出し笑いや怒ったり泣いたりと云う事がありますね。
ずっと以前、今も私の所へ通って来ているご家族のお子さんが小さかった頃、まだ2歳位の女の子だったその子は「さっき、パパがいなかったから泣いてるの」と、思い出し泣きをしていて、それを見ていた大人達全員がその子が可愛くて笑った事がありました。
子供だから可愛いので、昔の事や過ぎ去った事を、いつまでも思い出して、その時の気持ちに同調してしまって悲しんだり、怒ったりしても、未来への布石にはなりません。
いつまで引き摺っているのだろうか?と云う事になってしまいます。
ま、楽しい思い出は残しておきたいものですけど、それも今を嘆く為、逃避する為だったら、「昔は良かったなぁ〜」と云う年寄りの言葉と同じになってしまいますね。

 過去を振り返って、自分の中に残っている嫌な感情や、今に引き摺って起きている問題の原因を知って、解消する、或いは反省するなら意味があります。
でも、その時の気持ちになってもねぇ・・・。
まして、思い出し被りなどした日には、自分が苦しくなるだけじゃなくて、周囲の人にもその被りを撒き散らしますから、迷惑になる事は止めましょう。

 思い出は大切ですが、引き摺るのは止めましょう。
未来を見て、歩かなければいけないのですから。

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2008年08月27日 [02:48:56]

マルチタスク

 今日は空手の日。
相変わらずの激しい稽古でした。
最初は黒帯が私も含めて3人、青帯が2人。
この組合わせは結構笑えるものがありますね。
しかも、青帯は2人共が女性。
そして遅れて茶帯が一人、青帯が一人。
その後にまた黄帯や茶帯が来ました。
ま、これ位の人数がいると、練習も幅が出てバラエティーに富んだ楽しいものになりますね。

 云うまでもなく、空手をやるにはマルチタスクが出来なければいけません。
相手を見て、感じて、受けて、攻撃して。
どこを攻めれば攻撃が当るか、どこを相手は攻めて来るか、どこを相手は狙っているか、手で攻撃するか足で攻撃するか・・・。
向き合っている最中は、互いに意識と心の読み合いです。
一つの事に集中してしまうと、相手の攻撃が見えなくなって痛い目に遭います。
ま、痛い目をみながら学んで行くのですが、頭で考えていては遅くなります。
無意識に反応して動ける様にならなければいけません。

 何をするにもマルチタスクは必要ですね。
仕事をし、生活をし、そして何かを学ぶ時、それらをバランス良くしないと、どこかに集中してしまうと、他が疎かになってしまいます。
その一つ一つ、仕事の中にも同じ様にマルチタスクがあり、日常の生活の中にもマルチタスクはあります。
何かに囚われて集中してしまうと、他が疎かになるのは、何でも同じです。
大きな仕事に目が行くと、小さな仕事を忘れてしまう。
小さな仕事も、目先だけを見ていると、その先に何があるか見えなくなってしまう。
自分の目線、部下の目線、そして顧客の目線、世間の目線、それらを全て考慮しなければいけません。

 実は余りマルチタスクが得意ではない私ですが、そう言いながらマルチタスクを常にやっている自分に気がつきます。
そうじゃないと、本当に良い仕事は出来ないし、良い家庭人ではいられないし、人としての余裕も持てませんからね。
どこに比重を置くか、優先順位は何か、必要な事は何か、不必要なものはどれか、そう云う広い視野をいつも持っていたいものですね。

 迷いが出て来ると、それが出来なくなるものです。
ま、それも勉強だし、修行だし、誰でも通らなければいけない道です。
が、出来れば無駄は省きたいものですね。

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